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12月14日(水) オスプレイは「不時着」したのではなく「墜落」したのだ [在日米軍]

 とうとう、恐れていた事態が生じてしまいました。沖縄県民が抱いていた不安が現実のものとなったのです。

 米軍普天間飛行場所属の垂直離着陸輸送機MV22オスプレイが13日午後9時50分ごろ、沖縄県名護市安部の沿岸部で「墜落」しました。機体は大破してバラバラになり、プロペラや胴体が折れて散らばっているのが上空から確認できます。
 オスプレイは夜間訓練中だったとみられています。乗員は5人ですが、全員が海軍病院に搬送され、2人が怪我をした模様だといいます。
 「いずれ、落ちるのではないか」と不安視されていたオスプレイです。その不安通りに墜落してしまい、まさに懸念されていた通りの「オチプレイ」になってしまったというわけです。

 このような危険な飛行機を沖縄に配備し、夜間訓練を行っていたことは許しがたい暴挙です。すぐに沖縄から撤去するべきでしょう。
 もっと許しがたいのは、この事故を軽く見せるための情報操作が行われており、テレビなどのマスメディアがその片棒を担いでいることです。オスプレイは「墜落」という重大な事故を起こしたのに、民放の昼のニュースは「不時着」という言葉に置き換えて報じていました。
 NHKの昼のニュースでも「不時着」という言葉が用いられていました。それだけでなく、トップで報じられていたのが島根沖での漁船転覆事故でオスプレイの事故については2番目の扱いだったというのも、事故の重大性を隠蔽するための情報操作だったのではないでしょうか。

 「不時着」という言葉は「不時」の「着陸」または「着水」を縮めた言い方です。今回の場合は「着水」ということになりますが、テレビに映し出された機体は「着水」どころか大破した状態で水中に沈んでいます。
 「不時着」したはずの機体の一部が周辺の岩場にまで吹っ飛ばされていました。米軍の発表では「制御不能に陥っていなかった」とされていますが、それならなぜ機体が大破してバラバラになっているのでしょうか。
 これが海上ではなく、陸上の住宅地であったなら、大変な事故となって多くの人的被害が出たことでしょう。幸いにも海上であったがために、そのような重大事故にはなりませんでしたが、オスプレイが飛行している限りいつ起きても不思議ではありません。

 そもそもオスプレイは、アメリカ国内で何度も死亡事故を起こしていて「空飛ぶ棺桶」とか「未亡人製造機」などと言われているほど欠陥が多く、以前から事故を起こす危険性が指摘されていました。今回の事故はそれを裏付けたものであり、「起こるべくして起きた」と言わなければなりません。
 原因が究明され安全性が確認されるまで一時的に飛行を中止することになったようですが、これまでの墜落事故についても「原因が究明」されたでしょうが、それでも墜落事故はなくなっていないのですから、「一時的に」ではなく「永久に」飛行を禁止するべきです。オスプレイそのものが国民の安全を脅かす脅威となっているという厳然たる事実を、政府はどこまで認識しているのでしょうか。
 オスプレイを沖縄から撤去するとともに自衛隊への導入を中止し、日本国内での飛行訓練を禁止なければなりません。佐賀空港への配備や木更津での修理基地の整備、横田基地への飛来や周辺空域での訓練飛行の計画なども、すべて白紙に戻すべきです。

 今回の名護市沖でのオスプレイの墜落は、予想されていた危険性が現実になったものです。それを「警告」として受け止めて対応するべきでしょう。
 同じような事故が繰り返され人的被害の出る危険性はますます大きくなっています。そうなってから、「やっぱり」「しまった」などと言っても遅いのです。
 それを避けるためには、オスプレイの配備と飛行を完全に禁止しなければなりません。そうすれば、沖縄県の高江で強行されているオスプレイパッドの建設も必要なくなるでしょうから。

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6月20日(月) 沖縄から発せられた6万5000人の怒りと悲しみの声にどう応えるのか [在日米軍]

 「安倍晋三さん、本土に住む皆さん、今回の事件の第2の加害者は誰ですか。(沖縄に基地を押しつける)あなたたちです。沖縄に向き合っていただけませんか。」

 被害女性と同じうるま市に住む名桜大4年の玉城愛さんが壇上で声を振り絞り、このように訴えると拍手と指笛がわき起こりました。昨日、那覇市で開かれた女性強姦殺害事件に対する抗議の県民大会です。
 強い怒りと深い悲しみを胸に約6万5000人が集まり、「二度と同じような事件が起こることは許さない」と、日米両政府に対して憤りの声を上げました。そしてその声は「本土に住む皆さん」である私たちにも向けられていることを忘れてはなりません。

