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7月11日(木) 決戦・参院選―安倍改憲に終止符を(その3) [論攷]

〔下記の論攷は、社会主義協会が発行する『研究資料』No.43、2019年7月号、に掲載されたものです。3回に分けてアップさせていただきます〕

3、野党共闘こそ選挙勝利のカギ

 自民党の現状維持は至難の業

 自民党の甘利明選対委員長は5月16日のテレビ番組の収録で、夏の参院選で自民党が単独過半数を維持することは「不可能だ」と語り、今回改選される13年参院選で獲得した65議席について「これ以上、取れないぐらいの数字だ」と指摘し、「不謹慎な言い方だが、どこまでの議席減で食い止めるかだ」と述べました。改選される124議席の過半数に当たる63議席の確保も「至難の業」だと言っています。
 つまり、自民党が今度の選挙で6年前の成績を再現することは不可能で、実際にはどれだけ「減るのを減らす」かが課題だということなのです。7月の参院選では自公が議席を減らし、自民党が過半数を割ってしまう可能性が十分にあります。改憲勢力は非改選77、改選87議席と3分の2の164議席ちょうどですから、それを下回る可能性も小さくありません。
 今回、改選されるのは6年前の2013年に当選した議員です。この時は自民党が現行制度下で最多の65議席を獲得して6年ぶりに参院第1党に復帰し、公明党は11議席でした。この結果、与党は76議席で非改選の59議席と合わせて過半数を上回る135議席となりました。とりわけ31あった1人区では、岩手と沖縄を除く29選挙区で議席を獲得しています。
 参院での改選議席を維持するためには、この6年前の選挙を再現しなければならず、極めて困難です。甘利選対委員長は3年前に獲得した56議席以上という目標を掲げていますが、それでも大きな議席減になります。
 2年前の17年衆院選の比例代表では、立民・旧希望・共産・社民の合計は約2610万票で、自民・公明両党を約60万票上回りました。これを見ても、与党の現状維持は至難の業であることは明らかでしょう。

 スピードアップした野党共闘

 統一地方選挙が実施された4月の段階では、野党共闘の動きはそれほど進んでいませんでした。野党第一党の立憲民主党の枝野代表が地方組織の再建を優先し、統一地方選挙での県議などの当選に力を入れたからです。
 しかし、統一地方選挙での旧民主党の県議の当選者は、立憲民主党(118議席)と国民民主党(83議席)の両者を合計しても201議席で、63議席も減ってしまいました。これが枝野代表の危機感を高めたのではないでしょうか。
 統一地方選挙後半戦が終わった段階で、枝野代表が野党各党に共闘の申し入れを行ったのはそのためだと思われます。国民民主党の玉木代表が自由党との合流を決め、小沢氏を受け入れたのも同様の危機感からだったでしょう。
 こうして、5月の連休後に野党共闘に向けての話し合いがスピードアップしました。野党への牽制として流され始めた「ダブル選挙」の噂も危機感を強め、かえって共闘に向けての追い風になったように見えます。
 参院での立候補を予定していた候補者が辞退する際、代わりに衆院での立候補を視野に入れて譲歩するという例も生まれました。鹿児島で社民党の候補者が辞退して国民民主党に譲るとき、社民党は衆院鹿児島4区での立候補に配慮することを条件としたからです。
 統一のために立候補を取りやめた共産党候補が衆院の小選挙区に回るという例も生まれました。このような形で、ダブル選挙になった方が野党共闘を促進する面もありました。

 当たり前になりバージョンアップされた

 3年前に比べれば、市民と野党の共闘は特別なことではなく、当たり前になったのも大きな前進です。この共闘で市民連合が大きな役割を果たし、共産党が含まれるのも当たり前の光景になりました。
 その共産党の候補者が統一候補になるのも、3年前には香川の1選挙区だけでしたが、今回は、福井、徳島・高知、鳥取・島根の3選挙区になっています。しかも、後の二つ選挙区では、衆院補選の大阪12区での「宮本方式」を踏襲して無所属で立候補することになりました。
 前述のように政策合意も項目が増えて幅が広がり内容が豊かになっただけでなく、作成のプロセスも大きく前進しました。これを基に、それぞれの選挙区でさらに内容を発展させ豊かにした政策協定を結ぶ動きが続いています。
 3年前の参院選での野党共闘は初めての試みでした。市民と野党、野党各党の間でも初対面であったり、初めてメール・アドレスを交換したりということで、しっくりこない場面も多かったと思います。
 しかし、それから3年の間に、共同行動や連携は当たり前のことになりました。衆院小選挙区レベルで市民連合が結成されたり、集会で相互のあいさつやエールの交換がなされたりする中で、顔見知りになって仲良くなり、人間関係ができて信頼も強まるなど、草の根での共闘は大きく発展しています。
 市民と野党の共闘は、人間的なコミュニケーションとネットワークの形成という大きな成果に支えられて成長してきました。草の根での実績を積み重ねてきたのです。これが3年前との大きな違いであり、このような経験の蓄積こそが、市民と野党の共闘がバージョンアップされたということの意味にほかなりません。

 むすび

 5月末に「潮目」が変わりました。それまで吹いていた安倍政権への「追い風」は逆風に転じ、内閣支持率も軒並み低下を始めています。その頃から「解散風」がやみ始めましたが、その理由は大きく変わりました。「ダブルでなくても勝てる」から、「ダブルで負けるかもしれない」へと。
 いずれにしても、間もなく選挙がやってきます。結局、ダブルはできず改憲発議に失敗し、内閣支持層でさえ46%と半数近くが反対している(『朝日新聞』5月調査)10%への消費増税を掲げ、年金問題などの逆風の中で選挙を闘わざるを得なくなりました。野党の側からすれば、大きなチャンスです。
 安倍政権の暴走政治は、その暴走のひどさゆえに市民と野党の共闘を生み出し、鍛え育てる役割を果たしてきました。このようにして成長した野党共闘がどれほどの威力を発揮できるのか、目にものを見せるチャンスでもあります。
 7月の参院選は、歴史を変えた「関ケ原の闘い」にも匹敵する大きな決戦の場となるにちがいありません。安倍首相に痛打を与え、改憲の野望を打ち砕く最終決戦とするべく勝利をめざしましょう。
 難しいことではありません。この選挙で、怒りを込めて一票を投じさえすればよいのです。怒りの「受け皿」として、市民と野党の共闘、立憲野党が国民に認知されれば、自公の与党や改憲勢力を敗北させることは十分に可能なのですから。

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7月10日(水) 決戦・参院選―安倍改憲に終止符を(その2) [論攷]

