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9月12日(土) 「自滅選挙」による「2009年体制」の成立 [政党]

 自民党が行ったネガティブキャンペーンは逆効果だったということがハッキリしました。今後の日本の政治運営や選挙のあり方を考えるうえで、重要な調査結果だと言えるでしょう。

 メディア研究者らが組織している「間(かん)メディア社会研究会」の調査によれば、自民党による批判CM等を見た有権者の約6割が「自民党に対して悪い印象を持った」と回答したそうです。今回の調査をした主査の遠藤薫学習院大教授は、自民党の民主党批判は「日本で初めての本格的なネガティブキャンペーン」だったと指摘し、「有権者は良識を持って行動した」と分析しています。
 選挙中から、民主党を標的にした自民党のCMや、他党を誹謗・中傷するビラや演説は逆効果だと指摘されていました。それが調査によって裏付けられ、国民の「良識」が実証されたというわけです。
 総選挙のキャンペーンで、自民党は「自滅」したようなものでしょう。しかし、このような「自滅」現象は選挙中だけに限られたものではなく、今度の総選挙全体が自民党にとっては「自滅選挙」だったと言うべきものでした。

 自民党の多くの議員は小選挙区で民主党に敗れ、そのうちの何人かは比例代表区で救われました。このような選挙制度導入の中心になったのは、誰あろう、自民党自身でした。
 小選挙区比例代表並立制を含む政治改革関連4法案は、1994年1月28日の細川護煕首相と河野洋平自民党総裁の会談での合意をもとに成立します。この時反対したのは、共産党だけでした。
 当初、小選挙区300、比例代表区200だった定数は、その後、比例だけ削られ、今日のように180とされました。このような比例区定数の削減を行わなければ、今回、復活当選できた自民党の候補者はもっと多かったでしょう。
 選挙制度に小選挙区を導入し、その比率を増やしてきたのは自民党であり、その結果、今回のような大敗を制度的に準備することになりました。これこそ、「自滅選挙」の最たるものではないでしょうか。

 今回の選挙で、民主党は「国民の生活が第一」と訴え、他の野党も含めて雇用と生活の再建が大きな争点になりました。それは、小泉構造改革によって格差と貧困が拡大し、日本の経済と社会が崩壊してしまったからです。
 地方は荒廃し、農村部における自民党の支持基盤は失われました。小泉元首相は、「自民党をぶっ壊す」という「公約」を実行したことになります。
 その小泉さんを総裁に選んだのは誰だったのでしょうか。「自民党をぶっ壊す」と宣言している人を総裁に選び、構造改革を推進してきたのは自民党ではありませんか。その結果としての総選挙敗北であるとすれば、小泉総裁の選出もまた、今回の「自滅選挙」を準備したと言えるのではないでしょうか。

 2006年に小泉さんは首相の座を去り、その後、安倍、福田、麻生と、3代に渡って自民党の首相が登場します。いずれも、世襲議員であり、元首相の孫や子どもでした。
 しかし、この3人の首相はたった1年でその地位を去ります。安倍さんと福田さんは無責任に首相の地位を投げ出し、世襲議員の弊害が問題になりました。
 国民的な人気があるとか、選挙になれば支持が期待できるなどということで、この3人を総裁に選んだのも自民党ではありませんか。しかも、圧倒的な多数で……。
 3回もチャンスがありながら、まともな総裁を選ぶことができなかったのは、自民党自身だったのです。これを「自滅」と言わずして、何と言ったらよいのでしょうか。

 そして、最後の総裁として登場したのが、麻生さんです。このような人を「最終兵器」として送り込んでしまったところに、自民党の不幸がありました。
 総選挙で勝つためには自分よりも麻生さんの方がふさわしいと、福田さんが自ら身を引いたにもかかわらず、折からの金融危機もあって解散をためらい、グズグズと一年近くも引っ張った挙げ句の惨敗です。「あの時解散していれば、これほど負けなかった」などと、今頃になってから言い訳しているのも、見苦しい限りでしょう。
 与謝野さんなど他にも候補者がいたのに、こんな人を総裁に選んでしまったも自民党です。麻生さんを支持した人々は、「こんな人」だったということを知らなかったのでしょうか。

