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9月27日(日) 義母が亡くなりました [日常]

 昨晩、午後9時ちょうどに、義母が息を引き取りました。享年89でした。

 約15年前の冬、降る雪を払い落とそうと、義母が縁側に出たときのことです。スリッパを履いていたために滑り、前向きに倒れてしまいました。
 運悪く、そこには庭石がありました。石に額を打ちつけ、頚が折れるような形になったのです。
 しかも、義母は後縦靱帯骨化症によって脊髄の回りが骨化しており、それによって脊髄が切断されてしまいました。以後、下半身が動かなくなり、寝たきりの生活が続くことになります。

 15年の闘病生活でした。半身不随となって、ずいぶんと辛い思いをしたことだろうと思います。
 同居している私の娘は、元気に歩き回っていた頃の祖母の姿を記憶していないでしょう。車いす姿のお祖母ちゃんしか覚えていないにちがいありません。
 義母は、再び立ち上がることなく、あの世へと旅立ちました。旅行好きな義母でしたから、ベッドから自由になれ、風のようになって大空を駆けめぐることができて喜んでいるかもしれません。

 関係者の皆様には、生前の義母に対するご厚情に、心から感謝いたします。とりわけ、手厚い介護や看護でお世話になりましたヘルパーの皆さん、医師・看護師の皆さんに厚くお礼申し上げます。

 なお、昨日帰宅しましたら、職場の人権研究会から雑誌『職場の人権』9月号(第60号)が送られてきていました。これには、5月30日に行った私の講演「労働の規制緩和-いまこそチェックすべきとき」の記録が掲載されています。
 もし、お目にとまるようなことがありましたら、ご一読いただければ幸いです。

9月26日(土) 現場に足を運び国民の声に耳を傾ける閣僚たち [政権交代]

 鳩山首相の国連総会への出席と外交デビューは大成功だったと思います。このような形で日本外交の発信力が示され、それに対する注目が高まったのは、初めてのことではないでしょうか。

 鳩山首相は、国連気候変動首脳会合、安保理の核不拡散・核軍縮首脳会合、国連総会演説の三つをこなし、ピッツバーグでのG20金融サミットにも出席しました。英語で演説し、温室効果ガスの1990年比25%削減、途上国支援の「鳩山イニシアチブ」の提唱、「非核三原則の堅持」などを言明して大きな拍手を浴びました。
 ピッツバーグには私も行ったことがありますが、川に囲まれた丘の上にあるきれいな町です。かつての鉄鋼の町から、今ではIT関係の研究所などの町に変貌しています。
 今朝のNHKテレビで報じられた記者会見では、鳩山さんは原稿も見ずに発言していました。原稿を読み上げても漢字を読み間違えていた麻生前首相とは大違いです。

 もう、「アメリカのスカートの陰から世界を見る」日本ではなくなったのです。独自の目標を掲げて世界をリードする日本への転換が始まりました。
 「外交」が復活した、ということでもあります。アメリカの意を受けた外務官僚のシナリオに従って行動していたこれまでの日本には、「外交」など存在してなかったのですから……。
 もちろん、沖縄の普天間基地の移転問題やインド洋での給油問題などではアメリカとの違いがあります。それは、これからじっくりと交渉すればよいことです。違いがあるからこその交渉なのですから……。

 鳩山首相の不在中、各大臣は精力的に歩き回っていました。現場に出かけて、自分の目で見て関係者の意見を聞くという姿勢も、新しい政権の特徴であると言えるでしょう。
 政治家や行政官であれば当然とも言える現場主義も、これまでは実行されてきませんでした。問題があったとき、現場に来てその目で見て、関係者の意見を聞いて欲しいと言っても、なかなか大臣が足を運ぶことはありませんでした。
 しかし、前原国交相は八ッ場ダムや川辺川ダムの建設予定地に、赤松農水相は築地市場に、川端文科相は東京海洋大などに、北沢防衛相は沖縄に、直接出かけて関係者から話を聞いています。政治の風景は、大きく変わりました。

 なかでも、注目されているのは八ッ場ダムの中止問題です。色々な意見はあるでしょうが、「無駄なものは作らない」ということが基本でしょう。
 「7割もできている」と言われていますが、予算の7割が支出されているというにすぎません。予算を7割も使って、それでもなお本体工事が始まっていないのが現実です。
 その予算も、04年の変更によって当初の2100億円が4600億円に倍増されています。ダム本体の入札は延期され、軟弱な地盤による地滑り対策やダム完成後のランニング・コストなども含めると、いくらかかるか分かりません。「中止した方が高くつく」と言う声もありますが、このような方に「それでは、継続した場合いくらかかるのか」と尋ねても、答えることはできないでしょう。

