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5月30日(月) 書評:渡辺治『現代史の中の安倍政権―憲法・戦争法をめぐる攻防』 [論攷]

〔以下の書評は、『経済』6月号に掲載されたものです。〕

 昨年9月19日に戦争法が成立した。安倍政権との攻防は「第二幕」に突入したが、戦争法廃止に向けての運動は継続され、夏の参院選を迎えることになる。その政治決戦に備えて、「第一幕」での攻防から教訓を得るために提供された最良の「武器」が本書だと言える。
 本書は、閣議決定から戦争法成立直後までに書かれた論文のうち、五本を選んで編まれた論文集である。事態の進行とともに記録された臨場感あふれる叙述と戦後史全体を視野に入れた安倍政治の史的検証を特徴としており、これが本書の大きな魅力となっている。
 本書では、①安倍首相はなぜかくも戦争法に執念を燃やしたのか、②その狙いと危険性はどこにあるのか、③戦後日本にいかなる転換をもたらし、いかなる意味での岐路なのか、④なぜ反対運動の高揚がもたらされたのか、という「四つの問い」が検討されている。
 第一の問いについては、歴代首相がもたなかった軍事大国の復活という野望を安倍首相が持っているからであり、しかもそれは米国の世界支配に追随協力し、自国のグローバル企業の分け前を確保できるような「グローバル競争大国」の実現をめざすものだという回答が示されている。
 このような安倍政権を外務省の新主流派、新自由主義経済学者と経産官僚、タカ派の「お友達」という三つのグループが支えているものの相互に矛盾があり、安倍政権は「たんなるタカ派の、復古的政権」ではなく「アメリカ、保守支配層の積年の課題を自覚的に取り上げようとしている点にもっとも危険な側面がある」という指摘は重要である。
 第二の問いについては、自衛隊に対する憲法上の制約打破が狙いであったこと、それには冷戦後の長い攻防があり、戦争法成立によっても「限定」的なものとなったために、なお完全には打破されず九条の規範性は生きており、その回復を目指すたたかいは続いているとされている。
 軍事大国化における「三つの柱」は「戦争する国」づくり、「構造改革」の再起動と新段階への前進、「教育改革」と歴史の修正・改竄による国民意識の改宗だとされ、集団的自衛権行使の容認が限定的なものとなったため「新たな制約」として今後のたたかいで生きてくるとの指摘は注目される。
 第三の問いへの回答は、「日米軍事同盟強化の徹底、完成」と「海外で戦争しないという国是を壊す大転換」という二重の意味での画期だということである。ここから、戦争法廃止の二つ意義が導き出される。その一つは、「自衛隊が海外で戦争しないで来た体制を守るという意義」であり、もう一つは、「戦後安保体制を検証し、見直し、九条に基づいてそれを変えていく大きな転換点となる」ということである。
 この点について、憲法と戦後という視点から振り返ったのが第二部である。安倍政権による戦争法の強行は講和を前後して始まった第一の危機、冷戦終焉を画期とする第二の危機に次ぐ戦後三度目の挑戦であること、戦争法は「一九五〇年代初頭以来の保守政権の宿願」と「九〇年代初頭以来四半世紀にわたる宿願」という「いわば支配階級の二重の宿願」であること、これを阻むのは容易ではないが「私たちは憲法の危機の度に、新たな陣列を組んでなんとか押し返してきた歴史に確信を持つことが必要である」ことなど、重要な指摘がなされている。
 さらに、第四の問いについての回答は様々な示唆に富んでいる。これは主として本書第三部で示されているが、九条の会の事務局担当者として戦争法反対運動に深く関わってきた著者ならではの重要な事実発見と鋭い指摘が多い。
 この間の運動の高揚をもたらした要因は「二つの共同ができたこと」と「新たな階層や新たな部分が新たな組織で運動に参加したこと」にある。この「二つの共同」のうち、一つは社会党系と共産党系の共闘を含む「三つの実行委員会の共同」であった。
 すなわち「戦争をさせない一〇〇〇人委員会の呼びかけ人には連合『平和フォーラム』の共同代表である福山真劫が入っていた。解釈で憲法壊すな!実行委員会には首都圏一〇〇を超える市民団体が入っていた。そして、改組された憲法共同センターには全労連、共産党が正式加盟していた。この三実行委員会の共同という形で、……『戦争させない・9条壊すな!総がかり行動実行委員会』が誕生したのである。」
 これによって、政党間や院内外の共同、地域での多様な形での共同が生まれ、「共闘の文化」とでも名付けるものが育っていったという。この「共闘の文化」こそが、それまでの垣根を越え戦争法廃止に向けての「五党合意」を生み出した最大の要因だったと思われる。
 もう一つは、平和主義勢力と立憲・民主主義勢力の共同である。これらの勢力には自衛隊違憲の立場という「第一潮流」、安保や自衛隊は必要でも集団的自衛権の発動は許されないという「第二潮流」、解釈変更の大転換は閣議決定ではなく憲法改正手続きで行うべきだとする「第三潮流」があり、その合流によって運動の幅が広まり、保守層も含めた運動展開が可能になったのである。
 このような運動の高揚によって、議会内での質疑による暴露など「三つの打撃」と、新たな階層の運動の定着など「三つの確信」が生まれたとし、今後の課題として、さらに広範な人々に声を上げてもらうこと、辺野古新基地建設阻止運動との有機的な連携を図ること、新自由主義改革、原発再稼働、社会保障解体攻撃反対運動と合流させることが提起されている。
 なお、「SNSで学生個人が参加する組織で立ち上がった」と言及されているが、インターネットやSNS(ソーシャルネットワークサービス)は広範な階層が情報を共有して立ち上がるうえで大きな役割を果たした。IT(情報通信)手段が社会運動の有効な「武器」となったのも、大きな特徴であり教訓だった。

