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9月5日(水) 秋の臨時国会 たたかいの展望(その1) [論攷]

 〔以下のインタビュー記事は、全商連発行の『全国商工新聞』第3326号、2018年9月3日号、に掲載されたものです。2回に分けてアップします。〕

 改憲できぬ世論づくりを
 〝選挙イヤー〟共闘に活路

 ―通常国会を振り返って、どんな国会でしたか。

 ひとことで言えば、最低の首相による最悪の国会でした。
 森友・加計学園疑惑では、中心に首相夫妻が座っていたことが明らかになりました。これまで数々の政治スキャンダルがあり、「総理の犯罪」と言われたロッキード事件などもありましたが、総理大臣の妻が疑惑を受けることはかつてなかったことです。
 首相夫人付きの秘書など、さまざまな形で関与できるような仕組みをつくって政治・行政を大きくゆがめ、私物化してしまった。権力を私的に流用することは断じて許されません。
 通常国会では隠ぺい、公文書改ざん、虚偽答弁など、でたらめな国会運営がなされ、それが国民の知るところとなりました。
 安倍首相は丁寧に説明すると言いながらきちんと説明せず、一部の官僚に責任を押し付けて首相や麻生副総理、加藤厚労相はお咎めなしです。昭恵氏は国会に出てこないばかりか記者会見も開かず、疑惑を晴らそうとする誠実さを見せなかった。疑惑の中心にいた人たちは逃げおおせたかもしれないけれど、それによって最も大切な政治への信頼が〝道連れ〟にされてしまいました。

 ―国民の声を無視して悪法を強引に成立させた国会でもありました。

 二面性があると思います。一面では、常識が通用しない国会運営がなされ、議会制民主主義の土台にひびが入り、政治不信を高めました。
 「働き方改革」法では労働基準法の労働時間規制から一部の労働者を外す、いわゆる高度プロフェッショナル制度(残業代ゼロ制度)を導入した。カジノ法ではギャンブル依存症が心配されるということで、予防のための法律を作り、賭博を合法化した。さらに6増の公選法「改正」は自民党の〝自己都合〟でむりやり口をこじ開けて〝毒〟を呑ませてしまった。
 このように悪法が次々と成立した国会ではありましたが、他面では、森友・加計学園疑惑や自衛隊の日報問題などで野党の追及が大きな力を発揮した。このために安倍政権は防戦に追われ、当初考えていたような国会運営はできなかった。「働き方改革国会」と言っていましたが、裁量労働についてのデータ不備、改ざん、ねつ造が問題になり、通常国会で最大の目標だった裁量労働制の拡大はできませんでした。
 もう一つの目標は改憲発議です。やはり防戦に追いまくられ、そこまで手が回らず発議できませんでした。
 立憲野党といわれる政党が市民と一緒になって国会共闘を繰り広げ、合同ヒアリングなどの形を工夫し、〝多勢に無勢〟という不利を突破するために一定の効果をあげました。
 国会の外でも市民と野党の共闘が広がり、官邸前や国会正門前集会を開いて世論に訴え、大きな力を発揮しました。選挙共闘が国会共闘にまで質的に高まり、しかも野党が20本の法案を共同提案し、政策的な合意の幅が拡大したことも大きな成果です。

 ―臨時国会に向けて、たたかいの展望は。

 まずは、自民党の総裁選挙です。安倍総裁3選の可能性は高いですが、党員票でどれだけの批判票が出るかは、その後の〝政権の体力〟に関わるという点で重要です。たとえ3選されても、国民の厳しい声が反映されるという形にしなければなりません。
 次に臨時国会ですが、安倍首相は改憲発議のチャンスを虎視眈々と狙っています。一番危ないのは、憲法審査会の審議や野党との合意を吹っ飛ばして衆参両院で直接、改憲発議することです。そういう〝奇策〟に出るのではないか、という声も聞こえています。
 臨時国会を逃すと、天皇代替わりや来年10月からの消費税増税問題もあり、政治日程が立て込んでいるので難しくなります。安倍首相は〝最後のチャンス〟と考え、腹をくくって挑んでくるでしょう。阻止する側も腹を固めて迎え撃つ。改憲できないような世論をつくっていく。3000万人署名を9月末までに達成し、目に見えるような形で世論を示していくことが重要です。


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9月3日(月) 珍寿(95歳)をお祝いした畑田重夫先生は私を世に出してくださった大の恩人 [日常]

