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8月31日(月) 主権者が立ち上がるとき時代は動く [社会運動]

 すごい数でした。昨日の国会周辺での戦争法案反対10万人大行動です。
 このようにして主権者が立ち上がるとき、時代は動くのだということを実感しました。このような民意によって政治が変われば、そのときこそ民主主義が作動したことになります。

 この日の午前中、私は熱海後楽園ホテルで開かれた神奈川土建組織活動者会議で講演しました。参加者は500人で、これもすごい数です。
 会場のホールをとりまくように各支部の組合旗が飾られており、迫力満点です。この日の午後一番で「戦争法案反対全国100万人大行動」に呼応して、500人の参加者でプラカードを掲げてコールを行うと言っていました。
 これは実行されたようです。その様子が東京土建のホームページhttps://www.facebook.com/kanagawadoken/posts/1042413225792793にアップされています。

 ここでの講演が終わってすぐ熱海駅に向かい、新幹線で東京駅、そこからタクシーで国会図書館裏に行きました。憲法共同センターの宣伝カーからスピーチする予定だったからです。
 その場所では懐かしい友人・知人にも会いしました。ただし、ずっとそこにいましたので、国会議事堂の姿も正門前の道路を埋め尽くした人々の姿も見ずじまいです。
 この日、国会周辺に集まった人々は主催者発表で12万人、警察情報で3万人とされています。その「国会周辺」の人々の数に、国会図書館の裏にいた私たちは入っているのでしょうか。

 宣伝カーから、民主党の小川敏夫参院議員、共産党の池内さおり衆院議員、社民党の吉田忠智党首、ミサオ・レッドウルフさんなどとともに、私もスピーチさせていただきました。「若手の憲法学者」の方の発言がありましたので、「古手の政治学者」として発言させていただいたというわけです。
 「政府・与党は戦争立法を平安法と呼んでくれなどと言っているけれど、平安時代の法律なのか。憲法に違反することは明らかだ。イケンの法律を成立させてはイケン。反対イケンを国会にぶつけよう」と、「イケン」3連発をぶちかましました。
 日本を守ると言いながら他国を守れるようにする、安全を確保すると言いながら自衛隊員や国民を危険に晒そうとする、国際社会の平和と安全に貢献すると言いながらアメリカによる無法な戦争の手伝いができるようにする――そのどこが平和と安全のためになると言うのでしょうか。しかもそれを、政府による憲法解釈の変更だけでやってしまおうと言うわけですから、内容もやり方も憲法違反で立憲主義に反しています。

 阪神タイガースのファンが戦争法案に反対して「反戦タイガース」を結成したそうです。私もタイガース・ファンですので、勝手に「反戦タイガース」を名乗らせていただきます。
 このように、今回の戦争法案反対運動には、自主的、多世代、全国規模という特徴があります。これまでの政治運動とは異なる新しい運動の質と広がりが生まれていると言えるでしょう。
 その背後には、インターネットSNSなどの新しい情報通信手段の普及という技術的条件が存在しています。政治をめぐる情報戦において、民衆は新しい武器を手に入れ、それを存分に活用しているということです。

 昨日の国会正門前の集会で、民主党・共産党・社民党・生活の党の野党4党首があいさつして手を握りました。この4党の連立こそ、これから目指すべき新しい民主的政府の姿だと言えるのではないでしょうか。
 政府・与党は9月11日までに参院での採決を狙っているようです。もし、採決を強行すれば国民の怒りはさらに高まり、自公政権に代わる新しい民主的政権樹立に向けての機運も生まれるにちがいありません。

 戦争法案は廃案に追い込むしかありません。安倍政権は打倒するしかありません。 
 そしてそれをめざした反対運動の高まりを、自公政権に代わる新たな統一戦線と民主的政府樹立へと結びつけること――これが、これからの課題なのではないでしょうか。

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8月29日(土) 戦争法案の準備とともに進められてきた既成事実化の数々 [戦争立法]

 安倍首相ぼど「軍事大好き総理」は、今までいなかったと言って良いでしょう。確かに、岸首相や鳩山一郎首相なども憲法改正と再軍備を主張しました。
 また、中曽根首相も「日本列島不沈空母論」や「三海峡封鎖論」を唱えました。安倍首相もその「伝統」を受け継いでいます。
 しかし、安倍首相の場合は、発言だけではありません。実際の政策変更によってその具体化を急速に進めてきており、この点に大きな特徴があります。

 安倍首相は、これまでのどの首相よりも自衛隊への親近感を示しています。今まで、ヘルメット迷彩服姿で戦車に乗るというようなパフォーマンスを見せた首相がいたでしょうか。
 航空自衛隊松島基地を訪問した際、細菌兵器の人体実験を行ったとされる旧陸軍の731部隊と同じ機体番号の戦闘機に搭乗して顰蹙を買いました。過去において、このような首相がいたでしょうか。
 このような「軍事大好き総理」で自衛隊への親近感を抱いているからこそ、軍事力の活用を中核にした「積極的平和主義」を打ち出し、「専守防衛」を踏みにじって「海外で戦争する国」に、この国を変えようとしているわけです。

 そのために提案されているのが、今国会で審議されている戦争法案です。しかし、それはほんの一部にすぎません。
 「海外で戦争する国」になるために、それ以外にも着々と既成事実化が図られてきたことを見逃してはなりません。その推進主体は、安倍首相です。
 そもそも、「海外で戦争する」ためには、システム、ハード、ソフトという3つの面での具体化が必要になります。これらのうちのどれが欠けても「海外で戦争する」ことは困難になりますから、その整備・具体化が進められてきたのも当然です。

 第1に、法・制度の改変による「システム」面の整備です。その中核をなすのは、現在審議されている憲法違反の戦争法制の整備です。
 すでに、第一次安倍内閣の時には防衛庁の防衛省への昇格がなされています。第二次安倍内閣になってからは、国家安全保障会議(日本版NSC)と国家安全保障局の新設による戦争指導体制の整備が行われました。
 これに、武器輸出三原則から防衛装備移転三原則への変更によって禁輸から輸出へという180度の転換がなされ、政府開発援助(ODA)大綱の「開発協力大綱」への変更による非軍事目的の他国軍への支援が容認され、背広組優位を転換して「文官統制」規定を廃止した防衛省設置法12条が改正され、日豪・日露・日英間での外務・防衛担当閣僚会議(2プラス2)の設置などが行われています。いずれも、戦争するために必要なシステムの改変でした。

 第2に、自衛隊の「戦力」化と在日米軍基地の強化などの「ハード」面の整備です。2013年12月には国家安全保障戦略が閣議決定されましたが、このとき同時に、新防衛計画の大綱や新中期防衛力整備計画(5年間で25兆円)も閣議決定されています。
 自衛隊の「戦力」化という点では、5機のヘリが同時に発着できる海自最大の「空母型」護衛艦「いずも」(今年3月に就役)と同型のヘリコプター搭載護衛艦の進水式が27日に行われ、旧日本海軍の空母「加賀」と同じ「かが」と命名されました。このほか、「島しょ防衛」を口実にした陸上総隊の新設や「水陸機動団」編成による日本版海兵隊の新設、軍需産業と一体での武器技術の開発・調達・輸出を推進する防衛装備庁の新設、武器に応用できる大学での研究についての防衛省による公募開始などがあります。
 在日米軍基地の強化という点では、沖縄・普天間基地問題の解決を名目とした辺野古での巨大新基地建設や高江でのヘリパッド(ヘリコプター着陸帯)建設、普天間基地への垂直離着陸機オスプレイの追加配備、京都府京丹後市の経ケ岬通信所への弾道ミサイル探知・追尾用レーダー(Xバンドレーダー)の配備、横須賀基地での原子力空母の新鋭艦への交代やイージス艦2隻の追加配備、三沢基地への無人偵察機の初展開などがあります。

 また、2016年度予算に対する防衛省の概算要求も4年連続の増加となっています。5兆911億円(15年度当初予算比2.2%増)という概算要求は過去最大のものとなりました。
 この中には、垂直離着陸輸送機オスプレイの購入、イージス艦の建造、新型空中給油機の取得なども計上されています。航続距離が長く、大量の物資を遠くまで運べる装備の充実がめざされていることは明らかです。
 いずれも、海外展開を視野に入れた要求に見えます。「海外で戦争する」ための部隊の編成と装備の充実が図られようとしており、戦争法案が成立すれば国家予算の使い方も大きく変容するにちがいありません。

