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11月30日(月) 戦争法案強行採決と国民のたたかい(その3) [論攷]

〔以下の論攷は、『治安維持法と現代』No.30、2015年秋季号、に掲載されたものです。3回に分けてアップさせていただきます。〕

三、たたかいの到達点と今後の展望

 実証された「反響の法則」

 戦争法案に対しては、かつてない規模での大きな反対運動が生じました。太鼓を強く打てば強く響くような「反響の法則」が実証されたように見えます。
 元最高裁長官や判事、内閣法制局長官の経験者などをはじめ、幅広い階層や年齢の人々が立ち上がりました。地方自治体の議会で反対や慎重審議の決議や要望書が採択され、議員とともに普通の市民などが運動の輪に加わりました。国会で参考人として証言したSEALDsの奥田愛基さんは、全国二〇〇〇カ所以上で数千回の抗議行動が取り組まれ、一三〇万人以上が参加したと述べています。
 デモと集会は「三・一一」後の脱原発・再稼働反対運動で再生し、秘密保護法制定阻止の運動に引き継がれ、今回の戦争法案反対のたたかいで大きく飛躍しました。もはやデモは一部の人々の特別な行動ではなく、普通の人々の日常的な表現手段になりました。それは全国津々浦々に拡大し、町内や村内など身近な生活の場でも気軽に取り組まれています。
 集会の開き方も変わりました。官邸前や国会周辺で定期的に開かれ、有名無名の人々が発言し、「わたし」を主語として自分の言葉で語られたスピーチは聞く者の胸を打ちました。非暴力のパレードやサウンドデモ、ラップ調のコール、ふらっと参加できる気安さ、視覚的なカッコよさなども、これまでにない特徴です。
 自発的な個人の参加が目立ったと言われていますが、同時に注目すべきなのはSEALDs(シールズ、自由と民主主義のための学生緊急行動)、SADL(民主主義と生活を守る有志)、高校生のT-ns SOWL(ティーンズソウル)、MIDDLEs、OLDsや「ママの会」などの新しい団体の結成が相次いだことです。
 そして、これらの新組織と労働組合などの旧組織が連携し協力したことも大きな特徴でした。労働組合の姿が見えにくかったのは、動員型での参加が少なかっただけでなく裏方として運動を支えていたからで、個人として集会に参加した組合員も多かったのではないでしょうか。

 大衆運動の「新しい質」

 このようなデモの復権と集会のモデルチェンジを通じて、大衆運動における「新しい質」が生み出されました。これは戦争法案反対運動が獲得した大きな成果です。
 第一に、大衆運動における共同の実現です。今回のたたかいを担った「戦争させない・9条壊すな!総がかり行動実行委員会」(総がかり行動実行委員会)は「戦争をさせない1000人委員会」(1000人委員会)、「解釈で憲法9条を壊すな!実行委員会」(壊すな!実行委員会)、「戦争する国づくりストップ!憲法を守り・いかす共同センター」(憲法共同センター)という三団体の合流によって誕生した共闘組織でした。
 この「総がかり行動実行委員会」は、市民運動団体である「壊すな!実行委員会」を仲立ちとし、連合系団体の「平和フォーラム」が事務局を担当する「1000人委員会」と全労連が事務局になっている「憲法共同センター」の連携によって運営されていました。このような形での共闘が実現したのは画期的だったと言って良いでしょう。 
 第二に、青年や学生、女性などが立ち上がったことです。「総がかり行動実行委員会」とともに運動を推進したのはSEALDsでしたが、これらの学生が参加してきた背景には自らの貧困と将来への不安があったように思われます。六〇年や七〇年の安保闘争での学生は使命感に基づく「他者」のための運動であったため、その後、潮が引くように沈静化しました。しかし、今回は「自己」の未来をかけた運動なのです。中途で投げ出すわけにはいかず、これからも沈静化することはないでしょう。
 また、このような若者と高齢者、個人と組織、地方・地域と国会周辺での取り組みが呼応するような形で展開されました。この両者が連動して運動の幅を広げ、質を高めることになったように思われます。
 第三に、若者や個人としての参加を促すうえで、IT(情報技術)手段が持った役割が極めて大きかったということです。デモや集会などへの参加情報の取得や拡散という点で、メールやツイッター、フェイスブック、ブログなどが活用されました。
 これは安保闘争などこれまでの社会運動とは根本的に異なる点です。運動の拡大や情報の受信と発信においてインターネットやSNS(ソーシャル・ネットワーク・サービス)などが社会運動の武器として大きな威力を発揮した最初の例だったと言えるでしょう。

