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4月29日(金) 再びかみしめるべき「反共は戦争前夜の声」という言葉 [論攷]

〔以下の論攷は、『六町だより』第25号、2016年4月号、に掲載されたものです。〕

 「ナチスが最初共産主義者を攻撃したとき、私は声をあげなかった
 私は共産主義者ではなかったから
 社会民主主義者が牢獄に入れられたとき、私は声をあげなかった
 私は社会民主主義ではなかったから
 彼らが労働組合員たちを攻撃したとき、私は声をあげなかった
 私は労働組合員ではなかったから
 そして、彼らが私を攻撃したとき
 私のために声をあげる者は、誰一人残っていなかった。」

 これは、マルティン・ニーメラー牧師の有名な詩です。今また、これと似たような状況が生まれつつあります。再び「反共は戦争前夜の声」という言葉をかみしめなければなりません。
 安倍政権は閣議決定した答弁書によって、共産党が破壊(活動)防止法の適用対象だと回答しました。普通に活動して多くの支持を得ている天下の公党に対するこのような攻撃は古色蒼然たるもので荒唐無稽ですが、まさに「ナチスの手口」に学んだものでもあります。
 戦前の日本もドイツも、戦争準備の過程で頑強な反対勢力であった共産党を弾圧しました。やがてその弾圧は自由主義者やカトリックへと拡大していきます。同じように、安倍政権は共産党を狙い撃ちにして、戦争する国づくりをすすめようとしているわけです。

 悪質なデマまで使って攻撃するのは、野党共闘の強力な推進力となった共産党を排除できなくなったからです。その力を恐れているからこそ目の敵にしているわけで、共産党が手ごわい政敵になったと自民党が太鼓判を押したようなものです。
 これは安倍政権の弱さと焦りの現れでもあります。市民から大きな声を上げて糾弾しなければなりません。「最初共産主義者を攻撃したとき、私は声をあげなかった」という間違いを繰り返さないために。そして、後になって「私のために声をあげる者は、誰一人残っていなかった」という状況を生まないためにも……。


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4月27日(水) 筆坂秀世・兵本達吉両氏の無残な姿に心を痛める [政党]

 何という無残な、という気持ちに襲われました。このような姿を目にしたくなかったとも。
 新聞の下の方にあった雑誌の宣伝を目にしたときの気持ちです。暗澹たる思いで、胸がいっぱいになりました。

 その雑誌というのは『月刊Hanada』6月創刊号で、「花田紀凱責任編集」とあります。飛び出したのか追い出されたのか知りませんが、これまで『Will』という雑誌の編集者であった花田さんが編集部を離れたことは知っていました。
 その花田さんが新しく始めた雑誌がこれです。記事として、小川榮太郎「TBSの『重大犯罪』」、百田尚樹「『カエルの楽園』は『悪魔の書』ではない!」、櫻井よしこ・小野寺五典・板橋功「緊急座談会 テロとの闘い本番はこれからだ!」などが掲載されています。
 極右編集者として知られている花田さんらしいラインナップになっています。そして、この創刊号の「目玉」として「本当は恐ろしい日本共産党」という「総力大特集」が用意され、ここに藤岡信勝「微笑戦術に騙されるな」という論攷とともに、筆坂秀世・田村重信「日本共産党は解党せよ」、兵本達吉「日本共産党の『黒い履歴書』」という2本の記事が掲載されています。

 こう書いただけで、私がどうして無残なという気持ちに襲われ、暗澹たる思いを抱いたかがお分かりいただけるでしょう。「とうとう、こんなところにまで行ってしまったのか」と、情けなく思ったからです。
 花田紀凱、小川榮太郎、百田尚樹、櫻井よしこ、藤岡信勝という名前が並ぶことには、何の違和感もありません。皆さん安倍首相のお仲間で極右論壇のスターたちですから、極右雑誌の創刊をにぎにぎしく飾るにふさわしい方ばかりです。
 しかし、ここに筆坂さんや兵本さんが加わっていることには心が痛みます。この2人が共産党にかつて属していた経歴を持っており、安倍首相の仲間になるなどとは思っていなかったからです。

 筆坂・兵本の両氏がこれらの記事で何を書き、どのような主張を行っているのか、まだ雑誌を読んでいませんので分かりません。その内容については批判されている当事者である共産党からの反論があるかもしれませんが、私が問題にしたいのは別の点にあります。
 何が悲しくて、花田紀凱、小川榮太郎、百田尚樹、櫻井よしこ、藤岡信勝、西尾幹二などと一緒に名前を並べることになってしまったのか、ということです。これらの人々がどのような政治的スタンスを取り、どのような主張を行っているか、まさか知らなかったわけではないでしょう。
 これらの人々が安倍首相の応援団であり、アベ政治のブレーンたちであることは世間周知のことではありませんか。どれほど共産党に反感を持ち、批判的な主張を行おうとも、アベ政治とは一線を画すという程度の判断や矜持くらいは持ち合わせて欲しかったと思います。

 しかも、筆坂さんは常任幹部会委員・参議院議員として、兵本さんは橋本敦参院議員の公設秘書として活動した経歴があり、共産党の幹部だったり中枢にいたりした人です。今回のような形で共産党を全面否定するような記事を、このような雑誌に、これらの筆者とともに書くことは、自らの過去を全面的に否定することになると思わなかったのでしょうか。
 本人からすればそれも覚悟のうえということかもしれませんが、そこまで追い込まれてしまったことに心が痛みます。自由や民主主義のために闘った自らの青春時代や半生を、それとは正反対の極右の立場から全面的に否定することになるのですから。
 しかも今、「アベ政治を許さない」という安保法反対などの運動が澎湃と盛り上がり、参院選に向けてアベ政治打倒の野党共闘が実現し、その推進力として共産党が大きな力を発揮しているその時に、「本当は恐ろしい日本共産党」という「総力大特集」に「日本共産党は解党せよ」「日本共産党の『黒い履歴書』」という記事を書いているわけです。そうすることがどのような政治的効果を持つのか、誰を利するのか、この2人のことですから分からないはずはありません。