〔下記の論攷は、社会主義協会が発行する『研究資料』No.43、2019年7月号、に掲載されたものです。3回に分けてアップさせていただきます〕

2、参院選をめぐる情勢と対決点

 風向きが変わった

 5月26日、安倍首相は来日したトランプ米大統領をもてなし、ゴルフ、大相撲観戦、炉端焼きの会食と「TOKYOの休日」を満喫しました。ゴルフ場で撮られたと思われる、満面の笑みを浮かべたツーショットの写真もネットに公開されています。このときが、安倍首相にとって得意の絶頂期だったと思われます。
 令和という新しい元号による「改元フィーバー」、天皇の代替わりを利用した「奉祝ムード」の盛り上げ、初の国賓としてトランプ米大統領を招いての接待攻勢などを利用し、6月末のG20首脳会議で外交成果を上げて参院選になだれ込むというのが、安倍首相の作戦だったと思われます。それは、この時まで順調に推移していました。
 だからこそ安倍首相は5月30日、経団連の定時総会で「風という言葉に今、永田町も大変敏感だ」「風は気まぐれで、誰かがコントロールできるようなものではない」と発言したのです。夏の参院選とのダブルとなる衆院の「解散風」にかこつけて軽口をたたき、野党を牽制する余裕があったということでしょう。
 しかし、すでにこのとき「気まぐれな風」は「追い風」から「向かい風」へと変わり始めていました。逆風に転じつつあった風向きの変化に、安倍首相は気がついていたでしょうか。
 5月27日の日米首脳会談終了後の共同記者会見で、トランプ大統領は「8月には両国にとって良い発表ができるだろう」と発言し、日米貿易交渉をめぐって「密約」が交わされたことをほのめかしました。日本の選挙が終わるまで待つから、その代わりに言うことを聞いてもらえそうだと。
 この時、安倍首相にイランとの仲介役を依頼したとも言われています。その口車に乗って安倍首相はイランに出かけ、思いもかけぬタンカー攻撃を受けてアメリカとイランの板挟みという窮地に陥りました。トランプ大統領のような、信ずるに値しない人物を信用してしまった安倍首相の「身から出た錆」というべきでしょうか。

 強まり続ける逆風

 『毎日新聞』6月13日付の記事の見出しに目が留まりました。「逆風三重苦」と書いてあったからです。「逆風」が吹き始めていることが初めて指摘された記事でした。そのリードは次のようになっています。
 「夏の参院選を控え、にわかに巻き起こった三つの『逆風』に政府・与党が警戒感を強めている。夫婦の老後資金として公的年金以外に『30年間で2000万円が必要』とした金融庁の審議会の試算への批判と並行して、秋田市での設置を目指す陸上配備型迎撃ミサイルシステム『イージス・アショア』を巡る防衛省の不手際や、国家戦略特区ワーキンググループ(WG)の不透明さが次々に発覚し、『三重苦』の様相だ。」
 なかでも、強烈な突風として吹き付けたのは年金問題の急浮上でした。金融庁審議会の報告書はそれまで政府や自民党、閣僚などが言ってきたことと変わりませんが、選挙前というタイミングで「不都合な真実」が突きつけられたことに慌てたのでしょう。麻生副総理兼金融担当大臣は報告書の受け取りを拒否し、森山自民党国対委員長も「なくなっているわけですから。予算委員会にはなじまないと思います」と居直りました。
 安倍政権が年金問題についてこれほど過敏になっているのは、大きなトラウマが残っているからです。第1次安倍政権のときの12年前の参院選で「消えた年金」が大問題になり、37議席と第一党の座を民主党に奪われる歴史的惨敗を喫し、その後の退陣につながりました。亥年には自民党苦戦のジンクスがあり、「鬼門」とされている年金問題が持ち上がったために安倍首相が慌てたのです。
 加えて、イージス・アショア配備をめぐる防衛省の不手際、加計学園問題と同様の国家戦略特区WGの不透明さなどが明らかになりました。そのうえ、日米貿易交渉についての「密約」が暴露され、農産品で打撃を受ける農村票が離反する恐れがあります。
 3年前の参院選ではTPPへの怒りが巻き起こり、東北や甲信越の1人区で自民党が敗北しました。農村部には選挙に行く高齢者が多く、今回は「年金問題」も影響すると見られています。消費税の再増税もあり、自民党が強いはずの西日本の1人区にも逆風が吹くのではないでしょうか。

 鮮明になった対立軸

 5月29日、市民連合の要望を受け、立憲・国民・共産・社民・「社会保障を立て直す国民会議」の5野党・会派が「共通政策」に合意し、署名しました。6月13日には、この5党・会派の幹事長・書記局長会談が開かれ、32の1人区すべてで一本化が完了したことが確認されました。これで参院選に向けて、本格的なスタートが切られたことになります。
 このような市民連合と立憲野党との政策合意の出発点は、2016年の「5党合意」でした。これは7月の参院選に向けて結ばれたものです。この時の合意は4項目で、政策的には「安保法制の廃止」だけが掲げられていました。
 その翌年の2017年9月26日、総選挙を前にして市民連合は「野党の戦い方と政策に関する要望」を提出しました。それは、①9条改憲反対、②特定秘密保護法、安保法制、共謀罪法などの白紙撤回、③原発再稼働を認めない、④森友・加計学園、南スーダン日報隠蔽の疑惑を徹底究明、⑤保育、教育、雇用に関する政策の拡充、⑥働くルール実現、生活を底上げする経済、社会保障政策の確立、⑦LGBT(性的マイノリティー)への差別解消、女性への雇用差別や賃金格差の撤廃という7項目です。
 今回の「共通政策」は13項目となり、政策合意の幅はさらに拡大しました。新たに加わったのは、①防衛予算、防衛装備の精査、②沖縄県新基地建設中止、③東アジアにおける平和の創出と非核化の推進、拉致問題解決などに向けた対話再開、④情報の操作、捏造の究明、⑤消費税率引き上げ中止、⑥国民の知る権利確保、報道の自由の徹底の6項目です。
 項目が約2倍になっただけではありません。内容的にも、改憲発議阻止や日米地位協定の改定、原発ゼロの実現、税制の公平化、最低賃金「1500円」、公営住宅の拡充、選択的夫婦別姓や議員間男女同数化(パリティ)の実現、内閣人事局のあり方の再検討、新たな放送法制の構築など、充実が図られています。
 作成過程も前回とは異なっています。作成に加わった共産党の笠井亮政策委員長は「市民連合から政策の原案が提起され、5野党・会派で協議して練り上げ、市民連合に提起するという1カ月間にわたるキャッチボールがあり、そのうえで最終的な調印となりました」と証言しています。
 他方、自民党は6月7日に参院選に向けての公約を発表しました。重点項目で「早期の憲法改正を目指します」「本年10月に消費税率を10%に引き上げます」と明記し、重点項目の6つの柱の第一を「外交・防衛」として「防衛力の質と量を抜本的に拡充・強化」することを掲げ、沖縄の「普天間飛行場の辺野古移設」についても「着実に進める」ことを打ち出しています。原発についても再稼働を進めることを明記しました。
 自民党の参院選公約と5野党・会派が合意した「共通政策」の内容は、真っ向から対立しています。参院選に向けての対立軸はより鮮明になり、野党の共通政策は安倍政治を転換した後の方向性も示しました。単なる数合わせの「野合」どころか、自公政権後の新たな野党連立政権樹立に向けての政策的な基盤をつくり出すものだったのです。


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7月9日(火) 決戦・参院選―安倍改憲に終止符を(その1) [論攷]

〔以下の論攷は、社会主義協会が発行する『研究資料』No.43、2019年7月号、に掲載されたものです。3回に分けてアップさせていただきます〕

 はじめに

 4月1日に新しい元号「令和」が発表され、5月1日には新天皇が即位しました。あたかも新しい時代が始まったかのような「奉祝ムード」が醸し出され、「改元・代替わりフィーバー」がはやし立てられました。「新時代」が始まったのだと。
 しかし、政治のあり方も私たちの生活も、何も変わっていません。確かに元号と天皇は変わりました。この際、一緒に総理大臣も変えようじゃありませんか。安倍首相が引っ込めば、それは大いにめでたい。政治のあり方も私たちの生活も大きく変わるにちがいありません。
 その道筋をつけるチャンスがすぐにやってきます。それが参院選です。この選挙で自民党を過半数以下に追い込み、自民・公明・維新・希望の改憲4党の合計議席が3分の2を下回るようにすれば、安倍首相の改憲への野望を打ち砕くことができます。
 すでに、3000万人署名運動によって、今日まで改憲発議を阻止するという大きな成果を上げてきました。追い込まれた安倍首相は参院選で改憲議席を維持し、その後の国会で改憲発議を狙うという長期戦略に転換せざるを得なくなっています。安倍改憲論に終止符を打てるかどうかは、選挙結果にかかっています。
 いよいよ決戦の時が迫ってきました。日本の政治の将来と私たちの生活の行く末を左右する選挙です。民主主義を踏みにじり、ファッショ化を進めて政治を私物化する安倍首相に引導を渡すために、選挙による「一票革命」を起こそうではありませんか。

