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9月6日(木) 秋の臨時国会 たたかいの展望(その2) [論攷]

 〔以下のインタビュー記事は、全商連発行の『全国商工新聞』第3326号、2018年9月3日号、に掲載されたものです。2回に分けてアップします。〕

 ―消費税増税をどうするかも議論になりますね。 

 実施1年前ですから、当然臨時国会で議論になります。いま、日本は米国の「貿易戦争」に巻き込まれています。工業製品では、鉄鋼・アルミ・自動車に関税がかけられようとしている。TPP11や経済連携協定(EPA)などでは農産物が自由化され、外国との競争にさらされる。自由化で農業がつぶされ、貿易戦争で製造業がつぶされる危険性があります。こうしたなかで消費税を10%に増税すれば、日本経済と産業に大打撃を与えることは確実です。消費税の増税が景気を後退させることはすでに何度も経験してきました。生活と営業を守るために、増税中止に追い込まなければなりません。
 消費税増税によって税収を高めようという考えは間違っています。アベノミクスの恩恵を受け内部留保を増やし続けている大企業や富裕層から税金を取るべきです。払える力のあるものに払ってもらうのが税制の基本です。

 ―経済の立て直しも大きな問題ですね。

 「少子化」で日本の人口が減っています。自営業の後継者が育たたず、中小業者や農家が姿を消して内需が縮小し、地域社会が疲弊しています。
 安倍政権はこうした崩壊の危機を正しく認識していない。〝危機〟というと軍事的な安全保障しか考えていません。危機認識が歪んでいるのです。本当の危機は人口と経済が縮小していることであり、日本社会の持続可能性が失われていることなのです。
 これを地域から立て直していく芽を、民商の皆さんの力で生み出していってほしい。上からは政策を変え、下からは中小業者や農家が存続できるようなコミュニティーを、地域の政治を変えることでつくり出す。来年の統一地方選挙は、その絶好のチャンスです。
 地域循環型経済をつくるため、再生エネルギーを活用してほしいですね。そうすることで地域経済を再建するという長期的ビジョンをもたなければ、持続可能な経済や社会を回復できません。
 外交と交渉によって東アジアの新秩序と平和共存を実現し、国内では内需拡大をもたらすような循環型経済を地域からつくっていく。その役割を担えるのは、商売などで地域の中核となっている民商の皆さんです。

 ―たたかいの活路はどこにありますか。

 〝活路は共闘にあり〟です。通常国会で、選挙共闘が国会共闘にバージョンアップされました。この動きを臨時国会でもさらに生かし強めていく。来年は〝選挙イヤー〟ですから今から準備を始める。市民と野党の共闘をさらに強固なものにし、連携・協議を進めなければなりません。政策的合意の範囲をさらに広げ、選挙での相互支援・相互推薦に結び付けていくことが必要です。とりわけ参議院選挙の1人区がカギを握ります。
 来年は亥(イノシシ)年です。データを見ると、統一地方選挙と一緒にたたかわれる亥年の参議院選挙で自民党は毎回苦戦しています。直近では、2007年にも自民党は負けています。第1次安倍内閣のときで、秋の臨時国会で安倍首相は病気を理由に辞任しました。
 市民と野党の選挙共闘が成立してきちんと機能すれば、参議院選挙での立憲野党の勝利は決して不可能ではありません。民商の皆さんの奮闘に期待しています。



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9月5日(水) 秋の臨時国会 たたかいの展望(その1) [論攷]

 〔以下のインタビュー記事は、全商連発行の『全国商工新聞』第3326号、2018年9月3日号、に掲載されたものです。2回に分けてアップします。〕

 改憲できぬ世論づくりを
 〝選挙イヤー〟共闘に活路

 ―通常国会を振り返って、どんな国会でしたか。

 ひとことで言えば、最低の首相による最悪の国会でした。
 森友・加計学園疑惑では、中心に首相夫妻が座っていたことが明らかになりました。これまで数々の政治スキャンダルがあり、「総理の犯罪」と言われたロッキード事件などもありましたが、総理大臣の妻が疑惑を受けることはかつてなかったことです。
 首相夫人付きの秘書など、さまざまな形で関与できるような仕組みをつくって政治・行政を大きくゆがめ、私物化してしまった。権力を私的に流用することは断じて許されません。
 通常国会では隠ぺい、公文書改ざん、虚偽答弁など、でたらめな国会運営がなされ、それが国民の知るところとなりました。
 安倍首相は丁寧に説明すると言いながらきちんと説明せず、一部の官僚に責任を押し付けて首相や麻生副総理、加藤厚労相はお咎めなしです。昭恵氏は国会に出てこないばかりか記者会見も開かず、疑惑を晴らそうとする誠実さを見せなかった。疑惑の中心にいた人たちは逃げおおせたかもしれないけれど、それによって最も大切な政治への信頼が〝道連れ〟にされてしまいました。

 ―国民の声を無視して悪法を強引に成立させた国会でもありました。

 二面性があると思います。一面では、常識が通用しない国会運営がなされ、議会制民主主義の土台にひびが入り、政治不信を高めました。
 「働き方改革」法では労働基準法の労働時間規制から一部の労働者を外す、いわゆる高度プロフェッショナル制度(残業代ゼロ制度)を導入した。カジノ法ではギャンブル依存症が心配されるということで、予防のための法律を作り、賭博を合法化した。さらに6増の公選法「改正」は自民党の〝自己都合〟でむりやり口をこじ開けて〝毒〟を呑ませてしまった。
 このように悪法が次々と成立した国会ではありましたが、他面では、森友・加計学園疑惑や自衛隊の日報問題などで野党の追及が大きな力を発揮した。このために安倍政権は防戦に追われ、当初考えていたような国会運営はできなかった。「働き方改革国会」と言っていましたが、裁量労働についてのデータ不備、改ざん、ねつ造が問題になり、通常国会で最大の目標だった裁量労働制の拡大はできませんでした。
 もう一つの目標は改憲発議です。やはり防戦に追いまくられ、そこまで手が回らず発議できませんでした。
 立憲野党といわれる政党が市民と一緒になって国会共闘を繰り広げ、合同ヒアリングなどの形を工夫し、〝多勢に無勢〟という不利を突破するために一定の効果をあげました。
 国会の外でも市民と野党の共闘が広がり、官邸前や国会正門前集会を開いて世論に訴え、大きな力を発揮しました。選挙共闘が国会共闘にまで質的に高まり、しかも野党が20本の法案を共同提案し、政策的な合意の幅が拡大したことも大きな成果です。

 ―臨時国会に向けて、たたかいの展望は。

 まずは、自民党の総裁選挙です。安倍総裁3選の可能性は高いですが、党員票でどれだけの批判票が出るかは、その後の〝政権の体力〟に関わるという点で重要です。たとえ3選されても、国民の厳しい声が反映されるという形にしなければなりません。
 次に臨時国会ですが、安倍首相は改憲発議のチャンスを虎視眈々と狙っています。一番危ないのは、憲法審査会の審議や野党との合意を吹っ飛ばして衆参両院で直接、改憲発議することです。そういう〝奇策〟に出るのではないか、という声も聞こえています。
 臨時国会を逃すと、天皇代替わりや来年10月からの消費税増税問題もあり、政治日程が立て込んでいるので難しくなります。安倍首相は〝最後のチャンス〟と考え、腹をくくって挑んでくるでしょう。阻止する側も腹を固めて迎え撃つ。改憲できないような世論をつくっていく。3000万人署名を9月末までに達成し、目に見えるような形で世論を示していくことが重要です。


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8月13日(月) 国際政治の歴史的転換と日本の選択―いよいよ「活憲の時代」が始まる(その3) [論攷]

