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12月15日(金) 総選挙の結果と安倍9条改憲をめぐる新たな攻防(その3) [論攷]

〔以下の論攷は、憲法会議発行の『月刊 憲法運動』通巻466号、2017年12月号、に掲載されたものです。3回に分けて、アップさせていただきます。〕

3、安倍9条改憲阻止のために

 (1)2019年夏の参院選までがヤマ場?

 総選挙後の10月23日、安倍首相は記者会見で改憲について言及し、「公約に沿って条文について党内で議論を深め、党としての案を国会の憲法審査会に提案したい」と語りました。「与党で3分の2をいただいたが、与党だけではなく幅広い合意形成が必要。国民投票で過半数を得るべく努力したい」とし、「スケジュールありきではない」とも述べています。
 同時に、野党第1党となった立憲民主党が自衛隊明記などの首相提案を厳しく批判している点について問われた首相は、「合意形成するための努力をしていく」としたものの、「政治であるから、皆さま全てにご理解をいただけるわけではない」と発言しました。これは「協議の行方次第では、合意できる党だけで発議をめざす可能性を想定した発言」だと報じられています(『朝日新聞』10月24日)。
 こうして、再び、安倍首相は改憲に向けてのアクセルを踏み込みました。このような首相の意向に沿った形で改憲論議は進むと見られています。この時点で想定されていた改憲日程は3つあります。
 まず、11月中旬に党内論議を再開し、12月中に改憲素案を取りまとめ、来年の1月以降に各党に案を提示するというものです。その後、通常国会で改憲を発議して来年中に国民投票を実施するというのが第1の想定で、最も早い日程になります。
 これに対して第2の想定は、来年の自民党総裁選で3選された後に臨時国会を開き、改憲を発議するというものです。国民投票は2019年の春ごろになります。最も遅い第3の想定では、2019年春の通常国会まで改憲発議がずれ込み、夏ごろの参院選と同時に国民投票を実施しようというものです。
 改憲に向けての国民投票は、早ければ来年の末、遅くても再来年夏の参院選までと想定されているわけです。この参院選まで発議も国民投票も実施させず、同日選を阻止して参院での改憲勢力を3分の2以下に減らせば、安倍9条改憲の危機を突破することができます。
 それ以前であっても、安倍首相を総理の椅子から引きずり下ろしたり3選を阻んだりすれば、改憲の危険水域から脱けだすことができます。2019年夏の参院選までが、改憲をめぐる「激突」の山場ということになるでしょう。

 (2)前途に横たわる4つのハードル

 このように安倍首相は改憲論議を急ぐ意向を示し、自民党は憲法改正推進本部を先頭に準備を進めています。しかし、そこには多くの弱点が存在しており、数々のハードルを越えていかなければなりません。
 改憲に向けての第1のハードルは自民党内にあります。自民党の憲法改正推進本部は11月8日に衆院解散で中断していた党内論議を再開すると決め、年内にも自衛隊の存在明記などをめぐる意見集約を図って、来年の通常国会で発議を目指す方針を確認しました。
 しかし、自衛隊の存在明記をはじめ党内で意見の隔たりが大きい項目もあるため、先行きは不透明です。自衛隊明記と教育無償化は安倍首相が提案したものですが、自衛隊明記には自民党議員の14%が反対だという調査もあります(『毎日新聞』10月24日付)。
 細田博之本部長は記者団に「国民全体、国家全体の問題だから、自民党主導でどうこうということではない。いろいろな協議を重ねないといけない」と語り、他党との合意形成に取り組む意向を示しています。何よりも、公明党の同意を得て与党の体制を整えることが必要ですが、その公明党は腰が引けています。
 つまり、第2のハードルは与党内に存在しているのです。改憲論議のカギを握る公明党は、山口那津男代表が11月7日の記者会見で「憲法は国会が舞台。与党間で何かやることを前提にしているわけではない」と指摘するなど、自民党が求めている与党協議に応じる気配はありません。
 しかも、山口さんは11月12日放送のラジオ番組で、改憲の国会発議には衆参両院の3分の2以上の賛成が必要となる点に触れ「それ以上の国民の支持がある状況が望ましい。国民投票でぎりぎり(改憲が承認される)過半数となれば、大きな反対勢力が残る」と述べ、国民の3分の2を超える賛同が前提となるという認識を示しました。
 8割の改憲勢力についても、「改憲を否定しない勢力とは言えるが、主張に相当な隔たりがあるし、議論も煮詰まっていない」と指摘しています。公明党にはもともと「野党第1党を巻き込むべきだ」だという考えが強く、自民党内にも憲法族を中心に同様の意見がありました。このような山口さんの発言は、これに加えてさらに改憲のハードルを引き上げることを意味しています。
 こうして、第3のハードルが登場します。野党の状況です。共産党や社民党ははっきりと改憲に反対しており、野党第一党の立憲民主党も安倍首相が進めようとしている9条改憲には反対の姿勢を示しています。
 維新の会や希望の党は改憲勢力とされていますが、9条改憲についての優先順位は高くありません。改憲への賛成と安保法の支持という「踏み絵」を踏んだはずの希望の党の当選議員も、安倍改憲には72.5%が反対し、2020年改正施行にも66.9%が反対しています(共同通信調査)。
 安倍9条改憲に反対している立憲民主党が野党第一党になったことも大きな壁となるでしょう。安倍首相は野党第一党が賛成することにはこだわらないことを示唆していますが、それでは公明党が納得しません。立憲民主党を巻き込まなければ第2のハードルを超えられないのです。
 そして、第4のハードルは世論の動向です。共同通信社による世論調査では、憲法に自衛隊を明記する安倍首相の提案に反対は52.6%で、賛成38.3%を上回っています。安倍首相の下での憲法改正には50.2%が反対で、賛成は39.4%と少数です。
 『毎日新聞』の世論調査でも、改憲発議について「急ぐべきだ」は24%にすぎず、「急ぐ必要はない」という回答が66%に上っています(『毎日新聞』11月14日付)。安倍首相は11月1日の記者会見で、自民党内で具体的な条文案の策定を急ぐ考えを示しましたが、国民の理解は広がっていません。

