So-net無料ブログ作成
  • ブログをはじめる
  • ログイン
2018年12月| 2019年01月 |- ブログトップ

1月17日(木) 「消えた給付金」は「消えた年金」と同様に安倍政権を追い詰めることになるのか [国会]

 またもや厚生労働省の失態が明らかになりました。毎月勤労統計(毎勤)の元になる調査が不適切になされ、それを根拠にした失業や労災に伴う給付が少なすぎたというのです。
 その影響を受ける人は2000万人で額は500億円を超えました。追加で支給するための予算措置を取るために、来年度予算の組み換えも必要になります。

 毎勤という基幹統計が正しく行われず、いわばねつ造されていました。裁量労働制に関するデータ、障がい者雇用率についての数字、技能実習生からの聴き取り調査などについても、改ざんやねつ造が相次いでいます。
 国会でのごまかし答弁などによって政治への信頼が地に落ちたのに続いて、統計という施策の下になる客観的な数字が誤っていたことで行政に対する信頼も大きく損なわれる結果になりました。
 このような不正がなぜなされてきたのか、どうして長年の間放置されてきたのか、組織的になされたものなのか、などについての真相の解明はこれからのことになります。閉会中審査も行われるようですが、1月28日に開会されるという通常国会での大きなテーマとなることは確実です。

 こうして、夏の参院選を前にした通常国会で「消えた給付金」についての追及がなされることになれば、思い出されるのは2007年の通常国会です。ここでは「消えた年金」が大きな問題になりました。
 松岡利勝農水大臣の「政治とカネ」の問題や自殺まで起きました。第1次安倍政権の時代で、この時も春に統一地方選挙が実施される「亥年の選挙」でした。
 安倍首相は防戦に終始し、夏の参院選では当選が37議席にとどまって当時の民主党に参院第一党の座を譲るという歴史的な惨敗を喫しました。この大敗が、秋の臨時国会冒頭での健康問題を理由にした安倍辞任の遠因になったと見られています。

 同じようなことが生ずるのでしょうか。年の初めから安倍首相が追い詰められるような事態が続発していることは確かですが、NHKの調査では内閣支持率は4割を維持し、不支持率を上回っています。
 しかし、通常国会での野党の追及次第で、情勢は大きく変わる可能性があります。「消えた給付金」だけでなく、10%への消費増税への不安と不満、沖縄辺野古での新基地建設をめぐる理不尽な対応、北方領土問題をめぐるロシアとの食い違い、朝鮮半島情勢の変化と日韓関係の混迷、好戦的な大軍拡という緊張緩和への逆行など、「突っ込みどころ」は満載です。
 これらの問題で追い詰められれば、ますます右翼的な支持層への依存を強めて改憲を声高に叫ばざるを得なくなり、それがかえって安倍政権への警戒心を高めるという悪循環に陥る可能性もあります。このような形で窮地に陥れば、逃げ込む先は一つしかありません。衆参のダブル選挙です。

 これまでダブル選挙は1980年と86年の2回実施され、いずれも自民党の勝利に終わっています。衆参の選挙が同時に実施されれば、野党間の選挙協力を分断し自民党が有利になるからです。
 安倍首相は年頭の会見で「心の片隅にもない」と言っていますが、「隠す、誤魔化す、嘘をつく」安倍首相のことですから、信用できません。安倍首相の大叔父である佐藤栄作元首相も「心の片隅にもない」と言いながら解散・総選挙を実施し、後で「片隅にではなく真ん中にあった」と言いました。
 これは典型的な「ご飯論法」ですが、このような論法を得意とし駆使してきた安倍首相が佐藤元首相を見習うことは十分に考えられます。衆参ダブル選挙で圧勝し、長期政権と改憲に向けての態勢をリセットし盤石なものにしたいと思っているかもしれません。

 通常国会で野党がどこまで安倍政権を追い詰めることができるかにかかっているでしょう。同時に、分断を狙ってダブル選挙を仕掛けてくるのであれば、共闘によって跳ね返さなければなりません。
 ダブルで勝利を狙う与党に対して、ダブルで敗北させれば手間が省けます。安倍首相を退陣させ、一挙に政権交代を実現する可能性も生まれるのですから。
 そのためにも、何としても野党共闘を実現しなければなりません。分断に対する最大の反撃は手を結ぶことなのですから。

nice!(1) 

1月11日(金) 安倍首相の「サンゴ移植」発言で注目される3つの論点 [沖縄]

