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12月3日(日) ようやく繁忙期を脱することができたようだ [日常]

 忙しい毎日でした。そのうえ、骨折した左腕がままならない日々でした。
 そのような繁忙期も、ようやく脱することができたようです。骨がくっついて左腕も使えるようになり、ブログを書く余裕が生まれました。

 昨日は、「平和・暮らし・環境 八王子学術文化の会」の「横田基地視察と初冬の狭山逍遥」バスツアーでした。この会は、私が八王子市長選挙に立候補したことをきっかけに誕生したものです。
 学術・文化関係の方々が私を支援するということで、連絡会のようなものを作ってくださいました。それを選挙後も存続させようということになり、私が会長を引き受けています。
 この会のほとんど唯一ともいえる重要なイヴェントが、春と夏のバスツアーです。八王子市内や近郊の「平和・暮らし・環境」や「学術文化」にかかわる場所をこの目で見て回り、併せて相互の親睦を深めようという趣旨で取り組んできました。

 今回は、このバスツアーの4回目に当たります。中心的な目的は横田基地の視察と騒音訴訟についての学習でした。
 ツアーの行程は、JR八王子駅から出発し、まず拝島の石川酒造で見学と試飲、その後、横田基地の横にあるディスカウント・ストアー「ドン・キホーテ」の4階から基地を俯瞰し、巨大量販店「ジョイフル本田」のフードコートで昼食を摂り、瑞穂町資料館で基地を上空から撮影した巨大な写真を見てから、野山北公園を散策して紅葉を楽しむというものです。帰り際には、横田基地のサウス・ゲートから中を垣間見ることもできました。
 横田基地騒音訴訟については第2次新横田基地公害訴訟の弁護団長である関島弁護士、横田基地については訴訟の原告団事務局長の清水さんからガイドしていただきました。22人乗りのマイクロバスが満員になるほどの充実した内容です。

 私は、東京都立大学に入学したての1969年に、仲間と語らって横田基地を訪問したことがあります。「訪問」とは言っても中に入れるはずもなく、一日かけて周りを歩きまわただけですが。
 その時も基地の広大さを痛感しましたが、今回も周りをバスで走り、中を垣間見て全体の写真を俯瞰したりして、その巨大さを改めて実感しました。このような巨大な米軍基地が首都の郊外に存在し戦争の拠点となっている異常さと、それが周囲の住民に騒音被害などの大きな犠牲を強いていることに怒りを感じたものです。
 基地南側の五日市街道を通過するときに渋滞に巻き込まれましたが、これも約4000メートルの滑走路を持つ基地があるために道路を通せず南北を迂回せざるを得ないという基地被害にほかなりません。沖縄の普天間飛行場など市街地にある基地には同じような問題が生じています。

 いつまでこのような状態を続け、基地あるが故の不便や危険を耐え偲ばなければならないのでしょうか。安保条約による義務に縛られ日米軍事同盟が必要とされている限り、このような現状が打開される見通しはありません。
 しかし、現在の政府も主要な政党も、安保条約を変えて軍事同盟から抜け出す展望も政策も掲げていないのです。北朝鮮など周辺諸国との関係を改善して緊張を緩和するという点でも無能と無策をさらけ出し、基地なき未来へのビジョンさえ提示することができていません。
 横田基地の現状は、米軍基地の負担と被害に苦しむ沖縄と同様に、隷従によってアメリカの事実上の植民地となっている日本のあり方を象徴しています。そこから抜け出すためには、もちろん周辺諸国など安全保障環境を変えることが必要ですが、そのためにも日本の政治を転換しなければなりません。

 それが、いつのことになるかは分かりませんし、多くの困難が伴うことも明らかです。しかし、そのような目標とビジョンを持たなければ、未来永劫、軍事基地による負担や被害から逃れることはできないのです。
 軍事力に頼ることのない安全確保と軍事同盟によらない平和の実現は、いつになったら可能になるのでしょうか。横田基地が占めている広大な空間を、戦争と軍事のためにではなく平和と民生のために活かせるような時代を早く実現したいものです。

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