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11月30日(月) 戦争法案強行採決と国民のたたかい(その3) [論攷]

〔以下の論攷は、『治安維持法と現代』No.30、2015年秋季号、に掲載されたものです。3回に分けてアップさせていただきます。〕

三、たたかいの到達点と今後の展望

 実証された「反響の法則」

 戦争法案に対しては、かつてない規模での大きな反対運動が生じました。太鼓を強く打てば強く響くような「反響の法則」が実証されたように見えます。
 元最高裁長官や判事、内閣法制局長官の経験者などをはじめ、幅広い階層や年齢の人々が立ち上がりました。地方自治体の議会で反対や慎重審議の決議や要望書が採択され、議員とともに普通の市民などが運動の輪に加わりました。国会で参考人として証言したSEALDsの奥田愛基さんは、全国二〇〇〇カ所以上で数千回の抗議行動が取り組まれ、一三〇万人以上が参加したと述べています。
 デモと集会は「三・一一」後の脱原発・再稼働反対運動で再生し、秘密保護法制定阻止の運動に引き継がれ、今回の戦争法案反対のたたかいで大きく飛躍しました。もはやデモは一部の人々の特別な行動ではなく、普通の人々の日常的な表現手段になりました。それは全国津々浦々に拡大し、町内や村内など身近な生活の場でも気軽に取り組まれています。
 集会の開き方も変わりました。官邸前や国会周辺で定期的に開かれ、有名無名の人々が発言し、「わたし」を主語として自分の言葉で語られたスピーチは聞く者の胸を打ちました。非暴力のパレードやサウンドデモ、ラップ調のコール、ふらっと参加できる気安さ、視覚的なカッコよさなども、これまでにない特徴です。
 自発的な個人の参加が目立ったと言われていますが、同時に注目すべきなのはSEALDs(シールズ、自由と民主主義のための学生緊急行動)、SADL(民主主義と生活を守る有志)、高校生のT-ns SOWL(ティーンズソウル)、MIDDLEs、OLDsや「ママの会」などの新しい団体の結成が相次いだことです。
 そして、これらの新組織と労働組合などの旧組織が連携し協力したことも大きな特徴でした。労働組合の姿が見えにくかったのは、動員型での参加が少なかっただけでなく裏方として運動を支えていたからで、個人として集会に参加した組合員も多かったのではないでしょうか。

 大衆運動の「新しい質」

 このようなデモの復権と集会のモデルチェンジを通じて、大衆運動における「新しい質」が生み出されました。これは戦争法案反対運動が獲得した大きな成果です。
 第一に、大衆運動における共同の実現です。今回のたたかいを担った「戦争させない・9条壊すな!総がかり行動実行委員会」(総がかり行動実行委員会)は「戦争をさせない1000人委員会」(1000人委員会)、「解釈で憲法9条を壊すな!実行委員会」(壊すな!実行委員会)、「戦争する国づくりストップ!憲法を守り・いかす共同センター」(憲法共同センター)という三団体の合流によって誕生した共闘組織でした。
 この「総がかり行動実行委員会」は、市民運動団体である「壊すな!実行委員会」を仲立ちとし、連合系団体の「平和フォーラム」が事務局を担当する「1000人委員会」と全労連が事務局になっている「憲法共同センター」の連携によって運営されていました。このような形での共闘が実現したのは画期的だったと言って良いでしょう。 
 第二に、青年や学生、女性などが立ち上がったことです。「総がかり行動実行委員会」とともに運動を推進したのはSEALDsでしたが、これらの学生が参加してきた背景には自らの貧困と将来への不安があったように思われます。六〇年や七〇年の安保闘争での学生は使命感に基づく「他者」のための運動であったため、その後、潮が引くように沈静化しました。しかし、今回は「自己」の未来をかけた運動なのです。中途で投げ出すわけにはいかず、これからも沈静化することはないでしょう。
 また、このような若者と高齢者、個人と組織、地方・地域と国会周辺での取り組みが呼応するような形で展開されました。この両者が連動して運動の幅を広げ、質を高めることになったように思われます。
 第三に、若者や個人としての参加を促すうえで、IT(情報技術)手段が持った役割が極めて大きかったということです。デモや集会などへの参加情報の取得や拡散という点で、メールやツイッター、フェイスブック、ブログなどが活用されました。
 これは安保闘争などこれまでの社会運動とは根本的に異なる点です。運動の拡大や情報の受信と発信においてインターネットやSNS(ソーシャル・ネットワーク・サービス)などが社会運動の武器として大きな威力を発揮した最初の例だったと言えるでしょう。

 戦争法廃止の連合政府の実現

 激しい反対運動や世論を無視して戦争法が成立しました。今後は憲法九条の空文化か、それとも戦争法の空文化かという対決が本格化することになります。戦争法の発動を阻み、その廃止を求める運動を継続させながら憲法裁判を提起して世論を喚起し、各種の選挙で戦争法に賛成した議員や政党への落選運動を展開することが必要です。
 このようなたたかいの集約点は来年の参院選であり、そこでの勝利には野党間の協力が欠かせません。とりわけ、野党第一党の民主党とこの間のたたかいをリードしてきた共産党との連携・協力、いわば「民共合作」が重要です。
 このようななかで、共産党は戦争法廃止の国民連合政府の実現と来年の参院選に向けての選挙協力を呼びかけました。暫定政府への入閣は条件にせず、戦争法廃止という一点での共闘だといいます。その実現に向けて、各野党間の協議も始まりました。その帰趨こそ、今後の日本の運命を決することになるでしょう。
 参院の与野党差は二八ですから、一五議席が入れ替われば逆転することになります。東京新聞は選挙協力が実現すれば八つの一人区で与野党が入れ替わると試算しています。今回改選される議員が当選した二〇一〇年参院選では、直前に菅首相が消費税一〇%発言を行って民主党が大敗し、自民党が圧勝しました。この時の共産党は三議席の当選にとどまりましたが、前回の二〇一三年参院選では五議席増の八議席になっています。これらの事情を勘案すれば、与野党逆転の可能性は十分にあります。
 JNNの世論調査では、野党間の選挙協力の実現に「期待する」と答えた人が三七%に上りました。そのカギを握っているのは民主党です。民主党は「右のドア」を閉めて「左のドア」を開けるべきです。力を合わせなければ政権交代は無理であり、共産党との協力なしには国民の期待に応えられません。

