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10月3日(金) 気に入らないものを憎悪し排除する世の中であって良いのか [社会]

 先日、『産経新聞』からの取材を受けました。ヘイトスピーチ(憎悪表現)に対する法的規制は必要か否かというテーマで、私は必要だという立場から意見を述べました。
 この取材は「金曜討論」という形で掲載されるといいます。掲載予定は『産経新聞』10月10日付だそうですから、ご覧になっていただきたいと思います。

 昨日の『朝日新聞』にも、ヘイトスピーチ規制に関連する特集「耕論 ヘイトスピーチへの処方箋」が掲載されていました。そこでの議論は大変興味深いものです。
 「在特会を調査した社会学者」である樋口直人徳島大学准教授は、「発端は00年代前半、韓国や中国、北朝鮮への憎悪に火が付きました。日韓W杯や反日デモ、拉致問題がきっかけです。その矛先が、国内の在日に向けられた。歴史修正主義に出会ってゆがんだ眼には、在日という存在は『負の遺産』で敵だと映った。東アジアの近隣諸国との関係悪化が端緒だったのです」と指摘しています。
 端緒となったのは周辺諸国との関係悪化でしたが、憎悪に火が付いた背景として「歴史修正主義に出会ってゆがんだ眼」が挙げられている点が重要です。そのような背景がなければ、関係悪化が憎悪にまでエスカレートせず、ヘイトスピーチを生み出さなかったかもしれないからです。

 また、「憎悪をあおる舞台装置がインターネットでした」とし、「反差別法がある欧州ならすぐに監視団体が削除させるような妄想が、何の規制もないまま拡散していった」とも指摘しています。もし、反差別法などの規制があれば、今日のような姿にまで拡散することはなかっただろうというわけです。
 これに続いて、樋口さんは次のように述べています。

「その情報源になったのが右派論壇です。『嫌中憎韓』は右派月刊誌レベルでは00年代前半に始まっていた。つまり右派論壇が垂れ流した排外主義的な言説を、ネットが借りてきてデフォルメし広げた。さらに00年代後半に登場したネット動画が、憎悪を行動に転換させた。憎しみはヘイトスピーチという形で街頭に飛び出していったのです。」

 このような一連の経過を見れば、ヘイトスピーチへと至る憎悪の拡散と街頭化に対して責任を問われるべきは、在日に対する歪んだ目を生み出した歴史修正主義、何の規制もないまま拡散の舞台装置となったインターネット、その情報源となった右派論壇、行動に転換させたネット動画などだということになります。とりわけ、歴史修正主義的な主張を行った学者、評論家、作家などと、それに発表の場を提供した右派的月刊誌や週刊誌、出版社、インターネットなどの罪は重いと言うべきでしょう。

 このようなヘイトスピーチは「病的な人々の病的な運動」ではなく、「意外に普通の市民が、意外に普通の回路を経て全国各地で大勢集まった。それなりに筋道のある合理的な行動」だとして、樋口さんは「ここに、この極右市民運動の新しさと怖さがあります」と、重要な指摘を行っています。一部の変わった人々の異常な運動ではなく、普通の市民の「合理的な行動」だということになれば、もっと社会に広まっていく可能性や危険性があるということになるからです。
 そのような社会になって良いのでしょうか。この日本が、気に入らないものを憎悪し排除するような世の中に変わってしまって良いのでしょうか。
 ヘイトスピーチは自由で民主的な社会にあってはならない暴力的な犯罪であり、その存在は許されないものです。その存在を許容し活動を黙認したり助長したりすることは、自由で民主的な社会の基盤を掘り崩す犯罪的な行為であるということを、はっきりさせなければなりません。

 ここから、それにどう対処するのか、という次の問題が生じます。「どんな処方箋が必要なのか」ということであり、具体的には新たな法的規制が必要なのか否かという問題です。
 私の意見は明確です。現行の法や制度で対応できるのならそうすべきであり、できなければそれを可能にするような新法が必要だ。その拡大や乱用の懸念があるなら、それを防止するような仕組みを工夫するべきだというものです。

 「言論の自由」を名目に「言論の暴力」を放置することは許されません。ヘイトスピーチは「言論」ではなく「暴力」であり「犯罪」です。だから、「欧州では、刑事規制があるドイツをはじめ法規制が主流」(阪口正二郎一橋大学教授)なのです。
 これに対して、阪口教授は「法規制が一度導入されると、対象が次々に拡大される可能性がある」として、自民党のように「デモ規制に飛躍させようとする姿勢では信頼を置くことはできません」と発言しています。対象を拡大する姿勢を示すことで新たな法規制をサボタージュしようとしている自民党の策略にのせられてしまっているのではないでしょうか。

 今のままでも規制できると言うのであれば、きちんと規制して見せて下さい。それができないから、問題になっているのではありませんか。
 「取り締まるにしても対象を明確にし、なるべく限定的な内容にすべき」だというのは、阪口教授の言う通りです。法規制を支持する師岡康子弁護士も、「まず差別を違法とする差別禁止法をつくり、その中にヘイトスピーチ規制を位置付ける。規制の対象は明確に限定する。権力が乱用できない仕組みを工夫すればいいのです」と主張しています。
 新たな法律を作る場合でも、通常のデモなどにも拡大適用できるようにしようなどというよこしまな目論見を許さないように、対象を明確に限定して乱用できない仕組みを工夫することは不可欠です。この点では、すでに法による規制を実施している欧州の例が参考になるでしょう。

 問題は、ヘイトスピーチをなくすことです。そのために必要であれば新たな法を制定し、必要でないというのであれば現行の法や制度を適用して、きちんと取り締まれば良いのです。
 すでに国連の人権委員会と人種差別撤廃委員会が日本政府に対処を求め、法的規制を勧告しています。そのようななかで、きちんとした取り締まりもせず新法の制定もせず、ヘイトスピーチを放置した形になるのが最悪です。
 樋口教授も指摘しているように、太陽の党や次世代の党など「欧州なら極右政党と呼ばれるべき政党も、すでに次々と日本で誕生して」おり、そのうえヘイトスピーチに対するまともな規制もできないということになれば、日本は自由・民主主義とは異質な社会だとみなされ、国際社会の評判はがた落ちとなるでしょう。これ以上、国連から後ろ指をさされることのないよう、きちんとした対応を行っていただきたいものです。

 なお、阪口教授は「根本的な問題解決のカギは教育です」として、「朝鮮半島の歴史や日本との関係がきちんと教えられていません」と指摘しています。差別をなくすための教育の重要性は指摘されている通りですが、そのためにもヘイトスピーチが厳しく批判され、それを助長するような排外的な言説や間違った歴史教育は是正されなければなりません。
 その点で、現在の教育再生実行会議や教育改革が目指す方向は完全に逆行しています。「ヘイトスピーチの法規制という外科的処置」だけでなく、正しい歴史教育や排外主義的な右派論壇に対する批判などを通じて「問題の本質を知り」、差別を許さない方向へと「人々の意識を変え」、気に入らないものであっても憎悪し排除することのないような世の中にしたいものです。

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