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8月30日(木) 『日刊ゲンダイ』巻頭特集「認めたくない外交的敗北 安倍内閣支持率微増の謎解き」でのコメント [コメント]

 〔以下の私のコメントは、『日刊ゲンダイ』8月30日付の巻頭特集「認めたくない外交的敗北 安倍内閣支持率微増の謎解き」に掲載されたものです。〕

 「内閣支持率が上がる要素は全くありません。通常国会は公文書の隠蔽や改ざん、虚偽答弁が明るみに出て、閣僚の失言や不祥事も相次いだ。安倍政権は1回や2回の内閣総辞職では足りないほどスキャンダルまみれです。西日本豪雨による被災者支援のための補正予算を組むべきなのに、失点を抑えたい安倍首相は臨時国会を開こうとしない。霞が関などで障害者雇用の水増し問題も露見しました。そうした状況にもかかわらず、支持率が上昇したのは、自民党総裁選(9月7日告示、20日投開票)にスポットライトが当たり、マスコミが安倍首相の動向を無批判に垂れ流すからでしょう。実際は票固めに奔走しているだけなのに、何かやっている印象を与えてしまうのです」

 「アベノミクスによって日本経済はぶっ壊され、外交もムダばかり。安倍首相は中国包囲網だと騒いで近隣諸国にカネをバラまき、日中関係を悪化させた揚げ句、台頭する中国になす術もない。朝鮮半島危機を口実に軍拡を進め、防衛費は7年連続で増加する見通しですが、国際情勢の無視も甚だしい。5年8カ月に及ぶ安倍政治の破綻は明らかなのに、さらに3年続けさせるのがこの国のためになるのか。総裁選は自民党員による選挙ではありますが、だからといって国民が声を上げず、あきらめてしまったら、安倍首相の思うツボです」

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8月29日(水) 『日刊ゲンダイ』でのコメント [コメント]

〔以下の私のコメントは、『日刊ゲンダイ』に掲載されたものです。〕

*8月23日付(沖縄県知事選挙に関連して)
 「総裁選で安倍さんが3選をしても、直後の沖縄県知事選で県民に『NO』が突き付けられる事態になれば、政権が受けるダメージは大きいでしょう。辺野古移設で象徴される強権的な政治手法も問われることになる。『打倒アベ政治』に向けた大きなうねりが生まれるきっかけになるかもしれません」

*8月28日付(自民党総裁選に関連して)
 「臨時国会の改憲案提出を連立を組む公明党が認めるわけはないし、拉致解決も常に〝やるやる詐欺〟で安倍首相は北朝鮮に全く相手にされていません。この時期に『改憲』と『拉致』を強調するのは、自分の支持基盤である右派の党員へのアピールにすぎない。決意だけが空回りし、具体性に欠けた言葉は、政権継続のみが自己目的化していることの表れ。あと3年、ひたすら権力の座にしがみつきたいだけなのです」


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8月27日(月) 自民党総裁選での安倍大勝は「選挙イヤー」での自民大敗への「一里塚」となるかもしれない [自民党]

 安倍首相は鹿児島で昨日、9月20日投票の自民党総裁選に向けて正式に立候補を表明しました。すでに、石破さんが立候補することを明らかにしており、意欲を見せていた野田さんは断念するようですから、これで安倍対石破の一騎打ちという構図が固まりました。
 総裁選は自民党のトップを決める選挙で投票する権利は自民党員にしかありませんが、総裁になれば総理候補となりますから、事実上、首相を選ぶ選挙です。安倍さんも石破さんも、所詮は自民党の議員ですから「目くそ・鼻くそ」の争いで、それほど大きな違いはありませんが、安倍首相は戦後最低で最悪ですから、まず安倍首相を倒すことを優先するべきでしょう。

 安倍首相は戦後政治で最低・最悪の暴走政治を続け、対抗馬となった石破さんですら「正直・公正」を掲げざるを得ないほど、政治の信頼を失わせ行政の私物化を進めてきました。森友・加計学園疑惑などに示されているように「安倍夫妻と不愉快な仲間たち」による政治スキャンダルの中心に位置し、本来であれば責任を取ってとっくの昔に辞任していなければならいはずでした。
 それなのに、説明責任をはたすことなく夫婦手に手を取って逃げおおせてしまいました。それだけでなく、わざわざ自民党の規約を変えて3選を可能にし、国会議員の7割の支持をかき集めて3選確実な情勢だというのですから、唖然としてしまいます。
 安倍首相は私利私欲のために議会政治の土台をぶっ壊してしまった極悪人ではありませんか。そんな人にどうしてこれから3年もの間、日本の政治のかじ取りを任せようというのでしょうか。

 通常国会で明らかになった自民党議員や高級官僚の失言・暴言・妄言・不祥事など愚行の数々は、安倍政権の長期化に伴う驕りや緩みを背景としていました。その「長期化」をストップするどころか、さらに3年間も続けようというのですから、完全に逆行しています。
 しかも、石破さんが「正直・公正」を争点として打ち出したことに対しても、「個人攻撃だ」として反対する声が上がったというのですから、呆れてしまいます。安倍首相が正直で公正であれば、このような争点が「攻撃」材料になるはずがありません。
 自民党議員の中でも、安倍首相には「正直・公正」が欠けており、これがウイークポイントだと認められていることになります。だからこそ、「個人攻撃だ」と受け取られるのではありませんか。

 政治家として最も必要な資質である「正直・公正」を投げ捨てた安倍首相は、自民党議員や党員という「仲間内」の支持だけを頼りに3選を実現して長期政権化を図り、残りの任期で何としても改憲に突き進もうとしています。支持基盤となっている極右勢力を惹きつけて3選され、その後も求心力を維持して「死に体内閣」にならないようにするために、改憲を叫ばざるを得ないのです。
 しかし、共同通信社が8月25,26日に実施した世論調査で、秋の臨時国会に自民党の改憲案を出したいという首相の意向に「反対」は49.0%で、「賛成」の36.7%を上回っています。新総裁に期待する政策でも改憲は9項目中の8番目にすぎず、国民は改憲を望んでいるわけではありません。
 長期化で膿が出て飽きられ、望まれていもいない改憲を最大の課題として打ち出している安倍首相を選ぶことは、このような民意とのミスマッチを拡大するだけです。「人気」がないのに「任期」を3年も増やすことが、どのような結果を招くことになるのか、自民党の議員や党員の皆さんには、十分に考えていただきたいところです。