 米軍普天間飛行場の名護市辺野古への移設計画に関連して、6日のNHKの番組で行った安倍首相の発言が大きな批判を招いています。この番組では、辺野古沿岸部での土砂投入開始を踏まえて、司会者が「沖縄県民の理解をどう得るか」と質問したのに対し、首相はサンゴの移植に言及しながら、次のように発言しました。

 「土砂を投入していくにあたって、あそこのサンゴは移している。また、絶滅危惧種が砂浜に存在していたが、これは砂をさらってしっかりと別の浜に移していくという環境の負担をなるべく抑える努力もしながら、行っているということだ。」

 しかし、「あそこのサンゴ」は移されていませんでした。沖縄県水産課などによれば、埋め立て予定海域全体では約7万4000群体のサンゴの移植が必要ですが、このうち沖縄防衛局が移植したのは絶滅危惧種のオキナワハマサンゴ9群体だけで、どれも今回の土砂投入区域にあったサンゴではなかったのです。
 この安倍首相の発言に対して、玉城デニー知事がツイッターで「現実はそうなっていない」と批判した通りです。事実とは異なる発言によって、土砂投入を正当化しようとしたことは明らかです。
 この首相の発言について注目すべき論点は、さし当り以下の3点です。

 第1に、この発言は辺野古新基地建設のための土砂投入を正当化するために、安倍首相がまたもやウソをついたということです。意識的についたウソであるかどうかははっきりしませんが、ある種の印象操作を行う結果となったことは明らかです。
 もし、意識的ではなかったとすれば、事実認識の誤りに基づく発言だったということになります。沖縄県民の多くが反対し、その意思が先の県知事選でも明らかにされた新基地建設に対して、安倍首相が状況を正しく認識してないということが、この発言で示されたことになります。
 そのような誤った認識の下で、希少サンゴや絶滅危惧種の破壊に直結する土砂投入が強行されているということです。事実誤認に基づいて強行されている土砂投入に正当性はなく、直ちに中止するべきです。

 第2に、この発言が「沖縄県民の理解をどう得るか」という質問への回答としてなされたという点も注目されます。つまり、安倍首相は土砂投入によって希少サンゴが失われ、環境が破壊されるという県民の危惧や批判を十分に分かっているということです。
 このような危惧や批判は当然だと考えているからこそ、それを払拭するための努力がなされていると強調したかったのでしょう。「あそこのサンゴは移植している」「環境の負担をなるべく抑える努力もしながら、行っている」から、土砂を投入しても心配ないのだと。
 このような保全措置を取っているから問題はないのだと、土砂投入を正当化したかったのではないでしょうか。しかし、そうではなかったのですから、土砂投入は到底「沖縄県民の理解」を得ることはできません。

 第3に、希少サンゴや絶滅危惧種を移植すれば、環境は保全されるのかということです。このような移植によって、希少サンゴが守られ環境の負担が抑えられる保証は全くありません。
 この問題を報じた今日の『毎日新聞』には、サンゴの生態に詳しい東京経済大の大久保奈弥准教授の発言が紹介されています。大久保准教授は「サンゴを移植しても長期生存率は低い。環境保全措置としては不十分だ」と、政府の対応を疑問視しているというのです。
 つまり、移植すれば問題ないように発言している安倍首相の認識はこの点でも誤っています。希少サンゴを守るためには移植ではなくそのままの形で存続させるべきであり、それを不可能にして環境を破壊する土砂投入は直ちに中止するべきです。

 必要でもない新基地建設のために沖縄の貴重な自然が破壊されようとしているということは世界中に知れ渡りつつあります。土砂投入の一時中止を求めるホワイトハウスへの要請署名は必要数の2倍以上に当たる20万筆を越えました。
 他方で、安倍政権の意向を忖度した沖縄県民投票への妨害工作も強まっています。世論の力を背景に県民投票を成功させて辺野古での新基地建設をストップさせることこそ、沖縄の美ら海と希少サンゴを守る唯一の道だということを改めて確認する必要があるでしょう。


nice!(1) 

1月9日(水) 安倍首相が改憲に執念をたぎらす3つの背景 [首相]