 〔以下の論攷は、憲法会議発行の『月刊 憲法運動』通巻473号、2018年8月号、に掲載されました。3回に分けて、アップさせていただきます。〕

三、憲法運動の課題

 *力によらない国際関係の再構築

 今後の朝鮮半島での緊張緩和、ミサイルと核問題の解決に当たっては、戦争や軍事力に訴えるのではなく、非軍事的な手段によって非核化への道を具体化していくのが日本の取るべき唯一の道です。そのための展望とビジョンの提示こそ、これからの日本の役割であり、憲法運動の課題にほかなりません。
 これについて、『朝日新聞』6月28日付の「論壇時評」に示唆的な論攷が掲載されていました。小熊英二さんの「ゲーム依存と核 関係性の歪み 北朝鮮にも」という記事です。小熊さんはゲーム依存も北朝鮮の核問題も同様だとして、「猜疑心や敵対心、相互不信がつのると、核兵器が増加する。逆にいえば、猜疑心や相互不信に満ちた関係を作り変えることなしに、核兵器をなくすのは難しいのだ」と指摘し、「力で恫喝すれば何でも解決すると考えるのは非現実的であり、幼稚である。外交とはすなわち、国際関係を再構築する努力にほかならないはずだ」と主張しています。
 力による「恫喝」ではなく、「国際関係を再構築する努力」が必要であり、それこそが「外交」だというのです。それには「猜疑心や相互不信に満ちた関係を作り変える」知恵も忍耐力も必要で、相手を納得させるような道理に立脚した説得力も不可欠でしょう。
 憲法前文にある「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼」することによってこそ、このような道理や説得力を手にすることができるはずです。それを安倍首相は投げ捨て、相手の猜疑心や不信を高めてきたというのが、「戦争する国」に向けての好戦的政策実施のプロセスでした。「平和憲法」を持つ国であるからこそ実現できたはずの紛争解決への道を閉ざし、国際社会で享受できたはずの「名誉ある地位」も踏み外してしまったのです。
 『毎日新聞』6月28日付一面下のコラム「余録」にも、注目すべき文章が書かれていました。「武器効果」という用語についての指摘です。「ストレスを与えられた人に銃を見せると攻撃的になるという心理実験があるそうだ。銃などの武器が人の心にひそむ攻撃のイメージや記憶を呼び覚まし、欲求不満などによる怒りを攻撃衝動へと結びつけてしまうのだといわれている」と。
 武器の存在こそが、人々のイライラや欲求不満、ストレスを攻撃衝動に変えてしまうのだというのです。逆に言えば、イライラや欲求不満などによる怒りなどがあっても、武器がなければ簡単には攻撃衝動に結びつかないということになります。国家や指導者についても、同じことが言えるのではないでしょうか。核やミサイルなどの武器があるからこそ、攻撃衝動に結びつくのだと。
 憲法9条が「国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する」と宣言したことの深い含意を、ここから読み取ることができるように思われます。安倍首相がめざしてきた軍事力依存の「積極的平和主義」や軍事大国化路線こそが攻撃衝動を高める極めて危険な道だったということも、同じように学び取ることができるのではないでしょうか。
 力によらない非軍事的な外交努力にこそ、これからの日本の進むべき道があります。そのための地図は、すでに70年以上も前に与えられていました。日本国憲法という地図が。

 *北東アジアにおける非核・平和体制の実現

 米朝共同声明の誠実な履行と力によらない国際関係の再構築を目指して、北東アジアにおける非核・平和体制を実現しなければなりません。南北首脳会談と米朝首脳会談での合意によって開始された平和プロセスが成功するよう、外交的なイニシアチブを発揮することが日本の役割なのです。
 第1に、米朝共同宣言で約束された朝鮮半島の完全な非核化の実現を求めることです。もちろんこれは検証可能で不可逆的なものでなければなりません。すでに核実験場の一部の爆破が実施され報道陣に公開されましたが、できるだけ早い段階で非核化に向けての具体的な措置を取り決める必要があります。
 北朝鮮に対して非核化を求めると同時に日本も「核の傘」について再考し、核兵器禁止条約に参加し批准するべきです。北朝鮮に対して「核に頼るな」と言いながら、自らは「核に頼る」というのでは筋が通りません。完全なダブルスタンダードであり、説得力もありません。日本政府に対して、唯一の戦争被爆国として世界中の核兵器廃絶の先頭に立つよう求めることが必要です。
 第2に、北東アジアにおける平和構築のために取り組むことも重要です。そのためには、紛争解決と緊張緩和のための多国間による安全保障体制を構築しなければなりません。東南アジア諸国連合(ASEAN)や東南アジア友好協力条約(TAC )のような多国間協力体制の実現です。
 すでに生じている南北間の緊張緩和と信頼醸成措置を支援することが必要であり、決して足を引っ張るような態度を取ってはなりません。南北間の平和統一をも展望した紛争解決と平和構築の枠組みができれば、やがては日米安保条約と在日米軍の必要性が根本から問われることになります。そうなれば、沖縄米軍基地の縮小・撤去や辺野古での新基地建設阻止に向けての新たな展望が生まれることになるでしょう。
 第3に、安倍政権による軍事大国をめざした好戦的政策の廃止・転換を実現することです。特定秘密保護法、安保法制(戦争法)、「共謀罪」法などの「戦争する国」をめざした法整備は、北東アジアにおける情勢の劇的な転換によってその根拠を失い、必要ないものになりました。民衆運動の取り締まりや弾圧にも利用される可能性が高いこれらの法律は廃止されなければなりません。
 もちろん、北朝鮮危機を口実に強行されてきた防衛費の増大や防衛装備品の購入などの大軍拡をやめ、長距離巡航ミサイルなどの他国攻撃型兵器の導入、ヘリコプター空母の改修や陸上イージスの設置計画などは直ちに中止するべきです。これらの経費を軍事ではなく国民の福祉や民生に振り向けるように政策を転換しなければなりません。
 第4に、ヘイトスピーチやレイシズムなどの排外主義や民族差別を一掃し、周辺諸国との友好を深めることです。朝鮮半島の非核化と平和体制構築のために韓国や中国との協力は不可欠であり、その障害となる嫌韓・反中の排外主義や民族差別をなくすことによって多国間協力のための社会的土壌を整えなければなりません。
 他民族を差別したり敵視したりしないような国民や社会になることは、これからの東北アジアで日本が周辺諸国と平和的に共存していくために必要な最低限の条件です。とりわけ、侵略戦争と植民地支配によって多大な損害を与えた諸国との関係を改善し、負の歴史への責任と反省を明らかにすることなしには、これらの国々からの信頼を得ることはできません。

 *憲法12条の重要性

 米朝首脳会談による劇的な情勢転換によって、安倍政権が進めてきた「戦争する国」づくり政策とのミスマッチは極大化されることになりました。このような政治の暴走を許してしまった責任は、「他よりよさそう」ということで一定の支持率を与え安倍政権を甘やかしてきた世論にもあります。
 同時に、暴走をストップさせ、自由と人権、平和を守るための「不断の努力」が欠けていたのではないでしょうか。これは憲法が国民に要請していることであり、ここで改めて「この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によつて、これを保持しなければならない」と規定する憲法12条の重要性について確認する必要があるように思います。
 憲法は権力者に対する命令書であって、憲法尊重擁護義務からも国民は除外されています。憲法は権力の恣意的な行使を制限し、権力者の暴走を抑えるための「檻」のようなものだとされています。
 しかし、この12条は他の条文とは異なり、国民に対する直接的な要請が書かれています。この憲法が「保障する自由及び権利」は、国民自身による「不断の努力」によって「これを保持しなければならない」という要請が。
 この規定は、憲法が保障する「自由と権利」を守るために国民が「不断の努力」を行うこと、それらが侵されそうになったら抵抗すべきことを求めているのです。このような国民一人一人の努力が積み重なり集まることになれば、それは集団的な行動となり政治的社会的な運動となります。
 したがって、政府や自治体などの行政機関もこのような国民の努力を支える義務を負っていると理解できます。自由と権利のために運動することはもとより、そのために努力する個人や集団を支援することは憲法上の要請なのです。
 自由と権利を守るという点で国民も政治・行政・司法も中立ではなく、それを「保持」するために「不断の努力」を行わなければならず、それは憲法上の義務なのだということを忘れてはなりません。具体的には、国民にとっては自由と権利を守るためにある程度の不自由や迷惑を耐えるという「努力」が必要であり、政府や自治体などの行政機関は自由と権利を守るための活動を保障し、支援しなければならないということになります。
 市民が自由と権利を守るために声を上げたり運動したりするのは、国民として憲法の要請を果たしている当然の行為にすぎません。政治・司法・行政はこのような国民の努力を鼓舞し、擁護し、推進し、支援しなければならない憲法上の義務を負っているのです。
 憲法9条は平和を守るべきことを、憲法12条は自由と権利を保持するために努力すべきことを求め、憲法99条はこのような規定を尊重し擁護することを、天皇、国務大臣、国会議員、裁判官、公務員に義務づけています。安倍首相はじめ、これらの関係者には憲法を熟読し、自らが負っている憲法上の責務を十分に自覚していただきたいものです。