 歴史の教訓

 今後の運動を発展させるためには歴史の教訓を振り返り、それに学ぶ必要があります。ファシズムとの対決ではフランスでの反ファッショ統一戦線結成やスペインでの人民線政府の経験が参考になるでしょう。いずれも反ファシズムという一点での合意に基づく社会党と共産党などの統一戦線の結成でした。
 アジアでも同じような共同の経験があります。それは中国における国民党と共産党との連携・協力としての「国共合作」です。これは二度にわたって国民党と共産党との間で結ばれた協力関係のことです。このような統一戦線の結成なしには、中国革命と抗日戦争の勝利もなかったでしょう。
 また、民主党の再生と政権への復帰という点では、フランス社会党の経験が役に立ちます。フランス社会党は一九六八年の五月革命直後の総選挙で大敗し、従来の党を解消して左派連合を母体にした新たな社会党に移行することを決定します。一九七一年のエピネ大会で第一書記には共産党との連携を主張するミッテランが就任し、ユーロコミュニズム路線のフランス共産党と共同政府綱領を結んで一九八一年の大統領選挙で勝利しました。
 ここに紹介したどちらの例も、共産党との連携に活路を見出した点が共通しています。民主党は何故、このような歴史的な成功事例に学ぼうとしないのでしょうか。
 こう言うと、共産党と手を組めば支持が減るのではないかと心配する方もおられるかもしれません。しかし、それは時代遅れの杞憂です。共産党との連携はマイナスになるどころかプラスになるということが、沖縄での選挙や戦争法案反対のたたかいなどで示されている現実の姿なのです。

 むすび―新しい政治を目指す新しい運動を

 政治が変わりつつあります。その土台となっている社会も変わり始めました。本格的な政権交代の準備がすでに始まっているのです。
 二〇〇九年の政権交代は、一時的なブームによる「風」頼みの成功例でした。これからの政権交代は、「草の根」の「市民」に支えられたものとなるでしょう。政治について知り、学び、発言し、行動する「市民」の誕生によって、いま新しい「市民革命」が始まろうとしています。
 平和で民主的、自由で豊かな社会を実現し、それを次の世代に手渡すことこそ、今を生きる私たちの責任です。その責任を果たすために、できるところで、できることをやろうではありませんか。
 高齢者の知恵と経験を生かし、現役世代を励まし、若者と女性のエネルギーを引き出すことで、気軽にふらりと立ち寄って誰でも参加できるような軽やかな運動を作り出しましょう。戦争法廃止の暫定国民連合政府を実現して新しい政治を生み出し、日本を救うことができるかどうかは、そのことにかかっているのですから……。

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11月29日(日) 戦争法案強行採決と国民のたたかい(その2) [論攷]

〔以下の論攷は、『治安維持法と現代』No.30、2015年秋季号、に掲載されたものです。3回に分けてアップさせていただきます。〕

二、戦争法成立の背景にはどのような問題があったのか

 小選挙区制の害悪

 こうして戦争法は成立しました。そこにはどのような背景や問題があったのでしょうか。
 その第一は、小選挙区制による害悪です。この選挙制度によって二重の意味での「一強多弱」体制ができあがった点に大きな問題があります。
 世論調査をすれば五割が法案に反対で成立を評価せず、六割が憲法に違反しているとし、審議が尽くされていないという意見も八割近くに上っています。説明不十分という意見にいたっては八割を超える調査もありました。それなのに、法案は成立してしまいました。国会では賛成派が衆院で三分の二以上、参院で過半数以上の議席を持っているからです。
 その理由は、第一党に有利になる小選挙区制にあります。参院の一人区も事実上の小選挙区ですから同様の問題を抱えています。昨年の総選挙では、有権者のうち自民党に投票した割合(絶対得票率)は小選挙区で二四・五%、比例代表で一七・〇%にすぎませんでしたが、自民党が圧勝しました。小選挙区で四八%の得票率なのに七五%の議席を占めたからです。
 このような選挙制度の下では、多数党の候補者として公認されるかどうかが決定的な意味を持ちます。公認権を持つ執行部の力が強まり、異論があっても楯突くことができなくなります。反対すれば対立候補を立てて「刺客」を送り込まれることを、「郵政選挙」の時に思い知らされました。こうして、自民党内でも官邸や執行部の力が強まる「一強多弱」体制が生まれたのです。このような政治的効果を生んだのも、小選挙区制による大きな害悪だったと言えるでしょう。

