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11月7日(金) 川内を「かわうち」と読み間違えるような担当大臣によって原発を再稼働させても良いのか [原発]

 今日の『朝日新聞』に次のような記事が掲載されていました。「川内原発再稼働、知事同意へ」という見出しです。

 「九州電力川内(せんだい)原発(鹿児島県薩摩川内市)の再稼働について、鹿児島県の伊藤祐一郎知事が7日にも、同意を表明する意向であることが、関係者の話で分かった。これに先立ち、県議会の特別委員会も再稼働推進の陳情を採択した。新規制基準のもとで審査を通った原発の立地県の知事が再稼働に同意するのは初めてとなる。
 県議会の原子力安全対策等特別委員会(15人)は6日夜、再稼働推進を求める陳情を賛成多数で採択した。取材に対し、議長と欠員2人を除く県議48人の過半数が再稼働容認の考えを示しており、7日の本会議でも推進の陳情が採択される見通しだ。」

 このような鹿児島県段階での動きに先立って、担当大臣である宮沢洋一経済産業相が鹿児島を訪れました。11月3日(日)のことです。
 実はこの日、宮沢さんが訪問した鹿児島県庁の近くにある鹿児島県市町村自治会館に私も行っていました。かごしま9条の会主催の講演会で講演するためです。
 宮沢さんの訪問とぶつかったために多少出席者が減るという被害を、私もこうむることになりました。講演が終わってから県庁前に駆け付けた方もおられたようです。

 この宮沢経産相の鹿児島訪問は、別の点でも大きな話題を提供することになりました。九州電力川内原発の視察で職員らに訓示した際、この原発を「かわうち原発」と誤った読み方をしていたからです。
 宮沢さんは「かわうち原発、大変厳しい原子力規制委員会の新規制基準に適合した」と発言し、直後に同席者から間違いを指摘されて釈明したそうです。映画「釣りバカ日誌9」でハマちゃんがこの川内と東北の仙台を間違ってしまうシーンがありますが、それに匹敵するようなボケぶりです。
 先ほど引用した今日の『朝日新聞』の記事には、「九州電力川内(せんだい)原発」とルビが振ってありました。宮沢さんのような間違いを避けるためだったのでしょう。

 川内を「せんだい」と読みづらいことは確かです。でも、先ほど紹介した「釣りバカ日誌9」を見たことのある人なら誰でも間違えることはないでしょうから、宮沢さんは映画を見ていなかったにちがいありません。
 また、これまで、川内原発の再稼動問題については、新聞やテレビなど多くのマスメディアでも報じられています。宮沢さんは、この報道を見ていなかったのでしょうか。
 さらに、国会での質疑や周辺のデモなどでも、「川内(せんだい)原発」という言葉は繰り返し耳にしていたはずです。それにもかかわらずこのような初歩的な間違いをしたということは、宮沢さんがこの問題について「全く関心も知識もなかった」(民主党の川端達夫国対委員長)ということをはっきりと示すものです。

 川内原発の地元の人からすればやり切れない思いがしたことでしょう。こんな人が、原発再稼働を推進する担当大臣だというのですから……。
 火山の噴火などが起きる可能性は否定できず、予知などは不可能で事故が起きる危険性は高く、いったん事故が起きれば生存も生活も危うくなり、まともな避難計画もないのに、電力会社と九州経済の都合だけを最優先に再稼働させようというのですから……。
 たとえ事故がなくても、原発を動かせば「核のゴミ」(高レベル放射性廃棄物)は確実に出てくることになります。その処分や保管についての見通しもなしに原発を動かすことは、「トイレのないマンション」の部屋を「汚物」で満たすことになるでしょう。

 原発の再稼動に賛成する鹿児島県知事や県議は、このような「核のゴミ」を自宅の庭にでも保管することを提案されたらいかがですか。原発は安全で放射性廃棄物の発生は必要悪だというのであれば……。

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7月19日(土) 川内(せんだい)原発の再稼働を許してはならない [原発]

 現在、原子力発電所は稼働していません。この「原発ゼロ」の状態を覆し、何とか再稼働しようとする「原子力ムラ」の策動が進行しています。

 18日の夜、視察に訪れた福岡市内で安倍首相は九州電力の会長ら九州の財界人と会食し、席上、鹿児島の川内(せんだい)原発の早期再稼働を要請されたそうです。これに対して、首相は「川内はなんとかしますよ」と応じたといいます。
 安倍首相が原発再稼働に前のめりなのは、原子力規制委員会が審査してきた九州電力川内原発1、2号機について「適合」と認める審査書案を公表したからです。しかし、規制基準は抜け穴だらけで、事故が起きたときの避難計画さえ対象外とされています。
 少なくとも、以下のような問題点を解消する必要があるでしょう。それをあいまいにしたままでの再稼働は断じて許されません。

