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4月20日(日) 保守であった自民党は極右の「安倍一族」に乗っ取られたことに気が付いていないのか [自民党]

 自民党は保守政党でした。でも、それは過去の話であり、今日の自民党はもはや保守政党ではなくなりました。安倍首相とそのお仲間である「安倍一族」に乗っ取られて極右政党になってしまったからです。

 その象徴的な例は自民党の憲法草案にあります。この草案は2012年4月に改定されました。
 その前の自民党憲法草案を起草したのは、自民党を離れる前の舛添要一さんでした。その舛添さんは、昨年末に『憲法改正のオモテとウラ』(講談社現代新書)という著書を出して、現行の自民党憲法草案を真っ向から批判しています。
 それもそうでしょう。「国防軍を保持する」「国際的に協調して行われる活動……を行うことができる」として、自衛隊を通常の軍隊に変えて多国籍軍に参加できるようにし、「軍人その他の公務員がその職務の実施に伴う罪又は国防軍の機密に関する罪を犯した場合の裁判を行うため……国防軍に審判所を置く」として軍法会議を設置し、「家族は、互いに助け合わなければならない」として道徳を押し付けるなど、立憲主義、国民主権、民主主義、基本的人権、平和主義を全て否定するアナクロニズムに満ち満ちているのですから……。

 これを舛添さんが批判するのは、保守の立場からです。批判される自民党憲法草案は、極右のマニフェスト同然だからです。
 先の都知事選挙で、自民党と公明党は当選を最優先して舛添さんを推薦しました。これに対抗して立候補した田母神さんは、「安倍首相は自分を支持しているはずだ」と言い、「安倍一族」の百田さんや極右・壊憲論者の石原元都知事は田母神さんを応援しました。
 このような構図からすれば、2012年4月以前の自民党憲法草案は「舛添草案」であり、その時に改定された新しい草案は「田母神草案」だったということになります。この時の改定は、保守の「舛添憲法草案」から極右の「田母神憲法草案」への変更を意味していたのです。

 今、自民党が改憲草案として打ち出してきているのは、この「田母神憲法草案」です。それと並行して強行されてきた国家安全保障会議設置法、特定秘密保護法などの立法改憲も、武器輸出3原則の防衛装備移転3原則への変更、「積極的平和主義」に基づく新防衛計画の大綱や新中期防衛力整備計画の閣議決定、水陸両用車の導入などの軍事力の強化、さらには集団的自衛権の行使容認のための解釈改憲にしても、かつての自民党と一味違う「田母神」的改憲路線の具体化であり、都知事選で田母神さんが胸を張って言ったように、それは安倍首相も支持している極右路線にほかなりません。

 アメリカでの講演で、安倍首相は「私を右翼の軍国主義者と呼びたいなら呼んでいただきたい」と居直りました。戦後の日本は軍国主義の否定から出発していますから、そのトップリーダーは「右翼の軍国主義者」であってはならないはずです。
 かつてであれば許されざる公言をして恥じない指導者に乗っ取られてしまったことに、自民党は気が付いていないのでしょうか。そうであるなら、今こそ声を大にして言いたいと思います。
「自民党よ、目を覚まして、まともな保守政党に戻れ!」と……。

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