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12月20日(水) 安倍9条改憲が狙っている本当の目的と理由 [憲法]

 安倍首相が憲法9条に自衛隊を明記するための改憲論を提起してから、半年以上が経過しました。いよいよ、来年が正念場になりそうです。

 安倍首相は、これまで改憲に向けての強い意向を示してきましたが、今年の5月になるまで9条改憲を正面から打ち出したことはありませんでした。当初は、改憲手続きを定めた96条を標的にして「裏口入学」などと批判されたものです。
 憲法のどこを変えるのか、衆参両院の憲法審査会において与野党で相談してほしいとまで言ったことがあります。この段階では改憲自体が自己目的化されており、どこをどのように変えるべきか、差し迫った改憲目的が明確に意識されていたわけではなかったようです。
 ところが、ここに来て、改憲の焦点が9条に絞られてきました。それは何故でしょうか。

 安倍首相は9条改憲の理由として、「多くの憲法学者や政党の中には自衛隊を違憲だとする議論が、今なお存在している。『自衛隊は、違憲かもしれないけれども、何かあれば、命を張ってくれ』というのは、余りにも無責任だ」との見解を示しています。つまり、「命を張ってくれ」と言わなければならない「何か」が、近い将来、勃発するかもしれない危機が近づいているから、急いで9条に自衛隊の存在を書き込んで、「違憲だとする議論」を封じておく必要があると考えたにちがいありません。
 では、その「何か」とは何でしょうか。安倍首相の言う「国難」がそれに当たるということではないでしょうか。つまり、第2次朝鮮戦争の勃発であり中東での戦乱です。

 安倍首相の言う「何か」とは、朝鮮半島で起きるかもしれない武力衝突であり、トランプ米大統領によるエルサレムのイスラエル首都化発言によってにわかに高まっている中東地域での混乱などへの対処を意味しているのです。どちらにしても、日本の防衛を意味する個別的自衛権だけでなく、米軍とともに集団的自衛権を行使して戦闘に加わる局面が現実になろうとしているから、急いで9条に手を入れる必要が生まれたということでしょう。
 もし米朝間の軍事衝突が始まり、日本周辺での戦闘が個別的自衛権の範囲に収まらず朝鮮半島にまで拡大した場合、自衛隊は米軍や韓国軍とともに朝鮮半島でも戦闘に参加する必要が生ずると判断しているにちがいありません。そうなった場合、今のままでは多くの問題が生じます。
 つまり、第2次朝鮮戦争など他国での戦闘への参加を視野に据えての新たな提起こそが安倍首相による9条改憲論なのです。それは「(個別的自衛権の範囲を超えた朝鮮戦争などで)何かあれば、命を張ってくれ」と言えるようにするためのものであり、あらかじめ9条に自衛隊の存在を書き込むことで、そうなった場合に生ずる問題を未然に防ごうとしているのでしょう。

 具体的には、どのような不都合が生ずるのでしょうか。

 それは第1に、今のままでは自衛隊員に戦争で死ぬことを強要できないという点にあります。憲法9条には「陸海空軍その他の戦力はこれを保持しない」とあり、自衛隊は「戦力」でも「軍隊」でもないとされてきました。また、「国の交戦権はこれを認めない」とされていますから、「交戦」したら憲法違反になります。
 そのために、「何かあれば、命を張ってくれ」と強いることができるような仕組みが欠落しています。戦闘に際しての規律を維持するためには憲兵や軍法会議が必要ですが、このような組織が存在していないからです。
 今のままでは、自衛隊員による交戦の拒否や命令違反、戦場からの逃亡や離脱を厳しく罰することができません。安倍首相が「何かあれば、命を張ってくれ」と言うのは、それを拒むことも逃げ出すこともできないようにして、確実に戦場に送って「命を張」ることを命じたいと考えているからです。

 第2に、将来あり得る海外での戦争参加に際しての違憲訴訟のリスクを避けたいという狙いがあります。今のままでは、9条を盾に取った裁判の提起が頻発し、違憲の判決が出る可能性があるからです。
 これまでも自衛隊については、1959年3月30日の砂川事件での伊達判決、1967年3月29日の恵庭事件札幌地裁判決、1973年9月7日の長沼訴訟札幌地裁判決、2008年4月14日の自衛隊イラク派兵違憲訴訟の名古屋高裁判決などが出ています。これらはいずれも個別的自衛権についての違憲判決で、集団的自衛権は対象になっていません。
 しかし、今の自衛隊は集団的自衛権を部分的に容認され、その機能と役割が大きく変わってきています。安倍首相は、民進党の大塚耕平代表の質問に答えて、9条に自衛隊を書き加えても「自衛隊の任務や権限に変更が生じることはない」と強調しましたが、それは安保法によってすでに「任務や権限に変更が生じ」た自衛隊だからです。
 安保法によって自衛隊が変わったのに憲法は変わっていません。憲法がこのままであれば、朝鮮半島や中東地域への自衛隊派遣や米軍の後方支援、すでに日米合同演習で実施されている米艦防護など、集団的自衛権の行使にかかわる「任務や権限」と憲法解釈との矛盾が拡大します。
 そうなれば自衛隊と憲法とのかかわりを問う訴訟も増えるにちがいありません。このような違憲訴訟が頻発する事態を避けるために、安倍首相はあらかじめ9条に自衛隊の存在を書き込むことが必要だと考えているのでしょう。

