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2月27日(火) 平昌五輪に見られた安倍首相による対応の問題と日本という国の危うさ [文化・スポーツ]

 平昌オリンピックが幕を閉じました。とっとと、オリンピックによるマスコミのハイジャック状況にもピリオドを打ってもらいたいものです。
 この間の報道、特にNHKテレビのニュースには辟易しました。とは言っても、メダルを獲得した選手のインタビューなどは、途中でチャンネルを変えてあまり見ていませんでしたが。
 早くこの五輪の「カーテン」を開け放ち、日本政治の現実を国民に示すことこそマスコミの役割でしょう。国会での審議は惨憺たる有様で、これを立て直すことこそ最優先の課題なのですから。

 平昌五輪で日本選手が獲得したメダルの数は、金4、銀5、銅4の計13個で、過去最高の数字になりました。このことが高く評価されていますが、五輪は国別の対抗戦ではありませんから、このような形でメダルの数を比較すること自体、好ましいことではありません。
 もちろん、この結果は選手個々人の努力のたまものであり、育成・強化策の成果でもあったでしょう。その結果としてメダルを獲得された選手の方々を祝福したいと思いますし、競技を見ていた私も数々の感動と喜びを味あわせていただきました。
 今回の五輪では、ロシアが国家的ドーピングを認定され、多くの選手が出場できませんでした。「取材した雪上協議に限っては、メダル争いが想定されたロシア人選手が少なく、個人資格の参加であれ勢力図に変化はなかった」、「氷上競技もスピードスケートでメダル候補の数人が出られなかったくらい」(『東京新聞』2月27日付)で、それほどの影響はなかったということのようですが、これが日本のメダル獲得数の増大にどう影響したのか、気になるところです。

 今回の五輪では北朝鮮の対応が注目され、選手団の派遣、開会式や閉会式への高官級代表団の出席、女性応援団や管弦楽団の演奏などが行わました。これに対しては一斉に「微笑み外交に惑わされるな」という声が沸き上がりましたが、おかしなことです。
 「微笑み」より「憤怒」の方が良かったというのでしょうか。選手や外交団、応援団などを派遣せず、一触即発の緊張状態の中でいつ戦争になるかという不安や恐怖心を抱えながら五輪を開くべきだったというのでしょうか。
 韓国の文大統領による働きかけと北朝鮮による対応があったからこそ、平昌五輪は友好と平和の祭典として開催され、不安や恐怖を感じたりすることなく、選手は安心して競技に専念でき観客も心置きなくスポーツを楽しめたのではありませんか。これが今後どのような成果に結びつくかは分かりませんが、平昌五輪が平和の祭典として成功したこと、これを契機に朝鮮半島をめぐる緊張が緩和され戦争の不安が和らいだこと、南北対話と米朝対話に向けての可能性が生まれてきていることは極めて大きな成果であり、いくら評価してもしきれるものではありません。

 ところが、日本の安倍首相の対応は、このような流れに逆行する極めて異常なものでした。「微笑み外交にだまされるな」と北朝鮮を敵視して釘を刺し、米韓合同軍事演習の再開を求めて文大統領から「内政干渉だ」と反発される始末です。
 日本はアメリカと違って北朝鮮に近く7~8分で着弾する中距離ミサイルの射程下にあって迎撃はほとんど不可能ですから、軍事的対応はありえません。しかも、憲法9条には「武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する」と書かれており、武力による「威嚇」も禁じられています。
 安倍首相はよく「トランプ大統領と100%共にある」と言いますが、日本の首相である限りこのような言葉を口にすることは許されないということが分かっているのでしょうか。朝鮮半島の分断には日本による植民地支配も深くかかわっており、日本は南北朝鮮の統一を後押しする歴史的な責任を負っています。

 このように、日本が置かれている地理的な位置、憲法上の立場、歴史的な責任のいずれからしても、安倍首相の対応は極めて不適切なものであり、大いに問題のあるものでした。それにもかかわらず、これらに対する指摘や批判がほとんどなくマスコミも世論も同調してしまったという点に、日本という国の危うさが示されていると言えるでしょう。


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2月24日(土) とうとう67歳になってしまった [日常]

 とうとう67歳になりました。親しい友人や先輩などがすでにこの世を去っておられますので、この年まで生きてこられたことにいささかの感慨を覚えます。
 フェイスブックなどで誕生日を祝うメッセージをいただいておりますが、いちいちご返事を差し上げることができません。この場を借りて、お礼申し上げます。
 父は食道ガンのために59歳でこの世を去り、母は胆のうガンのために64歳で亡くなりました。この両親の年を超える人生を生きてきたことになり、今のところガンの血脈に冒されることは避けられているようです。

 昨日、町田市長選挙に立候補されている木原のぶよしさんの応援に行ってきました。4カ所で街頭演説した後、JR町田駅前で共産党副委員長の田村智子参院議員、自由党東京都連の渡辺浩一郎会長らと一緒に木原さんへの支持を訴えてきました。
 宣伝カーに乗って駅前に到着した時、思いがけない人に会いました。都立大学時代の先輩です。
 嬉しかったですねー。演説の場所を設営するための準備に来られていたのです。

 左肩の骨折の傷も癒え、今はどこも悪いところはありません。この年になっても、このような形で政治にかかわれることに感謝したいと思います。
 健康な肉体と元気な体力がなければ、このような活動を続けることはできません。こうして充実した老後を過ごさせていただいていることにも感謝したいと思います。
 長生きの秘訣は健康と元気と社会参加だといいます。この最後の社会参加の機会を多くの皆さんから与えていただいていることにも感謝申し上げます。

 先日、法律文化社から拙著『18歳から考える日本の政治[第2版]』を増し刷りしたいので、訂正箇所を送って欲しいという連絡がありました。第2版になってから3度目の増刷で、ありがたいことです。学習の友社から刊行予定の新著も、やっと印刷に入りました。間もなく初校のゲラが出てくるでしょう。
 講演の依頼は1月に7回、2月に7回ありました。今年に入ってからすでに13回講演したことになります。今後も各地での講演が予定されています。
 今年は法政大学大原社会問題研究所から刊行する予定の総評・社会党研究会による関係者からの聞き取り調査をまとめた叢書の編集作業もあります。法政大学を去り、現役を引退した後の方が忙しいような気がするほど、充実し多忙な毎日だと言って良いかもしれません。