 その経歴からして、共産党攻撃に大きな利用価値があると見込まれての起用でしょう。さすがは花田さんです。編集者としてのカンは衰えていないようです。
 その花田さんに足元を見られ、アベ政治擁護のために利用されていることが分からないほどに、この2人の政治的感覚は鈍ってしまったようです。それとも、貧すれば鈍すということなのかもしれません。
 極右論壇の片隅で原稿料を糧にしながら生きながらえることを選択したということなのでしょうか。それほど政治的な感覚や判断力が鈍ってしまった、あるいは経済的に窮してしまった、ということなのでしょうか。

 共産党に対する批判は、それが事実と道理に基づくものであれば有意義であり、共産党にとってもプラスになるものです。しかし、全面否定するだけでは、戦前・戦後の政治史に対する無知と自らの変節を告白するだけになってしまいます。
 このような哀れを催すほどの無残な姿を目にしたくはありませんでした。とりわけ、政策委員長であった筆坂さんについては、その能力をかい期待していたこともあっただけに残念でなりません。


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4月25日(月) 北海道5区補欠選挙の結果は何を示しているか [選挙]

 もったいなかったですね。衆院北海道5区補欠選挙の結果です。
 もっと早く、もっと全面的な野党共闘が実現していたなら、勝利することができたのではないでしょうか。その威力と可能性を示すに十分な結果であったと思います。
 注目の選挙結果は次のようになっています。両者の差は1万2355票で、和田候補が当選しました。

和田義明  135,842  自新=[公][こ]
池田真紀  123,517  無新=[民][共][社][生]

 この選挙区では、小選挙になってから自民党は一度しか負けたことがなく、町村さんの議席を引き継ぐべく立候補した娘婿による「弔い選挙」です。当初は、ダブルスコアで自民有利と見られ、楽勝だと言われていました。
 それなのに、野党候補が横一線にまで追い上げ、接戦になりました。池田真紀候補による「巻き返し」の結果です。
 民進党の枝野幸男幹事長は「幅広い市民の皆さんに支援をいただき、接戦に持ち込めたことは次に向けて大きな一歩になった」と述べ、共産党の小池晃書記局長も「自公を追い詰めた。野党共闘の力が大きく発揮された」と語ったように、このような「巻き返し」が可能になったのは野党共闘の候補として足並みが揃ったからです。当選しなかったのは残念ですが、ここまで善戦・健闘できたのは野党の選挙共闘と市民選挙の力があったからであり、そのことを高く評価したいと思います。

 この結果について、新聞報道では「一定の効果」だと評価されています。しかし、効果は「一定」ではなく、絶大なものであったと言うべきでしょう。
 「夏の参院選に暗雲」とか「野党共闘の出足をくじいた」などと報じた新聞もありました。しかし、元々自民党が持っていた議席で勝って当然の選挙ですから、それを野党が奪取できなかったと言って、どうして「暗雲」が漂ったり、出足がくじかれたりするのでしょうか。
 「戦術練り直し」などという見出しもありました。しかし、ここまで追い上げることができた戦術を「練り直す」必要はないでしょう。もっと、効果的に全面的に駆使できるようにするという形での「練り直し」は必要でしょうけど。

 この選挙結果から分かることの第1は、自衛隊関係者のいない都市型選挙区であれば、野党候補者は勝利できるということが示されたことです。他の都市型選挙区でも野党共闘が実現すれば勝利できるということになります。
 北海道5区は札幌市厚別区、江別市、北広島市、石狩市、千歳市、恵庭市の都市部と二つの町村によって構成されています。このうち、千歳・恵庭の二つの市と町村以外では池田候補の得票が上回りました。しかし、和田候補が千歳市で1万1152票、恵庭市で6385票、合計1万7537票多く得票し、町村でも1767票多かったために、池田候補を振り切ることができました。
 つまり、自衛隊関係者の多い千歳と恵庭の両市での得票がこれほど上回らなければ、池田候補が当選していたことになります。端的に言えば、和田さんは自衛隊と農村の票に助けられて当選したわけです。

 第2は、野党共闘の選挙によって民進党の支持者も共産党の支持者も逃げ出すことはなかったということです。これは出口調査によって、はっきりと示されました。
 共同通信の調査では、自民支持層の87・2%、公明支持層の89.0%が和田候補に、民進支持層の95.5%、共産支持層の97.9%が池田候補に投票したそうです。一番歩留まりが悪かったのが自民支持層で、良かったのは共産支持層でした。
 つまり、自党の候補者から逃げ出した割合が最も多かったのは自民党支持者で、共産党と共闘したら逃げ出すと言われていた民進党の支持者はほとんどそうしませんでした。しかも、無党派層では73.0%が池田候補に投票したように、無党派層に浸透するうえで野党共闘の威力は極めて大きかったということが実証されました。

 第3は、このような野党共闘が新たな段階に達したということです。選挙戦最終盤の23日に、民進党の前原誠司元外相や細野豪志元環境相らが共産党の小池晃副委員長や穀田恵二国対委員長、生活の山本太郎代表らと札幌市で街頭演説を行うという「事件」がありました。
 民進党の「保守派」も野党共闘に踏み切った象徴的な姿であり、これは今後の衆院での共闘の可能性をも生み出す大きな出来事でした。しかし、残念ながら野党4党トップそろい踏みの演説は最後まで実現しませんでした。
 このような政治的「事件」がもっと早く起きていれば、トップの揃い踏みのような形でさらに大きな「事件」を起こしていれば、選挙情勢は変わっていたかもしれません。選挙共闘が「一定の効果」にとどまったとすれば、このような限界があったからです。今後、「練り直し」が必要であるとすれば、このような限界を突破し、さらに全面的な共闘へと発展させていくという点でしょう。

 現在、参院選に向けて32ある1人区での野党候補の一本化は18に達し、20を超えるのは確実になっています。民進党の枝野幹事長は「候補を一本化する戦略に自信を持った」とし、共産党の小池書記局長も「参院選に向けた足がかりはしっかり築けた」と強調しています。
 この言葉を誠実に実行していくことが必要です。32の1人区の全てで共闘を実現し、それを衆院の小選挙区にまで波及させることが今後の課題です。
 同日選になれば、一挙に政権交代まで実現できる可能性が生まれます。たとえ同日選にならなくても、次の衆院選での政権交代を展望できるようになるでしょう。