 むすび―真に国民の生命と生活を守れる政治への転換を

 西日本を中心とする豪雨被害は、犠牲者が200人を越える大災害となりました。その渦中に、政府・自民党の幹部が宴会「赤坂自民亭」に興じており、大きな批判を浴びました。災害への軽視、初動の遅れ、危機対応能力の欠如などの問題が浮き彫りになっています。
 安倍政権は北朝鮮危機をあおり、6年連続で防衛予算を増やしてきました。過去最大の5兆2000億円超に膨らんだ防衛費の一部でも防災・減災に回していれば、豪雨被害はここまで拡大しなかったはずです。
 このような問題が生ずるのは、安倍首相にとって危機とは安全保障上のもので自然災害によるものだという認識が欠けているからです。災害への危機対応を軽視し、軍事的な危機対応ばかりを重視するという危機認識の歪みが、多くの問題を生み出してきました。
 そこにある現実的な危機に目をつぶり、ありもしない空想的な危機に踊らされて国民の安全・安心よりも国家の安全保障を優先してきたからです。常にあり得る現実的な危機にきちんと対応できるような政権に変えなければなりません。そうしなければ、政治のエネルギーや国費が無駄遣いされ、国民の生命と生活、生業が守られないという教訓を、今回の豪雨災害から学ぶべきではないでしょうか。
 結局、安倍首相は政治家ではなかったということになります。「戦争になったらどうするか」を考えるのが軍人だとすれば、「戦争にならないためにどうするか」を考えるのかが政治家なのですから。
 軍人の頭脳ではなく政治家の心を持つ本当の政治家を政権のトップに据える必要があります。国民の生命と生活、生業を守ることのできる政治を実現するために、政策を変えるか政権を変えるしかないのです。政策を変えられないのであれば、政権を変えるしかありません。
 このような転換によって初めて、国際政治の劇的な変化に対応した国政の刷新も可能になります。憲法を護り活かすことによって、「活憲の時代」における新しい日本の外交・安全保障政策と内政を具体化できる展望とビジョンを持った政党や政治家にこそ、次の時代を託さなければなりません。そのための条件と根拠が、いま新たに生まれつつあるのですから。


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8月12日(日) 国際政治の歴史的転換と日本の選択―いよいよ「活憲の時代」が始まる(その2) [論攷]

 〔以下の論攷は、憲法会議発行の『月刊 憲法運動』通巻473号、2018年8月号、に掲載されました。3回に分けて、アップさせていただきます。〕

二、問われる日本の対応

 *「敗者」は安倍首相

 今回の米朝首脳会談をめぐる一連の経過において、もし「敗者」がいたとすれば、それは日本の安倍首相ではないでしょうか。
 「圧力」一辺倒で首脳会談実現の足を引っ張ったあげく、トランプ米大統領に貿易面で裏切られ、ロシアのプーチン大統領にも領土問題で騙され、北朝鮮の金正恩委員長からは相手にされず、韓国の文在寅大統領とはギクシャクしたままで、中国の習近平主席からも適当にあしらわれるという醜態を演じ、「蚊帳の外ではない」と叫びながら蚊帳の外で飛び回っている「一匹の蚊」のようになってしまったのですから。
 時にはアメリカの背後で軍事的な対応さえほのめかし、常に圧力のみを主張し続けてきたのが安倍政権でした。なかでも最悪だったのが、1月16日にカナダのバンクーバーで開かれた北朝鮮問題を話し合う外相会合で河野太郎外相が出した声明です。北朝鮮との外交関係の断絶や北朝鮮労働者の送還を求めたもので、北朝鮮代表団の平昌五輪への参加が予定され米朝首脳会談開催への動きが始まっていた段階でのこのような呼びかけは、日本政府がいかに事態の進展に無頓着で情勢変化を見誤っていたかを示す象徴的な失敗でした。
 その後、安倍首相は3月にトランプ大統領が対話に傾くとこれを歓迎し、5月に会談中止を発表すると「支持する」と表明しました。「やめるのをやめる」と会談が再び設定されると、「会談に期待したい」と言い出す始末です。
 安倍首相は信念から外交方針を変えたわけではありません。トランプ大統領の意向に合わせるしかなかったからで、徹底した対米追従です。「このままではバスに乗り遅れる」と考え、慌てて秋波を送ったにすぎません。
 しかも、心の中では米朝会談の「失敗」を期待していたことも見透かされています。安倍首相はさらなる関税引き上げなどの貿易戦争を仕掛けられることへの恐れから「米朝和解」に賛成せざるを得なかったのです。首相の本心は、北朝鮮を敵視し続けて政治的に利用し、北朝鮮や中国を仮想敵国とする在日米軍の駐留を続けてもらうことにあります。
 トランプ米大統領は在韓米軍を撤退させた後、在日米軍も撤退させるかもしれません。東アジアの平和体制をどう構築していくのか。日本の選択が問われることになりますが、独自の外交ビジョンを持たない安倍首相に対応できるのでしょうか。

 *拉致問題はどうなるか

 米朝和解の動きとは対照的に、日本との関係では北朝鮮の厳しい対応が際立っています。これまでの拉致問題をめぐる日朝交渉で北朝鮮は日本への強い不満を抱き不信感を高めてきたからです。なかでも安倍首相への嫌悪と反感は際立っており、それは米朝首脳会談後も払しょくされていません。
 拉致問題については米朝首脳会談で取り上げてもらいたいとトランプ大統領にお願いするだけでした。トランプ大統領は首脳会談で拉致問題を取り上げ、北朝鮮の金正恩委員長は「安倍首相と会う可能性がある。オープンだ」と前向きな姿勢を示したと伝えられました。
 しかし、これで拉致問題が解決に向けて動き出したわけではありません。安倍首相に対する北朝鮮側の評価は依然として厳しく、従来の態度を変えたという確証がもたらされていないからです。
 米朝首脳会談が開かれた2日後の6月14日、モンゴルで開催された国際会議の場で外務省の関係者と北朝鮮の関係者が短時間接触し、拉致問題の解決に向けた基本的な立場を伝えたと外務省が発表しました。これが首脳会談後の最初の「接触」です。
 外務省は「非公式に意見交換した」と発表しましたが、北朝鮮側の反応について外務省幹部は「(従来の姿勢と)大きな変化はなかったようだ」と語ったと報じられています。別の報道では、北朝鮮代表団の1人は「日本が提起する内容は今の良い流れを阻害しかねない」と語ったということで、拉致問題に対する拒否反応とみられています。
 つまり、これまでと変わらない反応だったということになります。米朝首脳会談で事態が大きく動くかのような期待は、またも裏切られたということです。このような見方を裏付けるように、北朝鮮の国営ラジオ「平壌放送」は6月15日の論評で、日本人拉致問題について「既に解決された」と言及しています。トランプ米大統領が米朝首脳会談で拉致問題を提起した後、北朝鮮メディアが従来の主張を表明したのは初めてのことでした。
 その後、『毎日新聞』6月27日付は「拉致問題『ない』 北朝鮮がけん制」という記事を報じました。平壌放送は26日に伝えた論評で、「日本は今日まで過去の犯罪について謝罪し賠償するどころか、逆にありもしない拉致問題をわめきたてて自らを『拉致被害国』に化けさせようと破廉恥に策動している」と非難したというのです。
 政府もマスコミも、このような事実をなぜきちんと国民に伝えようとしないのでしょうか。安倍首相によって拉致問題の解決に向けて事態が動き始めているかのような幻想をまき散らすことはやめるべきです。