 (3)安倍9条改憲阻止に向けて

 総選挙の結果、憲法をめぐる情勢が危険水域に入ったことは明らかです。安倍9条改憲阻止をめぐって「激突」の時代が始まりました。これを阻止するにはどうしたらよいのでしょうか。
 そのためには、第1に、一般的な憲法の改正を意味する改憲と安倍9条改憲論を区別し、その間に楔を打ち込んで後者を孤立させることです。改憲にも、憲法96条で認められている統治ルールの変更などの改正を意味するものと、国民主権・基本的人権の尊重・平和主義という3大原理を破壊し、事実上の新憲法の制定を意味する「壊憲」とがあります。平和主義を破壊する安倍9条改憲論は後者であり、断じて認められません。
 前者の改憲一般に賛成する議員は国会議員の8割を超えていますが、後者の安倍9条改憲論に賛成する議員は54%です(『毎日新聞』10月24日付)。過半数は越えていますが3分の2を占めているわけではありません。前述のように、国民世論でも安倍9条改憲論は少数派です。
 第2に、安倍9条改憲へのハードルをどんどん引き上げていくことです。私たちの運動で反対世論を増やしていけば、これらのハードルを高くすることができます。反対世論を目に見えるようにするという点では集会などの抗議行動や署名運動が有効です。官邸前や国会周辺だけでなく全国の津々浦々で、可能な形での安倍9条改憲に反対する集会やデモ、パレード、スタンディングなどに取り組むことです。安倍9条改憲NO!全国市民アクションが呼びかけている3000万人署名運動も、反対世論を具体的な数で示す点で大きな意義があります。
 第3に、現行憲法に対する国民的な学習運動を幅広く組織することです。改憲に向けての動きが強まり、国会内で憲法審査会での議論が始まれば、報道される機会が増え憲法に対する国民の関心も高まります。これは憲法の内容や意義、その重要性について学ぶ絶好のチャンスでもあります。こうして憲法に対する理解や認識が深まれば、改憲に反対する大きな力となることでしょう。
 第4に、市民と立憲野党との連携を深め、草の根での改憲反対の運動を広げていかなければなりません。市民と野党との共闘については、総選挙での経験や人的なネットワークの広がり、立憲民主党の結成などによって新たな可能性が生まれています。民進党から分かれた立憲民主・希望・民進・無所属の4党・会派と共産・社民・自由の各党は国会内での連携を図りつつあります。国会審議において力を合わせながら国会外での運動とも連携し、安倍9条改憲に反対する草の根の共同を幅広く追求していくことが重要です。
 これらの活動においては、いかに世論を変えていくかという視点を貫かなければなりません。当面は国会での改憲発議を阻止することですが、最終的には国民投票によって決着が付けられることになります。そこで多数を獲得できるという見通しが立たなければ、改憲への動きをストップさせることができます。各政党の対応を左右するという点でも、世論の動向は決定的な意味を持ちます。
 ヨーロッパ連合(EU)からの離脱か残留かを問うイギリスの国民投票では離脱賛成票が上回り、残留を主張していたキャメロン首相が辞任しました。イタリアでも上院の権限を大幅に縮小する憲法改正案についての国民投票が実施され、反対票が多かったためにレンツィ首相が辞任に追い込まれています。日本でも同様の結果が予想されるようになれば、安倍首相はこのようなリスクを避けるにちがいありません。

 むすび

 危機(ピンチ)は好機(チャンス)でもあります。安倍9条改憲に向けての危機の高まりを、憲法への理解を深め憲法を活かす政治を実現する好機としなければなりません。安倍首相が2020年までに改憲施行することをめざすというのであれば、たんに改憲を阻止するという受け身の運動にとどまらず、政治と生活に憲法の原理と条文を具体化できる政府の樹立に向けての攻勢的な運動の期間としようではありませんか。
 安倍首相は今後、ますます改憲に向けての攻勢を強めてくるにちがいありません。国民の関心が高まり、心ある人々の危機感も増大するでしょう。憲法はそれほど身近ではなく、とっつきにくいと思われることも少なくありません。しかし、国会の憲法審査会で議論が始まり、与野党の対立が強まったり反対運動が高揚したりすれば、身近な話題としてマスメデイアなどでも取り上げられるようになります。
 この機会をとらえて国民に幅広く訴えていくことができれば、今まで以上に憲法を身近に感じてもらえ理解を広げることができます。署名を中心にしながら、多様な運動の展開に努めることが重要です。その核として重視すべきは、憲法についての国民的な学習運動でしょう。
 このような取り組みを通じて国民の憲法への理解と認識が高まり、その結果として安倍9条改憲論が挫折するというのが最も望ましいシナリオです。そのシナリオが実現できるかどうかに、アジアの平和と日本の未来がかかっていると言っても過言ではありません。
 総選挙の結果生じた情勢に、恐れず、ひるまず、あきらめず、安倍9条改憲をめぐる新たな攻防に向けて立ち上がりましょう。「憲法は変えるのではなく活かす」という旗を掲げながら。(2016年11月16日/いがらし じん)

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12月14日(木) 総選挙の結果と安倍9条改憲をめぐる新たな攻防(その2) [論攷]

〔以下の論攷は、憲法会議発行の『月刊 憲法運動』通巻466号、2017年12月号、に掲載されたものです。3回に分けて、アップさせていただきます。〕

2、憲法をめぐる激突の新段階

 (1)総仕上げとしての9条改憲

 総選挙の結果、安倍首相は再び改憲に向けての意欲を高めたように見えます。しかし、自民党は選挙公約で改憲を重点項目としたにもかかわらず、安倍首相は選挙中の街頭演説で憲法問題にはほとんど触れませんでした。与野党対立を引き起こすような政治的に微妙なテーマは隠しながら、アベノミクスなどの経済政策を前面に出して支持を訴えるというこれまでのやり方を踏襲したわけです。
 このような安倍首相のやり方からすれば、選挙で得た多数議席を背景に国民の「信任を得た」と強弁して9条改憲をスピードアップすることは目に見えています。憲法をめぐる激突の新段階が、こうして始まることになりました。
 この安倍9条改憲論については、これまで安倍首相が実施してきた一連の違憲立法との関連で、「戦争できる国」作りの一環として理解しなければなりません。自衛隊を海外に派兵してアメリカとともに「戦争できる国」とするために、安倍首相は一連のストーリーを描いてきたからです。
 それは、起(特定秘密保護法)、承(安保法制)、転(共謀罪法)という形ですでに具体化されました。いよいよこの物語は「結」の段階、すなわち「むすび」という形での総仕上げを迎えようとしているのです。
 戦争できる国を作るためには、システム、ハード、ソフトの各レベルにおける整備が必要です。システムというのは戦争準備と遂行のための法律や制度であり、一連の違憲立法とともに日本版NSC(国家安全保障会議)や安全保障局の設置などによっても実施されてきました。9条改憲はこのシステム整備の中核をなし、総仕上げの意味を持つものです。
 ちなみに、ハードとは戦争遂行のための軍事力の整備であり、軍事基地、兵器、弾薬、兵員の確保などがその内容です。ソフトとは戦争できる国を支える人材の育成と社会意識の形成を指しています。教育改革実行会議による道徳の教科化や教育内容への介入、マスメデイアの懐柔や統制による情報の操作などが具体的な内容になります。
 このような戦争できる国作りへの動きに対して、憲法はこれまで抵抗の拠点であり、異議申し立てのための武器となってきました。しかし、自衛隊が9条に明記され、その存在が正当化され憲法上の位置づけが与えられれば、その意味は大きく変容するでしょう。抵抗のため武器から支配のための手段へと変わるのです。
 
