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11月30日(水) 「陸の森」に押し切られてしまった五輪ボート会場の「海の森」案 [文化・スポーツ]

 このままでは「大山鳴動して鼠ゼロ匹」ということになりかねません。東京オリンピック・パラリンピック会場の見直し問題です。
 さまざまな案が議論されてきた東京オリンピック・パラリンピックの会場見直し問題で昨日、IOC(国際オリンピック委員会)のコーツ副会長、東京都の小池知事、組織委員会の森会長、そして丸川オリンピック・パラリンピック担当相による4人のトップ会談が開かれ、都の調査チームが見直しを求めた3会場のうち、ボート・カヌー会場の海の森水上競技場、水泳会場のアクアティクスセンター(東京都江東区)の二つは、費用を見直したうえで予定通り造ると決めました。費用が掛かりボート競技の関係者からも評判が悪かった「海の森」案ですが、組織委員会の会長である「陸の森(元首相)」によって押し切られてしまったわけです。

 残されたバレーボール会場については、クリスマスの頃までに決着させるということのようです。どのような「プレゼント」が用意されているのか注目されます。
 小池知事にしてみれば、都知事選挙での公約でもありますから「ゼロ回答」というわけにはいかないでしょう。「せめて一つくらいは」ということで抵抗しているのではないでしょうか。
 しかし、有明アリーナが横浜アリーナに代わっても「大山鳴動して鼠一匹」にすぎません。組織委員会の森会長だけではなく、競技団体やオリンピック委員会も代替案には消極的であり、小池知事の思惑通りに見直されるとは限りません。

 そもそもオリンピックの開催など、日本の財政状況から言って無理だったのではないでしょうか。東日本大震災からの復興は遅れ、その後も熊本地震や鳥取地震、東北や北海道などでの大雨被害などへの災害対策によって、すでに今でも建設資材は高騰し、人手不足が深刻になっています。
 2兆円を上限にした場合でも、半分は都民の負担になると言われています。それは現時点での試算ですから、さらに費用が増えて負担が増す可能性は大きいでしょう。
 トンデモナイ「金食い虫」を連れて来てしまったものです。かと言って招致プランを大きく変更すれば、「招致詐欺」だとして世界中から批判を浴び、顰蹙を買うにちがいありません。

 1964年の東京オリンピックは、日本の近代化と高度成長のきっかけになったと評価されています。しかし、2020年の東京オリンピックは、財政危機と国民負担の増大によって日本の没落と衰退を促進する契機になってしまうかもしれません。
 すでに、主会場の国立競技場やエンブレムの問題などでゴタゴタが続いてきました。今もなお会場問題は決着せず、他の会場の建設費などの見直しにまで手が回らないという状況です。
 今後も様々な問題が起きるのではないかと心配されています。外国からテロリストが入り込むリスクも高まるでしょうし、開催時期が夏真っ盛りですから高温多湿に不慣れな外国人アスリートや観戦者がバタバタと倒れるのではないかという心配もあります。

 それに加えて、安倍首相が招致演説で行った「放射能による汚染は完全にコントロールされている」という大ウソがあります。福島第1原発の現状はコントロールされていないだけでなく、今後も新たな原発事故が起きるのではないかとの懸念はぬぐい切れません。
 国民がこぞって歓迎し、外国から安心して観戦に来られるような状況になっていないという点に、2020年東京オリンピック・パラリンピックの大きな不幸があります。今からでも開催を返上したらどうかと思いますが、それはもう無理なのでしょうか。

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3月14日(金) 「悪気のない?」差別こそ、ファシズムの温床ではないのか [文化・スポーツ]

 「JAPANESE ONLY」(日本人以外お断り)
 このような横断幕を、国際化が進んだ今日の日本において、サッカーの試合会場で眼にするとは、思いもよりませんでした。しかも、日の丸の旗と一緒に……。
 この横断幕はスタジアム通路の浦和サポーター観客席入場口に掲げられ、通報があったにもかかわらず、試合が終わるまでそのまま放置されていたといいます。対応の遅さにも、呆れてしまいました。

 これに対して、Jリーグは横断幕の内容が差別的だと判断し、横断幕を確認したあとも1時間にわたって撤去しなかった責任があるとして、レッズに対し始末書の提出を求めるけん責と埼玉スタジアムで予定している清水エスパルスとのホームゲームを観客を入れないで行う「無観客試合」とする処分を下しました。Jリーグで無観客試合の処分が出るのは初めてで、これまでで最も重い処分になります。
 当然のことでしょう。もっと厳しい処分が下されても良かったほどです。
 実は、昨日、共同通信の記者からこの問題についての取材の電話があり、「全くとんでもないことで、許されない。厳しい処分が望まれる」という趣旨の話をしました。私のコメントが載った記事が、今日の地方紙に配信されることと思います。