 安倍首相は臨時国会の最終日に、2020年に新憲法を施行する意志について「その気持ちは変わりがない」と言い切り、1月6日放送のNHK番組でも通常国会で与野党による憲法改正論議の進展に期待を示し、「憲法は国の未来、理想を語るものであり、日本をどのような国にするかとの骨太の議論が国会で求められる。各党が考え方を持ち寄るべきだ」と述べました。安倍9条改憲NO!3000万人署名運動の効果もあって、昨年中の改憲発議という目論見が挫折し改憲スケジュールに大きな狂いが生じていますが、改憲に向けての安倍首相の執念には変わりがないようです。
 しかも、今年の7月には参院選が実施され、ここで改憲勢力が3分の2の議席を失えば、2020年までに改憲発議を行うことはほとんど不可能になります。常識的に考えれば、2020年新憲法施行が実現する可能性はかなり薄まっていると見られますが、それでも安倍首相が改憲に執念をたぎらせているのは何故でしょうか。

 その第1は、安倍首相には個人的な野望があるからです。安保条約の改定を成し遂げた後に改憲を実現したいという祖父・岸信介元首相の望みを受け継いで改憲を達成したいと考えているのでしょう。
 昨年の12月19日に公開された外交文書で、岸信介首相が就任後初の1957年6月の第1次訪米を前に旧安保条約を改定した後、憲法を改正する二段構えの構想を描いていたことが明らかになりました。岸元首相も安保改定だけでなく、改憲にも執念を燃やしていたわけです。
 しかし、安保闘争によって岸内閣は倒れ、改憲どころではなくなりました。安倍首相はこの祖父の執念を受け継ぎ、自分の手で達成したいと考えているにちがいありません。

 もし、それが可能になれば祖父の願いを実現できるだけなく、戦後初めて改憲を成し遂げた首相として、歴史に名を残すことができます。このような功名心が安倍首相自身にとって大きな野心を生み出す背景の一つではないでしょうか。
 この独りよがりの功名心によって憲法をめぐる国民世論は分断され、大きな対立が持ち込まれる結果になりました。今憲法を変えなければならないと考えている国民は少数なのに、安倍首相の個人的で勝手な思い込みによって大きな混乱が持ち込まれているのが現状です。
 「憲法は国の未来、理想を語るものであり、日本をどのような国にするかとの骨太の議論が国会で求められる」と安倍首相は語っていますが、すでに現行憲法によって平和国家としての「国の未来、理想」は示されており、「日本をどのような国にするか」という民主国家のビジョンも、憲法によって明らかにされています。安倍首相をはじめとした国務大臣や国会議員は、このような憲法を「尊重し擁護する」ことこそが、99条に示された義務であることを再確認する必要があるでしょう。

 第2に、憲法に自衛隊の存在を書き込んで普通の軍隊とし、集団的自衛権の全面的な行使を可能にすることです。安倍首相はすでに安保法制(戦争法)の成立によって「戦争する国」に向けての制約を一部とり払いましたが、それをさらに進めて全面的(フルスペック)な集団的自衛権行使への道を開こうと考えているのです。
 安倍首相は9条をそのままにして自衛隊の存在を書き込んでも、自衛隊の任務や性格には何ら変わりはないと説明しています。しかし、これは真っ赤な嘘です。
 法律には「後法優位の原則」があり、前に制定された条文と後から付け加えられた条文とが矛盾した場合、後から制定された条文の方が優越します。新しい条文の方が法制定者の直近の意志を示しているからです。

 そもそも、変わらないのであれば変える必要はありません。自衛隊の存在を書き加えることによって憲法上の位置づけを与えて正当化すれば、自衛隊の性格も任務の内容も大きく変貌するにちがいありません。
 それは、集団的自衛権を全面的に解禁し、アメリカの要請に応じた海外での武力行使を可能にするでしょう。日本は「戦争する国」となって、自衛隊が戦争に巻き込まれる危険性が高まります。
 しかし、自国第1で脱中東化を進めているトランプ米政権の登場によって、このような必要性があるのかが改めて問われ始めています。韓国や日本からの米軍撤退の可能性も囁かれるなかで、軍事大国化のための改憲自体が東アジアの国際情勢と緊張緩和に逆行する時代錯誤で無用なものになってきている現実を直視するべきでしょう。

 第3は、安倍首相の強固な支持基盤である極右の支持をつなぎ留めておく必要があるからです。そのためには、安倍首相に改憲を期待している日本会議などの極右勢力に寄り添う姿勢を示し続けなければなりません。
 これらの改憲・靖国派の極右勢力にとって、安倍首相は久しぶりに登場した「希望の星」なのです。このチャンスを逃してはならないという思いで、安倍首相の改憲執念に期待をつないでいます。
 たとえ、実現の可能性が小さくても、この改憲願望に応える姿勢を示し続けなければ、極右勢力の支持は失われてしまいます。安倍首相の改憲発言はこれらの勢力へのリップサービスであるとともに、その執念を示すことで極右勢力をつなぎとめることができる「魔法の杖」なのです。

