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9月7日(日) 福田首相を追いつめた3つの亀裂 [首相]

 週末になると、一週間のニュースを振り返る番組が放映されます。その中で繰り返し問題になっているのは、福田首相がなぜ辞めたのか、それがどうしてこのタイミングだったのかということです。

 最初の問いには、こう答えることができます。自分では臨時国会を乗り切って総選挙に勝つ自身がなかったからだと……。
 福田さんは内閣改造の時点で、すでに自分で解散するつもりはなかったようです。それも、臨時国会くらいは何とか乗り切るつもりだったかもしれません。
 その自信を打ち砕いたのは、ほとんど上がらなかった内閣支持率とそれに危機感を抱いた公明党の対応だったと思われます。臨時国会では、3分の2の多数による再可決には応じない姿勢を示したからです。

 辞任会見で、福田さんは民主党の対応を批判しました。大連立構想の破綻以降、民主党が全く協議に応じようとする姿勢を示さなかったからです。
 民主党が賛成する可能性のない重要法案、例えば、新テロ特措法の延長などは、公明党の協力なしには再可決できません。しかし、公明党はこれに応じないと言います。
 前門の民主党、後門の公明党というところでしょうか。臨時国会を開いても最終盤で行き詰まることは明白であり、福田さんは全く展望を失ってしまいました。

 しかも、この問題は日米関係に深く関わっています。洞爺湖サミットで、ブッシュ米大統領にインド洋での給油継続を約束してしまったからです。
 給油継続を可能にする新テロ特措法の延長に、民主党などの野党は反対しています。公明党の態度が変わらないかぎり、再可決の可能性もありません。
 しかも、公明党は、暗に福田さん以外の首相による解散・総選挙を求めていました。「コンチクショウ」と、福田さんは思ったことでしょう。

 実は、足もとの自民党内でも亀裂が拡大していました。構造改革の継続か、修正かという対立によって生じたものです。
 すでに、このブログの読者の皆さんにはおなじみだと思いますが、安倍政権から福田政権にかけて、小泉路線からの反転が進んできました。福田さんは、かなり意識的に構造改革路線の修正を進めたために、中川秀直さんら改革継続派の反発と抵抗が拡大します。
 総選挙を前に、路線対立が拡大する兆しを見せていましたが、福田さんにはどうすることもできません。進退窮まって、立ち往生してしまったのです。

 このように、自民党と公明党との間の亀裂、それによって拡大する可能性のあったインド洋での給油問題をめぐる日米間の亀裂、そして構造改革をめぐる自民党内の亀裂が、福田辞任の背景となっていたというのが私の解釈です。この3つの亀裂によって、福田首相は追いつめられてしまいました。
 このうち、直接的な契機になったのは、公明党との関係でしょう。総合経済対策の決定直後に政権を投げ出したからです。
 福田さんは、公明党に押し切られて定額減税の実施を飲まされました。臨時国会の召集時期や会期などで公明党に妥協してきた福田さんも、これで堪忍袋の緒が切れてしまったのではないでしょうか。

 解散・総選挙の時期を一挙に早めることで、苦い思いをさせられた公明党に一泡吹かせてやりたいと思ったのかもしれません。そのためには、臨時国会が始まる前に辞任を発表するのが最も効果的です。
 しかも、自民党の総裁選挙を民主党の代表選挙とぶつけて、マスコミジャックを画策することもできます。国会審議でさんざん苛められた民主党に仕返しすることが可能なのです。
 いい考えじゃありませんか。ニンマリした福田さんは、総裁選のスケジュールまで指示して総理の椅子を投げ出したのです。首相辞任がこのタイミングになったのは、そのためだったと思われます。

 こうしてみると、個人的な恨み辛みに流された政権投げだしだったという色合いが濃厚です。一国の政治を担う最高責任者としての誇りも矜持も、そして国政に対する責任感もない、哀れな末路だったと言うしかありません。

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