 この横断幕を掲げたのは3人で、「差別や政治問題化させる意図はなかった」と聴取に答え、掲げた理由については「ゴール裏は自分たちの聖地で、ほかの人たちに入ってきてほしくない。最近は海外のファンも増えているが、応援の統制が取れなくなるのが嫌だった」と話したそうです。本当でしょうか。
 横断幕の写真を見ると、その横には日の丸の旗が付いています。「ほかの人」とは「日本人以外」を指していることは明らかで、外国人を排斥する意図があったことは否定できません。
 サッカーの試合という非政治的でありふれた光景に、日の丸の旗と共に外国人を差別し排斥するような言辞が忍び込んできたということになります。日本社会の日常の中に、意識されることなく排外主義が浸透していることの現れであり、このような「悪意のない?」差別こそ、ファシズムの温床となるのではないでしょうか。

 実は、悪意に満ちた差別も別の形で日常化しています。電車のつり革広告には、韓国や中国に対する悪口や罵倒の言葉が満ちあふれ、それはありふれた光景になっているではありませんか。
 そのような光景を日常的に眼にしている若者にとって、外国人を差別したり他国や他民族を排斥したり貶んだりすることへの抵抗感が薄らぎ、知らず知らずのうちにそのような感情が内面化されていくのも当然でしょう。人権の無視や破壊であることを気づかず、軽い気持で人を踏みつけ、踏みつけていることにも無自覚であるという状況が、少しずつ生まれてきているのでないでしょうか。
 人々の差別意識や歪んだ愛国主義に訴えて売り上げを増やそうとする週刊誌などの販売戦略がこのような風潮を強めています。それを批判し押しとどめるのではなく、愛国心教育によって加速させようとしているのが安倍首相の教育改革であり、首相自らが中国、韓国への敵対心を強める姿勢を取って緊張感を高めていることがこうした流れを後押ししていることは明らかでしょう。

 本当に恐ろしい社会とは、日常生活の中で普通の人々が何気なく軽い気持で差別し、人権侵害を行うような社会です。人が人として扱われず、人権が尊重されず、異常が通常になり、国際社会での非常識が常識となるような社会へと日本が変貌しつつあることを、今回の事件が示していなければ幸いなのですが……。

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9月11日(水) オリンピックの東京開催が決まったけれど、それでも残るこれだけの懸念 [文化・スポーツ]

 オリンピックの東京開催が決まり、テレビや新聞などではバカ騒ぎが続いています。全く、ウンザリしてしまいます。
 そんなに浮かれていて良いのかと心配になりますが、マスメデイアではそのような声は全く登場しません。オリンピックの東京開催が決まったとはいえ、それでもなお次のような問題が残っており、それは将来にわたる大きな懸念材料になっています。

 第1に、福島第1原発から漏れ出している高濃度放射能汚染水の処理問題です。これについて安倍首相は「完全にコントロールされている」と国際社会に向かって大見得を切りました。
 真っ赤な嘘です。それが大嘘だということは、すぐにバレルでしょう。
 汚染水漏れが、なぜ、どのようにして、どれほどの範囲で生じているのか、はっきりしたことは分からず、それをどのように制御(コントロール)できるのかも、今の段階では不確定です。今後、海洋への漏出が続き、地下水を通じて飲料水の汚染などが生ずれば、オリンピックどころではなくなってしまいます。

 第2に、震災からの復旧・復興がさらに遅れてしまうのではないかという心配があります。震災復興はオリンピック招致の口実として利用されただけだったのではないでしょうか。
 安倍内閣が国土強靱化を掲げて公共投資への積極姿勢を見せたために、今でも建設資材や建設関連労働者の不足が生じています。これにオリンピック開催に向けてのインフラ整備が付け加われば、このような建設関連の業者や人員の不足、建設資材の高騰はさらに深刻なものとなるでしょう。
 しかも、オリンピックは7年後という期限が定められており「待ったなし」です。オリンピック関連施設の方が優先され、復興公営住宅の建設が後回しにされるなどということになりかねません。

 第3に、新たな震災についての心配はないのかということです。東日本大震災の余震や中南海地震が懸念されていますが、今後7年間、そのような巨大地震はやってこないという保障があるのでしょうか。
 地震発生の可能性だけではありません。異常気象の問題もあります。
 オリンピックが予定されているのは7月24日から8月9日までの真夏の暑い盛りで、今年のような酷暑、ゲリラ豪雨、竜巻などの自然災害が発生する可能性があります。熱中症で、選手や観客、要員などがバタバタ倒れて病人続出などということにならなければ良いのですが……。
 このような自然条件の下で世界中からのお客さんを集めてオリンピックを開催するなどというのは、もともと無理だったのではないでしょうか。雪の降らない国では冬季オリンピックを開けないように、日本という国は夏季オリンピック開催のための自然的条件を欠いていると言うべきでしょう。

 第4に、オリンピックの経済効果だけでなく、反経済効果についても考えておく必要があると思います。64年に開催された東京オリンピックは、日本が高度経済成長のさなかにあったために大きな経済効果をもたらしました。
 その経験に幻惑されてはなりません。今の日本は人口減と高齢化、経済活動縮小のさなかにあるからです。
 オリンピックのインフラ整備のために耐用年数がすぎて老朽化した橋や道路などの補修が進むのは結構ですが、新たな交通機関の整備や関連施設の建設がどれだけ有効活用されるでしょうか。作られたは良いけれど、ほとんど利用されることのない巨大な遺構となって借金の山だけが残されるということになっては困ります。

