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2月25日(土) 安全保障法制・憲法改正・外交・基地問題(その1) [論攷]

〔以下の論攷は、『大原社会問題研究所雑誌』No.700、2017年2月号、に掲載されたものです。4回に分けてアップさせていただきます。なお、注は省略されています。〕

 はじめに

 昨年は「安保の年」であった。新日米安保条約の改定をめぐる「60年安保」、その固定期限終了に際して条約の廃棄を求めた「70年安保」につぐ「(20)15年安保」だとする評価もある。安倍首相が言うところの「平和安全保障法制(以下、安保法制)」の成立をめぐって大きな反対運動が生じたからである。
 このような国民的な運動の高揚は久しぶりのことであり、それだけに注目され、日本社会にも大きな衝撃を与えた。それには十分な理由がある。安倍内閣になってから日本政府の外交・安全保障政策が大きく転換し「暴走」だとして強い反発を呼び起こしたからである。
 このような外交・安全保障政策の大転換と安保法制の整備は日米同盟を大きく変え、沖縄・辺野古をはじめとした在日米軍の新基地建設、自衛隊基地の再編・強化、社会の各方面における軍事化の進展に連動し、さらには現行憲法の改定に向けての動きを生み出している。それは日本の平和と安全を守るために必要なことだと説明されてきた。果たして、そうだろうか。
 安保法制については「違憲」で立憲主義を破壊するものだとの批判があり、改憲に向けて自民党は憲法改正草案 を発表しているが、その内容は現行憲法の原理に反し、近代憲法の原則を踏みにじるものではないかとの懸念も示されている。着実に進む基地強化や軍事化の既成事実化に対しても沖縄県民などによる強い反発と警戒の目が向けられている。
 これらの問題について立憲主義の立場から検証し、日本の安全を守るための方策としての正否について考えてみたい。いずれも重要な問題だが、紙数の関係で概観するにとどまらざるを得ない。

1、 平和安全保障法制の成立と施行

(1)集団的自衛権の行使容認についての違憲の疑い

 第2次安倍政権になってから、突如として安全保障に関する法整備の課題が浮上した。周辺諸国の安全保障環境が悪化したという理由が掲げられたが、法そのものは「周辺」だけを対象としたものではなく、地球全体をカバーする集団的自衛権の部分的な行使の容認をめざしていた。
 この安保法制のキー概念となったのが、集団的自衛権を行使する際の前提になる三つの条件(武力行使の新3要件)の一つである「存立危機事態」である 。それは、「我が国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生し、これにより我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある事態」とされ、その場合には日本が直接攻撃されていなくとも反撃可能であるとされた。しかし、「密接な関係」があるとはいえ、「他国」が攻撃されただけで「日本の存立が脅かされる」のはどのような場合なのかについては、最後まで説得的な説明はなされなかった。
 これは従来の憲法9条解釈を変更するものだったが、その根拠とされたのは砂川事件最高裁判決 である。しかし、この判決は米軍駐留の根拠とされている安保条約を認めるものだったが、集団的自衛権には直接触れるものではなかった。それゆえ、砂川判決直後、岸信介首相は集団的自衛権について「憲法上は、日本は持っていない」と答弁していた。
 また、もう一つの根拠とされた1972年の「集団的自衛権と憲法との関係に関する政府資料」も「他国に加えられた武力攻撃を阻止することをその内容とするいわゆる集団的自衛権の行使は、憲法上許されないといわざるを得ない」というものであった 。解釈変更を行った政府が示した根拠は、いずれも集団的自衛権の行使を認めるものではなく、だからこそ、それまでの歴代政府は個別的自衛権を行使できても集団的自衛権は行使できないという立場を取ってきた。さすがに、この解釈を真っ向から変更することはできず、第2次安倍内閣も「新3要件」を設定した部分的容認とせざるを得なかった。
 この問題が、2015年6月4日の憲法審査会で取り上げられた。集団的自衛権の部分的な行使容認について質問された長谷部恭男早稲田大学教授、小林節慶応大学名誉教授、笹田栄司早稲田大学教授はいずれも「憲法違反」だと証言し、ほとんどの憲法学者もこの立場を共有した。朝日新聞アンケートによれば、122人のうち憲法違反としたもの104人、違憲の可能性があるとしたもの15人に対し、合憲だとしたのはわずか2人にすぎない 。報道ステーションの調査では151人のうち憲法違反132人、疑いがある12人、疑いはない4人という結果であった 。
 このような状況であったにもかかわらず、安保法案は2015年9月19日に成立し、2016年3月から施行された。この集団的自衛権の部分的容認によって可能となったのは、特例法ではなく恒久的な法を根拠にした自衛隊の海外派遣、米軍の兵站などの後方支援、戦闘行為となる戦時における機雷封鎖除去、訓練時を含む米艦等の防護、PKO部隊による駆けつけ警護や宿営地の共同防衛などである。いずれも、これまでの自衛隊の任務に新たな任務が加わり、戦闘に巻き込まれる可能性を高めることになるとみられたが、十分な教育・訓練を施すので新たなリスクは生まれないというのが政府の説明であった。