 「米軍人・軍属による事件、事故が多い中、私の娘も被害者の一人となりました。なぜ娘なのか、なぜ殺されなければならなかったのか。今まで被害に遭った遺族の思いも同じだと思います。被害者の無念は、計り知れない悲しみ、苦しみ、怒りとなっていくのです。それでも、遺族は、安らかに成仏してくれることだけを願っているのです。次の被害者を出さないためにも『全基地撤去』『辺野古新基地建設に反対』。県民が一つになれば、可能だと思っています」という被害女性のお父さんからのメッセージも代読されました。その時、会場は静まりかえったといます。皮肉にも、容疑者逮捕から1カ月となるこの日は「父の日」でした。
 私にも娘が2人います。突然、このような理不尽な形で娘の命が奪われるなんて、想像もできません。
 将来ある若い娘の命が突然奪われたお父さんの悲しみと怒りはいかばかりでしょうか。その心情を思うと、やるせない憤りに心が張り裂けそうになります。

 72年の本土復帰から今年5月まで、沖縄での米軍関係者による事件は5910件発生し、うち殺人や強姦などの凶悪犯罪は575件を数えます。このような事実を知ってか知らずか、安倍首相は日米同盟の強化を繰り返し、普天間飛行場の辺野古移設が「唯一の解決策」だと主張しています。
 安倍首相には、沖縄県民の怒りの声が聞こえないのでしょうか。魂の底から発せられたような県民の慟哭が届いていないのでしょうか。
 今回の大会には県議会の野党である自民党や「中立」の公明党などは参加していません。これらの政党は沖縄の人々の悲しみや憤りを共有することができず、安倍首相をはばかって基地のない沖縄を求めることができなかったのです。

 今日の『毎日新聞』には、「基地があるから同じことが繰り返される。戦後71年間、(事件をなくすために)何もできなかった自分が悔しい」という県民の声が報じられています。基地あるが故の犯罪であり悲しみであるというのは、その通りです。
 しかし、「何もできない」わけではありません。一票という「武器」があります。
 それを用いて、沖縄に基地が押し付けられている現状を変えるべきでしょう。県民の命を守ることができない安全保障は自己矛盾であり、敵意に囲まれた同盟関係など無意味なのですから。

 とはいっても、沖縄の基地問題は沖縄だけで解決することはできません。米軍基地撤去を求める沖縄の声を真正面から受け止めて米側と交渉する政府が必要であり、それに応えて新たな政策展開を実行できる米政府も求められます。
 来る参院選と米大統領選挙を、そのような新たな政府と指導者の実現に道を開く機会にできるかどうかが問われています。このせっかくの機会を、沖縄県民だけでなく「本土に住む皆さん」である私たちも、沖縄の基地問題の解決のために有効に生かさなければなりません。

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5月24日(火) 沖縄での元米海兵隊員によるレイプ殺人事件が教える米軍基地撤去の必要性 [在日米軍]

 何ということでしょうか。またも沖縄で、許されざる犯罪が繰り返されました。
 沖縄の施政権返還後、米軍関係者による犯罪は5900件を上回り、その1割近い570件ほどが凶悪犯罪だといいます。そして今回もまた、沖縄県うるま市の20歳の女性会社員がレイプされて殺され、遺体で見つかるという凶悪犯罪が繰り返され、元米海兵隊員で米軍属の男が死体遺棄容疑で逮捕されました

 「基地あるが故の事件」がまたも起きてしまったということです。このような事件が起きるたびに、再発防止や綱紀粛正が叫ばれてきましたが、何の効果もありませんでした。
 「基地あるが故の事件」を防ぐための最善の手段は、原因となっている基地をなくすことです。これほど自明のことがいまだに理解されずにいるところに、このような悲劇が繰り返される根本的な原因があります。

 私にも2人の娘がいます。ある日突然、この娘が襲われ強姦・凌辱されて刺殺されるなどということは想像もできません。
 それが、沖縄では現実のものとなっているのです。娘さんの死体が遺棄された現場を訪れたお父さんの姿がテレビに映し出されていました。
 その悲しみと怒り、犯人への憎しみはいかばかりだったでしょうか。見ている私も、胸が張り裂けるような怒りを覚えました。

 この事件を受けて、昨日、沖縄県の翁長知事は首相官邸で安倍首相と会談し、「絶対許されない。綱紀粛正、徹底した再発防止というのはこの数十年間、何百回も聞かされたが、現状は全く何も変わらない」と抗議しました。そのうえで翁長さんは、「子や孫の安心、安全を守るため、大統領に直接話をさせてほしい」として、オバマ米大統領に面会する機会を設けるよう要請しました。
 これに対して、安倍首相は「今回の事件はあってはならないもので、身勝手で卑劣極まりない犯罪に非常に強い憤りを覚える」と応じています。ただ、同席した菅義偉官房長官は会談後、「一般論で言えば、安全保障、外交に関わる問題は中央政府間で協議するのが当然のこと」と述べて、面会について否定的な見方を示しました。
 沖縄県民の安全が保障されていないという現状に対する苛立ちと中央政府に任せておいても問題は解決しないという不信感があるからこその要請であるということが、菅官房長官には分かっていません。日米間での協議がこれまで何回も繰り返されてきたにもかかわらず問題が全く解決されていないから、翁長知事はやむにやまれず「大統領に直接話をさせてほしい」と要請したのではありませんか。

