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1月4日(金) 「平成」時代の総括とこれからの日本(その1) [論攷]

 〔以下の論攷は、東京土建一般労働組合『けんせつ』第2268号、2019年1月1日付、に掲載されたものです。2回に分けてアップさせていただきます。〕

 失われた30年取り戻し 「活憲の時代」が開かれる

 平成の世を振り返り希望はあるのか。五十嵐仁法政大学名誉教授に寄稿してもらいました。(見出しは編集部)

 「平成」時代は、1989年から始まります。この年は中国の天安門事件、ドイツのベルリンの壁崩壊、米ソ首脳のマルタ会談による冷戦の終結宣言など世界的な大事件が続き、日本ではバブルがピークに達しました。それからの30年間に、日本はどう変わってきたのでしょうか。
 端的に言えば、「改革」の美名の下で「破壊」が続いてきた「失われた30年」でした。新自由主義と規制緩和、民営化などによってそれまでの秩序や制度が次々に打ち壊されてきたからです。
 その結果、問題が解決され新たな希望が生まれたかというと、大きな声で「ノー」と答えざるを得ません。日本が直面してきた問題は解決されるどころか、先送りされたり新たな問題が生じたりしたのですから。
  
 「改革」は逆の結果に

 「平成」時代の歴代政府は数多くの「改革」に取り組んできました。思いつくままに挙げれば、政治改革、行政改革、構造改革、雇用改革、教育改革、大学改革、司法改革、農業改革、税と社会保障の一体改革などです。
 これらの「改革」は、意図された構想を具体化し制度化したという点では確かに「成功」したかもしれません。しかし、国民生活を向上させて自由や民主主義、人権の拡大、平和の増進、国際社会での地位向上などに寄与したかというと、全く逆の結果になっています。
 政治改革、行政改革、構造改革は政治と行政の土台を掘り崩して私物化をもたらし、雇用改革は非正規労働者を増大させました。教育改革は教育と教科書の内容に介入し管理・統制を強めて現場を荒廃させ、大学改革は予算を減らして研究能力をガタ落ちさせ、司法改革は弁護士を増やしすぎて処遇を悪化させ、農業改革は家族経営の中小零細や兼業農家を切り捨てるものでした。
 税と社会保障の一体改革も社会保障サービスを切り下げて消費税を引き上げるための口実にすぎません。まさに惨憺たるもので、死屍累々たる姿が浮かび上がります。「改革」失敗のオンパレードではありませんか。
 とりわけ、安倍政権になってからの空回りは顕著です。「3本の矢」「地方創生」「女性活躍」「一億総活躍社会」「人づくり革命」「働き方改革」など鳴り物入りで始めた「目玉政策」の数々はスローガン倒れに終わり、一向に成果は上がっていません。
 しかし、このような「改革」の偽りと限界、問題点が明らかになってきたことは一歩前進です。これらの偽「改革」に代わる新たな選択肢の必要性が明確になってきたのですから。このような共通認識こそ、新自由主義と規制緩和、民営化などによる「破壊」を是正する第一歩にほかなりません。

 政治の土台崩れる 市民と立憲野党共闘へ

 「平成」時代の終焉に際して、政治の土台も崩れようとしています。政治改革によって小選挙区制や政党助成制度が導入され、民意を歪めて「死に票」を増やし、大政党の「独裁」を生み出しました。自民党内でも派閥が力を弱めて多元的な柔構造が失われ、候補者の擁立や資金の分配などに関する権限を執行部が握り、中央集権化が進んでいます。
 本来、政治改革は政党本位で政策を争うような選挙を実現し、金権政治を一掃するという目的を持っていました。しかし、政党・政策本位の選挙は実現せず、政党助成が導入されたにもかかわらず企業・団体献金の禁止は先送りされ、「政治とカネ」の問題は解決されていません。
 公的な情報の隠ぺい、公文書の改ざん、権力者への忖度、偽りの国会答弁などが蔓延し、議会審議の土台が崩れ、強行採決が横行して議会制民主主義は崩壊の危機に瀕しています。その結果、政治が私物化され、政治への信頼は大きく損なわれました。
 このようななかで、安全保障関連法反対運動などを契機に「野党は共闘」という声が高まりました。その結果、長年にわたって続いてきた「共産党を除く」という枠組みが崩れ、新たに市民と立憲野党の共闘が生み出されています。
 これは国会内での共闘や参院選などでの野党共闘に受け継がれようとしています。こうして野党連合政府の樹立を含め、新たな政治変革に向けての希望が生じたのは、30年前にはなかった巨大な政治的変化だと言えます。

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