 第1に、原子力規制委員会の新規制基準は、東日本大震災を踏まえて地震や津波などの基準を見直したものですが、福島第1原発事故の原因や教訓をきちんと踏まえたものになっていません。原発の運転再開を前提としており、事故を起こせば取り返しのつかない被害を及ぼす原発事故の恐ろしさに対する真剣な反省はなく、規制委もリスクは「ゼロではない」といい、田中委員長は「基準への適合は審査したが、安全だとは私は言わない」という無責任さです。
 第2に、川内原発の場合、近くに阿蘇、霧島、桜島などの火山があり、大噴火した場合の被害が及ぶ可能性があります。それにもかかわらず審査書案は「安全性に影響を及ぼす可能性は十分小さい」などと九電の言い分を丸のみしていますが、噴火の予測もその規模の予測もつかず、噴火の影響評価手法は世界的にも確立していない現状では、全く無責任な願望に過ぎないと言わなければなりません。
 第3に、住民の避難などの防災計画は自治体任せになっていることです。避難計画はずさんで、策定されているものでも実行不可能とされ、高齢者などの要支援者の避難計画が施設任せにされているなど、住民の不安は解消されていません。

 現に、鹿児島県姶良(あいら)市議会は11日、九州電力川内原発の再稼働に反対し、廃炉を求める決議案を可決しました。九州各県の126の教会や伝道所でつくる日本基督教団九州教区も県庁を訪れ、再稼働に同意しないよう求める伊藤祐一郎知事あての要望書を県に提出しています。
 また、川内原発の差し止めを求めた訴訟の原告弁護団も、審査書案に対する抗議声明を発表しました。「基準地震動を過小評価している」「火山学者が指摘する火山リスクを無視している」などと指摘し、「住民の安全を置き去りにして再稼働を目指すことになってしまう」と懸念を示す内容です。

 このような問題点があり、反対があるにもかかわらず、安倍内閣をはじめとした「原子力ムラ」の住民たちは再稼働を急いでいます。福島第1原発の事故による教訓を無視して、またもこう言うつもりなのでしょうか。「あとは野となれ、山となれ」と……。
 30日間の意見公募のあと、審査書は正式に決定されます。意見公募がどれほど考慮されるかはわかりませんが、せっかくの機会ですから、福島の悲劇を繰り返さないために再稼働反対の意見を殺到させたいものです。

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4月13日(日) サルにも劣るエネルギー基本計画の閣議決定 [原発]

 「反省だけならサルにもできる」と言われます。その「反省」すら、きちんとできないのでは、サルにも劣ると言うべきでしょう。
 一昨日閣議決定されたエネルギー基本計画のことです。福島第1原発事故についての反省など、どこ吹く風と言ったところでしょうか。

 政府は11日午前、中長期的なエネルギー政策の方向性を示す「エネルギー基本計画」を閣議決定しました。原子力発電を「重要なベースロード電源」と位置付け、将来的に原発稼働を継続させる方針を明記したものです。
 民主党政権は福島第1原発事故によって「原発ゼロ」政策を策定しましたが、これを根本的に転換しました。自民、公明両党の政権公約にも反する大きな裏切りだというべきでしょう。
 他方で、太陽光や水力など再生可能エネルギーの導入推進も盛り込まれましたが、具体的な比率についての結論は先送りされました。これは原発の推進に対する言い訳にすぎず、本当にやる気はないということなのでしょう。

 基本計画は、原子力規制委員会の安全審査をクリアした原発の「再稼働を進める」ことも明記しました。地元の理解を得るために「国も前面に立つ」と、再稼働を国が後押しする姿勢も強調しています。
 この基本計画の閣議決定と並行して、国会ではトルコやアラブ首長国連邦(UAE)との原子力協定が衆院を通過し、参院に送られました。原発の再稼働と輸出を、同時に進めようというわけです。
 いまだに福島第1原発事故の原因が解明されておらず、海への放射能汚染水の流出を続け、放射能汚染を拡散させながら原発を再稼働させ輸出しようとする安倍政権の姿勢は許されるものではありません。避難生活を続けている14万人もの福島の人々は、このような政権の姿をどう見ているでしょうか。