 第3に、世論対策と教育への介入などの「ソフト」面の整備です。この点では、首相官邸によるマスコミへの懐柔と干渉が際立っていると言って良いでしょう。
 ご存知のように、NHK会長や経営委員に安倍首相の「お友達」が選任され、アベチャンネルとなってニュースの報道が政府寄りに歪められてしまいました。このほか、特定秘密保護法の制定による軍事機密の秘匿、情報の隠蔽と取材規制、改正通信傍受法案(盗聴法案)や司法取引を導入する刑訴法改定法案の提出なども相次いでいます。
 また、教育への介入という点では、教育再生実行会議による「教育改革」が進められ、愛国心の涵養や道徳の教科化などによる「戦争する心」作りが着手されています。自民党などによる教科書内容への干渉も強まり、育鵬社版教科書の採用への圧力も大きくなっています。

 このように、「海外で戦争する国」に向けての準備は、戦争法案に限られません。以上に見たような形で総合的全面的な政策展開がなされ、既成事実化している点に注目し、警戒する必要があります。
 これらの事実を垣間見ただけでも、戦争準備が着々と進められていることが分かります。日本は、すでに「戦後」ではなく「戦前」になろうとしているのかもしれません。
 そのような道を拒むためにも、戦争準備のためのシステム整備の中核となっている戦争法案を廃案にする必要があります。日本はいま容易ならざる段階にさしかかりつつあるということを直視し、行動に立ち上がろうではありませんか。

 なお、明日の国会前行動では、憲法共同センターの運営する宣伝カーステージでスピーチすることになりました。場所は国会図書館の裏です。
 渾身の力を込めて話をさせていただきます。多くの方に聞いていただければ幸いです。

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8月27日(木) 10万人国会包囲と100万人大行動こそ「革命」の始まりだ [社会運動]

 「戦争法案廃案!安倍政権退陣!総がかり行動実行委員会」が呼びかけている8月30日(日)の「国会・日比谷10万人・全国100万人大行動」に参加しましょう。私も、この日の午前中は熱海で講演ですが、それが終わった後、国会前に駆けつけるつもりです。

 革命的な情勢を生み出す条件とは、被支配階級がもはや支配を受け入れなくなっただけでなく、支配階級が今まで通りの支配を維持できなくなること、そして人民の行動力が急速に高まることであると、レーニンは述べています。今の日本は、戦争法案をめぐってこのような条件が生まれつつあるのではないでしょうか。
 平和と民主主義を求める人々の「革命」の始まりは8月30日になりそうです。この日、国会前と日比谷公園に10万人、全国で100万人が戦争法案反対の大行動に立ち上がって廃案を求めることが呼びかけられています。
 このブログを目にしている全ての方が、何らかの形でこの行動に参加されることを呼びかけたいと思います。そうすれば、あなたはもう「革命家」です。

 参院の特別委員会で戦争法案についての国会審議が続いています。法案の内容の危険性や政府の説明のデタラメぶりが、さらにいっそう明らかになりました。
 半島有事における米艦防護について、邦人を輸送していなくても防護の対象になると、中谷防衛相は答弁しました。昨年5月15日と7月1日の記者会見で、安倍首相は邦人の母子を運ぶ米艦のイラストを示し、この米艦を守ることができるようにするために集団的自衛権の行使が必要だと言っていた説明は何だったのでしょうか。
 邦人を乗せていない公海上の米艦が攻撃されたとしても、それが直ちに我が国の存立を脅かす「存立危機事態」だなどと言えるはずがありません。やはり、戦争法案は日本の安全や存立とは無関係に米軍を助け補完するための法律であるということが、この答弁からも分かります。

 また、イラク戦争に際しての民間人の動員について、武器・弾薬を含む物資や人員の輸送で「総輸送力の99%を民間輸送力に依存」していたこと、日本とクウェート間の要員の輸送についても「民間航空機で100回」などと中谷防衛相は答弁しました。いつ戦場となるか分からない「後方支援」のために、自衛隊だけでなく民間企業が動員される可能性があるということになります。
 そもそも、最近では「戦争の民営化」が進んできていました。横須賀に入港する米潜水艦の乗員の半分近くは民間企業の社員だとも言われており、イラクのファルージャの戦闘には民間の軍事会社が参加し、IS(イスラム国)に殺害された湯川さんも入国目的は戦争ビジネスの下見だったと言われています。
 自衛隊だけでなく輸送や建設など戦争関連の企業や社員にとっても戦争法案は無縁ではないということになります。しかし、この法案には、このような形で戦争に動員され協力させられる民間人の安全確保については全く触れられていません。

 これ以外にも、自衛隊の中央即応集団の隊員が「研修」名目で米軍の特殊部隊との共同訓練を行っていたこと、民間企業の新入社員を「実習生」として2年間自衛隊に派遣する制度を検討していたことなどが明らかになりました。戦争法案は、このような実態とともに具体化されようとしています。
 「海外で戦争する国」の実現に向けて着々と既成事実化が進んできており、事態は容易ならざる状況に至っているというべきでしょう。戦争法案の阻止だけでなく、安倍首相の退陣そのものを目指すべき理由がここにあります。
 8月30日を起点とした「革命」的な状況を生み出すことによって安倍政権を倒しましょう。消費税の増税、戦争法案の提出、原発再稼働、TPP参加交渉、沖縄新基地建設などが次々と繰り出されてきましたが、パンドラの箱にはなお安倍退陣という希望が残されています。

 「革命」とは、必ずしも短期間の突発的な運動の高揚や政治的な変革を意味しているわけではありません。「明治維新」でさえ、1853年のペリー浦賀来航から1868年の明治新政府樹立まで15年もかかっていたのですから……。
 「2015年8月30日に、あなたはどこで何をしていたのか」と、将来、いつの日か問われることがあるかもしれません。「その日は戦争法案の廃案を求めて国会前にいた」と、そのときには答えられるようにしたいものです。

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8月24日(月) 安倍政権を揺り動かす激動の情勢が始まりつつある [内閣]

 前回の更新から、10日も空白が空いてしまいました。長い夏休みだったと思われるかもしれません。
 確かに、故郷の新潟に帰って骨休めをしました。しかし、その間にも雑誌『世界』の原稿を書く必要があり、それは帰京してからも続いていたのです。
 先ほど原稿を送り、ようやくブログを書く余裕が生まれました。この原稿は9月8日発売の雑誌『世界』に掲載される予定です。

 先週末の23日(土)~24日(日)には、神奈川革新懇の「第3回夏の泊まり込み研修会&交流会」で講演し、神奈川県の皆さんと交流してきました。これまでも講演などに呼んでいただいたことがあったり、県知事選での岡本一候補や県議選川崎区の後藤真佐美候補の応援などでもかかわりがあり、久しぶりにお目にかかった方も沢山おられました。
 知事選で一緒に横浜駅頭で街頭演説をした畑野君枝衆議員も駆けつけてきて、緊急国会報告をされました。夕方になってからさっと来られてさっと出て行かれたあわただしさにも、国会情勢の緊迫度が示されていたように思います。
 神奈川でも、「戦争法案」反対の運動が盛り上がっており、各地の運動の報告はどれも元気で活気に満ちたものです。相模原、鎌倉、横浜市の瀬谷区、神奈川区、綾瀬市、海老名市、伊勢原市などで党派を超えた共同行動が大きなスケールで発展しており、草の根での運動の拡大をまざまざと知ることができました。

 合宿の会場は湯河原町でしたが、湯河原町長があいさつに見え、その旅館のオーナーも9条の会の会員であいさつされました。この湯河原では7月に小林節さんの講演会が観光会館で開かれ、町政史上最高の450人が詰めかけて大きな話題になったそうです。
 また、横浜での若者のデモでは、当初の参加確認が200~300人だったのに出発時には600人になり、途中で増えて解散時には1400人にまで膨れあがったそうです。デモ申請の数を大きく上回って警備の手が回らず、警察に怒られたといいます。
 このような例は、おそらく各地で生まれていることでしょう。取り組みの姿勢においても、過去の運動の延長線上で今の運動を捉えてはならないということでしょうか。

 この講演でも話しましたが、これまで安倍政権を支えてきた2本柱が崩れ始めています。一本は安倍内閣への支持率で、もう一本は株価でした。
 このどちらも破たんし、急降下を始めています。内閣支持率は直近の調査で若干持ち直したようですが、株価の方は世界的な規模で大暴落を始めました。
 先日発表された第2四半期(4~6月)のGDP成長率がマイナス0.4%(年率換算で1.6%減)となったばかりでの株価の下落です。破たん確実と言われ続けていたアベノミクスでしたが、いよいよ弔鐘が鳴り始めたということになるでしょう。