 (2)改憲の自己目的化

 これまで、憲法が変えられることはありませんでした。1947年の施行以来、70年にわたって一度も変えられずに維持されてきました。これほど長い間、変えられなかったことを問題視する意見もあります。だから、変えるべきだと。
 しかし、70年にもわたる期間、変えられずに来たのは変える必要がなかったからです。変える必要がなかったのは、これといって不都合がなかったからです。誰にでも了解されるような不都合があれば、国民の間から「ここを変えるべきだ」という声が上がってきたにちがいありません。しかし、具体的な条文や記述を示して国民の間から改憲要求が高まることは、これまでありませんでした。
 「押し付け憲法論」にしても、「占領軍によって押し付けられたものだから」というだけの理由です。これが改憲の根拠として主張されてきたのは、端的に指摘できる不都合がなく変えるべき条文などを具体的に明示することができなかったからです。
 今回の安倍9条改憲論も国民の間からではなく、突然、安倍首相が提起したものです。しかも、これまでの安倍首相も自民党も、このような改憲論を示すことはありませんでした。2012年に自民党は改憲草案を発表していますが、それは安倍首相の提案とは異なったものでした。だから、石破茂元防衛相は安倍9条改憲論に反対しているのです。
 今回、安倍首相がこのような改憲論を提案したのは、改憲自体を目的としているからです。変えやすい条項について、変えやすい方法で、とにかく変えたいというにすぎません。東日本大震災などでの災害救助の実績もあって自衛隊は国民に受け入れられるようになってきているから、憲法に書き込むという提案なら通るかもしれないと考えたのでしょう。
 しかし、書き加えられる自衛隊は、215年9月の安保法の成立によって集団的自衛権の行使が一部容認された自衛隊です。いつでも、どこでも、どのような形でも、日本の安全と存立が脅かされると判断されれば、米軍とともに国際紛争に武力介入することができるようになっています。
 しかも、法律には「後法優位の原則」があります。条文の内容が矛盾する場合には、後から制定された条文が優先されます。9条2項の戦力不保持の規定と自衛隊の存在の明記が矛盾する場合、2項が空文化されることになるでしょう。裁判などで争われれば、はっきりさせようということで9条2項の削除論が提起されるにちがいありません。
 しかし、このような形で憲法の平和主義原理を放棄するのは誤りです。というのは、国際紛争を武力の行使や武力による威嚇によって解決しないという9条の理念はますます重要な意味を持ってきているからです。北朝鮮危機は武力の行使によって解決してはならず、テロの脅威も武力を行使することによって根本的には解決できません。
 もし、北朝鮮危機に対して武力を行使すれば、報復攻撃によって甚大な被害が生じ、核戦争の危機に発展する恐れさえあります。テロの脅威は武力によって一時的に防止することができても、結局は憎しみの連鎖を生み、貧困や格差、憎悪などの原因を除去しなければ、最終的かつ根本的に解決することはできません。

 (3)9条を活かす将来ビジョンこそ

 憲法9条について、かつては理想論にすぎないし現実の問題解決には役立たないという批判がありました。しかし、パワーポリティクスや抑止力論による力の政策が間違っていることは、ベトナム戦争やイラク戦争、アフガニスタンへの武力介入の失敗などを通じて明らかになっています。
 戦後国際政治の現実は、武力などの力に頼らない地道で粘り強い交渉こそが真に問題を解決する手段であることを示してきました。9条の理念と平和主義は決して理想論ではなく、時代遅れでもなかったのです。
 それは国際政治を律するものとして国際連合の精神にも合致する基本原則であり、国家間の対立や地域紛争、民族紛争やテロを解決するための現実的で有効な方法なのです。だからこそ、9条は国際的な威信と説得力を高め、ノーベル平和賞の候補としてノミネートされるようになってきました。
 こうして、平和的生存権と戦争の放棄、戦力不保持と交戦権の否認を憲法に定めている日本は、「平和国家」としての「ブランド」を確立することに成功しました。それは、日本という国の「弱み」ではなく「強み」なのです。
 この「平和ブランド」という「強み」を生かして国際政治に関与し、武力によらない平和創出のビジョンを掲げ、そのイニシアチブをとることこそが、日本の外交・安全保障の基本でなければなりません。そうすることではじめて、「国際社会において、名誉ある地位を占め」(前文)ることができるでしょう。
 ここで問題になるのが、自衛隊という軍事力の存在と安保条約に基づく日米軍事同盟です。その存在を容認し、それを前提に平和と安全を確保することが現実的な安全保障政策であると、多くの人は「勘違い」してきました。実際には、現実的であるのではなく現実追随的な思考停止に陥っているにすぎません。
 憲法9条の規定からすれば自衛隊は違憲の存在ですが、直ぐに廃止して解散するというわけにはいかないでしょう。自衛隊違憲論に立つ共産党も、即時廃止を主張しているわけではありません。災害救助などでも大きな力を発揮していますから、当面存続させながら徐々に国境警備隊や災害救助隊などに改組・再編する条件を整備していくということになります。
 このような方針は軍事力に頼らない安全保障の確立という将来ビジョンを掲げるということであり、そのための国際環境づくりに努力するということでもあります。その達成にどれほどの時間がかかるかは分かりませんが、このようなビジョンを掲げて周辺諸国との関係改善と友好親善に努めることこそ、アジアの平和と日本の安全確保にとって有効かつ現実的な方策なのです。
 安保条約についても同様です。いずれは軍事同盟に頼らない平和の実現をめざすというビジョンを掲げなければなりません。アメリカとの軍事同盟ではなく平和友好条約への転換を図ることが前提です。それ以前であっても、対米隷属外交の是正、日米地位協定の改正、日米合同委員会の運用改善、在日米軍基地の負担軽減などを実現できるような条件整備に努めることが必要です。
 いずれにしても、カギになるのは世論と国際環境です。アメリカとの従属的な軍事同盟から抜け出すとともに、韓国・中国・ロシア・北朝鮮など周辺諸国との関係を改善し、外交や文化交流などの非軍事的な手段を通じて安全が確保されるようにすることが必要です。これこそが憲法の指し示す道であり、平和主義原理の具体化にほかなりません。必要なことは、9条を変えるのではなく、現実を変えて9条に近づけることです。

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12月13日(水) 総選挙の結果と安倍9条改憲をめぐる新たな攻防(その1) [論攷]

〔以下の論攷は、憲法会議発行の『月刊 憲法運動』通巻466号、2017年12月号、に掲載されたものです。3回に分けて、アップさせていただきます。〕

 はじめに

 「憲法改正については、国民の幅広い理解を得つつ、衆議院・参議院の憲法審査会で議論を深め各党とも連携し、自衛隊の明記、教育の無償化・充実強化、緊急事態対応、参議院の合区解消など4項目を中心に、党内外の十分な議論を踏まえ、憲法改正原案を国会で提案・発議し、国民投票を行い、初めての憲法改正を目指します。」

 今回の総選挙に際して、自民党は「憲法改正」についてこのような公約を掲げました。これは5つの重点項目のうちの最後に当たるものです。これまでの国政選挙でも、自民党は改憲について公約していましたが、その扱いは控えめで目立たないものでした。
 今回は「重点項目」としての登場です。改憲に向けて、本腰を入れてきたということを示しています。その背後には、安倍首相の意向があります。5月3日の憲法記念日に、現行憲法9条の1項と2項をそのままにして自衛隊の存在を書き込むという新たな改憲方針(安倍9条改憲論)を明らかにしたからです。
 これによって、憲法をめぐる情勢は急展開しました。改憲に向けての動きが政治の焦点に浮かび上がってきただけではありません。9条に手を加えて自衛隊の存在を正当化し、憲法上の位置づけを与えようという狙いが、はっきりと示されたからです。
 こうして、9条改憲をめぐる激突での新たな段階が幕を開けました。その緒戦となったのが、今回の総選挙です。自民党が初めて「自衛隊の明記、教育の無償化・充実強化、緊急事態対応、参議院の合区解消など4項目」を重点項目に掲げて信を問うことになった総選挙で、国民はどのような回答を示したのでしょうか。
 以下、総選挙の結果をどう見るか、各党の消長はどのような意味を持っているのか、その結果、いかなる政治状況が生まれたのか、とりわけ安倍9条改憲論をめぐる各党の立場と今後の展望や課題はどのようなものなのか、などの点について検討してみることにしましょう。

