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1月10日(日) 派遣が増えても税金が減っても工場は海外に移転していた [再規制]

 NHKの「クローズアップ現代」という番組を見ていたときです。見慣れた顔が画面に映りました。
 法政大学大学院の先輩で、今は昭和女子大の教授をされている木下武男さんです。労働者派遣法の見直し問題がテーマでしたから、木下さんが登場するのも当然だといえば当然ことですが……。
 でも、ゴールデンタイムでのNHKの番組への登場となれば話は別です。メジャーになりましたね、よかったですね~、木下先輩。

 この番組では、派遣労働についての規制が強化されれば廃業もやむなしという経営者の声や工場が海外に出て行ってしまうなどという意見が紹介されていました。だから、労働者派遣法の改正による規制強化は困るというわけです。
 冗談じゃありません。派遣労働が主力の企業は、賃金が安く不安定な劣悪労働に寄生して収益を上げてきたのではありませんか。
 その恩恵を受けているのは派遣労働者を使っている企業だけではありません。派遣している会社の08年度の売上高も過去最高の7兆7892億円(07年度比20.5%増)となっています。

 このような劣悪労働に依存する企業の廃業は当然でしょう。廃業したくなければ、労働者を安くこき使うようなことはやめるべきです。
 雇用の維持と言いますが、問題はその質です。働いても生活できず、いつクビを切られて路頭に迷うかもしれないような雇用は、断じて維持されるべきではありません。
 日雇い派遣などの劣悪労働に依存する企業が淘汰されれば、働く人々の労働環境が改善されることになります。そのためにこそ、労働者派遣法の改正による規制強化が必要だということが分からないのでしょうか。

 そんなことをしたら、工場が海外に逃げてしまうという主張についてはどうでしょうか。このような主張は良く耳にしますが、それは正しいのでしょうか。
 これについては、NHKの番組の中でも木下さんがグラフを示して反論していました。同様の反論が、今日の『東京新聞』にも出ています。
 「派遣労働と海外現地生産」「派遣減れば工場は海外に移転する?」という見出しの特集記事です。ここにはいくつかのグラフが掲載されており、派遣法の改正ごとに派遣労働者と事業所数が増え続けてきたこと、04年度以降、派遣料金や賃金は低下、横ばい傾向であること、世界の三大派遣市場はアメリカと日本、イギリスであること、海外生産比率は派遣労働者に比例して上昇していること、派遣が増えると海外生産も増えていることなどが示されています。
 そして記事は、「登録型、製造業への派遣が原則禁止されれば、経営者などは『海外に生産拠点を移す』と繰り返し主張しています。本当に海外生産は、派遣労働のいかんによって決まるのでしょうか?」と問題を提起し、次のように書いています。大変、重要な指摘です。

 そこで、海外生産比率と派遣労働者総数や製造業への派遣数との関係を調べると、海外生産は派遣が増加するほど増える関係にあります。解釈は別として、データからは、派遣が増えなくなる(減る)と、海外生産が増えるとはいえません。
 海外生産の原因として挙げられているのは、安価な労働力以上に現地の需要動向です。さらに今後、需要増加が見込まれる中国や新興国などをはじめ、世界的に保護貿易傾向が強まっており、現地進出しなければならない状況にある、との指摘もされています。派遣法改正を声高に理由として挙げるのは疑問です。

 つまり、「登録型、製造業への派遣が原則禁止されれば」工場が海外に移転するというようなことはないというのです。安心して、労働者派遣法を改正し再規制を強化していただきたいものです。
 ただし、労働政策審議会が示した原案は、このような使用者側委員による主張に引きずられて、中途半端で不十分なものになっています。派遣労働の規制強化、派遣労働者の保護と均等待遇の実現、派遣先使用者責任の強化という方向をさらに強める形で法案を作成する必要があるでしょう。