 この事件に抗議して県民大会が来月19日に那覇市内で開催される方向になったそうです。私も参加したいと思いましたが、あいにくこの日は地元での講演の予定が入っていました。
 県内自治体の議会でも抗議決議の動きが加速しているとのことで、被害女性の遺棄現場のある恩納村の村議会は23日、「沖縄県民に大きな衝撃と不安を与えた」として、事件の再発防止や日米地位協定の改定を求める意見書と決議を全会一致で可決し、うるま市や実家のある名護市、那覇市でも抗議決議が可決される見通しだといいます。沖縄県議会でも26日の臨時議会で与党案が可決される見通しになっています。
 このような形で、抗議の意思を示すことは極めて重要です。来る県議選でも、事件に抗議し、その原因となっている米軍基地の撤去を求める県民の願いをはっきりと示さなければなりません。

 同時に、沖縄県民だけでなく、日本国民全体が怒り、悲しんでいるということを日米両政府に分からせる必要があります。そのための格好の機会が訪れようとしているということを忘れてはなりません。
 まもなく実施される参院選(衆参同日選?)です。このような事件が起きるたびに解決するポーズだけで根本的な対応をサボり続け、あまつさえ辺野古に新しい基地を作ろうとしている自民党に、満腔の怒りを込めて懲罰を加えようではありませんか。
 政権交代を実現してアベ政治をストップさせることは、基地なき沖縄に向けての第一歩を意味することになるでしょう。かくも理不尽な暴力によって、たったの20年で人生を奪われてしまった女性とその家族の悲しみを癒し、再発を防ぐ道はこれしかないのですから……。


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3月5日(土) 沖縄辺野古基地問題の真の解決策は参院選で安倍首相を退陣させることだ [在日米軍]

 沖縄の基地問題で、新しい動きが出てきました。和解案の受諾によって、辺野古での新基地建設が中断されることは良かったと思います。
 貴重な自然が壊される前に、基地問題の解決にむけて新しい展開が生ずることを望みたいものです。そのためにも、和解案の受け入れによって生じた時間を有効に生かさなければなりません。

 沖縄県の米軍普天間飛行場の移設計画をめぐり国が翁長雄志知事を訴えた代執行訴訟で、国と県の双方が福岡高裁那覇支部によって示された和解案を受け入れました。安倍首相は中谷元防衛相に名護市辺野古での移設工事中止を指示しています。
 この和解は、①国交相は代執行訴訟を取り下げ、沖縄防衛局長は(関連の)審査請求を取り下げる。沖縄防衛局長は埋め立て工事を直ちに停止する。沖縄県知事は(関連の)訴訟を取り下げる、②国と県は、円満解決に向けた協議を行う、③仮に訴訟となった場合は、判決後、国と県は相互に判決に沿った手続きを実施することを確約する――という内容です。ひとまず、「水入り」となったわけです。
 しかし、安倍首相は記者団に「普天間飛行場の全面返還のためには、辺野古への移設が唯一の選択肢であるという国の考え方に何ら変わりはない」と述べています。水入り後も「取り組み」は続き、辺野古新基地建設をめざす政府の方針にはいささかも変わりないということになります。

 安倍首相が和解案の受け入れを決断したのは、選挙対策のためだと見られています。このまま強引に基地建設を進めれば6月の沖縄県議選や夏の参院選に影響が出るかもしれないと心配になったのでしょう。
 たとえ選挙対策であっても、そのような懸念を持たせたのは基地建設に反対する沖縄の世論の強さであり、5党合意など参院選をめぐる状況の急変だったと思われます。運動の力によって安倍首相も選挙についての懸念を抱かざるを得なくなったからです。
 沖縄での世論や選挙情勢を考慮に入れる必要がなければ、このような形で歩み寄ることはなかったでしょう。安倍首相の譲歩を引き出したのは世論と運動の力であったことは明らかです。

 この和解案にしたがって政府は沖縄県と真摯に話し合い、事態の打開につなげてもらいたいと思います。しかし、すでに安倍首相は「辺野古への移設が唯一の選択肢である」と表明していますから、そうなる可能性は低いと言わざるを得ません。
 選挙が終われば再び強硬路線に転じ、新基地建設を再開しようとするでしょう。裁判を一本化して、本格的なガチンコ勝負に出るつもりかもしれません。
 事態の打開に向けて、米軍普天間基地の機能の県外・国外への分散や米国との協議などを含めてあらゆる可能性を探ってもらいたいと思いますが、それは安倍首相には不可能です。沖縄基地問題の最大の障害物は、安倍首相自身なのですから。

 この障害物を取り除くことのできる唯一にして最大のチャンスが、夏の参院選です。この選挙で、責任を問われて安倍首相が退陣せざるを得なくなるほどに与党を敗北させることが必要です。
 そうすれば、辺野古での新基地建設どころではなくなるでしょう。政府も沖縄の声に耳を傾けざるを得なくなるにちがいありません。
 アメリカ政府に対する大きなプレッシャーとなり、国際社会に対しても「基地NO!」の声を伝える明確なメッセージとなります。その機会として、沖縄の県議選や参院選を活用することが求められています。