 「ダム湖を観光資源に」という意見もあるそうですが、風光明媚な峡谷の方がずっと「観光資源」としての価値は高いでしょう。今日の『東京新聞』の「特報」欄に、「渓谷や温泉、遺跡などの資源を生かし、国の生活再建を得ていけば、地域の再生は可能」という意見が紹介されていますが、私もそう思います。
 57年間かかってもまだダム本体の工事が始まっていないという事実自体が、この事業の必要性の低さを立証しています。まだ本体工事が始まっていない今が、中止する最後のチャンスではないでしょうか。
 前原国交相は、地元住民を犠牲にし自然を破壊して必要性の低いダムを建設するという自民党政権の愚行の尻ぬぐいをさせられています。地元住民も話し合いを拒むことなく、最も犠牲の少ない形で解決するために、一緒に知恵を出し合うべきではないでしょうか。

 これまでは、政府の方針に意義を申立てる場合、担当の省庁に出かけていって現場に来て直接意見を聞けと求めるのが通例でした。その場合、往々にして門前払いされてきたものです。
 しかし、今回は、担当の大臣が現場に出かけて行って意見を聞こうとしました。これに対して、住民の側が姿を現さずに門前払いを食わせました。
 これまでとは、逆になっています。対話を求めるのではなく拒否する「住民運動」もあるということなのでしょうか。

 そう思って報道を見ていたら、驚くような情報がウェッブに出ていました。最近よくテレビで目にする女性は、どうも一般の「住民」というわけではないというのです。
 この女性は、建設推進派の長野原町議会議員でダム特別委員会副委員長の星河由起子さんという方だというではありませんか。なるほど、威勢がよいはずです。
 もし、それが本当だとすれば、批判は免れません。一般の住民を装って建設推進派の町議を登場させ、その意見だけを一方的に放映するのは報道の公平性を疑わせることになり、テレビ報道としては自殺行為に等しいものではないでしょうか。

 なお、現在発売中の『日本労働研究雑誌』2009年10月号(No.591)は、「企業別労働組合の現在と未来」を特集しています。この特集号の巻頭提言として、私の論攷「戦後労働運動の第3の高揚期を生み出す新たな条件が生まれている」が掲載されました。
 もし、お目にとまることがありましたら、ご一読下さい。

9月25日(金) 日本政治のベクトルが「反転」した [政権交代]

 日本政治のベクトル(方向性)全体が、「反転」しつつあるようです。それが向かおうとしている方向は、これまでの日本の針路を大きく転換することになるでしょう。

 拙著『労働再規制-反転の構図を読みとく』を書くきっかけは、労働の規制緩和における「反転」に気がついたことでした。その前に日本経済評論社から出した『労働政策』を執筆していたときのことです。
 原稿を書きながら、どうも労働政策をめぐる最近の状況に変化が起きているのではないか、という気がしてきました。調べてみて、構造改革をめぐる潮目が変化し、徐々に「反転」しつつあることが確認できました。そのとき、「これで日本は救われる」と思ったものです。
 その「反転」が、総選挙での自公政権の惨敗と政権交代という形で結実しました。鳩山政権が発足してまだ一週間足らずですが、その後の動きを見るにつけても、こう言いたいと思います。「これは革命だ。これで日本は救われる」と……。

 もちろん、変化はまだ始まったばかりです。新政権はよちよち歩きを始めたところであり、多くの問題をはらんでいることは明らかです。
 前途は楽観できないと思います。不十分な点や矛盾も見えてきています。
 しかし、それでも、政治のあり方が自公政権の時と大きく異なってきていることは、誰にも否定できないでしょう。このような変化を歓迎し、それをさらに強めるためにどうするべきかが今後の課題です。

 政権が交代しても、政治の中身が変わらなければ意味がありません。今回は、そうなっていないという点が重要です。
 政治の哲学や政策の方向性が大きく「反転」しつつあります。政(族)・官・財(業)の癒着による利益誘導型開発政治という古い自民党政治と、その後の新自由主義的な小泉構造改革という新しい自民党政治の両方からの「反転」です。
 この意味で、鳩山政権は「二つの過去」との決別を志向する政権であると言えるでしょう。それは緒についたばかりですが、方向性は明確です。

 今後は、この方向がぶれないように見守り、働きかけていくことが重要でしょう。さし当たりは、構造改革によって破壊された雇用と労働、教育、保育、介護、医療の分野での転換と立て直しが急務です。

 なお、連合通信社が発行している『連合通信』の特信版(No.1041、2009.9.20)に私の論攷「新連立政権への期待と注文」が掲載されました。「労働と生活の改善を」という表題です。
 もし、お目にとまることがありましたら、ご一読下さい。

9月22日(火) 政官財癒着の利益誘導型政治と構造改革路線の両方に対する反省が前提 [自民党]

 土曜日からの連休。シルバーウィークなのだそうです。
 仕事の関係で、今日は研究所に出勤しました。今日から後期の授業が始まっているはずなのに、多摩キャンパスは静かなものです。

 連休とはいっても、普段の休日と変わりません。今月中に、論文を2本、仕上げなければなりませんから、家にいるというだけの「休日」です。
 それでも、土曜日には、デビュー50周年記念という中村紘子さんのピアノ・リサイタルでサントリーホールに行きました。ここには、7月にもモスクワ管弦楽団のコンサートで来たばかりですが、どちらも知人に招待してもらったからです。
 正直に申せば、音楽の善し悪しはよく分かりません。そんな私にも、中村さんのピアノは、芳醇なウィスキーの香りが上り立つような円熟味あふれる熟達した演奏だったような気がしました。