 しかも、最近の安倍首相は、これまでの支持基盤であった極右保守勢力にとって好ましくない政策判断を積み重ね、実行してきました。それに対する反発を弱めるためにも、改憲姿勢を強めざるを得ないのではないでしょうか。
 その一つは、昨年の臨時国会で大きな争点となった改定入管法による外国人労働者の拡大です。安倍首相が盛んに「移民政策ではない」と繰り返していたのは、極右勢力が「移民」の拡大に反対しているからです。
 もう一つは新元号の発表時期で、安倍首相は保守派の反対よりも国民生活への影響の方を優先し、新天皇即位の1カ月前に発表することを正式に決定しました。さらに、北方領土問題でも「2島先行返還」へと舵を切りつつありますが、実際には「2島放棄」になるのではないかとの疑いを保守派は強めています。

 こう見てくると、安倍首相の改憲発言は願望でありポーズにすぎないということが分かります。どれほど実現の見込みが薄くても、このような願望を表明し、そのためのポーズを取り続けなければならない状況に、安倍首相は追い込まれているということになります。
 現在の国会と世論の状況では、かなり無理をしなければ発議できませんが、無理をしすぎたら発議は遠のいてしまいます。たとえ無理をして発議できても、そのこと自体が国民投票での多数獲得の障害になるかもしれません。
 しかも、発議可能な期間は、参院選前までと限られています。小さな土俵の上で難しい取り組みを強いられた安倍首相は、内政で勝負できず外交に活路を求めているようですが、それに成功する保証はどこにもありません。

nice!(0) 

1月6日(日) 『日刊ゲンダイ』2018年12月26日付に掲載されたコメント [コメント]

 〔以下のコメントは『日刊ゲンダイ』12月26日付巻頭特集「ゴーンは獄中でも巨悪は眠っている 地検特捜への国民感情」に掲載されたものです。〕

 「特捜部に期待されているのは、権力者の犯罪にメスを入れることです。ところが、1強の安倍政権を恐れているのか、安倍政権に関わる疑惑には触れようとしない。モリカケ事件だけでなく、自民党の甘利明元経済再生相が大臣室で50万円を受け取った事件も、斡旋収賄の疑いがあったのに、逮捕も起訴もしなかった。多くの国民が、『なぜ』と疑問に思ったはずです」(法大名誉教授・五十嵐仁氏=政治学)

 「安倍政権の特徴は、犯罪にならなければ、なにをやったって構わないという態度が露骨なことです。『このくらい大丈夫だろう』と完全にタカをくくっている。恐らく、権力を握ったゴーン容疑者も、『このくらいは大丈夫だろう』とタカをくくっていたのだと思う。タカをくくった結果、逮捕された。安倍政権とゴーン容疑者は、よく似ています」(五十嵐仁氏=前出)

nice!(0) 

1月5日(土) 「平成」時代の総括とこれからの日本(その2) [論攷]

 〔以下の論攷は、東京土建一般労働組合『けんせつ』第2268号、2019年1月1日付、に掲載されたものです。2回に分けてアップさせていただきます。〕

 深まる貧困と格差拡大 アベノミクスは破たん

 「平成」時代はバブル経済の絶頂期に始まりました。その後バブルははじけて長期低迷が続き、深刻なデフレ不況に陥ります。日本経済は浮き沈みしましたが、2012年12月からは景気拡大期間が続き、「いざなぎ景気」(1965~70年)を超えたそうです。
 しかし、そんな実感は全くありません。一貫して成長してきたのは大企業ばかりです。その結果、過去最高の利益を積み上げ、企業の内部留保は446兆円になっています。
 他方、労働分配率は低下して人件費は低いままに抑えられてきました。個人消費は低迷が続き、マイナス金利などで金利収入はほぼ消滅し、消費不況は深刻なままです。実質国民総生産(GDP)はほとんど増加せず、富んだのは大企業と富裕層だけでした。
 デフレ不況から脱出するために打ち出されたのが「アベノミクス」です。しかし、それは成功せず、消費不況は深刻なままで貧困化が増大し、生活保護受給者は3.6倍に増え、富める者と貧しい者、勝ち組と負け組、大企業と中小零細企業との格差が拡大しました。大企業や富裕層が富めばその富が低所得層に「滴り落ち」て国民全体に利益が及ぶとする「トリクルダウン理論」は完全に破たんしています。
 働く人々の処遇は悪化し、労働の質が劣化しました。「新時代の日本的経営」という日経連の提案が具体化され、雇用環境が大きく転換されたからです。その結果、正規労働者が減少し非正規労働者は2割から4割へ2倍になっています。
 2011年の東日本大震災と東電福島第1原発の事故は日本の経済と社会にとって激震を与えました。同時に、核に頼らないエネルギー構想が生まれる大きな契機にもなり、自然エネルギーと結合した地域循環型の経済再生への展望が生じているのは大きな希望です。