 昨日、「まだまだ元気 畑田重夫先生の『珍寿(95歳)』を祝う集い」に出席しました。日曜なのに予定はなく、空いていてラッキーでした。

 この会の通知を見て、95歳を「珍寿」というのだということを初めて知りました。グーグルで調べたら、「珍寿は、賀寿(年祝)の一つで、数え年で95歳のこと、またその祝い(儀礼)をいいます。これは、「珍」の左側の偏部(王)を「一」「十」「一」に分解し、右側の旁部を「八三」とすると、「1+10+1+83=95」となることから、95歳を意味するようになったそうです」と書かれていました。
 「へー、そうだったのか」と思いました。一つ、利口になりました。
 会では、牧野富夫日大名誉教授・全国革新懇代表世話人が呼びかけ人あいさつ、内藤功元参院議員・日本平和委員会代表理事が祝辞、乾杯の音頭が山田敬男労働者教育協会会長、お祝いの演奏がきたがわてつさん、お祝いの言葉が小森陽一東大教授・九条の会事務局長など6人、それに伊波洋一参院議員からのメッセージが紹介されるなど、畑田先生の長きにわたる活動と親交を反映して豪華なメンバーでした。100歳の方も珍しくなくなっている「高齢社会」の今日、95歳が「珍しいほどの長寿」と言えるかどうかは議論のあるところかもしれませんが、畑田先生のようにかくしゃくとされ今も短い講演などをこなされているのが「珍しい」ことは確かで、私など爪の垢でも煎じて飲ませていただきたいところです。

 実は私も、この会の呼びかけ人の一人でした。会場に着くと、一番前の中央で先生と同じテーブルに案内されました。私の左側に日本民主主義文学会の田島一会長、右側に牧野先生、その隣が内藤さん、その隣に畑田先生がお座りです。
 呼びかけ人となってこのような席に着いたのは、全国革新懇・東京革新懇の代表世話人だからでしょう。研究者出身で先生が会長を務められたこともある労働者教育協会の理事をしているという点でも、畑田先生と似たようなキャリアを経てきました。
 おまけに、畑田先生は2度、東京都知事選に立候補され、私も八王子市長選に立候補しています。残念ながら、当選できなかったというところまで同じです。

 しかし、それ以外にも先生と私には大きなご縁があります。畑田重夫先生は私にとっての大恩人ですが、このことはあまり知られていませんし、先生ご自身もそれほど自覚されていないかもしれません。
 先生と私が出会ったのは、私が法政大学の大学院を出て非常勤講師をしていた32年前にさかのぼります。このとき、私は畑田先生にお世話になり、先生のお陰で世に出ることができました。
 当時、私は35歳で非常勤講師として糊口をしのぎ、大原社会問題研究所の兼任研究員や法政大学社会学部・法学部、東京農工大学一般教育部などで労働問題や政治学の研究と講義に携わっていました。大学院は出たけれどまだ専任の職に就くことができず、最初の妻とも別れることになり、将来への大きな不安を抱えていたころのことです。

 そのとき、学習の友社から本を出すので手伝ったほしいという話が舞い込んできました。これは浜林正夫・辻岡靖仁監修の「現代の社会科学」全5巻の一冊で、畑田重夫編『現代の政治論』として出版されています。
 この話を紹介して下さったのは、法政大学大学院時代に政治学の手ほどきを受けた高橋彦博先生だったと思います。農工大での非常勤講師も高橋先生の紹介で、そこでの講義のために政治学のノートを作成していたのが大いに役立ちました。
 この本は畑田編で、執筆者は先生と私だけです。畑田先生は序章「現代と政治」、第3章「国際政治の基礎理論」、終章「戦後国際政治と核兵器廃絶」を書かれ、私は第1章「政治の基本的要素と政治制度」、第2章「現代日本の政治」を分担執筆しています。分量では約半分が私の執筆によるものでした。

 この本を執筆するために、私は畑田先生と2人だけで打ち合わせをする機会が何回かありました。その打ち合わせの際に、これまで書いてきた論文をまとめて出版したい旨、先生に相談しました。
 すると、知り合いの出版社を紹介して下さると仰るではありませんか。こうして、共著だけでなく単著も出版することができたのです。
 これが私の最初の単著として「ゆぴてる社」から刊行された『戦後保守政治の転換―「86年体制」とは何か』という本です。奥付を見ると、この本の刊行日は「1987年1月15日」で、畑田重夫編の共著の方は「1987年1月30日」となっています。

 2冊の本の刊行に向けての作業が、同時並行的に進められていたことが分かります。その結果、共著ではなく単著の方が15日早く出ることになりました。
 単著の「あとがき」に「本書を出版するにあたっては、畑田重夫先生にお世話になった。ここに記して、謝意を表したい」と書かれているのは、以上に述べたような事情があったからです。畑田先生との共著の執筆と、それをきっかけにした出版社の紹介がなければ、本書を刊行することはできなかったでしょう。
 そして、これらの共著や単著がなければ、大原社会問題研究所に専任研究員として採用されることはなかったかもしれません。幸いにも時を同じくして専任職の募集があり、86年5月1日付で助教授として大原社会問題研究所に採用されることになったからです。