1、ファッショ化と腐敗が進む安倍政権

 安倍政権の異質のあくどさ

 安倍政権の最大の特徴は、過去の自民党政権とは異なる異質のあくどさにあります。この点で、安倍首相は戦後最低で最悪の首相です。とりわけ、従米・軍拡と改憲志向、国会審議での嘘とごまかし、政治・行政の私物化と公私混同が際立っています。
 憲法と議会制民主主義の破壊も、過去のどの政権よりもひどいものでした。審議打ち切りによって強行採決された法案には、特定秘密保護法、安全保障関連法、共謀罪法などの違憲立法がありました。いずれも世論調査では7~8割が反対しています。これ以外にも、TPP関連法、働き方改革法、カジノ法、改正入管法、水道民営化法、改正漁業法などが強行可決されています。
 どの法案も世論調査では半数以上が反対していました。その世論を無視して審議を打ち切り、採決を強行したのです。安倍政権のファッショ化を如実に示す事例だと言えるでしょう。
 審議内容や政策の中身で与野党が対抗するというのが議会政治の基本です。そのために、野党の質問に真摯に対応し誠実に答え、公文書などの資料を提出する必要があります。立案と検証のためのデータなども正確でなければなりません。
 ところが、森友・加計学園疑惑や自衛隊日報隠蔽問題、裁量労働のデータ改ざん、統計不正、年金問題などで示されたのは全く逆の姿でした。安倍首相や麻生副総理は野党の質問にまともに答えず、公文書を隠したり改ざん・ねつ造したり、データが誤りだったりしました。沖縄の辺野古では県民の意向を無視して基地建設工事が強行されています。
 強行に次ぐ強行で民主主義の基本が歪み、土台が腐ってきているのです。政治と行政への信頼がこれほど失われたことがあったでしょうか。2年前には憲法の手続きに従って野党が求めた臨時国会召集を無視して解散・総選挙を強行し、今度は予算委員会開催の要求を放置しています。憲法や法律を無視し国会審議から逃げ回る姿は醜悪で、断じて許されるものではありません。

 「情報戦」による内閣支持率の維持

 安倍内閣の強みは内閣支持率の安定にあります。一時的に下がっても、また回復するという形で一定の水準を維持してきました。この安定感は歴代政権の中でも際立っており、憲政史上3位という長期政権を生み出した要因はここにあります。それは何故でしょうか。
 端的に言えば、「情報戦」において安倍首相が勝ちを収めているということです。グラムシは革命闘争の形態を「機動戦」や「陣地戦」という概念を用いてとらえていました。今日では「機動戦」から「陣地戦」へ、さらには「情報戦」へと変化してきています。情報をめぐる階級間の闘いに勝利したものが革命闘争においても優位に立つのです。
 もともと権力を持つ者は「情報戦」においても有利な立場にあります。安倍首相は第1次政権の失敗の教訓から、情報の発信と操作に腐心するようになりました。「ポスト真実の時代」になり、フェイクニュース(虚偽情報)があふれているような時代状況も首相に有利に働いています。
 権力による情報の支配・統制が強まり、教育とメディアへの介入も目立ちます。ジャーナリストの一部が変質しメディアが2分化して政権支持の風潮が生まれ、政権の応援団が形成されました。ジャーナリズムの一部は権力の批判・監視から迎合・追従へと変容しています。
 若者は新聞やテレビよりインターネットやSNSによって情報を入手する傾向があります。それに対応するために、ネットでの書き込みを監視する「自民党ネットサポーターズクラブ(J-NSC)」などが暗躍しています。こうして報道の自由や発言の自由が抑制され、社会と若者の右傾化が進みました。
 国際NGOの「国境なき記者団」は5月16日に2019年の「報道の自由度ランキング」を発表しました。調査対象の180カ国・地域のうち、日本は前年と同じ67位です。「記者団」は日本では「メディアの多様性が尊重」されているものの、沖縄の米軍基地など「非愛国的な話題」を取材するジャーナリストがSNSで攻撃を受けていると指摘しています。
 菅官房長官が記者会見で、東京新聞の望月衣塑子記者の質問に対して「あなたに答える必要はない」と拒絶するなどの例も生まれています。特定の記者の質問を妨害したり答えなかったりするなど、従来は考えられなかったような異常事態です。政権が不都合な情報の発信や伝達をいかに恐れているかを示す好例だと言えるでしょう。

 政権の行き詰まりと腐敗

 情報の統制と操作による「虚偽環境」をつくり出すことによって国民を欺くというのが、情報戦における安倍首相の常套手段です。「隠す、ごまかす、嘘をつく」というのが、その「3原則」でした。これに、最近では「受け取らず」が付け加わったようです。しかし、そのようなやり方も現実によって裏切られ、いよいよ政権の行き詰まりが明らかになってきました。
 第1は、外交政策の破たんです。その象徴的な出来事が安倍首相のイラン訪問時のタンカー襲撃事件でした。アメリカはイランによるものだと主張していますが、真相は不明です。安倍首相のイラン訪問による「仲介外交」は失敗し、かえってアメリカとイランとの関係は悪化しました。
 韓国との関係は冷え切って北朝鮮とは接触できず、ロシアとの北方領土問題でも打開のめどは立たっていません。中国との関係では、一方で友好関係強化へと舵を切ったにもかかわらず、他方で「仮想敵」として軍備増強の口実にするというチグハグぶりです。
 第2は、国会審議での答弁や公文書、政策立案の土台となる数字やデータの誤り、隠蔽、改ざんやねつ造などの問題です。これらの問題は、すでに森友・加計学園疑惑で明らかになりました。前述のように、その後も不正や捏造が明らかになっています。
 通常国会では毎月勤労統計(毎勤)や家計調査などの政府基幹統計の誤りも発覚しました。アベノミクスの評価に関わる数字が変えられ、それに官邸が関与している疑いもあり、「アベノミクス偽装」ではないかとの批判を招いています。
 第3は、政治家や官僚の劣化です。安倍首相や麻生副総理の暴言や失言は言うに及ばず、塚田一郎国土交通副大臣と桜田義孝五輪担当大臣が辞任に追い込まれました。塚田氏は下関北九州道路について「私が忖度した」、桜田氏は「復興以上に大事なのは高橋さんです」という発言が問題とされました。いずれも失言というより本心を語ったのではないでしょうか。
 このような暴言は自民党だけではありません。維新の会の丸山穂高衆院議員は北方領土について「戦争しないとどうしようもなくないですか」等という発言によって国会初の糾弾決議を挙げられ、参院選比例区に立候補を予定していた維新の会の長谷川豊氏も被差別部落をめぐる差別発言によって公認停止の処分を受けました。
 このほか、経産省と文科省のキャリア官僚が覚せい剤を省内で使用していたことが発覚して逮捕されています。このような形での汚染や腐敗が高級官僚にまで広がっていたとは、まことに驚くべきことというほかありません。