 基本計画案で一度削除された「反省」という言葉が、今回の計画では復活しました。しかし、それに幻惑されてはなりません。
 今回決められた計画が当初の案よりも改善されたかのように思わせるための印象操作であり、抵抗や批判を弱めようとする手練手管にほかならないからです。「反省」は言葉だけで、それを示すような内実はどこを探しても見つかりません。
 安倍首相は、エネルギー計画の閣議決定によって原発事故への反省をまったく無にしてしまいました。それは、集団的自衛権の行使容認の閣議決定によって戦争への反省を無にしようとしていることと同様の許しがたい暴挙です。

 もう一度、言わせていただきたいと思います。反省できない安倍首相はサルにも劣ると。
しかし、そんなことを言うとサルに失礼だ、と批判されるかもしれません。安倍首相は「原子力村」の操り人形にすぎないのですから。

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9月3日(火) 安倍首相は取り組むべき政治課題の優先順位を間違えているのではないか [原発]

 「トイレのないマンション」で汚水があふれ出している時に、お客を招いて盛大なパーティーを開こうとしているようなものです。あるいは、沈みゆく船の上で大宴会の準備にうつつを抜かしていると言うべきでしょうか。

 今の日本の状況を喩えて言えば、こういうことになるでしょう。東京電力福島第一原子力発電所の貯水タンクからの高濃度汚染水漏れが深刻化しているというのに、政府は東京オリンピックの招致に地道をあげ、不利になるからと言って汚染水問題処理についての国会審議を先送りしたといわれているくらいですから……。
 放射能汚染水漏れ事故については、原子力規制委員会が国際原子力事象評価尺度のレベル3と認定し、毎日のように新たな漏水が明らかになっています。これまでどれだけ漏れだしたのか、これからそれをどのようにして防ぐのかが不明確なままで、海外メディアも大きく取り上げています。
 その対応策を東電まかせにせず、政府が全力を挙げて取り組むべきであることは明らかです。この問題こそ、今、安倍政権が全力で取り組むべき最重要課題だったのではないでしょうか。

 ところが、安倍首相は汚染水問題が深刻化するなか、中東諸国歴訪で日本を留守にしていました。これから全力で取り組むのかと思っていたら、今度はオリンピック招致のためにアルゼンチンのブエノスアイレスまで行くのだそうです。
 いったい何を考えているのか、と言いたくなります。汚染水問題に頭を悩まし、原発事故や大震災からの復旧・復興の遅れに苛立っている被災者は、オリンピック招致に浮かれている安倍首相や猪瀬東京都知事の姿をどのような気持ちで見ているでしょうか。
 日本消費者連盟は、政府、原子力規制委員会、東京電力に要請書を送付し、放射能汚染水の流出問題を最優先課題として位置づけ、全社会的な取り組み体制の構築を急ぐべきだとし、国際環境NGOのFoE Japanも声明を発表して、汚染水対策に人的資源を集中すること、原発再稼働議論の凍結と原発輸出政策の撤回を求めています。安倍政権は、これらの要請に正面から応えるべきでしょう。

 当然、秋の臨時国会でもこの問題が最優先されなければならないのに、改憲や軍事力強化の課題が目白押しという状況です。安倍首相は取り組むべき政治課題の優先順位を間違えているのではないでしょうか。
 安倍首相は、有りもしない幻の危機対応ではなく、「今、そこにある危機」を直視し、全力で取り組まなければなりません。
 「今、そこにある危機」とは、高濃度汚染水の垂れ流し、震災復興の遅れ、国際社会での日本の孤立化、とりわけ、韓国や中国など周辺諸国との関係悪化、貧困と格差の拡大、物価の値上がりと生活苦の増大、雇用の劣化・不安定化と「ブラック企業」の横行などです。これらの課題の解決こそが、今、緊急に求められている重要課題なのです。

 原発の再稼働や売り込みではなく汚染水の処理などの事故対応、TPPへの参加や公共事業のバラマキではなく震災からの復旧・復興、アメリカと一緒に戦う戦争の準備ではなく周辺諸国との関係改善、消費税の増税ではなく生活の安定、企業の活躍しやすい国ではなく労働者の働きやすい国をめざすために、力を尽くすべきでしょう。しかし、安倍首相のめざしている方向は、全ての課題において逆の方向をめざしています。
 言うまでもなく、政治においては、用いることのできるお金も時間もエネルギーも限られています。その政治の資源である資金、時間、エネルギーを無駄遣いするべきではありません。
 その資源をどのような課題に優先的に配分するかという選択において、政権の性格や政治の方向性は明確になります。安倍首相には、今の政権が取り組むべき最優先改題は何か、もう一度胸に手を当ててじっくり考えてもらいたいものです。

