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3月29日(火) 安保関連法(戦争法)は施行されても廃止をめざさなければならない [戦争立法]

 今日、安保関連法(戦争法)が施行されました。それでもなお、廃止をめざさなければなりません。
 この法律によって、日本と国民が戦争とテロに巻き込まれる危険性が増大しているからです。それが施行され、実際に使える法律として機能し始めれば、その危険性はさらに大きなものとなるでしょう。

 今日施行されるのは、国際平和支援法という新法と、これまでの法律を改定した武力攻撃事態法、自衛隊法、重要影響事態法、国連平和維持活動(PKO)協力法、船舶検査活動法、国家安全保障会議(NSC)設置法、米軍行動関連措置法、特定公共施設利用法、海上輸送規制法、捕虜取り扱い法です。このうち、周辺事態法を改定した重要影響事態法以外の10の法律は「平和安全法制整備法」として一括して改定されました。
 これらの法律によって、憲法が禁じる武力行使に当たるとしてこれまで認めていなかった集団的自衛権の行使が可能になるほか、他国軍への後方支援や国際協力活動での自衛隊の任務が拡大します。施行後は、日本と密接に関係する他国への攻撃によって日本の存立が脅かされる「存立危機事態」では集団的自衛権として必要最小限度の武力を行使できるようになります。
 また、米軍など他国軍への後方支援には地理的制約がなくなり、弾薬の提供や発進準備中の戦闘機への給油など支援内容が広がります。平時でも、共同訓練など「日本の防衛に資する活動」に従事する他国軍を自衛隊が防護でき、国連平和維持活動(PKO)では、離れた場所にいる他国軍部隊などを救出する「駆け付け警護」が新たな任務に加わります。

 防衛省は施行を前に「安全保障法制整備検討委員会」を開き、中谷元防衛相は「戦争を未然に防ぎ、国民の命と平和な暮らしを守るために必要不可欠な法律だ。引き続き慎重を期して準備作業、教育訓練を進めてほしい」と指示しています。「戦争を未然に防ぐ」ということは、これらの法律が施行されれば戦争が起きなくなるということを意味しています。
 これが「抑止力」というものです。安倍首相も、これらの法律によって「抑止力」が高まり、日本周辺の安全保障環境が改善するとし、だから「平和安全法制」略して平安法と呼んでほしいと言っていました。
 しかし、今までだって、自衛隊は他国で「殺し、殺される」ことはありませんでした。逆に、この法律が制定されたことによって戦争やテロに巻き込まれる危険性が低下するどころか、初めて「殺し、殺される」危険性が生じているのではないでしょうか。

 法律は昨年9月19日に成立しました。その翌月、バングラディシュで農業支援の活動を行っていた66歳の日本人男性が殺害され、現地のIS(イスラム国)支部が犯行声明を出しました。
 安保関連法成立後に生じた最初の日本人犠牲者だと言えるでしょう。昨年のはじめに2人の日本人が殺され「安倍よ、お前の悪夢を始めよう」とISが宣言して国際テロの脅威が増しているその時に、アメリカと一緒に闘うための法整備を行い有志連合の一員としてさらに大きな役割を果たすことを国際社会に明らかにした結果が、このような形で現れたことになります。
 他方、北朝鮮は今年に入ってから「水爆実験」やロケットの発射、ミサイルの試射などを行っており、韓国との間での戦争の危機が高まっています。安保関連法が整備されたことによって日米間の同盟関係が強化されたと安倍首相は胸を張っていますが、その結果、朝鮮半島での戦争に日本が巻き込まれる危険性も一段と強まっていると言わなければなりません。

 国際テロの脅威は、中東地域のみならずフランスベルギーなどヨーロッパにも拡大を見せています。日本周辺での偶発的な軍事衝突の危機も強まっています。
 そのような時に、安保法制を整備してアメリカとともに国際紛争に関与し、日本の若者の血を流すような法整備を行ったわけです。その結果、軍拡競争はさらに激しさを増し、日本周辺の安全保障環境は極度に悪化し続け、軍拡競争はエスカレートしつつあります。
 最悪のタイミングで、最悪の選択を行ったと言わなければなりません。だからこそ、安保関連法の整備によって自衛隊の活動が拡大され、アメリカとともに海外で戦争できるようになったから安心だという国民はほとんどいず、逆に不安感が高まっているからこそ、施行されても具体的な任務の拡大は参院選後まで延期されることになったのです。

 政府も防衛省も、この法律に対する国民の理解が進んでいないことを良く知っています。しかし、昨秋の臨時国会の開催要求を拒み、野党が提出した廃止法案の審議を行おうとせず、たな晒しにしてきました。
 法律への理解を促進するための絶好の機会であるにもかかわらず、このような逃げの姿勢を取り続けているのは、いくら説明しても理解されないと思っているからです。逆に、説明すればするほど、戦争やテロに巻き込まれるのではないかとの不安を高めてしまうことが分かっているからです。
 これらの法整備は、日本が攻撃されていなくても、一定の条件があれば自衛隊が海外に出かけていって米軍を守ったり戦闘の手伝いをしたりできるようにするためのものです。自衛隊のリスクが高まり、日本が戦争に巻き込まれる危険性が増すのは当たり前です。今までできなかった制約を取り払い、自ら進んで戦争を手伝いに出かけて行くのですから。

 テロは武力によってなくすことはできず、「テロとの戦い」によってかえって国際テロを増大させてきたというのが、2001年の同時多発テロ以降の教訓です。アメリカが始めたイラク戦争やアフガン戦争はいずれも不正義の戦争であって間違ったものでした。それによって平和も安全ももたらされませんでした。
 これらの教訓や経験が明らかになっているにもかかわらず、日本はアメリカの後追いをしようとしています。間違った解決方法を正すのではなく、それを手伝おうとしているのです。
 日本の安全のためにも、世界の平和にとっても、全くの逆行でしかありません。武力ではなく話し合いで、ハードパワーによってではなくソフトパワーを通じてしか真の平和は実現できないということを、憲法9条を持っている日本こそ国際社会に示さなければならないその時に、これを空洞化し、9条を投げ捨てようとしているわけです。

 何と愚かなことでしょうか。今、ここで踏みとどまり、進行方向を切り替えなければなりません。
 それは国際社会において日本が果たせる独特の役割であり、日本の安全と世界の平和に大きく寄与することになります。そのためにも戦争法を廃止しなければなりません。
 安倍政権を倒して、戦争法の廃止を可能とするような政府を実現する必要があります。そのための政治決戦こそが夏の参院選(衆参同日選挙?)であり、その結果いかんは日本のみならず国際テロと戦争の脅威に悩む世界の前途を左右することになるでしょう。


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3月24日(木) 経済の失速と野党の結束で安倍首相が追い詰められた「オセロ政局」 [政局]

 オセロゲームは、間に挟まったコマの色が挟んだコマ石の色に一挙に変わってしまうゲームです。白と白に挟まれた黒は、いっぺんに白へと変わります。
 今日の政局も、安倍首相の「一強多弱」状況から一挙に逆転する可能性が出てきました。その要因となるのは、経済の失速と野党の結束です。

 第1に、安倍政権の常軌を逸した異様な反共攻撃が目立つようになりました。自民党が露骨な反共ビラを作成したのに続いて、政府は日本共産党について「警察庁としては現在も『暴力革命の方針』に変更はないものと認識している」とする答弁書を閣議決定し、「現在も破壊活動防止法に基づく調査対象団体だ」と述べました。
 これは相当焦っていますね。そう言うのであれば、確たる証拠や根拠を示すべきでしょう。「共産党=暴力革命=怖い」というイメージを振りまいて共産党に打撃を与え、野党共闘を分断しようという狙いが見え見えです。
 このような「反共攻撃」は時代遅れの古い体質と発想を未だに保持していることを天下に告白しているようなものだということが分かっているのでしょうか。「反共は戦争前夜の声」と言いますが、それこそ安保法制の成立によって日本が「戦争前夜 」になっていることを自ら証明しているようなものではありませんか。 

 第2に、消費税再増税の再延期論の台頭です。世界経済について有識者と意見交換する「国際金融経済分析会合」で、ノーベル賞受賞の経済学者などが消費税の10%増税延期論をぶち、これを聞き入れる形で安倍首相が増税の再延期を決断するのではないかとの観測が流れています。
 一昨年の秋から冬にかけて消費増税を延期して総選挙で大勝したのと似たような経過ですから、「二匹目のドジョウ」を狙っているのかもしれません。再延期は庶民にとっては助かることですが、消費税を引き上げることができないほどに景気が悪いということ、アベノミクスに代表される経済政策が失敗していることを自ら認めたことになります。
 それに、3党合意で約束した社会保障のための財源はどうするのでしょうか。経済政策の破綻と社会保障サービスの低下はアベノミクスの失敗を明示するものですから、安倍首相は責任を取って辞任すべきでしょう。

 第3に、衆参同日選挙の可能性の強まりです。消費税の増税を再び延期して衆参両院で同時に選挙すれば、野党の足並みを乱して有権者の支持をかすめ取ることができると考えているようです。
 もちろん、安倍首相は両院で勝利するつもりでしょうが、逆に両院でともに敗北するリスクもあります。そうなれば、いっぺんに政権が交代してしまいます。
 同日選挙になった場合、野党の足並みが乱れるどころか、参院選での1人区だけでなく衆院小選挙区での協力が一挙に進む可能性もあります。同日選には公明党が反対していますから、逆に与党間の足並みが乱れる心配の方が大きいかもしれません。

 第4に、小選挙区制の恐ろしさという問題があります。小選挙区制こそ、オセロゲームのように一挙に勢力関係を逆転させてしまう危険な制度だからです。
 自公の与党勢力に対して野党がバラバラで対抗するような構図の場合、自公勢力が圧倒的に有利になります。しかし、今回の参院選1人区のように1対1の与野党対決となった場合、このような不利な条件は解消されます。
 衆参両院の選挙戦全体の構図が、戦争法の支持か廃止か、アベ政治を許すのか許さないのかという明確な争点で闘われれば対決点は分かりやすくなり、野党が勝てる展望が出てくれば投票に行く人も増えるかもしれず、共闘による相乗効果も期待できます。まさに、日本の前途を左右する「関ケ原の合戦」としての様相が強まり、有権者の関心が高まって支持なし層や無関心層も野党に投票し、選挙区での勝敗が一挙に逆転する可能性が出てきます。

 このように、これまで安倍政権を支えてきた要因が逆に作用し始めています。それを勘違いして、長期政権の夢に心を奪われた安倍首相は大きな賭けに出るかもしれません。
 確かに、オセロゲームの盤面はいま黒く塗りつぶされつつありますが、しかし、四角は白に取られてしまいそうです。それに気づかず勝負に出れば、一挙に逆転されて黒がすべて白に変わってしまう可能性があります。
 角を取ることができたのは野党共闘のお陰です。とはいえ、勝負はまだ続いていますので、さらに1人区で選挙協力を実現し全ての角を取って逆転できるかどうかはこれからの取り組みにかかっています。

