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7月2日(月) 自由と権利の保持のための不断の努力を国民に求めた憲法12条の重要性 [憲法]

 最近、憲法の条文のなかでも特に重要なのは、12条ではないかという気がしてきました。とりわけ、政治・社会運動に関わる人々にとって、日本国憲法12条は運動理念にも等しい重要な意味を持っているのではないでしょうか。

 まず、その条文を確認しておきましょう。それは次のようになっています。
 〔自由及び権利の保持義務と公共福祉性〕
 第12条 この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によつて、これを保持しなければならない。又、国民は、これを濫用してはならないのであつて、常に公共の福祉のためにこれを利用する責任を負ふ。

 この条文は、後段にある「自由及び権利」の「濫用」防止という点で注目され、「公共の福祉のために」用いる「責任」が強調されてきました。しかし、それ以上に重要なのは、前段にある「この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によつて、これを保持しなければならない」という部分だと思われます。
 憲法は権力者に対する命令書であって、99条に定められている憲法尊重擁護義務から国民は除外されています。権力者の恣意的な権力行使を制限し、その暴走を抑えるための「檻」のようなものだからです。
 しかし、この12条は他の条文とは異なり、国民に対する直接的な要請が書かれています。この憲法が「保障する自由及び権利」は、国民自身による「不断の努力」によって「これを保持しなければならない」と。

 7月1日付『東京新聞』の一面に「<世界の中の日本国憲法> 『世界最古』の未改正憲法 人権規定充実 平和主義貫く」という記事が大きく出ていました。この記事に登場するのは「あらゆる憲法の条文を比較研究しているケネス・盛(もり)・マッケルウェイン東大准教授」です。
 准教授は、「約四十本ある未改正の現存憲法の中では、日本国憲法は一番古い」と指摘しています。その理由として、人権規定が多く制定当時は「とても進歩的」(准教授)だったし、今でも十分世界に通用する水準であること、統治機構の規定が少なく、憲法を変えなくても法改正で対応できること、「日本国憲法は軍の最高司令官や兵役、軍事裁判所も書いていない。全部ない憲法はすごく珍しい」平和憲法であることなどを挙げ、改憲に必要な議会の承認に関しては、衆参両院の三分の二以上の賛成が必要とする日本国憲法は「一番スタンダード(標準的)」であると、改憲論者の言いがかりに反論しています。
 日本国憲法には時代を越えて長く通用する生命力があり、それにはちゃんとした理由があるということなのです。そして、その理由の一つである人権規定が多いという「とても進歩的」な側面を支えてきたのが12条であり、「この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によつて、これを保持しなければならない」という規定だったのではないでしょうか。

 この規定は、憲法が保障する「自由及び権利」を守るために国民が「不断の努力」を行うことを求め、国民は自由と権利を守るために努力すべきこと、それらが侵されそうになったら抵抗すべきことを要請しているのです。このような国民一人一人の努力が積み重なり集まることになれば、それは集団的な行動となり政治・社会運動となります。
 したがって、政治や行政・司法はこのような国民の努力を支える憲法上の義務を負っていることになります。自由と権利のために運動することはもとより、そのために努力する個人や集団を支援することは憲法に書かれている要請なのです。
 冒頭で、私が「政治・社会運動に関わる人々にとって、日本国憲法12条は運動理念にも等しい重要な意味を持っている」と書いたのは、このような意味からです。自由や権利を守るという点で国民も政治・行政・司法も中立ではなく、それを「保持」するために「不断の努力」を行わなければならず、それは憲法上の義務なのだということを忘れてはなりません。

 自由と権利が忘れられ奪われ失われるような時代にあって、国民一人一人ができる範囲とやり方で自由と権利を守るために努力することはますます重要になっています。自由と権利を守る砦として憲法12条を政治と生活に活かすこと、その旗を掲げて「不断の努力を行う」ことこそ、憲法を守る国民としてのあるべき姿なのだということを再確認したいものです。

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