 ところで、自民党の総裁選挙です。西村、河野、谷垣の3人の方が立候補しています。
 一方で「世代交代」、他方で「全員野球」が叫ばれています。しかし問題は、それによって何をめざし、何を実現しようとするのか、ということでしょう。
 自民党の敗北は、古い自民党のやり方と新しい自民党のやり方の両方が国民によって拒否されたために生じました。この両者に対する反省と、そのいずれでもない政治のあり方が示されなければ、自民党の再生は不可能でしょう。

 古い自民党のやり方とは、政(族)・官・財(業)の癒着による利益誘導型政治です。これは、旧日本型とでも言うべき開発主義的経済発展の政治でした。
 新しい自民党のやり方とは、新自由主義的な構造改革路線です。これは、アメリカ型とでも言うべき規制緩和と民営化の政治でした。
 このいずれもが失敗し破綻したために、自民党は歴史的な役割を担うことができなくなったのです。したがって、旧日本型とアメリカ型の両者に対する反省と、そこからの転換が前提とされなければなりません。

 民主党が掲げている旗印は、「官僚政治の打破」と「生活が第一」です。前者は旧日本型に代わるものであり、後者はアメリカ型が生み出した問題の解決を目指すものです。 つまり民主党は、それなりに、旧日本型とアメリカ型に代わる「第三の道」を指し示していました。だからこそ、総選挙で国民の支持を得ることができたのです。
 一方では、官僚に対する政治の優位を打ち出し、新しい政・官関係を生み出そうとする模索が続いています。他方では、構造改革が生み出した貧困と格差の拡大を是正するために、再分配政策に着手しようとしています。

 自民党は、このような民主党に対抗する新しい政治の姿を示さなければなりません。官僚政治を打ち破り国民の生活を立て直すことができるような「もう一つの選択肢」を示すことができるかどうかが、今回の総裁選挙では問われているはずです。
 しかし、候補者の誰一人として、そのような問題意識を持ち合わせているようには見えません。「世代」と「派閥」に目が奪われ、時代が提起している課題を自覚できていないということです。
 ここに、自民党の最大の危機があるというべきでしょうか。このままでは、誰がなっても、自民党が勢いを盛り返すのは難しいように見えます。
 
 なお、以上の点について、詳しくは、24日(木)の夜、アジア記者クラブでの講演でお話しさせていただくつもりです。関心のある方は、渋谷区勤労福祉会館までお越しいただければ幸いです。

9月17日(木) 挙党一致で政策の実現を目指した実務型内閣 [内閣]

 鳩山新政権が発足しました。このような明確な形で政権交代が実現したのも、それが労働組合をも支持基盤とするプロ・レイバー政権であるのも、憲政史上初であり、もっと言えば、日本の歴史始まって以来のことになります。
 鳩山新首相自身、「未知との遭遇」と言っていましたが、史上初の新しい政権ですから前例はなく、全てが「未知との遭遇」となるのは当然でしょう。というより、前例にとらわれず、あらゆる場面で新しい境地を開いてもらいたいものです。大いに期待したいと思います。

 新政権の顔ぶれは、このような期待に添うものであるといって良いでしょう。民主党内の各グループや旧出身政党のバランスを取った構成になっていますし、連立政党への配慮やそれぞれの分野の政策通の配置など、よく考えられていると思います。
 連立のパートナーでは、福島さんを少子化や男女共同参画、消費者問題の担当にし、亀井さんに郵政や金融問題をお願いしたのは、まさに適材適所だといえるでしょう。また、「ミスター年金」の長妻さんを厚生労働相にしたり、岡田さんを外相にしたりしたのも適材適所であると思います。
 藤井さんを財務相に、仙谷さんを行政刷新担当相として入閣させたのも注目されます。どちらも小沢さんの意向に添うものとは言えず、鳩山さんが独自性を貫いた点ではないでしょうか。

 ただし、いささか物足りないのは、野田佳彦さんや細野豪志さんなど若手の論客が起用されなかったことです。蓮舫さんや小宮山さんなど知名度のある女性や民間人も入閣しませんでした。
 これらも、人気よりも信頼性を重視したためでしょう。「お友達内閣」や「サプライズ人事」とは無縁であるという点では、マイナスであるよりもプラスに評価すべきかもしれません。
 重厚で手堅い布陣によって政策の実現を最優先に取り組むという強い決意がにじんでくるような顔ぶれです。先ずは、「お手並み拝見」ということで、その手腕に注目したいと思います。

 こうして、新政府は船出しました。日本という国自体が嵐に遭遇しているときの船出ですから、荒波にもまれることは必定でしょうが、難破することのないよう、慎重かつ大胆な舵取りを心がけてもらいたいと思います。
 とはいえ、鳩山さんには麻生さんの後任であるという幸運があります。前任者の麻生さんに比べれば、何を言っても何をやっても、ずっとましに見えるにちがいないでしょうから……。

