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8月10日(金) 森友・加計学園疑惑に関連した『日刊ゲンダイ』へのコメント [コメント]

 〔以下の私のコメントは、森友・加計学園疑惑に関連してなされたもので『日刊ゲンダイ』8月9日付に掲載されたものです。〕

 「民主主義は多元性とチェック・アンド・バランスが機能して、初めて成り立つ。行政府にだまされても、偽証が明らかでも異議を申し立てようとしない立法府の方もどうかしています。これは間違いなく安倍1強体制が続いてきた弊害ですよ。干されるのが怖いのか、与党議員は安倍首相の顔色ばかりをうかがって、国会議員としての本来の役割を放棄している。国会の地位を低め、自らの役割を否定しているのです。ヒラメ議員に占拠された国会は、立法機能を失ってしまった。国会議員も官僚も官邸の意向を忖度して動き、モリカケ問題のように首相夫妻やその周辺で問題が起きても、誰も責任を取らない。こういう不正常な状態が続き、政治の私物化が加速してきたのです」

 「ポストを得るため、自分の地位を高めるために安倍首相の顔色をうかがう自民党議員には、自浄能力も自己変革能力もないことがハッキリしました。主権者である国民が意義申し立てをするしかありません。世論調査でも、多くの国民がモリカケ問題での首相の説明に納得していない。首相や官邸への忖度も行き過ぎていると考えている。この不満を直接の意思表示ができる次の国政選挙まで忘れないことです。選挙区の自民党議員に訴え続けることも必要です。主権者だということを忘れてはいけません」

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8月9日(木) 翁長沖縄県知事のご逝去を悼むとともに辺野古新基地建設阻止の志を引き継がなければならない [在日米軍]

 今日は73年目の長崎原爆の日です。その前日に、沖縄の翁長雄志県知事逝去のニュースを聞くとは思いもよりませんでした。
 すい臓ガンが肝臓にも転移していたそうです。手術後の体力が低下しているなか、最後の力を振り絞って辺野古新基地建設の埋め立て承認の取り消しを発表し、米軍基地建設を阻むために力を尽くし命も使いつくしてしまったんですね。

 享年67歳ですから、私と同い年です。辺野古での米軍基地新設阻止に、文字通り、命を懸けたことになります。
 翁長さんのご冥福を、心からお祈りいたします。これからというときにこの世を去ることになり、無念だっただろうと思います。
 「基地建設を阻むために万策尽きたときには、私も妻と共に座り込む」という言葉を漏れ聞いていました。その志を、私たちが引き継がなければなりません。

 翁長さんの遺志を継いで米軍の新基地建設阻止を実現すること、そのために翁長さんの遺志を継ぐ後継者を知事として当選させることが、あとに残された私たちの使命です。同い年である私も、翁長さんの志を我がものとして、米軍新基地建設阻止のために力を尽くしたいと思います。
 私は、6月1日から4日まで沖縄に行き、辺野古での海上抗議行動に参加し、キャンプシュワブのゲート前での座り込みにも加わりました。今回は行かなければならないと思い立って全国革新懇の行動に参加したわけですが、「虫の知らせ」だったのかもしれません。
 遅ればせながら沖縄に行き、翁長さんの志を共有できたのは幸いでした。そして、辺野古の海の美しさを実感できたことも。

 海上を船で走り、この海を守りたいと切実に思いました。あくまでも青く澄み渡ったこの美しい海を。
 その思いを切り裂くように黒い護岸で四角く囲み、それを守るようにオレンジ色のフロートが囲み、周囲に警備のための黒いゴムボートが走り回っていました。間もなく、この護岸で囲まれた海中に土砂が投入されようとしています。
 中にある希少なサンゴは失われ、ジュゴンの餌となる藻場も消えていきます。手つかずの大浦湾側には活断層が走り、海底はマヨネーズのような軟弱地盤で工事は難しく、周囲には高さ制限を超えた建造物が建っているなど、数々の問題点は残されたままです。

 翁長さんは命を懸けて基地建設阻止の運動の先頭に立ってきました。その志を継ぐためにも50日以内に実施される知事選挙では、基地反対の立場に立つ候補者を当選させなければなりません。
 10数年後に完成したころには必要なくなってしまう可能性の高い「無用の長物」によって沖縄の美しい自然と社会が壊されてしまわないように。平和で友好に満ちた東アジアの未来を切り拓くためにも。

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8月8日(水) 『日刊ゲンダイ』でのコメント [コメント]

 〔以下の私のコメントは、『日刊ゲンダイ』に掲載されたものです。〕

*7月3日付(安倍政権下のナショナリズムに関連して)
 「日本社会の特徴は、無意識に〝同調圧力〟をかけていることです。たとえば、テレビの司会者は、当然のように『皆さんサッカーの試合で寝不足でしょう』などと発言してしまう。日本チームを応援していることを前提にしている。視聴者も、司会者の言葉に疑問をも多雨、応援することは当たり前だと刷り込まれてしまう。そうやって、一色になっているのが日本です」