 少なくとも角を取れる可能性が生まれ、勝てるかもしれないという希望が見えてきたのは画期的なことでした。参院の1人区や衆院の小選挙区で共産党を含む選挙共闘ができるなどと、去年までは誰も予想していなかったのですから。
 統一戦線に向けての芽が生まれたことになります。それだけ日本の政治状況が危うくなっているわけですが、その危機感を高めて結集せざるを得ないところに野党を追い込んだのは安倍首相でした。
 “春秋の筆法”をもってすれば、統一戦線の種がまかれて芽が出てきたのは安倍首相のお陰です。「オセロ政局」の結果、黒が白へと大逆転して政権が交代すれば、それこそ安倍さんは歴史に名を残すことができるでしょう。

 野党を結集へと追い込んで本格的な政権交代の原因を作った張本人として、安倍首相の名を歴史にとどめさせようではありませんか。もちろん、それは「敗軍の将」としてであり、安倍さんのためではなく私たちのためではありますが……。

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3月23日(水) オバマ米大統領のキューバ訪問が示した平和実現と安全確保への道 [国際]

 こうすれば、いいんじゃありませんか。もっと早く、そうすれば良かったんですよ。
 アメリカのオバマ大統領のキューバ訪問です。一触即発の危機にまで激化した対立でさえ、このような形で解決できるということ、これこそが平和実現と安全確保への道なのだということを示す好例になりました。

 オバマ米大統領は20日午後、現職の米大統領として88年ぶりにキューバの首都ハバナに到着し、ラウル・カストロ国家評議会議長との会談などを行いました。昨年7月に54年ぶりに国交回復した両国の新たな関係を切り開く「歴史的な訪問」です。
 現職米大統領のキューバ訪問は1928年にハバナでの国際会議に参加したクーリッジ元大統領以来のことになります。両国はキューバ革命後の1961年に国交を断絶し、翌62年には米国とソ連が核戦争の瀬戸際に立つ「キューバ危機」が勃発しました。
 しかし、オバマ大統領は歴史に名を残すことを欲して融和路線を採るようになり、国交を回復しました。人権問題など両国間にはまだ懸案事項が残されており、両国関係の改善も紆余曲折を辿るかもしれませんが、もはや両国が武力に訴えたり、戦争に突入したりすることはないでしょう。

 「キューバ危機」の時代を生きてきた私としては、大きな感慨を覚えます。あの時、子ども心にも地球滅亡の恐怖を実感として味わった記憶があるからです。
 そのようなアメリカとキューバが国交を回復してトップリーダーが笑顔で握手を交わす日が来るとは、あの時には想像もできませんでした。しかし、それから55年後の今、それは現実のものとなったのです。
 変わったのはアメリカの方です。力で抑えつけ封じ込めようとしてきた外交政策を転換したために、このような新たな展開を生み出すことができました。

 力の政策から対話の路線への転換こそが、平和を実現し安全を確保するための最善の道であるということが、今回もまた実証されたことになります。イランの核問題の解決やシリア内戦に関する和平協議なども、基本的にはこのような方向での解決の模索にほかなりません。
 ところが、北朝鮮問題では、全く逆の方向がめざされています。6カ国協議のような対話ではなく米韓軍事協力という力の政策によって、北朝鮮を屈服させようとしているからです。
 米韓合同軍事演習とそれを牽制する北朝鮮のミサイル発射の応酬によって、偶発的な衝突や先制攻撃の危険性が高まっています。集団的自衛権の行使容認による「抑止」効果どころか、かえってこのような対立の構図に日本も巻き込まれるリスクが高まりました。

 もちろん、北朝鮮のミサイル発射は断じて許されるものではなく、厳しく批判されなければなりません。しかし、それは米韓合同軍事演習に対する対抗措置としてなされていると考えられます。
 ミサイル発射を挑発というのであれば、それを挑発したのは「要人暗殺」の訓練や北への上陸演習を行っているアメリカと韓国です。相手の挑発を止めさせたいのであれば、こちらが挑発することも止めるべきでしょう。
 圧力をかければ反発し、牽制すれば威嚇するというのが、この間の経過でした。それによって平和は遠のき、安全は脅かされているのが実態です。

 イランやキューバとの関係を改善したと同様の政策転換が必要なのではないでしょうか。力による恫喝ではなく対話を可能とするような交渉へと北朝鮮をいざなうことによってしか解決の道は開けず、真の解決は新たな憎悪や紛争の種、混乱をまき散らすものであってはなりません。
 基本的には6カ国協議という枠組みの再開ですが、北朝鮮が同意しないのであれば5カ国協議でもやむを得ません。そのためには、北が望んでいる直接交渉をアメリカが受け入れることが必要です。
 その際には、いかなる条件も付けるべきではありません。無条件で、まず両国が対話のテーブルに付くことが最優先されなければならないでしょう。

 55年前には核戦争の瀬戸際まで悪化したアメリカとキューバとの危機でした。その両国は、今、私たちが目撃しているような形で関係を改善し、平和を実現しようとしています。
 同じようなことがいずれ朝鮮半島でも起きないと、いったい誰が断言できるでしょうか。いや、そのような形でしか、問題は解決できません。
 そのような未来を実現するために、今、何をするべきなのか。そのような未来からの発想に基づいて、現在の対応を選択することが求められているのではないでしょうか。

 今回のキューバとの国交回復は、任期が少なくなったオバマ大統領が歴史に名を遺す大きな業績を上げたいという個人的な願望に基づくものだと観測されています。もしそうであれば、米朝間の対立の激化ではなく対話の道を開くことこそ、歴史的業績の最たるものとなることでしょう。
 イラン、キューバに続いて北朝鮮との関係を改善し、国際社会への復帰を実現していただきたいものです。たとえそれがオバマ大統領の個人的な野心や願望の結果であったとしても、人類の歴史や極東の平和、日本の安全にとって、このうえない貢献となることは間違いないのですから……。

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3月22日(火) 小学校にはいないのに、なぜ保育園に「待機児童」が存在するのか [社会]

 「保育園落ちた日本死ね!!!」という書き込みが大きな反響を呼びました。その言葉はまさに心からの叫びだったために痛烈で、そうであるがゆえに多くの人の共感を得たのでしょう。
 私も共稼ぎで子どもを保育園にあずけ、その送り迎えで苦労しました。子育ての苦労と保育行政の遅れに対する強い憤りは良く分かります。

 俳優の津川雅彦さんが「そこまで言って委員会」で、この問題について「(日本死ね!のブログを)書いた人間が××(死ね)ばいい」と暴言を吐き、出演者は爆笑したそうです。これはネットで問題になり、「キチガイじみた発言をする津川雅彦・それを爆笑する狂った出演者・そしてそれを垂れ流す読売テレビ」などと、フェイスブックでも批判を招いています。
 保育園に入れず、仕事を続けられない苦労が、これらの人には分からないのでしょうか。これはイデオロギーの問題ではなく人間性の問題です。
 困った人に寄り添うだけの感性を持たない人々がここにいます。そのような人が社会の公的な問題に対して発言する資格があるのでしょうか。

 保育園に入れない潜在的な待機児童が4万9000人もいると報じられています。共稼ぎの場合、保育園にあずけられなければ、仕事を休むか辞めなければなりません。
 その対象は母親であるというのが、暗黙の裡に前提されています。しかし、子育ては母親だけの問題ではなく父親も当事者です。
 したがって、子どもが保育園に入れなくて困るのは母親だけではありません。子育てをめぐる困難はママさんだけでなく、パパさんの問題でもあるということを忘れたくないものです。

 保育園には待機児童がいますが、小学生に待機児童はいません。満6歳になったすべての子供は、1人の例外もなく全員が小学校に入れます。
 小学校には待機児童がいないのです。それなのに、どうして保育園にはいるのでしょうか。
 小学校は義務教育ですが、保育園は「義務保育」ではないからです。しかし、小学校と同等の位置づけで希望者全員が入れるようにするという姿勢で取り組めば、待機しなければならない子供をなくすことができるはずです。

 保育園が足りないという言い訳は通用しません。小学校は足りなければ充足するまで作るではありませんか。
 保育士さんが足りないという言い訳も通用しません。先生が足りないから学校に来るのを待ってくれと小学生に言いますか。
 保育園が足りなければ作ればよいではありませんか。保育士さんが足りなければ、増やすための方策をとればよいではありませんか。

 これらの措置を、これまでの歴代政権と自治体はサボタージュしてきました。だから、保育園は足りず、保育士も充足していないのです。
 「予算の壁」は言い訳にはなりません。必要な予算は手当すれば良いだけのことです。
 必要でもないオスプレイを17機も購入するために約30億ドル(3600億円)を支出しても、必要な保育園の建設や保育士の処遇改善のための3000億円は支出しないという予算のあり方が問題なのです。この政治の意思こそが最大の「壁」にほかなりません。

 私が大学院で学んでいたころ、私自身もそうでしたが、先輩や仲間の大学院生は保育園に子供を預けられずに苦労しました。皆さん、院生として研究しており、定職についていなかったからです。
 窮した先輩の中には赤ちゃんを背負って区役所の窓口に行き、「何とかしてくれ」と言って座り込んだ方もいました。それから約40年たちますが、事態はほとんど改善されていなかったのです。
 何ということでしょうか。政治と行政は何をやっていたのでしょうか。

 子供を育てにくい社会では、子どもが生まれ育つはずがありません。少子化は、この日本社会が大きな歪みを持ち、子どもを産み育てることも子供が健やかに育っていくことも難しい社会であることを示しています。
 そして、それに怒って異議を申し立てれば、袋叩きにして笑いものにするのです。こんな世の中に一体誰がしてしまったのでしょうか。
 子供の数が減り続けているのは、このような世の中にしてしまった為政者に対する暗黙のレジスタンスであり、社会的なストライキなのです。この問題を、これまでの為政者で政権党たる自民党が解決できないということは、その代弁者である津川雅彦さんの言葉がはっきりと証明しています。

 子供を産み育てることの難しい社会は、いずれ消滅せざるを得ません。「日本を守る」とは、本来、持続可能な社会にするということではありませんか。
 「保育園落ちた日本死ね!!!」という言葉は、保育園にも入れないような社会は持続可能性を失い、いずれ「死」を迎えざるを得ないと告発していたのです。この言葉を袋叩きにして笑いものにしている限り、このような「死」を免れることはできないでしょう。


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3月21日(月) 桜の花が咲き始める時期に偲び追悼する悲しい日々が続いた [日常]