 総裁選で安倍首相は議員票で「大勝」するかもしれません。しかし、それが国民にどう受け取られ、地方での自民党支持にどう影響するのかが問題です。
 来年は、4月に統一地方選挙、7月に自民党にとっては「鬼門」となる「亥年」の参院選が待ち受けています。民意とかけ離れた安倍3選の「大勝」はかえって大きな反発を引き起こし、来年の「選挙イヤー」での「大敗」を引き起こす「一里塚」になるかもしれません。

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8月26日(日) 故郷の小学校の跡地にできた「希望館」で確認されたにちがいない政治変革の新たな希望 [日常]

 今日も残暑厳しく、すさまじい暑さです。先日のニュースで、新潟県上越市大潟で40度を超えたと言っていました。
 大潟町は、私の故郷の上越市頸城区の隣です。ということは、わが故郷もそれくらいの猛暑に見舞われていたということになります。
 私が帰省していたお盆のころは、雨が降ったりして涼しい日が続いていたのですが、また猛暑に逆戻りしてしまったようです。40度を超えたのが、帰省していた時でなくて良かったとホッとしています。

 その故郷の上越市頸城区にある「希望館」で、昨日、北陸信越ブロックの共産党と後援会の交流集会が開かれたそうです。上越市の上野公悦市議がフェイスブックに書き、『しんぶん赤旗』にも報じられていました。
 この交流集会には五県から約600人が参加し、井上さとし、武田良介両参院議員、藤野保史衆院議員、ながせ由希子(長野)、青山りょうすけ(富山)、西山ひろし(石川)、山田かずお(福井)ら各参院選挙区候補、各県の市町村議候補が一堂に会したそうです。各地での活動交流に続いて、参院選・地方選候補の決意表明もなされたということです。
 上野公悦上越市議は私の小・中学校時代の同級生のお姉さんのパートナーで、以前、講演に呼んでいただいたこともあります。この夏の帰省中にも、知事選でお世話になったということで、わざわざ実家まで大潟町の銘酒「かたふね」を1本、届けてくださいました。

 それにしても、驚きましたね。頸城区の「希望館」で600人もの共産党の集会が開かれたということに。
 この施設は田んぼの真ん中の百間町という所にあり、昔は軽便鉄道が走っていましたがすでに廃止され、今は本数の少ないバスしか通っていません。こんなに沢山の人がどうやって行ったんだろうと心配になってしまいました。
 しかもこの場所は、私が出た大瀁小学校が移転した後、その跡地を開発・整備したところです。そのうえ、この「希望館」には私の姉の娘、つまり姪ですが、パートの職員として今も務めています。

 帰省した時にはよく行く施設でもあり、なじみの深い「希望館」で、このような共産党の大きな集会が開かれるようになるとは、夢にも思わなかったことです。「本当に、わが故郷は大きく変わったんだな」と改めて感慨を覚え、その変化を実感しました。
 先に帰省したおりには、高校生時代に運動を共にした友人たちとも会いました。これらの仲間たちが若き日の思いと決意を忘れず、保守的だと言われた故郷を変えるために積み重ねてきた努力が、こういう形で報われることになったのでしょう。
 先日は、都立大学時代に自治会活動で苦楽を共にした友人たちとも旧交を温めることができました。一日も早く安倍政権を倒して、故郷の人たちやこれらの友とともに新しい日本を見たいものだと、改めてそう思ったものです。

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8月23日(木) 新宿駅西口の「8・22 安倍改憲阻止 3000万署名合同宣伝行動」でのスピーチ [社会運動]

 ただ今、ご紹介いただきました五十嵐仁でございます。ここに本日の夕刊紙『日刊ゲンダイ』があります。トップ記事は沖縄県知事選挙に関するものですが、その最後のところに、私のコメントが一言掲載されております。ご笑覧いただければ幸いです。

 さて、この記事にもありますように、去る8月8日、沖縄県の翁長雄志知事がなくなりました。名護市辺野古での米軍新基地建設計画に反対して公務を続けてきた途上でのご逝去です。
 道半ばでこの世を去ることになり、無念だったにちがいありません。その遺志と事業を継いでいくことが、後に残された私たちの務めではないでしょうか。
 本日の「宣伝行動」は以前から計画されていたものですが、図らずも、その死を悼み、志を受け継ぐ場となりました。ぜひ、署名活動にご協力いただき、翁長さんをはじめとした沖縄の闘いへの連帯を示していただきたいと思います。まずもって、このことをお願いいたします。

 翁長さんは法政大学を卒業され、1950年10月生まれで享年67歳でした。私は1951年2月生まれですから、同じ67歳で同学年になります。
 卒業したのは都立大学でしたが、法政大学の大学院で学び、その後も法政大学大原社会問題研究所に勤務し、4年前に退職いたしました。このようなご縁のある私としては、とてもひと事とは思われません。
 私自身、翁長知事のご逝去を追悼するとともに、道半ばで倒れた無念を我がものとし、その志を受け継ぐ覚悟と決意を明らかにさせていただきたいと思います。

 ところで、翁長知事の志を受け継ぐとはどのようなことなのでしょうか。
 その第1は、翁長さんの後継者として、辺野古新基地建設阻止の事業を受け継ぐことのできる人を、9月30日に投・開票される沖縄県知事選挙で選ぶことです。
 翁長さんは死去前に後継候補を指名するテープを残しておられました。その1人が自由党幹事長の玉城デニー衆院議員で、この方を軸に「オール沖縄」候補擁立の努力が進められています。
 この先も紆余曲折はあるでしょうが、何としても自公推薦の候補を打ち破り、翁長さんの志を継ぐ「オール沖縄」候補の当選を勝ち取り、安倍首相に一泡吹かせようじゃありませんか。

 第2は、辺野古での埋め立て土砂投入などの工事をやめさせることです。政府は当初予定していた8月17日の土砂の投入を延期しました。
 台風接近などで作業が間に合わないとされていますが、本当は知事選への影響を避けたいからです。
 翁長さんは自らの死を賭して土砂投入をストップさせた形になりましたが、工事そのものが中止になったわけではありません。「オール沖縄」候補の当選によって、米軍新基地の建設計画そのものを断念させようではありませんか。