 自民党の変貌

 第二に、その結果として自民党が変貌してしまいました。主導権(ヘゲモニー)が「本流派閥」から「傍流派閥」へと移ったからです。前者は吉田茂の流れを汲み比較的リベラルでハト派でしたが、後者は岸信介の末裔でどちらかといえば右翼的でタカ派だという特徴がありました。
 60年安保闘争によって戦前モデルを否定された自民党は、現行憲法を前提に現状対応を図る路線を採用し、それが「本流」となりました。これに対して、戦前モデルを念頭に憲法改正と再軍備をめざして戦後憲法体制の修正を図ろうとする勢力は少数派となり、自民党内では「傍流」に追いやられます。
 しかし、右肩上がりの経済成長が終わり、新自由主義が登場し、軍事大国化が強まるなかで、政界再編や新党結成によって「保守本流・ハト派・吉田」の流れを汲む勢力や個人が自民党外に流出し、次第に「保守傍流・タカ派・岸」の勢力の比重が高まっていきます。その転換点は森喜朗政権の成立でしたが、政策内容や政治手法の点では小泉政権が画期だったと思われます。
 このような転換によって、「保守本流」の解釈改憲路線は明文改憲と実質(立法)改憲を合わせた総合的な改憲路線に変わり、経済重視路線は政治主義路線へと転換し、憲法上の制約を盾に一定の抵抗を示しつつ協調してきた対米協調路線も制約自体を取り払って米国に追従する対米従属路線へと変化してきました。
 さらに、「保守本流」の政治手法の特徴だった合意漸進路線などは見る影もありません。野党や国民との合意は問題とされず、独善的で強権的な手法が強まってきました。安倍政権に対する国民の批判と反発は、民意に耳を傾けず異論を封じる手法や強引な国会運営に対しても向けられています。

 マスメディアの分化と後押し

 第三に、このような政治の変化に警鐘を鳴らし、権力を監視するべきマスコミのあり方にも大きな変化が生じました。特にNHKのニュース報道や読売新聞、フジ・サンケイグループによる報道には大きな問題があります。政府の応援団として戦争法の成立を後押しする役割を演じたことは、マスメデイアとしての大きな汚点にほかなりません。
 すでに、第二次安倍内閣になってから籾井勝人NHK会長が就任し、「政府が『右』と言っているのに我々が『左』と言うわけにはいかない」と述べて問題になっていました。今回も与党の言い分ばかり伝え、ことさらに賛成派のデモを取り上げたり、国会周辺の抗議活動を無視したり扱いを小さくしたりするなど、NHKのニュースには大きな問題がありました。
 これに対して、テレビ朝日の「報道ステーション」などは戦争法案の問題点を解明し、反対運動を詳しく紹介するなど積極的な役割を果たしました。週刊誌でも、女性週刊誌が戦争法案についての特集を組んで反対意見や抗議活動を紹介するなど、従来にない姿勢を示したことは注目されます。
 新聞は賛成と反対に大きく分かれました。前者は『読売新聞』『日経新聞』『産経新聞』『夕刊フジ』などで、後者は『朝日新聞』『毎日新聞』『東京新聞』『日刊ゲンダイ』などです。地方紙の大半も戦争法案に批判的な論調でした。とりわけ、『東京新聞』は一面や「特報」面で法案の問題点や反対運動について詳細な記事を掲載し、ジャーナリズムとしての本来のあり方を示しました。
 また、共産党の『しんぶん赤旗』は政党機関紙ですが、日曜版には自民党や官僚OB、改憲派の政治学者、公明党や創価学会員なども登場し、大きな注目を集めました。政党機関紙の枠にとらわれない進歩的ジャーナリズムとしての存在感を発揮したことは高く評価して良いでしょう。

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11月28日(土) 戦争法案強行採決と国民のたたかい(その1) [論攷]

〔以下の論攷は、『治安維持法と現代』No.30、2015年秋季号、に掲載されたものです。3回に分けてアップさせていただきます。〕

 「このような暴挙は許されない」と、誰もがそう思ったことでしょう。通常国会の焦点とされ、九五日間もの延長の末に九月一九日に強行採決された戦争法案(安保法案)のことです。とりわけ最終盤では、連日、国会正門前に多くの人々が集まり、激しい抗議の声が上がりました。それを無視する形で採決が強行されたのです。
 法律が成立した後の世論調査で、八割もの人が「審議尽くされていない」(共同七九・〇%)、「十分に説明していると思わない」(同前八一・六%)、「説明不十分」(読売八二%、毎日七八%)、「審議不十分」(産経七八・四%)などと異議を唱えているのも当然でしょう。
 戦争法案が国会に提出されたのは五月一五日でした。成立したのは九月一九日ですから、約四ヵ月間の審議になります。通常国会の会期は六月二四日まででしたが、六月二二日に九五日間延長され、九月二七日までとされました。
 衆参両院での審議時間はあわせて二二〇時間に達しました。しかし、今回の法案は現行の一〇本をまとめて改正する一括法「平和安全法制整備法案」と、いつでも自衛隊を海外に派遣できる新法「国際平和支援法案」の成立でした。合計一一本の改正と成立ですから、一本あたりにすれば二二時間にすぎません。国の基本的なあり方を左右する法案の審議時間としては極めて不十分だったと言うべきです。
 しかも、審議の過程では答弁が二転三転し、審議の中断は衆参両院で二二五回を数えました。行政府の長である安倍首相が立法府の議員に「早く質問しろよ」「そんなこと、どうでもいいじゃん」などというヤジを飛ばしたこともあります。八割もの国民が「説明不十分」と感じた背景には、このような誠実さを欠いた不真面目な答弁ぶりにもありました。