 「是枝監督は、かつて映画が〝国益〟や〝国家〟と一体化し、大きな不幸を招いたとして『公権力とは潔く距離を保つ』と、政府から直接、祝意を受けることを辞退しています。全くまっとうな意見です。でも、国家を第一に考えるネトウヨは、許せないのでしょう。本当は、多様な意見、さまざまな考えがある方が、社会は健全だし強いのに、彼らは理解できないのでしょうね。心配なのは、ネトウヨだけでなく、日本社会全体に自分と違う意見を受けつけない空気が強まっていることです。SNSが発達し、自分と同じ意見ばかり目にするようになっている影響もあるでしょう」

*7月12日付(オウム実行犯死刑執行前夜の「赤坂自民亭」について)
 「安倍首相も上川法相も、他人の命など、なんとも思っていないのでしょう。死刑執行のボタンは3つあり、3人の刑務官が同時に押します。誰が命を奪ったか分からないようにしている。直接殺したという事実に耐えられないからです。ところが、7人処刑を決めた上川法相や、安倍首相からは、人の命を奪うことに対する苦悩が感じられない。せめて、処刑の前夜は、家で静かに過ごすことが死刑囚への礼儀でしょう。なのに酒宴とは、安倍さんも上川さんも、人としての多事なモノが欠落しています」

*7月24日付(豪雨災害への対応に関連して)
 「さすがに野党も、西日本豪雨の被害は尋常じゃないと分かったのでしょう。すぐに『被災地最優先でやるべきだ』と申し入れています。ところが、安倍自民党はカジノ法案の成立を優先させ、災害対応の先頭に立つべき石井国交相を委員会に張り付けた。石井大臣は、広島を流れる川の氾濫を〝昼のニュースで知った〟と答弁しています。それでも安倍首相は『対応は万全だ』と言い張っている、あまりにも国民を馬鹿にしています。」

*8月6日付(文科省不祥事に関連して)
 「安倍政権は文科省の不祥事を『モリカケ疑惑』の目くらましに使える上、第1次政権から布石を打ってきた教育改革に利用できると考えているのでしょう。しかし、実現すれば大変なことになります。この政権だけには絶対に教育改革をやらせてはなりません」

*8月7日付(来年の参院選について)
 「12年に一回、春の統一地方選と、夏の参院選が重なる亥年は、自民党は参院選で大敗するというデータがあります。政治学者の間では“亥年効果”と呼ばれ、よく知られた話です。理由は、自民党の集票マシンである地方議員が、自分の選挙が終わった直後なので、積極的に動かないためだといわれています。前回、2007年の参院選の時も、自民党は歴史的な大敗を喫しています。ちょうど第1次安倍政権の時です。野党に過半数を奪われ、安倍首相は退陣に追い込まれている。ただでさえ、自民党は6年前に大勝しているので、大きく数を減らすことは間違いないでしょう。しかも、地方を中心に安倍政権に対する不満が渦巻いています。アベノミクスの恩恵もありませんからね。総裁選で竹下派が石破茂を支援するのは、かつて参院のドンと呼ばれた青木幹雄さんが“石破で行け”と命じたからだといわれています。参院選を熟知する青木さんは、自民党は敗北すると読んでいるのでしょう。竹下派は、参院選後“安倍おろし”に動くつもりだと思います」

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8月6日(月) 今日の政党・政治運動―ポピュリズムとの関連をめぐって(その5) [論攷]

 〔以下の論攷は、2017年11月11日に開催された労働者教育協会の基礎理論研究会での報告に加筆・修正したもので、同協会の会報『季刊 労働者教育』No.161 、2018年7月号、に掲載されました。5回に分けて、アップさせていただきます。〕