 これらの懸念があるから、私は日本でオリンピックを開くべきではないと思い、今回の東京での開催にも反対してきました。その開催が決まっても、やはり以上のような心配が残ります。
 今はただ、オリンピックの開催が日本の衰退を決定的にしたターニング・ポイントだったと後世の歴史家によって評されることがないように願うばかりです。そのためにも、単に浮かれるだけでなく、これらの懸念を払拭するために、これからの7年間を有効に生かすべきでしょう。

 この間、6日、8日、10日、12日と、1週間にわたって2日に1回の講演が続いています。忙しくて、ブログの更新がままなりませんでした。
 また、週末から来週にかけて、北海学園大学での政治学会出席のために北海道に行きます。この間もブログの更新を中断させていただきますので、ご了承いただければ幸いです。

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9月8日(日) 56年ぶりに開かれる東京オリンピックが抱える課題とは [文化・スポーツ]

 2020年の夏季オリンピックの開催都市が東京に決まりました。オリンピック開催を願っていた関係者の苦労が実ったということになります。
 最大の「勝因」は、東京都知事が石原慎太郎から猪瀬直樹に変わっていたことではないでしょうか。猪瀬さんもアブナイ発言をしていましたが、それでも慎太郎よりはマシだったということでしょう。

 1964年以来56年ぶりのオリンピック開催が決まって、早速、テレビなどでは大騒ぎが始まっています。大儲けのための一大イベントの開催決定ですから、それも当然かもしれません。
 巨大な経済効果が見込まれるということで、経済界も大歓迎というところでしょうか。オリンピック開催のためのインフラ整備を名目に、莫大な工費が投じられることになるでしょうから。
 しかし、今日の『毎日新聞』には「国土強靱化 復興阻む」「全国で工事増 人不足」という記事が出ていました。これにオリンピック開催に向けての工事が加われば、一体、震災復興はどうなるのでしょうか。さらに「復興阻む」ということにならないでしょうか。

 オリンピックの開催とその成功に向けては多くの課題がありますが、その第1は東電福島第1原発の汚染水問題の解決です。オリンピックの招致に当たって、安倍首相は「きちんとコントロールされていることを保証します」と断言しました。
 この言葉は国際公約であり、汚染水処理が最優先される必要があります。海洋への垂れ流しについて周辺諸国は大きな懸念を抱いており、放射能汚染の不安が残るようなことがあってはなりません。
 海洋汚染だけでなく、最近では地下水も汚染されていることが明らかになりました。これが徐々に拡大して川に流れ込んだりすることのないように「きちんとコントロール」される必要がありますが、これらの防止措置が技術的に可能かどうかは、はっきりしていないのです。

 第2の課題は、周辺諸国との領土紛争や歴史認識問題の解決でしょう。国際的な紛争要因を抱えたままでは、安心してオリンピックを開くことはできません。
 今回の開催都市決定で、当初は有力と見られていたイスタンブールが敗退した理由は、国内のデモなどの治安問題とともに隣国であるシリア情勢の不安定性でした。同じような問題を日本が引き起こすようなことがあってはなりません。
 また、過去の侵略戦争や植民地支配、従軍慰安婦問題などについての特異な歴史観によって、国際的な孤立を深めるようなことも避ける必要があるでしょう。安倍首相は自らの歴史認識を改め、周囲の国々が反発したり世界の人々が違和感を持ったりするような言動を控え、世界基準の政治や社会を作らなければなりません。

 第3に、国費のバラマキによってバブルを生み出さないような経済運営に務めることです。ただでさえ、アベノミクスによってミニ・バブルが目標とされ、国土強靱化を掲げたバラマキが始まっているのに、これにオリンピックのインフラ整備を名目にした公共投資が加わることになります。
 その結果、一方ではバブル経済の再来、他方での財政赤字の累積という問題が生ずることになるでしょう。インフレによって国民生活が苦境に陥り、国家財政が破綻するなどというようなことになっては困ります。
 震災復興が後回しにされたり、国民生活が犠牲になるような形での開催準備は本末転倒でしょう。「こんな大変なときに、オリンピックなどやっている場合か」「それ以前に解決するべき重要課題が沢山あるのではないか」という都民や国民の声も少なくないことを忘れないようにしてもらいたいものです。

 オリンピックはある種の「お祭り」ですから、それが開かれる以上、大いに盛り上がって被災者を励まし、震災復興を後押しするものになって欲しいと思います。もし、オリンピックの開催によって政策の優先順位が歪み、震災復興の足を引っ張り、「オリンピックなんかやらなければ良かったのに」と後悔することになっても、それは「あとの祭り」なのですから……。

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2月1日(金) スポーツ界の体罰は「パワハラ社会」の氷山の一角にすぎないのではないか [文化・スポーツ]