1、総選挙の結果をどう見るか

(1)与党の状況

 与党では、自民党の議席に変化がありませんでした。自民党は改選284議席に対して、当選284と同数になりました。定数が10議席削減されていますから、占有議席の比率は上がりましたが微増にすぎません。
 有権者内での得票率(絶対得票率)でも、小選挙区では24.98%と有権者全体の4分の1です。比例代表にいたっては17.49%ですから、約6分の1にすぎません。しかも、この比率は政権を失った2009年総選挙時の18.1%を下回り、12年総選挙時の15.99%、14年総選挙時の16.99%と過去3回の選挙でほとんど変化なしです。
 自民党が議席を減らさなかったのは、小選挙区制のカラクリがあったからです。小選挙区制は大政党に有利な制度で、各選挙区で最多得票をした候補者が当選します。今回もこのような有利さが最大限に発揮され、自民党は47.8%の得票率で、74.4%の議席を占めました。
 このような小選挙区制のカラクリの効果を強めたのが、総選挙直前での小池百合子東京都知事による「希望の党」という新党の結成でした。野党共闘が分断されるという逆流が生じたために漁夫の利をしめた自民党がますます有利になったからです。
 自民党は比例代表でも強さを発揮しました。これも新党結成による野党の混乱状況に有権者の嫌気がさし、不安を覚えたためだったと思われます。離合集散を繰り返す野党より、安倍首相に対する不信や自民党への不満はありながらも、安定した政権の方がまだましだと思ったのではないでしょうか。
 このような安定志向を強めたのが北朝鮮危機への不安感の増大でした。安倍首相が示した経済指標の好転や株高への期待感も一定の効果があったでしょう。安倍首相が解散の大義として掲げた消費税再増税による税収分を子育てや若者支援に回すという約束も若者や主婦の支持を高めたかもしれません。
 これらの要因によって、自民党は「勝利」しました。しかし、もう一つの与党である公明党は「敗北」したように思われます。公明党は改選前の34議席から5議席減となって29議席にとどまったからです。総選挙の直前、女性問題で樋口尚也前衆院議員が離党していますから、実際には6議席減です。
 小選挙区では神奈川6区に立候補した当選7回の前職が敗れて議席を失いました。政権が交代した2012年の衆院選以来の小選挙区全勝がストップするという思いもかけない結果です。比例代表でも前回は731万票だった得票数が今回は698万票となり、700万票を下回りました。公明党にとって、これは大きなショックだったでしょう。
 この結果について、公明党は総選挙総括の原案で、安倍首相を強く支持する姿勢や憲法論議での対応が支持者の不信感や混乱を招いたと指摘していました。このような反省を行わなければならないほど、安倍首相への追随に対する支持者の反発が強かったということでしょう。これは今後の改憲論議において、微妙な影響を与えることになります。

(2)野党の状況

 このように、国会議席全体に対する与党の比率には大きな変化がありませんでした。衆院の3分の2議席以上を占める与党体制の期間が1年から最大4年に延長されたわけです。安定した政権基盤を維持するという安倍首相の目的は基本的に達せられました。
 しかし、今回の総選挙によって野党の状況は劇的に変化しています。最大の特徴は改選15議席から55議席へと3倍以上も議席を増やした立憲民主党の躍進にあります。
 総選挙直前に野党第一党の民進党が突如として希望の党への合流と解党を決め、姿を消してしまうという逆流が生じました。これに対して、枝野幸男さんを中心に立憲民主党が発足し、立憲・共産・社民の3野党が市民連合と政策合意を結んで野党共闘の体制を再確立します。
 こうして総選挙に臨んだ結果、立憲民主党が希望の党を上回りました。野党第一党の議員の数は減りましたが、イメージと政策が一新され、政党としての質が強化されたことになります。
 この立憲民主党の躍進のあおりを受ける形で、2議席を維持した社民党以外の野党はいずれも議席を減らしました。大きな影響を受けたのは小池さんが結成した希望の党です。政権交代をめざして衆院議席の過半数である233を上回る235人の候補者を擁立したにもかかわらず、改選議席57を7も下回って50議席にとどまりました。
 この希望の党と選挙協力を行ったのが日本維新の会です。しかし、小池人気の失速もあってほとんど効果なく、維新は改選14議席から3減らして11議席に留まりました。前回の衆院選では、小選挙区で11議席、比例代表で30議席、計41議席も獲得しています。その後の分裂などによって14議席に後退していたわけですが、今回はさらに3議席減らしたことになります。

 (3)共産党と立憲野党の共闘

 今回の選挙で、希望の党の結成、民進党の分裂、立憲民主党の登場と躍進という一連の野党再編の影響を最も強く受けたのは日本共産党でした。参院選1人区などでの共闘の経験を生かして衆院選でも小選挙区で1対1の対決構図を作ろうと積み重ねてきた努力が、一夜にして瓦解してしまう危機に直面したからです。
 これに対して、市民連合と共産党は素早く対応します。北海道や新潟では選挙区独自の共闘体制の構築をめざし、粘り強い協議を続けていました。全国的には、共闘維持のために新党を結成するべきだとの声が強まり、ネットやSNSなどに「枝野立て」という書き込みが溢れます。
 こうして、10月2日に立憲民主党の設立が発表されるわけですが、市民の声に押されての新党結成はかつてないことでした。これに対する共産党の対応は素早く、翌3日の中央委員会総会で志位委員長は「協力・連帯を追求していく」と表明し、「連帯のメッセージ」として枝野さんが立候補する埼玉5区で候補者を取り下げることを発表しました。この日、市民連合も立憲民主党と基本政策を合意します。
 7日には、立憲民主・共産・社民の3野党と市民連合が改めて政策合意を確認し、総選挙を連携して戦う体制ができました。このような動きをアシストして候補者を一本化するために、共産党は67の小選挙区で候補者を取り下げ、249の小選挙区で共闘勢力の一本化が実現します。
 このようなアシストが立憲民主党の躍進を生み出す大きな力となりましたが、共産党自身は埋没し大きな犠牲を払うことになりました。総選挙の結果、沖縄の小選挙区で1議席を獲得したものの比例代表で苦戦し、改選21議席を9下回る12議席にとどまったからです。比例代表の得票数も前回の606万票から440万票へと166万票の後退になりました。
 立憲野党の共闘を推進するために、83の小選挙区で候補者を立てないという犠牲を払い政見放送や選挙カーの運行などでの制約が生じたこと、民主党政権に失望して共産党に投票してきた旧民主党の支持者や無党派層が立憲民主党に回帰したこと、選挙戦序盤で共闘立て直しに忙殺され後半で比例重視に転じたものの手遅れになってしまったこと、などの事情が敗因であったと思われます。


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12月9日(土) 衆院選を教訓に、市民と立憲野党の共闘の深化を(その4) [論攷]

〔以下の論攷は、『法と民主主義』No.523、2017年11月号、に掲載されたものです。4回に分けてアップさせていただきます。〕

四 安倍9条改憲の阻止に向けて

 83%の衝撃

 総選挙の結果、与党は衆院で3分の2以上の議席を確保しました。改憲勢力とされる議員の数は374議席で83%を占めるという報道があり、大きな衝撃を与えました。早速、安倍首相は憲法審査会での議論の促進を求め、野党第1党が賛成しなくても発議するかのようなそぶりを示しています。当面は自民党内で改憲案を取りまとめることに重点を置くでしょう。あわせて、同じ与党である公明党への働きかけを強めようとしています。改憲勢力と見られている維新の会や希望の党にも秋波を送るにちがいありません。
 これまでも安倍首相は、国政選挙で景気対策や経済問題などの「疑似餌」を前面に出して支持をかすめ取り、選挙が終わると「信任を得た」とばかりに与野党が対立する違憲法案の成立を強行するという「手口」を重ねてきました。2013年の参院選の後の特定秘密保護法、2014年衆院選の後の安保法制、2016年参院選の後の共謀罪法などがそうでした。今回も、同様の「手口」を用いようというのでしょう。衆院選で「信任された」と強弁しつつ、2020年改憲施行に向けての作業を強行しようとしているように見えます。
 「二度あることは三度ある」と言いますが、すでに三度もありました。今回は4度目になります。しかも、9条改憲は戦争できる国に向けての一連のストーリー(物語)での総仕上げを意味しています。これまで、特定秘密保護法(起)→安保法制(承)、共謀罪法(転)と引き継がれてきた物語は、いよいよ9条改憲(結)によって起承転結の完結編を迎えようとしているのです。

