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2月4日(日) 2017衆院選の分析と今後のたたかい(その2) [論攷]

〔以下の論攷は、『月刊全労連』No252、2018年2月号、に掲載されたものです。3回に分けてアップさせていただきます。〕

2、野党の混乱と分裂

 〇「小池劇場」の開幕と暗転

 総選挙の直前に野党第一党が姿を消すという、あり得ないはずの事態が勃発した。安倍首相が正式に衆院解散を表明した9月25日、小池知事も記者会見で新党「希望の党」の立ち上げと自らの代表就任を明らかにした。こうして「小池劇場」が幕を開け、やがて民進党の混乱と分裂に結びついていく。
 解散表明の翌26日、市民連合と民進党・共産党・社民党・自由党の4野党は政策合意に調印した。その日の深夜、小池知事と前原誠司民進党代表、連合の神津里季生会長らが帝国ホテルで密談している。『朝日新聞』の「検証 民進分裂」によれば、「民進党を解党したい。民進の衆院議員は、希望の党に公認申請させます」と前原代表が提案し、「それでいきましょう」と小池知事が応じ、同時に「全員(の合流)は困る。私は、憲法と安全保障は絶対に譲れません」と注文を付けたという(同11月19日付)。
 つまり、「全員」の合流という「なだれ込み」路線は、最初からあり得なかったのだ。そのことを知りながら、28日に開かれた両院議員総会で前原代表は事実上の解党と希望の党への合流を提案し、全員一致で承認された。小池人気を頼りに「安倍一強」を打破して生き残りを図ろうという思惑に支配されての結果だったといえる。
 しかし、このような思惑は直ぐに吹き飛んだ。29日の都庁での記者会見で、小池知事は改憲や安保で政策が一致しない民進党出身者について「排除いたします」と明言した。この「排除の論理」によって一挙に舞台は暗転し、それまで吹いていた「追い風」は「逆風」に転じた。
 こうして民進党は混乱のるつぼに投げ込まれ、10月2日には枝野幸男代表代行によって立憲民主党の結成が発表される。結局、民進党は希望の党への合流、立憲民主党への参加、無所属での立候補、そして参院議員などの民進党残留という形で、4つに分裂することになった。
 このような混乱が生じた要因は、民進党が都議選で大敗を喫したことにある。その責任を取って蓮舫代表が辞任し、後任に前原新代表が選出された。代表選挙で対立候補となった枝野氏は共産党を含む野党共闘の継続を訴えたが、前原氏は見直しを主張した。野党共闘に消極的で小池新党との連携に期待を寄せる右派グループに押されて前原氏は新代表に当選する。
 総選挙でも都議選と同様の小池新党ブームが生まれれば民進党は大敗して存亡の危機に陥る。かといって、共産党などとの野党共闘で「勝利」することも前原氏には望ましいことではなかった。周辺には「共産党と組んだら、死んでも死にきれない」(『朝日新聞』11月20日付)と話していた前原氏にとって、それは「望まざる勝利」だったのである。
 こうして、進退窮まった前原氏にとっての唯一の選択肢は、「小池に飛び込む」ことだけになった。これが「なだれ込み」路線である。しかし、民進党を道連れに飛び込んだ前原氏は「排除の論理」に翻弄されておぼれ、「小池劇場」は希望の党の失速という形で幕を引いた。「敗残の将」となった前原氏は希望の党に入り、小池知事はさっさと共同代表を辞任して都知事の椅子に舞い戻ったのである。

