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1月26日(土) 「看板の掛け替え論」を主張している『産経新聞』の佐瀬昌盛氏のインタビュー記事 [自衛隊]

 大きな写真と一緒に、私の発言が掲載されていました。昨日の『産経新聞』の記事です。

 「自衛隊の国防軍化について取材したい」という連絡があったとき、「私でいいんですか。国防軍化には反対ですよ」。相手は右翼的論調で知られている『産経新聞』ですから、思わずこう言ってしまいました。
 「討論の欄で、反対論も取り上げたいものですから」という返答でした。「それなら」ということで、お受けしたのがこの記事になったというわけです。
 しかも、私と一緒に掲載される相手が佐瀬昌盛先生と聞いて驚きました。まだ、お元気だったんですね。西ドイツの専門家としての佐瀬先生のお名前は大学院時代から知っており、その論敵として私が選ばれるとは誠に光栄(?)だと言うべきでしょうか。

 とはいえ、記事の横にある写真を見て、『産経新聞』らしいなあ、と思ったのも事実です。佐瀬先生はまっすぐ前を向いて堂々としているのに、私はうつむき加減で、自信がないように見えるからです。
 「写真、いいですか」と何枚も撮ったのに、こんなのを載せるなんて、と思いました。どんな写真でも、大した違いはないかもしれませんが……。
 このような組み合わせが、果たして意図的なものであったかどうかは分かりません。でも、いかにも『産経新聞』らしいなと、ちょっと苦笑してしまいました。

 さて、佐瀬先生は次のように自衛隊の国防軍化を支持する論を展開されています。そのエッセンスを紹介しておきましょう。

「大前提は憲法を改正して国防軍にするということだ。自衛隊、というのは非常に分かりにくい概念。『自衛軍』とする案もあるが私は国際的スタンダードで『国防軍』とするのが正しいと考える」
「国防軍化は中庸の軍隊にするというだけのこと」、「国際的標準に合わせて“普通の国”になるだけのことで、多くの国から理解される考え方だろう。むしろこれまでは偽善的な側面が多分にあったといえる」
 「国防軍化が危険だなどと言ったら、他の国の軍隊はみんな危険になってしまう。ためにする議論か、世界が見えていないからだ」
 「改憲して国防軍とすれば、自衛隊は国の内外で2枚舌を使わなくて済むようになり、心のつかえが取れるだろう。今の自衛官は半ば日陰者の状態で、不必要なフラストレーションがたまってしまう現状は不健全で、危険性がある」

 要するに、国防軍化は「国際的標準」に合わせた「看板の掛け替え」にすぎず、それによって自衛隊は「普通の国」の普通の軍隊になるだけだ、というものです。そうすれば、これまでは多分にあった「偽善的な側面」がなくなり、自衛隊は「2枚舌を使わなくて済む」ようになって「心のつかえが取れ」、「半ば日陰者の状態」から脱して「不必要なフラストレーションがたまってしまう」不健全で危険な現状から脱することができるというわけです。
 ここでの佐瀬先生の指摘が正しいとして、このような問題は全て、憲法9条があるにもかかわらず自衛隊という事実上の軍隊が設立されために生じたものです。それを解決するには、憲法9条にしたがって自衛隊を事実上の軍隊でなくせば良いはずですが、そのような選択肢は最初から佐瀬先生の視野には入っていません。

 また、戦後の日本が、なぜ普通の国として国際的標準にあった普通の軍隊を持つことを憲法で禁じたのか、その歴史的背景や経緯が全く無視されているというのも驚くべきことです。これは「ためにする議論か、歴史が見えていないからだ」と言わざるを得ないでしょう。
 侵略戦争への反省とそれを踏まえた憲法9条の存在こそ、戦後日本の出発と国際社会への復帰に当たってなされた平和への誓いを具現化するものでした。だからこそ、日本は国際標準に合った普通の国の普通の軍隊の保有を、憲法によって自制したのではないでしょうか。
 こんなことは、西ドイツ政治史の泰斗にして現実的防衛論者の佐瀬先生にとっては先刻ご承知のことと思われるのですが、どうも、そうでもないようです。

 自衛隊の国防軍化が「危険だ」とされるのは、「他の国の軍隊」とは違っているからです。その違いをなくして、同じにしてしまうための「国防軍化」だからこそ、それは危険だとみなされるのです。
 なぜ、そうなのか。それは日本の軍隊が周辺諸国を侵略し、植民地支配をした過去があるからです。
 どこが、危険だとみなすのか。それは過去においてそのような侵略を受け、植民地化の被害を被った周辺諸国です。

 しかも、戦後の国際社会への復帰に際して行った非武装の約束を反故にし、自衛隊という事実上の軍隊を復活させることによって、世界でも有数の軍事力を保有するまでに成長させてきた歴史があります。そして、戦前の侵略戦争をきちんと反省しないばかりか、戦後の再軍備を肯定し、それを引き継いでさらに重武装化を進め、アメリカとともに国外で軍事力の行使を可能にしようとしているのが、現在の安倍首相です。
 その安倍首相が執念をもって「国防軍化」を主張しているわけですから、「大丈夫なのか」と周辺諸国が懸念を抱くのも当然でしょう。とても、「国際的標準に合わせて“普通の国”になるだけのことで、多くの国から理解される考え方だろう」などと言えたものではありません。

 そもそも、佐瀬先生は、安倍首相がめざしているのは本当に「看板の掛け替え」だけにすぎないと信じているのでしょうか。そこには、全く「危険性」はないと……。
 少なくとも、国防軍化を支持している人々の多くは、それにとどまらない「期待」を寄せ、「野望」を抱いているのではないでしょうか。自衛隊であるがために課せられている「タガ」を外して、今以上に強力な軍事力をもって外国でも武力を行使できるようにしたいというような……。

 そのような「期待」や「野望」こそが、日本の国際的な孤立化を招き、日本人の安全を損なうことになるのだというのが、昨日書いたアルジェリア人質事件の教訓にほかなりません。このような誤った選択を避けることが憲法9条の要請であり、憲法の理念を活かすことになるのだということを理解するべきでしょう。

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