 5、展望と課題―立憲野党の誕生とポピュリズム

 今後の展望と課題です。いまは大きな時代の過渡期であり、戦後政治の第2段階から第3段階へと移っていく、その第2段階の最後の局面だと捉えていいのではないか。もはや第2段階をそのまま維持することはできず、ここから抜け出す必要があります。そして、そのための動きが生じていることは明らかです。ただし、それが右への退行なのか、左への活路なのか。方向性はまだ定まっていません。脱出路と解決策が模索されている段階です。
 欧米では、右派ポピュリズムと左派ポピュリズムとが生まれ、その両者によって脱出路が模索されています。さしあたり右への脱出路が選択されているようですが、これは第3段階への移行ではなく、第2段階の問題の解決を先延ばしして混迷を深めるだけです。とりわけ、貧困の増大や格差の拡大という点では、右への退行によって解決策はもたらされないと思います。
 ポピュリズムの機能は、大衆迎合というよりも人民主義、疎外された大衆による政治変動の活発化です。時代の転換期には、このようなポピュリズム的現象によって政治が大きく動くことが必要です。とりわけ左派ポピュリズムは、既存政治の外部からの大衆的な参入による民主主義の活性化をもたらすという点で評価できます。
 日本でも政治への参加と介入が大きな規模でおこなわれ、市民の行動力が高まって市民運動が変わってきたことがその兆候です。市民政治が新たな段階に達しつつある。政治や選挙への自発的参加も増えています。
 よく言われるように、いままで日本の市民運動は政治との距離を一定程度とるという特徴がありました。しかし、2015年安保法反対運動などを経て市民運動と政治・政党との連携が生まれ、その後、参議院選挙、首長選挙にも取り組み、今回の衆議院選挙では選挙への市民運動からの自発的参加という状況も目立ちました。
 このようななかで、新たな運動手法も開発され定着してきています。国会前集会が頻繁に開催されています。市民連合というかたちで学者、文化人、弁護士、主婦、青年など、これまであまり政治に関わらなかった人たちが積極的に政治に関与し、選挙に介入し、野党間の連携を仲立ちするという例が生まれました。今回の衆議院選挙では、選挙区ごとにこのような動きがありました。
 このようにして若者などが加わるなかで、十分ではありませんが、運動のやり方も変わってきています。たいへんビジュアルになっています。今回、立憲民主党がある種の「ブーム」を生んだ背景には、インターネットとSNSの有効活用と同時に、集会の開き方などの工夫もありました。
 宣伝カーの上から演説するのではなく、ビール箱の上に枝野さんが立ち、周りを大勢の聴衆が取り巻く。真ん中にスポットライトが当たる。枝野さんは以前からそうやっていたようですが、国会前集会のやり方ともよく似ています。
 これが「インスタ映え」するということで、写真や動画などで拡散されました。こういう面もあり、それまで政治にあまり関心のなかった層を惹きつけ、自発的に手伝う人も生まれます。立憲民主党が立ち上げたツイッターのフォロアー数があっという間に自民党を抜くということが話題になりました。
 それがさらに注目度をあげます。カンパをしたいがどうしたらいいのかという声が殺到し、お金が集まるということもありました。「枝野立て」というインターネット上の声に押され、市民に求められて新しい政党が誕生し、市民に育てられるというような現象が生まれました。そのなかで運動手法としても、政治文化としても、新たな境地が切り開かれたのではないかと思います。
 無党派・新規・素人によって政治が担われ、動かされるという、これまでになかったような状況が端緒的ではあっても生まれたということは重要な点です。新しい日本の政治のあり方、市民政治と政党政治との連携・結合、左派ポピュリズムを生み出す希望が、「希望の党」の外に生まれたといってもいいと思います。