 このようななかで、もう一つ、大きなニュースが飛び込んできました。オリバー・ストーン氏(米映画監督)やノーム・チョムスキー氏(米マサチューセッツ工科大学言語学名誉教授)、モートン・ハルペリン氏(元米政府高官)ら海外の著名人や文化人、運動家ら74人が22日、名護市辺野古の新基地建設計画をめぐる声明を発表したというのです。
 この声明は、同計画を阻止する鍵を握るのは、翁長雄志知事による埋め立て承認の取り消し・撤回だと主張し、「沖縄の人々は、知事が無条件で妥協や取引も全く伴わない埋め立て承認取り消しを行うことを求め、期待していることを明白にしている。我々は沖縄の人々のこの要望を支持する。世界は見ている」と述べています。まさに、沖縄での戦いを「世界は見ていた」のであり、強力な援軍の登場です。
 安倍政権は、日本国内の草の根の運動によって追い込まれているだけではありません。国際的な広がりをもった辺野古新基地建設反対の運動にも直面することになったのです。

 国の内外において、安倍政権を揺るがす激動の情勢が始まっていると言うべきでしょう。暴走阻止に向けての戦いが大きく盛り上がろうとしていますが、安倍首相の暴走には自民党の変貌という背景があります。
 この問題については、前掲の雑誌『世界』に書きました。9月8日発売の『世界』10月号の拙稿をご笑覧いただければ幸いです。

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8月15日(土) 「戦後70年談話」に示された安倍首相の誤算と意地 [首相]

 安倍首相からすれば、ずいぶん不本意な談話だったのではないでしょうか。この内容なら出さなければよかったと思っているかもしれませんが、かといって出すと言ってしまった以上、出さないわけにはいかなかったでしょう。
 いずれにしても、安倍首相にとっては誤算続きの談話発表になったようです。同時に、村山談話をそのまま維持したくないという意地を通し、内容を薄めて未来志向を盛り込んだために長くなり、、焦点の定まらない中途半端な談話になってしまいました。

 政府は昨日夕の臨時閣議で、戦後70年に関する安倍晋三首相談話を決定しました。首相はその後、官邸で記者会見してこの談話を発表しています。
 首相は談話で、先の大戦について「日本は進むべき進路を誤り、戦争への道を進んだ」と表明し、「事変、侵略、戦争。いかなる武力の威嚇や行使も、国際紛争を解決する手段としては、もう二度と用いてはならない」「植民地支配から永遠に決別し、すべての民族の自決の権利が尊重される世界にしなければならない」と「侵略」「植民地支配」に言及しました。しかし、それは首相自身の言葉ではなく戦後日本の誓いとしての言及であり、首相自身が侵略をどう認識しているかについては触れず、韓国への「植民地支配」にも踏み込んでいません。
 また、「わが国は、先の大戦における行いについて、繰り返し、痛切な反省と心からのおわびの気持ちを表明してきた」と指摘し、「こうした歴代内閣の立場は今後も揺るぎない」と述べました。「痛切な反省と心からのお詫び」という言葉はありますが、その主語は「わが国」であり、「反省」と「お詫び」の対象は「先の大戦」とされ、それが侵略戦争であったかどうかについては曖昧にされています。

 このように、村山談話にあった「侵略」「植民地支配」「反省」「おわび」などの「キーワード」は今回の「安倍談話」にも含まれました。新しい談話を出して村山談話を上書きし、その内容を換骨奪胎しようと考えていた当初のもくろみからすれば大きな後退であり、安倍首相の周辺やネトウヨ的な支持者は挫折感を味わっていることでしょう。
 このような形で「安倍カラー」を抑制せざるを得なかったのは、首相にとっては大きな誤算だったにちがいありません。その結果、新たに談話を出した意味がほとんどなくなってしまったのですから……。
 当初、15日に出すとされていた談話の発表についても一日前の14日とし、閣議決定はしないつもりだったようです。それは、首相個人の思いを全面的に開陳して村山談話を覆すような新談話を発表したいと考えていたからです。

 しかし、周辺諸国などの警戒感や公明党の反対、安保法制審議への影響や反対運動の高まり、そして何よりも内閣支持率の急落によって、このような首相の思惑は頓挫することになりました。周辺諸国に喧嘩を吹っ掛けるようなひどい談話にさせず、首相の誤算を招いたのは内外の世論の力です。
 安倍政権の暴走に対する反対運動の高揚が生み出した大きな成果でした。新国立競技場建設計画の見直し、沖縄での新基地建設工事の一時中断、そして今回の「70年談話」と、安倍首相は世論に押されて譲歩せざるを得なかったのですから……。
 今回もまた、民意の力がいかに大きなものであるかが示されたと言えるでしょう。これに続いて「戦争法案」についても民意の力で押し返し、廃案に追い込むという第4の成果を上げたいものです。

 とはいえ、今回の談話でも安倍首相はそれなりの「意地」を示しました。「侵略」「植民地支配」などの言葉はあっても、それを首相自身の歴史認識として示すことは巧妙に回避し、「反省」と「おわび」についても「歴代内閣の立場は、今後も、揺るぎない」として自ら「おわび」する形にはせず、将来の日本人に「謝罪を続ける宿命を背負わせてはならない」との表現も組み込んでいます。
 中国への配慮を随所に盛り込んでいますが、韓国への言及はほとんどありません。従軍慰安婦という言葉はなく被害女性の人権侵害についても、日本が行った犯罪行為としてではなく戦時下における一般的な問題として言及されているだけです。
 また、村山談話にあった「植民地支配と侵略によって、アジア諸国に多大の損害と苦痛を与えた」という部分は引用しませんでした。「植民地支配」も「永遠に決別」と位置付けました」が、韓国への「植民地支配」には踏み込んでいません。


 戦後50年に当たって談話を発表した村山元首相は、この安倍談話について「何のためにおわびの言葉を使ったのか、矮小(わいしょう)化されて不明確になった。植民地支配や侵略などの言葉をできるだけ薄めたものだ」と批判しました。村山談話が継承されたという認識は「ない」とし、「長々と言葉に配慮し、苦労して作った文章だというのが第一印象。しかし最後は焦点がぼけ、何を言いたかったかさっぱり分からない」と述べています。
 また、安倍談話が「先の世代に謝罪を続ける宿命を背負わせてはならない」とした点については「(政府の姿勢を)はっきりさせれば謝る必要はない。安倍首相が最初から(村山談話を)継承すると言えば、それで済んだ。本来なら談話を出す必要はなかった」と反論しました。
 これまで謝罪を繰り返さざるを得なかったのは、安倍首相やその周辺の政治家のように、それを否定して加害責任を曖昧にしようとする言動が繰り返され、誤解を招いてきたからです。今回の安倍談話についてもきっぱりとした反省と謝罪とは言えず、中国や韓国がどう反応するかが注目されます。

 未来志向と言うのであれば、過去の問題を解決することを避けてはなりません。自らが犯した過ちをはっきりと認め過去の罪を償うことからしか、新たな未来は生まれてこないのですから……。

 なお、本日から新潟の実家に帰省します。東京を留守にしている間、このブ ログをお休みしますので、ご了承いただければ幸いです。

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8月14日(金) 「戦争法案」反対運動で果たすべき科学者としての大きな役割 [論攷]

〔以下の論攷は、日本科学者会議『東京支部つうしん』No.574、2015年8月10日号、に掲載されたものです。最後の一段落は削除されましたが、アップするにあたって復元しました。〕