 工事中止は選挙目当ての安倍首相による単なるポーズにすぎません。しかし、和解案の受諾によって得られたせっかくの猶予期間です。
 この間に、政治的力関係を大きく変える絶好のチャンスが訪れようとしています。そのチャンスを生かそうじゃありませんか。
 戦争法の廃止のみならず、沖縄での新基地建設の阻止に向けても、夏の参院選は政治決戦の場になろうとしています。

 アベ政治を許さないという運動の力は辺野古新基地建設での和解案受諾、工事中止という譲歩を引き出しました。更なる追撃が必要です。
 この力が選挙での勝利という形で引き継がれるかどうか。その真価が、これから試されようとしています。

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4月15日(水) ドキュメンタリー映画「圧殺の海―沖縄・辺野古」が伝えるもの [在日米軍]

 海上保安庁は「海猿(うみざる)」ではありませんか。それなのに、あれではまるで「権力の犬」で、猿が犬に変わってしまったようですね。ええ、ですから私たちは「海犬(うみいぬ)」と言っています。

 昨日、ポレポレ東中野まで行って、ドキュメンタリー映画「圧殺の海―沖縄・辺野古」を見てきました。その時の影山監督と私との会話が、冒頭で紹介したものです。
 この映画は、普天間飛行場の移設予定地とされている辺野古での反対運動を描いたものです。キャンプ・シュワブのゲート前での建設資材の搬入に反対する激しい攻防や大浦湾の海上でのボーリング調査に抵抗するカヌー隊と海上保安庁の職員との攻防を迫力ある映像で記録しています。
 昨日は、夕方から「STOP安倍政権!6・13大集会」の実行委員会が予定されていました。「その前に見に行こうよ」と、カミさんに誘われてポレポレ東中野に立ち寄ったという次第です。

 辺野古での新基地建設には、沖縄県民の大多数が反対しています。そのことは、地元の名護市長選挙、名護市議選挙、沖縄県知事選挙、そして、基地反対派が小選挙区で全員当選した昨年の総選挙や8割が反対だという琉球新報の世論調査などでもはっきりしています。
 民主主義とは民意に基づいた政治運営のことですから、これらの民意を尊重した民主主義的な政治であれば、当然、辺野古での新基地建設は中止されるべきです。少なくとも、中断して民意との調整を図るというくらいの対応が必要でしょう。
 しかし、安倍首相は「丁寧に説明する」と言いながら、地元の翁長沖縄県知事とは会おうとしていません。顔をあわせずに、どうやって「丁寧に説明する」つもりなのでしょうか。

 このような民意に反する事業を強行する政府と沖縄の県民との対決の最前線が、キャンプ・シュワブのゲート前であり、大浦湾の海上です。そこでは、警備する警察官や警備会社アルソックから派遣されている警備員、海上保安庁の係官が反対派の取り締まりを行っているわけですが、「アブナイよ」と言いながらもっと危なくなるような行為を行ったり、海に落ちた反対派を助けるふりをしながら沈めたりする姿が映し出されていました。
 「取り締まる側も辛いだろうなあ」と、これらの映像を見て、そう思いました。民意に基づく「正当性」は、取り締まる側にではなく反対する側にあるのですから……。
 そのうち、正当性のない業務遂行命令によって精神的な苦痛を受けたとして、業務執行命令の停止や精神的苦痛に対する損害賠償を求める訴訟が、取り締まる側の人々から提起されるのではないかと思いました。アルソックの警備員は抗議されると下を向いてしまうそうですから、取り締まる側の人々の中からPTSD(心的外傷後ストレス障害)などが発生するのではないかと心配にもなりました。

 映画が終わってから1時間ほど、辺野古に拠点を構えて撮影を続けている藤本幸久監督と影山あさ子監督、それに東京新聞の半田滋記者の3人によるシンポジウムがありました。発言の大半は半田さんによるものでしたが、私は昨年の政治学会前日の研究会で半田さんにお会いしたことがあり、最近出版した拙著『対決 安倍政権―暴走阻止のために』も献本しています。
 半田さんは、普天間飛行場の移設問題について歴史的に振り返り、アメリカは海外基地の整理・縮小の方針に転じていること、沖縄の米軍は第3海兵遠征軍であり、その存在は軍事的というより政治的な意味の方が大きいこと、普天間基地の米軍は実戦部隊の大半がグアムに移転したため「抑止力」にはならず、オスプレイが駐留する意味もほとんどないことなどを説明されました。
 終わってから質問する機会がありましたので、私は「翁長さんは日本政府よりもアメリカの世論に直接働きかけようとしていますが、どれほど効果がありますか」と質問しました。「アメリカの国民や政治家は日本についての関心が低く、沖縄についてはほとんど知らないから、そこに働きかけることは極めて重要です」というのが、半田さんの答えでした。私も、そこからしか解決の糸口は見いだせないのではないかと思います。

 このドキュメンタリー映画「圧殺の海」は好評で、4月24日までアンコール上映されています。ぜひ、多くの方にご覧いただきたいと思います。
 最後に、「辺野古を撮り続けて」と題したお二人の共同監督の文章の一部を紹介しておきましょう。