 第3は、安倍首相が狙っている9条改憲を許さず、北東アジアの平和と友好を実現することです。安倍首相の好戦的政策をやめさせることや9条改憲を阻むことも、安倍政権と闘い抜いた翁長さんの遺志を継ぐことになるのではないでしょうか。
 南北会談や米朝首脳会談などによって、新基地建設の口実とされてきた安全保障環境は大きく変化し、緊張緩和が進みました。辺野古での基地建設や9条改憲の根拠が消滅しつつあると言わなければなりません。
 それどころか、新基地建設や憲法9条への自衛隊明記は、このような緊張緩和に逆行し、朝鮮半島での平和体制の構築の足を引っ張ることになります。必要なのは対決ではなく対話です。軍隊を必要としない平和な環境を生み出し、9条に基づく非軍事的な安全保障政策を推進することこそ、「基地の沖縄」から抜け出す最善の道ではないでしょうか。

 通常国会では、森友・加計学園問題を始めとして、虚偽答弁や公文書の隠蔽、改ざん、ねつ造などが相次ぎました。今また、省庁や自治体での障害者雇用率が水増しされ、ねつ造されていたことが発覚しています。
 ねつ造に次ぐねつ造で、安倍晋三は「安倍ねつ造」になってしまいました。その「安倍ねつ造」首相は9月の自民党総裁選で改憲を争点にし、次の国会で改憲草案を発議しようとしています。
 憲法までねつ造しようとしているのです。秋の臨時国会は、沖縄の辺野古での新基地建設や改憲発議をめぐって大きなヤマ場となり、決戦の場となるにちがいありません。

 本日の宣伝行動と3000万署名活動は、この秋の闘いへの出発点になります。辺野古での新基地建設反対、9条改憲阻止、安倍政権打倒を掲げて大きな世論のうねりをつくり出すために、どうか署名活動にご協力ください。
 9条改憲ノー、「安倍よ、アバヨ」の声を、安倍首相に突きつけようではありませんか。このことを重ねてお願いいたしまして、私の訴えに代えさせていただきます。

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8月21日(火) 「8・22 安倍改憲阻止 3000万署名合同宣伝行動」への参加を [社会運動]

 一昨日の夕方、ふるさと新潟への帰省から帰ってきました。昨日は直ぐに処理しなければならない急ぎの用が多く、このブログを書く余裕がありませんでした。
 一日遅れでの再開です。休みが終わったと思ったらやることが多く、すぐに全開での活動開始になりました。

 早速ですが明日、新宿駅西口で「8・22 安倍改憲阻止 3000万署名合同宣伝行動」が行われます。全国革新懇と東京革新懇の共催になります。
 私はこの両方の代表世話人を兼ねておりますので、参加しないわけにはいきません。「宣伝行動」は午後5時から開始です。
 その冒頭、午後5時2分から8分間、私もスピーチすることになっています。多くの方にご参集いただければ幸いです。

 去る8月8日、沖縄県の翁長雄志知事が急逝されました。すい臓がんの手術を行いその後の回復が懸念されていましたが、残念ながら帰らぬ人となってしまいました。
 辺野古での米軍基地建設に反対して公務を続けていた途上での死去です。道半ばでこの世を去ることになったわけで、無念だったにちがいありません。

 法政大学を卒業され、享年67歳だったと言います。同じ67歳の同学年、学部は都立大学でしたが法政大学の大学院で学び、その後も法政大学に勤務して退職した私にとって、他人事とは思われません。
 8月9日付のブログ「翁長沖縄県知事のご逝去を悼むとともに辺野古新基地建設阻止の志を引き継がなければならない」にも書いた通り、道半ばで倒れた翁長さんの無念を我がものとし、ご逝去を悼むとともにその遺志を継いでいかなければなりません。
 22日の新宿駅西口での「宣伝行動」は以前から計画されていたものですが、翁長沖縄県知事の急逝によって、図らずも、その死を悼んで志を受け継ぐ決意を示す場になりました。ぜひ、多くの方が参集され、沖縄の闘いへの連帯を示していただきたいと思います。

 ところで、翁長知事の遺志を受け継ぐとはどのようなことなのでしょうか。それは具体的には、何を意味しているのでしょうか。
 その第1は、翁長さんの後継者として、同じ志を持ち翁長さんが命を懸けて取り組んだ辺野古新基地建設阻止の事業を受け継ぐことのできる人を、9月30日投・開票の県知事選挙で選ぶことです。翁長さんは死去前に後継候補を指名するテープを残しており、その1人が自由党幹事長の玉城デニー衆院議員(沖縄3区)で、もう1人が地元経済界の重鎮である呉屋守将さんでした。
 紆余曲折の末、玉城さんが出馬の意向を固め、呉屋さんが支援する「オール沖縄」の構図ができつつあります。何としても、自公推薦の候補を打ち破り、玉城さんの当選を勝ち取らなければなりません。

 第2は、辺野古での土砂投入などの工事をやめさせることです。政府は当初予定していた17日の埋め立て土砂の投入を延期する方針を固めました。
 台風接近などで作業が間に合わないことを踏まえた判断だとされていますが、本当は前倒しとなった知事選への影響を見極める狙いがあるからです。土砂投入を急いでいたのは、11月に予定されていた知事選前に既成事実化し、県民に諦めさせようと考えていたためでしょう。
 翁長さんは自らの死を賭して土砂投入をストップさせた形になりましたが、工事そのものが中止になったわけではありません。県知事選挙での「オール沖縄」候補の当選によって、建設計画そのものを葬り去る必要があります。

 第3は、安倍首相が狙っている9条改憲を許さず、北東アジアの平和と友好を実現することです。沖縄の新基地建設の口実となってきた北朝鮮の脅威は、南北会談や米朝首脳会談などによって大きく変化し、平和体制構築の可能性が高まりました。
 辺野古での基地建設や9条改憲の根拠が消滅しつつあると言うべきでしょう。それどころか、新基地建設や9条への自衛隊明記は、このような朝鮮半島をめぐる緊張緩和に逆行し、南北間の友好促進の足を引っ張ることになります。
 安倍首相の好戦的政策をやめさせることや9条改憲を阻むことも、安倍政権と闘い抜いた翁長さんの遺志を継ぐことになるのではないでしょうか。軍隊を必要としない平和な環境を生み出し、9条に基づく非軍事的な安全保障政策を推進することこそ、「基地の沖縄」から抜け出す最善の道なのですから。