一、国会での審議・採決を通じて何が明らかになったのか

 二重の意味で破壊された立憲主義

 このような審議を通じて明らかになったのは、二重の意味で憲法違反だという事実でした。一つは、歴代内閣によってこれまで憲法上認められないとされてきた集団的自衛権の行使を容認し、自衛隊を海外に送り出して戦争できるようにするという内容上の違憲です。
 もう一つは、憲法の改正手続きを経ることなく内閣の憲法解釈を変えることでこれを実現してしまったという手続き上の違憲でした。憲法を改正しなければ行使できないから改憲が必要だとされてきたのに、正規の改正手続きを経ることなく行使できるようにしてしまったのですから、「裏口入学だ」と批判されたのも当然です。
 六月四日の衆院憲法審査会に参考人として出席した三人の憲法学者は、自民党が推薦した長谷部恭男早稲田大学教授を含めて全員「憲法違反だ」と証言しました。東京新聞が全国の大学で憲法を教える教授ら三二八人にアンケートを実施した結果、「合憲」だというのはたったの七人(三%)にすぎず、「憲法違反」は九割に上っています。
 それに、憲法第九八条と第九九条違反という問題もあります。第九八条は憲法の最高法規制を定め、「その条規に反する法律……の全部又は一部は、その効力を有しない」ことを明らかにしています。戦争法は内容と手続きの両面で憲法に違反していますから、たとえ成立しても法律としての「効力を有しない」ことになります。
 また、第九九条は「天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員は、この憲法を尊重し擁護する義務を負ふ」として、憲法尊重擁護義務を定めています。憲法に違反する法案を提出し、その成立を図ることは許されず、安倍内閣の閣僚もそれを成立させた国会議員も憲法尊重擁護義務に違反していたことになります。
 憲法に基づく政治運営という原則が立憲主義です。このような原則が侵されれば国の土台が崩れてしまいます。憲法違反の法律を廃止し、そのような法律を制定させた行政と立法のあり方を正すことによって立憲主義を回復することは、国の土台を立て直すための最優先の課題だと言わなければなりません。

 否定された「平和国家」としてのあり方

 この法案の提出にあたって、安倍首相は憲法の理念としての平和主義も専守防衛という国是も変わらないと強調しました。この法案は「平和安全法制」の整備を目指すもので戦争法案というのは不当なレッテル張りだと反論していました。しかし、これは真っ赤な嘘です。
 この法律によって、自衛隊はいつでも、どこでも、たとえ先制攻撃による無法な戦争であっても、それが「存立危機事態」であると認定されれば集団的自衛権の行使によって、「重要影響事態」と判断されれば重要影響事態法によって、国際の平和に関わるものだとされれば国際平和支援法によって、自衛隊を海外に派遣することが可能になります。
 そこで「後方支援」という名目の平たん活動に従事し、時には治安維持や捜索・救助活動を行ったり任務遂行のために武器を使って戦闘行動に加わったりすることになります。これは戦争への参加そのものではありませんか。
 しかも、集団的自衛権の行使容認の理由とされたホルムズ海峡の機雷封鎖解除について安倍首相は「具体的に想定しているものではない」と答弁し、半島有事における日本人母子を輸送する米軍艦の防護について、中谷防衛相は邦人が乗っているかどうかは「絶対的なものではない」と答えました。集団的自衛権行使容認が必要な具体例として示されていたケースですが、いずれも否定されたことになります。
 それならなぜ、このような法律が必要なのでしょうか。法律が必要とされる具体的な根拠、すなわち「立法事実」が存在しないことになります。それらは単なる口実にすぎませんでした。法律の目的は他にあったのです。
 中東地域や南シナ海などで多国籍軍や有志連合の一員として米軍などを助け、肩代わりすることが真の目的なのです。戦争法で可能になる自衛隊の任務の拡大は、「第三次アーミテージ・ナイ」報告で求められている内容と見事に一致していました。
 日本が攻撃されていなくても、米国などの要請によって戦争に加われるようにするための準備が法整備の真の狙いなのです。まさに「戦争法」そのものではありませんか。そのような法律の成立によって、「平和国家」としての日本のあり方も専守防衛という国是も根底から覆されてしまったことは否定できません。

 踏みにじられた議会制民主主義

 戦争法案の採決のやり方も滅茶苦茶でした。議会制民主主義が踏みにじられ、法成立のための手続き上の瑕疵があったことは誰の目にも明らかです。
 戦争法案は七月一六日の衆院本会議で野党が退席して抗議の意思を表明するなか、自民党と公明党の賛成で採択され参院に送付されました。参院では九月一五日の中央公聴会、翌一六日の地方公聴会を経て一七日に特別委員会で採決が強行されます。参院本会議は、翌一八日から一九日未明にかけて開かれ、与党の自民・公明両党と野党の次世代の党、日本を元気にする会、新党改革の賛成で成立しました。
 この間、地方公聴会の内容が委員会に報告されることも、それを反映した質疑が行われることもありませんでした。本会議では野党の抵抗を阻むために発言時間を制限する動議が採択されています。とりわけひどかったのは、特別委員会での採決の強行です。
 委員会が再開されて鴻池祥肇委員長が着席した途端、自民党の若手議員が周りを取り囲み、大混乱の中で五回も採決されたことになっています。しかし、速記録には「議場騒然、聴取不能」としか書かれていません。委員には委員長の言葉は聞こえず、委員長は委員の様子を見ることができなかったでしょう。委員長を囲む輪の中にいた自民党の佐藤正久筆頭理事が手を上げて合図を送る様子がテレビに映っていました。
 まともな議事運営が行われなかったことは明らかで、到底法案が採択されたとは言えません。議事運営続き上の瑕疵があったことは否定できず、「安保関連法案採決不存在の確認と法案審議の再開を求める申し入れ」(メール署名)に五日間で三万人以上の署名が集まったのも当然でしょう。

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11月18日(水) パリ同時多発テロでの憎悪の連鎖と復讐の応酬を避けなければならない [国際]

 悲しむべき事件が起きました。パリでの同時多発テロです。
 またもや、何の関係もない多くの人命が犠牲にされ、パリの町は悲しみに包まれています。

 テロの首謀者は「イスラム国(IS)」と見られています。シリアからの指示によってベルギーで計画され、7人の実行犯が少なくとも6か所を襲撃し、129人を殺害しました。
 許されざる蛮行であり、テロの実行犯を強く糾弾するものです。亡くなられた方に対して、心からのお悔やみを表明します。
 命を落とした一人ひとりにはかけがえのない人生があり、愛する人々がおり、豊かな将来があったはずです。それが、突然、理不尽な力によって奪い去られてしまったわけで、その無念さはいかばかりだったでしょうか。