 今回落選した池田真紀さんはガッカリしているでしょうが、遠からずリターン・マッチの機会が訪れるにちがいありません。力を落とさず、体を休めて選挙戦の疲れを癒し、次の機会に備えていただきたいと思います。

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4月22日(金) 北海道5区補選に勝利して「市民革命」から「選挙革命」への扉を開こう [選挙]

 北海道5区補選が注目を集めています。その帰趨は、これからの日本の進路を大きく左右するものとなるでしょう。
 昨年の戦争法反対運動で高揚した「市民革命」のうねりを、夏の参院選での勝利へとつなげる重要な結節点となるからです。この補選で野党共闘候補の勝利を勝ち取ることで、新たな「選挙革命」への扉を開こうではありませんか。

 「革命」とは根源的で巨大な変化を意味しています。それには、3つの条件があります。
 第1に被支配階級の決起であり、第2に支配階級の自己崩壊であり、第3に人民の行動力の増大と新たな変革主体の登場です。このような条件は昨年の戦争法反対運動から今年に入ってからの「潮目の変化」などを通じて生まれてきました。
 第1に戦争法など個別政策に対する異議申し立てとデモの復権であり、第2に自民党の劣悪な地金の露出と政策的破たん、アベノミクスによる経済的失敗であり、第3に国会の内と外での行動力の増大、野党5党による合意の成立とそれを生み出した市民連合などの登場です。これらの形で革命の条件が満たされたからこそ、現代の「市民革命」と言われるわけです。

 このような「市民革命」は、国会の構成を変え、新しい政府の樹立に結びつくことによって大きな政治的変動を生み出すことができます。その最大のチャンスは夏の参院選であり、それはこれまでに経験したことのない構造で実施される初めての選挙になります。
 いわば選挙のパラダイム転換が生じ、参院選は与野党が東西両軍に分かれて対決する「天下分け目の合戦」になります。「5党合意」は東軍の足並みが揃った「小山会議」で参院選は「関ケ原の闘い」、衆院選は「大阪冬の陣・夏の陣」というところでしょうか。
 衆参同日選挙になれば、「関ケ原の闘い」と「大阪冬の陣・夏の陣」が同時に展開されることになり、いっぺんに決着がつくことになります。やれるもんならやってみろ、と言いたいところですが、熊本地震対策に全力を尽くさなければならないこのような時に解散・総選挙などはやるべきではありません。

 これまでとの大きな違いは、このような決戦における共産党の位置の変化です。野党共闘からさえ排除され、「独自のたたかい」を強いられてきた共産党は、中心的な推進力へと変わりました。
 このために安倍政権は危機感を高め、攻撃を集中してきています。共産党を主敵にした特別の宣伝ビラを作ったり、破壊活動防止法の調査対象であるという答弁書を閣議決定したりしたのは、その端的な現れにほかなりません。
 野党共闘の「列車」を止めるためには、機関車としての役割を果たしている共産党に打撃を与えるこれば良いと考えているからです。破防法まで持ち出しての攻撃は、旧態依然、時代錯誤、荒唐無稽で根拠薄弱な4拍子揃った言いがかりにすぎませんが、このような「反共攻撃」の激化はアベ政治にとって共産党こそ最も手ごわい「敵」であるという太鼓判を押しているようなものです。

 しかも、この間の「潮目の変化」によって、野党共闘と市民連合の運動は守勢から攻勢へと転じました。「市民革命」は選挙へと連動し、「選挙革命」による衆参両院での与野党逆転・政権交代の可能性が生まれてきているからです。
 参院選での野党共闘は青森、宮城、山形、栃木、新潟、福井、山梨、長野、鳥取・島根、山口、徳島・高知、長崎、熊本、宮崎、沖縄の15選挙区で一本化合意がなり、岩手、秋田、福島、富山、三重、滋賀、和歌山、岡山、佐賀、大分の10選挙区で協議中だとされています(毎日新聞調査)。今後の協議次第では、32の1人区の全てで何らかの選挙協力がなされる可能性が生まれています。
 衆院選についても、『朝日新聞』は「59区逆転」、『週刊現代』は「65議席減」と報じ、自民党が秘密裡に実施した独自調査でも「現有290議席から40議席減」という結果が出たとされています。このような逆転が生ずるのは、2大政党制による保守中道体制維持の手段から野党共闘による政治革新のための武器へと小選挙区制の機能が転換するからです。現に、このような現象は共産党が148選挙区で立候補を取りやめて政権交代の「事実上のアシスト」を行った2009年総選挙において生じていました。

 このような野党共闘の動きに対して、前田直人世論調査部長は「民共の距離感 どう縮める?」『朝日新聞』4月17日付)という記事で、「でも、共闘はまだ道半ば、選挙戦術だけでなく、経済や社会保障など政策の一致点を広げる作業もいるだろう。参院選で共闘しているのは周知の事実なのだから、民進党も妙によそよそしくしていないで、早く衆院選対応を話し合った方がいいのでは?『自民一強』打破を本気で狙うなら、なおさらである」と書いています。
 「『自民一強』打破」のみならず、政権交代の可能性すら生まれているのです。それを「本気で狙うなら」、「民進党も妙によそよそしくしていないで、早く衆院選対応を話し合」うべきではないでしょうか。

 4月13日に韓国の総選挙が行われ、朴槿恵大統領を支える与党セヌリ党の議席が過半数を割って第2党に転落するという大惨敗を喫しました。内閣支持率では安定していると見られていた朴政権ですが、若者の決起を背景として事前の予想を覆した与党の大惨敗となったわけです。
 韓国で起きたことは、同じような選挙制度である日本でも起きる可能性があります。しかも、その前の台湾でも左派の民進党が総選挙と総統選挙で勝利し、それに続く韓国での野党の勝利という流れになっています。
 東アジアでは「左派の逆襲」が生まれています。そしてその左傾化の波は、ヒタヒタと日本にも打ち寄せてきているのではないでしょうか。