 人生には、決定的な意味を持つ「出会い」があるように思います。私が35歳の時の畑田重夫先生との出会いは、そのようなものの一つだったにちがいありません。
 そして、大学をリタイアした後、偶然にも私は畑田先生と同じような足跡をたどることになりました。「後はお任せください」というような気持もあって、革新懇や労働者教育運動に関わってきました。
 しかし、畑田先生はまだまだお元気で長生きされておられますから、こちらの方が先に召されてしまうかもしれません。もしそうなったら、こう言わせていただこうと思います。
 「先生、後はお任せします」と。

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9月2日(日) 『日刊ゲンダイ』巻頭特集「まだ3週間もある総裁選 報道規制と論戦回避はどう影響?」でのコメント [コメント]

 〔以下の私のコメントは、『日刊ゲンダイ』9月1日付の巻頭特集「まだ3週間もある総裁選 報道規制と論戦回避はどう影響?」に掲載されたものです。〕

 「そもそも、安倍首相がライバルの岸田政調会長を呼び出して『総裁選に出たら、処遇できないよ』と恫喝して出馬を断念させたことも異常でした。その揚げ句、メディアに圧力をかけて報道を規制しようとしている。まさに、独裁国家の選挙のやり方です。5年間のアベ支配によって、自民党は完全におかしくなっています」(法大名誉教授・五十嵐仁氏=政治学)

 「本来、政党にとって党首選挙は、自分たちの存在をアピールする格好のイベントです。少しでもメディアに取り上げてもらい、国民に関心をもってもらうために、派手に街頭演説会をやり、候補者同士が政策論争を戦わせるものです。ところが、安倍1強に支配された自民党は、安倍首相を圧勝させるために、街頭演説会の回数を減らし、石破茂が渇望する政策論争もやらせない。しかも、マスコミ報道まで規制しようとしている。異常な総裁選を見て、多くの有権者は『自民党はどうかしている』と思っているはずです。もし、総裁選の結果が、トリプルスコアという大差で“安倍3選”ということになったら、有権者は『やっぱり自民党は国民から遊離している』と確信するでしょう。知事選や国政選挙など、あらゆる選挙で“自民党ノー”の一票を行使するはずです」(五十嵐仁氏=前出)

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9月1日(土) 沖縄県知事選での玉城デニー「オール沖縄」候補の当選を目指して応援に行く [選挙]

 沖縄県の翁長雄志知事の死去に伴う9月13日告示、30日投開票の知事選で、自由党幹事長の玉城デニー衆院議員は県政与党や労働団体などでつくる「調整会議」の要請を受け、29日に翁長さんの後継候補として立候補することを正式に表明しました。自民、公明両党に日本維新も推薦する日本会議の正会員だった佐喜真淳前宜野湾市長がすでに出馬表明しており、選挙戦が本格的に始まることになります。

 すでに、8月21日のブログでも書いたように、急逝された翁長県知事と私とは67歳の同い年で同学年、翁長さんは学部で私は大学院で学んだ法政大学の同窓生になります。私は、大学院を出た後も法政大学の付置研究所である大原社会問題研究所で勤務しました。
 そのような縁のある私としても、道半ばで急逝された翁長さんの無念は他人事とは思われません。8月22日の新宿駅西口での街頭演説でも「私自身、翁長知事のご逝去を追悼するとともに、道半ばで倒れた無念を我がものとし、その志を受け継ぐ覚悟と決意を明らかにさせていただきたいと思います」と、決意を表明させていただきました。6月に沖縄に行ったとき、仲山事務局長をはじめ沖縄革新懇の関係者の皆さんに「知事選の時にも必ず応援に来ますから」と約束していましたし。
 ということで、私も9月21~24日、全国革新懇と東京革新懇の代表世話人として応援に行くことにしました。「建白書」の実現をめざして「オール沖縄」候補として出馬を表明した玉城デニーさんの当選を目指して。

 革新懇は9月21日から24日までを集中的な支援日に設定しました。この間の予定を見ると、珍しく空いているではありませんか。これこそ、沖縄に行けとの「天の声」だと思いました。
 選挙も闘いですから勝敗がどうなるかは分かりませんが、しかしできることをせずに悔いを残すことはしたくありません。もちろん、応援に行く以上は絶対に勝ちたい、勝たなければならないと思っています。
 外部からの応援については色々な評価があり、『東京新聞』の特報欄にも書かれているように難しい問題もあるようです。しかし、自民党や公明党は国会議員や秘書などが大挙して沖縄に乗り込むのに、指をくわえて見ているわけにはいきません。一般の人が応援に行ってはならないということはないはずです。