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7月7日(日) 統一地方選後の情勢と参院選の展望─「市民と野党の共闘」と憲法闘争の前進にむけて(その2) [論攷]

〔以下の論攷は、2019年・勤労者通信大学・通信『活かそう憲法②』に掲載されたものです。2回に分けてアップさせていただきます。〕

 ダブル選挙でも怖くない

 改憲をめぐる決戦が夏の参院選に先送りされる可能性が強まっています。安倍9条改憲を阻止するうえで、夏の選挙の意義はますます大きなものになりました。この選挙が衆参両院のダブル選挙になるかもしれないという報道もあります。
 しかし、消費税の増税を先送りし、改憲を争点としてダブル選挙になったとしても、恐れることはありません。衆参ともに前回の選挙(参院の場合は6年前の改選議席)で自公両党はかなりの好成績を収めており、今度の選挙で再現することはほとんど不可能だからです。実際には「減少幅をどれだけ減らせるか」ということになるでしょう。
 消費税再増税の先延ばしは歓迎すべきことですが、それは「アベノミクス」の失敗を公言することになり、野党の得点になっても与党にとって有利になるとは限りません。増税の準備や景気対策を組み込んだ今年度予算が可決されていますから、安倍政権への批判を招いて逆風となるリスクもあります。
 参院選での改憲の争点化も逆効果になる可能性があります。安倍首相の下での改憲には反対世論の方が多く保守勢力内にも改憲反対論が存在していますから、野党ではなく与党を分断して無党派層の反発を招くかもしれません。
 ダブルにすれば野党共闘を分断できると言われています。しかし、参院選1人区と衆院選小選挙区で与党との間で1対1の構図を作ることになれば、譲り合う選挙区の数が増えますから、かえって共闘に向けての話し合いがやりやすくなるという面もあります。

 カギは市民と野党との共闘

 ダブル選挙は生き残りを模索する安倍首相の自己都合から発していることで、解散の大義はなく二院制の趣旨にも反し、国民にとっては大きな迷惑で解散権の乱用は許されません。しかもダブルなら有利になるかといえば、衆参両院で改憲勢力が3分の2の多数を下回る可能性の方が大きいのです。
 今回、改選されるのは2013年に当選した参院議員です。この時は自民党が現行制度下で最多の65議席を獲得して6年ぶりに参院第1党に復帰し、自公両党は過半数を上回る135議席となりました。31あった1人区では29選挙区で議席を獲得するなど、望みうる最高の成績を収めています。しかし、3年前の参院選では32の1人区で野党統一候補は11人当選しています。
 参院の「会派別」では自民+公明+維新+希望の党で163となって定数242の3分の2を1議席上回っているにすぎません。参院選1人区ではほぼ全選挙区での統一候補の擁立に目途が立ちました。『東京新聞』3月15日付は17年の衆院比例得票を元に「16激戦区、野党一本化なら勝機」と報じています。
 2年前の衆院選は自民党にとって極めて有利な状況の下での選挙となり、選挙前と同じ284議席を獲得しました。衆議院解散前後に野党第一党の民進党が事実上分裂して希望の党と立憲民主党が結成され、野党勢力が分断されたからです。共闘は十分に機能せず、野党の自滅によって自民党が助けられたのです。
 3年前の参院選と2年前の衆院選は大きな教訓を残しています。1人区での統一候補を実現すれば与党を敗北させることができるということであり、分断を防いで市民と野党との共闘を実現すれば改憲勢力3分の2を阻止することは十分に可能だということです。

 ダブルになっても返り討ち

 安倍首相は2016年参院選でもダブル選挙を検討しましたが、決断できませんでした。今回も、最後まで迷うにちがいありません。自民党の現有議席維持の見通しはなく、公明党が抵抗しているからです。
 どうなるかは不明ですが、準備は必要です。奇襲攻撃を許さないためには、油断せず備えなければなりません。野党側が統一候補を擁立して迎え撃つ準備が整えば、安倍首相が決断できなくなる可能性もあります。
 もし、ダブル選挙になったら、堂々と受けて立てばいいんです。ダブルで挑んできたら、ダブルで跳ね返す。衆参両院でいっぺんに自民党を敗北させることができれば、手間が省けていいじゃありませんか。その結果、改憲勢力を3分の2以下に追い込めれば、安倍首相の改憲野望を最終的に打ち破ることができるのですから……。
(いがらし・じん/法政大学名誉教授・勤通大基礎コース階級闘争論教科委員)

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7月6日(土) 統一地方選後の情勢と参院選の展望─「市民と野党の共闘」と憲法闘争の前進にむけて(その1) [論攷]

〔以下の論攷は、2019年・勤労者通信大学・通信『活かそう憲法②』に掲載されたものです。2回に分けてアップさせていただきます。〕

 4月1日に新元号「令和」が発表され、5月1日には新天皇の即位がありました。これらを機に「改元・代替わりフィーバー」によるバカ騒ぎが巻き起こり、あたかも新しい時代になったかのような幻想がふりまかれています。
 その張本人は安倍首相です。これに便乗して視聴率を稼ごうとするマスメディアやひと稼ぎを企む商売人などが手を貸しました。「すべての道は選挙に通ず」ということで、安倍首相は夏の参院選に向けて「お祝いムード」を持続させたいと考えているのでしょう。
 改元や新天皇、米国大統領の訪日、大相撲観戦に至るまで、あらゆるものを政治利用する安倍首相のあくどさが際立っています。空騒ぎに巻き込まれて主権在民の本義を忘れることなく、権力を監視し声をあげなければなりません。憲法12条は「この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によつて、これを保持しなければならない」と呼びかけているのですから……。

 安倍改憲をめぐる攻防

 統一地方選後の情勢において、焦点の一つとして浮上したのが改憲問題です。安倍首相が5月3日の憲法記念日の改憲派の集会にビデオメッセージを寄せ、2020年の新憲法施行について「今もその気持ちに変わりはない」と述べて執念を示したからです。同じ日、江東区でひらかれた安倍改憲に反対する集会には6万5000人が集まりました。
 自民党は衆院小選挙区での改憲本部の設置や草の根での運動の強化を打ち出しています。3000万人署名で追い詰められた結果です。安倍首相は夏の参院選で憲法改正を訴えるべきだとの考えを示し、参院選の公約案でも「憲法改正原案を国会に提案・発議し、国民投票を行い、早期の憲法改正を目指す」と明記する方針です。
 しかし、憲法審査会での議論は進んでいません。5月30日の衆院憲法審査会の幹事懇談会では国民投票でのCM規制などをめぐる国民投票法改正案の取り扱いを巡って協議しましたが折り合わず、成立には黄信号がともりました。
 自民党は改憲4項目(下記参照)の説明という「頭出し」だけでも行おうとしており、今後も予断を許しません。しかし、今国会の会期は1ヵ月を切り、衆参のダブル選もささやかれるなか与野党の対立は深まっています。安倍首相の執念と強気の姿勢はかえって野党の反発を強め、「数の力」で採決を強行すれば選挙での「逆風」を招きかねず、見通しは立っていません。

*自民党の「改憲4項目」とは?
 2017年12月20日、自民党憲法推進本部は、「憲法改正に関する取りまとめ」として「改憲4項目」をかかげました。「4項目」とは、①自衛隊について、②緊急事態について、③合区解消・地方公共団体について、④教育充実について、です。詳細は、改憲問題対策法律家6団体連絡会による『自民党改憲草案推進本部作成改憲案(4項目)「Q&A 」徹底批判』を参照してください。PDF版が以下のアドレスからダウンロードできます。http:// kaikenno.com/?p=1010 .