 スポーツ界の体罰問題が大きな注目を集めています。「選手を強化するための“愛の鞭”だ」などと弁護する人もいますが、とんでもありません。

 スポーツの場や教育の場はもとより、職場や国際政治を含めて、どのようなところであっても、「力」によって問題を解決するようなやり方は間違っています。ところが、この社会では、目的さえ正しければ多少の暴力や暴言などの「力」の行使は許されるとの容認論が広く行き渡っています。
 日本は、このような「力」を正当化し、それが広く行使されている「パワハラ(パワーハラスメント)社会」なのです。スポーツ界での体罰は、そのようなパワハラ社会である日本の歪みを明るみに出した氷山の一角にすぎないのではないでしょうか。

 この問題は、当初、大阪市立桜宮高校のバスケットボール部の監督による体罰が発端になりました。体罰を受けたキャプテンがそれを苦にして自殺したからです。
 これに対して、橋下大阪市長は「体育系2科の入試を中止しなければ、関連予算を支出しない」と表明し、問題は新たな展開を示します。教育委員会は、体育科とスポーツ健康科学科の入試をとりやめるけれども、普通科として入試をして同じ試験科目で受験できるようにするという折衷案での決着を図りました。
 しかし、このような橋本市長のやり方も、予算の支出権限という「力」を背景にして責任を転化する誤った方法だというべきでしょう。それまで体罰を肯定していた自らの間違いを糊塗するために、ことさら厳しい対応を取ろうとして何の責任もない受験生に大きな被害を及ぼすことになってしまったからです。

 その後も、このような体罰は、次々と明るみに出てきています。桜宮高校では、これまでに体罰が判明したバスケ部、バレー部の他にも、複数の部や授業でも体罰 が行われていたとみられています。
 また、他の高校でも、体罰が横行していたようです。高校駅伝の強豪、愛知県立豊川工業高校の陸上部の監督を務める男性教諭が部員に体罰を繰り返していたことも明らかになりました。
 さらに最近では、全日本柔道連盟(全柔連)が園田隆二女子代表監督らによる選手への暴力行為を認めて謝罪しました。これは桜宮高校の問題が発生する前である昨年12月、日本オリンピック委員会(JOC)にロンドン五輪代表を含む選手15人の連名による告発文が届いて明るみに出ました。

 この最後の例は五輪などで勝利を目指す代表選手の強化で、学校教育における体罰問題と同列に論じるわけにはいかないという意見があります。しかし、これも「力」による指導であり、指導される側からは「告発」に値する理不尽な方法と受け取られていました。
 そこには、納得もなければ信頼感もありません。それで、指導が行き届き、選手が強化されるのでしょうか。
 この告発を受けたJOCはきちんとした調査もせずに全日本柔道連盟に「丸投げ」し、全柔連もきちんとした対応をすることなく、園田監督を代表監督に留任させたまま戒告処分とすることでお茶を濁そうとしました。しかし、その後も批判は止まず、結局、園田監督は辞意を表明することになりました。

 JOCも全柔連も、連名で告発した15人の強化選手の悩みや思いを全く理解せず、当事者意識もなく、責任を持って解決に当たる能力もありませんでした。ただ、事なかれ主義で事態を丸く収めようとしただけだったように思われます。
 体罰のような暴力による指導は高校だけではなく、またバスケットボールや柔道だけではありません。暴力を伴う「力」による指導は会社内や職場にもあり、言葉の暴力とも言えるパワーハラスメント(パワハラ)は、日本企業の職場内でも大きな問題になっています。
 13万人に上るとされている「電機リストラ」や、「追い出し部屋」への隔離によって自己都合退職に追い込むやり方も、ある種の暴力でありパワハラであると言えるでしょう。このような職場における暴力やパワハラも、断じて許されません。

 ところが、このような体罰を暴力ではないとして擁護する意見もあります。たとえば、「子どもには『体罰を受ける権利』があります」という「体罰の会」http://taibatsu.com/index.htmlは、次のように「体罰」を肯定し、擁護する主張を行っています。

 「体罰とは、進歩を目的とした有形力の行使です。体罰は教育です。それは、礼儀作法を身につけさせるための躾や、技芸、武術、学問を向上させて心身を鍛錬することなどと同様に、教育上の進歩を実現するにおいて必要不可欠なものなのです。
  一方、あたりまえのこととして、暴力は許されません。自己の利益、不満解消(鬱憤晴らし)、虐待を目的として人(弱者)に対して有形力の行使をして傷つける行為は、家庭内であれ、学校内であれ、社会内であれ決して許されません。それは、その人間の考えの間違い、心の弱さ、過度の精神的な疲労(人間力の劣化)などが原因となっています。しかし、このような進歩を目的としない「暴力」と、進歩を目的とする「体罰」とは根本的に異なります。」