 これにしてフランスのオランド大統領は「戦争」を宣言し、最大規模の空爆によって報復しました。その気持ちは分かります。
 しかし、空爆によって落とされる爆弾の下には、一般の市民はいないのでしょうか。「イスラム国」の兵士には、その死を悲しむ家族や友人、恋人などはいないのでしょうか。
 攻撃に対して反撃し、それによってまた新たな攻撃が触発され、そしてまたそれに反撃する。このような憎悪の連鎖と復讐の応酬によって問題は解決されるのでしょうか。

 武力対決と力による応酬は、問題を拡散させ、複雑化し、解決を困難にしてきました。軍事や警察的な対応だけでテロを防ぐことは不可能です。
 迂遠であるように見えても、テロの土壌をなくすための政治的外交的な解決に力を尽くさなければなりません。それが結局は、根本的な解決につながる道なのだということを、9.11同時多発テロ以来の経験が教えているのではないでしょうか。
 一時の怒りに駆られて、難民の受け入れを拒んだり、宗教的な対立を強めたりすれば、それこそISの思う壺です。何がテロの防止と問題の解決につながるのか、冷静に、慎重に考えて対応する必要があるでしょう。

 このようなテロの脅威に対しては、日本も例外ではありません。今回のパリでの襲撃では「SUSHI MAKI」という日本食レストランも銃撃されていたようです。
 すでに今年の初め、ISに拘束された2人の日本人が殺害されました。そのとき、ISは「アベよ、お前の悪夢を始めよう」という声明を出しています。
 戦争法成立後の10月にバングラデシュで日本人が殺害されるという事件も起きました。現地のIS支部を名乗る団体が犯行声明を出し、反政府勢力とされる3人の犯人が逮捕されています。

 悲しみに包まれているパリは、これからの東京になるかもしれません。戦争法によってアメリカとの同盟を強め、反ISの有志連合の一員として名前を挙げられている日本は、「敵」として狙われる危険性を高めています。
 そのようなリスクを悪用して恐怖心をあおりながら、テロ対策を口実に国民監視を強めようとする動きもあります。このような策謀を許してはなりません。
 自由な民主社会こそがテロの標的なのです。それを防ぐということで自由と民主主義を制限することは本末転倒です。

 かつてブッシュ米大統領は、9.11同時多発テロに対して「対テロ戦争」を宣言してイラクとアフガンへの武力介入を始めました。それは結果的にISという鬼子を生み出し、国際社会に対するテロの脅威を高めることになっています。
 今日、オランド仏大統領はパリ同時多発テロに対して同様の「戦争」を宣言しました。これによって、ブッシュ米大統領が犯したと同様の過ちを繰り返さないことを願うばかりです。

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11月13日(金) 野党内で分断にうごめき始めた「半自民」勢力 [政党]

 野党といっても、政権についていない政党というだけのことです。必ずしも、自民党に対抗しているというわけではありません。
 ということで、今の野党内には二つの勢力が存在しています。一つは与党に対抗する「反自民」勢力であり、もう一つは与党にすり寄る「半自民」勢力です。

 実は、民主党の中にも、この「反自民」勢力と「半自民」勢力が混在していました。後者は、戦争法案反対運動が高揚していた時にはじっと息をひそめていたのです。
 その野党内での「半自民」勢力と民主党内の「半自民」勢力がうごめき始めたようです。両者が手を取り合って民主党と野党を分断するための工作を開始したということでしょうか。
 民主党の細野豪志政調会長と前原誠司元外相、維新の党の江田憲司前代表が会談し、年内に民主党と維新の党をそれぞれ解党し、合流すべきだとの認識で一致したそうです。岡田代表はこのような民主党の解党には否定的ですから、民主党内で維新の党と同様の路線対立が深まる可能性があります。

 以前から民主党内には、細野さんや前原さんのような新党路線と、岡田執行部のような自立再建路線の対立がありました。それが、またぞろ表面化してきたということになります。
 維新の党の分裂によって勢力を弱めた江田グループが、新たな寄生先として民主党内の「半自民」勢力に働きかけたからでしょう。岡田執行部の左傾化にいたたまれなくなっていた前原さんなどが、これ幸いにと呼応する動きを始めたというわけです。
 野党が「反自民」でまとまることを恐れている政府・自民党からの裏面工作もあったでしょう。前原さんや細野さん、長島さん、松原さん、金子さんなどは安倍政権を支えている極右団体の「日本会議」のメンバーですから、戦争法廃止で野党の足並みが揃うことを妨害しようとするのも当然です。

 あるいは、安倍政権の極右化によって空いた中道右派の政治空間に入り込もうとしているのかもしれません。しかし、国際的に見ても政治空間は左右の分極化が進んでおり、結局は極右に吸収されるか、支持を失って没落するか、いずれかになるでしょう。
 イギリスの労働党では左派のジェレミー・コービン党首が誕生し、スペインでは左派政党のポデモスが躍進しました。アメリカの大統領選挙でも、民主党候補レースで「民主社会主義者」を自称しているバーニー・サンダース上院議員が2位になって注目を集めています。
 民主党はこれらの例から学ぶべきでしょう。国際的な動向から言っても、国内での政治状況からしても、民主党は「右のドア」を閉めて「左のドア」を開けることでしか活路を見出せないということを自覚すべきです。