 ようやく昨日になって安倍晋三首相は政府与党連絡会議であいさつし、福島第一原子力発電所の汚染水問題について、国が前面に出て抜本的な対策を講じるとして解決に向け早急に基本方針を取りまとめる、と述べました。会議では、菅義偉官房長官が3日の原子力災害対策本部において、政府としての総合対策を提示することを明らかにしたそうです。
 政府は原発事故に対する危機意識を高め、現在の汚染水をめぐる状況が危機的なレベルの非常事態であることをはっきりさせなければなりません。持てる力の全てを動員し、全責任を負う覚悟で事故対策を抜本的に改めて取り組む姿勢を明確にするべきでしょう。

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6月2日(日) 「日本の青空Ⅲ 渡されたバトン~さよなら原発」を見てきた [原発]

 今日は「6・2NO NUKES DAY」(ノーニュークスデイ)で、国会周辺では原発ゼロに向けて様々な取り組みが予定されています。これに向けてというわけではありませんが、先日、ある自主上映会で「日本の青空Ⅲ 渡されたバトン~さよなら原発」という話題の映画を見てきました。

 驚きましたね。映画の主人公の一家は「五十嵐家」だったからです。
 ただし、私の場合は「いがらし」と発音しますが、映画の一家は「いからし」と濁りません。私の故郷である新潟県内では濁らない読み方も多く、私が通っていた中学校の近くには「五十嵐(いからし)」という集落もありました。古くからある地名や人名はあまり濁りません。
 というのは、五十嵐姓のルーツは、越後の三条、魚沼、頸城地方を開拓した第11代垂仁(すいにん)天皇の第8皇子である五十日帯日子命(いかたらしひこのみこと)だからです。この読みから「た」の字が抜けて「伊加良志」となり、やがてこれが「五十嵐」に変わり、読みも「いからし」から「いがらし」と濁るようになったようです。
 今も、三条市の旧下田(しただ)郷には五十嵐(いからし)川があり、その近くには五十日帯日子命の陵墓とされている「五十嵐神社」が残っています。以上、五十嵐姓の由来について、詳しくは「全国五十嵐会」のホームページhttp://tsubamereki.web.fc2.com/ikarashi.htmをご覧下さい。

 おっと、話が違うところに飛んでしまいました。「渡されたバトン」という映画の話でした。
 劇映画「日本の青空」はインディーズが2007年から製作しているシリーズで、最初の映画「日本の青空」は日本国憲法制定時の憲法研究会とその憲法草案を起草した鈴木安蔵を扱っていました。次の「いのちの山河~日本の青空Ⅱ」は全国に先駆けて老人医療費無料化を実現した岩手県旧沢内村(現・西和賀町)の深沢晟雄村長をモデルにしたものです。
 そして、今回、私が見た「渡されたバトン~さよなら原発」は「日本の青空Ⅲ」に当たります。この映画は住民投票で全国で初めて「原発建設NO!」を選択した新潟県巻町(現新潟市)を舞台とし、割烹旅館を営む両親と3人姉妹・弟の6人家族を中心とした物語ですが、はじめの方で墓参りのシーンが出てきたとき「五十嵐家の墓」と書かれていてビックリしました。

 私はもちろん、この「日本の青空」シリーズの前2作を見ています。そして、前2作と同様、今回の映画も大いに感動しました。皆さんも近くで上映される機会がありましたら、ご覧になって下さい。
 特に、割烹旅館の親父を演じた赤塚真人さんと漁協理事の刈谷俊介さんが良かったですね。憎まれ役の原発推進側である、町会議員を演じた鈴木正幸さんも味がありました。
 ただ、最後のところ、お祖母ちゃんの誕生日祝いのシーンで卓の上に並んだご馳走がいささか貧弱だったのが残念です。私の実家もそうですが、田舎でのお祝いのご馳走はあんなものじゃありませんから……。

 なぜ、この映画の表題が「渡されたバトン」なのか。映画を見るまで、不思議に思っていました。
 その謎は、映画を見れば理解することができます。ここでは、「渡されたバトン」を引き継いでいくためには、「さよなら原発」を選択するしかないとだけ書いておきましょう。
 その意味を知りたい方は、是非、映画そのものをご覧になって下さい。