 安倍暴走政治によって生み出された政治不信を背景に、「素人の乱」が芽を出し育っているといえるのではないでしょうか。変化への期待と行動力の高まりを大切にし育成していけば、新しい政治の地平が見えてくるのではないかと期待しています。

 むすび

 今回の総選挙において、立憲野党の周囲に左派ポピュリズムの芽が生じました。これが政治と政党、政治運動と政党政治を活性化させる可能性が生まれています。分断から再生へ、失望から希望へという流れです。野党第一党は量的には減少しましたが、質的には強化されました。
 立憲民主党が野党第一党になったという点が重要です。民進党は分裂して4つに別れましたが、合わせれば以前の民進党よりも多くの議員と得票数を獲得しています。比例代表の得票で自民党と公明党を足した得票数2554万票よりも、立憲民主党、希望の党、共産党、社民党の4党の合計得票数2610万票の方が多い。自民党だけを比べてみれば、自民党の1856万票よりも立憲民主党と希望の党の合計得票2076万票の方が多くなっています。
 野党第一党である立憲民主党だけを取り上げれば量的に減少していますが、連携できる可能性を孕んでいる野党全体を視野に入れれば増大している。中心に座る立憲民主党が明確に立憲主義を掲げ共闘を志向しているという点からみれば、民進党よりも政治的政策的にしっかりしているという点で質的に強化されています。
 新しい可能性が生まれていると言えます。市民政治と野党共闘がリニューアルされ、選挙と運動で連携すれば勝てるという展望も生じています。いままで安倍内閣の支持率が下がっても、自民党の支持率はなかなか下がりませんでした。野党第一党であった民進党の支持率も上がらず、無党派層が増えるという傾向がありました。
 ですから、安倍首相としては、内閣支持率が下がっても自民党の支持率が高ければいいと考えていたと思います。民進党の支持率が上がらなければ怖いものはないと思っていたでしょう。しかし、これからは野党第一党のイメージが変わります。民主党からずっと引き継いできた「裏切り者」という薄汚いイメージが、前原さんと小池さんによって希望の党の方にいき、立憲民主党はこのイメージから脱け出すことに成功したと言えるのではないでしょうか。
 選挙後におこなわれた支持率調査で立憲民主党は、それまで民進党がなかなか超えられなかった10%の壁を一気に突破しました。内閣支持率の変動が政党支持率の変動へと結びつく新しい状況が生まれるかもしれない。たしかに、「一強体制」を維持するという点で安倍首相は成功しましたが、しかし、市民政治と野党共闘のリニューアルによって生じた新たな局面は、安倍内閣の支持率を下げ、世論状況の変動によって安倍内閣を行き詰まらせる可能性を生み出しています。
 野党共闘の弁証法的発展ということで言えば、革新統一戦線全体として、70年代におけるテーゼ(正)、80年代以降のアンチテーゼ(反)、15年安保闘争、16年の5党合意以降のジンテーゼ(合)というかたちになっていると思います。同時に、ジンテーゼのなかでも、野党共闘の機運が安保法反対闘争のなかで高まり、共産党によって国民連合政府という構想が提起され、5党合意がなされ、参議院選挙の1人区での統一候補擁立によって試され、それが新潟県知事選挙や仙台市長選挙などに拡大しました。そして今回、アンチテーゼ(反)にぶつかったわけです。
 立憲野党の共闘の中心になるべき民進党が総選挙前に突如として姿を消してしまうという逆流と試練がありました。しかし、これを乗り越えて新しく共闘の中心になり、さらにそれを推進する立場に立つ野党第一党が登場するというかたちで刷新され、これから本格運用が始まることになるでしょう。
 こうしてジンテーゼ(合)の段階を迎えることになります。希望的観測も含めて、そうなることを期待したいし、ぜひそうあってほしい。そのために力をつくすことがこれからの大きな課題だということを強調いたしまして、私の報告とさせていただきます。