この海は、誰のものなのか。

安倍政権が目指す「戦争する国」づくりの最前線・辺野古。
私たちは、今日も、そのど真ん中で、カメラを回し続けている。
中央メディアが取材に来ない沖縄。地元メデイアも排除される辺野古。
周到に準備された「無関心の壁」に一穴を穿ちたい。
私たちの未来の行方が、封じられ、圧殺される前に。

 この映画を見ていたころ、福井地裁による高浜原発3、4号機の再稼動を認めないという仮処分決定に対して、菅官房長官は「エネルギー政策は“粛々”と進めたい」と発言していました。またもや、「粛々オジサン」の暴言です。
 民意が示されてもそれに従わず、裁判所の仮処分が出てもそれに従わない。これが民主主義の国なのでしょうか、民主主義という価値観を共有していると言えるのでしょうか。

拙著『対決 安倍政権―暴走阻止のために』(学習の友社、定価1300円+税)刊行中。
購入ご希望の方は学習の友社http://blogs.yahoo.co.jp/gakusyu_1/folder/197776.htmlまで。

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10月23日(木) 翁長勝利で新基地建設阻止・普天間基地撤去・国外移設の実現を [在日米軍]

 沖縄県知事選挙が大きな注目を集めています。沖縄だけでなく、軍国化を進めている日本全体の今後の進路にも大きな影響を与えると見られているからです。
 昨晩、この沖縄県知事選挙に関連した電話がかかってきました。立候補を表明している翁長雄志前那覇市長を支援する「翁長雄志さんを励ます法政の会」を準備している方からのものです。

 翁長さんは法政大学1975年の法学部の卒業生で、この縁から法政OBで翁長さんを応援する会を立ち上げたいというわけです。呼びかけ人になって欲しいという要請でしたが、もちろんOKと即答しました。
 ぜひ、翁長さんに勝利していただきたいものです。それこそが、新基地建設阻止・普天間基地撤去・国外移設を実現する最善の道だからです。
 今回の県知事選挙の最大の争点となっている普天間飛行場の移設問題で、仲井真現知事は日本政府の応援を受けて普天間基地に代わる辺野古での新基地の建設を推し進めようとしています。これに対して翁長さんは新基地建設に反対していますが、沖縄での世論調査では8割以上の人が反対ですから、どちらが県民の立場に立っているかは明瞭です。

 日本における米軍基地の74%が沖縄にあり、その存在は沖縄県民を苦しめてきました。沖縄県民が米軍基地の撤去を望むのは当然です。
 しかし、このような沖縄県民の願いに、日本政府は全く応えようとしてきませんでした。日本政府は、沖縄の米軍に出て行ってほしくないからです。だから、国外移設を主張しないだけでなく、新基地の建設や思いやり予算など積極的に米軍の引き留め策を講じようとしてきました。
 そもそも、米軍普天間飛行場の移設について持ち出したのは、1995年の米海兵隊員による少女暴行事件を契機にした県民感情の悪化と普天間基地の危険性に大きな危惧を抱いた米政府の方でした。当時、共同通信の記者としてこの件をワシントンで取材していた春名幹男さんは、その著『秘密のファイル(下)―CIAの対日工作』(共同通信社、2000年)の314頁で次のように書いています。

 1996年2月23日、カリフォルニア州サンタモニカでクリントンに会った橋本は、
「本当に言いたいことはないのか」
 とクリントンに促されて、
「あえて付け加えるとすれば、普天間返還を求める声は強い」
 と口を開いた、という。
 だが、現実には、この時点でアメリカ側は、〝落としどころ〟は「普天間返還」と読んでいて、橋下の発言を予想していた。
 橋本がなかなか口を開かないから、クリントンの方から誘い水を向けたのである。

 つまり、「普天間返還」が決まったのは「クリントンの方から誘い水」を向けられたからなのです。それに促されて橋本首相が「普天間返還を求め」たのが、この問題の始まりでした。
 しかし、「普天間返還」は県外移設を意味していませんでした。それに代わる新しい基地の建設が課題とされ、白羽の矢があったのが名護市辺野古の米軍キャンプシュワブ周辺だったのです。
 このときも、日本政府は普天間基地の国外への移設を求めていませんでした。これについて、93~96年に駐日米国大使を務めていたモンデール元副大統領は、米国務省系研究機関の外交研究・研修協会のインタビューで、「日本政府はわれわれが出した(普天間基地の移設という)結論を望んでいた」「何の疑問も出なかった」と述べ、「非公式協議」の場での日本側代表とのやりとりにふれて「彼らはわれわれ(=米軍)を沖縄から追い出したがらなかった」と述べています。

 つまり、日本側も駐留継続を望んでいたと証言しているわけです。沖縄の米軍基地は、日本政府にとっては日本周辺有事への米軍の介入を担保するための「人質」として位置づけられているからです。
 だから、一方ではアメリカに基地撤去を求めることを手控えて駐留継続を働きかけ、他方では基地撤去を求める沖縄県民の要求を受け入れるかのようなそぶりを示すことになります。日本政府お得意の「2枚舌」であり、沖縄県民に対しては嘘をつくことにならざるを得ません。
最近の例では、普天間基地の「運用停止」についての大嘘があります。沖縄県の仲井真知事が5年以内の運用停止を日本政府に求め、菅義偉官房長官は9月、その期限を19年2月までと明言した例です。