 違憲の「戦争法案」が衆院で強行採決され、論戦の舞台は参院へと移りました。ここで問われているのは戦争か平和か、民主主義か独裁かであり、国民主権と議会制民主主義を守るたたかいへと運動は発展しつつあります。
 今頃になって合憲論を唱えている政治家や学者は、集団的自衛権の行使は憲法違反になるから憲法を変えなければならないと改憲論を主張してきた人たちです。それが突然、今から半世紀以上も前の砂川判決を持ちだし、「実は最高裁が合憲だと言っていたのですよ」などと説明しても、誰が納得するというのでしょうか。
 参院で与党は過半数以上を占めていますが、諦める必要はありません。条約や予算とは異なって参院で可決されなければ法律にはならないからです。60日間経った後の衆院での再議決には3分の2の多数が必要です。今後の審議によって「戦争法案」の危険性はさらに明らかになり、会期延長はかえって反対運動を盛り上げるチャンスを拡大するでしょう。
 あと2カ月間、国会周辺のデモだけでなく、議員にFAXやメール、手紙で直接声を届け、地元での反対運動を盛り上げ、採決できなくなるようにすることが必要です。反対世論を高めて「やれるものならやってみろ」と言えるような状況を生み出そうではありませんか。
 安倍内閣支持率の急落や自民党支持率が低下する中で、自民党内でも危機感が高まってきています。特に、来年夏に改選期を迎える参院議員にとっては気が気ではないでしょう。安倍首相の「趣味」に付き合って「心中」したくないという気持ちにさせればいいんです。
 公明党や支持母体の創価学会でも動揺が広がっています。公明党支持層の94%が「説明不十分」とする世論調査があり、デモには創価学会員による公明党決別宣言のプラカードが登場しました。二見伸明元公明党副委員長は週刊誌で「『平和の党』という看板は完全に失われた」と批判し、安保法制反対の憲法学者が学会系の雑誌『第三文明』に寄稿しています。
 衆院レベルでの反対運動では、3人の憲法学者の「違憲」発言をはじめ学者や弁護士など専門家が大きな役割を果たしました。大学人やアカデミズムでの反対運動や学生の参加も目立ってきています。参院レベルの運動でも、この経験を活かすべきでしょう。
 学者・研究者には理論的な力があり、社会的な信用度も高く、大きな発信力と強い影響力を持つという強みがあります。この間の教訓に学んで、このような強みを発揮していただきたいものです。
 可能であれば、講師などとして「戦争法案」の問題点を解明し、声明やアピールに名前を連ねて参加者を励まし、自信と確信を与えることです。これらの点で科学者はとりわけ大きな力を発揮できるはずです。先生の名前を発見すれば、教え子は喜び勇気づけられることでしょう。
 今こそ、平和と民主主義の何たるかを身をもって教える時だと思います。若者や教え子を戦場に送らないためにも、この国の自由と民主主義を守り、世界平和に貢献するためにも、日本の科学者としての生きざまをかけた発言と行動が求められているのではないでしょうか。


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8月11日(火) 普通の働き方を実現するために―労働の規制緩和と再規制の課題(その3) [論攷]

〔以下の論攷は、女性労働研究会編『女性労働研究―「ふつうの働き方」を諦めない』No.59、青木書店、に掲載されたものです。3回に分けてアップさせていただきます。〕

Ⅲ。労働再規制の課題

 人間らしい労働を実現するためには、雇用改革の方向を逆転させなければならない。それは労働の分野における規制の緩和ではなく、労働再規制である。その目標は、働き続けて生活できる賃金が保障され、生命や健康を損なわない人間らしい労働(デーセントワーク)が実現されることである。そのためには、どのような課題があるのだろうか。
 第1に、雇用の安定である。現代の働き方において雇用形態が多様化することは避けられない。しかし、そのような多様化が雇用の切断を生み出すことがあってはならない。雇用においては無期・直接雇用が原則であり、有期・間接雇用はあくまでも一時的で例外的なものとして許容される。
ときには、雇用が切断されることがあるかもしれない。しかし、その場合でも生活を維持し続け、再就職できるようにすることが必要である。そのためには、失業補償と職業訓練の充実が不可欠の課題となる。もちろん、非正規労働者の保護の拡大や均等処遇の実現、正規化の推進も重要な課題であろう。
 第2に、当たり前に生活できる賃金の実現である。そのためには、時間給の引き上げが必要であり、公務員賃金の引き上げによって世間相場の上昇を図り、生活賃金や公契約運動によって賃金を下支えし、企業グループ内における企業内最賃などの実現をめざさなければならない。
非正規労働者でも生活できる賃金が必要なことは言うまでもない。非正規であっても家計補助的ではなく生活維持的な賃金へと、その性格は変化してきている。非正規労働者といえども、その賃金は「枝」ではなく「幹」なのである。それにふさわしい額とするためには、 最低賃金の上昇を図らなければならない。と同時に、このような負担に耐えられない中小企業への支援が必要である。
 第3に、生きることを阻害しない労働時間の実現である。先の通常国会では過労死・過労自殺を国の責務で防ぐ「過労死等防止対策推進法」が成立した。これは過労死という言葉を初めて使った法律で、これを武器に法的規制を強化し、不払い(サービス)残業の一掃などに取り組まなければならない。
 同時に、労働基準法を改定し、残業時間の上限(月80時間)を定めて「36協定」による延長を認めず、月80時間以上の残業についての労使協定を全て無効とする必要がある。また、EU諸国などで導入されている11時間のインターバル休息の制度も導入すべきであろう。これらの規定を厳格に守らせるために労働基準監督官を増員し、その権限の強化を図り、違反への取り締まりを強化しなければならない。
 第4に、労働と生活を下支えする社会保障の充実である。働く人にとっての最大の問題は、住居・出産・育児・教育・医療・介護・年金などの必要経費を誰がどう保障するのかという問題であり、これまでは年功序列型賃金が基本的にはこれらを負担してきた。いわば、ライフサイクルに対応した生活賃金の上昇によって福祉政策が代替されてきたのである。
 しかし、今日の成果・業績型賃金では、このような形で必要経費を賄うことが難しい。年功型ではない非正規労働者の賃金も同様である。このような年齢に対応しないフラットな賃金と社会保障の貧困が結びつけば、ワーキングプアと未婚者の増大がもたらされることになる。賃金形態の変容によってセーフティーネットの担い手が企業から行政ないしは家庭や地域へと変化しつつある。これに対応可能な新たな福祉国家を展望する社会保障基本法や社会保障憲章の制定が急務となっている。

むすび

 6月に出された「骨太の方針」は「女性の活躍、男女の働き方改革、複線的なキャリア形成の実現など若者等の活躍推進、複層的・複線的な再チャレンジの機会を確保、非正規雇用労働者には教育訓練機会の確保や処遇を改善、少子化対策、健康長寿を社会の活力に」との方向を打ち出した。このような改革課題を掲げざるを得ないほどに、問題は大きくなり矛盾は深刻化してきたのである。
 しかし、これらの課題はいずれも「普通の働き方」で生きられる社会でなければ実現できない。日本を持続可能な社会にするためには「人間らしい普通の働き方」が不可欠であり、そのためには第2次安倍内閣が目指す規制改革の方向を逆転させ、労働再規制を目指さなければならない。
 戦後の日本社会を支え、生活と労働の基盤となってきた働き方を掘り崩しながら、女性や若者の活躍、少子化対策を掲げてみても、土台に穴を開けながら屋根を修理しようとするようなものである。家の傾きは一層大きなものとなり、やがては屋根そのものも崩れ落ちてしまうにちがいない。

【参考文献】
五十嵐仁 2008年『労働再規制-反転の構図を読みとく』(ちくま新書、)
五十嵐仁 2013年「アベノミクスによる労働の規制緩和の再起動」『月刊社会民主』2013年6月号
五十嵐仁 2013年「労働規制緩和が社会を壊す」『ひろばユニオン』2013年6月号
五十嵐仁ほか 2014年『日本の雇用が危ない―安倍政権『労働規制緩和』批判』旬報社
五十嵐仁 2014年「第二次安倍内閣がめざす労働の規制緩和、派遣法改悪」『学習の友』2014年5月号
澤路毅彦 2014年「非正規労働をめぐる政策と運動」大原社会問題研究所編『日本労働年鑑』第84集(2014年版)

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8月10日(月) 普通の働き方を実現するために―労働の規制緩和と再規制の課題(その2) [論攷]

〔以下の論攷は、女性労働研究会編『女性労働研究―「ふつうの働き方」を諦めない』No.59、青木書店、に掲載されたものです。3回に分けてアップさせていただきます。〕