 東京の桜が開花したそうです。いよいよ春本番の季節を迎えることになります。
 このような時期ですが、私にとっては故人を偲び追悼する悲しい日々が続きました。

 すでにこのブログでも書きましたが、3月14日早朝、法政大学大学院の先輩だった丸谷肇元鹿児島国際大学教授が亡くなりました。17日に通夜が行われ、翌18日の午前中に告別式がありました。
 通夜では、大学院時代の先輩や仲間の皆さんにお会いしました。全労連の小田川議長も来られていましたが、丸谷さんは国公労連時代の上司だったと仰っていました。
 荼毘に付されたのは市川斎場でしたが、ここに来るのは2度目です。私の母の実家は市川真間で、祖母の葬儀の時に来ていたからです。

 丸谷さんが亡くなる前の3月12日、王子駅前の「北とぴあ さくらホール」で「三上満さんのバトンを受け継ぐつどい」が行われました。会場いっぱいの700人ほどの方が集まられたようです。
 三上さんとは数回お会いした程度でしたが、いつもニコニコとされておられました。その生涯と活動の軌跡をたどる数々の証言を通じて、「愛とロマン」に満ちた生きざまを学ばせていただきました。
 「バトンを受け継ぐ」とは、このような生き方に学び、その思いをわがものとして引き継ぐことではないでしょうか。私なりのやり方で、その事業を受け継ぎ力を尽くしたいと思っています。

 そして昨日、御茶ノ水の全労連会館で開かれた「犬丸義一さんを偲ぶ会」にも出席しました。私も呼びかけ人に名を連ねさせていただきましたが、それは法政大学大原社会問題研究所の研究プロジェクトでお世話になったからです。
 私が犬丸先生と初めてお会いしたのは今からおよそ40年前の、法政大学大学院に在籍していたころになります。資料をお借りするために上石神井のお宅に伺った際、牛丼を作ってご馳走していただいたことを覚えています。
 大原社研で戦争直後の『赤旗・アカハタ』復刻の計画があり、これが頓挫した後、戦後社会運動史研究会を立ち上げて参加していただくようになってから、親しいお付き合いが始まりました。研究会の成果は私が編集した『「戦後革新勢力」の源流』(大月書店、2007年)、『「戦後革新勢力」の奔流』(大月書店、2011年)という2冊の叢書にまとまりましたが、犬丸先生も「戦後日本共産党の公然化・合法化」(前者所収)と「日本共産党第6回大会の歴史的意義」(後者所収)という原稿を執筆されています。

 偲ぶ会では、畑田重夫先生が献杯の音頭を取られました。畑田先生は「三上満さんのバトンを受け継ぐつどい」でもあいさつをされました。
 93歳になられると言いますが、今も講演などをやられています。お住まいの清水からお1人で来られ、三上さんのつどいでも犬丸先生の偲ぶ会でも原稿なしで思い出を語られたので驚いてしまいました。
 矍鑠たるものです。さすが、健康法についての本を書かれるだけのことはありますが、それにしてもお元気で羨ましく思いました。

 畑田重夫先生と私は28歳違いで、親子ほども年が離れています。その先生とは、1988年に学習の友社から畑田重夫編『現代の政治理論』という本を出させていただきましたが、執筆者は畑田先生と私だけです。
 本の内容について相談している過程で、先生に出版社を紹介していただいて単著を出すことができました。それは、私にとっては初めての単著となる『戦後保守政治の転換―「86年体制」とは何か』(ゆぴてる社、1987年)です。
 これらの本を書くことによって、私は労働運動史研究とともに日本政治についての研究を本格化することになりました。その意味では、畑田先生は私の研究領域を拡大して世に出して下さった大恩人です。

 思えば、多くの方に教えられ助けられてきた半生でした。その恩人や先輩も、だんだんとこの世を去られるようになってきています。
 淋しい限りですが、それも人の世の常と申せましょう。私ができることは、今は亡き人々の教えや思いをいつまでも忘れることなく、引き継いでいくことだけです。
 先だった人々に笑われることのないような人生を生き抜いていきたいと思っています。それが、これまで受けてきたご恩に応える道であり、バトンを託された者としての義務だと思いますから……。

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3月15日(火) 先輩で友人であった丸谷肇さんのご冥福をお祈りいたします [日常]

 丸谷肇元鹿児島国際大学教授が、昨日の朝、亡くなりました。私にとっては法政大学大学院の先輩に当たり、親しい友人でもありました。
 鹿児島には単身赴任されておられ、昨年の春に定年を迎えて実家のある市川に戻ってから、1年もたたないうちのご逝去です。本人も無念であったでしょうし、奥様はじめご家族の悲しみはいかばかりでしょうか。

 丸谷さんと初めてお会いしたのは、大学院に入学した直後のことです。私は中林賢二郎先生のゼミに入り、丸谷さんは田沼肇先生のゼミに属しておられました。
 どちらのゼミも社会政策や労働問題を扱っており、中林先生と田沼先生は友人で両ゼミに属する院生も授業や研究会で顔を合わせる機会が多くありました。そのうえ、丸谷さんは温厚で親しみやすく、後輩の私たちの面倒をよく見てくれる親切な先輩でしたから、いつの間にか丸さんと呼んで友達づきあいをするようになりました。
 お互い大学院に入ってから麻雀を覚えたために夢中になってしまい、授業の後などに近くの雀荘で一緒に卓を囲んだものです。中林ゼミの同級生だった手島さんと一緒に結婚したばかりの新居にお邪魔し、奥さんを交えた4人で3日間続けて麻雀をしたこともありました。

 丸さんは大学院を出てから国公労連の書記になって労働運動の現場に飛び込みます。その後、鹿児島経済大学(現・鹿児島国際大学)の教員となって研究者の道に入られました。
 同時に、私学の教員として労働運動にも関り、私大教連の委員長にも就任されました。このような研究と実践を統一する姿勢は丸さんから学んだものです。
 鹿児島に行かれてから車の免許を取り、「温泉友の会」を作って各地の温泉めぐりを楽しんでいると仰っていました。鹿児島大学で社会政策学会があった時には、大学院時代の友人たちと一緒に、指宿や枕崎などを案内していただきました。

 丸さんは車を運転するのが好きで、高速道路に入るとすさまじいスピードで吹っ飛ばしたものです。鹿児島に行くたびに桜島や霧島などに案内していただき、カミさんと一緒に奄美大島や高千穂などにも連れて行ってもらいました。
 また、2年前には、鹿児島9条の会の代表として私を講演に呼んでくださいました。なんとその時、空港に迎えに現れた丸さんの頭には毛がなく、つるつるになっていて驚いたものです。
 抗がん剤の影響でした。この時、初めて丸さんがガンの治療をしていたことを知らされました。
 その後、一たんは快癒したものの再発してしまい、とうとう悲しい最期を迎えることになりました。丸さん、お世話になりました。ありがとうございました。

 丸さんの通夜は17日(木)の夜、告別式は18日(金)の朝に行われます。いずれも、会場は市川駅裏の昭和セレモニーシティホール市川です。
 謹んで、丸谷肇先輩のご冥福をお祈りいたします。安らかに、お眠りください。

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3月13日(日) 国民連合政府を考える 戦争法廃止への道すじ(その4) [論攷]

〔以下の論攷は、2016年1月30日に横浜波止場会館で行った「国の行政と職場に憲法を生かす会(通称:国公かながわ革新懇)」での講演記録です。4回に分けてアップさせていただきます。〕

質問・意見 
 労働組合の役員をやっている住谷と申します。3点についてお願いします。一つは、自民党はどうなっているのかという事をお聞きしたい。第一次安倍内閣時、残業代ゼロ法案の時に、その後「反省」とかいうことが言われた。ある大学の研究者が書いたものを見まして、労働者の声を聴かなかったのを安倍は反省したんだと、もう一点は、賃上げを言わなかったことを非常に反省していると言っていたんですが、その反省のもとに、いま一生懸命に賃上げと言っているんじゃないかと思うんですが。
 経済政対策もたいしてやらなかったんだというのが安倍の反省点だと言っていますが、彼らの反省点は次に生かすという事なのか、という事。
 二つは、自民党の展望という事を言われましたが、自民党の展望はどうなっていくんだろうか。確認もなくドンドン安倍の思い通りにやっているというように思います。過去の重鎮などが、今になって色々声を上げていますが、よく聞くのは小選挙区で党の公認が必要なので黙っているのだと、何も言えないんだと言っているんですが,そんな次元ではないのではないかと思います。自民党自体が変貌しているというし、議員というのは何をするのか分からなくなっているんではないか。
 ある一年生議員が、一年生議員の役割というのは、頭を下げることとお酌をすることだ、というようなことを言っているくらいに、自民党というのは政治目的として、議員をこういうように育てていく、という事が何もなくなっているのではないかと思うんです。
 三つは、連合政府を作る中で,「ミナセン」と言ったり、神奈川では、みんなで神奈川と言って「ミナカナ」を座間宮さんという人が声を上げてやっているんですが、一市民の候補を立てようみたいな言い方をしています。こういう動きをどう見たらいいのか。

五十嵐 
 第一次安倍内閣について、途中で挫折したわけですから反省はあったと思います。しかし、その結果として、労働者の声を聞くということにはなっていません。経済財政諮問会議にも労働者の代表は入っていないし、産業競争力会議にも入っていない。去年は、政労使の会議を作りましたが、今春闘に向けては「労」が抜けてしまっています。政府と経営者団体の協議になっている。
 おっしゃられたように、2007年1月に残業代ゼロ法案の提出は断念されましたが、あれは労働者の意見を聞かなかったことへの反省というよりは、夏の参院選に向けての配慮であったと言われています。もし、第一次安倍内閣での反省ということで言えば、その第一は健康管理でしょう。また、最近トイレに行く回数が増えていると話題になっています。
 もう一つの反省はマスコミ対策です。朝日新聞も屈服させてしまい、AA戦争(安倍・朝日新聞戦争)は終わった。他のところも、特にテレビを次々に味方につけていった。最近も、読売新聞主筆の渡恒に呼ばれて、そこに安倍さんが行っている。そこで、日経新聞、産経新聞、田崎とかいう評論家など安倍さんの応援団が読売新聞社の中で会食しているんです。こういう形で、第一次内閣のときよりマスコミへの懐柔と統制が強まりました。
 賃金については、上げなければどうしようもないという意識はあるでしょうね。日銀のマイナス金利もできるだけ設備投資しやすく、賃上げにお金を回せるような形にしたいということですから。春闘に対しても、そういう働きかけをやっています。しかし、労働者の声を聞いて、ということではありません。
 それから、自民党が変わってきたというのは、やはり小選挙区制の意味が大きいと思います。単に数の問題だけでなく、質を変えてしまった。小選挙区制という選挙制度や政党助成金制度によって自民党は壊れつつある、と言ってもいいのではないでしょうか。
 日本の政党全体についてもそういう面があると言えます。野党にも悪影響を及ぼしている。特に大きな政党、自民党などの場合、小選挙区で候補者に決まってしまったら終わりなんです。だいたい勝てるということで候補者として鍛えられないし、努力する必要もない。過半数以上の支持を得なければならないから、いい人だけでなく、悪い人とも付き合わなければならないというわけです。そういう形で、議員の質を低下させ、党としても中央集権的な構造になっていきます。
 誰を候補者にするかは上の方で決めるわけですから、どうしても中枢には逆らえないということで多元性を失っていく。一極支配、中央集権的に統制しやすい構造になります。その中心が右翼だ、極右だということになると、そういう候補者が選ばれる。あるいは選ばれた候補者がすり寄っていくことになる。
 こうして政治的な右傾化が進み候補者の質も劣化する、政治家としても鍛えられない。厳しい選挙運動をしなくともいいようになってしまう。だから、小選挙区制は得票率以上に議席を増やすという問題だけでなく、質の面でも政党のあり方を大きく変えてしまった。あるいは壊してしまった罪深い制度だと思います。
 座間宮さんですね。ある種の勝手連ですね。ですから、勝手にやっていればいいわけですが、それが政党間の関係や選挙活動そのものを壊したり、妨害したりしないようなものでなければなりません。マイナスの影響がなくてプラスの影響を与えていくということであれば一緒にやる。多様な野党共闘を実現する運動が展開されていくようなら否定する必要はないと思いますが、逆に分断するということでは困ります。