 翁長さんが反対し続けてきた米軍普天間飛行場の名護市辺野古への移設について沖縄県は埋め立て工事の承認を撤回し、玉城さんは「翁長氏の遺志をしっかりと引き継ぎ、辺野古新基地建設阻止を貫徹する」と決意を述べ、埋め立て承認の撤回を「全面的に支持する」と強調しました。
 めどが立たない普天間飛行場の返還について「(政府は)実効性のある取り組みをせず、返還が進まない責任を翁長知事になすりつけた。こんな政治の堕落を認めていいはずがない」と安倍政権を批判しました。また、「『県民の生活が第一』という政治を実現していきたい」とも語り、名護市辺野古の新基地建設反対の政策を引き継ぐと同時に、経済や貧困問題にも力を入れる考えを示しています。
 玉城さんは立候補の表明に先立つ28日、立憲民主党の枝野幸男代表、国民民主党の大塚耕平共同代表、共産党の志位和夫委員長、社民党の又市征治党首、無所属の会の岡田克也代表とも会談し、野党5党派は支援を確約しました。市民と立憲野党の共闘は翁長さんが県知事選で当選した時の「オール沖縄」から始まりましたが、今回の県知事選でも「オール沖縄」の体制がバージョンアップされて実現したことになります。

 この沖縄県知事選挙の勝敗は、沖縄の未来を切り拓く重要な分かれ道となります。それだけでなく、今後の日本全体の未来を決める大きな分岐点ともなるにちがいありません。
 県知事選挙の10日前の9月20日、自民党の総裁選挙があるからです。私は8月23日付『日刊ゲンダイ』の記事で「総裁選で安倍さんが3選をしても、直後の沖縄県知事選で県民に『NO』が突き付けられる事態になれば、政権が受けるダメージは大きいでしょう。辺野古移設で象徴される強権的な政治手法も問われることになる。『打倒アベ政治』に向けた大きなうねりが生まれるきっかけになるかもしれません」とコメントしました。
 玉城デニー候補の勝利で、そうなることを願っています。そして願うだけでなく、そうするためにこそ、沖縄に行くつもりです。

 なお、今月も以下のような講演が予定されています。お近くの方や関係者の方に沢山おいでいただければ幸いです。

9月1日(土)14時 小金井市前原集会施設:3000万署名推進小金井連絡会
9月9日(日)13時30分 愛甲石田・福元館:治安維持法犠牲者国家賠償要求同盟関東ブロック会議
9月15日(土)14時30分 久喜市総合文化会館:久喜革新懇
9月27日(木)18時30分 東大阪市立男女共同参画センター・イコーラム:東大阪革新懇
9月29日(土)13時 瓦町FLAG健康ステーション:香川学習協・香川革新懇


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8月30日(木) 『日刊ゲンダイ』巻頭特集「認めたくない外交的敗北 安倍内閣支持率微増の謎解き」でのコメント [コメント]

 〔以下の私のコメントは、『日刊ゲンダイ』8月30日付の巻頭特集「認めたくない外交的敗北 安倍内閣支持率微増の謎解き」に掲載されたものです。〕

 「内閣支持率が上がる要素は全くありません。通常国会は公文書の隠蔽や改ざん、虚偽答弁が明るみに出て、閣僚の失言や不祥事も相次いだ。安倍政権は1回や2回の内閣総辞職では足りないほどスキャンダルまみれです。西日本豪雨による被災者支援のための補正予算を組むべきなのに、失点を抑えたい安倍首相は臨時国会を開こうとしない。霞が関などで障害者雇用の水増し問題も露見しました。そうした状況にもかかわらず、支持率が上昇したのは、自民党総裁選(9月7日告示、20日投開票)にスポットライトが当たり、マスコミが安倍首相の動向を無批判に垂れ流すからでしょう。実際は票固めに奔走しているだけなのに、何かやっている印象を与えてしまうのです」

 「アベノミクスによって日本経済はぶっ壊され、外交もムダばかり。安倍首相は中国包囲網だと騒いで近隣諸国にカネをバラまき、日中関係を悪化させた揚げ句、台頭する中国になす術もない。朝鮮半島危機を口実に軍拡を進め、防衛費は7年連続で増加する見通しですが、国際情勢の無視も甚だしい。5年8カ月に及ぶ安倍政治の破綻は明らかなのに、さらに3年続けさせるのがこの国のためになるのか。総裁選は自民党員による選挙ではありますが、だからといって国民が声を上げず、あきらめてしまったら、安倍首相の思うツボです」