9月15日(火) 麻生さんの暴言・失言は初めから分かっていたはずなのに [自民党]

 今日は、アメリカでの「リーマン・ショック」からちょうど1年になります。そして明日は麻生内閣最後の日ということになります。
 約1年前、福田前首相から託された解散・総選挙を先延ばしし、結局、麻生首相は総選挙で未曾有の敗北を招いてしまいました。これについて、今日の『日経新聞』は次のように書いています。

 当初は就任直後の内閣支持率の高いうちに衆院を解散しようと模索した首相。最大の誤算は、大規模な経済対策が支持率維持に結びつくとの自負から解散先送りを選んだことだ。解散を先送りするうちに失言が相次ぎ、施政者にとって大切な有権者からの共感を一気に失った。

  「解散先送り」は大失敗でした。昨年の今頃、解散を選択していれば、少なくとも、「失言が相次ぎ、施政者にとって大切な有権者からの共感を一気に失」うというようなことはなかったでしょうから……。
 それにしても不思議なのは、麻生首相の「失言」です。このような形で、「有権者からの共感を一気に失」う可能性があることは、最初から分かっていたはずでしょうに……。
 現に、昨年の今頃、雑誌の編集部からインタビューされた私は、次のように述べています。

 今度の選挙ではっきりしていることは、自民党にとって勝利はなく、負けをどの程度に押さえられるかということだけです。麻生さんが暴言・失言で新首相としての人気を失う可能性もありますから、自民党にとっては厳しい選挙でしょう。(「巻頭インタビュー 総選挙で問われるもの」『建設労働のひろば』No.68、2008年10月号)

 わたしはここで、「麻生さんが暴言・失言で新首相としての人気を失う可能性もあります」と言いました。約1年前に私が予測できたほどですから、自民党の中でこのような心配をした人もいたにちがいありません。本人の麻生さんだって、「暴言・失言で新首相としての人気を失う可能性」に気がついていたはずです。
 それなのに、何故、このような人をトップリーダーに選んでしまったのでしょうか。どうして、麻生首相は自重自戒せず、あのような形で失言を繰り返してしまったのでしょうか。
 1年近くも前から、「自民党にとっては厳しい選挙」であることが分かっていたのに、ズルズルと今日に至ってしまったのが実状です。それほどに、危機意識が希薄だったということなのかもしれません。

 この点からしても、自民党は歴史的役割を終え、退場することを運命づけられていたのだといわざるを得ないでしょう。「二大政党制論」に幻惑された人々は、盛んに自民党の再起を論じていますが、そんなことがあってはなりません。
 そもそも、ポスト小泉を争った「麻垣康三」の最後の1人である谷垣禎一さんが後継総裁候補に名乗りを上げること自体、古い自民党の姿そのものではありませんか。これでは、再起など不可能でしょう。
 このような自民党に対しては、次のような言葉を贈りたいと思います。前掲の私のインタビューの先の方で述べた部分になります。

 もし、自公両党で過半数を失って政権交代となると、自民党の方が分裂の危機におちいります。というより、この機会に分裂させ、完膚なきまで打ちのめさなければなりません。94年の村山政権の時は、せっかく社民党が首相を握ったのに自民党が許容する政策の枠内でしか動けず、その延命と復権を手助けする結果になりました。この轍をふむべきではありません。野党になった自民党が再起不可能になるくらい決定的な打撃を与えるべきです。

 とはいえ、自民党は今では、分裂する元気もなさそうです。

9月12日(土) 「自滅選挙」による「2009年体制」の成立 [政党]

 自民党が行ったネガティブキャンペーンは逆効果だったということがハッキリしました。今後の日本の政治運営や選挙のあり方を考えるうえで、重要な調査結果だと言えるでしょう。

 メディア研究者らが組織している「間(かん)メディア社会研究会」の調査によれば、自民党による批判CM等を見た有権者の約6割が「自民党に対して悪い印象を持った」と回答したそうです。今回の調査をした主査の遠藤薫学習院大教授は、自民党の民主党批判は「日本で初めての本格的なネガティブキャンペーン」だったと指摘し、「有権者は良識を持って行動した」と分析しています。
 選挙中から、民主党を標的にした自民党のCMや、他党を誹謗・中傷するビラや演説は逆効果だと指摘されていました。それが調査によって裏付けられ、国民の「良識」が実証されたというわけです。
 総選挙のキャンペーンで、自民党は「自滅」したようなものでしょう。しかし、このような「自滅」現象は選挙中だけに限られたものではなく、今度の総選挙全体が自民党にとっては「自滅選挙」だったと言うべきものでした。