質問・意見
 自民党議員の中でだいぶ官僚出身の人達が議員になっていますが、行政が政治に果している役割。アベノミクスなどのもとに積極的に進言するように、いろいろなアイディアを役所の方から出しているような感じがします。ここにいる人は、国の公務の職場で働いているんですが、中央の省庁の幹部が果たしている役割というのは自民党との関係でどう見たらいいのでしょうか

五十嵐 
 自民党の政策形成において、官僚の果たしている役割は大きい。昔からそうです。だいたい、国会での答弁だって官僚が書いているんですから。自民党の党としての政策形成能力は、そんなにあるわけではありません。官僚に支えられている。支えていた人がその後、官僚として提言するのでは物足りないというので、自民党の議員になっていくパターンが多い。
 それに対して、従来は「党人派」というのがいたんです。官僚派と党人派。官僚派というのは、どちらかというとハト派、リベラル派が多い。党人派は両方に分かれる。官僚派が多い宏池会の中では宮沢さんなどが典型です。しかし、官僚の中でも、防衛官僚出身だとか、外務官僚出身、なかでもアメリカ欧米スクールなどはタカ派が多い。
 そういう点で毛色の違いはありますが、大きく官僚出身の官僚派と地方議員出身、秘書出身の党人派に分かれます。秘書出身は二世三世が多い。最近増えているのが募集・公募によって選ばれる人です。公募とか秘書出身の二世、三世は苦労知らずで、甘利さんとか石原さん安倍さんとかはこれに入る。これはだんだん増えてきています。
 今も自民党の政策形成は、官僚に頼っている。地方議員出身の党人派は減ってきています。本当は、こういう人たちの方が選挙民の気持ちが分かる。比較的まともな保守の人達が多いんですが、それが減っている。公募になって、政治家になってひと旗あげようという野心家や政治ブローカーのような人も出て来ています。
 民主党もそうなってきています。だから、自民党がだめなら民主党へという人もいます。松下政経塾出身の人が、ひと旗あげるために議員になろうとする。こういう形で、自民党も民主党も議員の質が劣化していると言っていいんじゃないでしょうか。

質問・意見
 現役の県国公事務局長の沓名です。「日本会議」の現在の影響力をどう見たらいいのか、その点についてお願いします。

五十嵐 
 この読みは「ニホンカイギ」ではないんです。「ニッポンカイギ」なんです。右側の人は「ニホン」という言い方を嫌います。力強く「ニッポン」と言うわけです。これは実は重要な問題で、天皇は「ニッポン」とは言わない。「ニホン」と言っています。些細なことのようですが、その人が「ニホン」というか「ニッポン」というか、注目していてください。
 「日本会議」は1997年に「日本を守る会」と「日本を守る国民会議」とが一緒になって作られた団体です。国会議員は、日本会議国会議員懇談会に所属しており、大きな力を持ってきています。
 現在の閣僚も大部分は「日本会議」のメンバーですが、これを含めて3つの右翼的政治潮流が占めています。「日本会議」と「神政連」(神道政治連盟)、これは神社本庁を母体とするものです。もう一つは、「みんなで靖国神社に参拝する国会議員の会」です。この3つに全部入っていれば極右ということになります。もちろん、全部に入っていない人もいますが、今の閣僚のほとんどは、これに入っているんではないかと思います。
 このうち、「日本会議」の中心メンバーだったのが、今の安倍さんや麻生さんで、麻生さんは今も特別顧問です。安倍晋三、菅義偉、石破茂、中谷元さんなどは副会長で、自民党幹事長の谷垣禎一さんは相談役、下村博文は幹事長、萩生田光一は事務局長になっています。安倍内閣は依然として極右勢力に牛耳られているということです。
 「日本会議」は地方議会でも大きな力を持っています。誰が入っているかということは、「日本会議」のホームページを見ると分かりますから、地方でも批判を強めて落選させていかなければなりません。

質問・意見
 県革新懇の斉田と申します。参議院選挙で、一人区で勝つことはかなり大変だと思っていますが、民主党を世論の力と運動で、どう攻め込むのか、その状況をどう打開したらいいのかという点では何かヒントとか、こうしたらいいという点があったらと思います。
 県内でもあちこちで民主党を巻き込んでいますが、川崎の民主党はひどいですね。いろいろな運動で中々うまくいかない。やはり大企業出身の議員が多いという事もあるんでしょうけれど、その辺をぜひお願いします。

五十嵐
 一般的には、やっぱり一緒にやってほしいという世論を高めることが重要ですし、個々の民主党議員に対しても、地元から圧力をかけるのが最も有効だと思います。国会議員でなくとも、地方議員に対してもプッシュしなければなりません。
 民主党議員と言っても、いろいろな出自や背景があって右から左まで幅広い。民主党の中にも一緒にやらなければだめだと思っている人もいるわけですから、そういう人達に働きかけて中央の方針に反映させる。一緒にやらなければだめだという人を増やしていくことが大切です。
 この間、八王子でも「ノー・ウオー・アクション」という取り組みがあって、そこには民主党の市会議員や国会議員が来て挨拶をしていました。そういう人にも、地元から革新懇や9条の会から申し入れや懇談するとか働きかけて、一緒にやるようにプレッシャーをかけていくのが良いのではないかと思います。
 一般的に世論を高めていくということだけでなく、具体的に議員などへの工作を行うことです。選挙がありますから、地元からの働きかけはあまり邪険に出来ないという事もあるでしょう。自民党の中にも安倍さんのやり方にはついて行けないと考えている人がいるかもしれません。納得できないと考えている自民党議員や保守系の無所属議員も少なからずいると思います。地元での安保法反対の運動の幅を広げ、それを背景にしながら個別具体的に議員に対して働きかけていくということでしょうね。

質問・意見
 甘利経済担当相への記事ですが、やったことへの問題は分かりますが、この時期になぜ文春がああいうことを出したのかわかりません。何かそういう背景があるのか、新聞紙上でも言ってないのでわかれば教えていただきたい。

五十嵐 
 このタイミングを狙ってハメたのか、ハメられたのかという問題ですね。建設会社でお金を渡した側がお金の番号を全て揃えて写真を撮ったり、いろいろな記録を残したりして、はじめから問題にするつもりでやったんではないかというのが「ハメられた」説。自民党副総裁の高村さんなんかはそう言いたいのでしょう。だから、悪いのはハメた方だと。
 でも、お金を受け取らなければハメられることもなかったでしょう。相手がその気でも、大臣室に入れなければ良かったわけです。やはり、甘利さんの責任は免れません。それに暴露するつもりでそういうことをやったんではないかというのも、実際は違うようですね。
 文春の記者は、別の問題で取材を進めるうちにたまたま白井にある建設会社の社員に取材し、その時にこういう話を聞いたけれど余りにも出来すぎているし信憑性がないと考えて記事にしなかったらしいんです。その後、証拠を見せられ、裏付け取材をしているうちに、どうも本当らしいと確信して記事にしたということです。
 つまり、向こう側が持ち込んだのではなく、文春側が取材を進めるなかでこの問題にぶち当たったというわけです。ですから、ハメられたわけではない。2年前から取材をしていて、その結果証拠が固まって記事にした。確信をもって記事にしたといいます。
 この時期になぜか、ということですが、最も売れる時期を狙ったということではないでしょうか。衝撃的なインパクトがあって、世間の注目を集めて雑誌が売れるようなタイミングを見計らっていたということなのかもしれません。
 参議院選挙の前で、安倍さんにとってはある種の絶頂にあったわけです。安保法が成立し、改憲めざして「さあこれから攻勢だ」というところで出鼻をくじくには最善の材料になります。もちろん、文春は反政府でもなければ反安倍でもありませんから、この時期に政権に打撃を与えるというよりは、そのことで大きな関心をよんで雑誌の売り上げを増やすというのが目的でしょう。
 やっぱり週刊誌は、売れてナンボです。文春はすごく売れているようですから、右でも左でもどっちでもやるわけですよ。そういう点では、これは大きなヒットだった。大臣の首をとったのですから三塁打ぐらいです。安部を倒せばホームランということになります。
 もう一つ、これに関連して、新たに別の人の名前が出てくるかもしれません。波及する可能性もありますから。それと関連して、高木さんだとか島尻さんだとか、今まで陰に隠れていた人が再び表に出てくることがあるかもしれません。いずれにしても、再び「政治とカネ」の問題が政局の前面に出てきた。これで「潮目」が変わるかもしれません。
 いずれにしても、文春はバクロ・ジャーナリズムとしての評価を高め、売り上げを伸ばすというのが狙いだったんだろうと思います。週刊誌というのは持ち上げて1回稼ぎ、ダーッと落としてまた稼ぐ。二度稼ぐんです。安倍政権についても、上げるのは終わったから、これからは下げて稼ごうとしているのではないでしょうか。

質問・意見
 TPPは結果でしか報道されないのはなぜか。

五十嵐 
 あれはTPPの条文にそう書いてあるからです。TPPは批准されてから4年間は正確な内容を秘匿するということが合意されている。一応、英語の簡略版が出ていてそれを訳しているところですから、ある程度の内容は分かります。しかし、それがすべてかどうかは分からない。反対する側もそうですが、賛成する側も最終的に全部の内容をわかっているのか、という問題があります。
 発効した後でも、今後、再交渉するという条文もあります。だから、今回結ばれたTPPは、今回の合意ですべてが固まっているわけではありません。再交渉するという条文もありますから、この先、どのようになるかは今後の推移次第ということになります。
 それともう一つは、この協定が批准されるかどうか不明確だということです。大統領選挙の後になれば、アメリカによる批准自体が危ない。大統領選挙がやられていますが、今の主要な候補者は基本的にはみんな反対ですからね。ヒラリー・クリントンも基本的には反対の方に回りましたし。サンダースはもともと反対。トランプも反対。賛成しているのはブッシュの弟ぐらいです。アメリカの大統領選挙次第では、空中分解する可能性もあります。