 このような状況を喜んでよいのか、という気もします。それもこれも安倍首相の暴走政治が背景にあるからです。
 9条改憲の目論みや政治の私物化、民主主義と平和の危機がこれほど大きな問題を引き起こすことがなければ、私の「余生」はもっとのんびりとした穏やかなものになっていたにちがいありません。そうなっていないのは安倍首相のせいです。
 平和でまともな社会と平穏な老後を取り戻すためにも、一日も早く安倍政権を打倒しなければなりません。それは日本の政治だけでなく私の個人的な課題でもありますが、その兆しは芽生えつつあります。

 国会では裁量労働制についてのデータねつ造疑惑が追及されています。森友学園疑惑での内部文書の存在や新事実も次々に明らかになりました。
 第1次安倍政権が追い込まれた「消えた年金問題」の時と似通った雰囲気になってきました。安倍首相の不誠実で強権的な対応に対する国民の怒りも次第に充満しつつあるようです。
 今はまだマスコミ報道に平昌五輪の「カーテン」がかかっているような状況ですが、その五輪も明日で終わります。この「カーテン」が開け放たれた後にどのような光景が目に入ってくるのか、安倍首相も気が気ではないでしょう。

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2月21日(水) 裁量労働のフェイク(偽)データへの安倍首相の謝罪について『日刊ゲンダイ』に掲載されたコメントと若干の補足 [労働]

 〔以下の私のコメントは、最近の『日刊ゲンダイ』に掲載されたものです。参考のために、アップさせていただきます。〕

 「時間管理の緩い裁量労働制が長時間労働を助長するのは常識です。難航する法案審議への焦りやイラ立ちが荒っぽい答弁につながったのでしょうが、それにしてもデータの怪しさに疑問を抱かなかったのはお粗末すぎます」(2018年2月16日付)

 「少子高齢化による人手不足が深刻化する中、労働者を使い潰せば、労働力を失う。そんなことは分かりきっているのに、目先の利益しか頭にない財界もどうかしている。まさに今だけ、カネだけ、自分だけですよ。合法的なブラック労働の助長で労災申請のハードルが上がり、認定を争う裁判で雇用者側が敗訴する可能性も懸念されます」(2018年2月17日付)

 この問題で昨日、衆院予算委員会の集中審議が開かれました。そこで安倍首相は、「私や私のスタッフから指示をしたことはない」と述べて、データ作成についての首相官邸の関与を否定しました。しかし、担当部局が政権の意向を忖度してデータをねつ造したのではないかとの疑惑は残ります。
 森友・加計学園疑惑と同様に、直接的な指示がなくとも官僚の忖度が働いたのかもしれません。その結果、都合の良いデータが作成され、それに基づいて国会での答弁がなされたということであれば、議会での審議まで安倍首相に私物化され、議会制民主主義が破壊されたことになります。
 裁量労働制で働く人の方が一般労働者より労働時間が長いという調査結果を知りながら答弁では触れなかったこと、一般労働者の方が長いという調査は答弁で使用したもの以外にはなかったことも明らかになりました。自分にとって都合の良いものだけを使っていたわけで、極めて恣意的にデータが用いられていたことになります。

 働き方改革の主眼は長時間労働を是正してブラック労働や過労死・過労自殺を防ぐことにあります。そのために提出しようとしている法案に含まれている裁量労働制が長時間労働を助長することは調査からも明らかです。
 そうなった以上、このような制度の拡大そのものを中止するべきでしょう。安倍首相は間違ったデータに基づいて答弁したことを陳謝して撤回しましたが、本来、撤回されるべきは間違った答弁だけではありません。このようなデータに基づいて作成された制度の導入や法案の提出それ自体も、断念し撤回されるべきなのです。



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2月18日(日) 裁量労働に関する答弁を撤回するだけでなく法案の提出そのものを断念するべきだ [労働]

 前回のブログで、次のように書きました。その実例が、裁量労働制をめぐる国会審議でまたもや明らかになりました。

 「安倍政権は長期政権で飽きられ、安倍首相は国会対応で呆れられているというのが、今の姿です。『一強多弱』の下で長期政権化が進むなかで次第に内外政策が行き詰まってきていること、行く手に暗雲が広がり始めていることに、安倍首相は気が付いているのでしょうか。
 華々しく展開され国民の注目を集めている平昌オリンピックの影で安倍政権の陰りが広がりつつあり、それにつれて安倍首相の焦りといら立ちも募ってきているようです。オリンピックの開会式での孤立した姿や野党の質問にまともに答えようとしない国会答弁のあり方などに、それが如実に表れてきているように思うのは私だけでしょうか。」

 まさに「国会答弁のあり方」が重大な疑問と批判にさらされ、安倍首相は自らの答弁を撤回してお詫びしました。これは先のブログをアップしたその日のことです。
 14日午前の衆院予算委員会で、安倍首相は「精査が必要なデータをもとにした答弁は撤回しおわびしたい」と述べて陳謝しました。首相が撤回したのは1月29日の衆院予算委員会での答弁で、裁量労働制で働く人の労働時間についいて「平均的な方で比べれば、一般労働者よりも短いというデータもある」と答えたからです。
 首相が答弁の根拠にしたのは厚生労働省が2013年度に公表した調査で、全国の1万1575事業所の「平均的な人」の労働時間を調べたものですが、裁量労働制で働く人は一般の労働者の労働時間より約20分短かったといいます。しかし、一般の労働者の労働時間は裁量労働制と算出方法も異なり、残業を含めて1日23時間も働いている人がいるなど、データ自体の信ぴょう性が疑わしいものでした。

 ここでの問題は二つあります。一つは、どうしてこのようないかがわしい調査を根拠にしてしまったのかということであり、もう一つは、法案提出に向けての準備が労働の実態を踏まえたものではなかったということです。
 裁量労働とは労働時間の管理を自己の裁量に任せ、どれほど働いてもあらかじめ決めた「みなし労働時間」によって判断するという制度です。このよう形で時間管理を行わなければ、いくら残業しても残業代にカウントされませんから使用者にとってはコスト削減となりますが、働く側からすれば残業代なしで働く時間が長くなる恐れがあります。
 普通に考えれば、時間管理をなくした働き方の方が短くなるなどということはあり得ません。実際、安倍首相が答弁で紹介したいかがわしいもの以外に、そのような調査はなかったのです。