 なお、付言すれば、この間、海外生産が増え続けてきたということ、その原因は「安価な労働力以上に現地の需要動向」にあるとすれば、もうひとつの主張の誤りも明らかになります。
 それは、企業に対する優遇税制を無くしたり税率を引き上げたりすれば、海外に逃げていってしまうのではないかという議論です。このような議論も、間違いだということになります。
 バブル経済が崩壊して以降、企業に対する税率も金持ちに対する累進税率も段階的に引き下げられてきました。つまり、企業が払うべき税金が安くなっていたわけですが、それにもかかわらず、企業は海外での生産を拡大していたということになります。
 
 『東京新聞』1月10日付の特集記事が示していることは、海外生産は現地の需要に伴って拡大しているのであり、労賃の安さや税金の高さなどとは関係がないということです。このような事実を明らかにすることは極めて重要です。
 同じ様に労働者派遣法の改正問題を取り上げていても、規制強化によるマイナス面を強調してるように見えるNHKの番組と、そのような俗論をくつがえすような事実を提示した『東京新聞』の記事とは、その印象が大きく異なります。どちらが、マスコミとしての役割をきちんと果たしていると言えるのでしょうか。

4月16日(木) 「再規制」のゴールを見つめる―「再規制」はタクシーの専売特許に非ず [再規制]

〔以下の論攷は、タクシー産業の業界誌『交通界』4月6日号(300号記念特別号)に掲載されたものです〕

「再規制」のゴールを見つめる―「再規制」はタクシーの専売特許に非ず

「官から民へ」という「民営化信仰」
――先生は一般的に「規制緩和」あるいは「再規制」についてどのようにお考えですか。

五十嵐 「規制」がなくても困るし、あり過ぎても困るということです。つまり「必要にして適切な規制であるかどうか」ということに尽きます。
 なぜ規制が必要かというと、資本主義が自由競争で成り立つとしても、公正な競争のためには一定のルールが必要だからです。スポーツだって、「ヨーイ、ドン」じゃなくて、バラバラにスタートして構わないことにしたら競争にならないわけですから。自由で公正な競争のためには、ルールや規制が必要だということですよね。「過当競争で共倒れする」あるいは「がんじがらめで自由に競争できない」という状況は、ともに避けなければならないわけです。
 日本の場合は「官から民へ」という「民営化信仰」が強すぎたんじゃないでしょうか。「市場原理主義」ということで、市場任せにすれば“神の手”が働いて自動的に調整されると思い込んでしまったということでしょうね。
 
規制緩和を推進した「3つの力」

――例えば、規制改革会議議長代理の八田達夫・政策研究大学院大学学長や竹中平蔵・慶大教授のような人が「経済学」という学問の正統性を装いつつ「規制緩和は日本経済の競争力アップに必要不可欠」などと言うのを聞くと、「そうかもしれないなあ」とコロッと思ってしまう人は少なくないわけで・・・…。

五十嵐 日本の規制緩和を推進するうえで、三つの力があったと思います。一つは、アメリカの圧力です。これは「交通界21」の「09新年特別号」に登場した関岡英之氏らが強調されています。「年次改革要望書」は94年から毎年10月に出されてきましたが、それ以前の89年から日米構造協議が始まっています。米国が日本市場の障壁をどう取り払って市場参入するかという目的で、日本市場に入り込んでいく、「競争相手」である日本の足を引っ張る、あるいは 「協力者」に変えていく―などの思惑があったと思います。
 二つめは、今おっしゃった竹中さんのような人たちです。中谷巌氏が『資本主義はなぜ自壊したのか』で記したようなアメリカ流資本主義に対するある種の憧れを抱いた人たち。新自由主義的な政策やイデオロギーに魅了された人たちですね。こういう学者グループが理論的な正統性を装って導入した。
しかも91年以降、「失われた10年」といって不況が深刻 になりました。逆に米国は当時、「ニュー・エコノミー」などと言われて好調でした。「日本のやり方はまずかったんじゃないか、米国のマネをしたらうまくいくんじゃないか」と、米国で勉強した竹中さんなどは思いこんでしまった。そういう米国モデルへの「帰依」「信奉」というイデオロギー的な流れがあったと思います。
 三つめは、財界でビジネスチャンス拡大をねらう人たちがいたということですね。財界内にも2つの意見がありまして、旧来の日本的なあり方をある程度尊重してその修正を図ることで乗り切ろうという人たちと、完全に転換させてアメリカ流の市場原理主義、株主主権でやっていこうとする人たちがいました。
前者の「旧日本型」の方は「ステークーホルダー論」といって、従業員、顧客、地域社会など、企業に利害関係を持つすべての関係者のことを考えるべきだという立場ですが、「株主主権論」のほうは株価を上げて配当金を増やしさえすればいいんだ、という考え方です。そして、規制緩和して「官から民へ」で、民間が参入できる余地を拡大していく。そこから大きなビジネスチャンスが生まれるにちがいないというわけです。