 第3に、戦争で戦死者が出た場合の扱いを変えたいという狙いもあると思われます。今のままでは、戦闘で亡くなった人でも靖国神社に葬ることは難しいからです。
 これまで、自衛隊の戦死者はいません。しかし、イラクなどへの海外派遣後のPTSD(心理的外傷後ストレス障害)による自殺、車両や航空機、艦船による訓練など任務中の事故や過剰業務による病気などで亡くなった殉職者は1800人以上に上ります。
 これらの殉職者は靖国神社ではなく、通常の埋葬と同じように各家の墓所に葬られ、防衛省内のメモリアルゾーンにある殉職者慰霊碑に名前が刻まれて年に1回慰霊祭が行われています。昔は、隊友会が護国神社に祭る手続きをしましたが、最高裁で違法とされ現在は行われていません。

 これについては、安保法の審議の際に亀井静香元政調会長から、以下のような批判がありました。
「この法案の一番の問題は国ために闘う自衛隊員の命を軽視していることだ。晋三君は正面から憲法を改正して自衛隊を軍隊と位置付けるのではなく、この安保法案だけで自衛隊を海外に派遣しようとしている。
 ……
 安倍総理は『首相が英霊に尊崇の念を表すことは当然だ』と靖国神社を参拝したが、自分の命令で国のために闘った自衛隊員が死んでも、靖国神社の英霊として祀られない矛盾をどう考えるのか」(『週刊ポスト』2015年8月14日号)。

 今回の9条改憲論こそ、この亀井さんの批判に対する安倍首相の回答にほかなりません。「自分の命令で国ために闘った自衛隊員が死ん」だ場合、「靖国の英霊として祀られ」るようにするために、「正面から憲法を改正して自衛隊を軍隊と位置付け」ようとしているのではないでしょうか。
 自衛隊の存在を憲法に書き込んできちんと憲法上の位置づけを与えれば、裁判で違法とされることもなくなり、以前と同じように隊友会が護国神社に祀る手続きをすることができるようになるからです。
 
 安倍首相は昨日、都内で講演して自衛隊の存在を明記する5月の憲法改正提案について「停滞した議論を後押しするために一石を投じた。ただ、その石があまりにも大き過ぎ、その後が大変だった」と述べました。突然の表明に野党からだけでなく「国防軍」明記などの改憲案を策定した自民党からも反発が出たため、根回し不足を「反省」した形だと報じられています。
 しかし、改憲について「スケジュールありきでない」としつつも、2020年の東京五輪開催を挙げ「新時代の幕開けへ機運が高まる時期だからこそ、憲法の議論を深め、国のあり方を大いに論じるべきだ」と述べ、20年の新憲法施行に期待感をにじませています。できれば、当初の目論見通りに実行したいということでしょう。
 安倍9条改憲論は自民党の本来の改憲草案からすれば公明党の加憲論などに譲歩しているため、自民党内からも反発が出ました。それへの反省などを表明し、スケジュールありきではないと一歩後退したようなそぶりを見せていますが、これらの譲歩も反省も、後退のそぶりも、全て9条改憲を確実に実現したいがための対応です。

 それだけ、本気だということなのではないでしょうか。実現が難しい自民党の改憲草案よりも他党の賛同などが得られやすい改憲案を提示することで、世論の賛成を得たいということでしょう。
 教育無償化や緊急事態条項の新設、合区解消論を抱き合わせにしているのも、維新の会を引き入れ、自民党内の反対論をなだめるための「疑似餌」だと思われます。本当は、戦争で死ぬことを自衛隊員に強要できるようにし、違憲訴訟のリスクを避けられるようにし、戦死者を靖国神社に祀ることができるようにするための9条改憲なのです。
 安倍9条改憲論に隠されている本当の理由と狙いを、正確に見抜くことが必要です。その真の危険性を幅広く知らせていくことこそ、今、緊急に求められているのではないでしょうか。

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