 このようななかで実施される衆院北海道5区での補選です。その政治的意義はかつてなく大きく、この国の未来を左右する可能性がある重要なものとなっています。
 北海道5区補選での野党共闘候補の勝利によって、「市民革命」から「選挙革命」への扉を開こうではないかと、再度、訴えたいと思います。あと2日間、北海道の皆さんの奮闘を期待しています。

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4月20日(水) 安倍政権による熊本地震を利用した「ショック・ドクトリン」を許してはならない [災害]

 「ショック・ドクトリン」というのは、「大惨事につけ込んで実施される過激な市場原理主義改革」という意味で、カナダのジャーナリストであるナオミ・クラインが著した本のタイトルです。新自由主義の経済学者ミルトン・フリードマンの「真の変革は、危機状況によってのみ可能となる」という主張に対する批判となっています。
 熊本地震に対する安倍政権の対応を見ていて、この言葉を思いだしました。地震という大惨事につけ込んで、自らの思惑や政治目的に利用しようとしているからです。フリードマンと同様に、安倍首相も「真の変革は、危機状況によってのみ可能となる」と考えているのかもしれません。

 このような政治利用の一つが、前回のブログでも指摘した菅官房長官による緊急事態条項の必要性への言及です。「これは大変だ。何とかしなければ」という国民の気持ちや心配につけ入る形で、緊急事態条項の必要性を受け入れさせようとする狙いだったのではないでしょうか。
 しかし、本当に必要なのは、既存の法律の効果的な運用と政治・行政関係者の的確な行動、方針の提起です。この点で安倍政権は全くの落第であり、失態や失敗を繰り返しています。
 たとえば、東日本大震災のとき菅政権は地震発生の翌日に激甚災害の指定を閣議決定していますが今回は未だになされておらず、当初予定されていた安倍首相や石井啓一国交相の現地視察は中止となり、現地に入った災害担当の松本文明副内閣相は「全避難者の屋内避難」の方針を伝えて蒲島郁夫熊本県知事から「現場の気持ちが分かっていない」と批判されました。自衛隊の派遣についても、知事側は最初から大量派遣を求めていたにもかかわらず政府は2000人しか派遣せず、マグニチュード7.3の大地震が起きてから増派を決定したように後手後手に回っています。

 もう一つの政治利用の例は米軍輸送機MV-22オスプレイの投入です。墜落死亡事故を起こして安全性が不安視されており、ハワイでの事故では開発したボーイング社や政府に損害賠償を求める裁判まで起こされている米軍のオスプレイを丸1日かけてフィリピンからわざわざ呼び寄せました。
 オスプレイは熊本県益城町の陸上自衛隊高遊原分屯地から水や食料、毛布など約20トンの物資を積み込んで南阿蘇村の白水運動公園に空輸しました。しかし、そんな必要性がどこにあったのでしょうか。
 自衛隊にもオスプレイと積載量が同等で容積が多いCH-47Jという輸送ヘリが70機もあるのですから、これを使えばよいではありませんか。離発着するのに広い場所が必要で空中でホバリングして物資をワイヤーで下すこともできない米軍のオスプレイをたった20kmの空輸のために投入したのは、安全性への疑念を和らげて日米同盟の有効性や自衛隊へのオスプレイ導入の必要性を示そうとしたためだったと思われます。

 これについて、中谷元・防衛相は18日の参院決算委員会での日本共産党の二比聰平議員の質問に対し、「米側から協力の申し出があった」と答弁していました。しかし、米海兵隊は16日付の報道発表で「日本政府の要請」に基づくものだったことを明らかにしました。
 中谷さんは、国会での答弁で嘘をついていたことになります。国民に嘘までついて、米軍のオスプレイ投入を求めていたことになります。
 まさに、日米同盟強化とオスプレイ活用という思惑による危機状況への便乗にほかなりません。安倍政権による「ショック・ドクトリン」の発動であり、「惨事便乗型資本主義」ならぬ「惨事便乗型軍国主義」そのものではありませんか。

 さらに川内原発の稼働継続も、「ショック・ドクトリン」の一種ではないでしょうか。かくも大きな地震さえ乗り切れるのだという実例を示すことによって、日本の原発技術の優秀さと安全性を実証しようとしているように見えるからです。
 しかし、それは大きな危険を伴った賭けにほかなりません。19日には熊本県八代市で震度5強、マグニチュード5.5の地震が発生するなど震源は南西方向へと移動し、川内原発からは80キロまで接近しています。
 大きな事故が起きてからでは遅すぎるというのが東日本大震災と福島第1原発事故の教訓ではありませんか。停止しても電気の供給には支障がないのですから、危険性があれば止めて様子を見るというのが当然の対応ではありませんか。

 熊本地震による死者は47人になりました。引き続く「余震」や困難な生活によって避難している人々の不安は高まっています。このようなときには、何よりも不安を和らげ、安心してもらうことが必要です。
 しかし、政府はオスプレイを投入することによって新たな不安を生み出しています。また、東日本大震災のときと同様に、いつ原発事故が起きるか分からないという不安を与えています。
 「現場の気持ちが分かっていない」という蒲島県知事による批判は、安倍政権のあらゆる地震対応に対するものだと言うべきでしょう。安倍政権は自らの政治的な思惑や都合を優先しているために、被災者の気持ちに寄り添った発想や対応が欠落してしまうのです。

 地震のどさくさに紛れ、危機状況や人々の不安を利用して自らの政治目的を達成しようなどという「ショック・ドクトリン」はきっぱりと捨てるべきです。雑念や思惑を捨てて、被災者の救助・救援、安全と安心の回復のために全力を尽くしてもらいたいと思います。
 前回のブログに書いた最後の言葉を、もう一度、安倍首相に言いたいと思います。
 人の不幸をダシにして特定の政治目的を正当化したり達成したりしようとするなどというのは、人間として許されることではありません。被災者のことだけを考え、その救助・救援に全力をあげてもらいたいものです。

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4月17日(日) 「熊本大震災」に対する救助・救援と川内原発の即時稼動停止を [災害]

