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7月16日(水) その危険性や負の側面を正直に示したうえで、それでも集団的自衛権の行使を可能にするのかを問うべきだ [集団的自衛権]

 1週間のご無沙汰でした、と言いたいところですが、1週間以上のご無沙汰になってしまいました。この間、忙しくてブログを書く時間がとれなかったからです。
 7月5日(土)に中野区革新懇での講演と翌6日(日)に東京地評のセミナーでの講演があり、拙著『18歳から考える日本の政治』(法律文化社)の第2版刊行に向けて再校ゲラを読み直して手を入れるという作業が終わったと思ったら、書評を頼まれていた赤堀正成著『戦後民主主義と労働運動』(御茶の水書房)を研究会で取り上げるというので大急ぎで読了し、同時に、7月13日(日)の見附市9条の会での講演の準備と7月24日(木)全商連第27回全国事務局員交流会・西日本会場での講演のレジュメを作成し、見附市での講演のついでに昨日まで新潟に帰っていました。というわけで、このブログにまで手が回らなかったのです。
 その間にも、「戦争できる国」づくりに向けての動きは着々と進行していました。書きたいこと、書くべきことは沢山あったのですが、思うに任せない毎日が続いたというわけです。

 特に、14日の衆院予算委員会と15日の参院予算委員会での安倍首相の発言は許しがたいものでした。私は、衆院での質疑を新潟の実家で見ましたが、一国の首相が国会で嘘を言い続けたり、真実を隠したりする姿は見るに堪えませんでした。
 集団的自衛権を行使するということは日本が戦争に加わるということであり、自衛隊員が戦闘に巻き込まれて命を失う可能性が高まるということにほかなりません。そうするためにこそ、「他国」が攻撃された場合の反撃、自衛隊の出動要件の緩和、戦地での支援活動の拡大、戦闘中の機雷封鎖解除などが可能とされたわけですから……。
 そうなれば、日本国民が戦争に巻き込まれ、自衛隊員のリスクが高まることは火を見るよりも明らかです。しかし、これについて質問されても、首相は全く答えようとしませんでした。

 安倍首相にとって、これはもっとも答えにくい質問だったということなのでしょう。ここに、安倍首相の弱点があります。
 もっと端的に、集団的自衛権を行使することによって国民が戦争に巻き込まれてもやむを得ないと考えているのか、自衛隊員のリスクが高まって血を流したり命を失ったりすることがあってもしょうがないと思っているのか、と聞いてもらいたかったと思います。
 軍事同盟は「血の同盟」だという安倍首相ですから、国民や自衛隊員が血を流すことがあって初めて日米同盟は本物になると考えているに違いありません。しかし、それをはっきりと言えば、世論の大きな反発を受けることは必至です。首相はそれを恐れているのでしょう。

 集団的自衛権を行使すれば、これまで以上に日本が国際紛争に巻き込まれることは明らかです。自衛隊員にとってのリスクが高まるのも当然でしょう。
 そのような危険性や負の側面を正直に示したうえで、それでも集団的自衛権の行使を可能にするのか否かを国民に問うべきだったのです。そのような覚悟も勇気もなしに、なし崩し的に戦争への道を掃き清めるような無責任は断じて許されません。

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7月3日(木) 集団的自衛権行使容認が閣議決定された後の新たな課題 [集団的自衛権]

 閣議決定された後も、官邸前や国会周辺では「閣議決定撤回」を求め、「安倍やめろ」の声が響きました。閣議決定は始まりにすぎず、これからの方が本格的な対決の場を迎えることになるからです。

 
 閣議での決定は政府の基本方針を示すものです。しかし、それは政府を構成する行政機関の意思を拘束するにすぎません。
 国民はもとより国会議員や裁判官を拘束するものではなく、独自の判断に基づく自由な意思表明が可能です。そして、そのような場面はすぐにやってくるでしょう。
 まず、7月14日に衆院、15日に参院で予定されている予算委員会での集中審議があります。この場で説明責任を果たさせ、閣議決定の内容と安倍首相の記者会見との矛盾を明らかにして首相の嘘を暴くとともに、与党合意に対する自民党と公明党の理解の齟齬を突いて両者の違いを追及する必要があります。

 閣議決定された内容は、法律によって具体化されなければ効力を持ちません。特別チームを編成して、そのための作業が始まりました。
 改定が必要な関連諸法は16本、協定が2本と言われていますが、今後の検討によっては増減するかもしれません。改定作業の準備ができたものから、これらは順次国会に提出されます。
 早ければ秋の臨時国会での論戦が始まります。これに続いて、通常国会でも関連諸法や協定の改定に向けての審議がなされるでしょう。

 これらの審議を通じて、集団的自衛権行使容認の危険性を明らかにし、改定を阻止することが必要です。少なくとも、「限定」の縛りを強めて実際には行使できないような制約を課すことが課題になります。
 「平和国家としての日本の歩みは変わらず、歩みをさらに力強いものにする」「海外派兵は一般に許されないという従来の原則は全く変わらない。自衛隊がかつての湾岸戦争やイラク戦争での戦闘に参加するようなことはこれからも決してない」と、安倍首相は記者会見で断言しました。法改定に際して、これらの約束を守らせなければなりません。
 また、今回の閣議決定については自民・公明間の理解や解釈に違いがあり、対立が再燃する可能性もあります。公明党には、「限定」や「歯止め」を具体化する責任をきちんと果たしてもらわなければなりません。

 関連諸法や協定の改定審議と並行して、閣議決定の是非を問うことができるような裁判闘争の準備を進めることも重要です。集団的自衛権行使容認に関する憲法裁判の提起という課題です。
 それが可能であれば、できるだけ早い方がよいでしょう。最高裁に、山本庸幸元内閣法制局長官が在職しているうちに。
 安倍首相は自分の言うことを聞く小松一郎元仏大使を内閣法局長官に据えるため、前任者の山本さんを最高裁判事に追い出しましたが、その就任に際して山本さんは異例の記者会見を行って「集団的自衛権の行使は、従来の憲法解釈では容認は難しい」と発言しています。統治の基本に関する高度な政治性を有する国家の行為については司法審査の対象から外すべきだとする「統治行為論」で逃げない限り、違憲判決が出る可能性は十分にあると思います。