 それにしても、原発建設の動きが始まるのが1968年、原子炉設置許可申請の取下げによってそれが断念されるのは2004年でした。この間、実に36年の長さです。
 私が都立大学に入学するために故郷の旧頸城村から上京するのが1969年ですから、その頃から、巻原発建設に向けてのうごきが始まっていたことになります。その後、風の便りに噂を聞くことはありましたが、このような反対運動についてはほとんど知りませんでした。
 世代を越えた運動の成果が、「さよなら原発」の選択でした。そして、そのような選択の正しさは、2011年の東電福島第1原発の過酷事故によって示されることになります。

 しかし、安倍内閣は今もこのような選択を行おうとはせず、「成長戦略」の中心に原発再稼働を位置づけ、他の国々に原発を売りつけようとしています。その政策の過ちを理解してもらうためにも、一人でも多くの国民にこの映画を見ていただきたいと思います。

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12月8日(土) 三陸沖地震が問う原発ゼロに向けての決意 [原発]

 昨日の午後5時18分ごろ、三陸沖を震源とする強い地震があり、宮城県に津波警報が、青森県太平洋沿岸、岩手県、福島県、茨城県に津波注意報が発令されました。私は研究所から自宅まで歩いて帰宅する途中で、地震による揺れには全く気がつきませんでした。
 途中、前を歩いていた人が、携帯電話で「津波注意報が出たんだって?」と話す声が耳に入り、地震の発生を知ったという次第です。

 この地震による揺れは、青森、岩手、宮城、茨城、栃木の各県で震度5弱、北海道から九州の広い範囲で震度4~1だったといいます。これは東日本大震災の余震とみられます。
 震源の深さは約10キロで、地震の規模を表すマグニチュード(M)は7.3と推定されています。M7超の余震は昨年7月以来になります。
 宮城県では280カ所の避難所に最大約1万8000人、岩手県でも12市町村で約7100人が避難しました。津波は、宮城県石巻市で最大波1メートルとなったそうです。

 警察庁によれば、7県で11人が重軽傷だったそうですが、幸い大きな被害はありませんでした。東京電力によると、原子炉にも異常はなかったといいます。
 この地震は、総選挙で「続原発」の自民党を勝たせようとしている日本人に対する警告だったのではないでしょうか。いつまでこのようなことを続けるのか、という。
 将来、このような地震は確実にやってきます。これよりも大きな東南海、南海地震も近い将来に予想されています。その度に、原発は大丈夫かと心配しなければなりません。

 日本は地震列島であり、その怖さと被害の甚大さを充分に学んだはずです。それなのに、どうして原発を維持・継続させようとするのでしょうか。
 このような国にあっては、原発の再稼働などはとんでもありません。直ちに稼働を停止させ、使用済み核燃料の保管や施設の保全に万全を期し、廃炉に向けての具体的な工程表を作成するべきでしょう。
 何よりも必要なのは、原発ゼロに向けての決意であり、代替エネルギー政策への転換です。廃炉には長い時間がかかりますが、そのような方向を選択することはすぐにできるはずです。
 決意には時間がかかりません。原子力に依存するエネルギー政策をきっぱりとやめる方向を選ぶかどうかなのですから。

 戦後の原発政策を推進し、今なお脱原発を明確にしていない自民党を政権の座に復帰させるようなことがあって良いのでしょうか。もしそうなれば、日本人はもう「3.11」の教訓を忘れてしまったのかと世界中の人々から軽蔑され、大きな批判を招くことになるでしょう。

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7月17日(火) 17万人が集まった「さようなら原発10万人集会」に参加した [原発]

 17万人が集まったそうです。昨日、市民団体や労働組合などでつくる「さようなら原発1000万人署名市民の会」が主催し、作家の大江健三郎さんや音楽家の坂本龍一さんらが呼びかけ人となって代々木公園で開かれた「さようなら原発10万人集会」です。
 私も、カミさんと一緒に参加してきました。昨日は全国的に猛暑だったようですが、公園内には適度な風も吹いていて、それほど暑さは感じませんでした。