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8月29日(水) 『日刊ゲンダイ』でのコメント [コメント]

〔以下の私のコメントは、『日刊ゲンダイ』に掲載されたものです。〕

*8月23日付(沖縄県知事選挙に関連して)
 「総裁選で安倍さんが3選をしても、直後の沖縄県知事選で県民に『NO』が突き付けられる事態になれば、政権が受けるダメージは大きいでしょう。辺野古移設で象徴される強権的な政治手法も問われることになる。『打倒アベ政治』に向けた大きなうねりが生まれるきっかけになるかもしれません」

*8月28日付(自民党総裁選に関連して)
 「臨時国会の改憲案提出を連立を組む公明党が認めるわけはないし、拉致解決も常に〝やるやる詐欺〟で安倍首相は北朝鮮に全く相手にされていません。この時期に『改憲』と『拉致』を強調するのは、自分の支持基盤である右派の党員へのアピールにすぎない。決意だけが空回りし、具体性に欠けた言葉は、政権継続のみが自己目的化していることの表れ。あと3年、ひたすら権力の座にしがみつきたいだけなのです」


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8月27日(月) 自民党総裁選での安倍大勝は「選挙イヤー」での自民大敗への「一里塚」となるかもしれない [自民党]

 安倍首相は鹿児島で昨日、9月20日投票の自民党総裁選に向けて正式に立候補を表明しました。すでに、石破さんが立候補することを明らかにしており、意欲を見せていた野田さんは断念するようですから、これで安倍対石破の一騎打ちという構図が固まりました。
 総裁選は自民党のトップを決める選挙で投票する権利は自民党員にしかありませんが、総裁になれば総理候補となりますから、事実上、首相を選ぶ選挙です。安倍さんも石破さんも、所詮は自民党の議員ですから「目くそ・鼻くそ」の争いで、それほど大きな違いはありませんが、安倍首相は戦後最低で最悪ですから、まず安倍首相を倒すことを優先するべきでしょう。

 安倍首相は戦後政治で最低・最悪の暴走政治を続け、対抗馬となった石破さんですら「正直・公正」を掲げざるを得ないほど、政治の信頼を失わせ行政の私物化を進めてきました。森友・加計学園疑惑などに示されているように「安倍夫妻と不愉快な仲間たち」による政治スキャンダルの中心に位置し、本来であれば責任を取ってとっくの昔に辞任していなければならいはずでした。
 それなのに、説明責任をはたすことなく夫婦手に手を取って逃げおおせてしまいました。それだけでなく、わざわざ自民党の規約を変えて3選を可能にし、国会議員の7割の支持をかき集めて3選確実な情勢だというのですから、唖然としてしまいます。
 安倍首相は私利私欲のために議会政治の土台をぶっ壊してしまった極悪人ではありませんか。そんな人にどうしてこれから3年もの間、日本の政治のかじ取りを任せようというのでしょうか。

 通常国会で明らかになった自民党議員や高級官僚の失言・暴言・妄言・不祥事など愚行の数々は、安倍政権の長期化に伴う驕りや緩みを背景としていました。その「長期化」をストップするどころか、さらに3年間も続けようというのですから、完全に逆行しています。
 しかも、石破さんが「正直・公正」を争点として打ち出したことに対しても、「個人攻撃だ」として反対する声が上がったというのですから、呆れてしまいます。安倍首相が正直で公正であれば、このような争点が「攻撃」材料になるはずがありません。
 自民党議員の中でも、安倍首相には「正直・公正」が欠けており、これがウイークポイントだと認められていることになります。だからこそ、「個人攻撃だ」と受け取られるのではありませんか。

 政治家として最も必要な資質である「正直・公正」を投げ捨てた安倍首相は、自民党議員や党員という「仲間内」の支持だけを頼りに3選を実現して長期政権化を図り、残りの任期で何としても改憲に突き進もうとしています。支持基盤となっている極右勢力を惹きつけて3選され、その後も求心力を維持して「死に体内閣」にならないようにするために、改憲を叫ばざるを得ないのです。
 しかし、共同通信社が8月25,26日に実施した世論調査で、秋の臨時国会に自民党の改憲案を出したいという首相の意向に「反対」は49.0%で、「賛成」の36.7%を上回っています。新総裁に期待する政策でも改憲は9項目中の8番目にすぎず、国民は改憲を望んでいるわけではありません。
 長期化で膿が出て飽きられ、望まれていもいない改憲を最大の課題として打ち出している安倍首相を選ぶことは、このような民意とのミスマッチを拡大するだけです。「人気」がないのに「任期」を3年も増やすことが、どのような結果を招くことになるのか、自民党の議員や党員の皆さんには、十分に考えていただきたいところです。