Ⅱ。第二次安倍内閣における規制緩和の再起動

 1 再起動が始まった労働の規制緩和
 
 2012年11月の総選挙によって民主党は大敗し、自民党はふたたび政権に復帰した。公明党との連立によって、第二次安倍政権が発足する。この内閣のもとで労働再規制の流れは完全に逆転し、労働の規制緩和の再起動が始まった。
 その第一は、雇用維持型から労働移動支援型への政策目的の重点移動であり、基本姿勢の転換である。有識者議員が13年2月5日の第四回経済財政諮問会議に提出した資料「雇用と所得の増大に向けて」は、「正社員終身雇用偏重の雇用政策から多様で柔軟な雇用政策への転換」「地域や職務を限定した正社員や専門職型の派遣労働者など、『ジョブ型のスキル労働者』を創出する」ことを列挙していた。いずれも、第二次安倍政権が取り組むことになる雇用改革の方向を示すものである。
 これらの提案を踏まえて、2013年6月14日に閣議決定された「経済財政運営と改革の基本方針~脱デフレ・経済再生」(骨太の方針)は「生産性の高い部門への労働移動」を打ち出し、同じ日に閣議決定された「日本再興戦略―JAPAN is BACK」も、「雇用制度改革・人材力の強化」をはかるために「雇用維持型の政策を改め、個人が円滑に転職等を行い、能力を発揮し、経済成長の担い手として活躍できるよう、能力開発支援を含めた労働移動支援型の政策に大胆に転換する」ことを提案している。これは、電機産業などからITビジネスや流通産業、医療福祉産業などへの労働力移動の推進を意図しており、第二次安倍内閣が成長戦略との関係で打ち出した「日本産業再興」に向けての新たな目標であった。その他の課題は、以下に見るように基本的にはこれまでの規制緩和策における三つの流れを踏襲するものだったと言える。
 第二は、労働者派遣法の改定である。これに向けて、改正労働者派遣法が2014年の通常国会に提出された。しかし、懲役「1年以下」とするべきところが「1年以上」とされていたという事務的なミスによって審議入りもできずに廃案となる。この点を改めて、再度、14年秋の臨時国会に再提出された。
 この改正案では、専門26業務の区分がなくなって派遣期間の上限は「業務」ではなく「人」ごととされ、3年間で業務が替われば派遣社員として雇用し続けることができるようになる。その導入に向けて派遣先企業は労働組合の意見を聞くことが義務付けられているが、聴取さえすれば合意されなくても実施できる。人材派遣会社に無期雇用されている場合、派遣労働者は業務を三年で替わりながら働き続けることになり、派遣は「臨時的・一時的な業務に限定」されるという大原則が事実上撤廃されてしまう。こうして、いつまでも派遣労働者であり続けるという「生涯ハケン」が可能とされる。
 第三は、人材供給ビジネスのチャンスの拡大である。先に紹介した経済財政諮問会議への有識者議員の提出資料「雇用と所得の増大に向けて」も、「雇用の拡大・ミスマッチの解消の実効性を上げる観点から、ハローワーク全体の事業効率を検証するとともに、民間のノウハウを最大限活用するかたちで、官民の協力体制を構築すべき」だとし、「求職者支援制度や雇用保険事業などの内容」の「再検証」などを提起していた。民間の活用と官民の協力が必要だというのである。
 同時に、外部労働市場の成熟を理由に公的職業紹介以外の人材供給業の拡大を図ることが目標とされ、労働移動の促進策が14年度予算で具体化される。それまでの雇用調整助成金1175億円は545億円に半減され、労働移動支援助成金2億円は300億円へと150倍に急増したが、これは産業競争力会議における竹中平蔵議員(パソナ会長)の提言を背景とした措置であった。
 第四は、労働時間管理の緩和である。これについては、企画業務型裁量労働制やフレックスタイム制などの労働時間法制の見直しがめざされている。これらの制度はこれまでもあったが導入要件が厳しく、「使い勝手が良くない」との意見がもっぱらであった。これを使用者側にとって使いやすい制度に改めようというのである。
 これに関連して急浮上してきたのが、ホワイトカラー・エグゼンプション(WE)の導入という問題である。この制度は2006年に提案されたものの反対が強く、翌07年に入って導入が断念されるという経緯があった。ところが、産業競争力会議において長谷川議員が高度な専門職と研究開発部門に限り、年収1000万円以上という条件のもとに導入することを提案したために再浮上してくる。ただし、2005年6月の日本経団連の提言では400万円以上、07年1月の厚労省案では900万円以上とされていた。年収1000万円以上は労働者の約3.8%にすぎず、榊原経団連会長は「10%は適用を受けるような対象職種」を主張している。制度が導入されれば適用範囲が拡大されていく可能性は極めて高い。具体的な年収・職種は労働政策審議会で検討されることになり、2015年の通常国会に関連法の改正案を提出する方向で14年9月10日から検討が始まった。

 2 小泉構造改革的手法の踏襲と制約
 
 第二次安倍政権におけるこのような労働の規制緩和の再起動は、その内容だけでなく手法においても、基本的には安倍首相がお手本としている小泉首相の構造改革への取り組みを踏襲している。とはいえ、そこには若干の違いもあり、また小泉構造改革の後であるがゆえの限界や制約もあった。
 その第一は、戦略的政策形成機関の活用である。安倍首相は民主党政権の下で休眠状態にあった経済財政諮問会議と規制改革会議を再起動させた。それだけでなく、閣僚で構成される日本経済再生本部と民間の有識者を参加させた産業競争力会議を新設した。
 小泉構造改革の時には経済財政諮問会議が大きな役割を果たし、そこで作成された「骨太の方針」は政府の基本方針とされ、審議会での検討や国会審議に大枠をはめた。これに対して、経済財政諮問会議が大枠をはめる点では共通しているとはいえ、その具体的な検討に当たっては産業競争力会議が主な舞台になっている。
 この産業競争力会議には、小泉政権下で担当大臣として経済財政諮問会議をリードした竹中平蔵元経済財政担当相(パソナ会長)、長谷川閑史同友会代表幹事(武田薬品社長)、楽天の三木谷浩史会長兼社長、ローソンの新浪剛史社長が参加していた。これらの民間議員が規制緩和の旗を振ることになる。また、規制改革会議の議長代理には小泉政権下で竹中大臣の後任となった大田弘子元経済財政担当相(パナソニック社外取締役)が就任し、規制緩和策の具体化に向けて議論をリードした。
 第二は、民間議員の「横やり」による政策形成プロセスの歪みである。これらの戦略的政策形成機関を舞台に官邸・経営者・学者が政策形成に横やりを入れるという構造には、小泉内閣当時と大きな変化がない。従来の政策形成のあり方に対して、官邸の意思を明瞭に示すためにこれらの機関が設置され、その応援団として官邸の意に沿う経営者や学者が起用されたのであるから、そうなるのは当然だったといえる。
たとえば、2014年の通常国会では改正研究開発力強化法が成立したが、これは有期で雇用されている研究者の無期転換申し込み権発生期間を5年から10年に延長するための改定だった。このような改定については、産業競争力会議(第四回)で橋本和仁東大教授が強く要望し、これを受ける形で議員立法によって提案され、ほとんど実質的な論議がないままに成立している。
 また、改正労働者派遣法案については、2013年8月に「今後の労働者派遣制度の在り方に関する研究会報告書」が提出され、労働政策審議会で労使の代表が対立したために公益委員が骨子案を提出し、それが法案になるという経過を辿った。この「研究会報告書」については10月に規制改革会議が注文を出し、その下にある雇用ワーキング・グループでもヒアリングが行われ、厚労省の課長が説明している。これに対して大田弘子議長代理は注文を付け、稲田内閣府特命担当相も「規制改革の意見が反映された部分はどういうところなのか」と質問していた。
 さらに、2013年10月1日の第一四回産業競争力会議に提出された竹中議員の意見書「『成長戦略の当面の実行方針』について」がある。そのなかで、竹中議員は「国家戦略特区は、成長戦略の最重要政策。国家戦略特区を軸に、岩盤規制を打破していかなければ、経済の成長はあり得ない」と述べ、「特に『雇用』分野は、残念ながら、全く前進がみられない」との苦言を呈したうえで「国家戦略特区を完成させるべく、引き続き全力を尽くしたい」との決意を明らかにしていた。国家戦略特区の新設は竹中議員の強い要求で実現したもので、そのための国家戦略特区諮問会議の民間議員にも選出されている。その結果、「解雇特区」について「(特定の)職種だけにしてもなかなか難しい」と述べ、慎重な見方を示していた田村憲久厚労相は除かれる形となった。
 第三は、このような手法によって生ずる矛盾と対抗の存在である。すでに、小泉構造改革の下で推進されてきた労働の規制緩和によって非正規労働者が増大し続け、貧困化が進み格差が拡大してきたという苦い経験があった。戦略的政策形成機関によって一方的に政策変更を迫るようなやり方は、労働政策の形成に当たって国際労働機関(ILO)が要請する政労使の代表による三者構成原則に違反するという問題もある。
 経産省主導の政策転換に対する厚労省のひそかな抵抗は、田村厚労相の消極姿勢となって現れた。たとえば、2013年3月19日の記者会見で、解雇規制の緩和について田村厚労相は「雇用のルールですね、これに関してはいろんな解雇の話も出ましたけれども、当然ですね、これは公労使含めた議論をしなきゃいけない話」だと釘を刺していた。また、「解雇特区」の新設に対して反対しため、田村厚労相抜きの新しい体制が作られたことは前述したとおりである。
 このような労働の規制緩和に対しては、マスコミや世論による懸念と批判も強かった。すでに、同様の規制緩和によって非正規労働者が増大しており、それに伴って様々な社会問題も生じたために一時は労働再規制の動きさえあった。このような経緯からすれば、新たな規制緩和策に対して懸念や批判が生じたのも当然だったと言える。
 とりわけ労働者派遣制度の緩和策に対する労働側の抵抗は強く、労働政策審議会で労働者側代表は規制緩和を進める方向での改定案に対して反対を表明した。連合は、2013年10月に古賀会長を本部長とする「労働者保護ルール改悪阻止」闘争本部を設置して「労働者保護ルール改悪阻止」を掲げ、労働者派遣法の改定についても「生涯ハケンで低賃金に異議あり」として各地で学習会や街宣行動などに取り組んだ。また、全労連や全労協なども13年10月に「雇用共同アクション」を結成し、日弁連や労働弁護団も反対の動きを強めた。