 今回の閣議決定は典型的な解釈改憲であり、これに続く関連諸法の改定は立法(実質)改憲を意味しています。このような改憲の動きは最終的には憲法の条文を変える明文改憲という形で総括されることになるでしょう。先の通常国会では改正国民投票法が成立し、そのための準備が着々と進められています。
 3つの改憲戦術が総合的に駆使されているということになります。このように既成事実を積み重ねつつ国民を馴らし諦めさせて、憲法を変えてしまおうという策略なのでしょう。
 このような策略に惑わされ、「もう決まってしまったのだから」と諦めてはなりません。これらの各段階での総反撃を繰り返して安倍内閣にボディブローを与え、変わりつつある世論をさらに大きく変えて退陣に追い込むことが必要です。

 年末に予定されている日米防衛協力のための指針(ガイドライン)の再改定では、集団的自衛権を踏まえた自衛隊の役割が盛り込まれる可能性があります。その前の11月には、集団的自衛権と直結する米軍基地問題が争点となる沖縄県知事選があり、来春は統一地方選が行われます。
 このような機会にきちんとした審判を下し、民意を裏切った政権は民意によって葬り去られるのだという、民主主義社会としては当たり前の教訓を与えなければなりません。言っても聞かない独裁者には、実際の行動と厳しい結果によってきちんと教えるしかないのですから……。



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6月11日(水) 安倍首相に嘘をつかれた公明党は席を蹴って協議を打ち切るべきだ [集団的自衛権]

 「約束が違うじゃないか。この嘘つき」と、公明党は言いたいところでしょう。集団的自衛権に関する与党協議について、安倍首相は閣議決定の文案について「集団的自衛権」と明記する意向を示し、通常国会中の閣議決定に間に合うよう公明党との調整加速を指示したというのですから。
 この協議について、安倍首相は期限を設けないと言っていたはずではありませんか。それが、いつの間にか会期中という期限を設定し、来週中にまとめろと言うのですから無茶苦茶です。

 どうして、こんなに急ぐことになったのでしょうか。前言を翻してまで。
 間もなくサッカーのワールドカップが始まるからだという説があります。国民の関心がそちらに向いているうちに、どさくさに紛れて閣議決定を強行してしまおうというわけでしょうか。
 本当のところは分かりません。しかし、通常国会の会期中という期限の設定には何の根拠もなく、会期が終わってしまうからというのは全く理由になりません。

 今のうちにやらないと、集団的自衛権行使容認のチャンスがなくなるからと焦っているのかもしれませんが、それも急ぐ理由にはなりません。それは安倍首相の勝手な都合にすぎないからです。
 高村自民党副総裁が挙げている年末の日米防衛協力の指針(ガイドライン)の改定に間に合わないという事情も、急ぐ理由にはなりません。そもそもガイドライン改定の期限は日本側から求めたもので、しかも、改定しなければならない理由も不明確です。
 ガイドラインは1978年に制定され、その後97年に改定されましたが、一度も実戦に生かされることはなく、どのような「抑止効果」があったのかは不明です。というよりも、この間、北朝鮮の核・ミサイル開発は続けられ、中国の軍事費も増え続けてきたわけですから、これらの国の軍事力増強に対する「抑止効果」はゼロだっただけでなく、このような軍拡を引き起こす「効果」を生み出したという点ではマイナスでした。

 今回の集団的自衛権の行使容認やそれに基づくガイドラインの改定も同様のマイナス効果を生み出すでしょう。日米同盟の強化と軍事協力の強まりは、周辺諸国の警戒感を高めるにちがいありませんから。
 日米軍事同盟が強められれば、それに脅威を感ずる国は対抗措置をとるにちがいありません。集団的自衛権の行使容認と日米同盟の強化は、さらなる軍拡を正当化し合理化する格好の口実として利用されるでしょう。
 その結果、日本周辺における緊張は高まり、偶発的な軍事衝突の危険性は増すことになります。日本の安全保障環境は改善されるどころか悪化することになるでしょう。

 憲法9条を亡きものとし、日本の命運を左右する重大な内容を含む閣議決定です。「力ずくでの現状変更」を拙速に行うことは許されません。
 公明党は安倍首相に舐められているのではないでしょうか。批判や反対はポーズだけで、強く出れば押し切れるにちがいないと。
 まだ、協議が始まったばかりだと言うのに、もう閣議決定の文案まで提示するというのでは「結論ありき」の強要だと言うしかないでしょう。このような横暴を許さないためにも、公明党は席を蹴って不毛な協議を打ち切るべきです。

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6月5日(木) 公明党は安倍首相の暴走を抑えるために「鼻緒」を切ってみたらどうか [集団的自衛権]

 昨日に続いて、集団的自衛権の行使容認に関する与党協議についてです。この協議の開始に当たって、政府は与党に15の事例を示しました。
その具体的な内容は、以下のようになっています。これぐらい「釣り糸」を沢山たらせば、一つくらい当たりがあるだろうという姑息な作戦を思わせます。

 武力攻撃に至らない侵害(グレーゾーン)への対処
① 離島等における不法行為への対処
② 公海上で訓練などを実施中の自衛隊が遭遇した不法行為への対処
③ 弾道ミサイル発射警戒等の米艦防護
(参考)領海内で潜没航行する外国の軍用潜水艦への対処
 国連PKOを含む国際協力への対処
④ 戦闘地域での多国籍軍への後方支援
⑤ 国連PKO要員らへの駆けつけ警護
⑥ 国連PKOで任務を遂行するための武器使用
⑦ 領域国の同意に基づく邦人救出
 「武力の行使」に当たり得る活動
⑧ 邦人を乗せた米輸送艦の防護
⑨ 周辺有事で武力攻撃を受けている米艦の防護
⑩ 周辺有事の際の強制的な停戦検査
⑪ 米国に向け日本上空を横切る弾道ミサイルの迎撃
⑫ 周辺有事での弾道ミサイル発射警戒中の米艦防護
⑬ 米国本土が核兵器など弾道ミサイル攻撃を受けた際、日本近海で作戦を行う米艦の防護
⑭ 国際的な機雷掃海活動への参加
⑮ 武力攻撃発生時の民間船舶の国際共同護衛活動

