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12月5日(火) 衆院選を教訓に、市民と立憲野党の共闘の深化を(その1) [論攷]

〔以下の論攷は『法と民主主義』No.523、2017年11月号、に掲載されたものです。4回に分けてアップさせていただきます。〕

 はじめに

 総選挙の公示を前に、驚くべき事態が発生しました。野党第一党が姿を消してしまったのです。民進党が解党し、4つに分裂してしまいました。
 総選挙後、民進党に属していたメンバーは、希望の党、立憲民主党、無所属の会、民進党に分かれています。前の3つは今回の総選挙で当選した衆院議員によって立ち上げられたもので、最後の1つは残った参院議員と地方議員が属しています。
 このような結果になるまでには、目もくらむような複雑な経緯がありました。まさに「劇場型選挙」の最たるものだったと言えるでしょう。しかし、スポットライトを浴びて舞台の上で演じられた「劇」の陰でもう一つの「ドラマ」も進行していたのです。
 そこに登場していたのは「市民と立憲野党」です。華々しい離合集散とは一味違った連携と共闘をめぐる営みこそが、新しい日本政治の局面を切り開いたように思われます。
 安保法反対運動の中から自然に沸き上がった「野党は共闘」という声に押されて市民と立憲野党との共闘が始まりました。民進党の解党はこのような共闘を破壊するもので、かつてない大きな逆流であり混乱でした。その中から、またもや市民の声が沸き上がったのです。「枝野立て」という声が。
 こうして枝野幸男さんによって立憲民主党が結成され、直ちに共産党が呼応して自己犠牲的に対応したために野党共闘の危機が回避されました。急ごしらえでの再建ですから成果は限られたものでしたが、将来に向けての大きな可能性を生み出しています。
 ここに今回の総選挙が持っている重要な意義と教訓があったのではないでしょうか。市民と立憲野党との共闘は逆流の中で試練に耐え、またもや私たちに教えてくれたのです。
野党はバラバラでは勝てない。勝つためには手を握るべきだということを。活路は共闘にあり。そして、共闘にしかないということを。

一 衆院選の結果をどう見る与党はほぼ現状維持

 与党はほぼ現状維持

 今回の総選挙は定数が10議席削減される中で実施されました。その結果、小選挙区289、比例代表176 となり、総定数は465議席です。
 選挙の結果、自民党は追加公認を含めて公示前と同じ284議席となりました。定数が減っていますから、議席の割合は改選前より増えました。しかし、微増にすぎません。
 自民党の有権者に対する得票割合(絶対得票率)も小選挙区で25.2%(前回24.5%)、比例代表で17.3%(同17.0%)でした。こちらも大きな変化はなく、微増にとどまっています。自民党は「大勝」したとされていますが、正確に言えば負けなかっただけで勝ったわけではありません。  
 もう一つの与党である公明党は、改選前の34議席から29議席へと5議席の減少です。選挙区で1人が落選となり、比例代表では700万票を割りました。選挙区で立候補すれば確実に当選させるという「常勝神話」に彩られてきた公明党にとって、この結果は大きな痛手だったでしょう。
 特定秘密保護法や安保法、カジノ法、共謀罪法などの成立に手を貸してきたことが、支持団体である創価学会信者の一部から批判を招いたためだと見られています。国会前や日比谷野外音楽堂での集会に学会の三色旗を持った人たちが登場し、公明党の元副委員長であった二見伸明さんが他党の応援に駆け付けて注目されました。
 与党全体の議席は改選前の318議席から5議席減の313議席となり衆院の3分の2(310議席)を維持しました。総議席に占める割合は66.9%から67.3%へと0.4ポイント増えています。多少議席が減ることも覚悟して解散に打って出た安倍首相からすれば、望外の成功だったと言えるでしょう。

 野党内では劇的な変化

 このように、衆院議席に対する与党の比率に大きな変化はありませんでした。しかし、野党内では質的とも言えるような劇的な変化が生じています。立憲民主党が公示前の15議席から55議席に躍進して野党第1党になったからです。議席を増やしたのは立憲民主党だけでしたから唯一の勝者だったということになります。
 他の野党は、この立憲民主党躍進のあおりを受ける形となりました。希望の党の議席は伸びず、50議席で公示前の57議席には届いていません。共産党は21議席から12議席に減らし、維新の会は3議席減の11議席、社民党は変わらず2議席となっています。
 この結果、希望と維新の合計は71議席から61議席への10議席減となったのに、立憲3野党(立憲民主・共産・社民)の合計は38議席から69議席へと31議席も増えました。このような成果は67の選挙区で共産党が候補者を取り下げた自己犠牲的な献身のお陰です。まさに市民と立憲野党の協力・共闘のたまものであったということができます。
 しかし、野党共闘をアシストした共産党は、安倍政権に対する批判票が立憲民主党に集中したために埋没してしまったようです。選挙戦の前半では野党共闘の立て直しに忙殺され、選挙区での独自候補の取り下げによって政見放送や宣伝カーの運用台数に制約が生じたという事情もありました。後半になってから比例代表での取り組みに力を入れるようになりましたが、遅きに失したようです。

 都議選の影

 今回の解散・総選挙には、7月に実施された東京都議選の結果が大きく影響していました。これまでも直前に実施された都議選はその後の国政選挙に大きな影響を及ぼしてきましたが、今回はほとんど決定的ともいえるような意味を持ちました。
 都議選での自民党の惨敗や小池百合子都知事が結成した「都民ファーストの会」の躍進がなければ、安倍首相は解散を決断しなかったかもしれません。このような結果がなければ、前原誠司代表が「希望の党」への「なだれ込み」という方針を打ち出すこともなかったでしょう。
 そもそも、民進党内での代表選挙で前原さんが選出されたのは、わずか5議席となってしまった都議選での敗北の責任をとって蓮舫前代表が辞任したからです。代わって登場した前原さんは蓮舫さんが進めてきた野党共闘路線の見直しを表明し、安倍首相は「今がチャンス」とばかりに解散に打って出たのではないでしょうか。
 この安倍首相の挑戦に対して、小池都知事は新党の結成で応えました。一方での安倍首相による不意打ち、他方での小池新党の登場という挟撃にあって、民進党の前原代表は進退窮まったようです。都議選での「悪夢」が頭をよぎったにちがいありません。
 こうして、小池さんが立ち上げた希望の党への民進党の「なだれ込み」という奇想天外な方針が打ち出されます。小池人気にすがって「安倍一強」を打倒しようと夢想したのです。この方針を全会一致で承認した民進党両院議員総会の参加者も、同じ考えだったと思われます。
 しかし、小池さんの「排除の論理」によって、この夢想は「見果てぬ夢」に終わりました。舞台は暗転しましたが、民進党の分裂が不可避になるという大混乱の中から一筋の光がさすことになります。それが、枝野さんによる「立憲民主党」の結成でした。この党の誕生と共闘体制の再確立によって選挙戦は大きく様変わりすることになります。

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