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5月27日(金) 「激突の時代」における「最終決戦」が訪れようとしている [参院選]

 かつて故品川正治さんは、『激突の時代』という本を出されました。品川さんは元日本興和損保の社長で経済同友会の終身幹事も務められた財界人ですが、最晩年まで精力的に「九条の会」で活動され、「平和・民主・革新の日本をめざす全国の会」(全国革新懇)の代表世話人の一人でもありました。
 実は、かく言う私も、先日の総会で全国革新懇の代表世話人に選出されました。品川さんの後輩となったわけで、その遺志を引き継いでいきたいと思っています。

 この品川さんの本の書名にある「激突」とは、「人間の眼対国家の眼」の激突のことです。「人間の眼」というのは「弱者・被支配者の立場」ということであり、「国家の眼」というのは「強者・支配者の立場」ということでしょう。
 今日、このような「激突」は新たな様相を呈し、新しい段階にさしかかっているように思われます。それは、戦争法と憲法をめぐっての激突です。
 具体的には、「戦争させない・9条壊すな!総がかり行動実行委員会」と日本会議との激突、その日本会議などの「美しい日本の憲法をつくる国民の会」が推進している1000万人署名運動と「総がかり行動実行委員会」が中心になって進めている2000万人署名運動との激突、来るべき夏の選挙での自公対野党共闘との激突です。このような激突が象徴的に表現されているのが参院選での1人区のたたかいであり、それは衆院選での選挙区にまで波及しようとしています。

 それが「最終決戦」だというのはどうしてなのでしょうか。これまで繰り返されてきた「決戦」に、いよいよ決着が付けられる可能性が出てきたからです。
 すでに5月17日付のブログ「自民党周辺でおびえをともなってささやかれている『9年目のジンクス』」で書いたように、これまで自民党は参院選で3回、衆院選で1回、計4回も手痛い敗北という懲罰を受けてきました。参院選では、89年、98年、07年と9年ごとに選挙での大敗と首相辞任が繰り返され、これは「9年目のジンクス」として知られています。
 衆院選では09年選挙での惨敗があり、それは政権交代に結びつきました。しかし残念ながら、これらの決戦と懲罰は一時的なものにとどまったために自民党の息の根を止めることができず、その復活を許してきました。

 したがって、これらは事実上の決戦としてたたかわれていたにもかかわらず、自民党政治の根本的な転換には結びつきませんでした。だからこそ、このような結果が繰り返されてきたのです。
 このような循環の構造が形成され、それが打ち破れなかったのは、自民党の息の根を止める展望と自民党政治からの脱出路が見いだせなかったからです。別の言い方をすれば、自民党は失敗を繰り返して統治能力を枯渇させてきたにもかかわらず、それに代わる「政権の受け皿」が未熟で国民の期待を十分に受け止められなかったからです。
 しかし、いまやこの欠陥は克服されつつあり、共産党を含む野党共闘という新しい選択肢と「政権の受け皿」が登場しました。かくして自民党政治に対する懲罰と復活という循環の構造が打破される展望が生じ、今度の決戦は「最終」になる可能性が生まれたのです。

 とはいえ、今の時点では、それは可能性にとどまっています。実際に「最終」となるかどうかは分かりません。
 そのためには、まだいくつかの条件があるからです。それは、自民党政治の復活を許さず、息の根を止めるための条件になります。
 その前提は参院選での野党共闘の勝利ですが、同時にそれを衆院での与野党逆転と政権交代、新たな民主的連合政権の樹立に結びつけなければなりません。そのためには、次のような方向での努力が必要です。

 第1に、選挙共闘を選挙以外の分野にも拡大して、自公勢力による分断統治の構造を打ち破ることです。とりわけ重要なのは労働戦線や原水禁運動の分野であり、ここでの共同の推進と統一の回復に力を入れていただきたいと思います。
 労働戦線の分野では、連合・全労連・全労協という3つの労働組合全国組織が鼎立しています。これらの異なる潮流の間でも戦争法反対闘争での一定の協力が生まれ、メーデー中央集会では全労連と全労協がエールを交換しあい、鹿児島では県連合の事務局長が参院選の共同候補に、県労連の事務局長が県知事選の統一候補になり、労働法制改悪反対や最低賃金の引き上げなどの課題での共闘の動きもあります。
 歴史的な経過や対立の過去もあって簡単ではないでしょうが、選挙共闘や共同闘争を積み重ねて相互の信頼感を高め、地方や地域での新たな共同の枠組み作りへと発展させていって欲しいものです。原水禁運動においても、この間の脱原発運動や核廃絶運動での実績を踏まえて、原水協と原水禁との統一に向けて動き出していただきたいと思います。

 第2に、様々な運動の担い手を発掘・育成して、次の世代への橋渡しを行うことです。この点でも、戦争法反対闘争の盛り上がりと若者の参加という新たな希望が生まれてきました。
 戦争法に反対する闘争では大学生などの「自由と民主主義のための学生緊急行動」SEALDs(Students Emergency Action for Liberal Democracy - s)が注目され大きな役割を果たしましたが、それより下の世代の高校生たちがグループ「T-ns SOWL(ティーンズソウル)」を結成しています。また、労働分野でも最低賃金を1500円以上にするよう要求する「AEQUITAS(エキタス)」(ラテン語で「公平」や「正義」を意味する)という団体が登場しました。
 これらの動きは、層としての青年運動や学生運動、高校生運動という広がりを持たず、青年や学生の運動、高校生の運動にとどまっていますが、このような主体が登場して運動に加わってきたことは注目されます。18歳選挙権の導入も青年・学生が政治に関心を持ったり社会問題に関わったりする大きなチャンスを提供することになるでしょうし、その条件を生かして新たな運動の担い手をリクルートすることを意識的に追求する必要があります。