 総裁選で安倍首相は議員票で「大勝」するかもしれません。しかし、それが国民にどう受け取られ、地方での自民党支持にどう影響するのかが問題です。
 来年は、4月に統一地方選挙、7月に自民党にとっては「鬼門」となる「亥年」の参院選が待ち受けています。民意とかけ離れた安倍3選の「大勝」はかえって大きな反発を引き起こし、来年の「選挙イヤー」での「大敗」を引き起こす「一里塚」になるかもしれません。

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8月26日(日) 故郷の小学校の跡地にできた「希望館」で確認されたにちがいない政治変革の新たな希望 [日常]

 今日も残暑厳しく、すさまじい暑さです。先日のニュースで、新潟県上越市大潟で40度を超えたと言っていました。
 大潟町は、私の故郷の上越市頸城区の隣です。ということは、わが故郷もそれくらいの猛暑に見舞われていたということになります。
 私が帰省していたお盆のころは、雨が降ったりして涼しい日が続いていたのですが、また猛暑に逆戻りしてしまったようです。40度を超えたのが、帰省していた時でなくて良かったとホッとしています。

 その故郷の上越市頸城区にある「希望館」で、昨日、北陸信越ブロックの共産党と後援会の交流集会が開かれたそうです。上越市の上野公悦市議がフェイスブックに書き、『しんぶん赤旗』にも報じられていました。
 この交流集会には五県から約600人が参加し、井上さとし、武田良介両参院議員、藤野保史衆院議員、ながせ由希子(長野)、青山りょうすけ(富山)、西山ひろし(石川)、山田かずお(福井)ら各参院選挙区候補、各県の市町村議候補が一堂に会したそうです。各地での活動交流に続いて、参院選・地方選候補の決意表明もなされたということです。
 上野公悦上越市議は私の小・中学校時代の同級生のお姉さんのパートナーで、以前、講演に呼んでいただいたこともあります。この夏の帰省中にも、知事選でお世話になったということで、わざわざ実家まで大潟町の銘酒「かたふね」を1本、届けてくださいました。

 それにしても、驚きましたね。頸城区の「希望館」で600人もの共産党の集会が開かれたということに。
 この施設は田んぼの真ん中の百間町という所にあり、昔は軽便鉄道が走っていましたがすでに廃止され、今は本数の少ないバスしか通っていません。こんなに沢山の人がどうやって行ったんだろうと心配になってしまいました。
 しかもこの場所は、私が出た大瀁小学校が移転した後、その跡地を開発・整備したところです。そのうえ、この「希望館」には私の姉の娘、つまり姪ですが、パートの職員として今も務めています。

 帰省した時にはよく行く施設でもあり、なじみの深い「希望館」で、このような共産党の大きな集会が開かれるようになるとは、夢にも思わなかったことです。「本当に、わが故郷は大きく変わったんだな」と改めて感慨を覚え、その変化を実感しました。
 先に帰省したおりには、高校生時代に運動を共にした友人たちとも会いました。これらの仲間たちが若き日の思いと決意を忘れず、保守的だと言われた故郷を変えるために積み重ねてきた努力が、こういう形で報われることになったのでしょう。
 先日は、都立大学時代に自治会活動で苦楽を共にした友人たちとも旧交を温めることができました。一日も早く安倍政権を倒して、故郷の人たちやこれらの友とともに新しい日本を見たいものだと、改めてそう思ったものです。

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8月23日(木) 新宿駅西口の「8・22 安倍改憲阻止 3000万署名合同宣伝行動」でのスピーチ [社会運動]

 ただ今、ご紹介いただきました五十嵐仁でございます。ここに本日の夕刊紙『日刊ゲンダイ』があります。トップ記事は沖縄県知事選挙に関するものですが、その最後のところに、私のコメントが一言掲載されております。ご笑覧いただければ幸いです。

 さて、この記事にもありますように、去る8月8日、沖縄県の翁長雄志知事がなくなりました。名護市辺野古での米軍新基地建設計画に反対して公務を続けてきた途上でのご逝去です。
 道半ばでこの世を去ることになり、無念だったにちがいありません。その遺志と事業を継いでいくことが、後に残された私たちの務めではないでしょうか。
 本日の「宣伝行動」は以前から計画されていたものですが、図らずも、その死を悼み、志を受け継ぐ場となりました。ぜひ、署名活動にご協力いただき、翁長さんをはじめとした沖縄の闘いへの連帯を示していただきたいと思います。まずもって、このことをお願いいたします。

