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4月16日(水) このような自主規制は民主主義を掘り崩すことになる [社会]

 今日の『東京新聞』の一面を見て、驚きました。「千葉県白井(しろい)市が、市民団体などが開く集会やイベントの共催・後援要件を厳しくする規約改定を行い、本年度から憲法や原発など世論を二分するテーマの行事は事実上、後援しない方針を決めた」という記事が出ていたからです。
 これは、「市が後援した護憲団体主催の講演会に対する保守系市議の批判に配慮した」ものだと言います。このように、「自治体が『政治的中立』を理由に市民団体が主催する憲法の集会などの後援申請を拒否するケースは長野県千曲(ちくま)市や神戸市などで相次いでいるが、他の自治体にも自主規制が波及している実態が明らかになった」と、この記事は指摘しています。

 しかし、私が驚いたのは、このような自主規制が行われたということではありません。そのきっかけになったのが「『しろい・九条の会』による『平和憲法と日本の将来』と題した講演会を市が後援したこと」だったからです。
 この記事によれば、このことが2月下旬の市議会一般質問で保守系市議によって取り上げられたそうです。市の総務課長は「この質問が規程改正につながった」と認めているといいます。
 私の2月17日付のブログ「大雪の中での最後の入試監督」を覚えておられる方なら、もうお分かりでしょう。この「『しろい・九条の会』による『平和憲法と日本の将来』と題した講演会」で講演したのが、ほかでもないこの私でした。

 先のブログでは、「先週の大雪の日、2月8日(土)は千葉県の『しろい9条の会』の講演会でした。吹雪に見舞われ風と雪の吹き付けるなか、40人ほどの方が集まって熱心に話を聞いてくださいました」と書きました。この大雪の中で開かれた講演会が保守系市議によってやり玉に挙げられ、それに屈して市が自主規制を強めたということになります。
 今後、①政治的に賛否など議論が分かれている特定の政策、②特定の政治上の主義、③特定の候補者、政党などを支持、または反対する主張を行うおそれがあることのなどの一つでも当てはまる場合は、共催・後援を見送る方針だと言います。これでは「護憲や脱原発を訴える集会は後援申請が拒否される可能性が高い」と『東京新聞』の記事は指摘していますが、その通りでしょう。
 さらには、政治にかかわる問題はすべて後援しないということになりかねません。「護憲や脱原発」だけでなく、消費増税や社会保障改革、TPP、教育問題など、ありとあらゆる問題は「政治的に賛否など議論が分かれている特定の政策」に該当することになるでしょうから……。

 政治について市民が考えること、そのための情報を提供することは社会教育の重要な一環であり、民主主義を育てる貴重な機会でもあります。それを市が後援することには何の問題もありません。
 しかも、憲法第99条には、「天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員は、この憲法を尊重し擁護する義務を負ふ」と書かれています。市が護憲の講演会を後援するのは、この規定からして当然ことではないでしょうか。
 だからこれまで、このような講演会を市は後援してきたのでしょう。それを問題だとする議員が現れ、市はその批判を安易に受け入れたわけで、このような経緯にも日本社会の右傾化が示されています。

 このようにして民主主義は掘り崩され、社会は少しずつ変わっていくにちがいありません。政治的な色彩を帯びた自主的で民主的な市民活動を敵視する政治家が現れ、行政はそれに迎合し、多くの市民もそのことを当然だと考えてしまう。
 戦前も、そうだったのではないでしょうか。そうやって、戦争への道が掃き清められたのではないでしょうか。
 しかも、今の日本の首相は「戦争できる国」作りを目指す安倍さんです。そのようなトップリーダーの下で、今また同じようなことが繰り返されようとしているのです。

 そのような道を歩んではならない、歩まないという決意こそ、戦後の出発点であったはずです。白井市の自主規制強化をめぐる問題は、そのことをもう一度思い返す必要性を示しているのではないでしょうか。

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