 第3に、参院選1人区での選挙共闘を衆院選の小選挙区にまで拡大することです。これまで佐賀を除く31の1人区で共闘が実現し、その中には香川での共産党候補での共闘という重要な経験も生まれました。
 これをさらに発展させて衆院小選挙区でも共闘を実現し、野党4党の党首合意の実現を図らなければなりません。その際、民進党候補だけでなく共産党や社民党、生活の党などの候補者も対象とし、得票率に応じたバーターによって共同候補を決定すべきです。
 衆院での与野党逆転は直ちに政権交代に結びつき、新しい内閣の構成が問題になります。通常国会では野党によって戦争法の廃止など13本の法案が提出され、新政権が取り組み実現するべき政策課題が明らかになりつつありますが、これに加えて野党4党の共闘を部分的一時的なものにとどめず全面的で持続的な統一戦線の結成に結び付け、新しい民主的な連合政権の基盤を強固なものにしなければなりません。

 このような新政権の樹立に向けて「勝つためには何でもする」ことが必要です。「勝つ」とは何でしょうか。国民の願いが実現する国民のための政治を取り戻すことです。
 誰に勝つのでしょうか。自公に対してだけでなく、それを支えている右翼的な勢力、日本会議に勝つこと、つまり、その基盤になっている社会の意識や構造の転換を図ることです。
 これこそが、本来あるべき「革命」なのではないでしょうか。参院選での勝利はその出発点にすぎません。

 戦争法反対闘争のなかで、新しい変革主体としての「市民」が登場してきました。これが新たな市民革命の始まりを意味するものであったと、私は思います。
 それを一時的で部分的なものにとどめず、持続的で幅広いものとして政治変革へと結び付けていくことが必要です。そのために何ができるのか、どうするべきなのかが、私たち1人1人に問われているのではないでしょうか。

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5月24日(火) 沖縄での元米海兵隊員によるレイプ殺人事件が教える米軍基地撤去の必要性 [在日米軍]

 何ということでしょうか。またも沖縄で、許されざる犯罪が繰り返されました。
 沖縄の施政権返還後、米軍関係者による犯罪は5900件を上回り、その1割近い570件ほどが凶悪犯罪だといいます。そして今回もまた、沖縄県うるま市の20歳の女性会社員がレイプされて殺され、遺体で見つかるという凶悪犯罪が繰り返され、元米海兵隊員で米軍属の男が死体遺棄容疑で逮捕されました

 「基地あるが故の事件」がまたも起きてしまったということです。このような事件が起きるたびに、再発防止や綱紀粛正が叫ばれてきましたが、何の効果もありませんでした。
 「基地あるが故の事件」を防ぐための最善の手段は、原因となっている基地をなくすことです。これほど自明のことがいまだに理解されずにいるところに、このような悲劇が繰り返される根本的な原因があります。

 私にも2人の娘がいます。ある日突然、この娘が襲われ強姦・凌辱されて刺殺されるなどということは想像もできません。
 それが、沖縄では現実のものとなっているのです。娘さんの死体が遺棄された現場を訪れたお父さんの姿がテレビに映し出されていました。
 その悲しみと怒り、犯人への憎しみはいかばかりだったでしょうか。見ている私も、胸が張り裂けるような怒りを覚えました。

 この事件を受けて、昨日、沖縄県の翁長知事は首相官邸で安倍首相と会談し、「絶対許されない。綱紀粛正、徹底した再発防止というのはこの数十年間、何百回も聞かされたが、現状は全く何も変わらない」と抗議しました。そのうえで翁長さんは、「子や孫の安心、安全を守るため、大統領に直接話をさせてほしい」として、オバマ米大統領に面会する機会を設けるよう要請しました。
 これに対して、安倍首相は「今回の事件はあってはならないもので、身勝手で卑劣極まりない犯罪に非常に強い憤りを覚える」と応じています。ただ、同席した菅義偉官房長官は会談後、「一般論で言えば、安全保障、外交に関わる問題は中央政府間で協議するのが当然のこと」と述べて、面会について否定的な見方を示しました。
 沖縄県民の安全が保障されていないという現状に対する苛立ちと中央政府に任せておいても問題は解決しないという不信感があるからこその要請であるということが、菅官房長官には分かっていません。日米間での協議がこれまで何回も繰り返されてきたにもかかわらず問題が全く解決されていないから、翁長知事はやむにやまれず「大統領に直接話をさせてほしい」と要請したのではありませんか。

 この事件に抗議して県民大会が来月19日に那覇市内で開催される方向になったそうです。私も参加したいと思いましたが、あいにくこの日は地元での講演の予定が入っていました。
 県内自治体の議会でも抗議決議の動きが加速しているとのことで、被害女性の遺棄現場のある恩納村の村議会は23日、「沖縄県民に大きな衝撃と不安を与えた」として、事件の再発防止や日米地位協定の改定を求める意見書と決議を全会一致で可決し、うるま市や実家のある名護市、那覇市でも抗議決議が可決される見通しだといいます。沖縄県議会でも26日の臨時議会で与党案が可決される見通しになっています。
 このような形で、抗議の意思を示すことは極めて重要です。来る県議選でも、事件に抗議し、その原因となっている米軍基地の撤去を求める県民の願いをはっきりと示さなければなりません。

 同時に、沖縄県民だけでなく、日本国民全体が怒り、悲しんでいるということを日米両政府に分からせる必要があります。そのための格好の機会が訪れようとしているということを忘れてはなりません。
 まもなく実施される参院選(衆参同日選?)です。このような事件が起きるたびに解決するポーズだけで根本的な対応をサボり続け、あまつさえ辺野古に新しい基地を作ろうとしている自民党に、満腔の怒りを込めて懲罰を加えようではありませんか。
 政権交代を実現してアベ政治をストップさせることは、基地なき沖縄に向けての第一歩を意味することになるでしょう。かくも理不尽な暴力によって、たったの20年で人生を奪われてしまった女性とその家族の悲しみを癒し、再発を防ぐ道はこれしかないのですから……。