 翁長知事の逝去によっても、安倍政権は新基地建設を推し進めようとしています。かたくなな態度を取り続ける安倍政権と対峙して命を懸けて反対し、志半ばでこの世を去られた翁長さんは、安倍政権に「殺された」ようなものではありませんか。
 安倍首相は自民党の総裁選で改憲を争点にし、次の国会で改憲草案を提出して発議しようとしています。秋の臨時国会は、沖縄・辺野古での新基地建設をめぐっても改憲発議についても、大きなヤマ場となるにちがいありません。
 22日の宣伝行動と3000万人署名活動は、この秋の闘いへの出発点になります。辺野古での新基地建設反対、9条改憲阻止、安倍政権打倒を掲げて大きな世論のうねりをつくり出すために、新宿駅西口に沢山の方が集まられることを重ねて訴えます。

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8月14日(火) 明日から19日まで故郷の新潟に帰省する [日常]

 明日から19日までの5日間、ふるさとの新潟県上越市頸城区に帰省します。この間、パソコンを使えませんのでネットもメールも通じません。
 御用のある方は、お手数ですが、携帯電話の方にご連絡ください。メールは、20日に帰京してから見て返事をさせていただきます。

 「久しぶりの故郷です」と言いたいところですが、実はそうではありません。2か月前にも実家に泊まっているからです。
 すでに皆さんご存じように、5月末と6月初めの2回、新潟県知事選で野党統一の池田候補の応援に入りました。その2週間後にも、旧直江津高校の同期会に出るために帰省しています。
 でも、お盆の時期の帰省は格別で、また独特の趣があります。懐かしい友人や親せきと顔を合わせて旧交を温め、美味しい山海の珍味や地酒を味わい、充電に努め英気を養ってきたいと思います。

 この間、ブログもお休みします。再開は20日以降の予定ですので、ご了承いただければ幸いです。

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8月13日(月) 国際政治の歴史的転換と日本の選択―いよいよ「活憲の時代」が始まる(その3) [論攷]

 〔以下の論攷は、憲法会議発行の『月刊 憲法運動』通巻473号、2018年8月号、に掲載されました。3回に分けて、アップさせていただきます。〕

三、憲法運動の課題

 *力によらない国際関係の再構築

 今後の朝鮮半島での緊張緩和、ミサイルと核問題の解決に当たっては、戦争や軍事力に訴えるのではなく、非軍事的な手段によって非核化への道を具体化していくのが日本の取るべき唯一の道です。そのための展望とビジョンの提示こそ、これからの日本の役割であり、憲法運動の課題にほかなりません。
 これについて、『朝日新聞』6月28日付の「論壇時評」に示唆的な論攷が掲載されていました。小熊英二さんの「ゲーム依存と核 関係性の歪み 北朝鮮にも」という記事です。小熊さんはゲーム依存も北朝鮮の核問題も同様だとして、「猜疑心や敵対心、相互不信がつのると、核兵器が増加する。逆にいえば、猜疑心や相互不信に満ちた関係を作り変えることなしに、核兵器をなくすのは難しいのだ」と指摘し、「力で恫喝すれば何でも解決すると考えるのは非現実的であり、幼稚である。外交とはすなわち、国際関係を再構築する努力にほかならないはずだ」と主張しています。
 力による「恫喝」ではなく、「国際関係を再構築する努力」が必要であり、それこそが「外交」だというのです。それには「猜疑心や相互不信に満ちた関係を作り変える」知恵も忍耐力も必要で、相手を納得させるような道理に立脚した説得力も不可欠でしょう。
 憲法前文にある「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼」することによってこそ、このような道理や説得力を手にすることができるはずです。それを安倍首相は投げ捨て、相手の猜疑心や不信を高めてきたというのが、「戦争する国」に向けての好戦的政策実施のプロセスでした。「平和憲法」を持つ国であるからこそ実現できたはずの紛争解決への道を閉ざし、国際社会で享受できたはずの「名誉ある地位」も踏み外してしまったのです。
 『毎日新聞』6月28日付一面下のコラム「余録」にも、注目すべき文章が書かれていました。「武器効果」という用語についての指摘です。「ストレスを与えられた人に銃を見せると攻撃的になるという心理実験があるそうだ。銃などの武器が人の心にひそむ攻撃のイメージや記憶を呼び覚まし、欲求不満などによる怒りを攻撃衝動へと結びつけてしまうのだといわれている」と。
 武器の存在こそが、人々のイライラや欲求不満、ストレスを攻撃衝動に変えてしまうのだというのです。逆に言えば、イライラや欲求不満などによる怒りなどがあっても、武器がなければ簡単には攻撃衝動に結びつかないということになります。国家や指導者についても、同じことが言えるのではないでしょうか。核やミサイルなどの武器があるからこそ、攻撃衝動に結びつくのだと。
 憲法9条が「国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する」と宣言したことの深い含意を、ここから読み取ることができるように思われます。安倍首相がめざしてきた軍事力依存の「積極的平和主義」や軍事大国化路線こそが攻撃衝動を高める極めて危険な道だったということも、同じように学び取ることができるのではないでしょうか。
 力によらない非軍事的な外交努力にこそ、これからの日本の進むべき道があります。そのための地図は、すでに70年以上も前に与えられていました。日本国憲法という地図が。