 *安倍政権で日朝関係の打開は可能なのか

 国民の多くは、安倍首相では拉致問題は解決できないということを知っています。『毎日新聞』が6月23、24両日に実施した世論調査によれば、日朝首脳会談による日本人拉致問題の解決に「期待できる」は18%にとどまり、「期待できない」が66%に上りました。7割近くの国民は、安倍首相に期待できないと考えていることになります。
 それでは、どうしたらよいのでしょうか。それは日朝平壌宣言が示していた方向しかありません。拉致、核・ミサイル、植民地支配への謝罪と賠償など過去の清算という両国間の諸懸案を包括的に解決して国交正常化を目指すということです。これらの諸懸案を総合的に議論するなかで、拉致問題についても解決の道を見出すしかありません。
 しかし、日朝平壌宣言に沿った国交正常化交渉と緊張緩和に向けての包括的で総合的な対話も、北東アジアをめぐる平和体制の構築についても、安倍首相では不可能です。憲法の理念を活かした外交・安全保障政策には全く関心がなく、「戦争する国」「戦争できる国」をめざした好戦的な力の政策を推進し、軍事大国に向けて暴走を続け、憲法に自衛隊の存在を書き込む改憲案を提起しているからです。
 野党や世論の反対を押し切って特定秘密保護法、安保法制(戦争法)、「共謀罪」法などを制定し、防衛費も毎年の増額によって1兆2000億円も増やしました。長距離巡航ミサイルなどの攻撃的兵器を導入し、オスプレイの購入などによる防衛装備と自衛隊基地の増強、沖縄の辺野古での米軍新基地建設、教育での道徳の教科化や愛国心教育の強化などを強行しています。いずれも、軍事的対応による安全保障をめざしたもので、軍事力によらない安全保障を志向する憲法の理念に反するものばかりです。
 日本には憲法上の制約があるということを、安倍首相は全く理解していません。日本国憲法の前文には「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した」とあり、9条には「国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する」と書かれているからです。
 つまり、日本国民の「安全と生存」は武力によって保持されるのではなく、国際紛争の解決のための武力も「永久にこれを放棄」したのが日本なのです。このような憲法の規定からすれば、軍事的なオプション(選択肢)はありえません。
 また、北朝鮮との距離的な関係からして、日本は軍事的な手段を取ることができないということも安倍首相は認識していません。ICBMが開発されるずっと前から日本は中距離ミサイルの射程内に入っており、着弾までの時間は7~8分とされています。これだけの短時間での対応は、ほとんど不可能です。
 ミサイルの迎撃は技術的に難しく、撃ち落とせる以上の数を発射されればお手上げです。つまり、軍事技術的にミサイル迎撃は不可能であり、パトリオットミサイルやSM3、イージス艦や陸上イージスによるミサイルの迎撃などは気休めの空想にすぎません。軍事的な選択肢は、日本にとって初めから対象とすることのできないものだったのです。

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8月11日(土) 国際政治の歴史的転換と日本の選択―いよいよ「活憲の時代」が始まる(その1) [論攷]

 〔以下の論攷は、憲法会議発行の『月刊 憲法運動』通巻473号、2018年8月号、に掲載されました。3回に分けて、アップさせていただきます。〕

 はじめに

 かつて私は、こう書きました。「憲法を活かし憲法を再生させることによって、本来の可能性を全面的に開花させればどのような明るく素晴らしい未来が開けてくるのかというビジョンを打ち立てる必要がある。こうして、守勢から攻勢へと憲法運動の発展を図ることが求められている」(「『手のひら返し』の『壊憲』暴走を許さない―参院選の結果と憲法運動の課題」『憲法運動』2016年9月号)と。
 しかしこれまでは、このような展望とビジョンはある種の「夢物語」にすぎなかったかもしれません。憲法9条に基づく展望やビジョンを語っても、それを実現できる現実的な条件や根拠が乏しいと思われていたからです。
 北朝鮮は核開発とミサイル実験を進め、これを利用した安倍首相による危機宣伝に多くの国民が不安を高めていました。アメリカは北朝鮮を敵視し、米朝間の緊張はかつてなく高まっていました。北朝鮮の大陸間弾道弾(ICBM)の開発によって米朝間での核戦争さえ起こるかもしれないとの恐怖が北東アジアを包んでいました。
 しかし、それは過去のものとなったようです。歴史的な米朝会談の開催によって、極東の情勢は一変しました。米朝関係のベクトルは反転し、「対決から対話へ」と歴史は音を立てて変わりつつあります。
 国際政治は劇的で歴史的な転換を開始しました。このような国際情勢の激変の下で、日本はどのような役割を果たすべきなのか。これから進むべき道の選択が問われています。
 いよいよ、憲法に基づく展望とビジョンが大きな役割を果たせる新たな時代が始まろうとしているのではないでしょうか。「夢物語」にとどまらない現実的な根拠が生まれつつあります。いまこそ、憲法を政治と生活に活かす「活憲の時代」が訪れようとしているのです。

一、「対決から対話へ」の歴史的な転換

 *歴史が動いた瞬間

 トランプ大統領は北朝鮮に安全の保証を提供することを約束し、金委員長は朝鮮半島の完全な非核化への、確固として揺るぎのない約束を再確認した。
 新たな米朝関係の樹立が朝鮮半島と世界の平和と繁栄に寄与すると確信し、相互の信頼醸成によって朝鮮半島の非核化を推進することができると確認し、トランプ大統領と金委員長は以下のことを表明する。
 1 米国と北朝鮮は、両国民が平和と繁栄を切望していることに応じ、新たな米朝関係を樹立することを約束する。
 2 米国と北朝鮮は朝鮮半島において持続的で安定した平和体制を構築するために共に努力する。
 3 2018年4月27日の板門店宣言を再確認し、北朝鮮は朝鮮半島の完全な非核化に向けて努力することを約束する。

 これは6月12日にシンガポールで開催された米朝首脳会談において合意された共同声明の一部です。一方のトランプ米大統領は「北朝鮮に安全の保証を提供する」ことを表明し、他方の金正恩委員長は「朝鮮半島の完全な非核化」を約束しました。
 米朝首脳会談が切り開いた「対決から対話へ」の歴史的転換の意義は、国際政治を動かすベクトルが反転したということにあります。これを理解せず、この大転換を前提としないどのような議論も、国際政治の行く末を論じたり見通したりすることはできません。それほど大きな激変が、6月12日にシンガポールで起きたということです。
 朝鮮半島を舞台にした戦争の危機が回避されただけでも大きな成果でした。アメリカと北朝鮮の「どちらが勝ったのか」という議論がありますが、どちらも戦争を望んでいなかったというのであれば、「どちらも勝った」ことになります。
 戦争で大もうけを狙っていた一部の軍産複合体の「戦争屋」を除けば、平和的な解決を望んでいたのは朝鮮半島やその周囲の人々だけでなく世界の大多数の人々でした。戦争ではなく平和的な交渉による問題解決への道が開かれたのですから、これらの人々も「勝者」だったと言えます。

 *北朝鮮の約束は信用できるのか

 今回の米朝共同声明では、「確固として揺るぎのない約束を再確認」とか「努力することを約束」というにとどまり、完全かつ検証可能で不可逆的な非核化(CVID)という文字はありませんでした。非核化に向けての具体的な内容や期限が記されていないから信用できないという批判があります。
 日本の政府関係者やマスコミの評価も高くありません。これまでの6カ国協議の経緯や北朝鮮の約束違反、裏切りの歴史などを振り返ってみれば、このような悲観論や批判にも一定の根拠があるように見えます。
 しかし、このような見方は今回の首脳会談の歴史的な意義を十分に理解していない誤ったものです。非核化に向けて揺れ戻しや紆余曲折はあるでしょうし、一直線には進まず時間がかかるでしょう。しかし、この方向でしか問題は解決できず、それをどう確実なものにするかという立場から対応すべきではないでしょうか。
 しかも、今回はこれまでとの大きな違いがあります。
 その一つは、アメリカと北朝鮮の最高指導者による初めての会談によって合意されたということです。これまでは担当者同士の実務レベルでの会談でしたから、合意の重みが違います。一方が他方を裏切ろうとすれば、その代価はこれまでとは比べものにならないくらい大きなものとなるでしょう。
 第2に、この合意に至るプロセスにおいて一連の会談や措置が付随しているという点も異なっています。米朝会談に向けての発端は1月1日の金正恩委員長の年頭声明にあり、その後の平昌五輪への北朝鮮代表団と女子アイスホッケー合同チームの編成、南北首脳会談や中朝首脳会談などがありました。その到達点として米朝首脳会談が設定されたことを忘れてはなりません。
 第3に、このような流れを生み出した推進力は韓国の文在寅大統領と民主運動だったということです。朴槿恵大統領を辞任に追い込んだ「ろうそく革命」の渦中から生まれた文大統領は昨年9月21日の国連総会で平和的な解決と平昌五輪への参加を呼びかけ、これを受け入れる形で翌1月1日に金委員長の年頭声明が出されています。米朝首脳会談の背後には、戦争ではなく南北和解を求める韓国民衆の熱望がありました。
 第4に、韓国と共に重要なプレーヤーとなっているのが中国とロシアです。金委員長はすでに3回も習近平主席との朝中首脳会談を行っており、特別機を提供したのも中国でした。その中国は朝鮮半島の非核化を望んで北朝鮮の経済発展を後押ししようとしており、ロシアも同様です。アメリカや日本が軍事的なオプションを含めた圧力路線を主張していた時にも、中国とロシアはあくまでも対話による問題解決を主張していました。もし、金委員長が「裏切ろう」とすれば、この両国は黙っていないでしょう。