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5月17日(火) 自民党周辺でおびえをともなってささやかれている「9年目のジンクス」 [参院選]

 最近、自民党周辺では「9年目のジンクス」がささやかれているそうです。このジンクスの再現を恐れ、自民党はおびえているというのです。
 これは永田町界隈でうごめき始めたある種の「妖怪」のようなものかもしれません。それが「9年目のジンクス」なのです。
 この「妖怪」の正体は何でしょうか。それは、1989年の参院選から9年ごとに繰り返されてきた自民党大敗という注目すべき政治現象のことです。

 それが最初に現れたのは1989年のことでした。前年からのリクルート事件で政界は大揺れとなり、この問題で辞任した竹下登首相の後に登場した宇野宗佑首相は「3本指」の女性スキャンダルなどもあって参院選で大敗します。
 7月23日投・開票の参院選で、自民党の獲得議席は過去最低の36議席にとどまりました。自民党結成以来、初めて参院で与野党の議席が逆転し、社会党の土井委員長は「山が動いた」と叫びました。
 この時の自民党は1人区で前回の25勝1敗から3勝23敗と惨敗して合計33議席も減らしました。その責任を取って、宇野首相は開票翌日に退陣を表明しています。

 その9年後は1998年で、橋本龍太郎政権の時代です。この時は住専問題などについての「経済失政」に批判が集中し、橋本首相の「恒久減税」についての発言が二転三転したこともあって、またもや参院選で大敗します。
 7月12日投・開票の参院選で、公示前には70議席を超えて勝利するとの予想さえあった自民党は改選60議席を44議席にまで16議席も減らしました。他方で民主党は27議席、共産党は結党以来最多となる15議席を獲得するなど健闘しています。
 自民党は1人区で振るわなかっただけでなく、改選定数が3人以上の選挙区での複数擁立による共倒れも目立ちました。この敗北の責任を取って、橋本首相は開票日の翌日に辞任を表明しています。

 さらにこの9年後の2007年は、第1次安倍晋三政権の時代に当たります。この時は「消えた年金」問題や赤城農水相の絆創膏事件などのスキャンダルもあって、またもや参院選で自民党は大敗しました。
 7月29日投・開票の参院選で、自民党は37議席の当選にとどまりました。これは最低だった89年の36議席に次ぐ大敗北です。
 この結果、自民党は参院第1党の座から初めて転落しましたが、安倍首相は「惨敗の責任は私にある」としながらも続投を表明して粘りました。しかし、中川自民党幹事長と青木参院議員会長は辞任し、安倍首相も2か月後の秋の臨時国会冒頭で「健康問題」を理由に辞任することになりました。

 それから9年後が、今年2016年7月の参院選です。再起を果たした安倍首相は9年前の「ジンクス」の再現を密かに恐れていることでしょう。
 果たして、今回もこのような「9年目のジンクス」が繰り返されるのか、大いに注目されます。しかも、そのための条件はそろってきているのですから、安倍首相も気が気ではないでしょう。
 参院選での懲罰、支持の回復、与党の増長、強権による失政と民意の離反、そしてまた懲罰というサイクルが9年ごとに3回繰り返されてきたからです。いかに自民党が「懲りない面々」であるかということ、民意に反することが分かっていても大企業本位で従米の政策を転換することができないということが示されていると同時に、他方で、そのような自民党に代わるべき対抗勢力のふがいなさや「受け皿」不在の状況が続いてきたことも示されています。

 今日、このような状況は、一面では継続されながら、他面では大きな変化が生まれました。1人区での勝敗が大きく左右するということ、複数区での与党の候補者調整がうまくいかなければ共倒れで大敗するということは以前と変わりませんが、野党の側の共闘体制が整ったという点で様変わりしたからです。
 1人区の小選挙区制は、支持の変化が増幅して現れ、激変を生み出すという恐ろしい制度なのです。しかも、これまでは「2大政党制」によって共産党など第3党以下の中小政党を排除する役割を果たしてきましたが、今回は「野党共闘」の実現によって「2大勢力」の対決になり、中小政党に対して政権へと接近する回路を開く役割を果たしています。
 32ある1人区で、オセロゲームのように与野党の議席が入れ替わり、複数区でも与党の共倒れによって野党が漁夫の利を得るかもしれません(当然、逆の場合も考えられますが)。そうなれば「9年目のジンクス」の実現となり、安倍首相にとっては9年前の2007年参院選の悪夢の再来ということになるでしょう。

 それを避けるための秘策の一つが、衆参同日選挙なのです。というのは、「9年目のジンクス」が始まった89年参院選から9年さかのぼった80年参院選で自民党は大勝していますが、それは史上初の衆参同日選挙だったからです。
 安倍首相が「解散のかの字も念頭にない」と再三打ち消しても、ダブル選挙の可能性がささやかれ続ける背景の一つがここにあります。6月1日に衆院を解散すれば、7月10日に参院選と同日に衆院選を実施することが可能になります。
 すでに、参院選は6月22日公示、7月10日投票という日程が固まりつつあります。このスケジュールであれば、同日選は十分に可能だということになります。

 ということで、焦点は25~26日のサミットが終わってオバマ米大統領が広島を訪問した後の5月28日から31日までの期間に絞られることになります。もし、同日選挙があるとすればこの期間に表明されるでしょうし、何のアクションもなければ同日選挙はないということになるでしょう。

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5月16日(月) 小林節さんが旗揚げした新政治団体「国民怒りの声」をどう見るか [参院選]