 この会の会長は、外交官の加瀬俊一氏の子息で外交評論家の加瀬英明さんです。加瀬さんは日本躾の会評議員で、日本・イスラエル親善協会副会長、日本会議代表委員、新しい歴史教科書をつくる会の賛同者でもあり、歴史教科書問題に深くコミットしている人物です。
 また、顧問兼支部長には、戸塚ヨットクールの戸塚宏校長の名前があります。発起人名簿には浅田均という人も掲載されていますが、この名前は「日本維新の会」政策担当で政調会長の浅田均さんと同じです。
 別人なのでしょうか。それとも同一人物なのでしょうか。橋下さんは、きちんとした説明をする責任があるでしょう。

 私たちが住むこの社会は、人間で構成されています。「話せば分かる」はずの社会に、体罰などの「力」による強制や指導は不必要であり、逆効果になるだけです。
 スポーツの指導や教育の現場などで「力」に頼ってしまうというのは、手っ取り早く教えたい、問題を解決したいという誘惑に屈服することを意味しています。時間がかかる迂遠なやり方ではあっても、きちんと説明し説得して、相手の納得を得ながらものごとを進めるというのが、民主主義の方法でしょう。
 スポーツや教育、職場や国際社会など、どこであっても「力」に頼ることはもう止めるべきです。私たちの社会は、指導や教育、紛争や問題の解決に暴力を用いず、それに代えてルールや納得が通用する「人間らしい」平和な世の中とするための努力を、永年にわたって積み重ねてきたのですから……。

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3月16日(金) 巨人軍を球界から追放し、読売新聞を潰すべきだ [文化・スポーツ]

 昨日に続いて、もう一度書きましょう。巨人軍を球界から追放し、不買運動によって読売新聞を潰すべきだ、と……。

 今回の問題について、巨人軍は「球界のルールに反してはいない」との文書を発表して反論しているそうです。つまり、何も反省していないということであり、真正面から居直っているということになります。
 このような姑息な不正行為は巨人のお家芸ですから、反省もせず、居直るのは当然でしょう。悪いと知っていて、堂々と罪を犯す確信犯なのですから……。
 巨人によるこのようなルール破りは、江川を獲得した「空白の一日」や明治大学の野球選手に裏金を渡していた事件のように、今回が初めてではありません。反省もせず、自浄能力はなく、「再犯」の可能性が高いわけですから、追放する以外に防ぐ手だてはありません。

 巨人は「ルール違反ではない」と強弁していますが、それは違います。巨人自体、これが明るみに出たらまずいことになるということを充分自覚していました。
 裏金の契約金を一括払いすれば、「あなたが翌年の高額所得者番付に登場することは確実で、その際、球界のルールを越えて契約金を受け取ったことが判明してしまい、あなたにとっても、球団にとってもまずいことになります」と、野間口投手に宛てた内部文書に書かれていたそうです。だから分割払いにして、「球界のルールを越えて契約金を受け取ったことが判明」しないようにしたらどうですか、というわけです。
 「ルールを越え」ることは「ルール違反」ではないというのが、巨人軍の語法なのでしょうか。それがばれないようにするために、わざわざ一括払いではなく分割払いにしていたにもかかわらず。

 それに、「最高標準額は緩やかな目安」だなんて、ちゃんちゃらおかしい。「1億5000万円」が「目安」だというのは、「1億7000万円」くらいしか支払っていないときに使える言い逃れです。それが「10億円」ですから、「目安」の範疇を大きく踏み越えているということは、巨人軍の関係者以外なら誰だって分かることでしょう。
 今回問題になった選手は、いずれも1993年から2000年まで逆指名制度、2001年から2004年まで自由獲得枠という形で巨人に入団しています。つまり、この制度を利用して選手から「指名」あるいは「希望」してもらうために、2億5000万円から10億円もの法外な裏金を渡していたわけです。
 このような逆指名制度や自由獲得枠の導入に最も熱心だったのは巨人でしたから、ルールの抜け穴としてこのような制度を作り、こっそりとそれを利用して有力選手を獲得していたということになります。しかも、07年に横浜の最高標準額超過が明らかになったとき、巨人の滝鼻オーナーは、「(巨人に同様のケースは)ないんじゃないか。それ(=最高標準額)は守っていると思う」と、嘘をついていました。

 これらの事実を見ても、読売巨人軍がいかに腐り切っているかが良く分かるでしょう。ルールを破り、嘘を言い、言い逃れできないとなると居直る。
 このような球団を傘下に置いて、読売新聞はルールや正義を語ることができるのでしょうか。不正をはたらいた巨人軍を批判できなければ、読売新聞も同罪です。マスコミ界に存在する資格はありません。
 汚いやり方で入団し、伝統ある巨人軍の名を汚した選手やフロントを批判できなければ、その他の巨人の選手も同罪だということになるでしょう。スポーツマンとしての資格はありません。

 口を閉ざして、かばい合うことは許されません。汚いやり方でルールの抜け穴を利用するような行為などスポーツの世界にあってはならないものであり、それに毅然とした態度を取れないようなスポーツマンもマスコミ人も、その世界に存在することは許されないということを充分に自覚するべきではないでしょうか。

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3月25日(金) 上と下から挟み撃ちされたプロ野球セ・リーグ [文化・スポーツ]