 集会の挨拶で、坂本龍一さんが「私は42年前、ここにいました。18歳で、安保改定反対集会に参加したからです。今また、これだけ多くの人が立ち上がり、感無量です」と発言されました。この感慨は、私自身のものでもあります。
 42年前の1970年6月23日、この代々木公園で開かれた「安保条約破棄宣言中央集会」には、当時19歳で都立大学A類目黒学生自治会の委員長だった私も参加していたからです。
 この時の参加者は約22万人とされています。17万人が集まった昨日の集会は反原発集会としては最大規模でしたが、42年前の反安保集会の規模を上回ることができなかったのは残念です。

 私たちは渋谷駅から代々木公園に向かいましたが、すでに人の波が延々と続いていました。会場には12時半頃に到着しましたが、途中で「法政大学卒業生9条の会」の旗を見つけ、皆さんに挨拶しました。
 会場をぐるっと回ってみましたが、沢山の旗が並んでいました。全国から来ていたようで、福島、長野、新潟、福井、奈良、京都、兵庫、沖縄などの地名を目にしました。中には、「熟年者ユニオン」「芦屋9条の会」の旗などもあり、日の丸の旗までありました。
 「京建労」の旗も目にしました。8月の末に私が講演する予定になっている組合です。

 集会が始まる頃、演壇に向かって右側の袖のところまで近づきました。お陰で、挨拶された皆さんの姿を間近に見ることができました。
 集会への挨拶で、最も力強くアピールしていたように思えたのは落合恵子さんです。90歳だという瀬戸内寂聴さんも、張りのある声でしっかりとした挨拶をされました。
 しかし、デモの後に久しぶりに合って話した息子は落合さんの名前を知りませんでした。新聞をとっていないということで、この日の集会についても知らなかったようです。

 集会後の「パレード」では、原宿コースに加わって市民団体と一緒に表参道を歩きました。前にある旗を見上げたら、「金光教 非戦・平和ネット」と書いてあります。
 訴え方も変わりましたね。私が学生の頃は「シュプレヒコール」と言って唱和する形でしたが、今は「原発いらない」「再稼働反対」と、太鼓のリズムに合わせて歌っているようです。
 それに、思い思いのパネルや大きなカードにアピール文を書くなど、表現の仕方も多彩です。市民団体のグループだったので、なおさらそう感じたのかもしれません。

 42年前、安保条約の改定ではなく破棄を求めたとき、安保の害悪は将来の可能性にすぎませんでした。しかし、それから42年後の今日、イラク戦争への荷担、沖縄などの在日米軍基地の現状や「未亡人製造器」とも呼ばれる危険な「オスプレイ」の配備など、安保の害悪は現実のものとなっています。
 原発の害悪も、今の時点では将来の可能性かもしれません。しかし、高濃度の放射性廃棄物は確実に蓄積され、地震などによる再度の過酷事故の危険性は否定できません。
 安保条約を破棄していたなら、「オスプレイの配備には反対できない」などと言わずに済んだはずです。将来、「あのときの運動がもっと強く、大きくなっていたなら」と、反省を込めて過去を振り返るようなことは、もう2度と繰り返されてはなりません。

 今度こそ、政治を変える力にしたい。原発ゼロへの契機となるような大きな運動を作り出すことで、「あのとき歴史は変わったのだ」と過去を振り返ることができるようにしたいとの思いを新たにした一日でした。

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6月30日(土) 官邸前の原発再稼働反対デモは現代の「ええじゃないか」ではないのか [原発]

 昨夕、法政大学市ヶ谷キャンパスでの法政学講義「大原社会問題研究所の歴史と現状」で話をしてからの帰り道、首相官邸前の原発再稼働反対デモに参加してきました。地下鉄の改札口を出て、階段を上り、外に足を踏み出した途端、人、人、人の群れです。

 どこから湧き出してきたのか、と思うような沢山の人が、歩道を埋め尽くしていました。まさに、老若男女が集まったという感じですが、若い人や女性、子供を連れた夫婦などの姿が目につきます。
 「再稼働の野田はNOだ」「人々の声を聴け」「福島を返せ」などと書かれたプラカードやプレートを手にしています。笛や太鼓の音とともに、「再稼働反対」の声が響いていました。
 団体の旗などは、あまり見かけません。それぞれの人が、思い思いのプレートを手に、自ら進んで参加しているということなのでしょう。

 私が着いたのは7時を過ぎていました。官邸の方は既に一杯で、国会議事堂前の駅を出て国会南側の歩道の上から様子を見ていました。
 やがて、歩道も人で溢れてきました。時々、車道にはみ出します。
 機動隊がやってきて、「交通規制をしていません」「車道を歩かないで下さい」「道を空けて下さい」「歩道に上がって下さい」と放送しています。係らしき人も、「道を空けて下さい。車がきます」と、ハンドマイクで呼びかけていました。
 でも、どんどん人が多くなっていきます。車道に出る人の数も増え、自然にデモの隊列のような流れができてきました。