 *「脅威」をどうとらえるか

 今回の米朝首脳会談において決定的に重要なのは、対話と交渉の道が開かれただけでなく、朝鮮半島における緊張の緩和と信頼の醸成に向けての具体的な措置が次々に実施されているということです。その結果、日本に対する「脅威」も大きく減少しました。
 『朝日新聞』6月27日付の社説「ミサイル防衛 陸上イージスは再考を」が「安全保障分野で脅威とは、相手の『能力』と『意図』のかけ算とされる。北朝鮮にミサイルがあることは事実だが、対話局面に転じた情勢を無視して、『脅威は変わらない』と強弁し続けるのは無理がある」と指摘しているように、北朝鮮の「意図」が大きく変化しました。小野寺防衛相が「北朝鮮の脅威はなにも変わっていない」と繰り返しているのは、このような安全保障のイロハを理解していないからです。
 もちろん、非核化とミサイルの削減によって攻撃「能力」を減らしていくことは必要です。同時に、緊張緩和と信頼醸成による攻撃「意図」の縮小も大きな意味を持ちます。この点ではすでに多くの具体的な措置が取られていることに注目しなければなりません。
 6月25日に韓国と北朝鮮は朝鮮戦争の開戦68周年を迎えましたが、南北は軍の通信回線を復旧させる実務協議を行い、今は1回線しかない回線を最大で9回線あった過去の状態に戻すことで合意しています。韓国統一省は、26日に鉄道連結、28日に道路連結、7月4日に北朝鮮の荒廃した山林復旧の実務協議を板門店などで行うという新たな対話の日程を明らかにしました。
 韓国の各地では記念式典も開かれ、ソウル市内で開かれた式典で李洛淵首相は「(南北の軍事境界線近くに展開する)長距離砲を後方に移すことが議論されている」と明らかにしました。他方、北朝鮮の労働新聞(電子版)は25日付で朝鮮戦争に関する7件の記事を載せましたが、米国を名指しで非難せず「米帝」の表現も使いませんでした。
 米朝首脳会談の開催前に拘束されていた3人のアメリカ人が帰国し、首脳会談直後には米韓合同軍事演習の中止も発表されています。朝鮮戦争で離散した家族の再会、米軍兵士の遺骨の返還、南北合同のスポーツイヴェントや国際大会への参加などの動きもあります。
 また、前述のように「東海線および京義線鉄道と道路を連結し現代化して活用する」とした板門店宣言を実行する協議も始まりました。訪ロした韓国の文大統領とロシアのプーチン大統領との間で、これをシベリア鉄道と結ぶ構想に合意したと伝えられており、プサン発ロンドン行きのユーラシア大陸横断鉄道も夢ではなくなっています。
 新しい歴史的な局面に向けての扉が、東アジアで開かれようとしているのです。朝鮮戦争の終結が宣言され、最後まで残った「冷戦」が終わろうとしているように思われます。まさに東アジア情勢の劇的転換であり、歴史は大きな曲がり角を曲がったのです。

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8月6日(月) 今日の政党・政治運動―ポピュリズムとの関連をめぐって(その5) [論攷]

 〔以下の論攷は、2017年11月11日に開催された労働者教育協会の基礎理論研究会での報告に加筆・修正したもので、同協会の会報『季刊 労働者教育』No.161 、2018年7月号、に掲載されました。5回に分けて、アップさせていただきます。〕

 5、展望と課題―立憲野党の誕生とポピュリズム

 今後の展望と課題です。いまは大きな時代の過渡期であり、戦後政治の第2段階から第3段階へと移っていく、その第2段階の最後の局面だと捉えていいのではないか。もはや第2段階をそのまま維持することはできず、ここから抜け出す必要があります。そして、そのための動きが生じていることは明らかです。ただし、それが右への退行なのか、左への活路なのか。方向性はまだ定まっていません。脱出路と解決策が模索されている段階です。
 欧米では、右派ポピュリズムと左派ポピュリズムとが生まれ、その両者によって脱出路が模索されています。さしあたり右への脱出路が選択されているようですが、これは第3段階への移行ではなく、第2段階の問題の解決を先延ばしして混迷を深めるだけです。とりわけ、貧困の増大や格差の拡大という点では、右への退行によって解決策はもたらされないと思います。
 ポピュリズムの機能は、大衆迎合というよりも人民主義、疎外された大衆による政治変動の活発化です。時代の転換期には、このようなポピュリズム的現象によって政治が大きく動くことが必要です。とりわけ左派ポピュリズムは、既存政治の外部からの大衆的な参入による民主主義の活性化をもたらすという点で評価できます。
 日本でも政治への参加と介入が大きな規模でおこなわれ、市民の行動力が高まって市民運動が変わってきたことがその兆候です。市民政治が新たな段階に達しつつある。政治や選挙への自発的参加も増えています。
 よく言われるように、いままで日本の市民運動は政治との距離を一定程度とるという特徴がありました。しかし、2015年安保法反対運動などを経て市民運動と政治・政党との連携が生まれ、その後、参議院選挙、首長選挙にも取り組み、今回の衆議院選挙では選挙への市民運動からの自発的参加という状況も目立ちました。
 このようななかで、新たな運動手法も開発され定着してきています。国会前集会が頻繁に開催されています。市民連合というかたちで学者、文化人、弁護士、主婦、青年など、これまであまり政治に関わらなかった人たちが積極的に政治に関与し、選挙に介入し、野党間の連携を仲立ちするという例が生まれました。今回の衆議院選挙では、選挙区ごとにこのような動きがありました。
 このようにして若者などが加わるなかで、十分ではありませんが、運動のやり方も変わってきています。たいへんビジュアルになっています。今回、立憲民主党がある種の「ブーム」を生んだ背景には、インターネットとSNSの有効活用と同時に、集会の開き方などの工夫もありました。
 宣伝カーの上から演説するのではなく、ビール箱の上に枝野さんが立ち、周りを大勢の聴衆が取り巻く。真ん中にスポットライトが当たる。枝野さんは以前からそうやっていたようですが、国会前集会のやり方ともよく似ています。
 これが「インスタ映え」するということで、写真や動画などで拡散されました。こういう面もあり、それまで政治にあまり関心のなかった層を惹きつけ、自発的に手伝う人も生まれます。立憲民主党が立ち上げたツイッターのフォロアー数があっという間に自民党を抜くということが話題になりました。
 それがさらに注目度をあげます。カンパをしたいがどうしたらいいのかという声が殺到し、お金が集まるということもありました。「枝野立て」というインターネット上の声に押され、市民に求められて新しい政党が誕生し、市民に育てられるというような現象が生まれました。そのなかで運動手法としても、政治文化としても、新たな境地が切り開かれたのではないかと思います。
 無党派・新規・素人によって政治が担われ、動かされるという、これまでになかったような状況が端緒的ではあっても生まれたということは重要な点です。新しい日本の政治のあり方、市民政治と政党政治との連携・結合、左派ポピュリズムを生み出す希望が、「希望の党」の外に生まれたといってもいいと思います。
 安倍暴走政治によって生み出された政治不信を背景に、「素人の乱」が芽を出し育っているといえるのではないでしょうか。変化への期待と行動力の高まりを大切にし育成していけば、新しい政治の地平が見えてくるのではないかと期待しています。