 昨日の私のブログを読んで方針を変更した、というわけではないでしょうが、良かったと思います。プロ野球のセ・リーグは緊急理事会を開いて、4月12日に公式戦開幕を延期することを決めました。

 緊急理事会で決まったのは次の3点です。①開幕は412日、②東電・東北電管内での4月中のナイター自粛、③延長回は3時間30分を超えて新しいイニングに入らない(9回打ち切りから変更)、また東京ドームでは4月中、デーゲームも実施しない。
 これで、今シーズンのプロ野球はセとパが同日に開幕することになります。当然とはいえ、もっと早く決められなかったのでしょうか。
 二転三転して醜態をさらすことになったのは、読売巨人軍が駄々をこねたからでしょう。しかし、その巨人も最終的には折れざるを得なくなりました。

 そうなったのは、セ・リーグが上と下から挟み撃ちされたからだと思われます。上からというのは、政府の指導です。
 高木文科相と蓮航節電啓発担当相が、再三にわたって延期を要望していました。これに対して、「開幕はお上(政府)が決めることですか」と不快感を示していたのが、巨人軍の滝鼻オーナーでした。
 下からというのは世論の批判であり、それを受け止めたセ・リーグ選手会の要求です。電力が不足して困っているときに、大量の電力を消費するようなことはやめてもらいたい、ファンを困らせるようなことはしたくないという声が、セ・リーグを動かしたのだと思います。

 結局、3月29日単独開幕というセ・リーグの方針には道理がなかったということです。道理がなければ多くの人に支持されず、反発されるだけです。
 プロ野球も興行ですから、ファンに支えられています。セ・リーグの理事たちはファンの支持がなくなったらプロ野球は成り立たないという当たり前のことを忘れていたのではないでしょうか。
 新聞だって、読者に支えられています。多くの人に購読してもらえなくなったら成り立たないということを、『読売新聞』には思い出してもらいたいものです。

 さらにもう一つ、見逃してならないのは、選手会は単なる親睦団体ではないということです。選手会は労働組合なのです。
 今回、ストライキをやるとは言いませんでしたが、それを行う権利を持っています。それだけでも発言力・交渉力が格段に増大しますし、その点に労働組合の威力があるのです。
 日本プロサッカー選手会(JPFA)が労働組合化することを決めているといいます。プロ野球選手会をお手本に、正式に労働組合化することを急いだ方がよいでしょう。

 それにしても、労組・プロ野球選手会の会長を務める阪神の新井貴浩内野手は良くやりました。セ・パ同時開幕決定の一報を受けて会見を行い、開幕問題で世間を騒がせたことに「ファンの方にはおわび申し上げます」と陳謝したうえで、選手会の意見が認められたことについては「大変、大きな決断をしていただき、選手会の意志を理解していただき感謝しています。12球団の選手会が団結して意志を表示し続けたことが大きかったと思います」と語ったそうです。
 このとき、会見では目に涙浮かべ、声をつまらせていたと報道されています。世論やファンの声と理事会との板挟みになって、苦しい思いをしていたのでしょう。
 1リーグ制移行も視野に入れた球団数削減に反対した2004年の史上初のストライキでの古田選手会長に匹敵する働きでした。古田さんも、ナベツネに「たかが選手」と罵倒されながら、ストライキを成功に導いて要求を実現するなど、プロ野球を守るために立派な働きをしました。

 今回の決定で、昨日のブログで書いた3つの要求(①3月29日セリーグ単独開幕ではなく、4月12日セ・パ同時開催にすべき、②東京電力と東北電力の管内でのナイターは行うべきではない、③計画停電期間中の東京ドームでゲームを開催するべきではない)のうち、いずれも「4月中」という期限付きで実現することになりました。
 しかし、5月以降はどうするのでしょうか。計画停電が続いていたときの巨人軍の対応を見守りたいと思います。

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3月24日(木) プロ野球の3月29日セ開幕、東京電力・東北電力管内でのナイター、東京ドームでの開催に反対する [文化・スポーツ]

 昨日は、日本をダメにした正力について書きました。今日は、プロ野球をダメにしている正力の後継者である読売新聞の渡邉恒雄(ナベツネ)会長・読売ジャイアンツ会長について書きましょう。
 東京ドームでのプロ野球の開催に反対したいからです。ナベツネの横暴を、これ以上許すわけにはいきません。

 私は阪神タイガースのファンです。つまり、プロ野球ファンの1人でもあるということです。
 野球中継を見たいというただその一心で、地元のケーブルテレビに入っているほどです。その私が、プロ野球の開幕を待っていないはずがありません。
 しかし、そのような私であっても、今回のセリーグの対応には反対です。3月29日にセリーグ単独で開幕すべきではありません。

 プロ野球選手会の新井会長は、「選手会として主張していることは一貫している。セ、パ同時開幕で変わることはない」と述べ、改めて再考を求めています。当然でしょう。
 パリーグも、セリーグの選手会も、4月12日の同時開催を求めているのに、どうして、そうできないのでしょうか。それは、強固に反対する者がセリーグに存在しているからです。
 巨人軍の滝鼻オーナーは22日、蓮航節電啓発担当相が29日開幕を見直すよう求めたことに対して、「開幕はお上(政府)が決めることですか」と不快感を示したと報道されています。こう言わせているのは、ナベツネにちがいありません。