質問・意見
 連合は、政労使の会議からも呼ばれなくなったという事ですが、連合は闘う労働組合にな
るのか、どういう方向に向かっているのか。
 もう一つ、これだけ労働法制の改悪があって、先ほどの残業代ゼロの時には労働組合もいろんなことで盛り上がったと思うんですが、今の労働法制の改悪は、率直に言って闘いが盛り上がっているとは言えないと私は感じているが、その辺はどう見られているのか。

五十嵐 
 そうですね、連合は影響力が低下する一方です。組織率も下がっているし、元気ないですね。去年、連合の大会がありまして、私も傍聴に行きました。元気ないなと思いました。連合北海道なんかは、安保法反対でいろいろやったけれども共闘を十分にすすめられなかったと反省していましたが、このような発言はあまりなかった。
 驚きましたね。発言通告が少なくて、討論時間が早く終わってしまったんです。労働組合の大会で討論時間が延びる場合はたびたび見てきましたが、発言者が少なくて早く終わるなんて信じられないですよ。連合の大会は2年に1回ですから、2年間、連合として発言するに値する運動をやってこなかったということでしょうか。
 今おっしゃった「残業代ゼロ法案」もそうですが、非正規化を進めるような派遣法改悪なども、これまでドンドンやられてきて、非正規労働者が組合員の中にも増えてきている。連合の基幹は正規労働者ですが、これが減り続けています。いかに正規労働者を増やしていくかということは、連合という労働組合の存立自体にとっても死活的な重要課題です。そうであるにもかかわらず十分に取り組まないという点に大きな問題があります。
 しかも、賃上げの課題は、安倍さんに先に言われてしまっている。連合は2%の要求を掲げていますが,経済財政諮問会議では2%では低いんではないか、3%にしたらどうかなどという発言まで出ている。政府や経営側に連合要求は低すぎるなどと言われるようでは話にならない。だから労働組合として存在が問われるようになってきているし、中ではかなり矛盾が激化していると思います。
 先ほど言いましたように、戦争法=安保法問題で日教組や自治労は一緒に闘ってきたわけです。非正規労働者のためのユニオンもあります。鴨さんが以前委員長でした。そういう組合の利害がほとんど反映されていません。これも大きな問題でしょう。
 旧来型の大企業製造業男性中心ですから,連合内部の矛盾はさらに拡大されるでしょうし、その存在意義が増々問われるようになってくるでしょう。連合も民主党と同じように内部での矛盾や対立が激化するでしょうし、そういうなかでどういう方向を出していくのか、これからの問題だと思います。
 労働運動がもっと本来の役割を発揮して、きちんと、賃金・労働条件の改善、非正規化を阻止する、非正規労働者の正規化を目指していく、非正規労働者の均等化を進めていくということでやらないと、日本の内需は増大しません。景気も良くならない。そういう点でいえば、日本の経済状況がこういう形でいつまでたっても不況から抜け出せない責任のいったんは連合にもあると思います。

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3月12日(土) 国民連合政府を考える 戦争法廃止への道すじ(その3) [論攷]

〔以下の論攷は、2016年1月30日に横浜波止場会館で行った「国の行政と職場に憲法を生かす会(通称:国公かながわ革新懇)」での講演記録です。4回に分けてアップさせていただきます。〕

Ⅲ 戦争法廃止をめざす連合政府の樹立に向けて

(1) 安倍政権の強さと弱さ

 さて、これからの問題です。安倍首相は戦争法が成立して以降、経済を前面に出してなるべく戦争法には触れないようにしてきました。国民の理解を得られるようにきちんと説明すると言いながら、臨時国会も開かず逃げ回りました。
 60年安保闘争の後の池田勇人首相のような形で安保から経済へと局面を転換させようとして、「新3本の矢」を打ち出したわけです。戦争法反対で沸き立った世論の鎮静化を待ち、そのまま参議院選挙にもっていこうという作戦です。しかし、そうは問屋が卸すでしょうか。
 内閣支持率は徐々に下がってきました。それでもまだ4割ですからね。支持率は株価と連動しているのではないかということで『株価連動内閣』と言われています。今後、この株価がどうなるかが注目されます。年初からかなり下がってきていますが、これからはもっと下がるのではないでしょうか。
 アベノミクスによる「3本の矢」がうまくいかないから、新しい「3本の矢」が必要になりました。経済を前面にということで支持の拡大を図ろうとしていますが、国民にとっては景気回復の実感がありません。実質賃金はマイナスで停滞している。「生涯派遣」を可能にして非正規が拡大し、介護離職ゼロなんて言っていますけれど、介護報酬の引き下げで介護の現場が深刻化しています。待機児童も増加しています。TPP(環太平洋経済連携協定)もこれから大きな問題になります。
 甘利明経済再生相が「政治とカネ」の問題で辞任に追い込まれました。これも大きな問題です。いろいろ説明していましたが、甘利さんの説明はアマリ説得力がない。しかも、今時あんなことやっているのかと思った国民も多かったでしょう。
 大臣室に建設会社の社員がきて、手土産で虎屋の羊羹をもらい中を開けたら熨斗袋が入ていて50万円だったというんですね。まあ、時代劇ですよ。折詰めの下を見たら小判が並んでいたようなものです。「越後屋お前も悪よのー」などと言われかねませんが、私は越後の出身ですから大いに迷惑です。
 しかし、甘利さんはよく言ったものですね。「いい人だけと付き合っていたら当選できない」と。やっぱり「悪い人」と付き合っていたということでしょう。自民党で当選している人は、みな「悪い人」と付き合っていたということになります。ああいうことを、ついポロリと言ってしまう。安倍政権発足以来最大のスキャンダルで、今後どうなるか。かなり政局に影響を与えるでしょうね。
 しかも、後任が石原伸晃さんです。野党の中では期待が高まっています。また、何かやったり言ったりしてくれるんではないかと。今までも、言ってはいけないようなことをいろいろと言ってしまう「失言居士」でしたから。
 安倍さんは衆参同日選挙を展望しつつ、4月にも解散するかもしれないなどという噂があります。参院選のある夏にかけて攻勢をかけようと、1月4日から国会をはじめました。なぜ1月4日かというと、衆参同日選挙ができる選挙日程を組めるようにするためでした。その可能性は今でも残っています。
 また、最近は、3月解散、4月解散などと言われていますが、こういう状況になってくると、有利な態勢のもとで解散というわけにはいかなくなります。ほかの閣僚にも高木さんとか危ない人が何人もいますし、国会日程もずれ込んできている。当初のもくろみ通りに、攻勢的な形で解散・総選挙、あるいはダブル選挙というふうにいくのか。不確定要素が増えているように思います。

(2) 戦争法案反対から安倍政権打倒への発展・転化

 このようななかで、安倍政権打倒に向けての運動を高める必要性、可能性が強まってきています。戦争法案反対から安倍政権打倒へと運動を発展・転化させなければなりません。
 戦争法は9月19日に成立しました。19日は国会前に「いくひ」という形で運動を継続し、参院選だけでなく各種の選挙で与党の敗北をめざすとともに2000万署名運動に取り組むことが必要です。これは先ほど言った総がかり行動実行委員会の呼びかけですが、皆さんはすでに取り組んでおられると思います。2000万署名運動によって世論を変えていかなければなりません。
 戦争法の成立とともに、間髪をいれず「戦争法廃止の国民連合政府」の提案が共産党からありました。19日の午後のことです。民主党は「しまった」と思ったでしょう。共産党がやりましたね。成功すれば共産党の得点、失敗すれば民主党の責任になりますから。「うまいことやったなあ」と、そう思いました。
 この「国民連合政府」実現の課題がひとつの焦点になっているわけで、そのために参院選の一人区対策が重要になっています。参院選では前回、民主党は負けていますから現職は多くない。特に1人区はそうです。新人ばかりです。したがって選挙協力はそれほど難しくありません。自分の党に、という事にあまりこだわらなければですが。
 参院での与野党の差は28ですから、15議席の入れ替わりで逆転することができる。3分の2を与党が獲得するのはなかなか難しい状況です。改憲派の大阪維新の会がどれほど復活するかですね。それを含めて3分の2突破を安倍さんは考えているようですけれど、逆に言うと与党による3分の2を阻止することはそれほど難しいことではない。
 自民党は6年前の選挙でも圧勝しました。さらにそれに上積みしなければなりませんから、闘い方次第では野党にとってもチャンスが訪れる。たとえば、次の選挙から1人区が2議席減ですが、これは自民党の議席です。それから、18歳選挙権が実施されて240万人の新たに若い有権者が増える。
 18歳選挙権を決めた時、自民党は若い者はみんな「右」だと思っていたかもしれませんが、あにはからんや、その後、安倍首相が「民主主義の目覚まし時計」を鳴らしてしまった。ですから、若い人の中からも「目覚めた」人が出てきている。18歳選挙権が必ずしも与党や自民党にプラスになるとは限りません。
 安保法制、TPP、消費税再増税、原発再稼働、辺野古新基地建設など、与党にとっては厄介な問題が山積しています。いずれも参院選での争点になる。特に、TPPはどうするんですかね。総選挙の時に石原さんはTPP反対だと答えています。必ず国会で追及されます。TPP審議はかなり難航するんではないかと思います。
 消費税再増税問題も、今日の新聞で話題になっていますが、軽減税率をめぐって混乱が生ずる可能性があります。日銀初のマイナス金利もアベノミクスが行きづまったことを示しているわけです。株価が乱高下しながら下がってきている。マイナス金利による円安・株高効果は2日しかもたなかった。
 ということで、夏に向けて経済や金融の先行き不透明、特に株価がどうなっていくか、経済見通しでも厳しい状況が生まれてくる。結局、経済を再建するためには、賃金と労働条件を引き上げなければなりません。つまり、国民がお金を使えるようにしなければ国内市場は拡大せず、景気は回復しない。この間のアベノミクスの失敗によって、これは明確になっています。
 もう一つ言わなければならないのは、甘利辞任という「政治とカネ」の問題を見ても、企業・団体献金を禁止しなければ解決できないということです。ズーッと今まで、政治改革のためには企業・団体献金を禁止しなければならないと言い続けてきたことは正しかった。このことが今回の甘利事件は示しています。
 つまり、革新懇、政治革新を求めてきた皆さんの主張が正しかったということです。出口はここにしかない。その主張はますます輝きを増していると思います。
 選挙協力ということでは、2009年衆議院選挙で政権交代がありましたけれど、この時、実は共産党の陰ながらのアシストがありました。共産党は148の小選挙区で候補者を立てなかった。共産党の支持者はどこに入れるかというと、民主党に入れたんです。それで民主党が大勝利した。
 民主党はこのことを多分知っている。だから、今回も最後まで知らん顔をしていれば共産党は自主的にアシストしてくれるんではないかと、甘い期待を抱いているのではないでしょうか。しかし、それは甘い。
 この時のことから、共産党も教訓を得たのです。陰ながらのアシストだと民主党は裏切るという。それにストップをかけられない。今回は、とにかく自民党を少数にすればよい、というわけにはいきません。多数になった民主党が裏切ることなくキチッと戦争法廃止という筋を通すかどうか、確実にしなければならない。陰ながらアシストします、というわけにはいかないのです。ここのところがポイントです。