 これについて、米国防総省当局者は朝日新聞に対し「13年に日米が合意した22年度以降の返還が唯一の方策、19年2月の運用停止に米政府は同意していない、日本側から正式要請はない」という回答を示しました。つまり、22年度以降に名護市辺野古の代替施設が完成しなければ普天間の運用停止はできないということであり、「19年2月の運用停止」について「日本側から正式要請はない」というのです。
 「19年2月の運用停止」というのは真っ赤な嘘でした。菅官房長官の発言は県知事選に立候補を表明している仲井間知事に対する単なる「リップサービス」にすぎません。

 この問題について報じた『朝日新聞』10月22日付の社説「普天間問題―『運用停止』の空手形」は、「米ハーバード大のジョセフ・ナイ教授はザ・ハフィントン・ポストへの寄稿で、沖縄のいらだちに言及。『中国の弾道ミサイルの発達で沖縄の米軍基地は脆弱(ぜいじゃく)になった』と指摘し、在日米軍の配備について再考を求めた。米国内の知日派にも柔軟な考え方が出始めている」と指摘しています。沖縄の基地はあまりに中国に近く、軍事的合理性からすればもっと遠い場所に移した方が良いというわけです。
 米軍からすれば、「脆弱になった」沖縄の基地をグアムやハワイに移すことの方が好都合なのです。それを阻んでいるのは日本政府にほかなりません。

 このような日本政府の誤った姿勢を転換させ、米軍ですら本当は望んでいない新基地の建設をやめさせ、米軍基地を撤去させるためにも、翁長さんの当選は不可欠です。「普天間返還」問題の経過をみても分かるように、翁長勝利によって沖縄県民の意思を明確に示すことができれば、米軍基地撤去に向けての新たな展望が切り開かれることは間違いのですから……。

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8月6日(火) オスプレイ配備・訓練の危険性を実証した米軍ヘリコプターの墜落事故 [在日米軍]

 今日8月6日は米国による原爆投下から68回目の「広島原爆の日」です。その前日、沖縄の米軍基地キャンプ・ハンセン敷地内で、訓練中の米軍ヘリコプターが墜落して炎上するという事故が発生しました。

 墜落した場所が住宅地ではなく、住民の犠牲者がでなかったのは幸いでした。しかし、近隣の住宅からは約2キロしか離れていませんでした。
 軍用ヘリコプターの墜落事故も、これまで何度も起きています。また起きるのではないかとの不安がありましたが、それが現実になってしまったということです。
 沖縄の人々は、このような不安を甘んじて受けなければならないのでしょうか。いつ、空からヘリコプターなどが落ちてくる分からない危険な状況は、「抑止力」を維持するために我慢しなければならないことなのでしょうか。

 このヘリコプター以上に危険だとされているオスプレイが、今も沖縄の普天間飛行場に追加配備されています。沖縄の人々が、これに対して大きな不安を覚えるのは当然でしょう。
 いつ、落ちてくるのか分からないのですから。それが住宅地を避けて無人の森に落ちるとは限らないのですから。
 そのような危険なものの飛行を拒むのは当然でしょう。米軍は、当面、オスプレイの岩国基地からの移動を一時見合わせると発表しましたが、配備を中止して、撤去するべきです。

 小野寺防衛相は米側に原因究明の徹底と再発防止策が講じられるまで、同型機の飛行を停止するよう要請しました。それだけでなく、日本政府はオスプレイの配備中止と撤去も米軍に要求するべきでしょう。
 事故の危険性をなくすためには、その元になるものを除去するのが最善の道なのですから。

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10月3日(水) オスプレイによる事故は「人為的」なものだから安全は確保されている? [在日米軍]

 構造的なものだろうと人為的なものだろうと、事故は事故です。人為的な要因だからといって「安全だ」などと言えないことは、子どもにも分かる道理でしょう。
 それなのに、オスプレイの沖縄普天間基地への配備が強行されました。1959年6月39日には石川市の宮森小学校に米軍の戦闘機が墜落して児童ら17人が亡くなるという悲惨な事故が起きていますから、これに対して沖縄県民が大きな危惧を抱き、反対するのは当然のことです。

 第1に、オスプレイは危険きわまりない飛翔物体です。いつ落ちるか分からないものが人口密集地の上空を飛ぶなどということがあってはなりません。
 ハワイでは、米軍は五つの公立学校で公聴会を実施し、ネットや電話、地域自治会訪問で意見を募り、飛行経路のほとんどが洋上であるにもかかわらず、下降気流が遺跡保存に及ぼす悪影響や地元住民の反対、希少生物の生息環境破壊への懸念などに配慮して訓練計画を取り下げました。日本では公聴会などは開かれず、10万人の集会など沖縄県民総意による反対を押し切り、世界一危険だとされている普天間基地にオスプレイを配備しました。
 あまりにも違いすぎる対応だというほかありません。沖縄県民はじめ日本人の生命の価値は、ハワイの遺跡より小さいとでもいうのでしょうか。