 自民党の多くの議員は小選挙区で民主党に敗れ、そのうちの何人かは比例代表区で救われました。このような選挙制度導入の中心になったのは、誰あろう、自民党自身でした。
 小選挙区比例代表並立制を含む政治改革関連4法案は、1994年1月28日の細川護煕首相と河野洋平自民党総裁の会談での合意をもとに成立します。この時反対したのは、共産党だけでした。
 当初、小選挙区300、比例代表区200だった定数は、その後、比例だけ削られ、今日のように180とされました。このような比例区定数の削減を行わなければ、今回、復活当選できた自民党の候補者はもっと多かったでしょう。
 選挙制度に小選挙区を導入し、その比率を増やしてきたのは自民党であり、その結果、今回のような大敗を制度的に準備することになりました。これこそ、「自滅選挙」の最たるものではないでしょうか。

 今回の選挙で、民主党は「国民の生活が第一」と訴え、他の野党も含めて雇用と生活の再建が大きな争点になりました。それは、小泉構造改革によって格差と貧困が拡大し、日本の経済と社会が崩壊してしまったからです。
 地方は荒廃し、農村部における自民党の支持基盤は失われました。小泉元首相は、「自民党をぶっ壊す」という「公約」を実行したことになります。
 その小泉さんを総裁に選んだのは誰だったのでしょうか。「自民党をぶっ壊す」と宣言している人を総裁に選び、構造改革を推進してきたのは自民党ではありませんか。その結果としての総選挙敗北であるとすれば、小泉総裁の選出もまた、今回の「自滅選挙」を準備したと言えるのではないでしょうか。

 2006年に小泉さんは首相の座を去り、その後、安倍、福田、麻生と、3代に渡って自民党の首相が登場します。いずれも、世襲議員であり、元首相の孫や子どもでした。
 しかし、この3人の首相はたった1年でその地位を去ります。安倍さんと福田さんは無責任に首相の地位を投げ出し、世襲議員の弊害が問題になりました。
 国民的な人気があるとか、選挙になれば支持が期待できるなどということで、この3人を総裁に選んだのも自民党ではありませんか。しかも、圧倒的な多数で……。
 3回もチャンスがありながら、まともな総裁を選ぶことができなかったのは、自民党自身だったのです。これを「自滅」と言わずして、何と言ったらよいのでしょうか。

 そして、最後の総裁として登場したのが、麻生さんです。このような人を「最終兵器」として送り込んでしまったところに、自民党の不幸がありました。
 総選挙で勝つためには自分よりも麻生さんの方がふさわしいと、福田さんが自ら身を引いたにもかかわらず、折からの金融危機もあって解散をためらい、グズグズと一年近くも引っ張った挙げ句の惨敗です。「あの時解散していれば、これほど負けなかった」などと、今頃になってから言い訳しているのも、見苦しい限りでしょう。
 与謝野さんなど他にも候補者がいたのに、こんな人を総裁に選んでしまったも自民党です。麻生さんを支持した人々は、「こんな人」だったということを知らなかったのでしょうか。

 いや、麻生さんには「最終兵器」としての資質や能力がないということに、自民党は気がつきました。それも、衆院解散の直前に……。
 細田幹事長などの三役では選挙は勝てないと言っていたのに、その三役を留任させ、古賀選対委員長でなければ選挙は勝てないと言っていたのに、その古賀さんを辞任させ、麻生さんでは選挙を戦えないと言っていたのに、その麻生さんの下で総選を戦いました。それで負けたのですから、言っていたとおりになっただけです。
 「麻生降ろし」によって、「この人ではダメだ」と自民党自身が大宣伝していたわけですから、国民に支持されるわけがないでしょう。自分たちが引きずり下ろそうとしていた人物をトップにしたまま国民に支持を訴え、選挙で勝てるとでも考えていたのでしょうか。

 こうして、自民党は今度の選挙で「自滅」してしまいました。政治改革によって小選挙区制を導入しなかったならば、小泉さんを総裁に選ばず、構造改革によって経済と社会、そして「自民党をぶっ壊」さなければ、その後継に、安倍さん、福田さん、麻生さんを選ばなければ、そして、自ら選んだ麻生さんを選挙直前になって引きずり下ろそうなどとしなければ、選挙で勝つチャンスはあったかもしれません。
 そのチャンスの一つ一つを、自民党は自らつぶしてしまったのです。ばん回できたかもしれない機会があったのに、それを生かすことができなかったのは、自民党自身なのです。
 こうして「自滅選挙」に突入し、事前の予想通り、自民党は「自滅」してしまいました。その結果、新たに生じたのが「2009年体制」です。

 「2009年体制」は、「55年体制」後の新しい政党制を意味しています。その特徴は、次のような点にあります。
 第1に、1955年の結党以来、自民党は初めて第1党の座を失いました。これによって、「自民党中心の一党優位政党制」としての「55年体制」は最終的に消滅したことになります。
 第2に、民主党と自民党との議席比は約3対1ですが、比例代表での得票で換算すれば、民主、自民、公明、共産、社民、みんなの党の比率は、10、6、2.8、1.5、1、1になります。つまり、現実にできあがったのは「二大政党制」ではなく、外見的には「一党優位政党制」で実質的には「多党制」なのです。
 第3に、次の総選挙での逆転は困難で、このような政党制は中・長期的に継続する可能性があります。マスコミが二大政党制論に囚われているのは、前回の自民党大勝、今回の民主党大勝のような形で、政権交代が繰り返されると思い込んでいるからです。
 しかし、05年の自民党大勝は「小泉マジック」による一時的なものですが、今回の民主党大勝は自民党の自滅による構造的なものです。「生命維持装置」であった公明党の支援を期待できず、民主党などの施策の効果が現れる次回以降の総選挙で、自民党がばん回できる可能性はありません。