 前原さんたちは、まだ締め切られてはいない「右のドア」から江田さんら維新の党を引き入れて民主党を乗っ取ろうとしています。このような企みを許してはなりません。
 岡田さんはこのような動きに惑わされず、「左のドア」を開けて戦争法廃止の国民連合政府実現の方向へと足を踏み出すべきです。そこにしか大義はなく、民主党が生き残る道もないのですから……。

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11月8日(日) 世論と運動が「現代の坂本龍馬」となって「現代の薩長同盟」を実現させなければならない [政党]

 「政界の絶好調男」なのだそうです。昨日放映されたテレビ東京系の番組「田勢康弘の週刊ニュース新書」にも出演し対談していた共産党の志位和夫委員長のことです。
 『産経新聞』がそう書いているのを目にしました。志位委員長の韓国での発言にケチをつける記事の中でしたが……。

 『産経新聞』でさえこう書かざるを得ないほど、共産党と志位委員長の活躍が目立っているということでしょう。それは先の総選挙や宮城県議選での躍進にも示されています。
 それだけでなく、戦争法成立とともに提唱した国民連合政権樹立という新たな統一戦線政策が国民に大きな共感と希望を与えたからではないでしょうか。それは戦争法の廃止にとどまらず、安倍政権が推し進めている各種の悪政をストップさせる唯一の希望となっています。
 最近の調査でも参院選で野党は協力すべきだという世論が4割に達しています。自民党の支持率を上回って、「第1党」となっているのです。

 このような国民連合政府の樹立を展望した野党間の選挙協力ができれば、選挙情勢は一挙に転換します。とりわけ、参院選での1人区や衆院選での小選挙区での勝敗は大きく変わるでしょう。
 2009年に民主党は小選挙区で圧勝して政権を獲得しましたが、この時、共産党は148の小選挙区で立候補を取りやめています。事実上のアシストがあったための勝利であったことを民主党は全く理解していません。
 「事実上のアシスト」でも、これだけの成果を生むことができたのです。しかし、「事実上のアシスト」であったために、その後の民主党の裏切りを許すという弱点を抱えていました。

 今回の共産党の提案なら、同様の効果を生むだけでなくこのよう弱点を避けることができるでしょう。日本の政治を根本的に転換させる「回天の大業」を実現できる可能性があります。
 当選者が1人の小選挙区制は大きな政党に有利で、得票率以上に議席を多くする「かさ上げ効果」があります。これが小選挙区制の「毒」ですが、逆に候補者を調整すれば野党にもそのようなチャンスが生まれるわけですから、「薬」としても使えます。
 ここに小選挙区制の「怖さ」があります。来る参院選では32ある1人区での選挙協力を実現し、安倍首相にその「怖さ」を味あわせようではありませんか。

 このような選挙協力を実現するには民主党と共産党との連携・協力が欠かせません。これを私は、かつて中国で実現した国民党と共産党との連携・協力である「国共合作」に範をとり、「民共合作」と言っています。
 日本の歴史に範をとるとすれば、「薩長同盟」ということになりましょうか。それまで敵対し殺しあっていた薩摩藩と長州藩が密かに手を結び同盟したことによって明治維新が可能になりました。
 民主党と共産党とは敵対していたわけでも、互いに殺しあっていたわけでもありません。手を結んで「同盟」することはずっと容易なはずです。

 しかし、「同盟」による政治的な効果と政治を動かす力には変わりありません。現代の「薩長同盟」である「民共合作」が実現し、戦争法廃止の国民連合政権実現に向けての動きが始まれば、安倍政権打倒の可能性が格段に高まります。
 「アベ幕藩体制」はそのことを恐れていますから、様々な形で妨害工作に乗り出しています。それに呼応して岡田執行部の足を引っ張ろうとしているのが、民主党内部の日本会議のメンバーです。
 細野政調会長などが反対していますが、細野さんも、前原さんや松原さん、長島さん、金子さんも、みんな日本会議のメンバーではありませんか。「みんなで靖国神社を参拝する会」の会員などの「靖国派」を含め、こういう「獅子身中の虫」が民主党を右に引っ張って国民を裏切ってきたのではありませんか。

 そのことを、国民はまだ忘れていません。ですから、共産党と手を組むことによってしか、民主党は国民の信頼を回復できないのです。
 共産党との連携・協力によってはじめて、この「裏切りの記憶」を薄め、国民に信用してもらうことができるようになるのです。このことに、民主党は早く気付くべきでしょう。
 党内の反対論を孤立させ統一の方向を選択する以外に民主党再生の可能性はなく、政権復帰のチャンスは生まれません。解党的な出直しをする覚悟があるのか、「回天の大業」に加わる志があるのか、その「本気度」が、いま個々の民主党員や議員に問われているのだということを自覚するべきでしょう。

 もちろん、「薩長同盟」の実現にも多くの困難や障害がありました。それを乗り越えることができたのは、薩摩と長州の仲立ちをした坂本龍馬がいたからです。
 同様に、民主党と共産党の仲立ちをするのは「現代の坂本龍馬」、すなわち国民の世論と運動です。「民共合作」を求める強い民意こそが、坂本龍馬に代わって「現代の薩長同盟」を実現することができるのです
 「統一こそ明日への希望」です。国民連合政府実現のために野党は選挙協力せよという声を大きく強くしましょう。野党の連携・協力なしに安倍政権の打倒は不可能であり、日本の未来を切り開くこともできないのですから……。

 「実現は無理だ」と思われるような統一だからこそ、歴史を動かす力を発揮することができるのです。「薩長同盟」が実現してはじめて、日本の歴史が変わり始めたように。
 同じように、「日本の歴史が動いたのはあの時なのだ」と、後世の歴史家が振り返って評価するような瞬間を、私たちの力で作り出そうではありませんか。そのためにも、一人一人が「現代の坂本龍馬」になって、「手を組まなければいかんぜよ」と強力に働きかけていただきたいものです。
 このようにすれば、歴史を作り替えることができます。明確な目的を掲げて自主的な関与を行うことが、歴史を主体的に生きるということなのではないでしょうか。