 やがて、機動隊の放送もなくなり、車道も人で埋め尽くされました。黄色い袈裟を肩からかけ、うちわ型の太鼓を鳴らす僧侶の一団が現れました。
 日本山妙法寺のお坊さんたちです。学生時代、デモなどで良く目にした人々で、懐かしい気がしました。
 私はデモの流れには加わらず、歩道からずっと様子を眺めていました。周りにも沢山の見知らぬ人たちがいましたが、妙な連帯感に包まれています。

 「原発止めろ」「原発いらん」の声は、ヘリコプターが飛び交う夜空に響いていました。この声は、野田首相に届いたでしょうか。
 脱原発に向けて動かぬ官邸・国会に代わり、民衆が動き始めたということでしょう。江戸時代末期の民衆運動であった「ええじゃないか」も自然発生的自発的な社会運動で、幕藩体制を倒す力になりました。
 この民衆の自発的な運動の盛り上がりは、現代の「ええじゃないか」ではないでしょうか。ただし、それが訴えているのは、原発再稼働「悪いじゃないか」ということではありますが……。

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6月9日(土) 許されない大飯原発の再稼働 [原発]

 今日の新聞に、大きく「国民生活守るために必要」という見だしが出ていました。昨日の野田佳彦首相の記者会見についての記事です。
 野田首相は大飯原子力発電所3、4号機について「国民の生活を守るために再起動すべきというのが私の判断」と述べたからです。でも、本当は「電力会社を守るために再起動すべき」と「判断」したのではなないでしょうか。

 首相は、政府の最終決定に向け「立地自治体のご理解を改めてお願いしたい」と福井県に呼びかけました。今回の会見は、福井県の西川一誠知事が「再稼働の必要性について首相は国民に訴えていただきたい」と要望したために行われたからです。
 当初、野田首相はこのような形で表明することに積極的ではありませんでした。頭の中は消費増税問題で一杯だったからです。
 しかし、何かあったときに政府が責任逃れをし、原発再稼働の責任を全面的に背負わされることを警戒した福井県知事から、「首相の責任で」と迫られました。野田さんとしても、最終責任は逃れたいところだったでしょうが、再稼働のためにはやむを得ないと観念したのでしょう。

 でも、野田首相にしても、何かあったとき、どのような形で責任を負うことができるのでしょうか。野田さんは「東京電力福島第1原発を襲ったような地震、津波でも炉心損傷に至らない」と言い切りましたが、政府や国会の事故調査委員会の検証作業は終わっていませんし、事故の原因が特定されているわけではありません。
 事故対策についても、事故時に構内での指揮・作業拠点となる「免震事務棟」は大飯原発では完成していないのです。事故対策が途上にあるのに、もう大丈夫だと、どうして言い切れるのでしょうか。
 そのうえ、関西電力大飯原発の敷地内にある断層について、名古屋大の鈴木康弘教授と東洋大の渡辺満久教授は「活断層の可能性がある」とする分析結果をまとめ、再稼働前の現地調査の必要性を指摘しています。関電は「活断層ではないと判断しており、再調査の必要はない」としていますが、重要なのは「判断」ではなく事実でしょう。

 大飯3、4号機以外の原発の再稼働についても、野田首相は「スケジュールありきで再起動は考えない。個別に安全性を判断していく」としていますが、誰が、どのようにして、「安全性を判断」できるというのでしょうか。専門家でもない野田首相に、そのような「判断」が可能なのでしょうか。
 また、野田さんは「原子力発電を止めたままでは日本の社会は立ち行かない。計画停電がなされうる事態になれば、実際に行われるか否かに関わらず日常生活や経済活動は大きく混乱する」とも強調しました。しかし、脱原発依存によっても「日本の社会は立ち行」き、「日常生活や経済活動は大きく混乱」しないようにすることこそ、「フクシマ」後の為政者が引き受けるべき責任ではありませんか。
 需給がひっ迫する時期だけに限定した稼動について、野田首相は「夏場限定の再稼働では国民生活は守れない」と拒否しました。原発の存在そのものによって「国民生活は守れない」ことが、すでに明らかになっているというのに……。