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8月5日(日) 今日の政党・政治運動―ポピュリズムとの関連をめぐって(その4) [論攷]

 〔以下の論攷は、2017年11月11日に開催された労働者教育協会の基礎理論研究会での報告に加筆・修正したもので、同協会の会報『季刊 労働者教育』No.161 、2018年7月号、に掲載されました。5回に分けて、アップさせていただきます。〕

 4、日本における「改革」の成功と失敗―国内的背景

 しかし、日本においても新自由義的な「改革」がとりくまれ、第2段階の最終局面に差しかかっているという点では、国際的な背景と共通するものがあります。これまでとりくまれてきた改革は、それなりの制度的実態を生み出すという点で一定の「成果」を収めましたが、同時に、その結果、さまざまな問題を生み出した、あるいは意図せざる困難を生み出すというかたちで失敗しています。諸改革の実行は、体制への支持と安定を図るという点では必ずしも成功していません。
 この第2段階における「改革」は、具体的には臨調・行革路線、新自由主義的な規制緩和政策の採用、政治改革、行政改革、構造改革という諸改革としてとりくまれてきました。まず政治改革ですが、これは小選挙区制の導入というかたちで日本の政党状況に大きな影響を及ぼしています。この選挙制度のカラクリによって、自民党は選挙区で4割台の得票率で7割台の議席を占めることができ、「一強体制」を生み出す制度的要因になっています。
 この制度によって自民党支配体制の安定化を図るという目的は、ある程度成功しました。しかし同時に、自民党内部では派閥が力を弱め、多元的な柔構造が失われるという問題も生まれています。以前のように派閥が議員候補者をリクルートしたり、教育・訓練したりするという機能も弱まりました。いまでは派閥によるリクルートだけでなく、選挙区で候補者を募集し、応募した人が議員候補になるというかたちも増えています。資質に大きな問題を抱えているにも関わらず候補者になり、当選後に女性スキャンダルや暴力行為が表面化するという問題もあります。議員の劣化を生んでいると言って良いでしょう。
 安倍「一強体制」と言われるように、現在も派閥は存在していますが、安倍首相を選出している細田派以外の派閥の発言力は非常に弱まっています。小選挙区の候補者擁立に関する権限や政治資金の配布などに関する権限を自民党の執行部が握っている。これによって、党の中央集権化もすすみました。その結果、自民党が持っていた多極的な柔構造が蝕まれ、消滅しつつあります。
 それまで自民党内ではさまざまな傾向の派閥が総理候補者を擁して「疑似政権交代」を演出するということがなされてきました。自民党内では、右から左へ、ダークからクリーンへ、あるいはクリーンからダークへなどと「振り子」が触れる。これによって国民の不満を抑えて長期政権を維持するという「振り子の論理」が働いていました。しかし、次第に自民党内で振り子が振れなくなっています。
 しかし、現におこなわれている政治や行政への不満や批判がなくなったわけではありません。時にはそれが高まり、これがある種のモメンタムを生み出して振り子を動かすわけですが、それは自民党内にとどまらず外に飛び出してしまう。振り子の外部化のような現象が生じます。これが2009年に民主党・国民新党・社民党の連立政権への政権交代が生じた要因だったと思います。
 このように、政治改革は小選挙区制を導入することによって大政党有利な選挙を実現し、自民党の「一強体制」を生み出すという点では成功しましたが、党の多元的な柔構造を失わせて政権交代のリスクを高めるという失敗ももたらしました。
 2つ目の行政改革という点では、2001年の省庁の再編によって内閣府という巨大官庁が登場します。あるいは首相補佐官の導入などによる官邸機能の強化、首相権限の強化などのかたちで行政制度の変更がおこなわれました。もっとも大きな意味を持ったものとして注目されているのが、2014年に発足した内閣人事局です。このトップに官房副長官が座ることによって官僚に対する官邸の支配力が格段に強化されたと言われています。
 このような行政改革によって、「独裁」とも言われるほど首相官邸の支配力が強まりました。その中核に安倍首相というとりわけ権力主義的志向の強い総理大臣が座ってしまったために、この制度的条件を最大限利用するかたちで安倍「一強体制」が確立しました。これが行政の私物化を生み出す必要十分条件だったと思われます。
 3つ目は構造改革です。これはある種の規制緩和で、法形成のルールを緩め国会を通さずに議員の審議・決定を経ることなく「政治主導」を貫くことをめざすものです。国会での決定をバイパスするために国会の外に戦略的政策形成機関が設置され、大いに利用されてきました。
 典型的なのは経済財政諮問会議です。そのもとに規制改革会議やさまざまなワーキンググループが設置され、そこでの決定が国会でほとんど変更されることなく通過していくことになります。いま問題になっている加計学園疑惑では、岡山理科大学の獣医学部新設が認められました。
 これは国家戦略特区諮問会議での決定によるもので、国会をバイパスした特別措置になります。それ以前にも構造改革特区がありましたが、それを引き継ぐかたちで国家戦略特区がつくられ、同じような手法が取られています。このような「政治主導」の仕組みこそ、政治や行政の私物化、忖度が蔓延する状況を生み出す制度的な背景にほかなりません。
 政治改革・行政改革・構造改革ということで、当初の目標は制度的に実施され、具体化されてきました。これらの点では確かに「成功」したわけですが、そのことによって大きな弊害や意図せざる失敗を生み出すことになりました。官邸・首相支配の強化、派閥政治から縁故政治への政治の内容の変化、自民党議員と官僚の質的な劣化、自民党の現状対応能力の衰退などが生じ、国民の不満や要求を受け止め、柔軟に取り込んで対応するような体制維持能力は次第に枯渇してきています。
 小選挙区制は大政党に有利であり、4割台の得票で7割台の議席を獲得できるというカラクリがはめ込まれていました。それは野党が分立・分断されている限りにおいて効果が生ずるわけです。そこから抜け出そうとすれば、野党は共闘し、相互に連携せざるを得ません。このことは誰が見ても明らかです。
 その点で、小選挙区制は野党共闘を促進する装置にもなり得るということです。このような側面への対応は、長い間放置されてきました。しかし、2016年の参議院選挙での1人区、あるいは首長選挙での一定の経験を経て、次第に共闘への動きが強まってきました。バラバラでは勝てない、野党間の連携が不可欠であるということが理解されるようになってきたということです。共産党との共闘を見直そうとしていた前原さんでも、安倍一強体制打倒のためには1対1の構造をつくることが必要だというところまでは認めていました。
 このような共闘は、これまでの試行の段階から本格的実施へと移ってきています。参議院選挙での1人区、首長などの地方選挙、そして今回の政権を争う衆議院選挙でも一定の実績が生まれ、その効果が試されています。連携が不可欠だという認識が深まり野党共闘が促進され、効果をあげている。これらの経験を生かして、今後は本格的な実施へとすすんでいく段階になるのではないかと思います。

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8月4日(土) 今日の政党・政治運動―ポピュリズムとの関連をめぐって(その3) [論攷]

  〔以下の論攷は、2017年11月11日に開催された労働者教育協会の基礎理論研究会での報告に加筆・修正したもので、同協会の会報『季刊 労働者教育』No.161 、2018年7月号、に掲載されました。5回に分けて、アップさせていただきます。〕