 *北東アジアにおける非核・平和体制の実現

 米朝共同声明の誠実な履行と力によらない国際関係の再構築を目指して、北東アジアにおける非核・平和体制を実現しなければなりません。南北首脳会談と米朝首脳会談での合意によって開始された平和プロセスが成功するよう、外交的なイニシアチブを発揮することが日本の役割なのです。
 第1に、米朝共同宣言で約束された朝鮮半島の完全な非核化の実現を求めることです。もちろんこれは検証可能で不可逆的なものでなければなりません。すでに核実験場の一部の爆破が実施され報道陣に公開されましたが、できるだけ早い段階で非核化に向けての具体的な措置を取り決める必要があります。
 北朝鮮に対して非核化を求めると同時に日本も「核の傘」について再考し、核兵器禁止条約に参加し批准するべきです。北朝鮮に対して「核に頼るな」と言いながら、自らは「核に頼る」というのでは筋が通りません。完全なダブルスタンダードであり、説得力もありません。日本政府に対して、唯一の戦争被爆国として世界中の核兵器廃絶の先頭に立つよう求めることが必要です。
 第2に、北東アジアにおける平和構築のために取り組むことも重要です。そのためには、紛争解決と緊張緩和のための多国間による安全保障体制を構築しなければなりません。東南アジア諸国連合(ASEAN)や東南アジア友好協力条約(TAC )のような多国間協力体制の実現です。
 すでに生じている南北間の緊張緩和と信頼醸成措置を支援することが必要であり、決して足を引っ張るような態度を取ってはなりません。南北間の平和統一をも展望した紛争解決と平和構築の枠組みができれば、やがては日米安保条約と在日米軍の必要性が根本から問われることになります。そうなれば、沖縄米軍基地の縮小・撤去や辺野古での新基地建設阻止に向けての新たな展望が生まれることになるでしょう。
 第3に、安倍政権による軍事大国をめざした好戦的政策の廃止・転換を実現することです。特定秘密保護法、安保法制(戦争法)、「共謀罪」法などの「戦争する国」をめざした法整備は、北東アジアにおける情勢の劇的な転換によってその根拠を失い、必要ないものになりました。民衆運動の取り締まりや弾圧にも利用される可能性が高いこれらの法律は廃止されなければなりません。
 もちろん、北朝鮮危機を口実に強行されてきた防衛費の増大や防衛装備品の購入などの大軍拡をやめ、長距離巡航ミサイルなどの他国攻撃型兵器の導入、ヘリコプター空母の改修や陸上イージスの設置計画などは直ちに中止するべきです。これらの経費を軍事ではなく国民の福祉や民生に振り向けるように政策を転換しなければなりません。
 第4に、ヘイトスピーチやレイシズムなどの排外主義や民族差別を一掃し、周辺諸国との友好を深めることです。朝鮮半島の非核化と平和体制構築のために韓国や中国との協力は不可欠であり、その障害となる嫌韓・反中の排外主義や民族差別をなくすことによって多国間協力のための社会的土壌を整えなければなりません。
 他民族を差別したり敵視したりしないような国民や社会になることは、これからの東北アジアで日本が周辺諸国と平和的に共存していくために必要な最低限の条件です。とりわけ、侵略戦争と植民地支配によって多大な損害を与えた諸国との関係を改善し、負の歴史への責任と反省を明らかにすることなしには、これらの国々からの信頼を得ることはできません。

 *憲法12条の重要性

 米朝首脳会談による劇的な情勢転換によって、安倍政権が進めてきた「戦争する国」づくり政策とのミスマッチは極大化されることになりました。このような政治の暴走を許してしまった責任は、「他よりよさそう」ということで一定の支持率を与え安倍政権を甘やかしてきた世論にもあります。
 同時に、暴走をストップさせ、自由と人権、平和を守るための「不断の努力」が欠けていたのではないでしょうか。これは憲法が国民に要請していることであり、ここで改めて「この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によつて、これを保持しなければならない」と規定する憲法12条の重要性について確認する必要があるように思います。
 憲法は権力者に対する命令書であって、憲法尊重擁護義務からも国民は除外されています。憲法は権力の恣意的な行使を制限し、権力者の暴走を抑えるための「檻」のようなものだとされています。
 しかし、この12条は他の条文とは異なり、国民に対する直接的な要請が書かれています。この憲法が「保障する自由及び権利」は、国民自身による「不断の努力」によって「これを保持しなければならない」という要請が。
 この規定は、憲法が保障する「自由と権利」を守るために国民が「不断の努力」を行うこと、それらが侵されそうになったら抵抗すべきことを求めているのです。このような国民一人一人の努力が積み重なり集まることになれば、それは集団的な行動となり政治的社会的な運動となります。
 したがって、政府や自治体などの行政機関もこのような国民の努力を支える義務を負っていると理解できます。自由と権利のために運動することはもとより、そのために努力する個人や集団を支援することは憲法上の要請なのです。
 自由と権利を守るという点で国民も政治・行政・司法も中立ではなく、それを「保持」するために「不断の努力」を行わなければならず、それは憲法上の義務なのだということを忘れてはなりません。具体的には、国民にとっては自由と権利を守るためにある程度の不自由や迷惑を耐えるという「努力」が必要であり、政府や自治体などの行政機関は自由と権利を守るための活動を保障し、支援しなければならないということになります。
 市民が自由と権利を守るために声を上げたり運動したりするのは、国民として憲法の要請を果たしている当然の行為にすぎません。政治・司法・行政はこのような国民の努力を鼓舞し、擁護し、推進し、支援しなければならない憲法上の義務を負っているのです。
 憲法9条は平和を守るべきことを、憲法12条は自由と権利を保持するために努力すべきことを求め、憲法99条はこのような規定を尊重し擁護することを、天皇、国務大臣、国会議員、裁判官、公務員に義務づけています。安倍首相はじめ、これらの関係者には憲法を熟読し、自らが負っている憲法上の責務を十分に自覚していただきたいものです。

 むすび―真に国民の生命と生活を守れる政治への転換を

 西日本を中心とする豪雨被害は、犠牲者が200人を越える大災害となりました。その渦中に、政府・自民党の幹部が宴会「赤坂自民亭」に興じており、大きな批判を浴びました。災害への軽視、初動の遅れ、危機対応能力の欠如などの問題が浮き彫りになっています。
 安倍政権は北朝鮮危機をあおり、6年連続で防衛予算を増やしてきました。過去最大の5兆2000億円超に膨らんだ防衛費の一部でも防災・減災に回していれば、豪雨被害はここまで拡大しなかったはずです。
 このような問題が生ずるのは、安倍首相にとって危機とは安全保障上のもので自然災害によるものだという認識が欠けているからです。災害への危機対応を軽視し、軍事的な危機対応ばかりを重視するという危機認識の歪みが、多くの問題を生み出してきました。
 そこにある現実的な危機に目をつぶり、ありもしない空想的な危機に踊らされて国民の安全・安心よりも国家の安全保障を優先してきたからです。常にあり得る現実的な危機にきちんと対応できるような政権に変えなければなりません。そうしなければ、政治のエネルギーや国費が無駄遣いされ、国民の生命と生活、生業が守られないという教訓を、今回の豪雨災害から学ぶべきではないでしょうか。
 結局、安倍首相は政治家ではなかったということになります。「戦争になったらどうするか」を考えるのが軍人だとすれば、「戦争にならないためにどうするか」を考えるのかが政治家なのですから。
 軍人の頭脳ではなく政治家の心を持つ本当の政治家を政権のトップに据える必要があります。国民の生命と生活、生業を守ることのできる政治を実現するために、政策を変えるか政権を変えるしかないのです。政策を変えられないのであれば、政権を変えるしかありません。
 このような転換によって初めて、国際政治の劇的な変化に対応した国政の刷新も可能になります。憲法を護り活かすことによって、「活憲の時代」における新しい日本の外交・安全保障政策と内政を具体化できる展望とビジョンを持った政党や政治家にこそ、次の時代を託さなければなりません。そのための条件と根拠が、いま新たに生まれつつあるのですから。