現実感覚を失った「講壇経済学」

 労働の分野でいえば、「人材派遣」とか「リクルート」などの就職情報に関連する人達が総合規制改革会議に委員として参加して規制緩和の旗を振りました。「かんぽの宿」問題で疑いをかけられている宮内義彦氏も、タクシーの規制緩和に伴う車両のリース業で大儲けしたわけです。こういう人たちはうまくやったかもしれないが、その陰ではいろいろな問題が起きていました。
景気に関していえば、02年から07年まで戦後最長の景気拡大です。大企業は5年間、過去最高の収益を更新しつづけました。もちろん、儲かったのは大企業だけで中小企業や労働者の収入は増えていない。しかも、大企業の利益は外に出てきません。設備投資よりも証券や株式などの形で内部留保される部分が多い。もし、給与という形で労働者に回るならモノを買うから内需が生まれます。ところが、サラリーマンの給与は減り続けてきたわけで、内需は弱く外需依存の成長構造になってしまった。今回、景気が急落したのはそのためです。 
竹中氏にせよ中谷氏にせよ、「経済学」に則って論理を展開したつもりでしょうが、現実を踏まえない「講壇経済学」でした。「理論的にはこうなるはず」と思っても、現実はそう簡単にはいきません。
例えばある大学教授は「経済成長のためには一定の失業者が必要だ」などと書いていますが、失業する側からすれば「そんなの困る」と言わざるを得ないでしょう。「あなたそんなこと言えるのは大学に就職できているからじゃないですか」と言いたくなるわけです。つまり、「完全雇用下では経済成長できません」と平然と言えてしまうという感覚は「現実」に立脚していないと言わざるを得ないと思います。百歩譲ってそうだとしても、まずは「失業者のセーフティットが不可欠である」と言った上でなければできない議論です。こういう経済理論は「理論」に過ぎない。現実感覚を失っていると思いますね。

「2006年」という「転換点」

――先生の著書『労働再規制』では、「2006年」が「規制緩和」から「再規制」に向かう転換点だったとの説を展開されていますが、具体的にはどういうことでしょうか。

五十嵐 規制緩和の旗を振っていた経済財政諮問会議と規制改革会議という二つの機関がありますが、まず、経済財政会議の変容が始まるんですね。05年の郵政選挙(第44回衆議院議員総選挙)の直後から。竹中さんは経済財政担当相から郵政民営化担当の総務大臣にかわります。そのとき竹中さんは「経済財政諮問会議の景色が変わって見えた」と言っています。
経済財政担当相というのは諮問会議の司会なんですね。つまり、竹中さんが司会して隣りに小泉純一郎首相がいて、民間議員が4人いるわけです。この6人がタッグを組めば過半数を占めることができます。経済財政諮問会議は11人ですから。
で、竹中さんと4人の民間議員は「裏諮問会議」のようなものをやって事前に打ち合わせをしていた。だから、司会であれば議論を思うように引っ張ることができた。ところが、総務大臣に変わってしまったので司会をはずれた。しかも、代わりに経済財政担当相になったのは、市場原理主義には批判的な与謝野(馨)さん。これが変化の始まりです。
さらに、翌06年には小泉首相自身が辞めちゃう。これは大きいと思いますね。そのあと出てくるのが安倍晋三さん。構造改革の負の側面を無視するわけにはいかず、「再チャレンジ」を掲げた。実際、06年に「格差問題」とか「ワーキングプア」とかいった問題がどっと出て、マスコミにも取り上げられるようになっていく。政治的には小泉さんが引っ込み、構造改革の申し子であったようなホリエモンや村上世彰(村上ファンド)が逮捕される。つまり、市場原理主義、構造改革の負の側面がかなりはっきりしてきたということですね、2006年に。
 労働政策の面で大きかったのは、06年暮れのホワイトカラー・エグゼンプション(労働時間規制の適用免除)問題に対する反対運動だったと思います。翌年1月、「労働国会」で導入しようとしたが、反対が大きく、夏に参議院選挙を控えていたこともあって安倍首相は導入を断念した。
 のみならず、その前から厚労省では学者を集めて研究会を組織していました。労働市場政策について新しい方向を打ち出そうということで、07年2月に研究会が発足して8月に報告を出しました。実は、厚労省と規制改革会議はずっと緊張関係にあったんです。あの時まで厚労省はジッと我慢していたと思う。反撃の機会を狙っていたんじゃないでしょうか。で、この報告書を手に、逆襲を始めるんですよ。