 プロ野球は、オリックスと近鉄が合併した2004年に大きな危機に直面しました。この時、1リーグ制にしてチームを2つ以上減らそうとし、これに反対して2リーグ12球団の維持を主張した古田選手会会長に対して「無礼な事を言うな。分をわきまえなきゃいかんよ。たかが選手が!」と暴言を吐いたのもナベツネでした。
 プロ野球機構のあり方についても様々な改革案が出されましたが、ほとんど改革は進まず、現状維持にとどまりました。これについて、『日経新聞』ですら、「巨人を初めとするセの一部球団が『赤字なのは経営努力が足りないからだ』と弱者を切り捨てる姿勢を変えなかったからだ」(『日経新聞』22日付)と批判しているほどです。
 プロ野球の改革を阻んできた元凶は巨人軍であり、その背後にいるのはナベツネです。今回も、電力不足を顧みず、自分勝手な対応に終始しようとしているセリーグの背後で糸を引いているのはナベツネでしょう。

 中日の白井オーナーは「電力事情が悪く、一般の人も苦しんでいる。ナイターで沢山の電力を消費することは、一般市民の感情とマッチしない」と述べています。当然の発言でしょう。
 東京ドームの消費電力は、一般家庭の6000 世帯分に相当すると言われています。屋根が開きませんから、昼間でも照明や空調が必要で、消費電力には大きな違いがありません。
 つまり、昼夜を問わず、東京ドームで野球をすれば、6000世帯への電力供給が不可能になり、テレビが付かずに野球が見られないという事態が生じます。

 東京ドームで野球をやったために、テレビで野球を見られなくなる。絵に描いたような「矛盾」ではありませんか。
 このような矛盾を避けるためには、東京ドームでの野球を開催しないようにすればよいのです。少なくとも、電力が足りず、計画停電が行われている期間中は、そうするべきでしょう。
 3月29日にセリーグ単独で開幕せず、4月12日にセ、パ同時開幕とするべきです。それだけでなく、東京電力と東北電力管内でのナイターは行わず、東京ドームを使用しないようにするべきでしょう。

 今は、歴史上かつてなかった未曾有の国難です。国民の迷惑を顧みず野球の開催を強行すれば、「このような国難に、一体、何を考えているんだ」と、右翼団体から抗議されるかもしれませんよ、ワタツネさん。
 それに、『読売新聞』の不買運動も始まるかもしれません。ただ、私は『読売新聞』をとっていませんので、残念ながら、このような運動に加わることはできませんけれど……。

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2月9日(水) 大相撲が本当の激震に揺れるのはこれからかもしれない [文化・スポーツ]

 大相撲の八百長問題は、その後も、大きな波紋を呼んでいます。これについて書いた2月6日付の私のブログにも、いつもの10倍ほど多くのアクセスがあったようです。
 それだけ、皆さんの関心が高いということでしょう。2月7日付『朝日新聞』の「天声人語」も、この問題について、次のように書いていました。

 いまでも言うのか、「拵(こしら)え勝負」という言葉があるのを70年ほど前に書かれた『相撲百話』で知った。勝負をこしらえるとは八百長のこと。筆者の栗島山之助は小紙の記者でもあった文人で、「呑込(のみこ)み八百長」という言葉も説明している▼事前に話をつけるのではなく、土俵の上で互いの事情や気分を呑み込み合って加減することだという。とはいえ当時、相撲界はこうしたなれ合いにも厳しかった。栗島は「八百長という隠語は角界ではもはや死語」と文を締めくくっている。(以上、引用終わり)

 ところが、「八百長という隠語は角界ではもはや死語」になっていたわけではなく、どっこい、生きていたというわけです。それも、「70年ほど前」から、おそらく絶えることなく……。
 この「天声人語」によれば、2月6日のブログ「もともと『大相撲一座』の『興行』だったのでは?」で書いた「相手の昇進がかかっていたり、十両からの陥落を左右したりする場合、『負けてやろうか』と考えてしまうこともある」という例は、「呑込(のみこ)み八百長」に当たるようです。「事前に話をつけるのではなく、土俵の上で互いの事情や気分を呑み込み合って加減する」のですから、いわゆる「無気力相撲」になります。
 でも、そのような「加減」をしたかどうかは、本人以外には分かりません。「互いの事情や気分を呑み込み合って」のものですから……。

 2月6日のブログでは、かなり厳しいことを書きました。大相撲は「国技」や「スポーツ」の看板を下ろして、プロレスのような「興行」として生き延びていくしかないのではないかと……。
 しかし、そうなって欲しいわけではなく、また、そうなってしまうには、利害関係者があまりにも多く、その影響は広範囲に及びます。したがって実際には、どこかで折り合いを付けることになるでしょう。
 2月6日のブログの例でいえば、鷺は白鳥になれなくても、それを前提としたうえで、白鳥として扱うということです。そのためには、所轄の文科省やNHK、大相撲ファン、国民世論を納得させるだけの全容解明、組織改革などの具体的な措置が不可欠です。
 そのことは、日本相撲協会も充分に自覚しているようです。特別調査委員会を設けて全容解明に乗り出そうとしていますから……。