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8月12日(日) 国際政治の歴史的転換と日本の選択―いよいよ「活憲の時代」が始まる(その2) [論攷]

 〔以下の論攷は、憲法会議発行の『月刊 憲法運動』通巻473号、2018年8月号、に掲載されました。3回に分けて、アップさせていただきます。〕

二、問われる日本の対応

 *「敗者」は安倍首相

 今回の米朝首脳会談をめぐる一連の経過において、もし「敗者」がいたとすれば、それは日本の安倍首相ではないでしょうか。
 「圧力」一辺倒で首脳会談実現の足を引っ張ったあげく、トランプ米大統領に貿易面で裏切られ、ロシアのプーチン大統領にも領土問題で騙され、北朝鮮の金正恩委員長からは相手にされず、韓国の文在寅大統領とはギクシャクしたままで、中国の習近平主席からも適当にあしらわれるという醜態を演じ、「蚊帳の外ではない」と叫びながら蚊帳の外で飛び回っている「一匹の蚊」のようになってしまったのですから。
 時にはアメリカの背後で軍事的な対応さえほのめかし、常に圧力のみを主張し続けてきたのが安倍政権でした。なかでも最悪だったのが、1月16日にカナダのバンクーバーで開かれた北朝鮮問題を話し合う外相会合で河野太郎外相が出した声明です。北朝鮮との外交関係の断絶や北朝鮮労働者の送還を求めたもので、北朝鮮代表団の平昌五輪への参加が予定され米朝首脳会談開催への動きが始まっていた段階でのこのような呼びかけは、日本政府がいかに事態の進展に無頓着で情勢変化を見誤っていたかを示す象徴的な失敗でした。
 その後、安倍首相は3月にトランプ大統領が対話に傾くとこれを歓迎し、5月に会談中止を発表すると「支持する」と表明しました。「やめるのをやめる」と会談が再び設定されると、「会談に期待したい」と言い出す始末です。
 安倍首相は信念から外交方針を変えたわけではありません。トランプ大統領の意向に合わせるしかなかったからで、徹底した対米追従です。「このままではバスに乗り遅れる」と考え、慌てて秋波を送ったにすぎません。
 しかも、心の中では米朝会談の「失敗」を期待していたことも見透かされています。安倍首相はさらなる関税引き上げなどの貿易戦争を仕掛けられることへの恐れから「米朝和解」に賛成せざるを得なかったのです。首相の本心は、北朝鮮を敵視し続けて政治的に利用し、北朝鮮や中国を仮想敵国とする在日米軍の駐留を続けてもらうことにあります。
 トランプ米大統領は在韓米軍を撤退させた後、在日米軍も撤退させるかもしれません。東アジアの平和体制をどう構築していくのか。日本の選択が問われることになりますが、独自の外交ビジョンを持たない安倍首相に対応できるのでしょうか。

 *拉致問題はどうなるか

 米朝和解の動きとは対照的に、日本との関係では北朝鮮の厳しい対応が際立っています。これまでの拉致問題をめぐる日朝交渉で北朝鮮は日本への強い不満を抱き不信感を高めてきたからです。なかでも安倍首相への嫌悪と反感は際立っており、それは米朝首脳会談後も払しょくされていません。
 拉致問題については米朝首脳会談で取り上げてもらいたいとトランプ大統領にお願いするだけでした。トランプ大統領は首脳会談で拉致問題を取り上げ、北朝鮮の金正恩委員長は「安倍首相と会う可能性がある。オープンだ」と前向きな姿勢を示したと伝えられました。
 しかし、これで拉致問題が解決に向けて動き出したわけではありません。安倍首相に対する北朝鮮側の評価は依然として厳しく、従来の態度を変えたという確証がもたらされていないからです。
 米朝首脳会談が開かれた2日後の6月14日、モンゴルで開催された国際会議の場で外務省の関係者と北朝鮮の関係者が短時間接触し、拉致問題の解決に向けた基本的な立場を伝えたと外務省が発表しました。これが首脳会談後の最初の「接触」です。
 外務省は「非公式に意見交換した」と発表しましたが、北朝鮮側の反応について外務省幹部は「(従来の姿勢と)大きな変化はなかったようだ」と語ったと報じられています。別の報道では、北朝鮮代表団の1人は「日本が提起する内容は今の良い流れを阻害しかねない」と語ったということで、拉致問題に対する拒否反応とみられています。
 つまり、これまでと変わらない反応だったということになります。米朝首脳会談で事態が大きく動くかのような期待は、またも裏切られたということです。このような見方を裏付けるように、北朝鮮の国営ラジオ「平壌放送」は6月15日の論評で、日本人拉致問題について「既に解決された」と言及しています。トランプ米大統領が米朝首脳会談で拉致問題を提起した後、北朝鮮メディアが従来の主張を表明したのは初めてのことでした。
 その後、『毎日新聞』6月27日付は「拉致問題『ない』 北朝鮮がけん制」という記事を報じました。平壌放送は26日に伝えた論評で、「日本は今日まで過去の犯罪について謝罪し賠償するどころか、逆にありもしない拉致問題をわめきたてて自らを『拉致被害国』に化けさせようと破廉恥に策動している」と非難したというのです。
 政府もマスコミも、このような事実をなぜきちんと国民に伝えようとしないのでしょうか。安倍首相によって拉致問題の解決に向けて事態が動き始めているかのような幻想をまき散らすことはやめるべきです。