 3、日本におけるポピュリズム

 では、日本においてポピュリズムの問題は、どのように理解できるのか。日本でのポピュリズムとして把握できるような政治現象は、これまで欧米ほど目立つものではありませんでした。しかし、そのような政治現象がなかったわけではありません。
 右派ポピュリズムとして理解できるものには、自民党の内外からの体制補完の動きがあります。これには1990年代の「日本新党」、その後の「小泉郵政選挙」、さらには「維新の党」、地域的な政党ではありますが名古屋の「減税日本」なども、右派ポピュリズム的な現象だといえると思います。
 これに対して、左派ポピュリズムも生じています。それが既存政治の失敗とそれへの失望を背景としているという点では国際的な背景と共通しています。89年参院選での社会党を中心とする野党の躍進、93年衆院選での政権交代、そして09年衆院選での民主党の躍進と政権交代などがありました。いずれも選挙に際してある種の「ブーム」が生じ、熱狂の中で政治転換が図られています。
 今回の都議選でも、同様の現象が生じました。基本的には右派ポピュリズムの動きとして理解して良いと思いますが、「都民ファーストの会」が50人立候補し、49人が当選しました。「小池人気」が先行し、個々の候補者がどのような人物なのか、どのような経歴で、どのような主張をしているのかなど、候補者の人柄、適性、政策などが問われることなく、都民ファーストの会から立候補しているという、ただそれだけの理由で当選しました。衆議院選挙の場合も、当初、同じようなポピュリズム現象が、「小池人気」のもとで生ずるのではないかと見られていました。
 今回の総選挙の大きな特徴であり驚くべき事態だったのは、野党第一党の民進党が選挙直前に姿を消したことです。かつてなかったことであり、これからもないだろうと思います。小池都知事が結成した希望の党に民進党の全員が入り、そこから立候補するという方針を民進党の前原代表が決断し、両院議員総会で承認されたからです。
 なぜ前原さんがこのような驚天動地の方針を提案し、民進党の全員がなぜこれを承認したかといえば、それは都議選での経験があったからです。都議選では「小池人気」によるポピュリズムが生じ、都民ファーストの会が完勝して自民党は惨敗しました。民進党もわずか5議席に終わります。敗北の責任を問われるかたちで蓮舫代表が辞任し、代表選挙が実施されて前原さんが当選しました。
 同じようなことが衆議院選挙でも起こるのでは、と恐れたのではないか。そうなれば民進党は存亡の危機に陥ります。「小池人気」に乗るかたちで生き残りを図れば、自民党が歴史的惨敗となって安倍さんにトドメを刺すことができるかもしれないと思った。前原代表だけではなく、民進党の多くもこう考えたのだろうと思います。
 しかし、これが暗転します。前原さんだけでなく小池さんも躓いた。「躓きの石」となったのは、「なだれ込み」路線に対して「排除の論理」を対置したことです。これによって事態は大きく転換します。小池さんが「全員を受け入れるということはさらさらございません」とニッコリ笑って言ったとき、風向きは大きく変わってしまった。ベクトルが逆転したのです。
 結局、改憲と安保法制を認めるという「踏み絵」を踏まされ、ふるいをかけられた。ふるいから下に落ちたゴミやガラクタが希望の党に入ります。逆ではありません。落ちた人が希望の党に入り、残ったまともな人たちによって立憲民主党が結成されたのです。こうして新しい党に対する「追い風」と熱狂が生じます。これは左派ポピュリズムの発生でした。
 ただし、日本の特徴は、ポピュリズムがそれほど強いものではないということです。欧米に比べればまだ弱いと理解してよいのではないか。それは難民問題がほとんど存在していないということが要因です。テロ事件についても、欧米の場合は大きなテロ事件が頻発していますが、日本では起きていません。1995年にあったオウム真理教事件はテロ事件でしたが、外国のようにイスラム国などの外部勢力への思想的な共鳴や同調による国際テロ事件ではありません。これが海外のような右派ポピュリズムの熱狂を生む状況にならない理由だと言っていいと思います。
 経済も比較的安定しており、GDPはそれほど大きな上昇を示してはいませんが、戦後最長になるといわれるような経済成長がなされ、総選挙が始まったころから株価が上がりました。このような経済状況にあるために、国民生活が改善されているわけではなく実感も乏しいわけですが、諸外国に比べれば安定した状況が、既存政治への失望や反発を強めない背景になっているのではないかと思います。


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8月3日(金) 今日の政党・政治運動―ポピュリズムとの関連をめぐって(その2) [論攷]

 〔以下の論攷は、2017年11月11日に開催された労働者教育協会の基礎理論研究会での報告に加筆・修正したもので、同協会の会報『季刊 労働者教育』No.161 、2018年7月号、に掲載されました。5回に分けて、アップさせていただきます。〕