 〇野党共闘の試練と刷新

 民進党の新代表に選ばれた前原氏は、それまで各選挙区で行われてきた市民連合などの市民団体と共産党など立憲3党との共闘の動きには批判的だった。できれば共産党抜きで1対1の対決構図を作りたいというのが本心だったのではないか。新たに就任した野党第一党の党首が野党共闘に消極的だということも、安倍首相が突然、解散に踏み切る決断をした要因の一つだったと思われる。「前原新代表が就任したばかりの、今がチャンスだ」と。
 この安倍首相の思惑通りに前原氏は市民連合と野党との政策合意を踏みにじり、野党内に大きな混乱を持ち込んだ。しかし、突如として発生した逆流と試練に対して立憲野党は直ちに対応し、それを立て直すとともに刷新に成功した。
 衆院解散と民進党の事実上の解党がなされた9月28日、共産党は社民党との共闘に合意し、翌29日に志位和夫委員長は「安保法制廃止を守って共闘の大義に立って行動しようという方であれば、私たちは共闘を追求したい」と表明した。これらの動きは、民進党の消滅にもかかわらず連携可能な勢力が生まれれば共闘は立て直せるという展望を示す点で、重要な意味を持った。
 そして、それに応える動きが始まる。ネットなどに沸き上がった「枝野立て」という声に押される形で、枝野氏が新党「立憲民主党」を立ち上げた。背景になったのは、2016年2月の「5党合意」以来、積み重ねられてきた市民と野党との共闘である。このような経験と実績がなければ、市民の中から新党結成を求める声は上がらず、枝野氏も確信をもって新党結成に踏み切れなかっただろう。
 この立憲民主党の結成を機に、野党共闘をめぐる状況は一変する。翌10月3日、共産党は中央委員会総会を開いて対応を協議し、新党結成を歓迎するとともに枝野代表の選挙区での候補者擁立の見送りを表明した。候補者調整について都道府県別での協議を開始するとともに一本化に向けて67の小選挙区予定候補を降ろし、多くのところで自主的に支援を行った。
 こうして、立憲民主党は改選15議席を3倍以上も上まわる55議席を獲得して野党第一党となった。市民の強力なバックアップと共産党などの他の立憲野党の支援や協力なしには、このような成果を上げることはできなかったにちがいない。
 野党共闘は大きな試練に直面したが、それによって、その意義や重要性が再確認され市民の財産として再認識されたのである。それを失うまいとして多くの市民が立ち上がり、その力に押されて各政党は連携し、相互の信頼を強め、人間関係を深め、つながりを広めることができた。共闘は単に再建されただけではない。それは刷新され、よりバージョンアップされた形で生まれ変わったのである。
 第1に、共闘の核となるべき野党第一党が明確に共闘推進の立場に立つことになった。安倍9条改憲と安保法に反対するだけでなく、消費増税や原発再稼働への反対でも、民進党より明確な政策を打ち出している。旧民主党からぬぐいがたくこびりついていた負のイメージから脱却することにも成功した。野党第一党は量的に減少したけれども、質的に強化されたのである。
 第2に、この立憲民主党の躍進は市民と野党共闘の成果として達成された。とりわけ小選挙区で当選した議員の多くは、そのことを十分自覚しているにちがいない。このような実感として共闘の意義を理解できる議員が増えたことも、今後の共闘の発展にとって重要な意味を持つだろう。「手を結べば勝てる」ことを知る者が増えれば増えるほど、共闘への期待が高まり逆流は生じにくくなる。
 第3に、立憲民主党の選挙運動において、新たな政治文化が生まれた。インターネットを利用したネット戦略が功を奏し、若者を巻き込んで大きな威力を発揮した。特にツイッターやフェイスブックでは自民党のフォロワー数を抜き、投票日までに19万を超えている。街頭演説も、いかにスマートに格好良く見せるかに留意し、アーティストのプロモーションレベルに高めたという評価もあるほどだった。

 〇「立憲チームの勝利」に貢献した共産党

 野党共闘の立て直しのために力を尽くしたのが、共闘の推進力としての役割を担ってきた共産党だった。共産党は市民と野党の共闘成功を大方針にすえ、10月7日には立憲民主党・社民党とともに市民連合との7項目の政策合意を結び、協力・連携して選挙に取り組んだ。その成果が立憲民主党の躍進として結実し、市民と野党の共闘勢力が全体として大きく議席を増やすことができた。
 しかし、共産党は比例代表選挙を重点として闘ったにもかかわらず、前回の14年総選挙で獲得した20議席(606万票、11.37%)から、11議席(440万票、7.91%)への後退となった。これに沖縄選挙区で当選した1議席を合わせても12議席にすぎない。改選21議席と比べれば9議席減である。
 これは野党共闘全体で前進するための自己犠牲的な献身の結果でもあった。他の野党共闘候補に一本化するために候補者を降ろすという措置を取り、そのために様々な制約を被ることになった。小選挙区での候補者を減らせば、その分だけ政見放送の時間や選挙カーの運行台数などに制約が生ずる。それにもかかわらず候補者を取り下げたマイナスの影響が出たのである。
 また、選挙戦序盤において野党共闘の立て直しのために忙殺され、小選挙区ごとの候補者調整に手間取ったために比例代表を重点とする独自の選挙活動が手薄になったという面もある。選挙公示後、次第に野党共闘の体制が整い、小選挙区での対決構図が固まったころに比例代表への取り組みに力を入れたが、序盤の遅れを取り戻せなったということだろう。
 そして何よりも、これまで共産党に引き寄せられてきた旧民主党や維新の党の支持者や革新無党派層が、今回の選挙では立憲民主党に殺到したということではないだろうか。民主党政権や改革政党として期待をかけた維新の党などに裏切られ、失望した支持者や無党派層は共産党に期待を寄せてきた。これが地力以上の前進を可能にした背景である。
 そのために共産党は、13年の都議選から連勝街道を進み始める。同年7月の参院選、14年12月の衆院選、16年7月の参院選、そして先の都議選と、いわば連戦連勝だった。今回は一歩後退したわけだが、13年以降でみれば5勝1敗の成績になる。しかも、連携の幅は広がり、共産党の威信と信頼は高まった。次に前進できる条件と要因は十分にある。悲観することはない。
 このような選挙結果について、市民連合も以下のような「見解」を明らかにし、「日本共産党の努力を高く評価」している。立憲野党のためのサポ―ト役に徹し、ゴール前へのアシストによって得点を挙げることに貢献した共産党は、チームの勝利のために大きな役割を果たしたのである。