 *安倍政権で日朝関係の打開は可能なのか

 国民の多くは、安倍首相では拉致問題は解決できないということを知っています。『毎日新聞』が6月23、24両日に実施した世論調査によれば、日朝首脳会談による日本人拉致問題の解決に「期待できる」は18%にとどまり、「期待できない」が66%に上りました。7割近くの国民は、安倍首相に期待できないと考えていることになります。
 それでは、どうしたらよいのでしょうか。それは日朝平壌宣言が示していた方向しかありません。拉致、核・ミサイル、植民地支配への謝罪と賠償など過去の清算という両国間の諸懸案を包括的に解決して国交正常化を目指すということです。これらの諸懸案を総合的に議論するなかで、拉致問題についても解決の道を見出すしかありません。
 しかし、日朝平壌宣言に沿った国交正常化交渉と緊張緩和に向けての包括的で総合的な対話も、北東アジアをめぐる平和体制の構築についても、安倍首相では不可能です。憲法の理念を活かした外交・安全保障政策には全く関心がなく、「戦争する国」「戦争できる国」をめざした好戦的な力の政策を推進し、軍事大国に向けて暴走を続け、憲法に自衛隊の存在を書き込む改憲案を提起しているからです。
 野党や世論の反対を押し切って特定秘密保護法、安保法制(戦争法)、「共謀罪」法などを制定し、防衛費も毎年の増額によって1兆2000億円も増やしました。長距離巡航ミサイルなどの攻撃的兵器を導入し、オスプレイの購入などによる防衛装備と自衛隊基地の増強、沖縄の辺野古での米軍新基地建設、教育での道徳の教科化や愛国心教育の強化などを強行しています。いずれも、軍事的対応による安全保障をめざしたもので、軍事力によらない安全保障を志向する憲法の理念に反するものばかりです。
 日本には憲法上の制約があるということを、安倍首相は全く理解していません。日本国憲法の前文には「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した」とあり、9条には「国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する」と書かれているからです。
 つまり、日本国民の「安全と生存」は武力によって保持されるのではなく、国際紛争の解決のための武力も「永久にこれを放棄」したのが日本なのです。このような憲法の規定からすれば、軍事的なオプション(選択肢)はありえません。
 また、北朝鮮との距離的な関係からして、日本は軍事的な手段を取ることができないということも安倍首相は認識していません。ICBMが開発されるずっと前から日本は中距離ミサイルの射程内に入っており、着弾までの時間は7~8分とされています。これだけの短時間での対応は、ほとんど不可能です。
 ミサイルの迎撃は技術的に難しく、撃ち落とせる以上の数を発射されればお手上げです。つまり、軍事技術的にミサイル迎撃は不可能であり、パトリオットミサイルやSM3、イージス艦や陸上イージスによるミサイルの迎撃などは気休めの空想にすぎません。軍事的な選択肢は、日本にとって初めから対象とすることのできないものだったのです。

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8月11日(土) 国際政治の歴史的転換と日本の選択―いよいよ「活憲の時代」が始まる(その1) [論攷]

 〔以下の論攷は、憲法会議発行の『月刊 憲法運動』通巻473号、2018年8月号、に掲載されました。3回に分けて、アップさせていただきます。〕

 はじめに

 かつて私は、こう書きました。「憲法を活かし憲法を再生させることによって、本来の可能性を全面的に開花させればどのような明るく素晴らしい未来が開けてくるのかというビジョンを打ち立てる必要がある。こうして、守勢から攻勢へと憲法運動の発展を図ることが求められている」(「『手のひら返し』の『壊憲』暴走を許さない―参院選の結果と憲法運動の課題」『憲法運動』2016年9月号)と。
 しかしこれまでは、このような展望とビジョンはある種の「夢物語」にすぎなかったかもしれません。憲法9条に基づく展望やビジョンを語っても、それを実現できる現実的な条件や根拠が乏しいと思われていたからです。
 北朝鮮は核開発とミサイル実験を進め、これを利用した安倍首相による危機宣伝に多くの国民が不安を高めていました。アメリカは北朝鮮を敵視し、米朝間の緊張はかつてなく高まっていました。北朝鮮の大陸間弾道弾(ICBM)の開発によって米朝間での核戦争さえ起こるかもしれないとの恐怖が北東アジアを包んでいました。
 しかし、それは過去のものとなったようです。歴史的な米朝会談の開催によって、極東の情勢は一変しました。米朝関係のベクトルは反転し、「対決から対話へ」と歴史は音を立てて変わりつつあります。
 国際政治は劇的で歴史的な転換を開始しました。このような国際情勢の激変の下で、日本はどのような役割を果たすべきなのか。これから進むべき道の選択が問われています。
 いよいよ、憲法に基づく展望とビジョンが大きな役割を果たせる新たな時代が始まろうとしているのではないでしょうか。「夢物語」にとどまらない現実的な根拠が生まれつつあります。いまこそ、憲法を政治と生活に活かす「活憲の時代」が訪れようとしているのです。

一、「対決から対話へ」の歴史的な転換

 *歴史が動いた瞬間

 トランプ大統領は北朝鮮に安全の保証を提供することを約束し、金委員長は朝鮮半島の完全な非核化への、確固として揺るぎのない約束を再確認した。
 新たな米朝関係の樹立が朝鮮半島と世界の平和と繁栄に寄与すると確信し、相互の信頼醸成によって朝鮮半島の非核化を推進することができると確認し、トランプ大統領と金委員長は以下のことを表明する。
 1 米国と北朝鮮は、両国民が平和と繁栄を切望していることに応じ、新たな米朝関係を樹立することを約束する。
 2 米国と北朝鮮は朝鮮半島において持続的で安定した平和体制を構築するために共に努力する。
 3 2018年4月27日の板門店宣言を再確認し、北朝鮮は朝鮮半島の完全な非核化に向けて努力することを約束する。