 こうして、政治の構造は転換し、新しい政党制が登場しました。これは「2009年体制」の成立です。
 今回の総選挙は、選挙による一種の「革命」でした。用いられたのは武器ではなく、一票を用いた決起によって、それは達成されたのです。
 この転換の意味を過小評価してはなりません。「革命」によってもたらされた変革の深さと射程が明らかになるのは今後のことであるとはいえ……。

 最後に、一つ注意しておきたいことがあります。問題は、「どう変わるか」を問うことではなく、「どう変えるか」を問うことだということです。
 政治は大きく変化しました。これから必要なことは、この変化を、根本的で広範囲の変化を生み出すためにどう生かしていくかということでしょう。
 私たち自身の主体的な対応が問われる時代が始まったのです。歴史を傍観し解釈するのではなく、参加し創造する時代が……。

9月11日(金) 選挙制度のカラクリがなければ「9.11事件」は避けられたかもしれない [選挙]

 前回の更新から5日も間が開いてしまいました。論攷を書いたり、手を入れたりしていたからです。

 この間、『企業と人材』に「心に残る私の1冊」、『産業訓練』に巻頭言、『連合通信』に新政権への注文、『月刊社会民主』にも新政権と社民党への期待と注文を書きました。いずれも、これから刊行される最新号に掲載されると思います。
 まだ刊行されていないものでは、このほかに『職場の人権』と『日本労働研究雑誌』に書いたものがあります。前者は5月に行った講演のテープを起こした論攷で、後者は労働組合運動を特集した号の巻頭言です。
 もし、お目にとまるようでしたら、ご一読いただければ幸いです。

 さて、今日は「9月11日」です。あのワールド・トレードセンターに対する同時テロ事件があった日です。
 この事件を、私はスウェーデンのストックホルムで知りました。ナショナルセンターのLO(労働総同盟)への聞き取りを終えたとき、「ところで、アメリカは大変でしたね」と言われましたが、当初、何のことだか分かりませんでした。
 慌てて外に飛び出し、英字新聞を買って初めて事件の概要を知りました。あれから、8年の月日が経ったことになります。

 このような事件は、もし、大統領がブッシュではなくゴアであったなら起きただろうか、と時々思うことがあります。少なくとも、事件への報復として始められたアフガン攻撃やイラク戦争は、大きく様相を異にしていたのではないでしょうか。
 アメリカの大統領がブッシュではなくゴアであったなら、犠牲となった人々の命は失われず、世界の歴史は変わっていたかもしれません。あの2000年の大統領選挙で、ブッシュさえ大統領に選ばれていなかったなら……。

 実は、この大統領選挙で、ブッシュは選ばれていませんでした。それは、問題になったフロリダ州での手集計のことを指しているのではありません。
 ブッシュ陣営に有利な結果となった手集計の問題があってもなお、アメリカ国民はブッシュではなくゴアを選んでいたのです。なぜなら、ゴア候補が得た最終得票は5099万6116票で、ブッシュ候補の5045万6169票より53万9947票も多かったのですから……。
 普通なら、これでゴア候補が当選していたはずです。しかし、選挙人を選ぶ間接選挙であったために、ブッシュ候補が271人でゴア候補が267人と、たった4人の差でブッシュ当選となってしまったのです。

 これを、制度のカラクリと言わずして、何と言ったらよいのでしょうか。このカラクリのお陰でゴアではなくブッシュが大統領になり、そのブッシュのお陰でアメリカ国民は大きな不幸に見舞われることになりました。
 アメリカの民意は、ブッシュではなくゴアを選んでいたのです。それは、まことに正しい選択でした。
 しかし、選挙制度のカラクリによって、この民意は歪められ、アメリカ国民のみならず全世界に大きな災厄をもたらし、世界史を変えてしまったのです。何ということでしょうか。

 「9.11事件」にしても、その後のアフガン攻撃やイラク戦争も避けられたかもしれません。もし、大統領選挙で示されたアメリカ国民の民意がそのまま生かされ、ブッシュではなくゴアが当選していたなら……。
 歴史に「イフ」は許されないと言います。しかし、選挙制度のカラクリがどれほど大きな災厄と不幸を引き起こすかという教訓として、この「イフ」は十分に考えてみる価値があるのではないでしょうか。

 なお、今月中に、まだ論文を2本、書かなければなりません。9月24日(木)には「アジア記者クラブ」主催の講演も予定されていますので、その準備もあります。
 大学の夏休みは15日までありますが、私にとってはもう終わりです。再び、忙しい毎日が始まります。

9月6日(日) 比例代表区での民意は何を示していたのか [選挙]