 翁長さんは法政大学を卒業され、1950年10月生まれで享年67歳でした。私は1951年2月生まれですから、同じ67歳で同学年になります。
 卒業したのは都立大学でしたが、法政大学の大学院で学び、その後も法政大学大原社会問題研究所に勤務し、4年前に退職いたしました。このようなご縁のある私としては、とてもひと事とは思われません。
 私自身、翁長知事のご逝去を追悼するとともに、道半ばで倒れた無念を我がものとし、その志を受け継ぐ覚悟と決意を明らかにさせていただきたいと思います。

 ところで、翁長知事の志を受け継ぐとはどのようなことなのでしょうか。
 その第1は、翁長さんの後継者として、辺野古新基地建設阻止の事業を受け継ぐことのできる人を、9月30日に投・開票される沖縄県知事選挙で選ぶことです。
 翁長さんは死去前に後継候補を指名するテープを残しておられました。その1人が自由党幹事長の玉城デニー衆院議員で、この方を軸に「オール沖縄」候補擁立の努力が進められています。
 この先も紆余曲折はあるでしょうが、何としても自公推薦の候補を打ち破り、翁長さんの志を継ぐ「オール沖縄」候補の当選を勝ち取り、安倍首相に一泡吹かせようじゃありませんか。

 第2は、辺野古での埋め立て土砂投入などの工事をやめさせることです。政府は当初予定していた8月17日の土砂の投入を延期しました。
 台風接近などで作業が間に合わないとされていますが、本当は知事選への影響を避けたいからです。
 翁長さんは自らの死を賭して土砂投入をストップさせた形になりましたが、工事そのものが中止になったわけではありません。「オール沖縄」候補の当選によって、米軍新基地の建設計画そのものを断念させようではありませんか。

 第3は、安倍首相が狙っている9条改憲を許さず、北東アジアの平和と友好を実現することです。安倍首相の好戦的政策をやめさせることや9条改憲を阻むことも、安倍政権と闘い抜いた翁長さんの遺志を継ぐことになるのではないでしょうか。
 南北会談や米朝首脳会談などによって、新基地建設の口実とされてきた安全保障環境は大きく変化し、緊張緩和が進みました。辺野古での基地建設や9条改憲の根拠が消滅しつつあると言わなければなりません。
 それどころか、新基地建設や憲法9条への自衛隊明記は、このような緊張緩和に逆行し、朝鮮半島での平和体制の構築の足を引っ張ることになります。必要なのは対決ではなく対話です。軍隊を必要としない平和な環境を生み出し、9条に基づく非軍事的な安全保障政策を推進することこそ、「基地の沖縄」から抜け出す最善の道ではないでしょうか。

 通常国会では、森友・加計学園問題を始めとして、虚偽答弁や公文書の隠蔽、改ざん、ねつ造などが相次ぎました。今また、省庁や自治体での障害者雇用率が水増しされ、ねつ造されていたことが発覚しています。
 ねつ造に次ぐねつ造で、安倍晋三は「安倍ねつ造」になってしまいました。その「安倍ねつ造」首相は9月の自民党総裁選で改憲を争点にし、次の国会で改憲草案を発議しようとしています。
 憲法までねつ造しようとしているのです。秋の臨時国会は、沖縄の辺野古での新基地建設や改憲発議をめぐって大きなヤマ場となり、決戦の場となるにちがいありません。

 本日の宣伝行動と3000万署名活動は、この秋の闘いへの出発点になります。辺野古での新基地建設反対、9条改憲阻止、安倍政権打倒を掲げて大きな世論のうねりをつくり出すために、どうか署名活動にご協力ください。
 9条改憲ノー、「安倍よ、アバヨ」の声を、安倍首相に突きつけようではありませんか。このことを重ねてお願いいたしまして、私の訴えに代えさせていただきます。

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8月21日(火) 「8・22 安倍改憲阻止 3000万署名合同宣伝行動」への参加を [社会運動]

 一昨日の夕方、ふるさと新潟への帰省から帰ってきました。昨日は直ぐに処理しなければならない急ぎの用が多く、このブログを書く余裕がありませんでした。
 一日遅れでの再開です。休みが終わったと思ったらやることが多く、すぐに全開での活動開始になりました。

 早速ですが明日、新宿駅西口で「8・22 安倍改憲阻止 3000万署名合同宣伝行動」が行われます。全国革新懇と東京革新懇の共催になります。
 私はこの両方の代表世話人を兼ねておりますので、参加しないわけにはいきません。「宣伝行動」は午後5時から開始です。
 その冒頭、午後5時2分から8分間、私もスピーチすることになっています。多くの方にご参集いただければ幸いです。