 3 労働の規制緩和再起動の背景
 
 このように、労働の規制緩和によって種々の問題が生じ、いったんは再規制の方向に転じたにもかかわらず、どうして規制緩和策が再起動されることになったのか。なぜ、安倍首相は、このような規制緩和策に取り組むことを目指したのだろうか。
 第一に、「世界で一番企業が活躍しやすい国」(2013年2月、第183通常国会における安倍首相の施政方針演説)を作るためである。そのために邪魔になる法律や制度を改廃するという狙いがあった。ということは、規制緩和の再起動はあくまでも企業の側の視点からする労働規制の見直しの必要性に基づくものであり、労働者保護の視点が希薄化するのは当然の結果だといえる。
 本来の労働改革は働く人々の利益を尊重し、「世界で一番労働者が働きやすい国」を作るために行われるべきであろう。そのために必要となる規制は強められ、邪魔になる規制は撤廃または緩和されてしかるべきである。規制改革が本来目指すべき真の目的は「労働者が働きやすく」なることであり、人間らしい労働(ディーセントワーク)によって「普通の働き方」が実現されることでなければならない。
 第二に、アベノミクスの「三本の矢」のひとつである「成長戦略」を起動させるためである。2014年6月24日に閣議決定された「骨太の方針―経済財政政策と改革の基本方針二〇一四」は、「多様で柔軟な働き方の実現」を掲げていた。同じ日に閣議決定された「規制改革実施計画」も、①ジョブ型正社員の雇用ルールの整備、②労働者派遣制度の見直し、③有料職業紹介事業等の規制の見直し、④労使双方が納得する雇用終了のあり方それぞれにかかわる事項について重点的に取り組むことを打ち出している。
 いずれにも共通しているのは、働く人のためではなく経済成長のための戦略的課題としての規制改革という位置づけである。第二次安倍政権における雇用改革は、労働政策として打ち出されているというよりも、むしろ経済・産業政策の一環として重視されていることになる。ここからは、貧困化や格差の是正につながるような新しい施策を期待することはできない。
 第三に、経済成長の起動力になれるような新たなビジネス・チャンスを生み出すためである。そのために邪魔になるような規制を廃止したり緩めたりすることによって新しい成長分野が開拓され、新たな産業やビジネスが育っていくことが期待されている。
 このような期待を反映して、戦略的な政策形成機関には、人材派遣(竹中議員)、IT関連(三木谷議員)、流通(新浪議員)、薬品(長谷川議員)などの成長が期待される産業の経営者が参加している。国の政策は公正・公平でなければならず、本来であればこのような利益相反的関係にある利害関係者の関与は避けるべきであろう。ところが、安倍政権はこれらの産業分野における企業経営者の積極的な関与を求め、その要求に基づいて規制を緩和することで便宜を図り、成長を促進しようとしていたのである。

 4 労働の規制緩和はどのような問題を引き起こすか

 第二次安倍政権の下における労働の規制緩和は、まだ着手されたばかりである。それが全面的に発動されるのは、おそらくこれからになるだろう。もしそうなった場合、日本の産業と経済、社会にはどのような問題が引き起こされるのだろうか。すでに実施されてきた小泉構造改革以降の労働の規制緩和が生み出してきた問題点をも参考にしつつ、これらについて検討してみることにしよう。
 第一に、不安定・劣悪就労の拡大と雇用の不安定化である。「生涯ハケン」など非正規労働者の拡大、正規労働者に対する置き換え、正社員保護の限定化が進むにちがいない。解雇規制が緩和されれば、働く人々の地位は極めて不安定になる。「限定正社員」は期限が明示されない有期雇用にほかならず、事業所・職場の閉鎖や職務の終了によって雇い止めが容易になることは疑いない。
 第二に、職場の荒廃と労働組合の弱体化である。解雇の金銭解決が導入されれば、クビをきられて裁判で勝っても元の職場には戻れない。労働組合の役員などを狙い撃ちにして解雇し、金銭補償で追い出すことが容易になるにちがいない。経営者の職場支配力はさらに強まり、今でも弱体な労働組合の活動はいっそう困難になっていくだろう。
 第三に、労働法の骨抜きと「ブラック企業」の合法化である。労働法はあってなきがごとくになり、法的な規制力は急速に弱まっていく。容易に解雇できれば自己都合退職に追い込む「追い出し部屋」は必要なくなる。ホワイトカラー・エグゼンプションが導入され残業代ゼロとすることは、「ブラック企業」で批判されている残業代込み給与の合法化を意味する。「サービス残業」は「サービス」でも違法でもなくなり、過密な長時間労働が常態化するにちがいない。
 第四に、過労死や過労自殺の拡大とメンタルヘルス不全の深刻化である。労働時間規制はいまでも不十分であり、「三六協定」などの抜け穴もあって長時間労働は深刻化している。労働者の健康被害とメンタルヘルス不全は拡大し、経団連の調査でも8割を越える企業がパフォーマンスに影響していると回答している。過労死・過労自殺が問題になってから約30年になるが、事態は全く改善されていない。必要なのは長時間・過重労働を是正し、過労を防ぐことである。
 第五に、技能継承の困難と技術力の低下であり、労働力の質の低下による国際競争力の弱まりである。成果主義評価に基づく給与の支払いは労働者間競争を激化させ、競争相手となる先輩や同僚がお互いに仕事を教えあうようなことはなくなり、技能と経験の交流を阻んでいる。非正規労働者の増大は現場の技術力を低下させ労災の増加を招いた。「生涯ハケン」となって三年で業務を転々とすれば、経験が蓄積されず労働力の質が低下することは明らかであろう。
 第六に、少子化や消費不況などの社会問題の拡大である。家庭の形成・維持の困難と少子化の進展によって労働力の再生産が阻害され社会は縮小する。結婚できない、家庭を持てない、子どもを育てられない、2人目は無理、という現状こそが少子化の背景なのである。「限定正社員」になって労働時間が短くなればワーク・ライフ・バランスが可能になるという意見もあるが、正社員であっても無限定に働かされるべきではない。労働時間の短縮によるワーク・ライフ・バランスの実現が正規を含むすべての労働者にとって必要なことは言うまでもない。
 第七に、消費不況が継続し、経済の停滞から抜け出すことはますます難しくなるだろう。規制緩和の結果もたらされたものは雇用の劣化であり、非正規労働者の増大と貧困の拡大であった。労働者は同時に消費者でもあり、その収入が低下した結果としての消費不況の深刻化なのである。一方での実質賃金の低下による購買力の減少、他方での増税や社会保険料などの引き上げによる支出の増大は、可処分所得の減少をもたらしてきた。加えて、将来や老後への不安による支出の抑制、貯金への依存が消費不況の大きな背景なのであり、これらの問題の解決なしに景気の回復はありえない。

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8月9日(日) 普通の働き方を実現するために―労働の規制緩和と再規制の課題(その1) [論攷]

〔以下の論攷は、女性労働研究会編『女性労働研究―「ふつうの働き方」を諦めない』No.59、青木書店、に掲載されたものです。3回に分けてアップさせていただきます。〕