 気象庁は4月14日午後9時26分に熊本県で発生した最大震度7の地震を「平成28年(2016年)熊本地震」と命名しました。しかし、これは「前震」にすぎず、16日未明の1時25分にマグニチュード7.3の大きな地震が起きました。
 実はこれが「本震」で、阪神・淡路大震災に匹敵する規模だといいます。被害はさらに広がり広範囲に及んでいますので、一連の地震をまとめて「熊本大震災」と言うべきではないでしょうか。

 地震はその後も続き、震源は東北の大分県や南西方向にも広がりつつあります。交通・通信は途絶し、電気や水道などのライフラインも分断され、降雨などの悪条件も重なっています。
地震そのものは避けられませんが、被災の規模は縮小することができます。そのために被災者の捜索や救出活動を急ぎ、行政には救助や救援に万全の対応を求めたいと思います。
 私は子供のころ新潟地震を経験し、義理の甥が熊本大学で研究していて今回の地震に遭遇しました。幸い連絡が取れて無事が確認されホッとしていますが、東海大学の学生にも犠牲者が出たということで心を痛めています。

 今回の「熊本大震災」も、本当の危機は自然災害にあるということを教えてくれました。自衛隊が「自衛」するべきは、軍事ではなく災害なのです。
 北朝鮮が中距離弾道ミサイルの発射に失敗したと伝えられたその時、日本は大きな地震に見舞われ何十人もの死者を出しました。真の危機は、空の上からではなく地下からやって来たのです。
 このような地震、台風、大雨、洪水などの自然災害による死傷者は毎年のように出ています。このような災害にこそ自衛隊は対処すべきなのであり、「防衛省」は「防災省」にその名前と役割を変更するべきではないでしょうか。

 国の地震調査委員会によれば、14日の震度7の「前震」は日奈久(ひなぐ)断層帯で起きたとされています。その南西方向には現在唯一稼動している九州電力川内原発があります。
 また、16日未明の「本震」は布田川(ふたがわ)断層帯で起きており、さらにその北東方向には四国電力伊方原発が存在しています。そのすぐ近くには、「地震の巣」とも言うべき中央構造線が走っています、
 今回の地震で鉄道や道路などは大きな被害を受け、原発での事故が起きても避難することができません。これらの原発周辺で新たな地震が発生する危険は否定できず、もし原発で事故が起きたら大変な事態になります。

 「熊本大震災」は、地震などによって生ずる原発事故後の避難計画が「絵に描いた餅」にすぎないということを明らかにしました。交通手段の被害と混乱によって周辺住民の避難はほぼ不可能です。
 そうならないように、川内原発の稼働を即時中止するべきでしょう。現在準備が進められている伊方原発の再稼動などとんでもありません。
 そもそも、地下に活断層が張り巡らされたような日本列島に、これほど多くの原子力発電所が存在していることが間違いなのです。稼動していなくても電気の供給に問題がなかったのですから、周辺住民の不安を取り除くためにも、一日も早く原発ゼロを実現することが必要です。

 被災者らの不安をよそに、ネットなどではヘイトスピーチのような悪質なデマが飛び交っているそうです。また、菅官房長官は15日の記者会見で「今回のような大規模災害が発生したような緊急時に、国民の安全を守るために国家や国民がどのような役割を果たすべきかを、憲法にどう位置づけるかは極めて重く大切な課題だ」と述て、緊急事態条項の必要性に言及しています。
 いずれも、地震のどさくさに紛れての許されない言動だと言うべきでしょう。正しい情報の発信と入手こそが必要なのであり、政治的な思惑を離れて災害対策に全力を傾注することこそ官房長官としてのあるべき姿です。
 人の不幸をダシにして特定の政治目的を正当化したり達成したりしようとするなどというのは、人間として許されることではありません。被災者のことだけを考え、その救助・救援に全力をあげてもらいたいものです。

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4月15日(金) 与党惨敗という韓国で起こった「選挙革命」は日本でも起こすことができる [国際]

 昨夜、熊本県益城町で震度7、マグニチュード6.5という大きな地震が起きました。 震度7の激震は、阪神・淡路、中越沖地震、東日本大震災に続く4回目で、九州では初めてになります。
 今のところ、死者9人、負傷者は900人以上と伝えられていますが、被害はさらに増える見込みです。亡くなられたり負傷されたりした方、被災された方々にお見舞い申し上げます。

 他方、お隣の韓国は政治的な激震に見舞われたようです。13日に実施された総選挙で、与党である「セヌリ党」が衝撃的な惨敗を喫し、第一党の座を「共に民主党」に明け渡すことになりました。
 韓国の有権者は「1票の力」を限りなく発揮して、「選挙革命」を実現したと言って良いでしょう。国会は一院制でその定数は300議席ですが、「共に民主党」が123、「セヌリ党」122、「国民の党」38、正義党6、無所属11、無所属を除いた野党3党の獲得議席は167となり、16年ぶりに与野党が逆転して「与小野大国会」となったからです。
 その内訳は、小選挙区253のうち「共に民主党」が110、「セヌリ党」が105、「国民の党」が25、正義党が2、無所属が11議席となっています。また、比例代表では、「セヌリ党」が17議席、「共に民主党」と「国民の党」がそれぞれ13議席、正義党が4議席を獲得しました。

 この結果を伝える新聞には、「強権に反発」「若者らの怒り」「傲慢への国民的審判」などという見出しが並んでいました。毎日新聞は「比較的安定した支持を保っているように見えたが、独善的とも言われる政権運営に国民の拒否感が募っていたようだ」と書き、「政治はただ、国民だけを見て、国民だけを恐れなければならないという事実を忘れていたために起きたことだ」という与党代表の総括を伝えています。
 まるで、安倍政権のことを指しているような記事ばかりではありませんか。韓国での総選挙の結果は、これからの日本で起きることの予兆であり、日本でも同じような結果を引き出さなければなりません。
 韓国の例は、たとえ比較的安定した支持を得ているように見えても、政治的な大変動を引き起こすことができるということ、地域的な支持基盤や構造を大きく変えて与野党逆転を実現することは十分可能だということを示しています。しかも、小選挙区制の下で野党が分裂したにもかかわらず、そうなったということの意味は極めて大きいと言わなければなりません。