 改憲と安倍9条改憲の区別

 こうして、改憲をめぐる攻防はまさに「激突」の段階を迎えようとしています。「憲法をどうするのか」というテーマが、日本政治の主要な争点として浮かび上がってきました。
 ここで大切なことは、一般的な憲法の改正を意味する改憲と、現在の時点で安倍首相が行おうとしている9条の改憲(安倍9条改憲)を区別し、その間に楔を打ち込んで安倍9条改憲論を孤立させることです。
 国会議員の分布では、確かに改憲に賛成する議員は8割を超えていますが、9条の1項と2項をそのままにして新たに自衛隊の存在を書き込むという安倍首相の改憲案に賛成する議員は54%です(『毎日新聞』10月24日付)。過半数は越えていますが、改憲発議に必要な3分の2の多数を占めているわけではありません。世論調査では自衛隊の明記に52%が反対しており(共同通信調査)、国民の中では安倍9条改憲論は少数派です。
 したがって、安倍9条改憲の発議と国民投票には多くのハードルが存在しており、安倍首相の意図通りに進むとはかぎりません。足元の自民党内でさえ、自衛隊明記に75%が賛成していますが、12年の改憲草案で示した「国防軍の明記」を支持する意見も根強く存在しています。代表的なのは石破茂元防衛相ですが、同様の意見のも14%に上るという調査もあります(前景『毎日新聞』)。
 さらに大きなハードルになるのは、同じ与党の公明党でしょう。総選挙で不振だった公明党は、安倍首相を強く支持する姿勢や憲法論議での対応が支持者の不信感や混乱を招いたと総括文書の原案で指摘していました。今後は安倍政権に対するブレーキ役として存在感を示す必要性があるというわけです。安倍9条改憲についても「ブレーキ役」としての存在感を示せるかどうかが、注目されるところです。
 維新の会や希望の党も改憲勢力とされていますが、安倍9条改憲については積極的でなく、優先順位は低いとしています。改憲と安保法の支持という「踏み絵」を踏んだはずの希望の党の当選議員についても、安倍改憲に72.5%が反対し、2020年改正施行にも66.9%が反対しています(共同通信調査)。
 
 何をなすべきか

 安倍9条改憲阻止に向けてどうしたらよいのでしょうか。「激突」して相手を打ち破り、勝利する道はあるのでしょうか。
 そのためには、第1に、安倍9条改憲へのハードルを引き上げることが必要です。私たちの運動で反対世論を増やしていけば、これらのハードルを高くすることができるからです。世論を可視化するという点では集会やデモなどの抗議行動が有効です。官邸前や国会周辺だけでなく全国で、可能な形での安倍9条改憲に反対する集会やスタンディングなどに取り組むことです。安倍9条改憲NO!全国アクションから呼びかけられている3000万人署名運動も世論を具体的な数で示していくという点で大きな意義があります。
 第2に、現行憲法に対する国民的な学習運動を幅広く組織することです。安倍首相による改憲に向けての働きかけが強まり、国会で憲法審査会を舞台にした議論が始まれば、憲法に対する国民の関心は高まるにちがいありません。これは憲法の意義や重要性について学ぶ絶好のチャンスでもあります。憲法に対する理解が深まれば、改憲に反対する大きな力となるでしょう。
 第3に、市民と立憲野党との連携を深め、草の根の市民政治を広げていなければなりません。市民と野党との共闘は総選挙での経験と立憲民主党などの新党の結成によって新たな可能性が生まれてきています。民進党から分かれた立憲民主、希望、民進、無所属の4党・会派と共産、社民、自由の各党は国会内での連携を図りつつあります。国会審議において力を合わせながら国会外での運動とも連携し、草の根の共同を幅広く追求していくことが重要です。
 これらの活動を通じて、いかに世論を変えていくかという視点を貫かなければなりません。当面は国会での改憲発議を阻止することですが、最終的には国民投票で決着が付けられることになります。そこで多数を得る見通しが立たなければ、改憲への動きをストップさせることができます。この点で世論の動向は決定的な意味を持つことになるでしょう。
 ヨーロッパ連合(EU)からの脱退か残留かを問うイギリスの国民投票では脱退への賛成票が上回り、残留を主張していたキャメロン首相は辞任しました。イタリアでも上院の権限を大幅に縮小する憲法改正案についての国民投票が実施され、反対票が多かったためにレンツィ首相が辞任に追い込まれています。日本でも同様の結果が予想されるという状況になれば、安倍首相はあえて冒険を犯すことを避けるにちがいありません。

 むすび―歴史はジグザグに進む

 歴史はまっすぐではなく、ジグザグに進むものです。時には「後退」しているように見えることもあります。かつてレーニンは『一歩後退二歩前進』という論攷を書きました。それになぞらえて言えば、今回の総選挙は「一歩後退二歩前進」ということになるでしょう。いや、そうしなければなりません。
 市民と立憲野党の共闘という点では、「一歩後退」を強いられるような逆流や障害に直面しましたが、今後の発展につながる共闘勢力の誕生や経験の蓄積、そして何よりも共闘相手とのリスペクトや信頼、新たな人間関係や深い付き合いが生まれています。これらを大切にし、選挙だけでなく安倍9条改憲阻止の運動においても共闘を広げ、生かしていくことが大切です。
 このような日常的な活動の積み重ねによって、草の根から改憲阻止、立憲主義と民主主義を守る市民政治を生み出すことができれば、2019年の参院選に向けても、いつ解散・総選挙があっても、市民と立憲野党との共同の力によって対応することができるにちがいありません。それはまた、来るべき野党連合政権を草の根で支える市民の力を鍛え、統一戦線の結成に向けての歴史を切り開く作業となることでしょう。
 歴史は傍観者として「見ている」ものではありません。それは私たちの主体的な参加によって「つくるもの」です。いま私たちに問われているのは、どうなるかではなく、どうするかです。安倍9条改憲に向けての「激突」に勝利し改憲勢力3分の2体制を打破して戦争への道を阻むために、世論と政治を変えて新たな歴史をつくっていこうではありませんか。


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12月7日(木) 衆院選を教訓に、市民と立憲野党の共闘の深化を(その3) [論攷]

〔以下の論攷は、『法と民主主義』No.523、2017年11月号、に掲載されたものです。4回に分けてアップさせていただきます。〕

三 野党共闘の危機と刷新

 足並みの乱れと分断

 「大義」なき解散であったにもかかわらず、自民党支持には一定の広がりがあり、比例代表でも健闘しています。加えて選挙区で圧勝できたのは、小選挙区制という選挙制度のカラクリと野党の側の分断のためでした。とりわけ、野党第一党である民進党の動向がカギを握ることになります。そして、その中心にいたのが右派の改憲論者で野党共闘に消極的な前原代表でした。
 安保法制に反対するたたかいの中から野党5党による連携に向けての流れが生じ、参院選1人区や新潟県知事選などで市民と野党との共闘は実績を積み一定の成果を上げていました。衆院選に向けても選挙区ごとの市民連合や共闘組織が結成され、準備が進められてきました。そこに前原さんが登場し、衆院選は政権を争う選挙だから共産党との協力は見直したいとブレーキをかける姿勢を示したのです。
 都議選で波に乗る小池さんも新党結成に動き出していましたが、その準備は遅れ気味でした。選挙区で市民と野党との共闘が進み、統一候補が擁立されることを恐れていた安倍首相は、このような状況をじっと見つめていたにちがいありません。
 こうして、安倍首相は「今がチャンスだ」と判断し、不意打ちを仕掛けました。都議選後の民進党内の混乱と前原代表登場による立憲野党内での足並みの乱れ、小池新党結成準備の遅れを見透かして「今なら勝てる」と判断して解散・総選挙に打って出たのです。
 この安倍首相の目論みが功を奏しました。野党勢力の分断によって力を貸す形になったのは小池都知事と前原民進党代表です。その背後にいて助力したのが、連合の神津里季生会長だったと思われます。