 このうち、3番目の領域(「武力の行使」に当たり得る活動)は集団的自衛権行使の容認を必要とするものですが、2番目の領域(国際協力)も微妙です。この領域は海外への自衛隊派兵を前提にしているからです。
 一昨日の与党協議の対象となった「④戦闘地域での多国籍軍への後方支援」は「戦闘地域」での幅広い支援活動を解禁するもので、たとえ兵站活動であっても攻撃されれば戦闘に巻き込まれ、自衛隊の武力行使や「他国の武力行使との一体化」に転嫁する可能性は十分にあります。
 安倍首相にとっては、このような形での多国籍軍参加こそが悲願であり、集団的自衛権行使容認の主たる目標であることは昨日書いた通りです。それ以外の事例は、北朝鮮によるアメリカへの核ミサイル発射や朝鮮半島有事などを前提としており、ほとんど現実性のない荒唐無稽なものばかりです。

 ただし、公海上での米艦ないしは米輸送艦の防護も、安倍首相にとってはもう一つの優先事項であるように思われます。これは15事例のうち5事例と、3分の1を占めているからです。
 戦争になりそうな危機が高まったら、日本の領海外で活動するアメリカの艦船を自衛隊が防護できるようにすることも、集団的自衛権の行使容認を求める安倍首相の目標でしょう。しかし、艦船を防護するための高度な能力を持つイージス艦をアメリカ海軍は84隻も保有しているのに、日本の海上自衛隊は6隻しか持っていません。
 これだけ強力な艦船防護戦力を有する米艦を海上自衛隊が守ろうというのですから、まるで小学生が横綱に「ボク、守ってあげるよ」と言っているようなものではありませんか。横綱は「ありがとうね」と言ってにっこり微笑むかもしれませんが、「でも、邪魔をしないでね」というのが本音でしょう。

 これからも自民党と公明党の与党協議はペースを上げて行われるようです。しかし、期限とされているガイドライン作成は日本側がアメリカに要望して年末までとされたのであり、それに間に合わせなければならないという根拠はありません。
 安倍首相は、シンガポールやG7など海外で「力による現状変更」を厳しく批判しています。しかし、憲法9条の解釈について「力による現状変更」を目指しているのは、安倍首相本人ではありませんか。
 憲法の根幹を変えてしまうような解釈変更を、数の力によって押し切るようなことは断じて許されません。与党協議の一方の当事者である公明党の役割は極めて重要になっています。

 公明党は「下駄の雪」のようなもので、踏まれれば踏まれるほど固くくっつき、そのうち溶けてなくなるのではないか、などと言われてきました。このような評言に対して、山口代表は「下駄の鼻緒だ。切れたら歩けない」と反論しています。
 本当に「下駄の鼻緒」の役割を演じているのか、切れたら自民党は歩けなくなるのか。安倍首相の暴走を抑えるために、いっそのこと公明党は「鼻緒」を切ってみたらどうでしょうか。

 なお、明日から北海道に行き、6月7日(土)午後1時30分から、札幌駅北口のLプラザで開かれる九条の会ネットワーク北海道第3回交流集会で「安倍首相のめざす『強い日本』とは何か―改憲戦略の目標と特徴を解明する」という講演を行います。興味と関心のる方は、ご出席ください。

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6月4日(水) 集団的自衛権行使容認についての安倍首相の本音が出た [集団的自衛権]

 集団的自衛権行使容認に向けての自民党と公明党の与党協議が続いています。昨日の協議では、多国籍軍への自衛隊の国際協力で「活動は非戦闘地域に限る」としてきた制約を外す方針が示されました。これがやりたかったんですね、安倍首相は。

 いよいよ、本音が出てきたと言って良いでしょう。これまで自民党が示した15事例は、北朝鮮によるミサイル発射とか朝鮮半島での紛争の勃発とか、ほとんど現実性のないものでした。
 しかし、昨日示された事例は中東での紛争に絡むもので、湾岸戦争、イラク戦争、アフガニスタン戦争など、過去に例があります。今後も、同様の紛争が生ずる可能性があり、そうなれば自衛隊は多国籍軍への参加を求められるにちがいありません。
 集団的自衛権の行使が容認されれば、自衛隊はこのような紛争への関与を断ることができなくなります。というより、そのような紛争に積極的に参加し、自衛隊が今まで以上に幅広く能動的な役割を果たせるようにすることこそ、安倍首相が目指している集団的自衛権行使容認の目的なのです。

 昨日の協議では、「国連安保理決議に基づき、侵略行為を制裁する多国籍軍の武力行使への支援」についての説明で、内閣法制局が1997年に示した後方支援の可否を判断する「一体化」4条件をさらに具体化するとして新たな方針が示されました。
 それによれば、過去の自衛隊派遣で設けた非戦闘地域について、今後は「自衛隊の活動範囲を一律に区切らない」とし、これまで活動できなかった戦闘地域でも支援活動ができるとしています。その際の基準を新たに4つ設けていますが、それは次のようなものです。

(1)支援する部隊が戦闘行為を行っている
(2)提供する物品が他国の戦闘行為に直接用いられる
(3)自衛隊の活動場所が他国の戦闘行為の現場に当たる
(4)後方支援が戦闘行為と密接に関係する