 それなのに、安倍首相はどうしてこのような調査を信じ、国会で答弁してしまったのでしょうか。それは、これから提出しようとしている法案を正当化するうえで都合の良いデータだったからです。
 ここに大きな落とし穴があったというべきでしょう。人は自分の見たいものを見ようとするからです。
 安倍首相も自分の見たい「フェイク(偽)・データ」を見て、これに飛びついてしまったというわけです。ここには、ちょっと考えれば「おかしいな、本当だろうか」と思われるような数字であっても、自分の都合に良ければ安易に信じ込み、騙されてしまうという「ポスト真実の時代」における思考スタイルの問題点が如実に示されています。

 しかも、このような誤った「フェイク・データ」が、これから提出される法案の根拠とされていました。それは「働き方改革」の美名のもとに、法律となれば働く人々を縛ることになるでしょう。
 そうなれば、労働時間規制を強めて過労死を減らすために「改革」するはずなのに、逆に労働時間規制を弱めて過労死を増やすことになってしまいます。今でも裁量労働で働く人の方が一般の人よりも労働時間が長いというデータが、このような未来をはっきりと示しているではありませんか。
 このような実態を踏まえない「フェイク」を基にした「フェイク法案」の提出は許されません。国会への法案の提出そのものをきっぱりと断念するべきです。

 今回の「働き方改革」関連法案は、労働時間の規制緩和と規制強化とが抱き合わせになっているという問題もあります。「毒」と「薬」を一緒にして飲ませようというやり方自体が大きな問題です。
 「薬」であるはずの規制強化にしても、労働基準法36条で許される時間は繁忙期には100時間未満という内容です。過労死ラインを越える労働時間が正当化されることになり、過労死して裁判で訴えても労基法で許されているということで敗訴する可能性があります。
 「毒」となる規制緩和では、裁量労働制と同様に時間規制を外す高度プロフェッショナル制度(残業代ゼロ法案)が導入されようとしています。これでは労働時間の長さを是正することはできず、過労死はなくなりません。

 「働き方改革」は、長い労働時間で健康を害したり過労死したりする現状を是正し、人間的な働き方の実現へと「改革」するものでなければなりません。労働力は人材であり、その疲弊と枯渇は使用者側にとっても大きな問題であるはずです。
 目先の利益にとらわれず、長期的な視野を持った「働き方改革」こそが求められています。働く人々が虐げられ「大企業栄えて民滅ぶ」ような社会では、企業もまた存続し「栄える」ことはできないのですから……。

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2月14日(水) 内外政策の行き詰まりの中で強まる安倍首相の焦りといら立ち [首相]

 平昌オリンピックが始まり、NHKが占拠されてしまいました。オリンピック放送のためにニュースの時間が減り、見なくなってしまった私のような視聴者がいることをNHKは知っているのでしょうか。
 このオリンピックの開会式に出席した安倍首相の写真が話題を呼んでいます。韓国の文在寅大統領と北朝鮮から来た高官代表団などの歓喜の輪から少し離れ、ぽつんと一人だけ前を向いている安倍首相の姿が写っていたからです。
 トランプ大統領が来日したときゴルフ場でボールをバンカーに入れ、大統領の後を追いかけようとして焦り高いところから出ようとしてバランスを崩しひっくり返って一回転してしまった安倍首相の動画も話題を呼びました。この写真も動画も、今の日本と安倍首相の孤立と従米の姿を象徴しているようです。

 オリンピックを契機にした北朝鮮高官代表団の訪韓と南北対話に対して、河野外相も安倍首相も「北朝鮮のほほ笑み外交にだまされるな」「対話のための対話は意味がない」と主張しています。開会式では、アメリカからやって来たペンス副大統領も安倍首相と同じような対応を取りました。
 しかし、「ワシントン・ポスト」によると、帰国したペンス副大統領は「北朝鮮が非核化に向けた重要な行動をとるまで、圧力は止めない」と強調する一方で、「対話を望むならば、我々は話をするだろう」と述べ、圧力強化の方針は変えないものの北朝鮮と直接対話をする可能性を示したと報じられています。真っ向から対話を拒否する安倍首相は、アメリカからも取り残されてしまったようです。
 自民党の二階幹事長も13日の記者会見で、韓国の文大統領と北朝鮮高官代表団による会談などの南北対話に関し「話し合うのはいいことだ。次のときに役に立つということもあり得る」と評価しました。二階に上がった安倍首相は、二階さんにはしごを外されたということでしょうか。

 通常国会での審議が続いていますが、森友学園疑惑に関連する内部文書や録音テープが次々に明らかになり、「廃棄した」と言っていた佐川さんの証言は真っ赤な嘘だったことがはっきりしました。その内容も「価格交渉はしていなかった」「昭恵夫人が関与していたとは知らなかった」などの発言をくつがえすものです。
 公文書の扱いという点でも森友学園疑惑の内容についても、佐川さんは偽りを証言していたことになりますから、改めて本人を国会に呼び、今度は偽証すれば罪になる証人喚問という形で証言してもらわなければなりません。安倍総理夫人の昭恵さんと「腹心の友」である加計さんの証人喚問も必要でしょう。
 森友・加計疑惑はすでに1年以上も継続して追求されていますが、これだけ長く疑惑追及がなされているのは安倍首相が真正面から誠実に答えることなく逃げ回っているからで、しかも内部文書や録音テープは安倍総理の「ご意向」や総理夫人への忖度が強く働き、特別扱いによって行政が私物化され歪められたことを示しています。朝日新聞に八つ当たりしたり、質問をはぐらかしたりするような安倍首相の荒っぽい答弁は、森友・加計学園疑惑がますます深まることへの焦りといら立ちを示す以外の何物でもありません。