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6月10日(月) 労働資料館の役割を考える(その2) [論攷]

〔以下のインタビュー記事は、日本鉄道福祉事業協会・労働資料館が発行する『労働資料館ニュース』No.2、2019年6月号、に掲載されたものです。2回に分けてアップさせていただきます。〕

●戦災を越えて残す努力

 私はハーバード大学に留学した後、海外の労働関係資料館を訪問して『この目で見てきた世界のレイバー・アーカイヴス――地球一周:労働組合と労働資料館を訪ねる旅』(法律文化社, 2004年)という本にまとめました。それは私の勤務していた大原社会問題研究所が労働史研究機関国際協会(IALHI)という団体に入っていたからです。日本で加盟しているのは大原研究所だけですから、そういう意味で日本の資料館事業は不十分だと感じました。特に、ナショナルセンターや労働組合の本部が意識的に自分たちの資料を残していくという点では、海外の方が進んでいると思います。
 アメリカではシステムを整えて系統的に収集・保存しています。私の訪問したジョージ・ミーニー・センターは、AFL-CIO(アメリカ労働総同盟・産別会議)直轄の資料館でした。AFL-CIOの会長だった人の名前を冠した資料館で、各産業別組合が大会資料などをそこに送るように義務付けられています。日本の連合にあたるところですが、連合は各単産の資料を系統的に集めているのでしょうか。
 それぞれの単産でも、大会資料などは残していますが、県本部や下部組織の資料まで残すということはしていないでしょう。場所、金、人、時間などの制約があるからです。
 大原社会問題研究所は、戦前から社会・労働問題関係資料を収集しており、これは世界に誇れる水準にあると思います。戦前からやっているところは国際的に見ても多くありません。欧州では戦争もありましたし、ナチスによる迫害や焚書もありました。
 その中で、オランダの国際社会史研究所は、ナチスの弾圧を逃れるためにドイツをはじめオーストリア、スペインなどから資料を受け容れ、社会・労働関係資料を守り抜きました。そういう歴史が欧州にあるのです。
 大原研究所でも戦前の貴重な資料は土蔵にしまってありました。偶然ではなく火災から守ろうと考えたのだと思います。そのため、1945年5月の「山の手大空襲」を受けた時に、火災に強い土蔵の中で貴重な戦前の資料が燃え残りました。

●資料を有効に生かすネットワーク

 日本政府についていうと、公文書を残すための公文書館をきちんと位置づける公文書館法を作ろうという動きが出てきたのは福田康夫内閣の時です。法律は2009年に成立しました。日本の政府や公的機関も資料を公的財産だと位置づけて組織的に残すという考え方が外国より弱いと思います。
 昔の資料は正倉院などで一定程度残っていますが、歴代天皇が公的な決定などを行った際の文書は公的機関が残してきたわけではありません。冷泉家のような公家が代わりにやっていただけです。徳川幕府に関してもそれなりに資料が残っていますが、地方の行政文書は庄屋の蔵やお寺など私的な場所に残っている場合が多いのです。
 欧州では書記が重要な役割を担っており、その長である「書記長」が最高権力を持つ例が見られます。エジプトにも書記の像があります。書記という記録を残す仕事は大切なものだというこだわりがあったのではないでしょうか。
 また、日本ではアジア・太平洋戦争が終わった時、軍部が資料の多くを燃やしてしまいました。自分たちは悪くないと弁解するための資料まで燃やしてしまったのです。それに比べて、ソ連が崩壊した後にも悪逆非道な粛清の記録まですべて残されています。資料を大切にして後世に判断を仰ごうという意識の表れではないでしょうか。
 皆さんの労働資料館の資料は、正しい歴史を知り過去を検証する上で重要な意味を持っています。何があったのかを記録に残し、その意味を検証できるようにしておくことです。それは主として研究者の役割だと思いますが、過ちを繰り返さないための教訓を引き出していく上でも役に立つでしょう。あるいは、今後の進路を検討するための材料にもなると思います。
 皆さんのところには国鉄動力車労働組合(動労)の資料があると聞いていますが、大原研究所にも国鉄関係の資料がたくさんあります。主に国鉄労働組合(国労)からのもので、相互に補完しあう関係にあると思います。動労と国労の両方の資料を突き合わせることで、国鉄労働運動史の全景が浮かびあがってくるのではないでしょうか。
 先ほども言いましたが、どの資料館もスペースや資金、人材などの制約に悩んでいます。したがって、資料の収集や保管などを有効に生かすためには相互に連携するネットワークが必要になります。1986年に設立された社会・労働関係資料センター連絡協議会(労働資料協)がそういう役割を果たしつつあり、その存在は重要です。

 追記 日本鉄道福祉事業協会・労働資料館は2019年4月、「労働資料協」に正式加盟しました。

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6月9日(日) 労働資料館の役割を考える(その1) [論攷]

〔以下のインタビュー記事は、日本鉄道福祉事業協会・労働資料館が発行する『労働資料館ニュース』No.2、2019年6月号、に掲載されたものです。2回に分けてアップさせていただきます。〕

●資料は歴史を確定する手段

 社会問題や労働問題の資料を収集・整理し公開していくことは大切な事業です。そのことがどういう意味を持つのかについて、まずお話しします。
 歴史というのは過去の事実が積み重なったものです。それを確定する上で重要なのは「記憶」と「記録」です。記憶に基づいて歴史を語る「オーラル・ヒストリー」は最近よく目にするようになりましたが、人間の記憶は曖昧なものです。加えて、嫌なことや苦しかったこと、不利になるようなことは忘れてしまうという機能が働きます。
 こういう「主観的」なバイアスだけでなく、「客観的」なバイアスもあります。自分が見たり聞いたりしたこと、経験したことしか記憶していません。近くで起きても、見聞しなかったために記憶に留まらないということもあります。
 したがって、記憶だけで歴史を確定するわけにはいきません。それが正しいいものであるかを確定するために、客観的に確認できる「資料」が必要になります。
 資料にもいろいろありますが、基本となるのは文書資料です。人によって書かれたもの、文字として残されているものです。この文書資料にも、出版物として大量に出ているものと、個人のメモや日記のように一つしかないもの(一点物)があります。
 大量に出まわっているものは比較的簡単に入手できますが、一点物は入手が難しく無くなったら取り返しがつきません。まして、資料を書き換えて、あったことが無かったことにされてしまうなどというのはとんでもないことです。森友・加計学園疑惑などで問題になっているような、隠すとか書き換えるというようなことが起こると、歴史が消されたり歪められたりすることになります。
 とりわけ、公的な文書は国民の財産です。権力が何をやってきたのかを検証するための手段となり、国民の知る権利を担保するものです。したがって、文書資料、書かれた資料は、歴史を確定する際の根幹をなす極めて重要なものなのです。