(2)安保法制定手続き上の瑕疵

 憲法によって制約されており99条によって尊重擁護義務を負っている国務大臣や国会議員が、従来の政府による9条解釈を勝手に変更して閣議決定を行い、法律を制定することが許されるのか。これが立憲主義の立場からする安保法制定上の大きな疑義であった。ほとんどの憲法学者が違憲ないし違憲の疑いありとしたのは、このような立場からであろう。加えて、その制定プロセスも法制定手続き上の瑕疵が否定しきれないものである。
 たとえば、集団的自衛権行使容認の「武力行使の新3要件」の原案は、公明党の北側一雄副代表が内閣法制局に作らせて高村自民党副総裁に渡したもの で、横畠内閣法制局長官と高村副総裁や北側副代表らが密談 して練り上げたものだった。根幹部分が水面下で作成されたことになる。
 このような形で密室での検討が進んだ一方、そもそも法制局としての審査そのものがなかったのではないかとの疑いが浮上した。公表された文書によると内閣法制局による決済日が5月0日となっており、受付日、審査した後に内閣に送付した進達日、閣議にかけられた日についての記入がなかったからである 。また、法制局は9条の解釈変更について内部での検討過程そのものを公文書として残していなかった 。公文書管理法第4条に違反する不手際である。
 法案審議の過程でも、参院特別委員会での審議はとりわけ疑義の多いものだった。2015年9月17日に地方公聴会が横浜で開催されたが、特別委員会での報告・審議はなく、公聴会後に委員会が開会され議長が着席した直後に委員が殺到して取り囲み、議場は大混乱に陥った。速記録では「議場騒然、聴取不能」と書かれていたが、その後提出された議事録では「可決すべきものと決定した」と記録されている。議事録が改ざんされたのではないかとの疑いが濃厚である 。

(3)歴史的教訓―アメリカとドイツの失敗

 安保法制については様々な問題点がある。なかでも、これまで戦闘に巻き込まれず、「殺し、殺される」ことのなかった自衛隊に新たな死傷者が生まれ、他国の人々に対する加害者になるのではないかとの懸念は大きい。この点で、アメリカとドイツの失敗に学ぶことは重要である。
 そもそも今回の安保法制の整備は、自衛隊に手助けしてもらいたいとのアメリカの要請と国際社会でより能動的な役割を発揮したいという大国主義を背景とした安倍首相の意図とが合致した結果、実現したものだった。しかし、「自由と民主主義」を名目にした紛争介入は戦後アメリカの失敗の歴史そのものであり、失敗し続けてきたアメリカの要請に従って後追いすれば同じような失敗の歴史が繰り返されるだけである。
 戦後最大の失敗事例ともいえるベトナム戦争は、トンキン湾事件のでっちあげによって介入が本格化した。最終的にはアメリカの若者5万8000人が命を失い、ベトナムの人々は100万人以上が犠牲になったとされている。
 もう一つの失敗事例であるイラク戦争とアフガニスタンへの介入も、大量破壊兵器の開発・保有疑惑を理由に開始された。しかし、イラクのフセイン政権は倒れたが大量破壊兵器の所在は確認されなかった。この二つの戦争でも、アメリカの若者約7000人が命を失い、帰還した兵士の多くも心的外傷後ストレス障害(PTSD)に悩まされている 。
 このようにして自国の若者の命を犠牲にして「自由と民主主義」のために闘ったアメリカはアジアや中東の人々によって感謝されたかというと、そうではない。かえって恨みを買いテロの標的として狙われた。2001年に発生した9.11同時多発テロがその典型的な事例である。この事件によって3000人が犠牲となり、日本人も24人が巻き添えとなった。
 日本と似たような戦後史を歩んできたドイツも、軍の海外派兵については痛恨の失敗を犯している 。ドイツ軍はもともとNATO域外への派遣を禁じられているとされてきたが、憲法裁判所の解釈変更によって中東地域へも派兵できるとされ、国際治安支援部隊 (ISAF)の一員としてアフガニスタンに派遣された。
 ドイツ軍部隊は輸送などの兵站支援や秩序維持を担っていたが、襲撃されて反撃せざるをえなくなり、戦闘に巻き込まれて55人が死亡した。部隊が帰国してからも、400人以上がPTSDに悩まされているという。
 同様のケースに近づきつつあるのが、南スーダンへの自衛隊派遣である。大統領派と副大統領派の武力抗争が再発し、停戦合意の破綻が明確になった。このようななかで、自衛隊部隊に「駆けつけ警護」や「宿営地の共同防衛」という新たな任務が付与されようとしている。ドイツ軍のように戦闘に巻き込まれて取り返しのつかない事態が生ずる前に撤退するべきだろう。


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