 安倍首相の答弁の変化という点では、9条改憲問題についての対応も変わってきています。これまでは、野党の質問に対して総理と総裁の立場を使い分け、国会では正面から答えることを避け、憲法審査会での議論に任せるような形で自民党に丸投げしてきました。
 しかし、通常国会が始まってからは、9条改憲に対する野党の質問に踏み込んだ答弁をするようになっています。例えば、2月5日の衆院予算員会で安倍首相は、自らの案について「9条第2項の規定を残し、自衛隊の存在を憲法に明記することによって、自衛隊の任務や権限に変更が生じることはない」と繰り返し、「自衛隊の正当性を明文化、明確化することは、わが国の安全の根幹に関わる。改憲の十分な理由になる」と述べ、「自衛隊が合憲であることは政府の一貫した立場で、国民投票でたとえ否定されても変わらない」と強調しました。
 このような形で安倍首相自身がしゃしゃり出ざるを得なくなったのは、9条改憲論についての国民の理解が深まらないだけでなく、自民党内でさえなかなか議論が煮詰まらないからです。しかも、憲法を変えても「自衛隊の任務や権限に変更が生じることはな」く、「国民投票でたとえ否定されても変わらない」というのですから、いくら答弁しても一体何のために改憲するのか説明できないジレンマと矛盾に満ちたものになっています。

 安倍首相は長期政権で飽きられ国会対応で呆れられているというのが、今の姿です。「一強多弱」の下で政権が長期化しても次第に内外政策が行き詰まってきていること、行く手に暗雲が広がり始めていることに、安倍首相は気が付いているのでしょうか。
 華々しく展開され国民の注目を集めている平昌オリンピックの影で安倍政権の陰りが広がりつつあり、それにつれて安倍首相の焦りといら立ちも募ってきているようです。オリンピック開会式での孤立した姿や野党の質問にまともに答えない国会答弁のあり方などに、それが如実に表れてきているように思うのは私だけでしょうか。

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2月10日(土) 安倍首相が狙う9条改憲にとってのこれだけの誤算 [憲法]

 「自衛隊の存在を憲法に明記してもしなくても、明記した改憲案が国民投票で承認されてもされなくても何も変わらないのなら、改憲案を発議し、国民投票にかける意味がどこにあるのか。」

 これは今日の『東京新聞』の社説「9条改正論議 切迫性欠く自衛隊明記」の一部です。昨日のブログで、私も同じようなことを書きました。
 「改憲を提案する前から自衛隊は合憲だと言っているのに、わざわざ合憲にするために改憲を提案して国民投票を実施し、国民投票で否決されても合憲だということになります。一体、何のために改憲を提案して国民投票を実施するのか、訳が分かりません。やってもやらなくても、国民投票で承認されてもされなくても、自衛隊は合憲だというのですから」と。
 同じような疑問が生まれるのは、誰が考えてもおかしいからです。やってもやらなくても同じなら、何故やらなければならないのかと。

 安倍首相が誤魔化しているから、このような疑問が生まれるのです。実は、自衛隊の存在を書き加えれば、9条の意味は大きく変わります。
 安倍首相は戦前の日本と戦後のアメリカを足して2で割るような国に、この日本を変えようとしているのではないでしょうか。そのために「国の形」を変えることが、安倍首相が改憲を目指す究極の目標のように思われます。
 しかし、戦前の日本は破滅への道をたどり、戦後のアメリカは失敗の連続でした。その後追いをすれば、同じように破滅と失敗しか待っていないということが、どうして分からないのでしょうか。

 このような目標を胸に秘めて、安倍首相は9条の本丸への攻撃を強めようとしています。昨年5月の自衛隊明記を打ち出した改憲論は、この攻撃を開始する烽火を意味していました。
 しかし、それは直ぐに大きな誤算に見舞われます。昨年の通常国会での森友・加計学園疑惑についての追及や共謀罪法案の強行採決などもあって、内閣支持率が急落したからです。
 通常国会を早めに幕引きして逃亡を図ったにもかかわらず、直後の都議選で歴史的惨敗を喫しました。大きな挫折を味わった安倍首相は、改憲についてもスケジュールありきではないと釈明することになります。

 その後も、閉会中審査などで森友・加計学園疑惑への追及は続き、そこからの逃亡を図って安倍首相は解散・総選挙に打って出ました。議席減覚悟のばくちを打ったにもかかわらず、小池都知事や前原民進党代表が結託した分断工作によって野党は自滅します。
 野党の分裂に救われて改選議席を維持しただけでなく、「改憲勢力」が3分の2を突破するという僥倖にも恵まれました。この結果に気を良くした安倍首相は、再び9条改憲に向けてのアクセルを吹かせることになります。
 年内での自民党案の取りまとめを指示し、与党の公明党や野党に対する働きかけを強めようとしました。しかし、ここでも思わぬ誤算に直面することになります。

 その第1は自民党内での抵抗が思いのほか強かったことです。自民党は2012年の改憲草案で9条2項を削除して自衛隊を国防軍とし、正式の軍隊とすることを求めていました。
 石破さんをはじめとしてこれに対する支持が強く、昨年中に安倍首相の提案で党内をまとめることができませんでした。安倍首相がこのような提案をしたのは、2項を維持した方が抵抗は少なく削除論は国民の支持を得られないと考えて譲歩したからです。
 しかし、『読売新聞社』は1月12~14日に世論調査を実施しましたが、「9条2項は削除し、自衛隊の目的や性格を明確にする」は34%、「9条2項を維持し、自衛隊の根拠規定を追加する」は32%、「自衛隊の存在を明記する必要はない」は22%となり、自民と公明の与党支持層では「2項削除」40%、「2項維持」34%、「明記不要」13%の順になりました。安倍首相が提案する維持論より自民党改憲草案の削除論の支持が多くなっており、安倍首相の提案で党内をまとめられるかどうかは依然として不透明です。

 第2は公明党が同調してくれなかったことです。安倍首相が自衛隊の書き込みを提案したもう一つの目的は、公明党の加憲論を取り込むためでした。
 公明党は以前から「加憲」を唱え、プライバシー権や新しい人権などの現憲法に必要な内容を加えることを提案していました。9条についても、この加憲論を逆手にとって公明党を巻き込もうと考えたわけです。
 しかし、公明党は衆院選後の連立政権合意で、当初自民党が提示した「憲法改正を目指す」との表現を削るよう求め、「憲法改正に向けた国民的議論を深め、合意形成に努める」という文言に落ち着きました。2月7日に党の憲法調査会の幹部会合を開き、16日に約8カ月ぶりとなる全体会合を開催することを決めましたが、慎重な姿勢を崩していません。