(3) 今後の対決と条件

 戦争法の廃止をもとめる運動を継続しつつ、選挙協力を実現させるという事が必要です。これは一部で実現してきています。熊本では共同でやると言っています。他方、北海道5区の補選の問題が今焦点になっていますが、うまくいっていません。
 問題は民主党です。自分のところで、と固執しているために共闘が進まない。そういう点から言っても「民共合作」、民主党と共産党の連携・協力が必要であり、民主党がカギを握っています。連合や日本会議のメンバーによる妨害を排して、野党共闘に踏み出すかどうかが注目されます。
 民主党にプレッシャーをかけることで、「民共合作」を実現していかなければなりません。市民連合の結成だとか国民運動委員会の結成などの動きがありますが、これらの力を強めて民主党と共産党をどう提携させていくかが今後の問題です。山口二郎さんなんかは、民主党いい加減にせんかい、と言っていますし、小林節さんも共産党とやらないで、どこを見て話をしているのか、安倍と一緒にでもやるのか、と言っています。
 こういう選択を提起する。民主党に迫っていくことが大切なのではないでしょうか。野党共闘を後押しする勝手連なんかもできているということですが、こういう動きをさらに強めていく。ぜひみなさんも、野党共闘でいこう、民主党しっかりせいという世論を高めていただきたいと思います。
 この点では、歴史の教訓に学ぶことが必要です。中国では「国共合作」=国民党と共産党が連携・協力することで辛亥革命を実現しました。これは第一次国共合作で、抗日戦争の勝利が第二次国共合作です。それまで殺し合っていた国民党と共産党がもっと大きな目的のために手を結んだ。そしてそれを達成した。こういう歴史的教訓を学ぶ必要があります。
 フランスでは1968年に「5月革命」と言われるような学生運動の盛り上がりがありました。社会党はその後の総選挙で大敗し、再建大会をエビネというところで開いた。ここで新生社会党が新しい綱領を決めます。それが社共連合政府綱領でした。執行部も一新して、新しく第一書記に選ばれたのがミッテランです。
 この大会が1971年でした。それから10年後の1981年にフランス社会党第一書記だったミッテランは大統領選挙に立候補して当選するわけです。解党の危機と言われた社会党は、共産党との連携を強める方針を決めた大会から10年後に政権獲得に成功した。これもまた重要な歴史の教訓です。
 日本だって、薩長同盟と坂本竜馬の例があります。小沢一郎さんは薩長同盟がなかったら明治維新は実現しなかったと言いました。まさにそうです。薩摩と長州がひそかに手を結び、幕藩体制を倒した。「安倍幕藩体制」を倒すには、現代の「薩摩と長州」=「民主党と共産党」が手を結ばなければならない。そういう歴史の教訓を学ぶ必要があります。
 その仲立ちをしたのが坂本龍馬でした。現代の坂本龍馬は誰か。それは皆さんです。皆さんを含めた世論が仲立ちしなければならない。戦争法廃止の国民連合政府樹立をめざす運動と世論によって共同を実現しなければなりません。
 野党共闘を一緒にやれ!自民党を倒すには、どのような相手とだって手を組まなければならない、好き嫌いを言っていられるような状況なのか、という声を大きくしてください。できないからと言って逃げてはいけません。できないことをやるから、世の中は変わるんです。できないと思われることが実現したときに歴史は動くんです。そういう気概を持って取り組まなければ、政治も歴史も変えることはできません。

むすび

 野党がバラバラでは勝てない。「野党は共闘」の声を高めて、働きかけを強めることが必要です。「新しい市民革命」は、そういう中でしか生まれてきません。今までと同じようなやり方をしていたのでは、今までと同じ結果しかもたらさない。新しい、今までにない取り組みを行うことによって飛躍が生まれるのです。
 そのためにも、政治について知り、学び、発言し、行動することが必要です。このような形で自覚的に行動する新しい市民が、部分であるかもしれないが、誕生してきています。その条件を最大限に生かさなければなりません。
 できるところで、できることを気軽に軽やかにやることです。無理をする必要はありません。ふらりと立ち寄って、気軽に参加できるような楽しい運動を工夫していただきたいと思います。できることをやればいいんです。
 同時に、決断して、多少できないかもしれないことにチャレンジしなければならいときもあります。それぞれの条件に応じて、決断の内容は様々でしょうが、私は、今回そういう立場に立たされました。まあ、私にとっては出来ることの一つではあったんです。2年前に仕事を辞めていますし、選挙に落ちたからといって何も失うものはありませんから。
 現役の人なら、落選した後の仕事をどうするんだということもあるでしょう。生活の問題などもあります。しかし、私はそうではなかった。これならできるんじゃないかと決断したわけです。ある意味では、気軽に引き受けたんですけれど、候補者というのは思っていた以上に過酷でしたね。その点では、かなり甘かったと思います。
 労働組合や労働者としても、それぞれの条件を生かして国民連合政府実現に向けての運動に取り組まなければなりません。さし当りは春闘を闘うなかで、賃上げや時間短縮などと結び付けてこの課題を追求していく必要があります。
 また、通常国会では、これから労働法制の問題で「残業代ゼロ法案」と言われている高度プロフェッショナル制度についての労働基準法改正案が出る可能性があります。マイナス金利が導入されましたが、これは市中銀行が日銀にお金を預けずに、貸し出しをしやすくするためのものです。企業はこのお金を借りて設備投資や賃金引き上げにまわしなさい、というメッセージが込められています。
 このメッセージを背景に、堂々と春闘で賃上げを要求しんばければなりません。これは国策として打ち出されているものですが、それに寄り掛かることなく、労働運動の力を発揮し、賃上げを実現して可処分所得を増やさなければなりません。それは景気回復のためにも必要なことです。
 賃金を上げて、消費税の再引き上げをストップする。これが日本経済を救う最善かつ最短の道です。声を大にして、このことを訴え、春闘での勝利を目指してがんばっていただきたいと思います。その過程で安倍政権を追い詰めていくことができれば、参院選での勝利や国民連合政府実現への展望を切り開くことができるにちがいありません。
 皆さんがその先頭に立たれることを期待いたしまして、私の話を終わらせていただきます。

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3月11日(金) 国民連合政府を考える 戦争法廃止への道すじ(その2) [論攷]

〔以下の論攷は、2016年1月30日に横浜波止場会館で行った「国の行政と職場に憲法を生かす会(通称:国公かながわ革新懇)」での講演記録です。4回に分けてアップさせていただきます。〕

Ⅱ 戦争法との闘いの現段階

(1)「15年安保闘争」としての高揚

 このようななかでも、戦争法に対して大きな運動が盛り上がりました。一部では、「60年安保闘争」や「70年安保闘争」に匹敵する「15年安保闘争」として、記録に残るのではないかと言われるほどの高揚を示しました。これが戦争法との闘いの現段階です。
 今までの市民運動は、政党と一定の距離を持っていました。あまり政党と一緒にやらなかったんですが、今回は政党と一緒にやった。SEALDsの代表などが国会に参考人として出て証言する。政党の代表が国会前の集会であいさつする。このような国会の内外での市民運動と政党との連携が、今回の大きな高揚を生み出した原因の一つではないかと思います。
 地方での運動の広がりも、大きな特徴でした。国会の前や周辺だけではなく、全国津々浦々での運動の広がりは非常に大きなものがあった。『毎日新聞』2015年7月15日付の報道によれば、安全保障関連法案や集団的自衛権の行使容認に反対したり慎重審議を求めたりする意見書が393の都道府県・市区町村議会で可決され、少なくとも約4分の1の114議会では自民・公明両党系の議員が賛成しています。
 最高裁長官や内閣法制局長官の経験者、日弁連(日本弁護士連合会)も反対運動に立ち上がった。日弁連は強制加入で弁護士なら全員入らなければいけませんから、弁護士資格のある自民党副総裁の高村さんや公明党委員長の山口さんなども入っています。この日弁連は今まで声明を出すことはあっても、具体的な行動に参加することはなかったんです。
 たくさんの憲法学者も立ち上がりました。小林節さんなんか典型ですが、今回の八王子市長選挙でも応援に来ていただきました。先ほど言った市民の集いには私の前に応援演説をしてもらった。私は、言ったんです。「しばらく前まで、小林さんは向こう側にいた。去年の運動では横にいた。今日の集会では、私の前に話をしていただきました」と。
 こういう形で、どんどん変わっていくわけです。改憲派として知られていた小林さんが、護憲の方向に変わっていった。「憲法学者もたまには役に立つ」と、上野千鶴子さんは言っていました。特に,3人の憲法学者が衆院の憲法審査会で違憲だという意見(イケン)を表明した。それからです。運動が盛り上がったのは。
 特に、女性や若者が立ち上がったのが今回の特徴だと言っていい。注目を集めたのがSEALDsですが、SEALD(シールド)とは何かと言うと、「盾」という意味です。学生たちは自由と民主主義を守る盾となるために立ち上がったというわけです。
 学生だけでなく、ティーンズ・ソウルなどのように高校生も立ち上がった。お母さん方もママの会を作りました。これらに触発される形で中年のMIDDLEsや高齢者によるOLDs、海外にいる日本人のOVERSEAsなどもできた。元自衛官、タレントなども国会前の集会に集まってきて反対を表明しました。これまでにない多様な団体が誕生し、重層的な運動が展開されたと言えるでしょう。
 反対の集会やデモは全国2000カ所以上、数千回で、計130万人が路上で抗議したんです。これを引き継ぐ形で2000万署名がやられていますが、産経新聞がアンケート調査をしたら、デモ参加は3.4%(20歳以上で356万人)で、「今後参加したい」が18.3%でした。これらを合わせると大体2000万近くなるわけで、これが署名提起の一つの根拠になっています。