 2、背景にある既存政治の失敗と失望―国際的背景

 このような形でポピュリズムが生じたのはなぜか。その背景にはどのような事情があるのでしょうか。それは既存政治の失敗とそれに対する失望です。
 既存の政治に対する不信感や反発、憤激が生じるのは、いままでの政治のあり方が大衆の期待や欲求に応えられなくなったからです。その結果、従来の枠の外から生ずる政治的潮流や政治家に対して新たな期待や賛同が寄せられることになります。
 国際的に見た場合、戦後の世界のあり方は2つの段階を経て、今日に至っています。現在は第2段階の最後の時期、いわば終末期で、第3段階へと向かう過渡期にあると、私は考えています。
 第1段階は、経済・社会への公権力の介入を特徴としていました。修正資本主義や社会民主主義的な思想を背景にした福祉国家路線です。有効需要創出を掲げたケインズ主義などがその典型になります。しかし、70年代の石油ショック以降、これが行き詰まりを示す中で、第2の段階が始まりました。
 第2段階は、新自由主義による経済・社会からの公権力の退出を特徴としています。官から民へ、あるいは規制緩和というかたちで、できるだけ公権力の関与や規制を減らしていこうとする考え方、政策です。こちらはフリードマンが理念や政策的主張の中心になりました。
 こうして新自由主義の全盛期を迎えるわけですが、これも必ずしも成功したわけではなく、失敗と失望が蓄積されていきます。見捨てられた人々の増大、貧困や格差の拡大が起きます。財政赤字が増大し、これに対して緊縮政策が採用されます。対外的な政策としては、自由と民主主義を掲げた地域紛争への軍事的介入、ネオコンなどが大きな影響力を行使することになります。
 このような中で中間層が衰退し、ソ連・東欧の崩壊もあってグローバル化と競争が拡大していきます。途上国が勃興し、先進国では製造業を中心として空洞化が進行しました。BRICSと言われる新興国が次第に力を強め、グローバル化した世界経済の中で発言権を増大させていきます。
 戦後支配的な地位に就いたのはアメリカでしたが、その力と影響力は次第に衰退していきます。第1段階の衰退を引き出したのはベトナム戦争への介入でした。これによってドルが垂れ流され、金融危機が引き金となって有効需要創出を特徴とする経済政策が破綻していきます。
 第2段階の行き詰まりを生み出したのはイラク戦争への介入と失敗でした。この時、憲法9条に基づく専守防衛、外国には自衛隊を派遣しないという禁を破るかたちで、日本もペルシャ湾やイラクのサマワなどに自衛隊を派遣します。
 このイラク戦争の結果、2つの怪物が登場しました。金正恩とイスラム国(IS)です。これがなぜイラク戦争の結果として登場するのかといえば、金正恩の場合はイラクのフセイン政権の崩壊、リビアでの体制崩壊が大きな影響を与えました。これらはいずれもアメリカの強力な後押しによって起こります。アメリカに対抗できるだけの軍事的実力、とりわけ核戦力を持たなければ体制維持はおぼつかないと、金正恩氏は思い込んだのではないでしょうか。
 その結果、核開発をすすめ、アメリカ本土に届く大陸間弾道弾(ICBM)の開発に血道をあげることになりました。今日、歯を食いしばってでもこれらを達成しようとしています。ロシアのプーチン大統領は、「草を噛んででもやるだろう」と言っていますが、金正恩氏がそのような固い決意をするに至ったきっかけは、イラク戦争でのフセイン政権の崩壊ではなかったかと思います。
 イスラム国(IS)の場合はもっと直接的です。イラクに対するアメリカの介入政策への抵抗勢力として「イラクの聖戦アルカイダ」という武装組織が結成されるからです。これが母体となって、イラクからシリアにかけて次第に勢力を拡大していった。やがて領土を獲得するというかたちで「国家」を設立することになります。
 その結果、欧米では中東地域からの難民が流入し、これが右派ポピュリズムを引き起こす大きな背景になっていきます。とりわけ、シリアでのイスラム国の勢力拡大によって大量の難民が発生し、トルコなどを経由してヨーロッパに流入していきました。これを巡って、ヨーロッパ諸国やアメリカなどの欧米社会では大きな亀裂が生まれ、テロの脅威が増大するなかで排外主義的な傾向が強まりました。右派ポピュリズムが急速に増大していった原因の一つはここにあります。

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8月2日(木) 今日の政党・政治運動―ポピュリズムとの関連をめぐって(その1) [論攷]

〔以下の論攷は、2017年11月11日に開催された労働者教育協会の基礎理論研究会での報告に加筆・修正したもので、同協会の会報『季刊 労働者教育』No.161 、2018年7月号、に掲載されました。5回に分けて、アップさせていただきます。〕

 はじめに

 総選挙が終わりました。それとの関連を含め、今日の政党・政治運動をどう見るかということについてお話しさせていただきたいと思います。
 選挙は骨が折れるものだと知ってはおりましたが、まさか本当に骨が折れるとは思いもよりませんでした。9月29日(公示の翌日)に木の根っこに躓いて転び、左腕を骨折してしまいました。私は木の根っこに躓いたわけですが、民進党の前原さんは小池百合子という「根っこ」に躓いて、民進党は複雑骨折しました。私の骨折は1ヵ月以上経ちましたのでほぼ治ってきました。ご心配をおかけしましたが、若干痛みが残っている程度です。しかし、民進党の複雑骨折は、どうもくっつかないようです。
 総選挙の内容・経過については、みなさん十分ご存知だと思います。総選挙が終わった後の新しい局面をどう捉えるのかが、今日の報告の中心的なテーマになります。市民と立憲野党の共闘の新たな段階が生まれたというのが、その結論です。
 この共闘は、「1歩後退2歩前進」になったと思います。市民と立憲野党の共闘の推進力になってきた共産党が、選挙前の21議席から12議席に後退した。がっかりされている方も多いようですが、共産党の場合は「1歩後退2歩前進」ではなく、「5歩前進1歩後退」でした。それほどがっかりしなくていいだろうと思います。
 5歩前進というのは、2013年の都議選での前進、同じ年の参議院選挙、翌14年の衆議院選挙、さらに16年の参議院選挙、そして17年の都議選と議席を伸ばし、前進してきたことを指しています。今回は議席を減らしましたが、これはいわば「立憲野党チーム」の勝利のために、「犠牲バント」ばかりやって自分で得点をあげることができなかったからです。サッカーでいえば「アシスト」に徹したということです。立憲民主党がゴール前で待っているところへボールを蹴り上げ、立憲民主党が得点をあげるというかたちになりました。チーム全体としては得点をあげて、良い成績を残したと思います。
 こうした点も含めて、今日の政党・政治運動の特徴について、ポピュリズムとの関連、歴史的な流れや国際的な背景も視野に入れながら検討してみたいと思います。

 1、「ポピュリズムの時代」なのか?