 第3は野党の状況が大きく変わってしまったことです。ここでの誤算は二つあります。
 一つは、総選挙で野党第一党が立憲民主党になり、希望の党などの統一会派づくりによってこの地位と奪おうとして失敗したことです。もう一つは、政権補完勢力として期待していた希望の党が、次第に安倍政権に対する対決色を強めていることです。
 どちらも、安倍9条改憲にとっては大きな障害となる変化でした。このような変化が生じたことによって、安倍9条改憲や安保法制反対、原発ゼロ、「働き方改革」などのテーマで、維新の会以外の野党が結束して共闘する可能性が生まれています。

 そして第4は、国民世論の状況を見誤ってしまったことです。『毎日新聞』1月24日付は、安倍改憲について「世論調査の結果が分かれ」「世論の理解は必ずしも進んでいない」と書き、「首相の方針に沿って党内を取りまとめようとした自民党は頭を抱えている」と指摘しています。
 NHKの調査では「憲法9条を変える必要はない」が38%で最も多く、「戦力の不保持などを定めた9条2項を削除して、自衛隊の目的などを明確にする」が30%で続き、首相案に近い「9条2項を維持して、自衛隊の存在を追記する」は16%で、『読売新聞』の調査と同様に、安倍首相案ではなく自民党改憲草案の方の支持が多くなっています。これに対し20、21日の『毎日新聞』調査では「9条の2項を削除して自衛隊を戦力と位置付ける」12%、「9条の1項と2項はそのままにして自衛隊を明記する」31%と大差がつきました。
 この結果について、自民党の憲法改正推進本部は「世論調査をすれば『2項維持』が多数になると見込んでいただけに、NHKと読売新聞の結果は『誤算』だった」と指摘しています。自民党憲法改正推進本部の細田本部長は、自民党所属の国会議員に対して9条改正に向けた具体的な条文案を提出することを求めていますが、無理やり安倍首相の2項維持案でまとめようとすれば、自民党内だけでなく右傾化した世論や極右の支持層の反発を受け敵に回す可能性が出てきました。

 この二つの案について、昨日の『朝日新聞』の社説「憲法70年 自民の抱えるジレンマ」は、次のように書き、自民党の改憲論議における「ジレンマ」を指摘していました。

 「高村氏は一方でこうも語っている。『安倍さんが言っていることは正しい。石破さんが言っていることも間違いではない。この二つは矛盾しない』
 だが、両者が矛盾しないはずがない。まず首相案で一歩踏み出し、いずれは2項を削除して各国並みの軍隊をめざす方向に進むということなのか。
 『変わらない』と言い続ければ、改憲の必要性は見えにくくなる。といって改憲の意義を明確にしようとすれば、どう『変わる』のかを国民に説明しなければならない。
 自民党の改憲論議は、深いジレンマに陥っている。」

 このような「ジレンマ」に加えて、以上に見たような誤算が積み重なっています。改憲の危機は高まっていますが、それは安倍首相が構想していたような形で順調に進んでいるわけではありません。
 その野望を阻止することは十分に可能です。カギを握っているのが世論であることに変わりはありません。
 それをどちらの方向にどう変えていくのかが、9条改憲をめぐるこれからの攻防を左右することになるでしょう。ここに、現在取り組まれている安倍改憲NO!3000万人署名運動の大きな意義があります。

 具体的な数をもって、改憲反対の世論を明示することが大切です。その壁の高さをはっきりと示すことができれば、改憲の野望を安倍首相に諦めさせることができるにちがいありません。
 同時に、森友学園疑惑での新たな内部文書の公表などによる追及を強め、政権の体力を奪っていくことも重要です。通常国会で安倍首相をどこまで追い込めるかも、安倍9条改憲阻止にとって大きな意味を持つにちがいないのですから。

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2月9日(金) 安倍9条改憲に向けての動きと並行して進む自衛隊参戦の準備 [憲法]

 安倍首相が言うところの「安全のための措置」をとればとるほど、不安が増すというのが現実の姿ではないでしょうか。平和安保法制の制定も改憲も、それを行うことで平和になり安全が高まるのではなく、実際にはその逆になっていることは皆さんが目撃している通りです。
 騙されてはなりません。現実を直視し、その意味を読み解くことによって騙されないための「知力」を身に着けることが、今ほど大切になっていることはありません。

 安倍首相は5日の衆院予算委員会で、憲法9条1、2項を維持して自衛隊を明記する自身の改憲案に関し「自衛隊が合憲であることは明確な一貫した政府の立場だ。国民投票で、たとえ否定されても変わらない」と述べました。自衛隊明記案が国民投票で否決されても自衛隊の合憲性は変わらないとの考えを強調したものです
 これまで「自衛隊が合憲であることは明確な一貫した政府の立場」であったことは、安倍首相が明言している通りです。それなら何故、わざわざ国民投票までして憲法を書き換え、自衛隊について明記する必要があるのでしょうか。
 しかも、この「国民投票で、たとえ否定されても変わらない」と言うのです。つまり、改憲を提案する前から自衛隊は合憲だと言っているのに、わざわざ合憲にするために改憲を提案して国民投票を実施し、国民投票で否決されても合憲だということになります。

 一体、何のために改憲を提案して国民投票を実施するのか、訳が分かりません。やってもやらなくても、国民投票で承認されてもされなくても、自衛隊は合憲だというのですから。
 このような疑問に対して、安倍首相は1月24日の衆院本会議で行われた各党の代表質問に対する答弁で、「自衛隊は違憲だと主張する有力な政党も存在する。自衛隊員に『君たちは憲法違反かもしれないが、命を張ってくれ』と言うのは無責任だ」と答えました。しかし、現在、「自衛隊は違憲だと主張」しているのは共産党と社民党だけです。
 この両党が「有力な政党」であるかどうかは見解の分かれるところでしょうが、この両党の「違憲論」を解消するための改憲だと、安倍首相は主張したいのでしょうか。そのためにわざわざ国民投票までして憲法を書き替えるのだと。