 昨日のブログで、私は「民主党は、比例代表区の定員削減ではなく、小選挙区制を廃止して比例代表的な選挙制度の導入を検討するべきでしょう」と書きました。それでは、比例代表的な制度だったら、民意は何を示していたのでしょうか。
 今回の選挙での比例代表区の結果を参考に、この点を考えてみたいと思います。

 今回の選挙で、比例代表区での得票は次のようになっていました。

自民党      26.7
公明党      11.5
民主党      42.4
社民党      4.3
国民新党     1.7
日本新党     0.8
共産党      7.0
みんなの党   4.3
諸派・無所属  1.4

 これがそのまま議席率を表すとすれば、各党の議席はこの割合で分配されます。一応、参考までに議席数を掲げておきましょう。

自民党      128
公明党      55
民主党      204
社民党      20
国民新党     8
日本新党     3
共産党      34
みんなの党   20
諸派・無所属  7

 一見して、今回のような極端な議席変動が生じなかったことが分かります。自民党は10議席ほど増え、民主党は100議席ほど減っています。
 小選挙区で惨敗した公明党は55議席となって2倍以上の議席を獲得し、小選挙区でゼロだった共産党も34議席を得ることになります。民主党と連立するとされている社民党は20議席で、国民新党は8議席になっています。
 みんなの党も20議席、日本新党は3議席、諸派・無所属は7議席です。第一党である民主党の獲得議席が減り、その分、少数政党が議席を軒並み増やすことになりました。

 比例代表区が示している政党制は、民主党中心の多党制なのです。これは多様化した国民の政治的意見の反映にほかならず、「一党優位政党制」でも「二大政党制」でもありません。
 このことから、民意が選択しているのは、実は「多党制」だったということが分かります。選挙制度を比例代表制に変えれば、直ちに日本の政党制を変えることができるというわけです。
 それを、欠陥だらけの選挙制度によって、無理矢理、別の政党制に押し込んでしまったのが現在の姿なのです。「多党制」的な状況こそが現実(リアル)なのであり、「一党優位政党制」もしくは「二大政党制」は制度によって作り出された虚構(フィクション)にすぎません。

 「いや、小選挙区制は政権交代を実現するための制度だったんだ。だから、今回、政権交代が実現したんだ」という反論があるかもしれません。これについてはどうでしょうか。
 旧与党の自民党は128議席で公明党は55議席、合わせて183議席ですから、与党は過半数を失います。つまり、小選挙区制でなくても、比例代表制であっても政権交代は実現していました。
 新与党はどうなるでしょうか。民主党204議席、社民党20議席、国民新党8議席で、合計232議席になります。過半数の241議席には9議席足りません。

 ここでキャスチングボートを握るのが、共産党の34議席とみんなの党の20議席です。共産党が閣外協力すれば、新与党は266議席となって過半数を超えます。
 もし、共産党が閣外協力しなくても、みんなの党が協力すれば252議席となり、やはり過半数を超えることができます。これに日本新党の3議席が加われば、与党の数はさらに多くなります。
 つまり、小選挙区制でなくても政権交代は可能だったのです。それは連立政権にならざるを得ませんが、かえって民主党の独走などを心配する必要はなくなり、まして「小沢独裁」などは起こりようがありません。

 多様化した国民意識に対応した多党制的状況を、そのまま国会の議席配分に生かすべきではないでしょうか。特定の大政党の独走によって国政を専断するというような事態を避け、合意と協調によって政治を運営するためにも、現在の選挙制度を改め、比例代表的な制度に変更すべきだと思われますが、いかがでしょうか。

9月5日(土) 選挙を歪める小選挙区制はただちに廃止するべきだ [選挙]

 1996年に小選挙区比例代表並立制という新しい選挙制度による選挙が実施されました。今回の総選挙は、それから5回目に当たります。
 その結果は、どうだったでしょうか。どのような問題を明らかにしたでしょうか。

 まず、小選挙区比例代表並立制という選挙制度に対する私の立場を明らかにしておきます。私は、政治改革の名目で選挙制度改革がめざされ、当時の中選挙区制から小選挙区比例代表並立制に変えられようとした最初から、この制度に反対してきました。
 当時、明確な反対を表明したマスコミ人としては朝日新聞の編集委員であった石川真澄さんが良く知られていますが、この私も石川さんの後に従って反対の論陣を張りました。もし、石川さんが存命であったなら、今回の総選挙の結果を感慨深くご覧になったにちがいありません。

 この問題が政治課題として浮上した1993年に、私は『一目でわかる小選挙区比例代表並立制』という本を労働旬報社から出しています。また、この制度が導入された最初の総選挙が実施された1996年総選挙を検証し、同じく労働旬報社から『検証 政治改革神話』という本を翌1997年に出しました。
 いずれも、小選挙区制のカラクリを明らかにし、この選挙制度を批判したものです。詳しくは、この二冊の拙著をご覧いただければ幸いです。