はじめに

 第二次安倍政権の発足によって、労働の規制緩和が息を吹き返した。成長戦略の一環として雇用改革を位置付けた安倍首相は、農業と医療、それに労働の三分野の規制緩和に執念を燃やし、これらの分野における「岩盤規制」を掘り崩すために、自らがドリルの刃となって穴をあけようとしている。
 しかし、これら岩盤規制と言われるものこそ、これまでの生活と労働の基盤を支えてきた諸制度であった。それを掘り崩せば、戦後の社会を支えてきた仕組みが大きく変わることになる。それにつれて、人々の働き方も変容を迫られることになろう。
 すでに、小泉内閣による構造改革を通じて労働の規制緩和が実施され、非正規労働者は増えつづけてきた。それに伴って貧困は増大し、労働者間の格差も拡大する結果となった。普通に働いても収入は十分ではなく、将来に向けての生活の安定や老後の生活保障が得られる見通しは暗い。
 安倍首相が掲げる成長戦略はこれらの問題を解決するどころか、さらに増幅された形で深刻なものとするにちがいない。普通の働き方を実現するためには労働の規制緩和を阻止し、行き過ぎた規制緩和によって生じた労働の劣化を阻むための再規制が必要なのである。
 以下、労働をめぐる規制緩和の歴史を振り返り、その後に生じた再規制の経過と問題点を検討することにする。あわせて、第二次安倍政権のもとでの労働の規制緩和の再起動の現状と問題点、それを克服してめざすべき再規制の課題を明らかにしたい。

Ⅰ。労働の規制緩和と再規制をめぐる経過

1 規制緩和における三つの流れ

 労働の規制緩和についての歴史を振り返ってみれば、そこには三つの流れがあったことが分かる。このような流れは、基本的に今日においても引き継がれているといってよい。
 第一の流れは、労働者派遣事業の拡大である。1985年に13業務を対象に労働者派遣法が成立し、96年改正で派遣対象業務が16業務から26業務に拡大された。その後、99年改正によって例外的に派遣を認めていたポジティブリスト化から、製造業など一部の例外を除いて原則的に自由化するネガティブリスト化への逆転が生じた。
 このような流れはその後も引き継がれ、2003年には製造業への派遣労働が解禁され、専門的な26業務については期間の制限がなくなり、それ以外については派遣期間が1年から最長3年とされた。労働者派遣法改正の経過は「小さく生んで大きく育てる」典型的な例であり、派遣事業は急速に拡大していった。その結果、非正規労働者の増大が社会問題化するようになっていく。
 第二の流れは有料職業紹介事業の規制緩和である。1997年の職業安定法施行規則改正によって有料職業紹介の対象職業が拡大され、99年には職業安定法の改正によって民間職業紹介の原則自由化が実施された。
 2002年には厚生労働省令が改正され、有料職業紹介の求職者からの手数料徴収が容認される。さらに、03年の職業安定法改正で有料職業紹介の兼業規制が撤廃され、民間の人材ビジネスが急拡大していく。
 第三の流れは、労働時間管理の弾力化である。1987年の労働基準法改正によって裁量労働制(専門5業務)が新設され、みなし労働時間が適用された。また、1週間、1ヵ月、3ヵ月単位での変形労働時間制やフレックスタイム制も導入される。93年には労働基準法が改正され、1年単位の変形労働時間制が導入された。
 97年の改正では深夜・時間外・休日労働での女性保護規定が撤廃され、裁量労働制の対象業務が拡大されていく。翌98年には企画業務型裁量労働制が新設され、2002年には厚生労働省告示によって専門業務型裁量労働制の対象が11から19業務に増えた。03年になって企画業務型裁量労働制の導入要件が緩和されるなど、労働時間管理の弾力化も着実に進められていく。

2 2006年の反転

 労働の規制緩和はこのような形で着実に進んでいった。ところが、その後、一定の反転が生ずる。規制緩和の動きがストップしただけでなく、行き過ぎた緩和への反省とそれを是正する労働再規制への流れが生まれた。それが表面化するのは、2006年のことであった。これが「2006年の反転」である。
 このような反転が生じた背景には様々な要因が存在していた。さし当り重要な背景としては、経済的・社会的・政治的・国際的という4つの面での変化を指摘することができる。
 第一に経済的な面では、非正規労働者の増大による貧困の増大と格差の拡大が無視できなくなったことである。第二に社会的な面では、JR西日本福知山線での脱線事故、ライブドアの「ホリエモン」(堀江貴文)や村上ファンドの村上世彰代表らの逮捕など、規制緩和による「負の側面」の表面化があった。第三の政治的な面では、構造改革を主導してきた小泉純一郎首相から安倍晋三内閣への交代がある。これによって構造改革路線の推進力が急速に低下した。第四の国際的な面では、アメリカの影響力低下と「ワシントン・コンセンサス」への批判の拡大も無視できない。国際的に見ても、新自由主義的な規制改革の勢いは衰えつつあった。
 このような変化を背景に反転が生ずることになる。それを実際に生み出した力はどのようなものであったのか。ひとことで言えば、小泉構造改革路線の失速と退潮である。小泉首相が悲願としていた郵政民営化の実現によって政権の改革意欲が失われたことが大きい。後継となった安倍首相も「労働ビッグバン」を掲げて労働の規制緩和に取り組む意欲を示したものの、間近に参議院選挙を控えていたために反対の多い施策は手控えざるを得なかった。
 このようななかで、一定の「潮目」の変化が表面化する。2002年から07年まで続いた「いざなぎ越え景気」によって人手不足となり、キヤノンやコマツなど製造業大手による直接雇用の拡大や非正社員の正社員化への動きが生まれたのである。
 貧困の増大と格差の拡大を反映して、マスコミにおける変化も目立ってきた。NHKでは「ワーキングプア」という番組が放映され、『朝日新聞』も「偽装請負」についての報道をおこなうなど、規制緩和の負の側面に光が当てられるようになっていく。
 もちろん、労働運動における変化も大きな意味を持った。非正規労働者の増大とその処遇改善を目的に、日本マクドナルドユニオンやフルキャストユニオン、ガテン系連帯など非正規労働者による新しいユニオンが結成される。これに続いて、ナショナルセンターによる非正規労働者の運動への取り組みも強化された。連合(日本労働組合総連合会)は07年に非正規労働センターを作り、全労連(全国労働組合総連合)も08年に非正規雇用労働者全国センター準備会を発足させている。
 このような動きを背景に、異なった労働組合諸潮流間の共同も新たな前進を見せた。06年12月に日比谷野外音楽堂で開かれた「日本版エグゼンプション制度」に反対する集会である。これはユニオンを中心に取り組まれ、連合、全労連、全労協(全国労働組合連絡協議会)という労働組合全国組織だけでなく共産党や社民党の代表も顔をそろえ、民主党からのメッセージが紹介された。このような共同の力もあって、「日本版エグゼンプション制度」の導入は葬り去れることになる。

3 労働再規制の始まり

 このような「潮目」の変化が生ずるなかで、労働再規制に向けての動きが始まっていく。この点で注目されるのは自民党や厚生労働省の動向であり、それは「政の逆襲」や「官の逆襲」とも言える新たな展開であった。
 2006年12月に自民党内に雇用・生活調査会が設置され初会合が開かれている。その事務局長となった後藤田正純衆院議員は、『週刊エコノミスト』に掲載されたインタビューで、「これまで、労働法制は規制緩和の一点張りだったが、これからは党が責任を持って、規律ある労働市場の創設を働きかけていく」(2007年1月2・9日迎春合併号)と語っていた。「政の逆襲」の始まりである。
 これに「官の逆襲」が続いた。07年8月には「雇用労働政策の基軸・方向性に関する研究会報告」が提出される。その表題は「『上質な市場社会』に向けて―公正、安定、多様性」というものであった。市場社会の「質」が問題とされ、「多様性」以前に「公正、安定」が重視されている点が注目される。
 また、2007年7月には、最低賃金(最賃)についての「成長力底上げ戦略推進円卓会議合意案」が示された。ここでは、「従来の考え方の単なる延長線上ではなく……『賃金の底上げ』を図る趣旨に沿った引き上げが図られるよう十分審議」するべきだとの趣旨が述べられていた。不十分とはいえ、これは基本的にその後の最賃額引き上げの指針として機能することになる。
 このような流れのなかで特に注目されるのは、2007年12月25日に出された「規制改革会議第2次答申」とその3日後の28日に出された厚労省の反論であった。この反論のなかで、厚労省は「一定の規制を行うこと自体は労働市場の基本的性格から必要不可欠」であるとし、第2次答申の中にあった「『一部に残存する神話』『安易な考え方』といった表現も不適切」だと指摘していた。
 というのは、第2次答申は「一部に残存する神話のように、労働者の権利を強めるほど、労働者の保護が図られるという安易な考え方は正しくない」と述べていたからである。厚労省はこのような主張に真っ向から反論していたことになる。
 また、最賃の引き上げについても、第2次答申は「無配慮に最低賃金を引き上げることは、その賃金に見合う生産性を発揮できない労働者の失業をもたらし」と述べていた。このようなとらえ方は、先の「円卓会議」が合意した趣旨とは正反対のものであった。
 2007年9月に安倍首相は突然退陣を表明した。代わって福田内閣が登場すると、このような反転はさらに強まっていく。08年11月には改正労働者派遣法自公案が提出され、09年7月に廃案となったが、これは日雇い派遣の原則禁止、グループ内企業派遣の8割規制、登録型の常用化への努力義務、マージン率の公開義務化など、一定の再規制の方向を組み込んだものだった。
 続く麻生内閣のもとで、09年6月に提出され7月に廃案となった改正労働者派遣法民主・社民・国民新3党案は、さらに再規制の方向を明確にするものだった。というのは、製造業派遣の禁止、26業務以外での登録型派遣の禁止、違法派遣の場合の直接雇用規定などを盛り込んでいたからである。こうして、労働の規制緩和ではなく、再規制に向けての動きが本格化した。さし当りそれは、労働者派遣法の改正をめぐって具体化していく。