 戦争法廃止の連合政府の実現

 激しい反対運動や世論を無視して戦争法が成立しました。今後は憲法九条の空文化か、それとも戦争法の空文化かという対決が本格化することになります。戦争法の発動を阻み、その廃止を求める運動を継続させながら憲法裁判を提起して世論を喚起し、各種の選挙で戦争法に賛成した議員や政党への落選運動を展開することが必要です。
 このようなたたかいの集約点は来年の参院選であり、そこでの勝利には野党間の協力が欠かせません。とりわけ、野党第一党の民主党とこの間のたたかいをリードしてきた共産党との連携・協力、いわば「民共合作」が重要です。
 このようななかで、共産党は戦争法廃止の国民連合政府の実現と来年の参院選に向けての選挙協力を呼びかけました。暫定政府への入閣は条件にせず、戦争法廃止という一点での共闘だといいます。その実現に向けて、各野党間の協議も始まりました。その帰趨こそ、今後の日本の運命を決することになるでしょう。
 参院の与野党差は二八ですから、一五議席が入れ替われば逆転することになります。東京新聞は選挙協力が実現すれば八つの一人区で与野党が入れ替わると試算しています。今回改選される議員が当選した二〇一〇年参院選では、直前に菅首相が消費税一〇%発言を行って民主党が大敗し、自民党が圧勝しました。この時の共産党は三議席の当選にとどまりましたが、前回の二〇一三年参院選では五議席増の八議席になっています。これらの事情を勘案すれば、与野党逆転の可能性は十分にあります。
 JNNの世論調査では、野党間の選挙協力の実現に「期待する」と答えた人が三七%に上りました。そのカギを握っているのは民主党です。民主党は「右のドア」を閉めて「左のドア」を開けるべきです。力を合わせなければ政権交代は無理であり、共産党との協力なしには国民の期待に応えられません。

 歴史の教訓

 今後の運動を発展させるためには歴史の教訓を振り返り、それに学ぶ必要があります。ファシズムとの対決ではフランスでの反ファッショ統一戦線結成やスペインでの人民線政府の経験が参考になるでしょう。いずれも反ファシズムという一点での合意に基づく社会党と共産党などの統一戦線の結成でした。
 アジアでも同じような共同の経験があります。それは中国における国民党と共産党との連携・協力としての「国共合作」です。これは二度にわたって国民党と共産党との間で結ばれた協力関係のことです。このような統一戦線の結成なしには、中国革命と抗日戦争の勝利もなかったでしょう。
 また、民主党の再生と政権への復帰という点では、フランス社会党の経験が役に立ちます。フランス社会党は一九六八年の五月革命直後の総選挙で大敗し、従来の党を解消して左派連合を母体にした新たな社会党に移行することを決定します。一九七一年のエピネ大会で第一書記には共産党との連携を主張するミッテランが就任し、ユーロコミュニズム路線のフランス共産党と共同政府綱領を結んで一九八一年の大統領選挙で勝利しました。
 ここに紹介したどちらの例も、共産党との連携に活路を見出した点が共通しています。民主党は何故、このような歴史的な成功事例に学ぼうとしないのでしょうか。
 こう言うと、共産党と手を組めば支持が減るのではないかと心配する方もおられるかもしれません。しかし、それは時代遅れの杞憂です。共産党との連携はマイナスになるどころかプラスになるということが、沖縄での選挙や戦争法案反対のたたかいなどで示されている現実の姿なのです。

 むすび―新しい政治を目指す新しい運動を

 政治が変わりつつあります。その土台となっている社会も変わり始めました。本格的な政権交代の準備がすでに始まっているのです。
 二〇〇九年の政権交代は、一時的なブームによる「風」頼みの成功例でした。これからの政権交代は、「草の根」の「市民」に支えられたものとなるでしょう。政治について知り、学び、発言し、行動する「市民」の誕生によって、いま新しい「市民革命」が始まろうとしています。
 平和で民主的、自由で豊かな社会を実現し、それを次の世代に手渡すことこそ、今を生きる私たちの責任です。その責任を果たすために、できるところで、できることをやろうではありませんか。
 高齢者の知恵と経験を生かし、現役世代を励まし、若者と女性のエネルギーを引き出すことで、気軽にふらりと立ち寄って誰でも参加できるような軽やかな運動を作り出しましょう。戦争法廃止の暫定国民連合政府を実現して新しい政治を生み出し、日本を救うことができるかどうかは、そのことにかかっているのですから……。

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