 これは6月12日にシンガポールで開催された米朝首脳会談において合意された共同声明の一部です。一方のトランプ米大統領は「北朝鮮に安全の保証を提供する」ことを表明し、他方の金正恩委員長は「朝鮮半島の完全な非核化」を約束しました。
 米朝首脳会談が切り開いた「対決から対話へ」の歴史的転換の意義は、国際政治を動かすベクトルが反転したということにあります。これを理解せず、この大転換を前提としないどのような議論も、国際政治の行く末を論じたり見通したりすることはできません。それほど大きな激変が、6月12日にシンガポールで起きたということです。
 朝鮮半島を舞台にした戦争の危機が回避されただけでも大きな成果でした。アメリカと北朝鮮の「どちらが勝ったのか」という議論がありますが、どちらも戦争を望んでいなかったというのであれば、「どちらも勝った」ことになります。
 戦争で大もうけを狙っていた一部の軍産複合体の「戦争屋」を除けば、平和的な解決を望んでいたのは朝鮮半島やその周囲の人々だけでなく世界の大多数の人々でした。戦争ではなく平和的な交渉による問題解決への道が開かれたのですから、これらの人々も「勝者」だったと言えます。

 *北朝鮮の約束は信用できるのか

 今回の米朝共同声明では、「確固として揺るぎのない約束を再確認」とか「努力することを約束」というにとどまり、完全かつ検証可能で不可逆的な非核化(CVID)という文字はありませんでした。非核化に向けての具体的な内容や期限が記されていないから信用できないという批判があります。
 日本の政府関係者やマスコミの評価も高くありません。これまでの6カ国協議の経緯や北朝鮮の約束違反、裏切りの歴史などを振り返ってみれば、このような悲観論や批判にも一定の根拠があるように見えます。
 しかし、このような見方は今回の首脳会談の歴史的な意義を十分に理解していない誤ったものです。非核化に向けて揺れ戻しや紆余曲折はあるでしょうし、一直線には進まず時間がかかるでしょう。しかし、この方向でしか問題は解決できず、それをどう確実なものにするかという立場から対応すべきではないでしょうか。
 しかも、今回はこれまでとの大きな違いがあります。
 その一つは、アメリカと北朝鮮の最高指導者による初めての会談によって合意されたということです。これまでは担当者同士の実務レベルでの会談でしたから、合意の重みが違います。一方が他方を裏切ろうとすれば、その代価はこれまでとは比べものにならないくらい大きなものとなるでしょう。
 第2に、この合意に至るプロセスにおいて一連の会談や措置が付随しているという点も異なっています。米朝会談に向けての発端は1月1日の金正恩委員長の年頭声明にあり、その後の平昌五輪への北朝鮮代表団と女子アイスホッケー合同チームの編成、南北首脳会談や中朝首脳会談などがありました。その到達点として米朝首脳会談が設定されたことを忘れてはなりません。
 第3に、このような流れを生み出した推進力は韓国の文在寅大統領と民主運動だったということです。朴槿恵大統領を辞任に追い込んだ「ろうそく革命」の渦中から生まれた文大統領は昨年9月21日の国連総会で平和的な解決と平昌五輪への参加を呼びかけ、これを受け入れる形で翌1月1日に金委員長の年頭声明が出されています。米朝首脳会談の背後には、戦争ではなく南北和解を求める韓国民衆の熱望がありました。
 第4に、韓国と共に重要なプレーヤーとなっているのが中国とロシアです。金委員長はすでに3回も習近平主席との朝中首脳会談を行っており、特別機を提供したのも中国でした。その中国は朝鮮半島の非核化を望んで北朝鮮の経済発展を後押ししようとしており、ロシアも同様です。アメリカや日本が軍事的なオプションを含めた圧力路線を主張していた時にも、中国とロシアはあくまでも対話による問題解決を主張していました。もし、金委員長が「裏切ろう」とすれば、この両国は黙っていないでしょう。

 *「脅威」をどうとらえるか

 今回の米朝首脳会談において決定的に重要なのは、対話と交渉の道が開かれただけでなく、朝鮮半島における緊張の緩和と信頼の醸成に向けての具体的な措置が次々に実施されているということです。その結果、日本に対する「脅威」も大きく減少しました。
 『朝日新聞』6月27日付の社説「ミサイル防衛 陸上イージスは再考を」が「安全保障分野で脅威とは、相手の『能力』と『意図』のかけ算とされる。北朝鮮にミサイルがあることは事実だが、対話局面に転じた情勢を無視して、『脅威は変わらない』と強弁し続けるのは無理がある」と指摘しているように、北朝鮮の「意図」が大きく変化しました。小野寺防衛相が「北朝鮮の脅威はなにも変わっていない」と繰り返しているのは、このような安全保障のイロハを理解していないからです。
 もちろん、非核化とミサイルの削減によって攻撃「能力」を減らしていくことは必要です。同時に、緊張緩和と信頼醸成による攻撃「意図」の縮小も大きな意味を持ちます。この点ではすでに多くの具体的な措置が取られていることに注目しなければなりません。
 6月25日に韓国と北朝鮮は朝鮮戦争の開戦68周年を迎えましたが、南北は軍の通信回線を復旧させる実務協議を行い、今は1回線しかない回線を最大で9回線あった過去の状態に戻すことで合意しています。韓国統一省は、26日に鉄道連結、28日に道路連結、7月4日に北朝鮮の荒廃した山林復旧の実務協議を板門店などで行うという新たな対話の日程を明らかにしました。
 韓国の各地では記念式典も開かれ、ソウル市内で開かれた式典で李洛淵首相は「(南北の軍事境界線近くに展開する)長距離砲を後方に移すことが議論されている」と明らかにしました。他方、北朝鮮の労働新聞(電子版)は25日付で朝鮮戦争に関する7件の記事を載せましたが、米国を名指しで非難せず「米帝」の表現も使いませんでした。
 米朝首脳会談の開催前に拘束されていた3人のアメリカ人が帰国し、首脳会談直後には米韓合同軍事演習の中止も発表されています。朝鮮戦争で離散した家族の再会、米軍兵士の遺骨の返還、南北合同のスポーツイヴェントや国際大会への参加などの動きもあります。
 また、前述のように「東海線および京義線鉄道と道路を連結し現代化して活用する」とした板門店宣言を実行する協議も始まりました。訪ロした韓国の文大統領とロシアのプーチン大統領との間で、これをシベリア鉄道と結ぶ構想に合意したと伝えられており、プサン発ロンドン行きのユーラシア大陸横断鉄道も夢ではなくなっています。
 新しい歴史的な局面に向けての扉が、東アジアで開かれようとしているのです。朝鮮戦争の終結が宣言され、最後まで残った「冷戦」が終わろうとしているように思われます。まさに東アジア情勢の劇的転換であり、歴史は大きな曲がり角を曲がったのです。

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