 「立憲民主党が選挙直前に発足し、野党協力の態勢を再構築し、安倍政治を憂える市民にとっての選択肢となったことで野党第一党となり、立憲主義を守る一応の拠点ができたことは一定の成果と言えるでしょう。この結果については、自党の利益を超えて大局的視野から野党協力を進めた日本共産党の努力を高く評価したいと考えます。社会民主党も野党協力の要としての役割を果たしました。
 そして何よりも、立憲野党の前進を実現するために奮闘してきた全国の市民の皆さんのエネルギーなくして、このような結果はあり得ませんでした。昨夏の参議院選挙につづいて、困難な状況のなかで立憲民主主義を守るための野党共闘の構築に粘り強く取り組んだ市民の皆さんに心からエールを送ります。」

 〇民進党の分裂で「また割き状態」に陥った連合

 今回の選挙に当たって、労働組合はどのように対応したのだろうか。全労連は、市民と野党の共闘実現のために力を尽くし、野党統一候補の勝利に向けて要求実現の立場での活動に参加した。傘下の単産や単組も、組合員の政党支持の自由を保障しながら、市民と立憲野党の共闘を後押しする活動に取り組んだ。
 これに対して連合は、神津会長が希望の党への民進党の合流を話し合った9月26日深夜の密談に同席し、「信義なき再編」の旗振り役の一人になっている。しかし、小池都知事の「排除の論理」によって全員の合流は不可能になり、民進党は希望の党・立憲民主党・無所属の3つに分裂した。
 これに伴って、連合の選挙支援も「また裂き状態」に陥った。連合全体として特定の政党を支援するのではなく、傘下の産別組合がそれぞれ個別に民進党系の候補者を支援するという方針を取らざるを得なくなったのである。
 民進党分裂で連合の組織内候補も3分裂した。連合傘下の産別による各候補の支援の状況は、図4(省略)の通りになっている。希望の党に対しては、自動車総連・電機連合・JP労組・情報労連、立憲民主党については運輸労連・JP労組・私鉄総連、無所属の候補者に対しては、UAゼンセン・自治労・全国農団労が、それぞれ支援する形になった。
 連合労組の場合、労働組合として特定の政党や候補者の支持を機関で決定し、組合員に支持を押し付けるという方法が一般的である。今回のように、その支持の対象が分裂したり、動向が不明であったりした場合、組合や組合員の側も振り回されることになる。特定政党支持押し付けの問題点が、より大きな形で浮き彫りになったと言える。
 これに対して、労働組合としての自主性を尊重しつつ、共同行動の実現に向けて努力した例もある。全国一般東京東部労組の地元である東京・葛飾地域の労働組合4団体が10月4日、「今回の総選挙にあたって、私たち4団体は、この間の運動の積み重ねを踏まえて、憲法改悪反対、『戦争法』廃止、『共謀罪』法廃止の世論を盛り上げるために、力を尽くします」という共同アピールを発表した。
 この4団体は、東部労組が加盟している葛飾区労協のほか、葛飾区労連・葛飾区職労・東京土建葛飾支部で、それぞれ連合、全労連、全労協と異なるナショナルセンター(労働組合の中央組織)に所属している。この4団体は、2016年5月に「労働組合の上部組織の違いを超えて、『戦争法の廃止を求める』共同アピールを発表し、その後、共同での駅頭宣伝・署名行動、学習会の開催などを行ってき」たという。
 これは野党共闘を草の根から作り上げていく貴重な例である。今後も、組合員の政党支持の自由を尊重しながら、労働組合として可能な形での共同を進めていくことが求められている。

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