(2)獲得された大衆運動の新しい質
 こういうなかで、大衆運動の新しい姿が登場してきました。これはあまり注目されていませんが、今回の反対運動の極めて大きな特徴です。運動の中心になったのは総がかり行動実行委員会ですが、これは3つの潮流が合流したものでした。
 その一つは「戦争させない1000人委員会」という連合系の団体です。自治労とか日教組とかも加わっている。総評センターから平和フォーラムへと変わってきていますが、この平和フォーラムの事務局長をやっている福山真劫さんが事務局を担当しています。
 もう一つが「解釈で憲法9条を壊すな!実行委員会」です、これは市民団体が中心になっているもので、高田健さんが中心です。
 3つ目が「憲法共同センター」です。これは全労連系で、小田川義和さんが事務局長をやっています。このように、連合系と全労連系が市民団体を仲立ちにして手を結んだのが、総がかり行動実行委員会でした。
 この最初の取り組みが5月3日の横浜での集会で、この近くでしたね。集会の壇上にずらっと並んで、最後に手をつないで挙げるときに、民主党の長妻さんと共産党の志位委員長が手を組まなかったんです。志位委員長が一生懸命手を出しましたが長妻さんが手を結ばなかったと話題になりました。その時はまだそういう状態だったんです。
 しかしその後、渋谷の駅頭の演説では一緒に手を結んで挙げるようになりました。運動の発展の中で政党間の関係が変わっていった。変わっていくような形で運動が影響を与えたのではないでしょうか。
 労働組合の影が薄かったと言われますが、こういう形で後ろでちゃんと縁の下の力持ち、下から支えていたということを見ておかなければならないと思います。それだけの組織的な力の支えがなければ、あれだけのことはできません。学生だけでは、国会の正門前集会をあれだけの規模で続けてやることは無理だったと思います。
 そういう点でやはり、動員ではなかったけれど組織は組織としてキチット役割を果たしていた。労働組合がそれなりの役割を演じていたということはちゃんと見て評価しておく必要があります。組織的動員ではなく、個人的参加が特徴ではあったけれど、組織や団体もそれなりの役割を演じていたと思います。
 学生や若者が立ち上がった背景には、貧困と不安があります。かつては、「世のため人のため」でしたが、今では「世のため自分のため」です。意義や理想だけで立ち上がったのではない。若い人たちは、何とか今の政治を変えないと自分たちの未来はないという思いが強かったのではないでしょうか。
 今の若者は大変です。やっと職が見つかったと就職しても、行ってみたらブラック企業だったとか、非正規でちゃんとした給料がもらえない。正規にはなったけれど、学生時代の借金が300万円から400万円。奨学金という名の学費ローンを抱えています。それほど大きな借金を抱えて就職する。そういう状況です。
 非常に展望がない状況の下で、未来を切り開くために今の政治を変えなければならない。そう思って立ち上がった。これが中野晃一さんの言う「掛け布団」です。「敷布団」というのは、従来の高齢者、中高年中心の運動で、これがズーッと続いてきた。ここに、新しい援軍が加わり、若者やお母さんたち、女性たちの運動がかぶさってきたというわけです。
 更に、インターネットによるネットワークの形成という力が非常に大きかったと思います。SNS(ソーシャルネットワークサービス)による情報の発信と共有化なしには、今回のような運動の展開は不可能でした。IT(情報通信)手段が社会運動の武器として活用され、大きな威力を発揮したのも、今後に引き継がれるべき大きな教訓であったと思います。

(3)八王子市長選挙の教訓

 こういう流れのなかで、私も共同の力を生かそうということで、八王子市長選挙に立候補することになりました。実質3週間ほどの選挙戦です。正式の出馬要請と受諾が12月4日ですから、長く見ても2カ月にならないくらいの短期間でした。もちろん、それまで私は市長選挙に出るなどとは考えもしませんでした。
 この間、「ノー・ウオー八王子アクション」という取り組みがやられていまして、これには民主党も出てきていたんです。だから、自民党と公明党以外のあらゆる政党・政派、市民団体が結集していた。この枠組みを大切にしたいから、適当な人を探しているという話は聞いていました。
 その後、だんだんと時間が経ち、このままでいったら無投票になってしまうと心配になりました。無投票はどうしても避けなければならない。この間の八王子で続いてきた共同の枠組みを維持・拡大する点で適当な候補者がいたらいくらでも説得しますよと、私は言っていました。
 ところが、「その適当な候補者はお前だ」と言われてしまった。これで逃げられなくなっちゃった。しょうがないですね。しかも、もう時間がないから、ぐずぐず言わずに決めてくれと言う。「それなら、もっと早く相談してくれればいいのに」と思いましたが、それこそ後の祭りです。
 こうして立候補することになりましたが、共同の力はすごかったですね。僕が立候補した時、八王子の連合はすでに現市長と政策協定を結んでいました。もう支援を決めていたんです。民主党の市議会議員とも話したんですが、会派として話はもうついている、今更言われても困るというわけです。
 私は、前連合会長であった古賀さんとも多少の知り合いでしたから、古賀さんにメールして支援してもらえないか打診してみました。しかし、地元の連合が現職支援を決めているから、私の立場からは支援できませんと断られました。古賀さんも動けないというわけです。
 民主党では前から知り合いであった有田芳生参院議員が個人的に応援に来てくれました。難しい問題もあったと思いますが、嬉しかったですね。応援メッセージを送ってくれて、第一声の時にも宣伝カーの上で応援演説をしてくれました。
 1月11日の「ノー・ウオー八王子アクション」には、民主党の小川敏夫参院議員が来て挨拶しました。だから、「ノー・ウオー・アクション」の枠組みよりも狭くなったということです。しかし、民主党が脱落しましたが、維新の党はよくやってくれました。市議さんをはじめ、第一声の時に初鹿明博衆院議員が応援演説し、真山勇一参院議員は私と一緒に宣伝カーで回ってくれました。しかも、選挙事務所には小野次郎参院議員が大きな「檄」を送ってくれた。3人の国会議員と市議会議員も一所懸命に応援をしてくれました。維新の党はよくやってくれたと感謝しています。
 もちろん、共産党、社民党、生活者ネット、無所属の議員、それから様々な市民団体の人達も応援してくれた。生活の党と山本太郎と仲間たちの山本太郎参院議員からも応援メッセージが来ました。そういう幅の広がりと団結の強まりができてよかったと思います。それが今回の選挙の大きな成果だったと言えるでしょう。
 しかし、市長選挙については、ほとんどマスコミが取り上げませんでした。『東京新聞』くらいでしょうか、比較的報道量が多かったのは。市長選挙があること自体、多くの市民に知らせるのが難しい。いまだに八王子で市長選挙があったことを知らない人がいるんじゃないでしょうか。
 しかも、時間が足りない。今の市長はそれほど評判が悪いわけではなかった。良いこともしなければ悪いこともしないというわけです。可もなし不可もなしという人もいます。そういう点では、政策的対決点を明確にするのが難しかったんです。
 現職対新人ということで、私は一般の市民にとってはほとんど無名でした。サラリーマンの中では多少知られているかもしれない。『日刊ゲンダイ』に時々コメントを出していましたから。でも、こういう人たちは昼間いません。市長選挙があることも知らない。投票所にも行かない。昼間家にいる家庭の主婦や高齢者にはほとんど知られていなかったでしょう。
 しかし、選挙活動をささえたスタッフはすごかったんです。若い人や女性が選挙スタッフとして、あるいは応援演説でも大活躍しました。最後の街頭演説の時でしたが、デッキカーに10人ぐらい並びました。男は僕と宇都宮さんだけです。あとはみんな女性です。すごいですね。こういう力が八王子で育っていたんだと再認識しました。今回の選挙戦を支え体験を共有して団結が深まりました。よかったなと思っています。
 選挙戦の雰囲気としてはすごく盛り上がった。実質3週間で5万票以上得票できた力はここにありました。私から言うのはおかしいかもしれませんが、不利な条件の下で善戦・健闘したと思います。
 他方で、投票率の低さは決定的な問題でした。これも期間が短すぎたことが大きかったと思います。安倍首相の側近である萩生田光一官房副長官の地元で一泡吹かせようという目標は達成できず、夏の参院選に向けて戦争法反対の大波を起こしたいと思っていましたが、それは残念ながらできませんでした。
 今日おいでの人のなかにも、いろいろご支援ご協力を頂いた方がおられるかもしれません。ご期待に沿えず申し訳ありませんでしたが、この場をお借りしてお礼を申し上げたいと思います。どうも、ありがとうございました。


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3月10日(木) 国民連合政府を考える 戦争法廃止への道すじ(その1) [論攷]

〔以下の論攷は、2016年1月30日に横浜波止場会館で行った「国の行政と職場に憲法を生かす会(通称:国公かながわ革新懇)」での講演記録です。4回に分けてアップさせていただきます。〕

はじめに

 明けまして、ご苦労様でございます。選挙に落ちてしまい、「おめでとう」とは言えない立場です。今、八王子市長選挙の話がありましたが、候補者がいかに激務であるかということがよくわかりました。君嶋さんは何度も候補者になっていますが、大変だなあと実感いたしました。
 しかも私の場合、12月18日に出馬表明して以降、あっという間に本番突入でした。事務所開きが12月27日で28日が仕事納めですから、開いたとたんに閉じるという始末です。年末年始はお休みで1月4日ぐらいから本格的に運動開始、8日には市民との集いに700人が集まり、そこから選挙活動が本格化しました。その後、1月17日告示24日投票というスケジュールですから、運動開始から3週間くらいしかありませんでした。そういう点では、本当に時間が足りなかった。
 私は5万1000票いただきましたが、3週間ほどで5万票だと、相手の現市長は4年間やってきて9万だ。日割りにしてもしようがないんですが、日割りにすればすごい勝利です。当選したら、今日は来られなかったと思います。その前になぜキャンセルしなかったのかと言われるとちょっと困るんですが。
 最初から、かなりの差がありました。昨年4月の市議選でとった得票を比べると、私を支持してくれた市議の得票は5万弱なのです。相手候補の自公民は13万を超えていました。相手は4万票へらし、私は2000票増やした。
 私自身、2か月前は候補者なんてことは考えてもいなかった。本当に青天の霹靂で「びっくりポン」でした。こういう中で極めて短期間取り組んだ市長選挙でしたが、これについては後で触れたいと思います。
 いよいよ改憲、憲法をどうするかが具体的な政治日程に上ってきました。安倍首相は施政方針演説では言っていませんでしたが、国会の答弁で改憲が「現実的な段階に移ってきた」と答えています。
 当面、具体的課題として打ち出そうとしているのが「緊急事態条項」であると言われています。これは憲法に入っていないから入れようとしている。さしあたりこれが安倍首相の考えている改憲のテーマのようです。これで試しにやってみようということで、「お試し改憲」だというわけです。
 一度やってみて、改憲と言っても大したことはないと国民に思わせ、経験を積んでから本格的に9条の第2項を変える。9条第1項は、「国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する」とあります。第2項は、「前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない」と書かれている。だから自衛隊は軍隊ではない、自衛隊は「戦力」ではないとされています。交戦権も持っていませんから、これが改憲派の手枷足枷になっている。
 しかし、日本は独立国だから、正当防衛的な権利として攻められたら反撃することは認められると言ってきたわけです。今までは、攻撃されたらやむをえざる反撃として自衛することができる。自衛隊は侵略を拒否するための実力だとされてきた。
 ところが、今回の戦争法=安保法制では、攻撃されていなくても、外国に自衛隊を派遣してアメリカなどの戦争を手伝えるようにした。だから、海外で戦争するための法整備にほかなりません。外国で戦争するための法整備ですから、戦争法だというのは当然のことです。
 これに対して、国民の広範な反対運動が巻き起こった。「勝手に決めていいのか」「解釈で変えていいのか」「憲法に反する内容ではないか」と。違憲の内容を政府が閣議決定し、国会の多数の議席を背景に押し通す。こういうやり方は認められない。しかも、最後は皆さんテレビでご覧になったでしょう。むちゃくちゃなことをやっている。民主主義という点からも問題があるんではないかと、反対運動が広がりました。
 安倍首相が「目覚まし時計」を鳴らしたんだと、私は言っています。「民主主義の目覚まし時計」を鳴らしたんだと。それによって「目が覚めた」人達が立ち上がったんです。これは、今回の闘いの大きな成果だったと思います。
 政治を変えなければならないという必要性が理解され、そのための決意が高まりました。人々の内面における価値観が変わったということです。これは「パンドラの箱」に残った最後の「希望」のようなものではないかと思います。
 それは今でも残っている。年が変わっても、餅を食っても、忘れることはない。運動は続いています。これが今回、「国民連合政府」という目標が掲げられた大きな背景であったと思います。