 この4つの条件を全て満たした場合にだけ、自衛隊は支援できないというわけです。逆に言えば、この4つの条件の一つでも欠けていれば、支援活動は可能だということになります。
 現に戦闘中でなければ支援は可能、戦闘中であっても戦闘に直接用いられる物品・役務でなければ支援は可能、戦闘行為の現場でなければ支援は可能、戦闘行為と密接な関係がなければ支援は可能、というわけです。どのような戦場であっても、戦闘が一時的に停止していれば、食料・水の補給や輸送、医療への支援などができるようになります。
 これに対して、公明党幹部は「戦闘地域での戦闘以外は何でもできるようになる」と否定的な考えを示したそうですが、まさにその通りです。一時的に戦闘がやんでいても、このような支援活動を行えば自衛隊が狙われ、戦闘が始まることは十分にありうることです。

 また、政府は「駆け付け警護」「外国でテロなどに巻き込まれた邦人の救出」についての説明でも、憲法解釈で禁じられている「国または国に準じる組織」への武器使用という基準は「認定の方法を変える」とし、自衛隊の武器使用に対する制約を事実上緩和する考えを示しました。
 さらに、グレーゾーン事態のうち離島での不法行為の対処、公海上の日本の民間船への襲撃対処の2事例について、あらかじめ閣議決定し、自衛隊が迅速に対処できるよう海上警備行動を発令しておく、閣議決定を閣僚が電話で済ませられるよう手続きを簡素化するなどの案を示しています。
 いずれも、自衛隊の活動領域を拡大し、武力行使を可能とする方向での見直しです。「駆け付け警護」で武器使用が緩和されれば、戦闘に巻き込まれ「他国の武力行使と一体化」する危険性が生ずるでしょうし、準有事であるグレーゾーンをブラックにすれば「準」が取れて直ちに有事となり、武力衝突に発展する危険性が高まるということが分からないのでしょうか。

 集団的自衛権の行使容認は1990年ころから検討されてきました。それは、「日本周辺の安全保障環境の激変」によるものではなく、多国籍軍への自衛隊の積極的関与を可能にすることを目的としたものです。
 今回の与党協議での新たな提案は、このことを明瞭に示しています。湾岸戦争のトラウマとイラク戦争での屈辱が、政府と安倍首相を駆り立てている要因なのだということを。
 集団的自衛権の行使とこの4条件が認められていれば、湾岸戦争でも自衛隊を派遣することができたでしょうし、イラク戦争では自衛隊の派遣先が「非戦闘地域」に限られることはなく、アフガン戦争でも海上給油活動以上の支援活動ができたにちがいありません。

 そして、自衛隊は戦闘に巻き込まれ、戦争での死傷者を出すことになっていたでしょう。イラクとアフガンの戦争で7000人の若者が死んだアメリカやアフガンで1000人の若者が命を失ったNATO諸国のように……。
 このようにして死傷者が出て初めて日米同盟は本物になると、安倍首相は考えているのでしょう。共著『この国を守る決意』(扶桑社)の中で、軍事同盟は「血の同盟」であるべきだと主張していたように……。

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5月28日(水) 北岡伸一安保法制懇座長代理による集団的自衛権についての発言の問題点 [集団的自衛権]

 『読売新聞』5月25日付の一面と二面に、安保法制懇の北岡伸一国際大学長の発言が掲載されていました。「集団的安全保障 国民の安全保障最優先」という表題が付いています。
 「正統性あるわけない」と北岡さん本人が言う安保法制懇ですが、その座長代理として報告書のとりまとめに中心的な役割を演じた方です。どのように集団的自衛権の行使容認を正当化されるのか、興味をもって読みました。
 さしあたり、以下のような問題点を指摘しておきましょう。

 第1に、「当然であるが、懇談会は集団的自衛権の行使を主張しているのでなく、いざという時のために行使できるようにしておくべきだと主張したのである。現に個別的自衛権の行使は、法的には1954年から可能となったが、一度も行使されていない」と述べています。容認しても使われることはないから安心してほしいというわけです。
 しかし、憲法9条によっても個別的自衛権は認められており行使可能だと言う「解釈改憲」によって、「自衛のための必要最小限度の実力」である自衛隊が発足して育成されてきたこと、そのために年々軍事費が増え続け、今では年間約5兆円もの国費が投じられ、国家財政の大きな負担になっていることが全く無視されています。集団的自衛権の行使が容認されれば、このような軍事対応のための財政的な負担は増えこそすれ、削減されることはなくなるでしょう。

 さらに大きな問題は、個別的自衛権は「一度も行使されていない」と述べている点です。それなら、湾岸戦争後のペルシャ湾への海上自衛隊の掃海艇、イラク戦争のときのサマーワへの陸上自衛隊、バクダッド空港への航空自衛隊の派遣はいったい何だったのでしょうか。
 いずれも個別的自衛権の拡大解釈による海外派兵ではありませんか。それとも、これらは法的な根拠を持たない憲法違反の派遣だったということを認めるのでしょうか。

 第2に、北岡さんは「集団的自衛権は、少なくとも1990年第1次湾岸危機のころから議論されてきた。もう24年である。そして第1次安倍内閣で懇談会が設置され、メディアでもさんざん報道されてきた」と指摘しています。日本の政治は法律の制定にも時間がかかるから、「内閣ごとに解釈が変わり得るという批判」は当たらないというわけです。
 「語るに落ちる」とはこのことでしょう。法律は国会で審議され過半数以上の賛成を必要とするのに、安倍首相は国会審議を経ずに閣議決定だけで解釈変更を行おうとしています。北岡さんの立場からしても、このようなやり方は異常だということになります。

 また、この集団的自衛権の行使容認は、最近になって日本周辺の安全保障環境が激変したからではなく、1990年ころからの懸案とされてきたことが明らかにされています。つまり、湾岸戦争でのトラウマが背景にあるということが、北岡さんによっても明示されたわけです。
 これについては、すでに安保法制懇の座長である柳井俊二元駐米大使が次のように述べています。