 共闘の再生と刷新

 こうして、市民と立憲野党の共闘は一時的な危機に直面することになります。民進党という野党第1党が姿を消し、共闘の条件が失われてしまったからです。このような危機に際して、一貫して共闘を推進してきた共産党は2年間の実践と経験は無駄ではなかったと指摘し、各選挙区で共闘の維持と再生に向けての努力が始まります。
 全国規模では、10月2日の立憲民主党の立ち上げが決定的な転換点になりました。この後、共産党による立候補の取り下げや市民連合による政策合意、統一候補の擁立などに向けての動きが急速に進展し、立憲民主党の躍進という形で、市民と立憲野党の共闘の威力が改めて実証されることになります。
 このような経過と結果によって、市民と立憲野党との共闘が再生しました。立憲民主党が結成され、市民連合が政策協定を仲立ちして野党共闘を後押しし、これに共産党が積極的に応えて67選挙区で候補者を取り下げ、短期間に249選挙区で一本化が実現しています。しかし、それは単に復活したのではありません。新たな内容を伴って刷新されたのです。
 第1に、野党第一党が立憲主義を掲げた民主的なリベラル政党にとって代わられました。それは量的には減少しましたが、質的には強化されたのです。民進党の流れを汲む政党が4つに分かれ、連携と共闘の可能性は拡大しています。
 第2に、野党第一党のイメージと政策が一新されました。旧民主党から民進党に至るまでしつこくまとわりついていた薄汚れた裏切り者のイメージは、前原さんと小池さんによって希望の党へと受け継がれてしまったようです。
 第3に、この結果、市民や他の立憲野党と共に歩むことが可能な新たな選択肢が登場することになりました。それは安倍首相への不信や批判に対する力強い「受け皿」を提供し、新たな政権の担い手となるにちがいありません。
 これまで安倍内閣は、「他よりも良さそうだから」という消極的な支持によって支えられてきました。安倍首相への批判が高まって内閣支持率が下がっても自民党支持率はそれほど下がらず、民進党の支持率が上がるということもありませんでした。
 しかし、これからは「良さそう」な「他」が存在することになります。総選挙で「信任された」とばかりに強引な政治運営に走れば、消極的な支持層が離れていくでしょう。内閣支持率の下落が自民党支持率の低下や野党の支持率上昇に連動する新たな可能性が出てきたということになります。

 市民政治の新段階

 このような市民と立憲野党の共闘の刷新を生み出した力は、本格的な市民政治の台頭でした。この間、模索されてきた市民と立憲野党との共闘が新たな段階に達し、戦後日本政治の新局面を切り開いたのです。共産党の議席減はそのための「生みの苦しみ」でした。
 日本の市民運動は政治に一定の距離を置き、選挙にかかわることも避けてきました。しかし、2015年の安保法反対闘争で市民運動と政治との連携が始まります。正確に言えば、2008年の派遣村や2011年の原発事故を契機にした脱原発・原発ゼロをめざす運動、特定秘密保護法反対運動などの流れを受け継ぎ、市民運動が本格的に政党や国会内での論戦と連動することになります。
 ここから「野党は共闘」という声が上がり、2016年2月の「5党合意」や参院選での1人区での共闘など新しい動きが始まりました。その後も新潟県知事選や仙台市長選などでの経験を積み重ね、市民と立憲野党の共闘が発展していきます。
 そして、今回は政権選択にかかわる衆院選でも市民と立憲野党との共闘が追求され、各選挙区や地域で市民連合や共闘組織が作られました。こうして小選挙区で1対1の構図が作られようとした矢先、思いもかけない逆流が生じ、共闘は試練にさらされます。

 野党共闘の弁証法的発展

 しかし結局は、政党政治の危機を救い、新たなリベラル政党を誕生させ、躍進させることによって事態を収拾することに成功しました。安保法反対運動からの市民と立憲野党による運動と経験の蓄積がなければ、このような素早い対応は不可能だったにちがいありません。
 こうして、市民政治と野党共闘のリニューアルが達成され、選挙と運動で連携すれば勝てるという新たな可能性がうまれました。共闘への気運の高まり、共闘の提起、政策合意、参院選と首長選での試行、政権選択を問う衆院選への拡大、そして逆流と試練の段階を経て野党共闘は刷新され、いよいよ本格的な運用の段階を迎えたということになります。まさに、正・反・合という弁証法的発展を遂げてきていると言えるのではないでしょうか。
 また、今回の総選挙では、希望の党による「右派ポピュリズム」の発生が抑制され、立憲民主党による「左派ポピュリズム」が生まれたように見えます。それは、アメリカ大統領選挙でのサンダース、フランス大統領選挙でのメランション、イギリス総選挙でのコービンなどによる「左派ポピュリズム」旋風と共通するものでした。
 国際的な政治の流れに呼応する新たな市民政治の局面が「左派ポピュリズム」の発生という形で表面化し、立憲主義を守り民主主義を活性化させる新しい展望を切り開いたのです。ここにこそ、今回の総選挙が戦後政治においてもっている重要な意味があったように思われます。

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12月6日(水) 衆院選を教訓に、市民と立憲野党の共闘の深化を(その2) [論攷]

〔以下の論攷は、『法と民主主義』No.523、2017年11月号、に掲載されたものです。4回に分けてアップさせていただきます。〕

二 「大義」なき解散による不意打ち

 取ってつけた「大義」

 総選挙の結果、与党はほぼ現状維持にとどまりました。与野党関係に変化はなかったということになります。しかも、衆院議員の任期は来年12月まで1年以上も残っていました。今すぐに解散しなければならない理由はありません。だからこそ「不意打ち」だとか、「大義なき解散」だと言われて大きな批判を招いたのです。
 解散に当たり安倍首相が「国難突破解散」だとして打ち出した「大義」と争点は、朝鮮半島危機への対処、消費税再増税による税収増部分を子育てと教育などに使うとする使途の変更などです。しかし、これも「今さらどうして?」と言いたくなるような理由ばかりです。
 朝鮮半島危機は今に始まったことではなく、衆院の勢力関係が新しくなっても解決するわけではありません。消費税が再増税されるのは2019年10月1日からの予定で、まだ2年も先の話です。それをなぜこの時点で、衆院を解散して国民に問わなければならなかったのでしょうか。
 これらが「国難」であるというのであれば、国会を解散して政治空白を生み出すよりも、憲法53条に基づいて野党が要求していた臨時国会を開いてきちんと議論すれば良いことではありませんか。いずれの理由も、取ってつけたような「大義」にすぎません。