 価値観変質と右傾化 デモなど社会運動は復権

 「平成」時代には社会も大きく変わりました。量的には、少子化によって日本社会の縮小再生産が始まりました。総人口は2004年をピークに減り始め、生産年齢人口も1997年から減少を続けています。高齢化も進み、高齢者の半数が貧困状態に陥っています。
 質的な面でも激しい変容が見られます。競争の激化と短期的な成果主義、自己責任、排外主義、能力主義などの社会意識が浸透し、法に触れなければ何でも許されるという米国流の考え方も広まり、協調性やある程度の平等性の尊重、相互の信頼感や助け合いなどの日本的な価値観や道徳観が変質しました。
 また、社会の右傾化や若者などの保守化が目立つようになったのも、質的な社会変容として注目されます。世界的にも「ポスト真実の時代」や「フェイクニュース」が注目されていますが、日本の場合、メデイアコントロールの強化や権力による表現規制が強まっており、ジャーナリズムの衰退も著しいものがあります。
 このようななかで、デモや集会などの社会運動が復権してきました。派遣村や3.11原発事故などを契機に異議申し立てや反原発の運動などが再生し、特定秘密保護法や平和安全法制(戦争法)に反対する運動、安倍9条改憲阻止の3000万人署名運動など多様な運動へ受け継がれています。

 次の時代の幕開け 政治を動かすのは市民

 「平成」時代における変化には著しいものがありました。その「失われた30年」を取り戻すことは可能なのでしょうか。
 第1に、新自由主義的「改革」が失敗に終わり、その末路が明らかになってきました。政治・経済・社会への公的権力の適度な介入による持続的成長をめざしたのが戦後第1段階だったとすれば、第2段階は官から民への移行であり、規制緩和がめざされました。その最後の局面が訪れ、次の時代への過渡期が始まっているのではないでしょうか。
 第2に、次の時代に向けての新しい可能性が芽生えてきています。政治・経済・社会の変革に向けての新たな芽が生まれ、デモや集会、異議申し立ての運動などが復権して変革主体が形成され、生活不安や国会の機能不全への怒りが日常的に示されるようになりました。
 第3に、活路への絶好の機会が訪れようとしています。統一地方選と参院選は、「平成」時代に生じた「破壊」を修復し、憲法が尊重されその理念が活かされる新しい「活憲の時代」の扉を開く政治戦になります。
 この政治戦の帰趨は、日本の将来を左右するにちがいありません。民主国家において政治を動かすのは市民です。その市民の力を発揮して野党との共闘を実現し、日本社会の成熟度と国民の力を示して「平成」の次の時代の幕を開こうではありませんか。


nice!(0) 

1月4日(金) 「平成」時代の総括とこれからの日本(その1) [論攷]

 〔以下の論攷は、東京土建一般労働組合『けんせつ』第2268号、2019年1月1日付、に掲載されたものです。2回に分けてアップさせていただきます。〕

 失われた30年取り戻し 「活憲の時代」が開かれる

 平成の世を振り返り希望はあるのか。五十嵐仁法政大学名誉教授に寄稿してもらいました。(見出しは編集部)

 「平成」時代は、1989年から始まります。この年は中国の天安門事件、ドイツのベルリンの壁崩壊、米ソ首脳のマルタ会談による冷戦の終結宣言など世界的な大事件が続き、日本ではバブルがピークに達しました。それからの30年間に、日本はどう変わってきたのでしょうか。
 端的に言えば、「改革」の美名の下で「破壊」が続いてきた「失われた30年」でした。新自由主義と規制緩和、民営化などによってそれまでの秩序や制度が次々に打ち壊されてきたからです。
 その結果、問題が解決され新たな希望が生まれたかというと、大きな声で「ノー」と答えざるを得ません。日本が直面してきた問題は解決されるどころか、先送りされたり新たな問題が生じたりしたのですから。
  