 むすび

 今回の総選挙において、立憲野党の周囲に左派ポピュリズムの芽が生じました。これが政治と政党、政治運動と政党政治を活性化させる可能性が生まれています。分断から再生へ、失望から希望へという流れです。野党第一党は量的には減少しましたが、質的には強化されました。
 立憲民主党が野党第一党になったという点が重要です。民進党は分裂して4つに別れましたが、合わせれば以前の民進党よりも多くの議員と得票数を獲得しています。比例代表の得票で自民党と公明党を足した得票数2554万票よりも、立憲民主党、希望の党、共産党、社民党の4党の合計得票数2610万票の方が多い。自民党だけを比べてみれば、自民党の1856万票よりも立憲民主党と希望の党の合計得票2076万票の方が多くなっています。
 野党第一党である立憲民主党だけを取り上げれば量的に減少していますが、連携できる可能性を孕んでいる野党全体を視野に入れれば増大している。中心に座る立憲民主党が明確に立憲主義を掲げ共闘を志向しているという点からみれば、民進党よりも政治的政策的にしっかりしているという点で質的に強化されています。
 新しい可能性が生まれていると言えます。市民政治と野党共闘がリニューアルされ、選挙と運動で連携すれば勝てるという展望も生じています。いままで安倍内閣の支持率が下がっても、自民党の支持率はなかなか下がりませんでした。野党第一党であった民進党の支持率も上がらず、無党派層が増えるという傾向がありました。
 ですから、安倍首相としては、内閣支持率が下がっても自民党の支持率が高ければいいと考えていたと思います。民進党の支持率が上がらなければ怖いものはないと思っていたでしょう。しかし、これからは野党第一党のイメージが変わります。民主党からずっと引き継いできた「裏切り者」という薄汚いイメージが、前原さんと小池さんによって希望の党の方にいき、立憲民主党はこのイメージから脱け出すことに成功したと言えるのではないでしょうか。
 選挙後におこなわれた支持率調査で立憲民主党は、それまで民進党がなかなか超えられなかった10%の壁を一気に突破しました。内閣支持率の変動が政党支持率の変動へと結びつく新しい状況が生まれるかもしれない。たしかに、「一強体制」を維持するという点で安倍首相は成功しましたが、しかし、市民政治と野党共闘のリニューアルによって生じた新たな局面は、安倍内閣の支持率を下げ、世論状況の変動によって安倍内閣を行き詰まらせる可能性を生み出しています。
 野党共闘の弁証法的発展ということで言えば、革新統一戦線全体として、70年代におけるテーゼ(正)、80年代以降のアンチテーゼ(反)、15年安保闘争、16年の5党合意以降のジンテーゼ(合)というかたちになっていると思います。同時に、ジンテーゼのなかでも、野党共闘の機運が安保法反対闘争のなかで高まり、共産党によって国民連合政府という構想が提起され、5党合意がなされ、参議院選挙の1人区での統一候補擁立によって試され、それが新潟県知事選挙や仙台市長選挙などに拡大しました。そして今回、アンチテーゼ(反)にぶつかったわけです。
 立憲野党の共闘の中心になるべき民進党が総選挙前に突如として姿を消してしまうという逆流と試練がありました。しかし、これを乗り越えて新しく共闘の中心になり、さらにそれを推進する立場に立つ野党第一党が登場するというかたちで刷新され、これから本格運用が始まることになるでしょう。
 こうしてジンテーゼ(合)の段階を迎えることになります。希望的観測も含めて、そうなることを期待したいし、ぜひそうあってほしい。そのために力をつくすことがこれからの大きな課題だということを強調いたしまして、私の報告とさせていただきます。


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8月5日(日) 今日の政党・政治運動―ポピュリズムとの関連をめぐって(その4) [論攷]

 〔以下の論攷は、2017年11月11日に開催された労働者教育協会の基礎理論研究会での報告に加筆・修正したもので、同協会の会報『季刊 労働者教育』No.161 、2018年7月号、に掲載されました。5回に分けて、アップさせていただきます。〕

 4、日本における「改革」の成功と失敗―国内的背景

 しかし、日本においても新自由義的な「改革」がとりくまれ、第2段階の最終局面に差しかかっているという点では、国際的な背景と共通するものがあります。これまでとりくまれてきた改革は、それなりの制度的実態を生み出すという点で一定の「成果」を収めましたが、同時に、その結果、さまざまな問題を生み出した、あるいは意図せざる困難を生み出すというかたちで失敗しています。諸改革の実行は、体制への支持と安定を図るという点では必ずしも成功していません。
 この第2段階における「改革」は、具体的には臨調・行革路線、新自由主義的な規制緩和政策の採用、政治改革、行政改革、構造改革という諸改革としてとりくまれてきました。まず政治改革ですが、これは小選挙区制の導入というかたちで日本の政党状況に大きな影響を及ぼしています。この選挙制度のカラクリによって、自民党は選挙区で4割台の得票率で7割台の議席を占めることができ、「一強体制」を生み出す制度的要因になっています。
 この制度によって自民党支配体制の安定化を図るという目的は、ある程度成功しました。しかし同時に、自民党内部では派閥が力を弱め、多元的な柔構造が失われるという問題も生まれています。以前のように派閥が議員候補者をリクルートしたり、教育・訓練したりするという機能も弱まりました。いまでは派閥によるリクルートだけでなく、選挙区で候補者を募集し、応募した人が議員候補になるというかたちも増えています。資質に大きな問題を抱えているにも関わらず候補者になり、当選後に女性スキャンダルや暴力行為が表面化するという問題もあります。議員の劣化を生んでいると言って良いでしょう。
 安倍「一強体制」と言われるように、現在も派閥は存在していますが、安倍首相を選出している細田派以外の派閥の発言力は非常に弱まっています。小選挙区の候補者擁立に関する権限や政治資金の配布などに関する権限を自民党の執行部が握っている。これによって、党の中央集権化もすすみました。その結果、自民党が持っていた多極的な柔構造が蝕まれ、消滅しつつあります。
 それまで自民党内ではさまざまな傾向の派閥が総理候補者を擁して「疑似政権交代」を演出するということがなされてきました。自民党内では、右から左へ、ダークからクリーンへ、あるいはクリーンからダークへなどと「振り子」が触れる。これによって国民の不満を抑えて長期政権を維持するという「振り子の論理」が働いていました。しかし、次第に自民党内で振り子が振れなくなっています。
 しかし、現におこなわれている政治や行政への不満や批判がなくなったわけではありません。時にはそれが高まり、これがある種のモメンタムを生み出して振り子を動かすわけですが、それは自民党内にとどまらず外に飛び出してしまう。振り子の外部化のような現象が生じます。これが2009年に民主党・国民新党・社民党の連立政権への政権交代が生じた要因だったと思います。
 このように、政治改革は小選挙区制を導入することによって大政党有利な選挙を実現し、自民党の「一強体制」を生み出すという点では成功しましたが、党の多元的な柔構造を失わせて政権交代のリスクを高めるという失敗ももたらしました。
 2つ目の行政改革という点では、2001年の省庁の再編によって内閣府という巨大官庁が登場します。あるいは首相補佐官の導入などによる官邸機能の強化、首相権限の強化などのかたちで行政制度の変更がおこなわれました。もっとも大きな意味を持ったものとして注目されているのが、2014年に発足した内閣人事局です。このトップに官房副長官が座ることによって官僚に対する官邸の支配力が格段に強化されたと言われています。
 このような行政改革によって、「独裁」とも言われるほど首相官邸の支配力が強まりました。その中核に安倍首相というとりわけ権力主義的志向の強い総理大臣が座ってしまったために、この制度的条件を最大限利用するかたちで安倍「一強体制」が確立しました。これが行政の私物化を生み出す必要十分条件だったと思われます。
 3つ目は構造改革です。これはある種の規制緩和で、法形成のルールを緩め国会を通さずに議員の審議・決定を経ることなく「政治主導」を貫くことをめざすものです。国会での決定をバイパスするために国会の外に戦略的政策形成機関が設置され、大いに利用されてきました。
 典型的なのは経済財政諮問会議です。そのもとに規制改革会議やさまざまなワーキンググループが設置され、そこでの決定が国会でほとんど変更されることなく通過していくことになります。いま問題になっている加計学園疑惑では、岡山理科大学の獣医学部新設が認められました。
 これは国家戦略特区諮問会議での決定によるもので、国会をバイパスした特別措置になります。それ以前にも構造改革特区がありましたが、それを引き継ぐかたちで国家戦略特区がつくられ、同じような手法が取られています。このような「政治主導」の仕組みこそ、政治や行政の私物化、忖度が蔓延する状況を生み出す制度的な背景にほかなりません。
 政治改革・行政改革・構造改革ということで、当初の目標は制度的に実施され、具体化されてきました。これらの点では確かに「成功」したわけですが、そのことによって大きな弊害や意図せざる失敗を生み出すことになりました。官邸・首相支配の強化、派閥政治から縁故政治への政治の内容の変化、自民党議員と官僚の質的な劣化、自民党の現状対応能力の衰退などが生じ、国民の不満や要求を受け止め、柔軟に取り込んで対応するような体制維持能力は次第に枯渇してきています。
 小選挙区制は大政党に有利であり、4割台の得票で7割台の議席を獲得できるというカラクリがはめ込まれていました。それは野党が分立・分断されている限りにおいて効果が生ずるわけです。そこから抜け出そうとすれば、野党は共闘し、相互に連携せざるを得ません。このことは誰が見ても明らかです。
 その点で、小選挙区制は野党共闘を促進する装置にもなり得るということです。このような側面への対応は、長い間放置されてきました。しかし、2016年の参議院選挙での1人区、あるいは首長選挙での一定の経験を経て、次第に共闘への動きが強まってきました。バラバラでは勝てない、野党間の連携が不可欠であるということが理解されるようになってきたということです。共産党との共闘を見直そうとしていた前原さんでも、安倍一強体制打倒のためには1対1の構造をつくることが必要だというところまでは認めていました。
 このような共闘は、これまでの試行の段階から本格的実施へと移ってきています。参議院選挙での1人区、首長などの地方選挙、そして今回の政権を争う衆議院選挙でも一定の実績が生まれ、その効果が試されています。連携が不可欠だという認識が深まり野党共闘が促進され、効果をあげている。これらの経験を生かして、今後は本格的な実施へとすすんでいく段階になるのではないかと思います。