 この間、安保法反対運動で大きな役割を果たしてきた憲法学者の小林節慶応大学名誉教授が新政治団体「国民怒りの声」(怒り新党)を旗揚げすると発表し、波紋を広げています。この動きをどう見たらよいのでしょうか。
 これまで野党共闘を進めてきた勢力のなかには戸惑いの声が大きいように見えますが、評価し期待する声もないわけではありません。評価が分かれるのは、この「怒り新党」の登場にはデメリットとメリットの両方が考えられるからです。

 報道によれば、小林さんは5月12日に政治団体としての届け出を総務省あてに提出したそうです。14日には設立報告会が開かれました。
 ビデオメッセージであいさつした小林さんは「野党統一名簿を追求したが、時間切れになった。『反自民、嫌民進、共産未満』という人が3~4割いるが、このままでは棄権してしまう」と指摘し、無党派層を中心とした受け皿を作って「安倍政権の暴走を止めないといけない」と訴えたそうです。
 そのうえで、自分を含めて10人の擁立をめざし、すでに5人は説得したということ、残る5人は18日以降インターネットで公募を始め、男女が半分ずつになるように選ぶ予定だということを明らかにしました。つまり、この「怒り新党」は、「反自民、嫌民進、共産未満」の「無党派層」の受け皿となるべき新たな仕掛けを意図しているということになります。

 このような動きについては、安倍政権に対する批判票が分散して「死に票」が増え、結果的に与党を利することになりかねないとの危惧があります。候補者を立てるのは比例代表だけということですが、その票が割れて結果的に自民党を助けることになるという心配があるからです。
 とりわけ、社民党や生活の党にとっては「反自民、嫌民進、共産未満」の「無党派層」の受け皿となる「新たな野党がもう一つ増えるだけ」(社民党幹部)ですから、この動きに不快感を示し危機感を高めるのも理解できます。早速、吉田党首は「怒り新党」の比例名簿に加えてもらえないかと打診したり、民進党との合流の可能性にも言及したりしましたが、いずれも実現は難しいようです。
 生活の党と山本太郎となかまたちの小沢一郎代表も、「いずれ機会があればご本人におうかがいしないといけないが、現実に選挙戦を戦って国民の支持を得るというのはそう簡単な話じゃない。やはり(安倍政権打倒を掲げる)多くの皆さんと力を合わせ、思いを結集させないと国民は本気になってくれない。今後、どういう道筋で安倍政権を打倒するのか、わたしにはもう一つ具体的にわからないので、いまは論評することはできない」と述べて、戸惑いの色を示しています。一概に否定するわけにはいかないけれども、かといってもろ手を挙げて賛成というわけではないという複雑な心境がうかがえるような発言で、これは小林さんとともに安保法反対運動に加わって来た人々全体に共通する感情でしょう。

 同時に、この「怒り新党」への期待や評価もないわけではありません。山尾志桜里民進党政調会長は「小林節さんは改憲論者でありながら、立憲主義の危機だと立ち上がり、全国をくまなく歩いて素晴らしい活動をされている先生だと存じ上げている。そういった方がついに政治家として手を挙げようとされていることは、私自身は非常に希望だなと率直に感じています」と述べて期待感を表明し、「(小林氏とは)安倍政権、安倍総理の憲法に対するあまりに破壊的な考え方にとにかくストップをかけなきゃなんないという点では一致していると思う。その目標を達成するために、共通の相手に向かってどういった戦いぶりを展開していくのがいいのか。それはこれからのことではないでしょうか」と指摘しています。
 このような「希望」が感じられるのは、これまで関心を持たなかった無党派層にも参院選への興味や関心を呼び起こし、新たな支持層を開拓できる可能性があるからです。これが「怒り新党」ができることのメリットであり、小林さんの狙いもそこにあると思われます。
 無党派層や政党支持なし層の中には、「自民党には反対だが民進党も信頼できないし、かといって共産党には抵抗がある」という人々がいます。小林さんが「『反自民、嫌民進、共産未満』という人が3~4割いるが、このままでは棄権してしまう」というのは、このような人々を意識しているからであり、このような人々に「反自民」の新たな選択肢を提起しようというのが、その狙いだと思われます。

 「怒り新党」がこのような狙い通りの効果を生むかどうかは分かりませんが、すでに「賽は投げられた」というのも事実です。以上に見たように、メリットとデメリットに対する判断をめぐって賛否両論ありますが、八王子市長選挙で小林さんにも応援していただいた私としては、この試みが奏功して狙い通りの効果を生み、アベ政治を追い込む大きなうねりを生み出す契機になってもらいたいと願っています。
 その成否を決めるカギは投票率にあります。有権者やマスコミの注目を集めて参院選への興味・関心がドンドン盛り上がっていき、それまで投票に行くつもりがなかった有権者の足を投票所に向かわせることができ、その結果、投票率が上がればメリットの方が大きくなり、逆に下がって票の奪い合いとなればデメリットの方が大きくなるでしょう。
 「怒り新党」が野党共闘の「遊軍」としての役割を担い、「別に進んで共に撃つ」という形で安倍政権打倒の一翼を担い、選挙区での野党共闘候補の得票の底上げや野党全体の得票増に結びついてもらいたいものです。そのためには、批判しあうのではなく互いにエールを送りあいながら集票を競うことで相乗効果を生み出し、無党派層や保守層を含めて反アベ票を掘り起こす必要があります。

 選挙への関心や注目度を高め「今度は何とかなるかしれない」という期待感を呼び起こして、これまで「どうせ変わりはしないから」と諦めてしまった人々の足を投票所に運ばせることに成功すれば、大きな「革命的」な変化を生み出すことができるにちがいありません。そうなってもらいたいし、そうしなければ新たな「希望」は生まれないのです。
 夏の選挙は、衆参同日選挙どころか、東京では都知事選も含めて「トリプル選挙」になるかもしれません。その政治的な意義は極めて大きく、まさに「政治決戦」というにふさわしい様相を帯びてきています。
 「勝つためには何でもやる」という覚悟が問われています。その「何でも」の中には、新たな「遊軍」の登場という奇策も含まれるということかもしれません。