 「森友」「加計」学園疑惑からの逃亡

 しかし、安倍首相からすれば、解散に向けて「今がチャンスだ」と考えた理由がありました。本当の理由は別にあります。
 その第1は、「森友」「加計」学園疑惑から逃れるためです。国会をめぐる一連の経過は、内閣支持率を低下させ安倍首相個人の頭を悩ませてきたこの問題についての追及から逃れるために、いかに野党の質問を恐れていたかということを如実に示しています。
 通常国会は会期終了前に閉じられ、憲法に基づく国会開催要求は無視され、秋の臨時国会の冒頭に質疑なしでの不意打ち解散が強行されました。選挙後も、特別国会の会期をわずか8日間とし、その後も臨時国会を開催せず、野党の質問時間を減らそうとしました。
 結局、特別国会の会期は39日間とされましたが、安倍首相の外交日程が立て込んでいるため、実施的な審議は15日間ほどにすぎません。「そんなに、質問されるのが怖いのか」と言いたくなります。質問が怖いというより、一連の質疑を通じて内閣支持率の急落が再現されることを恐れていたということでしょう。8月の内閣・党役員人事の改造で一時的に盛り返した支持率は、9月に入ってから再び下がる兆しを示していましたから。
 解散・総選挙によってこれをリセットし、来年秋の自民党総裁3選に向けての基盤固めを図りたいと考えたのかもしれません。もちろん、北朝鮮による核開発やロケット発射などの軍事挑発を利用して国民の不安感を高めれば、与党が勝てるかもしれないという計算もあったにちがいありません。

 9条改憲に向けての基盤づくり

 「大義」なき解散に踏み切ったもう一つの理由は、5月3日に安倍首相が表明した9条改憲に向けての政治的な基盤固めを行うことだったと思われます。この時、安倍首相は2020年までには国民投票を終えて新しい憲法を施行したいと言っていたからです。
 その後の内閣支持率の低下や都議選での惨敗もあって、安倍首相は「スケジュールありきではない」と、一歩後退したかのような姿勢を示しました。しかし、今年中には改憲草案を自民党内で合意し、来年の通常国会か秋の臨時国会で改憲案を衆参両院で発議して2019年7月の参院選までには国民投票にかけたい、それまでずれ込むようなら参院選と国民投票の同日選に打って出るという野望が胸に秘められていたようです。
 今のうちに衆院選挙をやっておけば、再来年の7月まで国政選挙はなくなります。その間は腰を落ち着けて改憲論議に取り組めると考えたのでしょう。来年の総裁選で選ばれれば、衆院議員の任期と安倍首相の3期目の任期の終了時期は2021年で重なります。それまでには何としても9条改憲の野望を達成したいと、秘かな「闘志」をもやしていたのkもしれません。

 自民党支持の広がり

 北朝鮮危機を煽って国民の不安を高め、それを政治的に利用しつつ景気回復や子育て・若者支援を前面に押し出し、「森友」「加計」学園疑惑や9条改憲の意図を隠した安倍首相の選挙戦術も功を奏しました。そのために、野党候補が乱立して漁夫の利を得た小選挙区だけでなく、各政党が競い合う比例代表でも支持を伸ばしています。
 総選挙が始まるころ、安倍内閣の支持率よりも不支持率の方が高いことや安倍首相の続投を望まないという意見が51%を超えていたことなどが注目されました(『朝日新聞』10月19日付)。内閣支持率よりも不支持率が高い状況の下での衆院選はめったになかったからです。
 しかし、自民党に対する政党支持率にはそれほど大きな変化はありませんでした。つまり、安倍首相に対する不信感や嫌悪感による「反安倍」は強くても、自民党に対する批判や拒否による「反自民」はそれほどでもなかったということになります。
 選挙後の『東京新聞』10月23日付の特報欄に、自民党に投票した人の以下のような声が紹介されていました。これを見ても北朝鮮危機への不安感と景気回復への期待感が自民党支持の背景にあったことが分かります。

 「いつ北朝鮮のミサイルが飛んでくるか分からない。自民がベストとは思わないが、防衛や外交を考えるとベターだ」(広島県庄原市の男性(69))
 「北朝鮮が怖い。今は安定した政治をしてほしいので、今回は自民」(浅草の女性(84))
 「株価が何日も連続で上がっているでしょ。やっぱり経済が良くならないと。経済政策を重視し、選挙区も比例区も自民にしました」(松戸市の女性会社員(46))


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12月5日(火) 衆院選を教訓に、市民と立憲野党の共闘の深化を(その1) [論攷]

〔以下の論攷は『法と民主主義』No.523、2017年11月号、に掲載されたものです。4回に分けてアップさせていただきます。〕

 はじめに

 総選挙の公示を前に、驚くべき事態が発生しました。野党第一党が姿を消してしまったのです。民進党が解党し、4つに分裂してしまいました。
 総選挙後、民進党に属していたメンバーは、希望の党、立憲民主党、無所属の会、民進党に分かれています。前の3つは今回の総選挙で当選した衆院議員によって立ち上げられたもので、最後の1つは残った参院議員と地方議員が属しています。
 このような結果になるまでには、目もくらむような複雑な経緯がありました。まさに「劇場型選挙」の最たるものだったと言えるでしょう。しかし、スポットライトを浴びて舞台の上で演じられた「劇」の陰でもう一つの「ドラマ」も進行していたのです。
 そこに登場していたのは「市民と立憲野党」です。華々しい離合集散とは一味違った連携と共闘をめぐる営みこそが、新しい日本政治の局面を切り開いたように思われます。
 安保法反対運動の中から自然に沸き上がった「野党は共闘」という声に押されて市民と立憲野党との共闘が始まりました。民進党の解党はこのような共闘を破壊するもので、かつてない大きな逆流であり混乱でした。その中から、またもや市民の声が沸き上がったのです。「枝野立て」という声が。
 こうして枝野幸男さんによって立憲民主党が結成され、直ちに共産党が呼応して自己犠牲的に対応したために野党共闘の危機が回避されました。急ごしらえでの再建ですから成果は限られたものでしたが、将来に向けての大きな可能性を生み出しています。
 ここに今回の総選挙が持っている重要な意義と教訓があったのではないでしょうか。市民と立憲野党との共闘は逆流の中で試練に耐え、またもや私たちに教えてくれたのです。
野党はバラバラでは勝てない。勝つためには手を握るべきだということを。活路は共闘にあり。そして、共闘にしかないということを。

一 衆院選の結果をどう見る与党はほぼ現状維持

 与党はほぼ現状維持

 今回の総選挙は定数が10議席削減される中で実施されました。その結果、小選挙区289、比例代表176 となり、総定数は465議席です。
 選挙の結果、自民党は追加公認を含めて公示前と同じ284議席となりました。定数が減っていますから、議席の割合は改選前より増えました。しかし、微増にすぎません。
 自民党の有権者に対する得票割合(絶対得票率)も小選挙区で25.2%(前回24.5%)、比例代表で17.3%(同17.0%)でした。こちらも大きな変化はなく、微増にとどまっています。自民党は「大勝」したとされていますが、正確に言えば負けなかっただけで勝ったわけではありません。  
 もう一つの与党である公明党は、改選前の34議席から29議席へと5議席の減少です。選挙区で1人が落選となり、比例代表では700万票を割りました。選挙区で立候補すれば確実に当選させるという「常勝神話」に彩られてきた公明党にとって、この結果は大きな痛手だったでしょう。
 特定秘密保護法や安保法、カジノ法、共謀罪法などの成立に手を貸してきたことが、支持団体である創価学会信者の一部から批判を招いたためだと見られています。国会前や日比谷野外音楽堂での集会に学会の三色旗を持った人たちが登場し、公明党の元副委員長であった二見伸明さんが他党の応援に駆け付けて注目されました。
 与党全体の議席は改選前の318議席から5議席減の313議席となり衆院の3分の2(310議席)を維持しました。総議席に占める割合は66.9%から67.3%へと0.4ポイント増えています。多少議席が減ることも覚悟して解散に打って出た安倍首相からすれば、望外の成功だったと言えるでしょう。