 私は、ポピュリズムという概念を中立的なものとして捉えています。ポピュリズムは、ある種の政治現象を指す用語です。一般に、日本語では「大衆迎合主義」と訳されますが、「人民主義」「大衆主義」という言い方の方が正確だろうと思います。
 既存の政治、エスタブリッシュメントやエリートなど、これまで主として政治・経済・行政・社会を主導的な立場でリーダーシップを発揮してきた階層や人々に対する不信が増大する。その結果、既存の政治の外部から大衆的な参入がおこなわれ、行動力が一挙に高まって政治を変えていくという現象を指しています。
 選挙でいえば「追い風」が吹くという現象です。大衆運動でも急速に熱狂的な行動力が示される。ある種の「ブーム」が発生し、特定の政党や指導者への「追い風」が生ずる。支持者の期待と熱気が急速に高まるということになります。このような現象には、「右派ポピュリズム」と「左派ポピュリズム」の両方があります。
 右派ポピュリズムの場合には、現状に対する大衆の反感と憤激があります。既存の政治や従来の政治主導者に対する反感と失望、政治の現状に対する憤激が示され、運動の方向や要求の対象が排外主義的なものになっていく。ナショナリズムや民族の誇りなどに動かされ、とりわけ欧米の場合には難民の排斥、あるいはマイノリティ(少数者)の排除という傾向を持ちます。少数者の排除やヘイトスピーチという点では、日本でも右派ポピュリズムの現象が一定程度生じているといえます。
 左派ポピュリズムも従来のエリートや既存政治の枠組みの外側から生じ、新しい政治潮流や新しい政治主導者に対する大衆の賛同や期待が高まるという点では共通しています。同時に、格差是正と再分配などを要求し、反ヘイトアクションなどが主張され、民主主義を活性化するという特徴があります。
 海外では、この右派ポピュリズムと左派ポピュリズムの両方の現象が生じていると言って良いでしょう。右派ポピュリズムはアメリカのトランプ大統領選出に際しての熱狂的な支持の現れ、左派ポピュリズムはこれに対抗する民主党内での民主的社会主義者を自称したサンダース候補に対する、若者を中心とするこれも熱狂的な支持の盛り上がりがありました。
 フランスでは、右派のペロン候補と左派のメランション候補との対抗が生じました。イギリス労働党のコービン党首も、先の総選挙では当初の予想に反して健闘し、前進しました。ここにも左派ポピュリズムの現れがあります。
 これらの点から、ポピュリズムの時代なのかという問題設定に対しては、「イエス」と答えたいと思います。右派・左派ともにポピュリズム的な政治現象をともなって、既存政治に対する新しい政治的な枠組み、政治勢力がオルタナティブ(もう一つの選択肢)として登場しつつあるということです。それが大きな政治的な「ブーム」を生み出したと言えるのではないかと思います。

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8月1日(水) 西日本豪雨災害と自民党総裁選に関する『日刊ゲンダイ』でのコメント [コメント]

 〔以下の私のコメントは、西日本豪雨災害と自民党総裁選に関連して『日刊ゲンダイ』に掲載されたものです。〕

*7月16日付(西日本豪雨災害に関連して)
 「安倍首相の危機意識は歪んでいます。自然災害が頻発する日本のトップでありながら防災に対する感覚は貧弱で、いつ来るとも分からない軍事的脅威には徹底的に備えようと国防力を肥大化させている。東アジア情勢の変化を踏まえればなおさらのこと、優先順位を完全に間違えています」

 「西日本豪雨による被災に日本中が心を痛めている中、担当大臣の石井国交相を国会に張り付け、ドサクサまぎれに自分勝手ならぬ〝自民勝手〟な法案を通そうとしている。安倍首相をはじめとする自民党の政治家は人間が腐りきっています。一連の対応を見て、改めてそう感じました。モリカケ問題であれほどデタラメをやりながら、内閣支持率は下げ止まりの傾向を見せている。それで国民をナメ、タカをくくっているのでしょう」

*8月1日付(自民党総裁選に関連して)
 「自民党の空気を暴露したのが、岸田文雄の出馬断念です。安倍首相から『総裁選に出たら処遇できないよ』と恫喝された途端、おじけづいてしまった。要するに、長いものには巻かれよ、さもないと干されるということでしょう。麻生財務相も『総裁選で負けた時は冷遇される覚悟を持たねばならない』と脅していました。恐怖支配が蔓延していることがよく分かります」