 このようななかで、小林さんと私とのトークイヴェントが、下記のような形で開催されます。これは八王子市長選挙での応援に対するお礼の意味を込めて企画されたもので、小林さんによる「怒り新党」の立ち上げとは無関係でした。
 しかし、このような情勢の下でのトークですから、この問題に全く触れないというわけにもいかないでしょう。「怒り新党」が「夏の選挙と日本の未来」にどう関わってくるかは、私にとっても大いに関心があります。
 というわけで、今回の旗揚げに際しての小林節さんの思い、その真意や狙いをじっくり伺うことにしたいと思っています。沢山の方に足を運んでいただければ幸いです。

トークイヴェント「夏の選挙と日本の未来」
5月20日(金) 18時開場 18時半開会 資料代500円
八王子労政会館小ホール・第1会議室
お話し:小林節 五十嵐仁
司会進行:白神優理子弁護士

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5月15日(日) 舛添都知事辞任でまた宇都宮健児さんの出番があるかもしれない [スキャンダル]

 抗議が殺到して、通常業務に差しさわりが出ているそうです。東京都の舛添知事が引き起こした都民の怒りのせいです。
 それはそうでしょう。やることがでたらめで、きちんとした説明もなされず、弁解は信用できないのですから……。

 高額な海外出張費が明らかになり、公用車での別荘通いが暴露され、そして今度は家族旅行への政治資金の私的流用です。イエローカード3枚ですから、退場すべきです。
 これ以外にも、自宅や別荘周辺でのイタリア料理店や回転ずしなどでの飲食費、それに対して白紙の領収書を受け取っていたという問題もあります。これなども公金の不正使用に当たり、公私混同の最たるものです。
 さらに、以前の収支報告書には、ギャラリーや古美術商からの購入疑惑などもありました。これではイエローカード何枚分にも相当します。とっとと退場するべきでしょう。

 しかも、舛添さんが都知事に就任したのは、猪瀬直樹都知事が5000万円のヤミ献金問題で引責辞任した後を受けてのものでした。公金の使用については自ら厳しく律するべき立場にあったことは明らかです。
 小渕優子元経済産業相の辞任に際しては、「政治資金規制は厳しくなっている。説明がつかないなら、閣僚として非常に責任は重い」と舛添さんは厳しく批判していたではありませんか。今回の件でも「都知事として非常に責任は重い」ということは明らかでしょう。
 それにもかかわらず、私的な会食も含めて政治資金をずさんに処理していました。参院議員時代の政治資金には政党交付金も含まれていたわけですし、その政治責任は重大です。

 今回の件は『週刊文春』による報道が契機となっていますが、今も様々な情報提供が寄せられているそうです。今日の『東京新聞』の「週刊誌を読む」には、「舛添氏の政治資金収支報告書を分析して、怪しいと思われる飲食費などをひとつひとつ取材しているようだが、記事に出てくる話はあきれるような内容ばかり。まさに火ダルマ状態の舛添知事、進退を含めて予断を許さない状況だ」と書かれています。
 今後も同様の暴露が続き、都庁に抗議が殺到する事態が収まらなければ、遅からず進退が問われるようになるでしょう。すでに、辞任は秒読みに入ったという噂もあります。
 参院選は6月22日公示、7月10日投票という日程が有力だと見られています。この7月10日に都知事選挙も一緒に実施されるかもしれないというのです。

 そうなれば、また宇都宮健児さんの出番がやってくるということになるかもしれません。立候補されるかどうかは分かりませんが、2度あることは3度あるといいます。
 もしそうなったら、今度こそ「3度目の正直」となって欲しいものです。ろくでもない知事が3代も続き、スキャンダルの度に税金が無駄遣いされるような事態を避けるためにも、自分のものと公のものとの区別がつかない背広を着た「公私混同」都知事を追い出し、都民の期待に応えることができるまともな常識を持った都知事を実現したいものです。

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5月14日(土) こんな人は都知事になんかなるべきではなかったのだ [スキャンダル]

 あきれ返るばかりです。背広を着た「公私混同」そのものではありませんか。
 公金を何だと思っているのでしょう。舛添都知事は。

 全国の知事にアンケート調査したら、条例を無視して1泊10万円以上のスイートルームを多用したのは舛添知事だけで、1回の出張費の平均が約7000万円というのも、他の知事の平均出張費の数十倍だったそうです。超高級スイートを使った理由は訪問客があったり会議を開いたりする必要があったからだとされていますが、訪問客もなく会議を開いた記録もありません。
 正月に木更津のホテル三日月への家族旅行の費用を「会議費用」としたのは重要な会議があったからだと説明しています。しかし、家族4人が一緒に泊まっている部屋に事務所の関係者を呼んで会議を開くなどということがあるのでしょうか。
 普通はロビーで相談したり、別に会議室を借りたりするでしょう。これを「会議費用」としたのは政治資金報告書への「虚偽記載」に当たり、訂正や返金で済む話ではありません。

 多額の公費出張についても、公用車の別荘通いについても、一方で「問題はない」と言いながら、他方で「今後は見直す」と言う。問題がないのであれば、見直す必要はないでしょう。
 見直さなければならないのは、多くの批判が寄せられたからです。強く批判されたのは、常識からすれば認められず、都民感情からしてもおかしいと思われたからです。
 つまり、問題があったからです。そのことは舛添知事自身の対応が示しているじゃありませんか。

 これらの問題は週刊誌などで報じられたことをきっかけに表面化しました。その都度、舛添さんは弁明に追われ、今後は是正すると言い訳し、個人使用の部分については返金すると答えてきました。
 表面化しなければ、知らん顔をしていたにちがいありません。公金を私的に流用しても、バレなければそのままです。
 バレても、ルール―に従っているとか、間違えただけだとか居直っています。こんな人が元厚生労働大臣で現東京都知事だというのですから、呆れて物が言えません。