 いや、麻生さんには「最終兵器」としての資質や能力がないということに、自民党は気がつきました。それも、衆院解散の直前に……。
 細田幹事長などの三役では選挙は勝てないと言っていたのに、その三役を留任させ、古賀選対委員長でなければ選挙は勝てないと言っていたのに、その古賀さんを辞任させ、麻生さんでは選挙を戦えないと言っていたのに、その麻生さんの下で総選を戦いました。それで負けたのですから、言っていたとおりになっただけです。
 「麻生降ろし」によって、「この人ではダメだ」と自民党自身が大宣伝していたわけですから、国民に支持されるわけがないでしょう。自分たちが引きずり下ろそうとしていた人物をトップにしたまま国民に支持を訴え、選挙で勝てるとでも考えていたのでしょうか。

 こうして、自民党は今度の選挙で「自滅」してしまいました。政治改革によって小選挙区制を導入しなかったならば、小泉さんを総裁に選ばず、構造改革によって経済と社会、そして「自民党をぶっ壊」さなければ、その後継に、安倍さん、福田さん、麻生さんを選ばなければ、そして、自ら選んだ麻生さんを選挙直前になって引きずり下ろそうなどとしなければ、選挙で勝つチャンスはあったかもしれません。
 そのチャンスの一つ一つを、自民党は自らつぶしてしまったのです。ばん回できたかもしれない機会があったのに、それを生かすことができなかったのは、自民党自身なのです。
 こうして「自滅選挙」に突入し、事前の予想通り、自民党は「自滅」してしまいました。その結果、新たに生じたのが「2009年体制」です。

 「2009年体制」は、「55年体制」後の新しい政党制を意味しています。その特徴は、次のような点にあります。
 第1に、1955年の結党以来、自民党は初めて第1党の座を失いました。これによって、「自民党中心の一党優位政党制」としての「55年体制」は最終的に消滅したことになります。
 第2に、民主党と自民党との議席比は約3対1ですが、比例代表での得票で換算すれば、民主、自民、公明、共産、社民、みんなの党の比率は、10、6、2.8、1.5、1、1になります。つまり、現実にできあがったのは「二大政党制」ではなく、外見的には「一党優位政党制」で実質的には「多党制」なのです。
 第3に、次の総選挙での逆転は困難で、このような政党制は中・長期的に継続する可能性があります。マスコミが二大政党制論に囚われているのは、前回の自民党大勝、今回の民主党大勝のような形で、政権交代が繰り返されると思い込んでいるからです。
 しかし、05年の自民党大勝は「小泉マジック」による一時的なものですが、今回の民主党大勝は自民党の自滅による構造的なものです。「生命維持装置」であった公明党の支援を期待できず、民主党などの施策の効果が現れる次回以降の総選挙で、自民党がばん回できる可能性はありません。

 こうして、政治の構造は転換し、新しい政党制が登場しました。これは「2009年体制」の成立です。
 今回の総選挙は、選挙による一種の「革命」でした。用いられたのは武器ではなく、一票を用いた決起によって、それは達成されたのです。
 この転換の意味を過小評価してはなりません。「革命」によってもたらされた変革の深さと射程が明らかになるのは今後のことであるとはいえ……。

 最後に、一つ注意しておきたいことがあります。問題は、「どう変わるか」を問うことではなく、「どう変えるか」を問うことだということです。
 政治は大きく変化しました。これから必要なことは、この変化を、根本的で広範囲の変化を生み出すためにどう生かしていくかということでしょう。
 私たち自身の主体的な対応が問われる時代が始まったのです。歴史を傍観し解釈するのではなく、参加し創造する時代が……。