 「当時、外務省条約局長として、国会答弁の矢面に立ったが、挫折感が残った。『自衛隊が国際平和のために活動できない憲法解釈はおかしい』と感じながら、苦しい答弁を繰り返した。それを『トラウマ』というかは別にして、何とかしなければいけないという気持ちは、ずっと持ってきた。
 その後、問題が起こるたびに、米同時多発テロを受けたテロ対策特別措置法や、イラクに自衛隊を派遣できるイラク特措法を慌てて作った。それは必ずしも望ましいやり方ではなかったし、いつも憲法解釈の壁にぶつかってきた。」(『朝日新聞』5月18日付)

 つまり、集団的自衛権の行使容認は自衛隊の海外派遣についての「憲法解釈の壁」を取り払うために必要とされたのであり、日本周辺の安全保障環境の激変はそのための口実として持ち出されたにすぎなかったのです。そのための主たる目標は、いつでもどこでも(たとえ地球の裏側でも)自衛隊を派遣して米軍との共同作戦を可能にすることにあるということになるでしょう。

 第3に、「中国との関係改善にまず取り組むべきだという批判」に対して、「どうやって関係改善が可能なのか。カードはあるのか」「日中関係の改善が先だという人は、その方法と、それを先行させるべき理由を示してほしいものだ」と反論しています。それなら、中国との関係改善に取り組まなくても良いのか、集団的自衛権行使容認が日中関係を改善させるのか、そのためのカードになるのか、と北岡さんに問いたいところです。
 日本の政治外交史の専門家が「日中関係の改善……を先行させるべき理由を示してほしいものだ」などと言いだすようになってはお終いです。安倍首相のブレーンらしい居直りですが、「そんなことも分からないのか」と顰蹙を買うだけでしょう。

 日中関係が急速に悪化したのは野田政権による尖閣諸島の国有化が契機で、そのきっかけを作ったのは石原慎太郎元都知事でした。第2次安倍政権発足後も関係が改善されなかったのは首相自身による歴史認識にかかわる言動であり、何よりも靖国神社への参拝が大きな理由になっています。
 というのであれば、関係改善のための「カード」は安倍首相の手にあるということになります。関係改善のネックになっている歴史認識問題に関する言動を控え、首相在任中に靖国神社参拝を行わないことを明言し、閣僚にも参拝しないよう指示すれば良いだけのことです。
 そうすれば、中国が首脳会談を拒む理由がなくなります。こんな簡単なことも北岡さんには分からないのでしょうか。

 北岡さんは、日本の政治外交史の専門家です。そうであるなら、戦前の日本がどのようにして道を誤り、それがどれほど大きな過ちを犯すことになったのか。その原因や背景、論理や経過、そして結果やその意味についても十分ご存知のはずです。
 それなのに、安倍首相の政治外交政策の問題点には全く気が付いていないとは、驚くべきことです。国民の多くが、軍事一辺倒で外交放棄という安倍首相の政策にきな臭さを感じ、近隣諸国との緊張緩和努力ではなく軍事対応の準備にばかりエネルギーを使っていることの異様さに呆れているというのに、政治外交史の専門家である北岡さんは、このようなきな臭さも異様さも全く感じていないのでしょうか。
 知識はあっても、現実を直視する眼を持たないというのでは困ります。自らの教え子も含めて日本の若者に血を流させるような愚を避けることは、教職にある者にとって最優先されるべき責務でしょう。

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5月24日(土) 安倍首相の記者会見で示されたその他の題点 [集団的自衛権]

 5月15日の安倍首相の記者会見には、昨日のブログで指摘した以外にも数々の問題点があります、さしあたり、以下の3点について指摘しておきましょう。

 第1に、日米安保条約によって日本は戦争に巻き込まれたという事実です。これについて安倍首相は全く無知であり、15日の記者会見は戦後史についても安倍首相の歴史認識が驚くほど貧弱なものだということを暴露しました。
 この点に関して、安倍首相は冒頭発言の後、記者の質問に答えて次のように述べています。
 
 「今回の検討によって、他国の戦争に巻き込まれるといった批判があります。こうした批判は、1960年の安保改正の際、盛んに言われました。この安保条約の改正によって、むしろ反対論の中心はそこにあったのです。この日米安保の改正によって日本は戦争に巻き込まれる、さんざん、そう主張されました。しかし、50年たってどうだったでしょうか。この改正によって、むしろ日本の抑止力が高まり、アジア太平洋地域においてアメリカのプレゼンスによって、今、平和がより確固たるものになるというのは、日本人の常識になっているではありませんか。まさに、私たちが進めていこうとすることは、その抑止力を高めていく、そして、日本人の命を守るためにやるべきことはやらなければならないという観点から検討していかなければならないということであります。巻き込まれるという受け身の発想ではなくて、国民の命を守るために、何をなすべきかという能動的な発想を持つ責任があると、私は思います。
 繰り返しになりますが、抑止力が高まることによって、より戦争に巻き込まれることはなくなると、私はこのように考えております。」

 このように、安倍首相は「日米安保の改正によって……むしろ日本の抑止力が高まり、アジア太平洋地域においてアメリカのプレゼンスによって、今、平和がより確固たるものになるというのは、日本人の常識になっているではありませんか」と強弁しました。しかし、これは真っ赤なウソです。
 安保条約によって日本はベトナム戦争の出撃基地となり、イラク戦争では陸上自衛隊と航空自衛隊がイラクに派遣されました。ベトナム戦争はトンキン湾事件をでっち上げたアメリカによる不正義の戦争であり、イラク戦争もフセイン政権による大量破壊兵器の開発・保有という濡れ衣によって引き起こされた間違った戦争です。
 安保条約が結ばれていなければ、このような間違った戦争に日本が加担することも、遠い中東での「他国の戦争に巻き込まれる」こともなかったはずです。まさに「アメリカのプレゼンス」こそが、このような戦争を引き起こしたのであり、それがアジア太平洋地域はもとより世界全体の平和を大きく脅かしたことは否定できない事実ではありませんか。