 去る8月8日、沖縄県の翁長雄志知事が急逝されました。すい臓がんの手術を行いその後の回復が懸念されていましたが、残念ながら帰らぬ人となってしまいました。
 辺野古での米軍基地建設に反対して公務を続けていた途上での死去です。道半ばでこの世を去ることになったわけで、無念だったにちがいありません。

 法政大学を卒業され、享年67歳だったと言います。同じ67歳の同学年、学部は都立大学でしたが法政大学の大学院で学び、その後も法政大学に勤務して退職した私にとって、他人事とは思われません。
 8月9日付のブログ「翁長沖縄県知事のご逝去を悼むとともに辺野古新基地建設阻止の志を引き継がなければならない」にも書いた通り、道半ばで倒れた翁長さんの無念を我がものとし、ご逝去を悼むとともにその遺志を継いでいかなければなりません。
 22日の新宿駅西口での「宣伝行動」は以前から計画されていたものですが、翁長沖縄県知事の急逝によって、図らずも、その死を悼んで志を受け継ぐ決意を示す場になりました。ぜひ、多くの方が参集され、沖縄の闘いへの連帯を示していただきたいと思います。

 ところで、翁長知事の遺志を受け継ぐとはどのようなことなのでしょうか。それは具体的には、何を意味しているのでしょうか。
 その第1は、翁長さんの後継者として、同じ志を持ち翁長さんが命を懸けて取り組んだ辺野古新基地建設阻止の事業を受け継ぐことのできる人を、9月30日投・開票の県知事選挙で選ぶことです。翁長さんは死去前に後継候補を指名するテープを残しており、その1人が自由党幹事長の玉城デニー衆院議員(沖縄3区)で、もう1人が地元経済界の重鎮である呉屋守将さんでした。
 紆余曲折の末、玉城さんが出馬の意向を固め、呉屋さんが支援する「オール沖縄」の構図ができつつあります。何としても、自公推薦の候補を打ち破り、玉城さんの当選を勝ち取らなければなりません。

 第2は、辺野古での土砂投入などの工事をやめさせることです。政府は当初予定していた17日の埋め立て土砂の投入を延期する方針を固めました。
 台風接近などで作業が間に合わないことを踏まえた判断だとされていますが、本当は前倒しとなった知事選への影響を見極める狙いがあるからです。土砂投入を急いでいたのは、11月に予定されていた知事選前に既成事実化し、県民に諦めさせようと考えていたためでしょう。
 翁長さんは自らの死を賭して土砂投入をストップさせた形になりましたが、工事そのものが中止になったわけではありません。県知事選挙での「オール沖縄」候補の当選によって、建設計画そのものを葬り去る必要があります。

 第3は、安倍首相が狙っている9条改憲を許さず、北東アジアの平和と友好を実現することです。沖縄の新基地建設の口実となってきた北朝鮮の脅威は、南北会談や米朝首脳会談などによって大きく変化し、平和体制構築の可能性が高まりました。
 辺野古での基地建設や9条改憲の根拠が消滅しつつあると言うべきでしょう。それどころか、新基地建設や9条への自衛隊明記は、このような朝鮮半島をめぐる緊張緩和に逆行し、南北間の友好促進の足を引っ張ることになります。
 安倍首相の好戦的政策をやめさせることや9条改憲を阻むことも、安倍政権と闘い抜いた翁長さんの遺志を継ぐことになるのではないでしょうか。軍隊を必要としない平和な環境を生み出し、9条に基づく非軍事的な安全保障政策を推進することこそ、「基地の沖縄」から抜け出す最善の道なのですから。

 翁長知事の逝去によっても、安倍政権は新基地建設を推し進めようとしています。かたくなな態度を取り続ける安倍政権と対峙して命を懸けて反対し、志半ばでこの世を去られた翁長さんは、安倍政権に「殺された」ようなものではありませんか。
 安倍首相は自民党の総裁選で改憲を争点にし、次の国会で改憲草案を提出して発議しようとしています。秋の臨時国会は、沖縄・辺野古での新基地建設をめぐっても改憲発議についても、大きなヤマ場となるにちがいありません。
 22日の宣伝行動と3000万人署名活動は、この秋の闘いへの出発点になります。辺野古での新基地建設反対、9条改憲阻止、安倍政権打倒を掲げて大きな世論のうねりをつくり出すために、新宿駅西口に沢山の方が集まられることを重ねて訴えます。

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