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11月8日(金) 特定秘密保護法案は国民に目隠しをして「戦争できる国」にしたいという安倍首相の願望を現わしている [国会]

 昨日、特定秘密保護法案が衆院本会議で審議入りしました。安倍首相は「秘密保全の法整備は喫緊の課題だ」と会期内成立を求めましたが、それは国民に目隠しをして日本を「戦争できる国」にしたいという願望の現われにほかなりません。
 法案は機密を漏らした公務員らへの罰則強化を盛り込み、国民の「知る権利」を侵害するものです。首相は「国家安全保障会議(日本版NSC)」の効果的な運用に法整備が重要だと指摘しましたが、それはとりもなおさず、戦前の「五相会議」(総理大臣、陸軍大臣、海軍大臣、外務大臣、大蔵大臣)と同様の「四相会議」(総理大臣、防衛大臣、外務大臣、官房長官)を機能させ、戦争指導の体制確立をめざすものだと言えるでしょう。

 この法案は第1に、政府にとって「不都合な真実」を隠蔽し、国民に目隠しをすることができるようにするためのものです。「特定秘密」とは何かがはっきりしません。
 何が秘密かは秘密とされ、それを入手しようとした者は罰せられます。「特定秘密」が行政機関の長によって指定されますから、隠したい事柄を「特定秘密」にすればそれを隠すことができるようになります。
 「知る権利」の保障は努力義務にすぎず、「特定秘密」に関わる公務員、それを知ろうとする政治家、ジャーナリストやNPO、国民などの活動を萎縮させる効果を生み出すでしょう。こうして、「国民の安全」ではなく、「政府の安全」が守られることになります。

 第2に、政府が隠したい「特定秘密」を未来永劫に消し去ることができるようにするためのものです。情報は国民のものですから、全ての情報は最終的に公開されなければなりません。
 そのような緊張感があってこそ、国民に説明可能なまともな政治が担保されます。しかし、今回の法案にはそのような将来的な公開が保障されていません。
 政府が何を秘密にし、国民の目から何を隠したのかさえ、知ることができなくなります。特定秘密については国会議員さえ処罰される可能性があり、国政調査権は有名無実となって行政権が強化され、独裁国家が生まれることになるでしょう。

 第3に、国民に知られることなく「戦争できる国」となることができるようにするためのものです。「国家安全保障会議(日本版NSC)」の効果的な運用のために、この法案が必要とされているからです。
 「戦争できる国」に向けて密かに準備を進めても、国民はそれを知ることはできず、そのような準備をしていた事実さえ闇に葬られるでしょう。日本の針路を左右する重要な安全保障政策について、国会での議論が不可能になります。
 本当のことは何も知らされず、気がついたら戦争に引きずり込まれていた戦前の過ちを繰り返しても良いのでしょうか。そのような形で「戦争できる国」に変えたいという安倍首相の個人的な野望によって、再び戦争の惨禍を繰り返すようなことになっても良いのでしょうか。

 この法案に対しては、マスメディアのジャンルを超えて、こぞって反対するべきでしょう。しかし、マスコミの一部には危機感が見られず、反対の姿勢を明らかにしていないものもあります。
 この法律によって狙われているのが自分たちであるということが分かっていないのでしょうか。それとも、狙われるはずがないほどに腑抜けになっているということなのでしょうか。
 「西山事件」を思い起こしていただきたいものです。この法律が成立すれば、国民の「知る権利」のために「特定秘密」にアプローチして逮捕されるような「西山さん」が量産されることになるでしょう。

 この法案に対して、野党はこぞって反対するべきです。民主党は反対に転じつつありますが、日本維新の会やみんなの党は賛成に回るかもしれません。
 とんでもないことです。国民に目隠しをするお手伝いをし、民主主義の破壊に手を貸すつもりなのでしょうか。
 自らの国政調査権に対する侵害を許し、国政にとって重要な真実を知ろうとすれば逮捕されるリスクを生み出すということが分かっていないのでしょうか。

 与党も、今一度、立ち止まって考え直すべきでしょう。公明党はこのような民主主義の破壊と戦争準備のための法案の成立に手を貸すつもりなのでしょうか。
 平和の党という看板はどうなったのか、聞きたいものです。この法案や「国家安全保障会議(日本版NSC)」設立法案から戦争の足音を聞き取る力が失われてしまったのでしょうか。 

 自民党内に存在していたはずのリベラル派も、この法案に対して反対するべきです。自由で民主的な国、戦争しない国、できない国としての日本のあり方を根本的に転換するような法案の成立を黙認して良いのでしょうか。
 これまで先輩が守ってきた保守・リベラルの旗が泥にまみれていくのを黙ってみているのでしょうか。それとも、今の自民党には、もはやそのような人々は存在していないということなのでしょうか。

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