 「改革」は逆の結果に

 「平成」時代の歴代政府は数多くの「改革」に取り組んできました。思いつくままに挙げれば、政治改革、行政改革、構造改革、雇用改革、教育改革、大学改革、司法改革、農業改革、税と社会保障の一体改革などです。
 これらの「改革」は、意図された構想を具体化し制度化したという点では確かに「成功」したかもしれません。しかし、国民生活を向上させて自由や民主主義、人権の拡大、平和の増進、国際社会での地位向上などに寄与したかというと、全く逆の結果になっています。
 政治改革、行政改革、構造改革は政治と行政の土台を掘り崩して私物化をもたらし、雇用改革は非正規労働者を増大させました。教育改革は教育と教科書の内容に介入し管理・統制を強めて現場を荒廃させ、大学改革は予算を減らして研究能力をガタ落ちさせ、司法改革は弁護士を増やしすぎて処遇を悪化させ、農業改革は家族経営の中小零細や兼業農家を切り捨てるものでした。
 税と社会保障の一体改革も社会保障サービスを切り下げて消費税を引き上げるための口実にすぎません。まさに惨憺たるもので、死屍累々たる姿が浮かび上がります。「改革」失敗のオンパレードではありませんか。
 とりわけ、安倍政権になってからの空回りは顕著です。「3本の矢」「地方創生」「女性活躍」「一億総活躍社会」「人づくり革命」「働き方改革」など鳴り物入りで始めた「目玉政策」の数々はスローガン倒れに終わり、一向に成果は上がっていません。
 しかし、このような「改革」の偽りと限界、問題点が明らかになってきたことは一歩前進です。これらの偽「改革」に代わる新たな選択肢の必要性が明確になってきたのですから。このような共通認識こそ、新自由主義と規制緩和、民営化などによる「破壊」を是正する第一歩にほかなりません。

 政治の土台崩れる 市民と立憲野党共闘へ

 「平成」時代の終焉に際して、政治の土台も崩れようとしています。政治改革によって小選挙区制や政党助成制度が導入され、民意を歪めて「死に票」を増やし、大政党の「独裁」を生み出しました。自民党内でも派閥が力を弱めて多元的な柔構造が失われ、候補者の擁立や資金の分配などに関する権限を執行部が握り、中央集権化が進んでいます。
 本来、政治改革は政党本位で政策を争うような選挙を実現し、金権政治を一掃するという目的を持っていました。しかし、政党・政策本位の選挙は実現せず、政党助成が導入されたにもかかわらず企業・団体献金の禁止は先送りされ、「政治とカネ」の問題は解決されていません。
 公的な情報の隠ぺい、公文書の改ざん、権力者への忖度、偽りの国会答弁などが蔓延し、議会審議の土台が崩れ、強行採決が横行して議会制民主主義は崩壊の危機に瀕しています。その結果、政治が私物化され、政治への信頼は大きく損なわれました。
 このようななかで、安全保障関連法反対運動などを契機に「野党は共闘」という声が高まりました。その結果、長年にわたって続いてきた「共産党を除く」という枠組みが崩れ、新たに市民と立憲野党の共闘が生み出されています。
 これは国会内での共闘や参院選などでの野党共闘に受け継がれようとしています。こうして野党連合政府の樹立を含め、新たな政治変革に向けての希望が生じたのは、30年前にはなかった巨大な政治的変化だと言えます。

nice!(0) 

1月1日(火) 新年のごあいさつ [日常]

 明けまして、おめでとうございます

 昨年は、『打倒 安倍政権―9条改憲阻止のために』を学習の友社から出版しました。本年は、聴き取りをまとめた『日本社会党・総評の軌跡と内実』(仮題)を共編で大原社会問題研究所叢書として刊行する予定です。
 この間、ダイエットに挑戦して15キロの減量に成功しました。これからはスリムになった姿でお目にかかれると思います。
 今年も、統一地方選挙と参議院選挙が続きます。市民と野党の共闘の前進と政治革新のために引き続き力を尽くす所存です。本年も忙しい1年になりそうですが、よろしくお願いいたします。

 2019年元旦

nice!(0) 

2018年12月|2019年01月 |- ブログトップ