 このような結果が生じた要因の第1は、パククネ政権による経済政策の失敗と強権的な政治運営にあります。これは安倍政権によるアベノミクスの破綻と独裁的な政治スタイルという点で共通しています。
 第2に、若者の不満が高まり、若い世代が投票所に出向いて野党に投票したためです。昨年の安保法制に対する反対運動や将来に対する展望の無さを背景にした若者の不満の増大という点で、これも日本と共通していますが、その若者が投票所に足を運んで野党に投票するかどうかは、これからの問題です。
 第3に、このような政治的な変化が小選挙区制という制度によって増幅され、与党の「セヌリ党」は野党の「共に民主党」に第一党の座を明け渡すことになりました。これも参院選での1人区や衆院選での小選挙区という制度では共通していますが、野党が分裂しているのではなく共闘が進みつつあるという点で異なっています。

 参院選では1人区が32ありますが、その全てで野党共闘が実現すれば、韓国で現に生じたような政治的激震を生み出すことは十分に可能です。与野党の議席差は28しかありませんから、これをひっくりかえすには野党が与党から15議席を奪いさえすればよいのですから。
 衆院選でも小選挙区での勝敗がカギになります。今日の朝日新聞には、衆院選の前回票を合算すれば、59議席が逆転するとの試算が報じられています。
 その結果、野党は107議席、与党は172議席となって、「比例区の議席を加味しても、衆院での再可決が可能で、憲法改正の国会発議に必要な3分の2議席を確保するのは難しくなりそうだ」と朝日新聞は書いています。そうなれば、安倍首相は政治責任を問われて退陣せざるを得なくなるでしょう。
 しかし、参院選はともかく衆院選では、民進党と共産党を軸に選挙共闘が実現できる具体的なメドはたっていません。ここでもカギを握っているのは民進党であり、アベ政治をストップできるチャンスを生かすかどうか、その本気度が試されているということになるでしょう。

 若者などこれまで投票に行かなかった人が投票所に足を運び、これまで与党に入れていた人が野党に投票すれば、その1票は大きな力を発揮して政治を劇的に変え「選挙革命」を実現できるという実例を韓国の総選挙は示しました。それを次の参院選(衆参同日選挙?)で、この日本でも示そうではありませんか。
 そして、「比較的安定した支持を保っているように見えたが、独善的とも言われる政権運営に国民の拒否感が募っていたようだ」と、新聞に書かせましょう。与党の責任者が「政治はただ、国民だけを見て、国民だけを恐れなければならないという事実を忘れていたために起きたことだ」と総括せざるを得ないような選挙結果を、ぜひこの日本でももたらしたいものです。



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4月12日(火) 安倍政権の打倒こそ日本の安全と世界の平和を確保できる唯一の道だ [内閣]

 今の内閣は「戦争マニア」と「軍事オタク」によって率いられています。「戦争マニア」は安倍首相で、「軍事オタク」としてよく知られているのは石破茂地方創生担当相です。
 石破さんは次期総理候補の一人と目されている自民党の有力者です。この「軍事オタク」と「戦争マニア」である安倍首相の2人が政府中枢を占めているわけですから、日本の景色がカーキ色に染まり、空気がきな臭くなってくるのは当然でしょう。

 安倍首相は、安保法を戦争法と言われることを嫌っています。しかし、日本が攻撃された時だけとされていた条件を取り外して、攻撃されていない時にも戦争に加担できるようにしたのが安保法の内容でした。
 「専守防衛」の国是を破って海外でも戦争できるようにした法整備ですから、「戦争法」ではありませんか。そう言われたくなければ、「専守防衛」を厳守して海外では戦争できないような法体系を守ればよかったのです。
 しかも、このような海外での戦争に加担できるようにするための法整備を、憲法を変えずに解釈を変えることによって、強い懸念と反対を押し切り強権的な国会運営と多数による強行を通じて実行してしまったという、もう一つの問題があります。ここから、平和主義のみならず、立憲主義と民主主義の破壊という複合的な問題を生じさせてしまいました。

 こうして、アメリカの要請に応えて自衛隊員も血を流すリスクを引き受けるようになり、日米同盟は「血の同盟」として強化されました。安倍首相にとっては満足のいく結果でしょうが、国際的には日本がアメリカの走狗となったことを示し、国内的にはアメリカのために日本の若者の命を差し出すことを約束したことになります。
 これは、最悪のタイミングでの最悪の選択であったと言わなければなりません。IS(イスラム国)がアメリカを中心とした有志連合の国々に対する敵意を高め、北朝鮮もアメリカに対する対抗心をむき出しにして軍拡を強めているまさにその時に、アメリカを助けてアメリカと共に闘うことを世界に向かって宣言したようなものですから。
 その結果、日本の安全が高まり、世界の平和に貢献できるようになったのでしょうか。昨年の9月に戦争法が成立しましたがその翌10月、バングラディシュで1人の日本人が現地のIS支部を名乗る組織によって殺害され、北朝鮮は核実験やミサイルの発射を繰り返し、ICBM(大陸間弾道弾) の再突入技術や噴射実験を続けています。

 事実の経過は、戦争法の成立によって日本人の安全は低下し、周辺の安全保障環境はさらに悪化したことを示しています。戦争法による「抑止効果」などは、見る影もありません。
 そもそも、北朝鮮のような国や金正恩のような指導者に対して、「抑止効果」など期待できるわけがないのです。自らの軍事的冒険が引き起こす結果に対する想像力や理性が欠如している国や人物は、その結果を考慮して行動を抑制するようなことをしませんから。
 恐れるだけの理性を持たず危険を認知する能力を持たない相手に対して、いくら脅しても効果はありません。米韓合同軍事演習とそれへの対抗措置が示しているように、お互いに挑発と牽制を繰り返すことによって緊張関係を高め、やがては偶発的な軍事衝突を生み出す危険性を増大させるだけです。
 安全性を高めるためにとられる「抑止」手段が、結局は軍事的対抗のエスカレーションを引き起こして安全性を低めることになってしまうというのが「安全保障のジレンマ」と言われるものです。日米韓と北朝鮮との間で生じている軍事的対抗手段の応酬と緊張激化は、まさに「安全保障のジレンマ」に陥ってしまった典型的な姿にほかなりません。