 なお、このような共闘の実現をめざして、私も代表世話人の1人となっている東京革新懇の主催で、以下のようなシンポジウムが11月27日に予定されています。関心のある方に参加していただければ幸いです。

「一点共闘から政治変革をめざす共闘への発展に関するシンポジウム」

11月27日(金)13:00~16:20 参加費1000円
板橋区立文化会館(東武東上線大山駅徒歩3分)

コーディネイター
 五十嵐 仁(東京革新懇代表世話人・元法政大学教授)
パネラー
 渡辺 治さん(一橋大学名誉教授)
 高田 健さん(許すな!憲法改悪・市民連絡会)
 ミサオ・レッドウルフさん(首都圏反原発連合)
 仲山忠克さん(沖縄革新懇代表世話人・弁護士)

 その後、共産党の市田忠義副委員長が特別ゲストとして発言されることになりました。

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11月4日(水) 「民主主義の目覚まし時計」が鳴っている―戦争法案反対で高揚する国民運動をどう見るか(その2) [論攷]

〔以下の論攷は、『学習の友』11月号、No.747、に掲載されたものです。2回に分けてアップさせていただきます。〕

 獲得された新たな運動の質

 今回のたたかいを中心になって担ったのは「戦争させない・9条壊すな!総がかり行動実行委員会」(総がかり行動実行委員会)です。これは「戦争をさせない1000人委員会」(1000人委員会)、「解釈で憲法9条を壊すな!実行委員会」(壊すな!実行委員会)、「戦争する国づくりストップ!憲法を守り・いかす共同センター」(憲法共同センター)という3つの団体の合流によって結成された共闘組織でした。
 それは、市民運動団体「壊すな!実行委員会」を仲立ちとした連合系団体「1000人委員会」と全労連系団体「憲法共同センター」との連携という内実を持っていました。このことは強調しておく必要があります。このような形での大衆運動における共同が、すでに実現していたからです。
 また、60年安保闘争や70年安保闘争との違いでは、青年や学生の参加の背景に自らの貧困と不安があるという点が大きいように思われます。かつては使命感に基づく「他者」のための運動であり、そのために潮が引くように沈静化しました。しかし、今は自らの未来を守り切り開くための「自己」のための運動なのです。中途で投げ出すわけにはいかず、これからも沈静化することはないでしょう。
 このたたかいは、高齢者と若者、組織と個人、国会周辺と地方・地域、町内、村内での運動が呼応するような形で展開されました。前者が「敷布団」で後者が「掛け布団」のような関係(上智大学の中野晃一教授)だと言われますが、両者が連動して運動の幅を広げ質を高めることになったように思われます。
 また、運動への参加の仕方では組織的な働きかけと個人的な情報の入手という特徴もありました。このような情報の発信や受信という点で大きな意味を持ったのが、インターネットやSNS(ソーシャル・ネットワーク・サービス)などのIT(情報技術)手段です。(インター)ネットによるネット(ワーク)の形成と活用もこれまでにない特徴で、それが社会運動の武器として活用され、大きな威力を発揮した最初の事例だったのではないでしょうか。

 戦争法廃止をめざす連合政府の樹立に向けて

 戦争法が成立した日の午後、日本共産党は中央委員会総会を開いて戦争法廃止の国民連合政府の実現を目指す方針を決め、参院選などでの選挙協力を呼びかけました。素早い対応であり、的確な方針提起であったと思います。
 戦争法成立の直後から、「民主主義は止まらない」「この悔しさは忘れない」という声が上がり、コールも「戦争法案今すぐ廃案」から「安倍内閣は今すぐ退陣」へと変わりました。倒閣運動への発展・転化が生じたのです。
 今後も戦争法廃止の運動を継続させ、世論を変え、裁判にも訴えていくことが必要です。とりわけ重要なのが賛成した議員を選挙で落とす落選運動であり、戦争法の廃止を可能にするような政府の樹立です。
 参院選での与野党逆転を実現するうえでは1人区対策が重要になります。現在の参院の与野党差は28ですから15議席入れ替われば逆転しますが、野党の選挙協力が実現すれば8つの1人区で与野党が入れ替わると東京新聞は試算しています。
 今回改選される議員が当選した2010年参院選では、直前に菅首相が消費税10%発言を行って民主党が大敗し、自民党が圧勝しました。この時の共産党は3議席当選にとどまりましたが、前回の2013年参院選では5議席増の8議席になっています。これらの事情を勘案すれば、与野党逆転の可能性は十分にあると言えるでしょう。

 これからの対決の焦点

 これからは憲法9条の空文化かそれとも戦争法制の空文化か、という対決が本格化することになります。その集約点が来年の参院選であり、そこでの勝利には民主党と共産党の連携・協力が不可欠です。
 そのカギを握っているのは民主党です。民主党は「右のドア」を閉めて「左のドア」を開けるべきです。力を合わせなければ政権交代は無理であり、「反共主義」や「共産党アレルギー」では国民の期待には応えられません。未だに「裏切り」の印象が強く国民の信頼を十分に回復しているとは言えない民主党は、このことをよく考えるべきでしょう。
 この間の運動によって、政治を動かす土台とも言うべき社会が変わり始めました。政権交代の準備はもう始まっているのです。一時的なブームという上からの「風」頼みの政権交代ではなく、人々の考え方や価値観の変化をともなった下からの「草の根」の力による政権交代という条件が形成されつつあります。
 好きか嫌いかを優先するようでは政治家の資格はありません。嫌いでも国民のためになるのであれば手を組むべきです。せっかく盛り上がってきた倒閣運動です。「民主主義の目覚まし時計」を鳴らして、その高揚をもたらした安倍首相の「政治的プレゼント」を無にしてはなりません。政権交代によって、この「プレゼント」を最大限有効に活用しようではありませんか。