 野党内では劇的な変化

 このように、衆院議席に対する与党の比率に大きな変化はありませんでした。しかし、野党内では質的とも言えるような劇的な変化が生じています。立憲民主党が公示前の15議席から55議席に躍進して野党第1党になったからです。議席を増やしたのは立憲民主党だけでしたから唯一の勝者だったということになります。
 他の野党は、この立憲民主党躍進のあおりを受ける形となりました。希望の党の議席は伸びず、50議席で公示前の57議席には届いていません。共産党は21議席から12議席に減らし、維新の会は3議席減の11議席、社民党は変わらず2議席となっています。
 この結果、希望と維新の合計は71議席から61議席への10議席減となったのに、立憲3野党(立憲民主・共産・社民)の合計は38議席から69議席へと31議席も増えました。このような成果は67の選挙区で共産党が候補者を取り下げた自己犠牲的な献身のお陰です。まさに市民と立憲野党の協力・共闘のたまものであったということができます。
 しかし、野党共闘をアシストした共産党は、安倍政権に対する批判票が立憲民主党に集中したために埋没してしまったようです。選挙戦の前半では野党共闘の立て直しに忙殺され、選挙区での独自候補の取り下げによって政見放送や宣伝カーの運用台数に制約が生じたという事情もありました。後半になってから比例代表での取り組みに力を入れるようになりましたが、遅きに失したようです。

 都議選の影

 今回の解散・総選挙には、7月に実施された東京都議選の結果が大きく影響していました。これまでも直前に実施された都議選はその後の国政選挙に大きな影響を及ぼしてきましたが、今回はほとんど決定的ともいえるような意味を持ちました。
 都議選での自民党の惨敗や小池百合子都知事が結成した「都民ファーストの会」の躍進がなければ、安倍首相は解散を決断しなかったかもしれません。このような結果がなければ、前原誠司代表が「希望の党」への「なだれ込み」という方針を打ち出すこともなかったでしょう。
 そもそも、民進党内での代表選挙で前原さんが選出されたのは、わずか5議席となってしまった都議選での敗北の責任をとって蓮舫前代表が辞任したからです。代わって登場した前原さんは蓮舫さんが進めてきた野党共闘路線の見直しを表明し、安倍首相は「今がチャンス」とばかりに解散に打って出たのではないでしょうか。
 この安倍首相の挑戦に対して、小池都知事は新党の結成で応えました。一方での安倍首相による不意打ち、他方での小池新党の登場という挟撃にあって、民進党の前原代表は進退窮まったようです。都議選での「悪夢」が頭をよぎったにちがいありません。
 こうして、小池さんが立ち上げた希望の党への民進党の「なだれ込み」という奇想天外な方針が打ち出されます。小池人気にすがって「安倍一強」を打倒しようと夢想したのです。この方針を全会一致で承認した民進党両院議員総会の参加者も、同じ考えだったと思われます。
 しかし、小池さんの「排除の論理」によって、この夢想は「見果てぬ夢」に終わりました。舞台は暗転しましたが、民進党の分裂が不可避になるという大混乱の中から一筋の光がさすことになります。それが、枝野さんによる「立憲民主党」の結成でした。この党の誕生と共闘体制の再確立によって選挙戦は大きく様変わりすることになります。

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12月3日(日) ようやく繁忙期を脱することができたようだ [日常]

 忙しい毎日でした。そのうえ、骨折した左腕がままならない日々でした。
 そのような繁忙期も、ようやく脱することができたようです。骨がくっついて左腕も使えるようになり、ブログを書く余裕が生まれました。

 昨日は、「平和・暮らし・環境 八王子学術文化の会」の「横田基地視察と初冬の狭山逍遥」バスツアーでした。この会は、私が八王子市長選挙に立候補したことをきっかけに誕生したものです。
 学術・文化関係の方々が私を支援するということで、連絡会のようなものを作ってくださいました。それを選挙後も存続させようということになり、私が会長を引き受けています。
 この会のほとんど唯一ともいえる重要なイヴェントが、春と夏のバスツアーです。八王子市内や近郊の「平和・暮らし・環境」や「学術文化」にかかわる場所をこの目で見て回り、併せて相互の親睦を深めようという趣旨で取り組んできました。

 今回は、このバスツアーの4回目に当たります。中心的な目的は横田基地の視察と騒音訴訟についての学習でした。
 ツアーの行程は、JR八王子駅から出発し、まず拝島の石川酒造で見学と試飲、その後、横田基地の横にあるディスカウント・ストアー「ドン・キホーテ」の4階から基地を俯瞰し、巨大量販店「ジョイフル本田」のフードコートで昼食を摂り、瑞穂町資料館で基地を上空から撮影した巨大な写真を見てから、野山北公園を散策して紅葉を楽しむというものです。帰り際には、横田基地のサウス・ゲートから中を垣間見ることもできました。
 横田基地騒音訴訟については第2次新横田基地公害訴訟の弁護団長である関島弁護士、横田基地については訴訟の原告団事務局長の清水さんからガイドしていただきました。22人乗りのマイクロバスが満員になるほどの充実した内容です。

 私は、東京都立大学に入学したての1969年に、仲間と語らって横田基地を訪問したことがあります。「訪問」とは言っても中に入れるはずもなく、一日かけて周りを歩きまわただけですが。
 その時も基地の広大さを痛感しましたが、今回も周りをバスで走り、中を垣間見て全体の写真を俯瞰したりして、その巨大さを改めて実感しました。このような巨大な米軍基地が首都の郊外に存在し戦争の拠点となっている異常さと、それが周囲の住民に騒音被害などの大きな犠牲を強いていることに怒りを感じたものです。
 基地南側の五日市街道を通過するときに渋滞に巻き込まれましたが、これも約4000メートルの滑走路を持つ基地があるために道路を通せず南北を迂回せざるを得ないという基地被害にほかなりません。沖縄の普天間飛行場など市街地にある基地には同じような問題が生じています。

 いつまでこのような状態を続け、基地あるが故の不便や危険を耐え偲ばなければならないのでしょうか。安保条約による義務に縛られ日米軍事同盟が必要とされている限り、このような現状が打開される見通しはありません。
 しかし、現在の政府も主要な政党も、安保条約を変えて軍事同盟から抜け出す展望も政策も掲げていないのです。北朝鮮など周辺諸国との関係を改善して緊張を緩和するという点でも無能と無策をさらけ出し、基地なき未来へのビジョンさえ提示することができていません。
 横田基地の現状は、米軍基地の負担と被害に苦しむ沖縄と同様に、隷従によってアメリカの事実上の植民地となっている日本のあり方を象徴しています。そこから抜け出すためには、もちろん周辺諸国など安全保障環境を変えることが必要ですが、そのためにも日本の政治を転換しなければなりません。

 それが、いつのことになるかは分かりませんし、多くの困難が伴うことも明らかです。しかし、そのような目標とビジョンを持たなければ、未来永劫、軍事基地による負担や被害から逃れることはできないのです。
 軍事力に頼ることのない安全確保と軍事同盟によらない平和の実現は、いつになったら可能になるのでしょうか。横田基地が占めている広大な空間を、戦争と軍事のためにではなく平和と民生のために活かせるような時代を早く実現したいものです。

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