 そこから、どうやって抜け出したら良いのでしょうか。これまでのやり方が逆効果だということがはっきりしたのですから、それを止めて違った方針を取れば良いのです。
 戦争法などによる戦争準備や軍事同盟の強化、軍事力の拡大などのハードパワーによってではなく、対話と交渉などのソフトパワーによる緊張緩和の方向に転ずるべきでしょう。そのためにまずなすべき最初の一歩が、掛け違えたボタンをはずすこと、つまり戦争法の廃止です。
 北朝鮮との関係で言えば、6カ国協議の再開をめざしてアメリカが無条件で北朝鮮との対話のテーブルに付く意思を明らかにしなければなりません。いつまでも意地を張り合っていれば永久に解決の糸口はつかめず、その間に北朝鮮の暴発など不測の事態が生ずるかもしれないからです。

 北朝鮮が軍事的に暴発しても、「勝利」することはあり得ません。世界の中での「援軍」は皆無で完全に孤立していますから、国家的に破滅するしかないでしょう。
 もし、そうなったら極東は大混乱に陥り、難民が押し寄せたりして日本も巻き込まれるだけでなく、多大な人命が失われます。このようなシナリオを現実のものにしてはならず、そうさせないためにどうするかという視点から解決の道を探るべきです。
 結局、唯一の解決は対話と交渉によって北朝鮮を国際社会にソフトランディングさせるという道だけです。そのために周辺諸国は力を合わせることが必要であり、日本としての最初の一歩はこのような外交路線を取ることのできるような政府を樹立すること、その最大の障害となっている安倍首相を退陣させることです。

 日本の安全と世界の平和のためには、「戦争マニア」と「軍事オタク」によるアベ政治を許さない新たな政権を樹立しなければなりません。安倍政権の打倒こそが、ISや北朝鮮からの脅威を免れ、日本と日本人の安全を確保することができる唯一にして最善の道なのです。

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4月10日(日) 衆院北海道5区の補欠選挙で池田まきさんを勝利させよう [選挙]

 注目の選挙が近づいてきました。衆院北海道5区の補欠選挙です。
 この選挙では野党統一候補の池田まきさんの勝利を訴えたいと思います。この選挙での勝利は当該の選挙区だけではなく全国的な意義を持っているからです。

 衆院北海道5区の補欠選挙は、自民党の町村信孝前衆院議長が死去したために実施されるものです。しかも、自民党公認で出馬する和田義明さんは町村さんの娘婿ですから、親族による「弔い合戦」ということになります。
 自民党候補にとっては、負けるはずのない選挙戦でした。当初の支持率は、ダブルスコアで自民党候補が有利だとされていました。
 しかし、野党共闘が実現し、市民団体が積極的に関わる形での選挙戦となるにしたがって、情勢が変化してきました。今ではほぼ互角か、『日刊ゲンダイ』では池田候補の方が5ポイント上回ったと報じられています。

 池田まきさんの「まき返し」が実現したというわけです。どうして、それが可能になったのでしょうか。
 その要因の一つは、アベ政治そのものに生じつつある「潮目の変化」であり、それは経済と政治の両面で生まれています。一言でいえば、アベノミクスの破綻と自民党政治家の不祥事や失言(本音)です。
 このような「潮目の変化」は、北海道5区の選挙においても生じたようです。自民党の大西英夫衆院議員による「巫女さんのくせになんだ」という蔑視発言が批判を招き、自民党の応援に入ったにもかかわらず、結果的に野党を応援することになってしまいました。

 この選挙の意義は参院選の前哨戦そのものになっているということです。戦争法廃止を目指す野党共闘によって自民党候補との一対一の対決が実現し、「関ケ原の合戦」のミニチュア版になりました。
 また、これまで政党や選挙に距離を置いていた市民組織が積極的に関わり、前面に出て選挙戦に取り組んでいます。このような選挙の構図や戦い方は、これまでの日本の政治にはないものでした。
 それがどれだけ効果を発揮するかが、今回の選挙で試されるわけです。それが成功すれば夏の参院選に向けての大きな成果となり、一挙に野党共闘と市民選挙の波が高まることでしょう。

 そうなれば、安倍首相は守勢に立たざるを得なくなります。今年の始めには、参院選で改憲を掲げ、消費再増税の延期を餌にして衆参同日選に打って出て、その勝利を背景に自民党の党則を変えて長期政権を実現するという野望を抱いていたようですが、その夢は木っ端みじんに打ち砕かれることになるでしょう。
 前哨戦で野党が勝利できれば、夏の参院選でも与野党逆転を実現できる可能性が増します。改憲発議に必要な3分の2議席を阻止するだけでなく過半数を下回らせることができれば、安倍首相に対する政治責任が問われるでしょう。
 アベ政治をストップさせることは、それほど難しいことではありません。参院選で責任を問われるほどの敗北を与えれば良いのです。

 前回の2014年衆院選で旧民主・共産両候補の得票の合計は町村さんに約5000票差まで迫っていました。共産党が候補を擁立しなかった2019年衆院選では、町村さんが約3万票差で旧民主党候補に敗れています。
 今回の選挙で野党統一候補が勝つ可能性は十分あります。その結果次第では、衆参同日選挙の目論みを吹き飛ばして安倍首相の退陣に道を開くかもしれず、これからの日本の進路を大きく左右することになるでしょう。
 ぜひ、「北の国から」の朗報を受け取りたいものです。12日が告示で24日が投票日ですから、その「運命の日」まであと2週間になります。

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4月8日(金) 八王子を駆けまわった疾風怒濤の日々―市長選挙を闘って [論攷]

〔以下の論攷は、『革新懇話会』2016年3月25日付、に掲載されたものです。〕

 まさに「びっくりポン」の出来事でした。八王子市長選挙への立候補要請です。
 それを受諾し、市長選挙を闘った結果、5万1811票を獲得しました。当選には至りませんでしたが、大きな成果であったと思います。
 選挙期間中、八王子市内外からたくさんの方のご支持・ご協力をいただきました。この紙面をお借りして、全ての方にお礼申し上げます。ありがとうございました。