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8月4日(土) 今日の政党・政治運動―ポピュリズムとの関連をめぐって(その3) [論攷]

  〔以下の論攷は、2017年11月11日に開催された労働者教育協会の基礎理論研究会での報告に加筆・修正したもので、同協会の会報『季刊 労働者教育』No.161 、2018年7月号、に掲載されました。5回に分けて、アップさせていただきます。〕

 3、日本におけるポピュリズム

 では、日本においてポピュリズムの問題は、どのように理解できるのか。日本でのポピュリズムとして把握できるような政治現象は、これまで欧米ほど目立つものではありませんでした。しかし、そのような政治現象がなかったわけではありません。
 右派ポピュリズムとして理解できるものには、自民党の内外からの体制補完の動きがあります。これには1990年代の「日本新党」、その後の「小泉郵政選挙」、さらには「維新の党」、地域的な政党ではありますが名古屋の「減税日本」なども、右派ポピュリズム的な現象だといえると思います。
 これに対して、左派ポピュリズムも生じています。それが既存政治の失敗とそれへの失望を背景としているという点では国際的な背景と共通しています。89年参院選での社会党を中心とする野党の躍進、93年衆院選での政権交代、そして09年衆院選での民主党の躍進と政権交代などがありました。いずれも選挙に際してある種の「ブーム」が生じ、熱狂の中で政治転換が図られています。
 今回の都議選でも、同様の現象が生じました。基本的には右派ポピュリズムの動きとして理解して良いと思いますが、「都民ファーストの会」が50人立候補し、49人が当選しました。「小池人気」が先行し、個々の候補者がどのような人物なのか、どのような経歴で、どのような主張をしているのかなど、候補者の人柄、適性、政策などが問われることなく、都民ファーストの会から立候補しているという、ただそれだけの理由で当選しました。衆議院選挙の場合も、当初、同じようなポピュリズム現象が、「小池人気」のもとで生ずるのではないかと見られていました。
 今回の総選挙の大きな特徴であり驚くべき事態だったのは、野党第一党の民進党が選挙直前に姿を消したことです。かつてなかったことであり、これからもないだろうと思います。小池都知事が結成した希望の党に民進党の全員が入り、そこから立候補するという方針を民進党の前原代表が決断し、両院議員総会で承認されたからです。
 なぜ前原さんがこのような驚天動地の方針を提案し、民進党の全員がなぜこれを承認したかといえば、それは都議選での経験があったからです。都議選では「小池人気」によるポピュリズムが生じ、都民ファーストの会が完勝して自民党は惨敗しました。民進党もわずか5議席に終わります。敗北の責任を問われるかたちで蓮舫代表が辞任し、代表選挙が実施されて前原さんが当選しました。
 同じようなことが衆議院選挙でも起こるのでは、と恐れたのではないか。そうなれば民進党は存亡の危機に陥ります。「小池人気」に乗るかたちで生き残りを図れば、自民党が歴史的惨敗となって安倍さんにトドメを刺すことができるかもしれないと思った。前原代表だけではなく、民進党の多くもこう考えたのだろうと思います。
 しかし、これが暗転します。前原さんだけでなく小池さんも躓いた。「躓きの石」となったのは、「なだれ込み」路線に対して「排除の論理」を対置したことです。これによって事態は大きく転換します。小池さんが「全員を受け入れるということはさらさらございません」とニッコリ笑って言ったとき、風向きは大きく変わってしまった。ベクトルが逆転したのです。
 結局、改憲と安保法制を認めるという「踏み絵」を踏まされ、ふるいをかけられた。ふるいから下に落ちたゴミやガラクタが希望の党に入ります。逆ではありません。落ちた人が希望の党に入り、残ったまともな人たちによって立憲民主党が結成されたのです。こうして新しい党に対する「追い風」と熱狂が生じます。これは左派ポピュリズムの発生でした。
 ただし、日本の特徴は、ポピュリズムがそれほど強いものではないということです。欧米に比べればまだ弱いと理解してよいのではないか。それは難民問題がほとんど存在していないということが要因です。テロ事件についても、欧米の場合は大きなテロ事件が頻発していますが、日本では起きていません。1995年にあったオウム真理教事件はテロ事件でしたが、外国のようにイスラム国などの外部勢力への思想的な共鳴や同調による国際テロ事件ではありません。これが海外のような右派ポピュリズムの熱狂を生む状況にならない理由だと言っていいと思います。
 経済も比較的安定しており、GDPはそれほど大きな上昇を示してはいませんが、戦後最長になるといわれるような経済成長がなされ、総選挙が始まったころから株価が上がりました。このような経済状況にあるために、国民生活が改善されているわけではなく実感も乏しいわけですが、諸外国に比べれば安定した状況が、既存政治への失望や反発を強めない背景になっているのではないかと思います。


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8月3日(金) 今日の政党・政治運動―ポピュリズムとの関連をめぐって(その2) [論攷]

 〔以下の論攷は、2017年11月11日に開催された労働者教育協会の基礎理論研究会での報告に加筆・修正したもので、同協会の会報『季刊 労働者教育』No.161 、2018年7月号、に掲載されました。5回に分けて、アップさせていただきます。〕