4 政権交代と労働再規制の曲折

 2009年9月に政権が交代し、民主党を軸に社民党と国民新党が連立する鳩山政権が成立した。労働再規制に向けての新たな有利な条件が生まれたのである。しかし、その後の経過は一直線には進まず、紆余曲折をたどることになった。
 総選挙に向けての民主党の公約は、労働者派遣法の抜本見直し、労働契約法の見直し、最低賃金の大幅引き上げなどを掲げ、それまでの自民党政権との大きな違いを示していた。政権発足にあたっての3党合意も、日雇い派遣・スポット派遣の禁止、登録型派遣・製造業派遣の原則禁止、直接雇用みなし制度の創設、マージン率の情報公開、派遣業法から派遣労働者保護法への名称変更などを打ち出していた。労働再規制に向けてのはっきりとした転換である。
 このような合意に基づいて、10年3月に改正労働者派遣法3党案が参院先議で提出され、4月には衆院に再提出された。しかし、これは時間切れで継続審議となった。この時の3党案は国会に提出された改正案の中では最も再規制の方向を明確にしたものであった。それが継続審議となったため、労働者派遣法がまともなものに変わる唯一のチャンスが失われてしまったのである。
 翌7月に参院選が実施され、民主党の敗北によって衆院と参院の多数が異なる「ねじれ現象」が生じた。連立与党が提出した法案は参院で通らなくなったのである。こうして、自民党の許容する範囲でしか法改正ができないことになってしまった。
 このような変化に対応して民主党は自公両党との協議に臨まざるを得なくなる。その結果、2011年12月に民自公3党によって労働者派遣法の修正案が提出されたが、これも継続審議となった。翌12年の通常国会に労働者派遣法改正案は再提出され、3月に成立する。これによって、労働者派遣法の正式名称は「労働者派遣事業の適正な運営の確保及び派遣労働者の就業条件の整備等に関する法律」から「労働者派遣事業の適正な運営の確保及び派遣労働者の保護等に関する法律」に変わり、法律の目的でも「派遣労働者の保護」のための法律であることが明記された。
 しかし、当初案にあった登録型派遣の禁止、製造業派遣の禁止は削除され、日雇い派遣の禁止は「30日以内」に後退してしまう。かろうじて、マージン率の公開、グループ内企業派遣の規制、違法派遣の場合の直接雇用みなし制度が新たに導入されただけであった。
 2012年8月には改正労働契約法も成立した。これによって、有期労働契約の更新が5年を超えた場合の無期雇用への転換、雇止め法理の法定化、期間の定めのあることによる不合理な労働条件の禁止などが定められることになる。

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8月3日(月) 怒りを力に 安倍政権を包囲し打倒しよう [論攷]

〔下記の論攷は、『全国革新懇ニュース』第371号、2015.7・8月合併号、に掲載されたものです。〕

 「戦争法案絶対反対」「安倍政権は今すぐ退陣」という声が渦巻いていました。7月15日夜の国会議事堂前です。6万人もの人が集まった大群衆の中に、私もいました。
この日の午後、衆院安保特別委員会で「戦争法案」が強行採決され、翌16日の衆院本会議での採決を経て参院に送られました。夏までに成立させるという米国との約束を実行するためです。
 この法案については国民の過半数以上が憲法違反だとし、6割の人が今国会での成立に反対しています。「説明不足だ」という人も8割を超えました。審議すればするほど反対が増え、説明不足だという意見が増すのは、違憲法案で大きな欠陥を持っているからです。
 安倍政権は立憲主義を踏みにじり、憲法9条に反して「海外で戦争する国」への舵を切っただけでなく、民意を無視した強行採決によって議会制民主主義を破壊しました。このような「クーデター」まがいの暴挙を許すわけにはいきません。

 急速に拡大してきた反対の輪

 このような安倍政権の暴走に対して、「戦争法案」に対する反対運動が急速に拡大してきました。それはかつてないものであり、安保闘争にも似た広がりを見せ始めています。
 第1に、学者や弁護士など憲法の専門家の大多数が、この法案は「違憲」だとしています。それは憲法審査会に出席した3人の参考人だけではありません。東京新聞大学で憲法を教える教授ら328人にアンケートを実施しましたが、9割に及ぶ184人が「憲法違反」だと答え、「合憲」と回答したのは7人(3%人)にすぎません。『憲法判例百選』の執筆者198人へのアンケートでも、憲法「違反の疑いない」はたったの4人でした。
 第2に、大学人や研究者、教育者なども反対の意思表示を行っています。「安全保障関連法案に反対する学者の会」の呼びかけに応えた賛同者は学者・研究者1万661人、市民20305人(7月16日午前9時現在)に上りました。
 第3に、古賀誠、加藤紘一、野中広務、山崎拓など自民党の元幹部や旧防衛官僚だった柳沢協二元内閣官房副長官補、旧外務官僚の孫崎享さんなども反対を表明しています。このような異例の事態が生じたのは、安倍政権による集団的自衛権の行使容認が現憲法の枠を踏み越えたからで、自民党が変質して右傾化したために保守勢力の一部が離反し始めたことを示しています。
 第4に、内閣法制局長官の経験者も違憲論を主張しています。第1次安倍内閣での法制局長官だった宮崎礼壱さんや小泉政権での法制局長官だった阪田雅裕さんなどがそうです。このような事実も、安倍首相が歴代政権の憲法解釈を踏み越えてしまったことの何よりの証拠です。
 第5に、地方議会でも法案への反対や慎重審議などを求める意見書採択の動きが続いています。意見書は405議会から衆院に提出され、うち「反対」「慎重審議」が393議会で、「賛成」「不明」が12議会だそうです(毎日新聞)。「反対」169議会のうち39議会で与党系議員が賛成していたように、地方でも保守勢力の一部が離反し始めています。
 第6に、大衆的な反対運動の地域・地方への拡大、幅広い層の参加など、大きな変化が生じています。デモやパレードは国会周辺だけでなく地域や地方都市にも広がり、宗教者、映画人、演劇人、文学者などに加え、「自由と民主主義のための学生緊急行動」(SEALDs)などの学生や若者、高校生、ママデモなど女性の参加も増えています。出版労連や日本医労連などスト権を確立する労組も現れました。

 安倍政権打倒から民主連合政府へ

 世論も変わり始めています。毎日新聞、NHK、日本テレビ系、朝日新聞などの調査では、支持率よりも不支持率が上回るようになりました。支持率も4割台を割り始めています。
 安倍政権による強行採決は、孤立し追い込まれた結果です。「戦争法案」のゴリ押しによって「何だか感じ悪いよね」という「フワっとした嫌悪感」が強まれば、さらに内閣支持率は低下するにちがいありません。
 さらなる共同の広がりによって「戦争法案」を葬るだけでなく、安倍政権を追い込み、内閣打倒へと結び付けていくことが必要です。いま形成されつつある国民的な包囲の輪こそ新たな革新統一戦線の芽生えです。それを大切に育て、やがて民主連合政府という鮮やかな花を咲かせようではありませんか。

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