●何でもかんでも残していくこと

 もちろん、文書以外の資料もあります。書かれていないものは、大原社会問題研究所では「現物資料」と呼んでおり、海外では「三次元資料」と呼ばれています。
 現物資料には、労働運動で言えば、旗、バッジ、鉢巻き、ゼッケン、プラカード、横断幕、看板、ポスター等々、あるいは音声・映像などが含まれます。これらは、事実を確定し、実際に何が起きたのかを知る上で重要な意味を持ちます。
 とりわけ社会運動、労働運動の場合、参加した人たちにとっては「生きた証」ともいえるものです。単に歴史を明らかにすることに留まらない、一人ひとりの思い入れがそれらには込められています。
 ただし、この「思い入れ」は当事者にしかわからないことが多く、個人に関わるものは私蔵される場合がほとんどです。その当事者が亡くなると、「お祖父ちゃん、変なものをたくさん残していったわね」ということで、「ゴミ」として処分されたりしがちです。そういう事情も踏まえて、資料館は意識的に残す努力をしなければなりません。
 この場合、何をどのように残していくのかが重要になります。資料を収集する立場からすると、何でもかんでもできるだけ多く残していくというのが基本です。その時点で価値がよくわからなくても、時間が経ってから、これは重要なものだということが明らかになったり、位置づけられたりすることがあるからです。だから、できるだけたくさん、そのまま残した方がいいと思いますが、スペースやお金の面で制約がありますから難しいところです。
 もう一つ忘れてならないのは、一点物は価値がはっきりしますが、世の中に大量に出回ったものはそうであるがために残りにくいということです。ポスターやパンフレット、ビラなどがそうです。
 「本」であれば国会図書館に残りますし、大会資料や機関誌紙はそれぞれの組織が自分たちで保存します。パンフレットやビラは運動を広めるために大量に発行されますが、あっという間になくなってしまいます。誰もとっておかないのが普通です。
 しかし、皆さんも経験があると思いますが、運動を振り返るうえでは、これらが重要な意味をもつこともあります。ですから、大会資料などの機関会議の資料、機関誌紙のように定期的に発行されている資料を残すことはもちろん大切ですが、一点物である役員や幹部のメモや日記、ポスター、ビラやパンフレットなども、できるだけ残して後世に伝えていってもらいたいものです。

●資料を大切にする欧米の精神

 とりわけ、公職に就いている人は、こういうことを意識的にやらなければなりません。たとえ個人の物として作成されたものであっても、公職についている限りは公的な役割を担って作成されていることが多いのです。職務や仕事、決定などが正当なものであったかどうかを、後々検証できるようにするのが公職に就いた人の義務です。
 アメリカでは、大統領が引退したら大統領個人の図書館を作ります。ケネディであれば出身地のボストンにケネディ・ライブラリーを作り、大統領在職中の関連資料をすべてそこに残すのです。また、大統領経験者は回想録を書くことが義務のようになっています。
 日本でも、総理大臣は自らに関わる資料をきちんと保存し、回想録を書くようにすべきだと思います。総理大臣に関係する公文書や記録が残されていなかったり、書き換えられたりするのは、まったく論外のことです。
 また、後世に残る資料は多くの場合「勝者」のもので、「敗者」の記録は残らないのが普通です。そうすると歴史は「勝者の歴史」として書かれ、自らの業績を美化したり、正当化したりして歴史が歪められてしまいます。歴史の歪曲を許さないためには、敗者の側の資料も残さなければなりません。
 しかも、敗者というのは実は「多数派」です。支配する者より支配される者の方が数は多い。被支配者の側の記録こそ、総体としての歴史の真実を示すものです。そして、支配される者、虐げられた者、さらにその中の少数者の記録も残すことによって、多様性を持った全体としての「歴史の実像」が正しく伝えられ、いろいろな側面から見た歴史の真実が伝えられていくと思います。
 そういう点で、敗北した者や少数者のものであっても資料的価値はあります。大量に出回っていても、それを誰かが残していくわけではありません。やがて消えて行ってしまいます。ですから、できる範囲で可能な限り、文書に限らずいろいろな形の資料を、映像や音声を含めて残しておくことが重要だと思います。

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6月3日(月) 米国の本音むき出し 「TPPに縛られない」トランプ氏〝戦闘宣言〟  [論攷]

〔以下のインタビュー記事は、農協協会が発行している『農業協同組合新聞』5月30日号、に掲載されたものです。記事のリードとインタビューの部分をアップさせていただきます。〕

 米国のトランプ大統領が来日し5月27日、日米首脳会談が行われた。トランプ大統領は会談前に貿易問題で進展があるとし、とくに農業と牛肉に期待を寄せていることを自身のツイッターに書き込み、成果は7月の参院選後まで待つとし「大きな数字を期待している」と早期妥結への意欲を表明した。また、記者会見では「TPPには参加していない。アメリカは縛られていない」と強調、農業分野でTPP(環太平洋連携協定)を念頭に昨年9月の日米共同声明では「過去の経済連携の内容が最大限」と両国で合意した内容と食い違う認識も示した。
 この日米交渉をどうみるか、今回は政治学の五十嵐仁法政大名誉教授に聞いた。

-どんな印象を持ちましたか。

 「中身はそれほどなかったが、貿易問題がやはりかなり中心的な争点であるということが、そこはかとなく分かるような記者会見だったと思います。首脳会談全体が1時間延びたということですが、少人数会合が1時間以上かかったという。こうした経過から浮かび上がってくるのは、やはりトランプが農産物問題を持ち出したということでしょう。
 安倍首相は議論の加速とウィンウィンの関係となることをめざすと言いましたが、トランプ大統領は対日貿易赤字の削減を明確に打ち出し、8月に合意できるだろうといいました。しかし、安倍首相はそれには何も応えず、防戦一方の印象でした」。

--TPPには縛られないとの発言も飛び出しました。

 「TPPには参加していないのだから、当然、無視していいんだということを言いたかったのでしょう。戦闘宣言だともいえます。
 それから、トランプ大統領が8月合意にこだわるのは自身の大統領選挙があるからです。合意が延びてしまうと選挙に影響してくる。しかし、安倍首相は参院選前に選挙に不利なる合意はできない。両方の条件を絞ったところ8月となった。つまり、日本の参議院選挙とアメリカの大統領選挙がこんなところで深くつながっているわけです。
 今回の訪日は天皇の代替わりに対する表敬訪問として位置づけられましたが、実際は日米貿易交渉が非常に重要な局面にあることがかいまみえました」
 
◆防衛費で赤字削減

--トランプ大統領は記者会見のなかで貿易赤字の削減には日本による軍事品の購入も貢献することを強調し、F35戦闘機を105機も保有する「米国以外ではもっとも保有する国だ。防衛装備品では日本は最大の買い手」とも強調しました。

 「まさに安全保障のためにではなく貿易のためです。トランプの機嫌をとろうとして防衛装備品を購入することにし、5年間で27兆円もの防衛予算を確保しています。
 しかし、F35は洋上で消息不明になる事故があったように性能に疑問があるとされています。それでも性能はどうでもいいから買うということでしょうか。これは防衛整備計画からしてもいびつになってしまうし、何より性能に不安な戦闘機に自衛隊員が乗るということです。予算も防衛装備費にとられて自衛隊員の待遇面も悪化してしまうのではないか。これは防衛費でもなくアメリカとの交際費ではないですか」
 