 しかし、ここでも大きな問題が待ちかまえています。調査対象の14人の力士らに携帯電話本体の提出を求め、携帯電話会社から過去のメールや通話の履歴記録などを取らせて提出させるほか、銀行口座の取引履歴も提出させて調査するそうですから……。
 このようなやり方は、プライバシーの保護や個人情報の秘匿という点からいって、問題はないのでしょうか。このような調査によって、もし、ヤクザとの結びつきや不明朗な入金など、別の「不都合な事実」や不祥事が見つかったり、思いもよらない犯罪などが発覚したらどうするのでしょうか。
 今回の八百長疑惑も、野球賭博についての捜査の過程で偶然に見つかりました。同じように、八百長疑惑の調査の過程で、さらに大きな不祥事や犯罪が見つかる可能性は充分にあります。

 関係者は、戦々恐々としているにちがいありません。調査される力士の側だけでなく、調査を担当する特別委員会や親方の側も……。
 何が出てくるか、分からないのですから。もし、明らかにできない、あるいは明らかにしたくない事実が出てきたら、どう対応するのでしょうか。
 そうなった場合、それも公表するのでしょうか。全て、包み隠さず明らかにするのでしょうか。その場合、警察や文科省、マスコミ、世論はどう反応するでしょうか。

 大相撲が本当の激震に揺れるのは、これからかもしれません。相撲協会にとって、地獄の釜の蓋が開くのはこれからかもしれないのです。
 というような心配が、杞憂に終われば良いのですが……。

2月6日(日) もともと「大相撲一座」の「興行」だったのでは? [文化・スポーツ]

 どうして、こんなに騒ぐのでしょうか。これまでも、色々な噂がありましたから、やっぱりそうだったのかというだけの話ではないでしょうか。
 大相撲の八百長事件が発覚し、このままでは存続が危ぶまれるほどの大騒動になっています。でも、もともと相撲は純粋なスポーツではなく、「大相撲一座」の「興行」のようなものだったのですから、「国技」の看板を下ろして、プロレスやK1のような形で生き延びていくしないのではないでしょうか。

 日本相撲協会は今日の理事会で、3月13日に初日を迎える予定だった大相撲春場所(大阪府体育会館)の開催を取りやめることを決めました。八百長疑惑を受けてのもので、大相撲の本場所が中止となるのは1946年の夏場所以来65年ぶり2度目ですが、不祥事による中止は今回が初めてとなります。
 今回の八百長疑惑は力士、親方による相撲賭博事件によって押収された携帯電話のメールで発覚しました。疑惑を持たれているのは14人だそうですが、全容解明には2ヵ月ほどかかるといいます。
 この際、ウミを全て出し切るべきだという声には強いものがありますが、問題はウミを出し切った後、健康体に戻れるのかという点にあります。というのは、八百長疑惑は大相撲のあり方に深く関わっており、それを一掃するのはほとんど不可能のように思われるからです。

 たとえば、すでに負け越している力士が、千秋楽で勝ち越しがかかっている力士と対戦した場合、力を入れない(力が入らない)のは当然の人情ではないでしょうか。何と言っても生活がかかっており、自分と相手とでは1勝の持っている意味合いが全く違うのですから……。
 まして、その1勝が、相手の昇進がかかっていたり、十両からの陥落を左右したりする場合、「負けてやろうか」と考えてしまうこともあるでしょう。これは「無気力相撲」ということになりますが、「八百長」だとは言い切れません。
 しかし、立場がが逆になった場合を想定し、「お返し」を期待してそうすれば、その時には「八百長」になります。とはいえ、心の中のことですから、そのような期待を抱いていたとしても、そのための負けなのか、本当に力が足りなかったのか、体調が悪かったのか、誰にも分かりません。

 つまり、「無気力相撲」と「八百長相撲」は紙一重なのです。この両者を明確に区別することなど、できないでしょう。
 これまで問題とされてきた「無気力相撲」の多くは、「八百長相撲」だったのかもしれません。いや、相撲協会は「八百長相撲」であることに薄々気がつきながらも、問題を表面化させないために、「無気力相撲」だとして処理してきたのです。
 星の貸し借りや金銭の授受の有る無しにかかわらず、このような「疑惑の一番」は数限りなくあったはずですし、そのような経験を持たない力士はほとんどいないでしょう。したがって、大相撲から「八百長」を一掃することは不可能なように思われます。

 できないことをやろうとしても、徒労に終わるだけです。大相撲は、「国技」やスポーツという看板を下ろして、プロレスのような格闘技型の興行に戻るしかないでしょう。
 相撲がスポーツとして存続できなくなるのは残念ですが、それもやむを得ないことのように思えます。鷺はやはり鷺であって、白く見えるからといって、白鳥になることはできないのですから……。

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