 こんな人は、もともと政治家としての資質に欠けていたと言わざるを得ないでしょう。都知事などになるべき人ではなく、とっとと辞任してその職を去ってもらいたいものです。
 石原慎太郎元都知事や猪瀬直樹前都知事など、これまで三代にわたって都知事には碌な人がいませんでした。はやく、まともな人に交代してもらいたいものです。
 国政でも、「政治とカネ」の不祥事や暴言が相次ぎ、政治家としての資質が問題とされるような人が続出しています。それなのに、ほとんどの人は取り消したり訂正したりするだけで、後は知らん顔です。

 このような曖昧で無責任な対応こそが、問題行動や暴言が治まらない原因ではないでしょうか。本人がきちんと説明して責任を取ること、大臣などであれば総理大臣が任命責任を取るなどの形でペナルティを課すことこそが、再発防止にとって必要なことです。
 甘やかしてはなりません。公私混同や政治資金の不正使用などの問題を起こしたら政界から追放されるくらいの厳しい対応がなされなければ、このような問題はこれからも繰り返されるに違いないのですから……。

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5月4日(水) 今日における社会変革の担い手は誰か-なぜ多数者革命なのか(その3) [論攷]

〔以下の論攷は、『学習の友』5月号に掲載されたものです。3回に分けてアップさせていただきます。〕

3、 多数者革命の課題と可能性

 多数者革命としての現代的市民革命

 このような現代的市民革命は、一部の戦闘的な人々によって担われた近代市民革命とは異なって多数者革命としての本質を持っています。民主主義社 会において「数の力」は極めて重要であり、被支配階級が多数となって支配階級の権力を奪うことが必要だからです。そのためには議会での多数を占めて新しい政府を樹立しなければならず、共通の課題に基づく行動の統一と持続的な国民の共同、すなわち統一戦線が不可欠です。ただし、このようにして成立した政府は革命の達成そのものではなく、それに向けての過渡的政府としての性格をもちます。
 議院内閣制を採っている日本では、国会での多数議席を獲得することが不可欠で、新しい政府を樹立するためには衆議院での過半数の議席は絶対条件です。加えて参議院でも多数の議席を獲得しなければ「ネジレ」現象が生じ、法案の成立が困難となって安定した議会運営ができなくなります。
 このような議会での多数派を形成するには、社会の中での多数派にならなければなりません。「草の根」での力によって政府を支えることが必要だからです。しかし、社会的な多数派がそのまま国会内での多数派になるとはかぎりません。小選挙区制という選挙制度では社会内での意見分布と議会内での議席分布とが食い違ってしまうからです。
 この食い違いによって、国民に支持されていない政党が権力を維持し続けることが可能になっています。このようなカラクリを是正して、両者が一致できる比例代表制のような選挙制度に変えなければなりません。

 選挙共闘と可視化

 選挙制度の改革と同時に、制度が現状のままでも勝利できるような工夫をすることも必要です。そうしなければ、いつまで経っても現状を変える力が生じないからです。このような工夫の一つが選挙共闘であり、変革の推進力としての統一戦線を選挙において実践することにほかなりません。小選挙区でも勝利できるように候補者を1人に絞り、1対1のたたかいに持ち込めば勝利する可能性が出てきます。
 選挙で勝利するためには、人々に政治の矛盾や問題点を知らせなければなりません。そのために何よりも必要なことは可視化であり、誰の目にも見えるようにすることです。集会やデモ、署名、口コミなどによって、個々人にではなく政治や社会にこそ問題があるのだということ、それを変えなければ矛盾は解決しないのだということを、多くの人に分かってもらわなければなりません。
 そうして、はじめて人々は目覚めるのです。昨年展開された「2015年安保闘争」は現代の市民革命(民主主義革命)への扉を開く歴史的闘いでした。この闘いがそうであったように、事実を知ることによって人々は立ち上がります。その時にこそ、現状打破をめざす新しい力が生まれ、多数者革命による社会変革に向けての新しい可能性を切り開くことができるにちがいありません。

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5月3日(火) 今日における社会変革の担い手は誰か-なぜ多数者革命なのか(その2) [論攷]

〔以下の論攷は、『学習の友』5月号に掲載されたものです。3回に分けてアップさせていただきます。〕

2、 現代の市民革命としての多数者革命

 機動戦から陣地戦、そして情報戦へ

 かつての市民革命の多くは市民が武器を持って立ち上がる形で実行され、広範な市民が街頭で闘う機動戦が展開されました。しかし、今日の社会では、非暴力による権力移行の道が制度化されていますから、民主的なルートを通じて支持を拡大し、権力の取得をめざす陣地戦に変わりました。暴力的な手段を用いれば正当性を失いかえって支持を得られなくなりますから、そのようなやり方は断じて拒否しなければなりません。
 陣地戦にとって情報の役割は極めて大きく、同意を調達して社会の中での影響力を拡大していくうえで決定的な意味をもつようになってきています。それを知っているからこそ、支配階級はマスメデイアに対する介入を強め、統制することによって情報を操作しようとするわけです。
 これに対して、私たちも知る権利を駆使しながら、正しい情報の取得と発信に努めなければなりません。インターネットやSNSなどのIT(情報技術)手段が運動の武器として有効であることはこの間の戦争法反対運動によって示されました。また、「保育園落ちた日本死ね」というネットでのつぶやきも政治を動かす大きな力になっています。