 第2に、戦争に「巻き込まれる」のではなく、「進んで加わる」のが集団的自衛権の行使容認という問題です。安倍首相にはこのことについての自覚がほとんどなく、他国から反撃されることへの想定が極めて薄弱で、それを全く想定していないかのような楽観主義には驚くばかりです。
 米国に向かうミサイルを撃ち落としたり、公海で米艦船を護衛したり、強制的な臨検を行ったり、戦闘中に機雷を除去したり、同盟国に対する攻撃に反撃したりすれば、直ちに相手国からの攻撃を招くでしょう。北朝鮮や中国からの反撃であれば、日本海側の原発がミサイルの標的にされ、巨大な災厄を引き起こす可能性があります。
 現在行われている与党協議の焦点になっているグレーゾーン事態についても、同様の問題があります。グレーゾーンとは準有事のことで直ちに戦争を意味しているわけではないにもかかわらず、警察や海上保安庁ではなく自衛隊が対処すれば事態はグレーからブラックに急変し、戦争にまでエスカレートしてしまうかもしれません。そのようなことになっても良いのでしょうか。

 第3に、抑止力に対する考え方も極めて楽観的です。抑止力とは、攻撃すれば相手以上の大きな被害を受けるかもしれないと考えて攻撃を思いとどまらせる力を意味していますが、北朝鮮はそのような「理性的」な判断ができる国なのでしょうか。
 すでにこれまでも、自衛隊の増強によって世界有数の「軍隊」を持ち、在日米軍基地が存在して横須賀は米第7艦隊の母港になるなど一貫して軍事力が強められてきたにもかかわらず、北朝鮮は核実験を繰り返してミサイル開発を続け、中国は過去10年間で4倍という軍事費の増大を続けてきました。どこに、自衛隊と在日米軍の抑止力が存在し、一体、何を「抑止」してきたというのでしょうか。
 安倍首相が言うように安保体制によって抑止力が高まってきたのであれば、今回のような「積極的平和主義」への転換や集団的自衛権の行使容認による平和憲法の空洞化などは必要ないはずです。逆に、このような日米同盟による軍事的対応能力の強化は、「それ見たことか」と北朝鮮や中国の軍拡の口実とされ、軍拡競争をさらにエスカレートさせて日本の安全を脅かすことになるでしょう。

 「こうした検討については、日本が再び戦争をする国になるといった誤解があります。しかし、そんなことは断じてあり得ない。日本国憲法が掲げる平和主義は、これからも守り抜いていきます。そのことは明確に申し上げておきたいと思います。むしろ、あらゆる事態に対処できるからこそ、そして、対処できる法整備によってこそ、抑止力が高まり、紛争が回避され、わが国が戦争に巻き込まれることがなくなると考えます。」

 安倍首相は、記者会見でこのように言って胸を張りました。つまり、「戦争をする国にならないための戦争の準備」であり、同盟国とともに戦争できるようにすれば日本は戦争に巻き込まれることがなくなるというわけです。
 「戦争抑止のための戦争準備」という論理は、「平和のための戦争」という論理と瓜二つです。まことに、軍事力一辺倒で「戦争オタク」の安倍首相らしい言い逃れであり、開き直りではありませんか。

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5月23日(金) 安倍首相が記者会見で示した日本政府の無責任さと米国依存 [集団的自衛権]

 「なんか変だな?」
 5月15日の集団的自衛権の行使容認を打ち出した安保法制懇の報告を受けておこなわれた安倍首相の記者会見を見て、大きな違和感を覚えました。
 それは紛争地域からの邦人救出についての説明に関するものです。安倍首相は次のように述べました。

 「具体的な例で、ご説明をしたいと思います。いまや、海外に住む日本人は、150万人。さらに年間1,800万人の日本人が海外に出かけていく時代です。その場所で、突然紛争が起こることも考えられます。そこから逃げようとする日本人を、同盟国であり、能力を有する米国が救助を輸送しているとき、日本近海で攻撃があるかもしれない。このような場合でも、日本人自身が攻撃を受けていなければ、日本人が乗っている米国の船を日本の自衛隊は守ることができない。これが憲法の現在の解釈です。」

 また、冒頭発言の後の記者の質問にも、次のように答えました。

 「今、私が説明をしたように、この事態でも私たちはこの船に乗っている、もしかしたら子供たちを、お母さんや多くの日本人を助けることはできないのです。守ることもできない。その能力があるのに、それで本当にいいのかということを私は問うているわけであります。」

 このように説明した安倍首相の後ろには、お母さんと思われる女性、子供や赤ちゃんの絵が描かれたパネルが映っていました。日本列島の北西方向からの避難ですから、恐らく朝鮮半島の紛争に際しての邦人救助を想定しているのでしょう。
 私の違和感はこの説明と図にありました。「そこから逃げようとする日本人を、同盟国であり、能力を有する米国が救助を輸送しているとき、日本近海で攻撃があるかもしれない」と安倍首相は言っていますが、①「日本人」をなぜ「米国が救助」するのか、②その「日本人」がなぜ女性や子供なのか、③「日本人自身が攻撃を受けていなければ、日本人が乗っている米国の船を日本の自衛隊は守ることができない」というのはどういうことなのか、などの点です。

 ① について言えば、朝鮮半島有事の可能性が生じた場合、韓国に在住する日本人の避難と救助の責任は第1義的に日本政府にあり、必要であれば韓国政府に協力を求めることになるでしょう。攻撃される可能性が生ずる以前に、大半の邦人は日本に避難しているはずです。
 攻撃される可能性がある戦時下のようなときに米国の船で日本人が避難するようなことはあり得ないだけでなく、あってはなりません。それ以前に避難が終わっていなければならないからです。
 しかし、安倍首相がそのような事例を出してきたために、朝鮮有事に際して邦人救助の責任を日本政府が放棄してしまうのではないかとの疑念を生むことになりました。そのようなことを避けるためには韓国政府との協力・協調が不可欠であり、集団的自衛権を使えるようにするよりも首脳会談さえ開けない今日のような状況を打開することが先決でしょう。