 2、背景にある既存政治の失敗と失望―国際的背景

 このような形でポピュリズムが生じたのはなぜか。その背景にはどのような事情があるのでしょうか。それは既存政治の失敗とそれに対する失望です。
 既存の政治に対する不信感や反発、憤激が生じるのは、いままでの政治のあり方が大衆の期待や欲求に応えられなくなったからです。その結果、従来の枠の外から生ずる政治的潮流や政治家に対して新たな期待や賛同が寄せられることになります。
 国際的に見た場合、戦後の世界のあり方は2つの段階を経て、今日に至っています。現在は第2段階の最後の時期、いわば終末期で、第3段階へと向かう過渡期にあると、私は考えています。
 第1段階は、経済・社会への公権力の介入を特徴としていました。修正資本主義や社会民主主義的な思想を背景にした福祉国家路線です。有効需要創出を掲げたケインズ主義などがその典型になります。しかし、70年代の石油ショック以降、これが行き詰まりを示す中で、第2の段階が始まりました。
 第2段階は、新自由主義による経済・社会からの公権力の退出を特徴としています。官から民へ、あるいは規制緩和というかたちで、できるだけ公権力の関与や規制を減らしていこうとする考え方、政策です。こちらはフリードマンが理念や政策的主張の中心になりました。
 こうして新自由主義の全盛期を迎えるわけですが、これも必ずしも成功したわけではなく、失敗と失望が蓄積されていきます。見捨てられた人々の増大、貧困や格差の拡大が起きます。財政赤字が増大し、これに対して緊縮政策が採用されます。対外的な政策としては、自由と民主主義を掲げた地域紛争への軍事的介入、ネオコンなどが大きな影響力を行使することになります。
 このような中で中間層が衰退し、ソ連・東欧の崩壊もあってグローバル化と競争が拡大していきます。途上国が勃興し、先進国では製造業を中心として空洞化が進行しました。BRICSと言われる新興国が次第に力を強め、グローバル化した世界経済の中で発言権を増大させていきます。
 戦後支配的な地位に就いたのはアメリカでしたが、その力と影響力は次第に衰退していきます。第1段階の衰退を引き出したのはベトナム戦争への介入でした。これによってドルが垂れ流され、金融危機が引き金となって有効需要創出を特徴とする経済政策が破綻していきます。
 第2段階の行き詰まりを生み出したのはイラク戦争への介入と失敗でした。この時、憲法9条に基づく専守防衛、外国には自衛隊を派遣しないという禁を破るかたちで、日本もペルシャ湾やイラクのサマワなどに自衛隊を派遣します。
 このイラク戦争の結果、2つの怪物が登場しました。金正恩とイスラム国(IS)です。これがなぜイラク戦争の結果として登場するのかといえば、金正恩の場合はイラクのフセイン政権の崩壊、リビアでの体制崩壊が大きな影響を与えました。これらはいずれもアメリカの強力な後押しによって起こります。アメリカに対抗できるだけの軍事的実力、とりわけ核戦力を持たなければ体制維持はおぼつかないと、金正恩氏は思い込んだのではないでしょうか。
 その結果、核開発をすすめ、アメリカ本土に届く大陸間弾道弾(ICBM)の開発に血道をあげることになりました。今日、歯を食いしばってでもこれらを達成しようとしています。ロシアのプーチン大統領は、「草を噛んででもやるだろう」と言っていますが、金正恩氏がそのような固い決意をするに至ったきっかけは、イラク戦争でのフセイン政権の崩壊ではなかったかと思います。
 イスラム国(IS)の場合はもっと直接的です。イラクに対するアメリカの介入政策への抵抗勢力として「イラクの聖戦アルカイダ」という武装組織が結成されるからです。これが母体となって、イラクからシリアにかけて次第に勢力を拡大していった。やがて領土を獲得するというかたちで「国家」を設立することになります。
 その結果、欧米では中東地域からの難民が流入し、これが右派ポピュリズムを引き起こす大きな背景になっていきます。とりわけ、シリアでのイスラム国の勢力拡大によって大量の難民が発生し、トルコなどを経由してヨーロッパに流入していきました。これを巡って、ヨーロッパ諸国やアメリカなどの欧米社会では大きな亀裂が生まれ、テロの脅威が増大するなかで排外主義的な傾向が強まりました。右派ポピュリズムが急速に増大していった原因の一つはここにあります。

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8月2日(木) 今日の政党・政治運動―ポピュリズムとの関連をめぐって(その1) [論攷]

〔以下の論攷は、2017年11月11日に開催された労働者教育協会の基礎理論研究会での報告に加筆・修正したもので、同協会の会報『季刊 労働者教育』No.161 、2018年7月号、に掲載されました。5回に分けて、アップさせていただきます。〕

 はじめに

 総選挙が終わりました。それとの関連を含め、今日の政党・政治運動をどう見るかということについてお話しさせていただきたいと思います。
 選挙は骨が折れるものだと知ってはおりましたが、まさか本当に骨が折れるとは思いもよりませんでした。9月29日(公示の翌日)に木の根っこに躓いて転び、左腕を骨折してしまいました。私は木の根っこに躓いたわけですが、民進党の前原さんは小池百合子という「根っこ」に躓いて、民進党は複雑骨折しました。私の骨折は1ヵ月以上経ちましたのでほぼ治ってきました。ご心配をおかけしましたが、若干痛みが残っている程度です。しかし、民進党の複雑骨折は、どうもくっつかないようです。
 総選挙の内容・経過については、みなさん十分ご存知だと思います。総選挙が終わった後の新しい局面をどう捉えるのかが、今日の報告の中心的なテーマになります。市民と立憲野党の共闘の新たな段階が生まれたというのが、その結論です。
 この共闘は、「1歩後退2歩前進」になったと思います。市民と立憲野党の共闘の推進力になってきた共産党が、選挙前の21議席から12議席に後退した。がっかりされている方も多いようですが、共産党の場合は「1歩後退2歩前進」ではなく、「5歩前進1歩後退」でした。それほどがっかりしなくていいだろうと思います。
 5歩前進というのは、2013年の都議選での前進、同じ年の参議院選挙、翌14年の衆議院選挙、さらに16年の参議院選挙、そして17年の都議選と議席を伸ばし、前進してきたことを指しています。今回は議席を減らしましたが、これはいわば「立憲野党チーム」の勝利のために、「犠牲バント」ばかりやって自分で得点をあげることができなかったからです。サッカーでいえば「アシスト」に徹したということです。立憲民主党がゴール前で待っているところへボールを蹴り上げ、立憲民主党が得点をあげるというかたちになりました。チーム全体としては得点をあげて、良い成績を残したと思います。
 こうした点も含めて、今日の政党・政治運動の特徴について、ポピュリズムとの関連、歴史的な流れや国際的な背景も視野に入れながら検討してみたいと思います。

 1、「ポピュリズムの時代」なのか?

 私は、ポピュリズムという概念を中立的なものとして捉えています。ポピュリズムは、ある種の政治現象を指す用語です。一般に、日本語では「大衆迎合主義」と訳されますが、「人民主義」「大衆主義」という言い方の方が正確だろうと思います。
 既存の政治、エスタブリッシュメントやエリートなど、これまで主として政治・経済・行政・社会を主導的な立場でリーダーシップを発揮してきた階層や人々に対する不信が増大する。その結果、既存の政治の外部から大衆的な参入がおこなわれ、行動力が一挙に高まって政治を変えていくという現象を指しています。
 選挙でいえば「追い風」が吹くという現象です。大衆運動でも急速に熱狂的な行動力が示される。ある種の「ブーム」が発生し、特定の政党や指導者への「追い風」が生ずる。支持者の期待と熱気が急速に高まるということになります。このような現象には、「右派ポピュリズム」と「左派ポピュリズム」の両方があります。
 右派ポピュリズムの場合には、現状に対する大衆の反感と憤激があります。既存の政治や従来の政治主導者に対する反感と失望、政治の現状に対する憤激が示され、運動の方向や要求の対象が排外主義的なものになっていく。ナショナリズムや民族の誇りなどに動かされ、とりわけ欧米の場合には難民の排斥、あるいはマイノリティ(少数者)の排除という傾向を持ちます。少数者の排除やヘイトスピーチという点では、日本でも右派ポピュリズムの現象が一定程度生じているといえます。
 左派ポピュリズムも従来のエリートや既存政治の枠組みの外側から生じ、新しい政治潮流や新しい政治主導者に対する大衆の賛同や期待が高まるという点では共通しています。同時に、格差是正と再分配などを要求し、反ヘイトアクションなどが主張され、民主主義を活性化するという特徴があります。
 海外では、この右派ポピュリズムと左派ポピュリズムの両方の現象が生じていると言って良いでしょう。右派ポピュリズムはアメリカのトランプ大統領選出に際しての熱狂的な支持の現れ、左派ポピュリズムはこれに対抗する民主党内での民主的社会主義者を自称したサンダース候補に対する、若者を中心とするこれも熱狂的な支持の盛り上がりがありました。
 フランスでは、右派のペロン候補と左派のメランション候補との対抗が生じました。イギリス労働党のコービン党首も、先の総選挙では当初の予想に反して健闘し、前進しました。ここにも左派ポピュリズムの現れがあります。
 これらの点から、ポピュリズムの時代なのかという問題設定に対しては、「イエス」と答えたいと思います。右派・左派ともにポピュリズム的な政治現象をともなって、既存政治に対する新しい政治的な枠組み、政治勢力がオルタナティブ(もう一つの選択肢)として登場しつつあるということです。それが大きな政治的な「ブーム」を生み出したと言えるのではないかと思います。

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