 現代市民革命の条件

 現代における市民革命は直接社会主義をめざすのではなく、民主主義の徹底を課題とする民主主義革命として実行されます。
 その条件は、第1に多くの国民が現状への不満と批判を高め、今の政治の継続を望まなくなることです。安倍内閣に対する支持率は高くても過半数には届かず、消費税再増税、アベノミクス、待機児童解消、安保関連法、米軍普天間飛行場移設など個々の政策課題について世論は政府を支持していません。原発再稼働についても同様で、朝日新聞の3月調査によれば、反対は59%(賛成28%)で過半数を越えています。選挙での得票でも、先の衆院選における有権者内での自民党の得票率は小選挙区で24.5%、比例代表では17%にすぎませんでした。
 第2に、安倍政権が統治能力を失い、これらの問題を解決できなくなって矛盾を深めていることも明らかです。その結果、戦争法については自民党の幹事長経験者や官僚・最高裁長官・法制局長官のOBなど支配階級の一部からも異議申し立ての声が上がってきました。甘利明経済再生相の辞任など、相次ぐ不祥事や失言などは一種の内部崩壊の現れであると言って良いでしょう。
 第3に、安保法制(戦争法)をめぐって矛盾や対立が激化した結果、人々の行動力が急速に高まり、「2015年安保闘争」とも言うべき高揚を示しました。これまで政治にかかわらなかった多くの青年・学生や学者、弁護士、タレント、若いママさん、一般の市民などが国会正門前などに詰めかけ、全国津々浦々での運動も広がりました。その階層的地域的な幅の広さはかつてないものです。

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5月2日(月) 今日における社会変革の担い手は誰か-なぜ多数者革命なのか(その1) [論攷]

〔以下の論攷は、『学習の友』5月号に掲載されたものです。3回に分けてアップさせていただきます。〕

 はじめに

 昨年、安全保障関連法案(戦争法案)に反対する運動が大きな盛り上がりを示しました。国会正門前だけでなく全国津々浦々で、老いも若きも、男性も女性も、学者も青年・学生も、「戦争法は憲法違反だ」との声を上げました。
 戦争法案に反対するという一点で、それまで実現することができなかった野党、諸団体・個人の共同が実現し、共産党によって戦争法廃止の連合政権という構想も打ち出されました。これを契機に夏の参議院選挙に向けて野党間の選挙共闘が拡大し、新たな政治変革に向けての動きも強まってきています。
 このような「2015年安保闘争」の高揚のなかで、「これは現代における市民革命ではないのか」という声が聞かれるようになりました。果たしてそうなのでしょうか。今日における社会変革の条件と課題、その可能性という視点から、これらの問題を考えてみることにしましょう。

1、市民と市民革命

 革命とは何か

 革命とは、本来、「天命が革(あらた)まること」(広辞苑)ですが、根源的で巨大な変化を指しています。産業革命やIT(情報技術)革命などという場合には、このような意味になります。それまでの産業や技術のあり方が、根本的に転換する大きな変化が生み出されるからです。
 これに対して、政治の世界では、それまで支配されていた階級(被支配階級)が支配している階級(支配階級)を倒して政治権力を握り、政治・経済・社会体制を根本的に変えることを意味しています。一言でいえば、支配階級から被支配階級への権力の移動です。これも、政治や社会のレベルにおいて根源的で巨大な変化を生み出すことになります。
 歴史的には、イギリスの清教徒(ピューリタン)革命と名誉革命、アメリカ独立戦争、フランス革命などが知られています。これらはいずれも、封建的な支配階級から新興産業ブルジョアジーや地主、農民、都市労働者などの被支配階級への権力の移動でした。中心になったのが都市に居住する市民でしたから、市民革命と呼ばれます。
 とりわけ良く知られている典型的な市民革命はフランスで起こった革命でした。それまでの封建的な旧制度(アンシャンレジーム)の打倒を目指してパリの市民が立ち上がり、バスチーユ牢獄を襲撃して革命の火ぶたを切ります。権力を握った市民は「人権宣言」を発し、封建的な身分制度や王制を廃止しました。

 革命の条件

 このような革命は、人々の願望や主観的な思いだけで引き起こされるわけではありません。それにはいくつかの客観的な条件が必要です。
 第1は、支配されている階級に属する人々が、それまでの支配を望まなくなることです。いつの世でも政治に対する不平や不満はありますが、それが支配階級全体に向けられることも被支配階級の大部分に及ぶことも多くはありません。しかし、巨大な不満が蓄積され、現状維持を望まない人々が多くなればなるほど、革命の条件は成熟することになります。
 第2は、支配している階級がもはやそれを維持することができないほどに矛盾が高まることです。支配階級が統治能力を失い、被支配階級の不満を解決することも支配の危機を回避することもできない場合、支配階級の一部からも変革を求める声が上がってきます。このような内部崩壊が進めば進むほど、革命の条件は増大することになります。
 第3に、このような被支配階級と支配階級との矛盾や対立が増大した結果、人々の行動力が急速に高まり、自覚的に現状を打破しようとする人々(変革主体)が登場することです。その結果、社会が流動化し、人々の行動力が高まり、政治の変革を求める人々が増えれば増えるほど革命に近づくことになります。

 変革主体としての現代的市民

 革命には、政治を変えて次の社会を担うことができるような新しい勢力が必要です。政治を変える主人公となる人々ですから変革主体と言います。かつては都市に居住する一部の市民でしたから市民革命と呼ばれました。今日では大衆化した市民、労働者階級を中核とする現代的市民が変革主体となります。
 そのためには、かつての市民が保持していた「財産と教養」の今日的な形態、すなわち一定の収入と時間、そして知識と情報が必要です。安定した収入がなければ自立した生活を営むことができず、社会に関心を向ける余裕も失われがちです。たとえ関心があっても、時間がなければ社会のために行動することができません。知識と情報がなければ主権者として判断することも決断することもできなくなります。
 生活できる賃金と労働時間の短縮、知る権利の確立と正しい情報の取得、情報のリテラシー(読み書き能力)は、変革主体としての現代的市民にとって不可欠の条件です。これなしには、政治の現状を正しく理解し、その変革を求めて発言することも行動することも困難になるからです。

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