 ② の事例は、このことをさらに明瞭に示しています。もし、紛争が生ずる可能性が高まった場合、真っ先に避難を勧告されて退去するのは、女性、子供や幼児、高齢者だということは誰でも知っている常識だからです。
 しかし、安倍首相はこのような常識を持ち合わせていないようです。攻撃される可能性が生ずるような危機的な状況になるまで女性や子供たちの救助を遅らせることを想定しなければ、あのような図はかけません。
 何らかの手違いによってそうなってしまうことはあるかもしれませんが、それを最初から想定するなどということは断じて許されません。しかも、その遅れた救助を政府自身が行うのではなく「米国の船」に任せようというわけですから、度し難い米国依存であり無責任極まりない対応だと言うべきでしょう。

 ③ そして、このようなとき、「日本人自身が攻撃を受けていなければ、日本人が乗っている米国の船を日本の自衛隊は守ることができない」と語っています。「日本人自身」に対する攻撃と「日本人が乗っている米国の船」に対する攻撃を、安倍さんはどのように区別するのでしょうか。
 日本人が乗っている船への攻撃は、すなわち日本人自身に対する攻撃を意味すると理解するのが普通ではありませんか。そして、日本人自身が攻撃を受けていれば、「日本の自衛隊は守ることが」できるということは、安倍さんも認めている通りです。
 どうして、集団的自衛権の行使を容認しなければならないのか、まったく理解できません。個別的自衛権の範囲で、十分対応可能な事例だというべきではありませんか。

 記者会見に際して、安倍首相は集団的自衛権の行使容認に反対が多いことを自覚していたように見えます。国民の理解が足りないと考えていたのでしょう。
 「何とか理解してもらいたい」と考え抜いたあげく、朝鮮半島有事に際しての邦人救出の事例を思いついたにちがいありません。しかも、お母さんや子供の絵をパネルに書いて示した方が、分かりやすいだけでなく国民の心情にも訴えることができるんじゃないかと。
 しかし、想定自体が非現実的であったために、思わぬ効果が生じてしまいました。朝鮮半島有事に際して邦人救出に当たるべき日本政府の無責任さが、はっきりと図示されたからです。

 このような緊急事態に際してもなお、自らの責任を放棄して米国に依存することしか考えていない日本政府の情けない姿を明示したのが、あのパネルの絵にほかなりませんでした。5月15日の安倍首相の記者会見は、「策士策に溺れる」姿そのものだったということになります。

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5月20日(火) 「三択のトリック」を用いたインチキ調査による「集団的自衛権の行使容認」世論の偽造 [集団的自衛権]

 「産経新聞社とFNN(フジニュースネットワーク)が17、18両日に実施した合同世論調査で、安倍晋三首相が目指す集団的自衛権の行使容認について『必要最小限度で使えるようにすべきだ』との回答を含め約7割が賛意を示した」そうです。その後に「賛意を示した人のうち、憲法改正ではなく、首相が主張する憲法解釈の変更での対応を支持する人も約7割に上り、安倍政権にとって追い風となりそうだ」と書かれています。
 記事では「追い風になりそうだ」とあります。しかし、産経のこの調査は、世論の「追い風」を生み出すためになされたインチキ調査だと言うべきものです。

 集団的自衛権の行使容認については、別の調査もあります。毎日新聞の5月調査では、行使容認に反対が54%、賛成が39%で、行使容認を解釈の変更によって行うことに反対が56%、賛成が37%になりました。
 共同通信の5月調査でも、行使容認に反対が48.1%、賛成が39.0%と反対の方が多く、解釈変更による容認にも反対51.3%と、過半数を超えています。一方の産経調査では賛成が約7割、他方の毎日・共同調査では反対が約5割です。
 賛否が逆転し、大きな差が出ています。同じ国民の世論を調査したのに、どうしてこのような結果になっているのでしょうか。

 また、読売新聞社による5月9~11日の調査でも、「使えるようにする必要はない」が25%、「全面的に使えるようにすべきだ」が8%、「必要最小限の範囲で使えるようにすべきだ」は63%でした。産経と同様に、約7割が集団的自衛権の行使を容認する考えを示していたことになります。
 実は、毎日新聞も4月19~20日に実施した調査では、「全面的に認めるべきだ」12%、「限定的に認めるべきだ」44%、「認めるべきではない」36%となり、「全面的」と「限定的」を合わせれば56%でした。それが5月の調査で逆転したわけですが、それは何故でしょうか。

 これについては、『朝日新聞』に次のような解説がありました。
 「毎日新聞、産経新聞・FNN、読売新聞の調査では選択肢は三つ。集団的自衛権 の行使を必要最小限に限るとする、いわゆる『限定容認論』を選択肢に加えたのが特徴で、『全面的に使えるようにすべきだ』『必要最小限の範囲で使えるようにすべきだ』『使えるようにする必要はない』といった三択になっている。
 結果をみると、『全面』賛成派は1割前後にとどまるが、『限定』賛成派は最多の4~6割。反対派は2~4割だった。『』「全面」と『』「限定」を合わせると、賛成派は反対派を上回る。
 二択では反対派が多数なのに、三択になると賛成派が多数になるのはなぜか。
 まず、三択で賛成の選択肢が二つ、反対の選択肢が一つと数が異なると、選択肢の多い方が回答の比率は高くなる傾向がある。
 さらに、集団的自衛権の問題は、多くの国民にとって理解が難しい面があるのは確かだ。こうした問題で選択肢が三つ以上あると、中間的な選択肢に回答が集まりがちだ。また、『必要最小限の公共事業』『必要最小限の国民負担』という言葉を思い浮かべれば分かるように、『必要最小限』という文言が加わると、反対しにくくなる。」
 というわけで、集団的自衛権の行使容認に賛成が多くなる調査では選択肢が三つあり、そのうち「賛成」が二つ、「反対」が一つですから、賛成の方が多くなりがちなのです。「三択のトリック」とでも申しましょうか。