「2006年」と「市場の失敗」に触れたタクビジョン小委報告

――実はタクシー業界も同様に06年7月に国交省が交政審タクビジョン小委報告書を出し、「再規制」にまで踏み込みはしませんでしたが、「市場の失敗」と初めて「失敗」という言葉を使いました。「『市場の失敗』なんて経済学の専門用語など使ってごまかすな」と業界の評判は必ずしも良くはありませんでしたが・・・…。

五十嵐 学者を使って、国交省として言ってもらいたいことを言わせた、ということじゃないでしょうか。少なくとも、厚労省の場合はそうだと思います。面と向かって自分達が言うのでなく、学者を使って“理論武装”したという・・・。車が増え、過当競争になって事故が多発し、収入が減り、労働条件が低下する。これはまずい、という考えが国交省の中でも出てきたのだろうと思いますね。
 交通関係でいえば、05年のJR西日本の福知山線での事故が「見直し」の始まりだと思います。これに関連していえば、国鉄の「分割・民営化」が「官から民 へ」の流れの始まりなんですね。その意味で、日本における民営化論の元祖は中曽根(康弘)。その次は、「6大改革」の橋本(龍太郎)です。その後の小渕、森首相で多少下火になるけど、これを否定する形で、構造改革を掲げて小泉さんが出てくる。

「規制緩和」と「再規制」が混在しているのが現状

――とすると「規制緩和見直し」の方向性も、また揺り戻しがあるということでしょうか。

五十嵐 「再規制」はまだ緒についたばかりですからね。うまくいかなかったとなれば、また(笑)・・・…そういう議論が出てくる可能性はあると思います。
 経済学では、自由競争なのだから規制しないという立場は「古典派」なんですね。次に、自由競争に任せていたらいろいろと問題が出てくる。恐慌を制御しなければならない、有効需要を創出しなければならない、となる。これは「ケインズ主義」ですね。さらに、「ケインズ主義」では自由な経済活動ががんじがらめにされるから、これじゃダメだというのが「新古典派」です。
 「国家は退場して経済は市場に任せろ」ということで市場経済万能論みたいなのが出てきたけれど、結局、破綻してしまった。「マネー資本主義で野放図に行動してはダメだ」ということが、リーマン・ショックによる「金融危機」ではっきりした。
 だから、金融取引については一定の規制をかけなければならない、国家や国際機関が金融市場にも関与しなければならない、となってきました。いわば「新ケインズ主義」なんです。でも、また、これでダメとなれば、「新・新古典派」の時代にならないとも限りません。
労働政策でみても、今は「規制緩和」と「再規制」が混在している状況です。今国会に提出された労働者派遣法の改正案にしても「登録型派遣」を全面禁止したわけではないし、従来禁止されてきた「事前面接」解禁の内容も盛り込まれている。「薬」よりも「毒」の方が多いという内容です。  

「第3の道」を目指せ!