 立候補の要請をいただいたのは12月4日のことです。その場で決断しました。もう時間がなかったからです。出馬の記者会見は18日、最初の街頭演説が23日で、27日に事務所開きをした翌日の28日が仕事納めでした。ほとんど選挙活動らしいことができないまま年を越すことになりました。
 正月三が日が過ぎてから、選挙カーを動かしての本格的な選挙運動が始まりました。それから嵐のような日々が続き、告示の翌日である18日には本物の嵐がやってきて大雪となり、厳しい寒さのなか1月24日に投票日を迎えました。こうしてみると、実質3週間ほどの闘いだったということになります。これほどの短期間に5万票を上回る得票があったことの方が奇跡的だったかもしれません。

 誠に残念な結果であり、力不足をお詫びしなければなりません。その敗因は、はっきりしています。
 第1に、基礎票に大きな差がありました。昨年4月の市議会議員選挙で比較すれば、現職の石森候補を応援した自民、公明、民主に保守系無所属を加えた市議の票数は約13万票で、私を支援してくれた共産、社民、生活者ネット、維新、無所属候補の市議の票数は4万9000票でした。基礎票において2倍以上の開きがあったことになります。
 これを今回の結果と比べれば、石森陣営は約4万票減らし、私は約3000票増やしています。もともと大きな差があるところから出発していたため、向こうが大きく減らしてこちらが増やしたものの、追い付き追い越すまでには至らなかったというわけです。
 第2に、選挙戦の構図も有利なものではありませんでした。市長選挙についての広報はほとんどなくマスコミの取り上げ方も不十分で市民の関心は高まらず、黒須前市長とは違って現市長の評判は可もなし不可もなしというもので政策的対決点を明確にすることが難しかったという事情もありました。
 現職対新人という対決構図になりましたが、私は一般の市民にとってはほとんど無名でした。『日刊ゲンダイ』に時々コメントを出していましたから都心に通うサラリーマンなどには多少知られていたかもしれませんが、家庭の主婦や高齢者にはほとんど知られていなかったでしょう。八王子の市民運動にも関わってこなかったため、この方面でもあまり知られていなかったにちがいありません。
 第3に、これらの不利な条件を克服するには、あまりにも時間が足りなかったということです。石森さんは現職ですから4年間名前を売ってきたのに、私は出馬要請受諾から記者会見まで2週間もかかり、その記者会見から選挙の告示まで1ヵ月しかなく、しかも年末年始の休みを挟んでいました。
実質3週間の運動で当選できるほど、選挙は甘くありません。「どうせ出馬要請するなら、もっと早くしてほしかった」というのが率直な気持ちです。しかし、様々な事情があったのでしょうし、今だからそう言えるという面もあります。とはいえ、期間が短すぎたために十分浸透できず、投票率が極めて低かったのが主たる敗因であったと思います。

 このような不利な条件があったなかでの5万1811票です。出馬要請から2ヵ月弱、本格的な選挙運動としては実質3週間での得票でしたから、私の口からは言いにくいことですが、善戦であり、大きな成果を残すものでした。どうして、それが可能だったのでしょうか。
 第1に、八王子に育っていた「共同の力」がいかんなく発揮されたということです。「ノー・ウオー八王子アクション」を進めてきた枠組みからは民主党が抜けましたが、前から知り合いであった有田芳生参院議員が個人的に応援してくれました。維新の党では初鹿明博衆院議員、真山勇一参院議員の支援をいただきました。
 共産党では小池晃副委員長と池内さおり衆院議員、社民党では福島みずほ副党首、生活者ネットでは山内れいこ都議、それに小林節さんや宇都宮健児さんも応援に駆けつけて下さいました。また、吉田忠智社民党党首、生活の党と山本太郎と仲間たちの山本太郎参院議員からは応援メッセージ、維新の党の小野次郎参院議員からも檄をいただきました。選挙事務所には亀井静香元衆院議員の秘書が激励に訪れるということもありました。このような幅の広がりが今回の選挙の大きな成果だったと言えるでしょう。
 第2に、今回の市長選挙が独特の位置と意義をもっていたということです。昨年9月に安保法制(戦争法)が成立し、その廃止をめぐって今年の夏には参院選が実施されます。今回の市長選挙はその前哨戦として位置づけられ、同時に実施される沖縄の宜野湾市長選挙や岩国市長選挙とともに全国的な注目を集めました。
 また、八王子は安倍首相の側近である萩生田光一官房副長官の地元で石森さんはその仲間ですから、落選させれば大きな打撃を与えることができます。残念ながら萩生田さんや安倍さんに一泡吹かせることはできず、夏の参院選に向けて戦争法反対の大波を起こすこともできませんでしたが、そのような可能性をもった選挙でした。
 第3に、選挙戦の取り組みも雰囲気としてはすごい盛り上がりで、斬新で活気に満ちたものであったと思います。選挙活動をささえたスタッフには若い人や女性が多く、最後の街頭演説ではデッキカーに並んだ10人ぐらいの人のうち、男性は私と宇都宮さんだけでした。このような力が八王子で育っていたのだと再認識した次第です。
 また、選挙戦でのウェッブやSNSの活用という点でも新たな典型を生み出したのではないでしょうか。ホームページや動画の作成、公開などでは新たな境地を開き、閲覧した人の評価も高く、政策の内容とともに大きな財産になったと思います。

 「義を見てせざるは勇なきなり」という言葉を胸に刻んで出馬を決意してから、アッという間の2ヵ月間でした。候補者としての選挙活動は驚天動地の世界でしたが、政治研究者としては一種の「参与観察」であり、良い勉強になりました。
 八王子の町を舞台にした「祝祭」をめざして、全力で駆け抜けた疾風怒濤の毎日でした。たくさんの人との新たな出会いや感動に心動かされる日々でもありました。お世話になったすべての方に、重ねて「ありがとうございました」と言わせていただきたいと思います。

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