 これらの著書で、私は小選挙区制の問題点を何点にもわたって指摘しました。そのいくつかについて、今回の選挙の結果に基づいて検証してみることにします。
 私は、前掲の拙著『一目でわかる小選挙区比例代表並立制』の第1章で「小選挙区制とは何か」を明らかにし、その第3節を「小選挙区制の問題点を洗う」と題しました。ここで私が列挙した「問題点」は、①有権者の選択と議席に大きなズレが出る、②民意の逆転が起きる、③議席にむすびつかない票=「死票」がゴマンと出る、④小さな政党は排除される、⑤政党阻止条項とは、⑥政党と議員の固定化が進む、⑦投票率が低下する、という点です。
 このうち、①③④について、今回の結果を見てみましょう。

 第1に、有権者の選択と議席に大きなズレが出るという点ですが、これは今回の結果でも明らかです。このことは、小選挙区における政党の得票率と議席占有率の乖離として示されています。
 今回の選挙では、小選挙区300議席のうち、民主党は221議席を獲得し、自民党は64議席にとどまりました。議席占有率では、民主党が73.7%、自民党は21.3%になっています。
 ところが、得票率では、民主党47.4%、自民党38.7%でした。民主党は47%しか得票していないのに議席では74%を占め、逆に、自民党は39%も得票したのに議席では21%にしかなりません。得票率での1.2倍の差が、議席率では3.5倍に増幅されてしまったのです。

 第2に、議席に結びつかない票=「死票」がゴマンと出るという点です。候補者が落選して有権者の投票が議席獲得に結び付かなかったものを「死票」といいますが、今回の選挙ではどうだったでしょうか。
 今回の「死票」は、全部で3270万票も出ています。「ゴマン(5万)」どころではありません。
 全得票数に占める「死票率」は46.3%(前回)でしたから、半分近くの投票が無駄になったことになります。それでも、民主党候補の大量当選によって投票が無駄にならず、前回の48.6%よりは多少低下したそうですが、初めから当選できないことを知りながら投票しなければならないような制度は、選挙を冒涜するものだと言うべきでしょう。

 第3に、小さな政党は排除されるという点です。今回の選挙における小選挙区での公明党の全滅ほど、この問題点を明瞭に示すものはありません。
 公明党は前回、小選挙区での「死票」は6.9%しかなく、大変、効率的に議席を獲得しました。しかし、今回は全ての小選挙区で落選し、100%が「死票」になってしまいました。
 全国152選挙区で候補者を擁立した共産党も、全ての選挙区で落選しています。社民党は3議席、みんなの党は2議席、国民新党は3議席、新党日本は1議席を獲得していますが、民主・自民両党が候補者を立てなかったり、選挙協力をしたりしたものがほとんどで、独力での当選は極めて困難になっています。

 なお、②で指摘されている「民意の逆転が起きる」というようなことは、今回はなかったようです。しかし、小選挙区制には、この点で本質的な欠陥があるということについては、もう一度強調しておく必要があるでしょう。
 この点でついて、詳しくは、前掲の拙著『一目でわかる小選挙区比例代表並立制』をご覧いただければ幸いです。いずれにしましても、このような欠陥や問題点を持つ小選挙区制は、可及的速やかに廃止されなければなりません。

 最後に、ここでもう一つ付け加えておきたいことがあります。それは、小選挙区制による大きな歪みは二重に生じているということです。
 投票の結果として生ずる歪みについては、得票率と議席率の乖離という問題点として指摘しましたが、このほかに投票する時点での歪みについても指摘しておく必要があります。これについては、ほとんど誰も問題にしていませんが、小選挙区制が持つ根本的な欠陥であり、決して無視されてはならないものです。
 それは、小選挙区に候補者を擁立していない政党の支持者が、当選可能な次善の候補者を当選させるために行った投票行動です。自公政権を倒すために選択されたやむを得ざる投票行動だったとはいえ、自分が本当は支持してもいない、あるいは懸念を抱いている政党の候補者への投票を強いられたことになります。

 このような投票行動を選択せざるを得ないような制度は、初めから自由な投票行動を阻害していると言うべきでしょう。小選挙区制は、当選できる政党の候補者を第一党と第二党に集約させることで選挙での選択肢をむりやり狭め、このどちらかに投票することを強いることによって投票の自由を歪めるという最悪の制度なのです。
 その結果、政党支持の自由を侵害し、本来的な支持に基づかない、次善のやむを得ない選択による当選者の出現をもたらすことになります。今回当選した民主党議員の中には、このような形で当選できた人も沢山含まれていることでしょう。
 投票に際しての歪みと、投票された結果における歪みとの、二重の歪みの結果としての民主党の大勝利であったということを忘れてはなりません。このような選挙制度を続けていけば、政党政治もまた大きく歪むことにならざるを得ないのではないでしょうか。

 このほかにも、小選挙区制は多くの問題を抱えています。このような欠陥制度を支持するような人を、私は民主主義者とは認めません。
 民主主義の基軸をなす選挙を歪める小選挙区制は、ただちに廃止されるべきです。民主党は、比例代表区の定員削減ではなく、小選挙区制を廃止して比例代表的な選挙制度の導入を検討するべきでしょう。