――タクシーも同様に、共同減車を促して供給過剰を解消しようという適正化新法が今国会に提出されているのですが、その実効性を疑問視する向きが少なくありません。労働問題同様、「再規制は緒についたばかり」と言わざるを得ないのですが……。しかし、ここであまり厚労省あるいは国交省官僚の「巻き返し」にばかり期待していては、今度は「官僚主導の復活」ということになってしまうのではありませんか。

五十嵐 たしかに、困った問題です。拙著『労働再規制』でも、官僚の復権を「是」とするものではないことは 強調しておきましたが……。しかし「小さな政府」か「大きな政府か」と問われれば、「小さな政府=善」という立場はとらない。必要な公的事業を担ってくれる人は増やさなければなりません。それが必要なら、今よりも「大きな政府」になることがあってもいいと思います。
「官僚バッシング」で、何でも「官僚はだめだ」なんて言う人もいますが、そんなことはない。国の施策を支えるうえで官僚の果たしている役割は正当に評価しなければなりません。官僚批判が強いのは、今までの政治のあり方が「政・官」の関係を歪めたからです。あまりにも長期にわたり一党が政権を担ってきた結果、「政」「官」の協働関係、依存関係が強まってしまった。さらに、政治家の能力が急速に低下しており、ますます官僚頼りの傾向が強まっています。このような関係は是正されなければなりません。
 いずれにせよ、官僚の「既得権復活」という形での再規制は好ましくありません。官僚は既得権を復活させようとする一方、規制改革を推し進めてきた人たちは「新得権(新たな権益、五十嵐氏の造語)」を得ようとする。オリックス会長の宮内(義彦)さんなどは、その典型です。
 既得権の復活も新得権の拡大も、ともに問題であって、そうではなく「第3の道」を模索するべきだと言いたい。それは、元々の日本モデルが持っていた良さを活かしつつ、米国モデルの問題点を是正していくということですね。そういう意味では、再規制されるルールの中身が問題になってくる。
そのときに考えなければならないのは、対外関係でいえば米国との関係でしょうね。介入を排して自立しなければならない。独自の国益を考えた将来構想を打ち出す必要があります。そのための手がかりになるのは憲法。たとえば憲法第25条の「生存権」や第27条の「労働の権利・義務」などを政治や生活に活かし実現していくことが必要でしょう。国としての参考例を探すとしたら「EU型」、特に参考にすべきは「北欧型」ではないでしょうか。
社会民主主的で福祉国家的な方向です。「新福祉国家モデル」といってもいいと思います。たとえば「福祉」と「労働」を結びつけて対処する考え方。失業者に手当を渡して終わり、ではなくて、再就職を前提として生活支援や職業訓練を行う、といった考え方です。実は、いま厚労省もこのような方向を模索しています。

「歩合給オンリー」は「日雇い派遣」と同じ

――労働問題に関連していえば、タクシーの歩合給についてどうお考えですか。労働組合の中には、固定給部分を厚くするように求める意見が依然少なくないのですが…・・・。

五十嵐 当然です。「歩合給」だけの給与体系だとすると「日雇い派遣」と同じです。「日雇い派遣」は「仕事のある時だけ給与が出る」というものですから。タクシーの歩合給は「客があったときだけ収入がある」―同じじゃないですか。「歩合給」だけしかもらえないのだとしたら、その乗務員は「タクシー業界の“日雇い派遣”」ということになる。「お客を乗せられなかったら給与は出ない」のなら、いつまでも客を乗せられなければ「食っていけない」ということじゃないですか。日雇い派遣の、そもそもの問題も同じです。
 他方、「常用型派遣」の場合は仕事がないときでも給与は支払われる。固定給のようなものですよ。歩合給制というのは限りなく労働強化を誘発する給与体系です。このような体系では、過労死の危険性が増すばかりでしょう。
日本での働き方の問題としては、「命をかけて働く過労死問題」「働いても生活できないワーキングプア」「働いてもお金をもらえないサービス残業」があります。これらは外国人には理解できない「3大ミラクル」です。過労死が問題になった最初は1988年なのに、21年経ってもいまだに解決できない。「死ぬまで働いてしまう」という悲劇、あるいは「食品偽装問題」などに見られる経営者のモラルの著しい低下―これらに歯止めをかけるようなルールや仕組みは不可欠です。再規制の普遍的な課題だと思います。

――有り難うございました。(聞き手:三井貴也)




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