 冒頭に紹介した産経の調査でも、集団的自衛権の行使容認に関して「全面的に使えるようにすべきだ」10.5%、「必要最小限度で使えるようにすべきだ」59.4%で、「使えるようにすべきではない」は28.1%でした。ここでも「三択のトリック」が用いられており、上で紹介した指摘通りの結果になっています。
 さらに冒頭の記事には、「賛意を示した人のうち、憲法改正ではなく、首相が主張する憲法解釈の変更での対応を支持する人も約7割に上り」とも書かれています。これを読んで、解釈改憲への賛成も約7割もあると早とちりしてはなりません。
 これは、集団的自衛権の行使容認に「賛意を示した人のうち」の割合で、反対した人は含まれていません。「憲法改正が望ましいが、当面は解釈変更で対応すればよい」は46.9%、「必ずしも憲法改正の必要はなく、解釈変更でよい」は23.5%と合わせて7割で、「憲法解釈変更は認められず、必ず憲法の改正が必要だ」との回答は25.8%と、「3択のトリック」が用いられているだけでなく、一番目の設問と二番目の設問はほとんど同じになっています。

 さすが、産経新聞というべきでしょうか。世論調査のトリックというかテクニックを駆使して、集団的自衛権行使容認とそれを解釈改憲で行おうとする「安倍政権にとって追い風となりそう」な世論を、こうして偽造したわけです。
 しかし、そのようなインチキ調査でも、集団的自衛権を「使えるようにすべきではない」は28.1%で、「使えるようにすべきだという人」の中でも「憲法解釈変更は認められず、必ず憲法の改正が必要だ」との回答は25.8%ありました。このような世論の状況が、果たして安倍政権にとっての「追い風」になると言えるのでしょうか。


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5月18日(日) この次『しんぶん赤旗日曜版』に登場するのは池田大作創価学会名誉会長か [集団的自衛権]

 日本共産党の機関紙『しんぶん赤旗日曜版』に加藤紘一元自民党幹事長が登場しました。集団的自衛権の行使容認に向けての解釈改憲を批判して注目されています。
 この次は、池田大作創価学会名誉会長が登場するかもしれません。『赤旗』の記者には、ぜひ「突撃取材」を期待したいものです。

 今日付けの『しんぶん赤旗日曜版』は集団的自衛権の行使容認問題についての大特集でした。自民党の加藤紘一元幹事長だけでなくタレントで元民主党参院議員の大橋巨泉氏も登場し、著書インタビューで安倍政権の姿勢を厳しく批判しています。
 加藤さんは、安倍政権が目指す集団的自衛権行使容認について「自衛隊を海外に出し、米軍と肩を並べて軍事行動させようということ。地球の裏側まで行くことは十分想定される」と批判し、「議論はやりだすと徴兵制まで行き着きかねない。戦闘すると承知して自衛隊に入っている人ばかりではないからだ」と懸念を表明しています。「行使を容認したいなら、憲法解釈の変更などという軽い手法ではなく、正々堂々と改憲を提起すればいい。立憲主義は守るべきだ」という指摘もあります。 
 自民党の大物OBが同紙に登場するのは、初めてではありません。昨年には自民党の古賀誠元幹事長が同紙のインタビューに応じて話題を呼んだことがあります。

 加藤さんのような懸念は、自民党の現職議員にも存在しています。野田聖子総務会長は月刊誌『世界』とのインタビューで、「集団的自衛権が行使できる、武力行使ができるとなれば自衛隊は軍になる。軍隊は殺すことも殺されることもある。 今の日本にどれだけそこに若者を行かせられるのでしょう」と指摘し、 「国際情勢という大きな状況と、人を殺す、人が殺されるかもしれないというリアリズムを語るべき」と主張していました。
 また、額賀福志郎元防衛庁長官(額賀派会長)は「法制懇の議論の過程や狙いを勉強し、政府・与党でいい形での合意を作るよう互いに努力すべきだ」と慎重な対応を求めています。村上誠一郎元行政改革担当相も「首相が示した事例が、集団的自衛権の行使が必要となる事例なのか疑問だ。内閣ごとに憲法解釈が変わることになれば、法の安定を保つことはできない」と批判しました。
 与党・公明党の山口那津男代表も、4月下旬のロイターとのインタビューで、「集団的自衛権は煎じ詰めれば海外で武力を使うこと。国のありよう、国民の生き方を変える。慎重に議論する必要がある」と述べていました。公明党の支持母体である創価学会は17日、安倍晋三首相が目指す憲法解釈変更による集団的自衛権の行使容認について「本来、憲法改正手続きを経るべきだ」とのコメントを明らかにし、次のように「慎重の上にも慎重を期した議論」を求めています。

  創価学会広報室のコメントの全文は次の通りです。

 「私どもの集団的自衛権に関する基本的な考え方は、これまで積み上げられてきた憲法第9条についての政府見解を支持しております。したがって、集団的自衛権を限定的にせよ行使するという場合には、本来、憲法改正手続きを経るべきであると思っております。集団的自衛権の問題に関しては、今後の協議を見守っておりますが、国民を交えた、慎重の上にも慎重を期した議論によって、歴史の評価に耐えうる賢明な結論を出されることを望みます。」

 問題は、このような慎重な検討を求める見解や懸念がどれほど大きな声になるかという点にあります。「憲法解釈を勝手に変える前に、国民の信を問え」と求める力にまで高めるには、この一点での共同が必要でしょう。
 池田名誉会長の登場は無理でも婦人部長などの創価学会関係者、黒柳明さんや浜四津敏子さんのような公明党OBなどの見解表明は、そのための大きな力になると思います。ぜひ、『しんぶん赤旗日曜版』に登場してもらいたいものだと思いますが、いかがでしょうか。


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