 第2に、オスプレイの配備先が、またもや沖縄、それも普天間基地であるということも大きな問題です。普天間飛行場は16年前に返還が決まり、基地負担の軽減が約束されていたにもかかわらず、今また、オスプレイの配備という形で大きな負担が押しつけられました。
 これが、日本政府の言う「最大限の配慮」なのでしょうか。沖縄県民にとっては、「裏切りの歴史」に新しい1頁が書き加えられたにすぎません。
 沖縄での抗議活動が止まないことの背景として、新崎盛暉沖縄大名誉教授は「オスプレイの配備は安全性への疑問もさることながら、沖縄県民が『本土による基地押しつけ』『沖縄差別の象徴』ととらえているからだ」(『朝日新聞』10月2日付)と述べています。日本政府をはじめ私たち本土の人間は、この言葉を重く受け止めるべきではないでしょうか。

 第3に、民意の無視という問題があります。この間、オスプレイの配備と日本全土に及ぶ訓練計画について、各方面から懸念や反対、抗議の声が上がりましたが、それは完全に無視されました。
 10月1日、留任が決まった森本防衛相は「当初米国が考えていた通りの予定を実行した」と語ったそうです。これほど多くの反対がありながら、当初の「予定」が全く変更されなかったことを、森本さんはどう考えているのでしょうか。
 ハワイの住民とは違って、米軍にとって日本国民の声など聞く耳はないということなのでしょう。民意の無視という点では、米政府に唯々諾々と従うばかりの日本政府も同罪です。

 今回の沖縄県普天間基地へのオスプレイ強行配備によって、日米両政府は大きな賭けに出たことになります。この後、もしオスプレイの事故が起きれば、誰が、どのような責任を取れるのでしょうか。
 万一、懸念されているような事故が起きれば、人々の怒りは沸騰し、その矛先は日米同盟自体へと向かうことになるでしょう。日米両政府はそのようなリスクを引き受ける覚悟があるのでしょうか。

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7月20日(金) 日米安保とは本来国民の安全を守るためのものだったのではないのか [在日米軍]

 これを「安保のパラドクス」と言うべきでしょうか。日本国民の安全を守るためだといって結ばれた安保条約によって日本国民の安全が脅かされようとしているのですから……。
 太平洋を越えてアメリカから日本に向かっている米軍の新型輸送機オスプレイ(別名「オチプレイ」?)は、明後日にも岩国基地に陸揚げされようとしています。国民の多くが不安に思い、反対しているにもかかわらず。

 本日付の『朝日新聞』は、一面で大きく、オスプレイの事故が量産決定後の2006~11年の5年間に58件起きていたことが米軍の資料で分かったと報道しています。防衛省は地元自治体に過去の重大事故については説明していましたが、全体の件数は明らかにしていませんでした。
 米軍は航空機事故を三つに区分し、死者や全身障害者が出たり200万ドル以上の損害が出たりした事故を「クラスA」、重い後遺症が残るか50万ドル以上の損害が出た事故を「クラスB」、軽傷者か5万~50万ドルの損害が出た事故を「クラスC」としているそうです。これまで説明されていたのは重大事故の「クラスA」だけだったということでしょう。
 しかし、単に部品が落下するなどの「クラスC」の事故でも、岩国基地や普天間基地周辺などの人口密集地で起きれば、大きな被害が出ることは明らかです。これらの事故の詳細や危険性について情報を明らかにせず、「安全神話」を振りまいて危険なものを沖縄に押しつけるやり方は、原子力発電所を地方の過疎地域に押しつけてきたのと同じような構造を持っています。

 しかもそれは、沖縄だけの問題ではありません。日本全国に訓練のための飛行ルートが設定されているからです。
 このため、高松市で開かれていた全国知事会議は7月19日(木)、オスプレイ配備について「関係自治体、住民が懸念する安全性が確認できていない現状では受け入れられない」とする緊急決議を行いました。この決議では、配備や飛行訓練の内容、影響について政府が責任を持って説明し、自治体の意向を尊重するよう求めています。
 政府に対して、「国民を守るための安全保障ということを忘れてもらっては困る」(尾崎正直高知県知事)、「米軍の通知を知らせるだけの政府なら、どこに国民主権があるのか」(平井伸治鳥取県知事)などの声があがったといいます。野田首相は16日、オスプレイについて「配備は米政府の方針であり、同盟関係にあるとはいえ(日本から)どうしろこうしろと言う話では基本的にはない」と述べ、日本側から見直しや延期は要請できないとの認識を示して批判を浴びました。まさに「どこに主権があるのか」と言いたくなるような体たらくです。

 そもそも、どうしてこの時期、沖縄にオスプレイを配備する必要があるのでしょうか。沖縄が中国に近すぎてミサイルの射程範囲内に入っているため、米軍はグアムなどへの配置換えを行っているというのに、わざわざオスプレイを沖縄に配備しようとしているのは何故でしょうか。
 オスプレイは「未亡人製造器」と呼ばれていて、その危険性については米国内でもよく知られており、米ニューメキシコ州の米空軍基地周辺で予定されていた低空飛行訓練計画に対して住民の反対運動が起きたため、米空軍は6月に訓練延期や内容の見直しを決めています。そのような危険な飛行機をどうして沖縄に配備し、日本で訓練しようとしているのでしょうか。
 それは危険だから、アメリカ国内では自由に訓練できないから、日本にそれを押しつけようとしているのではないでしょうか。ここに、植民地の如く扱おうとしているアメリカの日本に対する認識の一端が示されているように思われます。