 この首相の意向表明を受けて、福井県は来週にも原子力安全専門委員会の結論など所定の手続きを経て、再稼働に関する政府要請に同意する見通しだそうです。最終的には首相ら関係4大臣が再稼働を正式決定することになります。
 この再稼働決定の発表を目だ立たなくする秘策が密かに練られているという噂があります。まさか、オウム真理教の高橋克也の逮捕とぶつけるために泳がしている、などということはないでしょうね。

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4月17日(火) なぜ急ぐ、大飯原発の再稼働 [原発]

 「オーイ、大丈夫か」と言いたくなります。大飯原発3、4号機の再稼働をめぐる動きです。

 どうしてこんなに急ぐのでしょうか。枝野経済産業相は脱原発を進めたいのでしょうか、それとも再稼働を急ぎたいのでしょうか。
 枝野さんは揺れています。悪く言えば、2枚舌を使っています。どちらが得になるか、首相への道を開いてくれるのか、計りかねているのでしょう。
 一方には、再稼働反対55%(『朝日新聞』調査)という世論があり、他方には、電力危機を回避せよという財界からの圧力があります。この世論と財界の間で判断に迷っているために、発言がブレてしまうのです。

 枝野さんは15日の講演で、北海道電力泊原発3号機が5月5日に定期検査で運転を止めると、「5月6日から(国内で稼働する原発は)一瞬ゼロになる」と述べました。大飯原発の再稼働が間に合わなくなることを認めたようです。
 それとも、稼働している原発がゼロになったら大変だから、たとえ「ゼロ」になっても、「一瞬」のうちに再稼働すべきだと言いたかったのでしょうか。そうしなかったら、大変なことになると。
 この場合の「大変」には、二つの意味があります。一つは、供給不足になって電力危機が生じたら大変だという意味であり、もう一つは、供給が減っても電力危機にならなかったら大変だという意味です。前者は再稼働に向けての脅しです。後者はそうなったら再稼働できなくなってしまうかもしれないという危機感です。

 このような脅しの根拠になっているのが、関電側が示した今年の夏の電力需給の見通しです。関電は、①原発が再稼動せず、2010年の夏のような猛暑に襲われると、ピーク需要に対し19.6%の電力が不足する、②11年並の暑さで節電しても7.6%の不足する、③3火力発電所がトラブルで停止すると最大23.3%が不足するというものです。
 しかし、このような数字には、需要側の節電努力が考慮されていません。昨年夏、東京では供給能力の90%を越えた日は1日しかありませんでしたが、それは需要側が節電したからです。
 国民の生活スタイルは、震災前とは変わってきています。電気を自由に好きなだけ使えた時代との比較は無意味です。

 電力危機とは、最も需要が高まる夏の平日午後1~4時頃のピーク時に供給が追いつかなくなることを言います。そうなれば、家庭でブレーカーが落ちるように、一斉停電が生じます。
 家庭であれば、ブレーカーが落ちないように電気の使い方を工夫するはずです。夏の暑い盛りの真っ昼間に、冷房をガンガン効かせて、テレビを見ながらホットプレートで焼き肉をするようなことは避けるでしょう。
 別の日にするか、電力消費量の多いホットプレートを使わずに焼くか、テレビを消すか、何らかの工夫をすればブレーカーは落ちません。社会全体でこのような意識的な対応を行えば、ピーク時の電力使用量を減らして平準化することができます。

 政府が今やらなければならないことは、このような工夫を国民に呼びかけることでしょう。揚水発電や蓄電池によるピークシフト、電力会社間の融通、電力需給を自律的に調整するスマートグリッドの普及など、そのための手だてを尽くすことこそ緊急の課題なのです。
 しかし、それで電力需要のピークを乗り切られたら困るというのが、財界や原子力ムラの心配なのです。だから、政府も腰が引けて、この緊急課題に取り組むことができないのでしょう。
 与党民主党も、「脱原子力依存」に向けて政策転換を先導する形にはなっていません。仙谷政調会長代行など、「脱原発依存が実現するまで、真っ暗な中で生活を送るわけにはいかない」、あるいは「止めた原発を一切動かさないなら、日本は集団自殺するようなことになってしまう」と脅している始末です。

 原発だけが発電しているわけではありません。このような荒唐無稽な脅しで世論をミスリードするようなことはやめるべきです。
 このような根拠のない脅し発言を、あの仙石さんがやるとは情けない。人権派弁護士といえども、権力の座にすわるとどこまで腐ってしまうかを、象徴的に示すような事例ではないでしょうか。

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