 加えて、これまでも安倍首相は「自衛隊員に『君たちは憲法違反かもしれないが、命を張ってくれ』と言うのは無責任だ」と繰り返してきました。このような情緒的な理由を前面に出せば国民が納得してくれるとでも思っているのでしょうか。
 安倍首相が「命を張る」と言うのは、戦闘行為に加わって「殺される」リスクを覚悟することを指しています。安倍首相はこれまでこのような改憲論を口にしなかったのに、急にこのようなことを言うようになったのは何故でしょうか。
 それは、安保法=戦争法の制定や北朝鮮危機の増大などによって自衛隊員に「命を張ってくれ」と言わなければならないリスクが増えているからだと思われます。安倍首相が本当に狙っているのは、「君たちは憲法違反ではないから、命を張って捨ててくれ」と胸を張って言えるようにしたいということではないでしょうか。

 憲法上の位置付けを明確にして参戦の準備を整え、万全な体制で「殺し殺される」ことのできる「戦力」へと自衛隊を変貌させたいというのが、安倍首相の考えていることなのでしょう。そしていずれ、まごう方なき真正の「軍事力=軍隊」にしたいと……。
 これまでも安倍首相は「我が軍」と口を滑らせることがありました。1月30日の衆院予算委員会では、自衛隊について「憲法下、必要最小限度の戦力として、われわれは保持している」と答弁し、直後に「『実力(組織)』と申し上げるところ、戦力と申し上げた」と弁明して訂正しています。
 はしなくも、安倍9条改憲の本当の狙いが顔を出した瞬間でした。自衛隊を戦場へと送り出し「命を張る」新たな任務に従事させるためにこそ憲法に書き込むことが必要だと、安倍首相はそう考えているにちがいありません。

 AFP通信が6日に報じた記事によると、米軍の制服組トップのダンフォード統合参謀本部議長はオーストラリア北部のダーウィンに駐留している米海兵隊部隊を視察した際、隊員から「(1950年の)朝鮮戦争のような被害をどのようにして避けるのか」と質問されたそうです。これに対して議長は米軍の軍事力が当時と比べて格段に向上していることを指摘した上で、「最終的には海兵隊や地上部隊が投入され、同盟国の軍隊と一緒に戦うことになる」と答えました。
 他方、マティス国防長官は先月15日、カナダ・バンクーバーでの北朝鮮問題に関する外相会合関連の夕食会で「米国には作戦計画があり、準備もできている」と発言して注目されました。「ダンフォード議長が言う『同盟国』が日本と韓国であることは自明」だとされ、「自衛隊が朝鮮半島で戦う悪夢がいよいよ現実味を帯びてきた」と2月8日付の『日刊ゲンダイ』DIGITALが報じています。

 このような形で、第2次朝鮮戦争に向けての動きと安倍9条改憲とが並行して進んでいることに注目せざるを得ません。安倍首相の言う「最大限の圧力」のなかには、このような準備も含まれているのでしょうか。

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2月8日(木) 野党や働き方改革、沖縄の状況などについての『日刊ゲンダイ』に掲載されたコメント [論攷]

 〔以下の私のコメントは、1月13日以降の『日刊ゲンダイ』に掲載されたものです。参考のために、アップさせていただきます。〕

 「野党3党の統一会派結成は、安倍首相を喜ばせるだけですよ。まず、『理念、政策が違うのに一緒になるのは野合だ』とカサにかかって責めたててくるでしょう。野党3党は、政策をスリ合わせるだけでも相当なエネルギーを取られますよ。とくに、今年は〝改憲〟が一大テーマになる。安倍首相が、野党3党の違いに目を付け、手を突っ込み、揺さぶってくるのは間違いない。最悪なのは、希望の党の議員は、細野豪志や長島昭久などのチャーターメンバーを中心に安倍首相の考え方と極めて近いことです。党統一会派を組んだら、野党全体が彼らに引っ張られかねない。統一会派を組んだら、どうしたって他党に気を使わなくてはならなくなりますからね。立憲民主が『安倍首相による危険には反対だ』と訴えても、希望の党が『いや、改憲の是非を国民に聴くべきだ』と異議を唱えることは目に見えています」
 「やはり野党が選挙に勝つためには共闘が不可欠です。異分子を排除したうえで、可能な限り手を結んだ方がいい。たとえば、希望の党のなかにも、大串博志など、立憲民主と考え方が近い議員が何人もいます。同じ考え方の議員がまとまり、安倍自民党と対峙すべきです。自民党と対決するリベラル勢力が1つに結集すれば、共産党も選挙協力をしやすくなるでしょう。前原誠司や細野豪志たちは、維新の会と一緒になればいい。自民党の補完勢力が一緒になれば、祐江kン社にもわかりやすくなります」(2018年1月15日付)

 「安倍政権が掲げる働き方改革は、労働環境の改善とは程遠い。全身に毒が回った重症者に薬と毒を一緒に処方するようなものです。100時間残業の合法化はブラック労働の助長につながるでしょう。労災申請のハードルが上がり、認定を争う裁判で雇用者側が敗訴する可能性も懸念されます。安倍首相が目指すのは世界一、企業が活躍しやすい国。国民生活の破壊を許し続ければ、大企業が栄えて民滅ぶ。そうした事態を招きかねません」(2018年1月19日付)

 「いくらなんでも、安倍政権はアメリカに対して弱腰すぎます。米軍は約束を破ったのに、なぜ安倍首相と河野外相は抗議声明を出さないのか。これは重大な外交問題ですよ。もし中国や韓国が約束を破ったら、鬼の首を取ったように騒ぎ立てたはずです。本来なら、米軍機の全面飛行停止と地位協定の見直しを申し入れるのが当たり前です。驚いたのは、安倍政権の政務三役は誰ひとり、現地を視察していないことです。コトが大きくならないように、アメリカに気を使っているのは明らかです。菅官房長官は、2月4日に行われる名護市長選のために沖縄入りしているのに、小学校には足を運ぼうともしない。安倍政権の価値基準は完全に狂っています」
 「安倍政権の沖縄潰しは常軌を逸しています。2月4日に投開票される名護市長選のために、官房長官を筆頭に閣僚、党幹部が次々に現地入りしている。一地方選に権力が総力をあげている。辺野古基地の新設に反対している稲嶺市長を叩き潰すつもりです。政権に楯突く者、とくにアメリカの政策を邪魔する者は、絶対に許さないという態度。この政権の異常さがよくわかります」(2018年1月22日付)