◆交渉方針 隠すな

--今後、どのようなことが求められるでしょうか。

 「トランプ大統領は嘘つきですから、本当にどうなるか分かりません。ワシントンポストの調査では2年間で8000回の嘘をついたといいます。その後も嘘をついて今や1万回を超え、1日平均16.5回になるといいます。
 ただ、参院選まで待つということを明らかにしたということは、これは弱みを握られたことになりますから、まさに攻勢を跳ね返すことができなくなってしまうのではないか。待ってやったじゃないか、というわけです。
 安倍首相は米国との友情、絆を世界にアピールしていますが、トランプ大統領はそんなことはまったく気にかけていません。やるべきことはやる。交渉に立ち向かうには当たり前のことですから交渉方針をしっかり持つことです。そのすべてを国民に明らかにすることは交渉ですからできないとしても交渉方針を隠したまま選挙をするということは考えられない。しかし、そうなりかねません。地方で農家を守れるのはJAしかない。JAもおそれずに政権に立ち向かってほしいと思います」


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5月22日(水) 書評:飯田洋子著『九条の会―新しいネットワークの形成と蘇生する社会運動』(その2) [論攷]

〔以下の書評は、『大原社会問題研究所雑誌』第727号、2019年5月号、に掲載されたものです。2回に分けてアップさせていただきます。〕

 以上のような本書の特徴と構造を前提に、いくつかの論点についての感想を書くことにしたい。
 第1に、「会」誕生の背景についてである。本書は「突如として『九条の会』という新しい運動が現れ」たと指摘し、「何がこの新しい社会運動へと繋がり、どのようにして、そしてなぜ、この運動はこれほど急速に発展したのか」と問題提起したうえで、「政治的過程、プロテスト・サイクル、そして社会的ネットワークという三つの研究領域における理論的蓄積に依拠し」て探求したと述べている(192~193頁)。
 社会運動の高揚をもたらす要因としては、客観的情勢と主体的な条件の双方が存在している。このうち本書は「会」という運動主体をテーマにしているから当然のことかもしれないが、「政治的過程」における客観的情勢が持っていた意味への注目が弱いのではないかと思われる。
 「会」がなぜ2004年に「突如」として現れたのかという点では、イラク戦争の勃発と安倍晋三という政治家が大きな意味を持っていたのではないだろうか。イラク戦争が2003年に始まり、翌2004年から陸上自衛隊がサマワに派遣されて多国籍軍に組み込まれ、日本人の拉致事件も発生した。
 他方で、改憲論者として警戒されていた安倍晋三が2003年に自民党幹事長に抜擢されるなど一挙に権力の中枢へと歩みを進めた。このような憲法9条に対する「脅威」(19頁)と「差し迫った危機」(21頁)こそが、「突如として」新しい運動を立ち上げた大きな要因の一つだったように思われる。
 第2に、プロテスト・サイクルという概念についてである。本書では社会運動の高揚期と停滞期(潜行期)がサイクル状に繰り返され、「会」の結成と広がりは60年安保闘争の再活性化であるととらえられている。
 このような運動の波とその循環は、「会」の活動にもあったように思われる。「会」結成後の最初の3年間の高揚期、第1次安倍内閣が倒れた後の停滞期を経たのち、自民党政権が復活して安倍首相が再登場した再活性期、さらには2015年9月の安全保障関連法成立後の一時的沈静の後、2017年5月3日の安倍首相による9条加憲と2020年改憲施行の表明に対する運動の高揚という一定のサイクルを認めることができるのではないだろうか。このようなサイクルが生じたのも、主体の側というより客観的な情勢の変化とそれに対応した「脅威」や「危機」の認識と深く関わっていたのである。
 なお、客観的情勢との関連という点では、「安倍の辞任は2007年の世論調査における憲法改正に対する支持率の劇的な効果のせいであるということだ。世論におけるこの変化は、与野党間の力の均衡の変化に直接的に現れた。自民党は2009年の総選挙で野に下り、民主党が社民党とみんなの党とともに連立政権を形成した」という記述が気になる。確かに憲法についての世論の変化はこれらの政変に影響を与えたかもしれないが、それが主たる要因であったとするのは「会」運動の過大評価であり、この点については慎重な検討が求められる。また、連立政権に加わったのは「みんなの党」ではなく「国民新党」であった。
 第3に、本書のキー概念である「60年代政治世代」についてである。この世代は60年安保闘争を担った人々であると理解されるが、これに対する筆者の記述は揺れている。
 たとえば、9頁では「1960年から1970年前半の、第9条と矛盾する軍事同盟であるところの日米安全保障条約の改定に反対する運動がつくり出した巨大なプロテスト・サイクル(抗議の周期)」と記述しながら、195頁では「この『政治の季節』が1970年代前半に終焉を迎え」と書いている。運動が続いたのは「1970年前半」までなのか、それとも「1970年代前半」までなのか。また31頁には「1960年代から1970年代にかけて日米安全保障条約改定に対する反対運動として起こった批判的直接行動」という記述もある。
 このような混乱が生じたのは、性格の異なる60年安保闘争と70年安保闘争とを混同し、この両者を一連のものとしてとらえているからである。そもそも60年安保闘争は安保改定に対する反対運動だったが、70年安保闘争は「改定反対」ではなく「延長反対」であり条約の「廃棄」を求める運動であった。
 両者の運動課題は異なっており、10年の間には運動を担う「世代」も交代していた。60年代後半からの学園闘争や70年安保闘争を担った人々と60年安保闘争を担った人々を一括して「60年代政治世代」としてとらえることには無理があるのではないだろうか。最初から「会」の事務局を担った小森陽一と渡辺治も60年安保闘争は経験していない。
 実際には60年安保闘争と70年安保闘争との間にもプロテスト・サイクルが存在し、運動主体の世代交代があった。評者は1969年に大学に入学し、学生自治会委員長として70年安保闘争に参加した経験がある。1970年6月23日の東大駒場での全国学生集会と代々木公園での全国中央集会にも参加した。71年の沖縄返還闘争や75年までのベトナム戦争反対運動にも加わっている。その後、確かに「政治の季節」は終焉を迎えるが、それ以前の活動家すべてと一緒にされて「60年代政治世代」と呼ばれれば、面食らうだけである。
 第4に、ネットワークの形成とクリアリングハウスの役割についてである。詳細な聴き取りに基づく叙述は本書の白眉だと言えるが、聴き取りだけでアンケートや統計に基づく数量的データなどは少ない。草の根の「会」の増加についてのグラフはある(65頁)が、その構成員の男女別、年齢別、社会的属性別の構成比などが数字として示されれば、「会」の全体像を把握するうえで有益だったと思われる。
 「クリアリングハウス・チャプター」としての県レベルの「会」についての解明も、本書の大きな貢献だと言える。その主要な機能は「それぞれの県の中で草の根の会の間のコミュニケーションや協力を促進することである」(93頁)として、神奈川、広島、宮城、京都、沖縄、福島の実例が紹介されている。それぞれの「会」の結成には「共通するパターンがある」として、「社会運動の活動蓄積と歴史の上に立ったものであること」や、それを率いているのは「社会政治活動の豊富な経験を持つ、専門性ある市民たち」で、この活動家集団の間には社会主義者と共産主義者、労働運動と市民運動、グループ参加と個人参加、若い世代とベテラン市民活動家、プロフェッショナルとアマチュアなどの間に溝が存在しており、それを克服することがめざされてきたと指摘している。ただし、これらの「溝」への対処法についての記述はいささか物足りない。
 第5に、新しい世代の登場と社会運動の継承についてである。筆者は2011年3月の東日本大震災を地震と巨大津波、原発の爆発という「三重災害」ととらえ、これを契機に若者による反核運動という「新しい社会運動」が始まり、「会」もこれに関わることによって運動の幅を広げたこと、第2次安倍内閣の登場と新安全保障法制や96条改憲論に対抗するための改憲派との共同、集団的自衛権の行使容認の閣議決定という「クーデター」(168頁)に反対する多様な運動の展開と分裂してきた運動組織や左派政党の共同、学生と学者の間の共働などのプロセスをフォローし、安保法制に反対する運動でのSEALsやママの会など若者による新たな活動家の出現に注目している。
 以上のような理解は基本的に正しいと思われるが、いくつか気になる点もある。これらの過程において、「会」自体の若返りと運動の継承が実現したのかという点である。学生や若者の「会」や「会」への若者の参加者がどれほど増えたのか、「会」内部での指導的活動家層の若返りと運動の継承がなされたのか。これらに対して本書は明確な答えを示しているとはいい難い。
 なお、大原社会問題研究所について、社会運動は「研究対象としては日本の学者にとって一種のタブーであった」と指摘しつつ「1919年から主に労働問題について研究し続けている学術組織だ」(48頁)と言及されていることを付記しておきたい。