Ⅰ、戦争法と憲法をめぐる対決の現段階

 (1)平和主義・立憲主義・民主主義の危機
 
 戦争法案に反対する運動の高揚を通じて、平和主義・立憲主義・民主主義の危機がはっきりと国民の目から見えるようになりました。これが戦争法と憲法をめぐる対決の大きな特徴です。
 まず、平和主義の危機です。日本が外国から攻撃されていなくとも、自衛隊が海外に出かけて行って戦闘行動に参加できるようになった。これは明確な憲法違反です。それが憲法を変えることなく実現したわけですから、立憲主義の危機でもあります。「専守防衛」を定めた9条に違反するという内容の点でも、解釈の変更による立法改憲という手続きにおいても違憲であり、立憲主義を踏みにじるものでした。
 一昨年の7月1日に閣議決定し、昨年の通常国会で95日間の会期延長をして9月19日に成立させた。一番大きな問題は参議院の特別委員会です。議長の周りをワーと囲んでマイクも吹っ飛んだ。議長からは議場が見えない。それなのに、5回も採決されたことになっている。速記録には「議場騒然、聴取不能」と書かれていた。しかし、後から議事録が出てきたら「可決すべきものと決定した」と直されている。改ざんされたわけです。
 こういうやり方で委員会において可決したことにして、本会議が開かれて成立しました。議事運営上の瑕疵があったことは明らかです。議会制民主主義という点でも大きな問題があったのではないか。国民主権の形骸化ですが、国会内で与党が多数だからできるんです。日本の平和主義・立憲主義・民主主義・国民主権原則が形骸化し、危機に瀕していることは明らかです。

(2)戦争法が持っている問題点の顕在化―――既成事実化が始まっている

 その後、戦争法=安保法制が持っていた問題点が次々に明らかになってきました。具体化もドンドン進んでいます。
 まず、自衛隊のリスクが高まるのではないかという問題です。これについて安倍首相は何度も質問されましたが、頑として認めようとしません。今まで自衛隊は戦場にはいかないことになっていました。イラクでも非戦闘地域であるという前提です。それでもミサイルが打ち込まれ、かなり危ない状況にありました。
 幸いにも戦闘行為による犠牲者は出なかった。ラッキーだったといえるわけですけれど、帰ってきてからPTSD(心的外傷後ストレス障害)で30人以上の自殺者が出ている。今後は、日本が攻撃されていなくとも恒久法でいつでも外国に行けることになりました。
 更に、「後方支援」ということで兵站活動に加わり、危ないところまで近づいていく。それまで戦闘が行われていても、今、戦闘が行われていなければ行ける。これから戦闘が始まるかもしれないが、今は収まっているから大丈夫だということで出かけていく。戦闘の間隙をぬって、自衛隊が武器・弾薬を運んでいくわけです。
 弾薬は供与する。なぜ供与するのかと聞かれたら、弾薬は消耗品だからだと中谷防衛相は答えました。発射されるからなくなるわけで、明らかにこれは戦闘行為がなされたことを意味しています。いつ戦場になるか分からないところに自衛隊がいけば、戦闘に巻き込まれるリスクが高まるのは明らかではありませんか。
 そうなる可能性が高いのは、南スーダンでのPKO(平和維持活動)です。駆けつけ警護が認められるかもしれないからです。今のところ任務の拡大はされていませんが、3月末に法が施行されると言われていますので、それ以後に派遣されるPKO部隊がどうなるかは分かりません。
 更に、「イスラム国」(IS)の脅威という問題もあります。アメリカの仲間として日本が狙われるリスクが高まっている。9月に法律が成立した翌10月、バングラディシュで日本人が1人殺されました。66歳の人で農業支援に行っていました。現地のIS支部が声明を出しています。ほとんど騒がれていませんが、今後、このような事件が起きる危険性が高まっています。
 この法律が通れば日本は安全だ、日本人は安全だと政府は言っていました。けれど、日本はアメリカの仲間だ、手下だということで、海外で日本人が狙われる危険性、国際テロ組織によってテロ行為に巻き込まれる可能性が高まっています。
 その後、パリ、オランダ、アメリカ、ロンドンでもISのテロが起こっている。日米同盟が強化され日本が反テロ戦線に加われば、リスクは減ると言っていたんですよ。この法律が通って日米同盟が強化されれば、抑止力が高まって日本周辺の安全保障環境も改善されると説明していたではないですか。
 しかし、北朝鮮は水爆実験をやると言っています。ミサイルを発射するという噂もある。自衛隊が海外に行って戦争できるようにしたからといって、日本周辺の安全保障環境が好転するなどということは全くありませんでした。抑止力が高まるなどと言うのは、全くのデタラメです。
 実際には、世界中にいる日本人も、日本周辺も、日本から出ていく自衛隊も、危ない状況になっている。そういう点では、安保法制=戦争法が日本の安全を高めたり、日本国民を安全な状況にしたり、抑止力を高めたりする効果はありませんでした。全くの逆効果だったといわなければなりません。
 また、戦争するためには、システム、ハード、ソフトを変えなければならない。システムということでは、法律や制度を変える必要があります。このシステム変更の重要な内容が今回の安保法制です。その前にも特定秘密保護法、国家安全保障会議設置法などの形で仕組み作りが進んできました。最終的には憲法を変えることになるでしょう。
 ハードということでは、自衛隊や在日米軍、日米間の軍事協力や武器・弾薬がなければ戦争はできません。部隊が新しく作られ、水陸機動団という日本型海兵隊が設置されました。イージス艦を新しく作る、オスプレイを17機購入するなどの動きがあります。新型空中給油機も導入されますが、なぜ空中で給油しなければならないのか。海外へ行くことを考えているからです。このようにして国費が無駄遣いされる。
 在日米軍基地の強化も進められています。沖縄の辺野古新基地建設は単なる引っ越しではなく、ずっと強力な新型の巨大基地建設です。滑走路は2本、強襲揚陸艦が接岸できる巨大な岸壁、弾薬庫の辺野古への集約など、強力な新しい基地を作ることを意味しています。
 ソフト面では、「闘える心」と「闘える社会」づくりが目指されています。教育と世論操作です。子供たちの心をつかみ、国のために闘って死ぬことは喜びであり誇りであるとする若者を作る。そのための愛国心教育、道徳教育を強めようとしているわけです
 マスコミによって、テロをなくして軍事力で平和を守るのはいいことなんだ、そのためには日本人も血を流さなければいけないんじゃないか、というような世論が作られていく。世論の後押しがなければ、「闘える社会」は実現できず、戦争はできません。
 戦前の日本なんかはそうです。アメリカだって世論の後押しがあってこそ、ベトナム戦争やアフガン、イラク戦争ができた。今はそのような世論の支持がないから、地上軍による介入ができなくなっているわけです。

(3)背景と問題点

 このような安保法制=戦争法は、なぜ作られたのか。それを成立させることができたのはどうしてなのか。その背景と問題点はどこにあるのでしょうか。
 戦争法の成立は、簡単に言えばアメリカからの要請です。安倍首相自身の思いや執念もありました。その内容は、「第三次ナイ・アーミテージ報告」そのままで、今回の安保法制の中身は全部ここに書かれています。これはアメリカの要請を受け入れたもので、極右の安倍首相によって積年の課題が実現されたということになります。
 経団連からの要請もありました。武器などを輸出したり、原発を輸出したりすることで儲けようというわけです。とんでもないことです。戦争や紛争など「他人の不幸」を食い物にして金儲けを考えるということで、日本の財界も堕落してきたと言わなければなりません。
 国民の多数の反対を押し切って成立させられたのは、小選挙区制という選挙制度のお陰です。小選挙区制の害悪は大きく、これは「多数決」の皮をかぶった「少数決」にほかなりません。有権者内での自民党の得票率(絶対得票率)では、一昨年暮れの総選挙で小選挙区でも24.5%。比例代表では17%にすぎません。せいぜい4分の1の国民しか支持していないのに、過半数以上をとってしまう。小選挙区制の害悪極まれり、と言うべきでしょう。
 そういう中で、自民党自体が変わってしまった。それまでは比較的穏健なリベラル勢力が自民党の中でも一定の力を持っていました。旧大平派だとか旧田中派です。これに対して旧福田派や旧中曽根派などの右派があり、それが安倍首相につながってくるわけです。
 ハト派は対米協調で、それなりに自分たちの利害を考えていた。しかし、安倍首相は完全な従属でアメリカべったりです。アメリカの要求に従い、国民の反対を無視して突っ走るというやり方をとっている。小選挙での公認が欲しいから、反対していても執行部に楯突くことができない。国会内と自民党内での二重の「一強多弱」状況が生まれています。このようななかで、一部の野党もすり寄ってしまった。
 マスコミも大きく変わってしまいました。特にNHKのニュース番組や、読売新聞、フジサンケイグループですね。産経新聞や夕刊フジ、フジテレビ、日テレなどです。最近では、報道ステーション、クローズアップ現代、NEWS23が大きく変わってしまうんではないかと言われています。
 その結果、政治や社会のあり方が変化しない。特に、問題が起きても内閣支持率が下がらない。その一つの原因がこの辺にあるのではないかと思います。

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