 このようなアメリカによるオスプレイの強行配備をはね返す妙案が一つあります。それは、国民の安全を守れないような条約は破棄せざるを得ないとアメリカに言うことです。
 日米安保体制は、この日本をアメリカの植民地として差し出すためのものではありません。国民の「安全を保障」できない日米「安全保障」条約など、とっととやめてしまえばいいのです。

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7月4日(水) 「オチプレイ」強制配備計画が示す日米安保の本質 [在日米軍]

 森本新防衛相はぼやいていることでしょう。「どうして俺が、こんな貧乏くじを引かなきゃならんのだ」と……。
 野田首相に懇願され、渋々防衛相を引き受けた森本さんは、アメリカのお雇い番頭よろしく、あっちに行って頭を下げ、こっちに来て頭を下げ、何とか「オチプレイ」ならぬオスプレイを受け入れてもらおうと必死です。こんな理不尽な要求を、無理矢理、反対を押し切って押しつけなければならないのが日米安保の本質なのだということを、今、森本さんは身をもって学んでいるにちがいありません。

 森本さんは、「(受け入れてもらえる)自信がない」と言っていました。断る方の事情もよく分かるからでしょう。
 しかし、出かけていって頭を下げるしかありません。安保体制下の日米地位協定によって、アメリカの申し出を断ることができないことも、よく知っているからです。
 森本さんは、国民の怒りや不安と、アメリカからの無理無体な押しつけとの板挟みになっています。このジレンマは、独立国でありながら日米軍事同盟によって事実上主権を制限されている日本の現実に根ざしており、それは森本さん自身が高く評価し、支持してきた安保の実態でもあります。

 今回のオスプレイ強行配備の要求には、アメリカという国の日本国民に対する差別、沖縄県民に対する侮蔑を強く感じざるを得ません。墜落事故の可能性があり、犠牲者が出るかもしれないのに、無理矢理配備し、訓練を行おうとしているからです。
 かつて、ケビン・メア米国務省日本部長による「沖縄はゆすりの名人」という発言がありました。今回も、オスプレイの配備に反対することで、沖縄が何かを「ゆすり」取ろうとしているとでも考えているのでしょうか。
 このような危険なものを日本に持ち込んでも、日本の政府や国民は受け入れてくれるにちがいないとなめきっているところに、アメリカ政府の日本国民に対するさげすみの眼差しを感じます。万が一、事故が起きて犠牲者が出ても構わないと考えているとしか思えないからです。

 アメリカがこう考えるようになってしまった責任の一端は、日本政府にもあります。これまで、アメリカによる理不尽で無理無体な要求を、唯々諾々と受け入れてきたからです。
 日本全土に米軍基地を置く権利を認め、米軍の特別な地位を保障し、危険な原子力潜水艦の寄港や原子力空母の母港化を容認し、沖縄の普天間基地の辺野古への移設にも合意しました。いまさら、危ないからといってオスプレイの配備に反対などできないということなのでしょう。
 岡田副総理は、山口県周南市で記者団に対し「日本政府としては、オスプレイの安全性について、『きちんと説明してほしい』とアメリカ政府に申し上げている。ただ、配備することについて、『今しばらくストップしろ』とか、『ダメだ』と言う権限は日本にはなく、そういうなかでギリギリのことをやっていると理解してほしい」と述たそうです。この卑屈な植民地根性を何と言ったらいいのでしょうか。
 「『今しばらくストップしろ』とか、『ダメだ』と言う権限」がなくても、日本政府の意思として「ストップしろ」「ダメだ」と言えばいいじゃありませんか。国民の生命や財産にかかわることなのですから。それを守るのが、政府の役割なのですから。

 ただし、それを言う「権限がない」のも、残念ながら、岡田さんの指摘するとおりです。アメリカによる無理無体な押しつけを受け入れざるを得ないのも日米安保の本質なのです。
 これを拒むためには、日米安保体制を根本的に転換しなければなりません。そのためには、安保条約を破棄すればいいんです。
 日米地位協定の改定には相手との交渉が必要ですが、安保条約の破棄について交渉する必要はありません。条約第10条には、「いずれの締約国も、他方の締約国に対しこの条約を終了させる意思を通告することができ、その場合には、この条約は、そのような通告が行なわれた後一年で終了する」と書いてあるのですから……。

 それでは心配だという方がおられるかもしれませんが、安保条約の「終了を通告」し、軍事同盟条約に代えて平和友好条約を締結すれば良いでしょう。太平洋地域の平和確保のための日米間の相互協力を定めれば、日本の主権への制限もなくなり、米軍基地は撤去され、太平洋は本当の意味で「平和の海」となるにちがいありません。

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