 「新自由主義的な規制緩和によって強者をより強く、儲かるものをもっと儲けさせようという安倍政治の延長線上にあるのがアベノミクスです。『働き方改革』も『生産性革命』も少子高齢化対策の間違った治療法で、毒にしかなりません。昔の自民党は、保守本流のハト派の野中さんみたいな人がいて、もっとマトモな政党でした。しかし、今はそうじゃない。弱者に対する感覚が薄い人ばかり。安倍首相を中心にタカ派の傍流派閥が発言力を増し、肩を怒らせている。それに対し、誰も文句を言わず、安倍独裁で一色に染まってしまっているのが現状です」(2018年1月30日付)

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2月7日(水) 沖縄辺野古での新基地建設反対の願いを踏みにじったカネと票 [在日米軍]

 先日、学習の友社から刊行する予定の新著の原稿を書き上げ、ようやく入稿しました。執筆中に情勢が変わり、かなり苦労して書き上げたものです。
 この本の執筆中、1月20日から2月4日までの16日間に10回の講演がありました。それも一段落し、1月末から2月初めにかけての繁忙期が終了しました。
 昨日、久しぶりに近くを散歩し、イヌフグリの水色の花が咲き、梅の花がチラホラ開いているのを発見しました。日本海側は大雪で大変なようですが、我が家の近くにはようやく春が訪れつつあるようです。

 しかし、沖縄の人に政治の春が訪れることはなく、2月4日の名護市長選挙はまことに残念な結果になりました。事情が複雑でいくつかの敗因が重なったためだったと思います。
 出口調査の結果からみても、辺野古での新基地建設に反対している人の方が多かったにもかかわらず、これが投票態度を左右することなく選挙結果に結びつかなかったようです。当選した新人候補に投票した人のうちでも3割ほどは新基地の建設に反対していたといいます。
 こうなったのは、すでに工事が始まった姿を見て反対することを諦めてしまった人がいたこと、辺野古の「へ」も言うなという指示の下に徹底した争点隠しが行われたこと、政府や自民党が米軍再編交付金をちらつかせて利益誘導したこと、公明党が先の総選挙での支援のお返しに支持に回ったことなどが大きかったようです。名護市民の新基地建設への反対の願いをカネと票によってねじ曲げてしまった結果が、自公維推薦候補の当選でした。

 この選挙結果が明らかになった直後、自衛隊のヘリコプターが墜落するという事故が起き、民家が炎上しました。小学生が軽傷を負いましたが、一歩間違えば大変な事態になっていたと思います。
 このところ、沖縄米軍のヘリコプターが不時着したり部品を落としたりという事故が頻発していました。自衛隊のヘリコプターによる墜落死亡事故も、今年度に入ってから3回もあり、今回が4回目になります。
 ヘリコプターが空を飛ばなければ、墜落することはありません。飛行回数が増えて現場の隊員の負担が過重になればなるほど事故が起きる危険性も高まります。

 軍事的な対応を重視するトランプ大統領の登場と軍事大国化を目指す好戦的な安倍首相によって、在日米軍や自衛隊に対する要請が増大しているということなのでしょうか。北朝鮮危機を煽り立てる指導者のあおりを受ける形で、現場の隊員の訓練や業務が過大で過剰なものになっているのかもしれません。
 そもそも、今回墜落した自衛隊のヘリコプターは対戦車攻撃用の戦闘ヘリです。いまだに戦車による上陸型の武力侵攻があるとでも考えているのでしょうか。
 このような時代遅れのヘリコプターを保有し、飛ばしていることの意味から根本的に再検討されるべきでしょう。同様に、沖縄における新基地建設についても、その必要性や意味が根本から再検討されなければなりません。

 軍事基地の存在は安全ではなく危険を高めているというのが、私たちが目撃している現実の姿です。抑止力という幻想ではなく基地被害という現実を直視することこそ、平和と安全を守るための第一歩ではないでしょうか。

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2月5日(月) 2017衆院選の分析と今後のたたかい(その3) [論攷]

〔以下の論攷は、『月刊全労連』No252、2018年2月号、に掲載されたものです。3回に分けてアップさせていただきます。〕

3、 今後の闘い―その課題と展望

 〇安倍9条改憲をめぐる激突

 総選挙後の特別国会での所信表明演説で、安倍首相は改憲論議の加速化を呼びかけた。「与野党の枠を超えて、建設的な政策論議」を行う努力の中で、「憲法改正の議論も前に進むことができる」と表明したのである。
 与党が3分の2を越え、「改憲勢力」が8割を突破したとされる総選挙での結果を受けて、安倍首相が9条改憲に本腰を入れ、その動きをスピードアップしたいと考えていることは間違いない。しかし、事態はそう簡単ではない。「改憲勢力」とは言っても、その中身はバラバラだからである。
 まず、安倍首相の掲げる自衛隊の明記など4項目の改正案について、自民党内が一致していない。12年自民党改憲草案のように9条2項を削除して自衛隊を国防軍とするべきだという意見が14%ある。
 自衛隊明記については、与党の公明党も反対しており、「改憲勢力」とされている希望の党や維新の会も積極的ではない。希望の党の玉木雄一郎代表は特別国会での代表質問で安倍首相の改憲案について「違和感を禁じ得ない」と述べ、「平和主義や専守防衛の立場から、どこまで自衛権が認められるのかをしっかり議論すべきだ。立憲主義にのっとって、憲法の議論を正しくリードしたい」と語っている(『毎日新聞』11月22日付)。
 野党第一党の立憲民主党の枝野幸男代表も代表質問で、安保法を「立憲主義の観点から決して許されない」と批判し、改憲については「今ある憲法を守ってから言え、それがまっとうな順序だ」と、対決姿勢を鮮明にした。もちろん、共産党と社民党は改憲に反対する立場で一貫している。
 9条改憲について安倍首相は、11月21日の参院本会議で、「合憲の自衛隊を書き加えることで何が変わるのか」という民進党の大塚耕平代表の質問に答えて、「自衛隊の任務や権限に変更が生じることはない」と述べるとともに、「自衛隊員に『君たちは憲法違反かもしれないが、何かあれば命を張ってくれ』というのはあまりにも無責任だ。そうした議論が行われる余地をなくしていくことが私たちの世代の責任ではないか」と改めて表明した。
 9条改憲によって何も変わらない、自衛隊が違憲だと言われなくなるだけだというのである。つまり、「違憲」の2文字を消すための改憲である。そうすれば、自衛隊員は「何かあれば命を張ってくれ」、気持ち良く死んでいってくれるとでもいうのだろうか。そのために、改憲発議と国民投票に政治的エネルギーを費やし、何百億円もの国費を投じようというのである。
 そんなことがいま必要なのかが、国民に問われている。政治が力を尽くして緊急に取り組むべき他の課題が別にあるのではないのか。改憲ではなく、国際環境の改善による平和と安全の維持、少子化対策や景気回復こそ、政治が全力を傾けて解決するべき課題なのだということを、国民に理解してもらうことが必要である。
 安倍9条改憲をめぐる激突において、憲法96条で規定されている改憲論一般とは区別し、安倍首相が目指している9条改憲の違憲性と問題点を暴露し孤立させなければならない。そのためにも、国民的な学習運動を組織して安倍9条改憲の狙いを明らかにし、反対世論を広げていくことが重要である。安倍9条改憲NO!市民アクションが提起している3000万人署名を核として国民的な運動を盛り上げ、たとえ国民投票を行っても勝てる見通しを持てなくすることで、改憲策動の息の根を止めなければならない。