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5月21日(火) 書評:飯田洋子著『九条の会―新しいネットワークの形成と蘇生する社会運動』(その1) [論攷]

〔以下の書評は、『大原社会問題研究所雑誌』第727号、2019年5月号、に掲載されたものです。2回に分けてアップさせていただきます。〕

 2017年5月3日、安倍首相は改憲派の集会において2020年までに憲法を変えて新しい憲法を施行する意向を明らかにした。その後、首相のめざす改憲の内容は4項目に整理されたが、その中心は憲法9条に自衛隊の存在を書き込むことであった。
 これが「安倍9条改憲論」と言われるものだが、その特徴は9条の条文を変えないということにある。したがって、正確に言えば「改憲」というよりも、「加憲」というべきものだった。安倍首相自身、これによって自衛隊の性格や任務にはいささかの変更もないと説明している。
 「加憲」による憲法の改定は、従来から公明党によって提唱されてきた。「安倍9条改憲論」は、従来の改憲論をトーンダウンさせ、同じ与党である公明党の主張に歩み寄ったものだと言える。このような形で譲歩したのは、9条改憲には警戒心が強く世論も反発していたからである。
 安倍首相による9条改憲論は、このような世論状況に対応したものだった。自衛隊の「国防軍」化と集団的自衛権の全面的な容認をめざした2012年の自民党憲法草案のような内容では、改憲を実現することは困難だと判断したのであろう。
 しかし、このような政治判断によって「加憲論」に転じたにもかかわらず、憲法審査会での審議は進まず、改憲発議できない状況が続いている。公明党は相変わらず9条改憲には消極的で、野党の多くは安倍首相の手による改憲に反対しているからである。その背景には改憲反対世論の増大がある。このような世論状況を生み出した大きな要因の一つが全国で7500を上回る「九条の会」の存在と運動であった。

 本書は、安倍9条改憲論の「宿敵」ともいえる「九条の会」(以後、「会」と省略)を真正面から取り上げ、その組織と活動を学術的に分析したものである。政治・社会的に大きな影響力を発揮してきた社会運動団体に対する注目が学術の分野にまで及び、調査と分析の対象となったわけである。「会」がそれだけの実績と成果を上げてきたということの証明でもあろう。
 本書の特徴は第1に、この「会」を主題として書かれた最初の本だということにある。そのために、これまで知られていなかった多くの事実が発見され、その性格や歴史、組織や運動の実態を知るうえで最良の手引き書となっている。たとえば、「多くの地域の『九条の会』の中心的なメンバーには、元教師がいる」(88頁)、「ちがいを抑え込むのではなく、むしろそれに積極的な役割を果たさせることの方が、肯定的な解決策をもたらすこともある」(122~123頁)などの指摘は重要である。
 第2に、ハワイ大学に提出した博士論文を翻訳して加筆修正を加えた学術書だという点にある。本書は運動の当事者ではない研究者による客観的で総合的な立場からなされた専門的な社会運動研究である。そのために理論的な枠組みが明確であるというメリットとともに、「高い中心性」(184頁)や「より関係的な理解を貢献する」(207)のようなこなれない日本語、「共同通信」を「共同ニュース」と呼ぶ間違いや安全保障関連法案(戦争法案)を「国家安全保障法案」とする記述の混乱などが散見され、「フレーム・アラインメント理論」(193頁)のような見慣れない用語に戸惑うというデメリットも生じている。
 したがって第3に、単なるドキュメンタリーではない本書には、様々な専門用語や概念が登場する。なかでも中核的な概念は、プロテスタント・サイクルとクリアリングハウスである。前者はいわば時間にかかわる概念で、社会運動の高揚が一定期間の潜行の後に再び生起するということを示し、後者は空間にかかわるもので、草の根の「会」に情報を提供してまとめ上げるセンター的な役割を担う会(例えば都道府県レベルの「会」)を指している。
 第4に、フィールドワーク(現地調査)とインタビューを主軸に参与観察を行うという手法が取られていることである。この点について、本書を「解説」した小森陽一は、「本書を執筆するうえでの著者の最大の力は、繊細な感覚で運動に参加している人々の心の動きの機微をとらえながら、それを『九条の会』運動の一つの思想にまでつなげていく、エスノグラフィック(民族誌的)なフィールドワークに基づくインタビュー力にある」(225頁)と、高く評価している。その真価が十分に発揮されているのが、第2章と第3章だと言える。

 本書は序章と終章を含めて8つの章から成っている。
 序章では「会」の最初のアピールが紹介され、「本書の目的」と「本書の構造」が明らかにされている。本書の目的は水平方向の社会的ネットワークとして「会」のあり方や活動を分析するだけでなく、それが発足し発展してきたいわば垂直的な過程にも着目し、「会」が草の根で組織され維持される方法や全国組織との連携などを解明することであるとしている。
 第1章「日本の社会運動における政治的過程と1960年代政治世代」では、「会」の出現と発展の歴史的背景に焦点を当て、1950年代から2010年代までの政治的過程、安保闘争を闘った「60年代政治世代」の役割を明らかにし、長い潜行期間後に2011年の大震災後を契機に新しい世代の社会運動が生起したプロセスなどが概観されている。
 第2章「『九条の会』;運動とネットワークの出現と展開」では、「会」の形成過程が詳述され、最初の「会」を立ち上げた指導的なグループの形成、地域での広がり、全国組織との連携、ネットワークの形成などが分析されている。
 第3章「クリアリングハウス・チャプター」では、草の根の「会」の活動を促進し維持する情報センターとしての会(クリアリングハウス)について1府5県の事例が紹介され、とりわけ対立を克服していく方法について解明されている。
 第4章「最初の『九条の会』―-『呼びかけ人』と『事務局』という組織体制とその役割」では、結成後数年間(2004~07年)における「会」の主な役割に焦点を当て、講演会やセミナーの開催、講師派遣、全国交流集会、ニュースレターの発行、アピールの発表などを通じて「会」が果たした交通整理と情報局の機能を明らかにしている。
 第5章「初めの分水嶺、そして新たな脅威」では、「会」のネットワークの発展とそれに伴う憲法世論の変化、第1次安倍政権の退陣と東日本大震災、その後の安倍政権の復活などに対する「会」の対応などが検討されている。
 第6章「新しい世代の中の『九条の会』」では、2011年の東日本大震災後の「会」の活動が取り上げられ、新しい世代の運動の登場と古い世代との共同の発展がフォローされている。
 終章は「結論」である。ここでは、各章の内容を改めて概括した上で、「『ネットワーク的実践』と社会運動の継続」と「社会運動の継続についての関係的理解」という2点における理論的貢献が示されている。

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