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11月3日(火) 「民主主義の目覚まし時計」が鳴っている―戦争法案反対で高揚する国民運動をどう見るか(その1) [論攷]

〔以下の論攷は、『学習の友』11月号、No.747、に掲載されたものです。2回に分けてアップさせていただきます。〕

 はじめに

 「我々は、試合に負けたかもしれませんが、勝負には勝った」。民主党の福山哲郎幹事長代理は、こう述べました。戦争法案採択前の参院本会議での反対討論です。その「勝負」の決着は次の参院選、解散・総選挙でつけなければなりません。その時には「試合にも勝てる」ように、今から準備する必要があります。
 戦争法案反対闘争における最大の特徴は国民の民主主義的覚醒でした。戦争法案をゴリ押しすることで、安倍首相は心ならずも「民主主義の目覚まし時計」を鳴らしてしまったようです。若者をはじめ、このたたかいに加わった人々は政治変革の必要性を痛感し、それに向けての決意を固めたことでしょう。このような価値観の変化を呼び起こし、変革に向けての主体を形成できたところに、戦争法反対闘争の最大の成果があります。
 度重なる安倍政権の暴走によって、この世のあらゆる災いが飛び出してきたような日本です。しかし、「パンドラの箱」にはまだ残っているものがありました。最後に残された希望は「民の声」です。国会前をはじめ全国津々浦々に響き渡ったこの「民の声」を、戦争法廃止の国民連合政府(詳しくは後述)実現の力とするのが、これからの私たちの課題にほかなりません。

 立憲主義・平和主義・民主主義の破壊

 国会での戦争法案の審議と採決を通じて明らかになったのは、立憲主義・平和主義・民主主義の破壊という問題でした(経過は年表参照―省略)。  
 立憲主義について言えば、集団的自衛権の行使容認という内容と、59年砂川判決や72年閣議決定を根拠に憲法の解釈を変更するという手法という二重の憲法違反を犯しています。
 また、審議を通じて明らかになったのは、法律の根拠となる「立法事実」が存在しないということでした。当初、安倍首相は具体的な例として、ホルムズ海峡での機雷掃海、日本人の母子を輸送する米軍艦の防護、北朝鮮のミサイル発射を警戒監視中の米艦防護などを挙げていましたが、いずれも根拠のないことが明らかになったからです。
 さらに、民主主義の破壊という点では、民意の無視が際立ちました。最終盤での参院特別委員会での採決は与党の「だまし討ち」によって大混乱に陥り、速記録には「議場騒然、聴取不能」と書かれているだけです。回りを取り囲まれたために議長の声は聞こえず、起立した委員の姿も議長からは見えなかったでしょう。擬似運営上の瑕疵があったことは明らかで、採決不存在と審議続行を求める要望書が出されたのも当然です。
 9月19日未明、参院本会儀で戦争法案は成立しました。しかし、各新聞の世論調査では5割が法案に反対で成立を評価せず、6割が憲法に違反しているとし、審議が尽くされていないという意見も7割から8割近くに上っています。説明不十分という意見に至っては8割を超える調査もありました(図参照―省略)。8割といえば国民の大部分じゃありませんか。

 実証された「反響の法則」

 戦争法案に対しては、質量ともにかつてない反対運動が起きました。強く打てば強く響く「反響の法則」が実証されたことになります。攻撃が強いほど反発や抵抗も大きくなり、訴えれば応える世論の変化も顕著で、国会内外の連携も目立ちました。
 元最高裁長官や判事、元内閣法制局長官、官僚や自民党幹部のOB、9割の憲法学者、弁護士、大学人、創価学会員、宗教者、医療・介護・福祉関係者、大学生や高校生、国際NGOやNPO、元自衛官、演劇人、映画関係者、文学者、音楽家、タレント、地方自治体議会と議員、普通の市民などが立ち上がりました。
 全国2000カ所以上で数千回の抗議行動が取り組まれ、130万人以上が参加したと、SEALDsの奥田愛基さんは国会の参考人質疑で述べています。
 デモと集会は、ホップ(原発ゼロ実現・再稼働反対)、ステップ(秘密保護法制定阻止)という2段階を経て復権し再生してきました。今回の戦争法案反対のたたかいはこれを引き継ぎ、大きくジャンプして全国に拡大したのです。
 集会の開き方も様変わりし、官邸前や国会周辺で定期的に取り組まれ、有名無名の人々が横並びで自由に発言しました。「わたし」が主語となり自分の言葉で発せられたスピーチは聞く人々の胸を打ち、非暴力のパレードやサウンドデモ、ラップ調のコール、ふらりと参加できる気安さ、感覚的なカッコよさなども、これまでにない特徴です。
 自主的自発的な個人の参加者が目立ったことが注目されていますが、同時に指摘する必要があるのは、大学生のSEALDs(シールズ、自由と民主主義のための学生緊急行動)や「ママの会」をはじめ、高校生のT-ns SOWL(ティーンズソウル)、SADL(民主主義と生活を守る有志)、MIDDLEs、OLDs、各大学・各分野の有志の会などの新しい組織の結成が相次いだことです。
 そして、これらの新たに登場した組織と労働組合などの既存の組織が連携し協力したことも大きな特徴でした。労働組合の姿が見えにくかったのは、動員型での集会参加が少なかっただけでなく会場整理などの裏方として運動を支えていたからで、動員されなくとも個人として集会に参加した組合員も多かったのではないでしょうか。

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