 〇野党共闘の継続と発展

 このような安倍9条改憲NOの運動にとっても、市民と立憲野党の共同が大きな力となるにちがいない。それだけでなく、原発再稼働反対や沖縄の辺野古新基地建設反対、消費税の再増税や偽りの「働き方改革」、全世代にわたる社会保障給付の削減と負担増への反対などの運動においても、市民と野党の共同を追求することが必要である。
 これまでも、国会正門前集会や周辺での抗議行動、各種の集会やデモ、駅頭での演説会などで政党代表があいさつしたりエールを交換したりすることがあった。そのような場を数多く設定するとともに、そこに野党の代表を招き、できるだけ多く市民の声に直接、接する機会を作っていくことが重要である。
 国会議員は、そのような場に身を置くことで変わっていく。そのような場に、国会議員を招くことによって変えることもできる。市民の運動と国会内での審議の連動も可能となるだろう。国会内外の動きを結び付けることによって、議員を鍛え成長させ、国会内の議論を活性化させることも、これからの大衆運動の大きな役割なのである。
 もちろん、選挙への取り組みも忘れてはならない。労働組合の活動や大衆運動において共同の実現という視点を貫くとともに、国政選挙だけでなく各種の地方選挙での市民と野党との共闘を可能な限り実現していく必要がある。
 地方自治体の首長選挙での市民と立憲野党の共闘の実現、各種議員選挙での政策協定、相互推薦や相互支援も検討されるべきだろう。これらの経験を積み重ねながら、2019年4月の統一地方選挙や夏の参院選に向けての野党共闘を、今から準備していかなければならない。
 とりわけ、2019年7月の参院選に向けての取り組みが重要である。この時まで安倍9条改憲の発議を阻止し、改憲勢力を3分の2以下にするだけでなく与党を過半数以下にできれば、安倍内閣を打倒することが可能になる。そのためにも、野党の連携と共闘を何としても実現することが必要である。

 むすび

 総選挙の結果、安倍政権の基盤にはほとんど変化がなかった。選挙中の野党の分裂によって、「一強多弱」と言われるような国会の状況はさらに強まったように見える。安倍首相の驕りは一層高まり、強引な国政運営も強まっていくにちがいない。すでに、国会質問における与野党の時間配分の比率を変え、与党の質問時間を増やそうとしている。
 選挙が終わっても、国政の課題に変化はない。「森友」「加計」学園疑惑は解明されていず、選挙があったからといってウヤムヤにしてはならない。安倍首相夫妻の関与や国政の私物化に対する真相解明と追及は、引き続き重要な課題になっている。
 北朝鮮危機にも変化はなく、国民の不安は解消されていない。トランプ米大統領に追従し、圧力一本やりの安倍首相の対応は問題の解決を遅らせるだけでなく危機を高めている。対話の可能性を探り、軍事力によらない解決の道を模索するしかない。
 安倍首相が選挙中に約束した全世代を対象にした社会保障の組み換えは、全世代を対象にした社会保障の切り下げと負担増に転化しようとしている。教育費の負担軽減と子育て支援の充実は選挙対策のための思い付きにすぎなかった。
 国民の生活と労働を守るたたかいは、さらに大きな意義と役割を担うことになる。アベ暴走政治をストップさせ、日本が直面している危機からの活路は共闘にしかない。バラバラでは勝てないこと、統一して力を合わせてこそ勝利への展望が開かれること――これが今回の総選挙における最大の教訓だった。そのために労働組合と労働運動が大きな役割を果たすことが期待されている。この期待に応えることこそ、来るべき春闘の最大の課題ではないだろうか。
 これまで日本では維新の党や都民ファーストの会などの「右派ポピュリズム」はあっても、今回のような「左派ポピュリズム」の発生はあまりなかった。今回、それが生まれたのだと思う。
 「ポピュリズム」とは既存のエスタブリッシュメントの政治への不信、エリートに政治を任せていられないという人々の自発的な政治参加の波を意味している。それが排外主義に向かえば右派、民主主義を活性化させれば左派ということになる。
 今回の総選挙では、希望の党による「右派ポピュリズム」の発生が抑制され、立憲民主党による「左派ポピュリズム」が生まれた。それは、アメリカ大統領選挙でのサンダース、フランス大統領選挙でのメランション、イギリス総選挙でのコービンなどによる「左派ポピュリズム」旋風と共通するものだったと言える。
 国際的な政治の流れに呼応する新たな市民政治の局面が「左派ポピュリズム」の発生という形で表面化し、立憲主義を守り民主主義を活性化させる新しい展望を切り開いたのではないだろうか。ここにこそ、今回の総選挙が戦後政治においてもっている重要な意味があったように思われる。


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