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8月6日(日) 「政治の劣化」「行政の劣化」とは何か―どこに問題があるのか、どうすべきか(その1) [論攷]

〔以下の論攷は『法と民主主義』No.520、2017年7月号、に掲載されたものです。3回に分けてアップします。〕

 はじめに

 「こんな人たちに、私たちは負けるわけにはいかないんです」
 都議選の最終盤、秋葉原駅前での唯一の街頭演説で放った安倍首相の言葉が、これでした。「帰れ」「安倍ヤメロ」とコールして自分を批判する人々を指さし、「こんな人たち」と言って非難したのです。
 総理大臣は全ての国民を代表し、批判的な人々も含めてあらゆる国民に責任を負って国をリードする立場にあります。支持者や一部の仲間だけでなく、全ての国民を視野に入れ、その生命と生活を守り、国全体をまとめ統合するという役割を担っているはずです。
 それなのに、自分を批判する人々を「こんな人たち」とひとくくりにし、「私たちは負けるわけにはいかない」と対抗心むき出しにして非難したのです。国民を線引きして自ら分断を持ち込んだということになります。「敵」と「味方」を色分けし、「敵」に対しては厳しく「味方」や「お仲間」には優しいアベ政治の本質が顕われた瞬間でした。
 国会での審議でも、安倍首相は「こんな人たち」と思い込んだ批判者に対し、強い敵意をむき出しにヤジを飛ばしたりして攻撃的な対応に終始してきました。批判する人々や野党の背後にも、多くの国民がいるということを忘れているようです。批判者に対してきちんと答えることを通じて、その背後にいる国民にも理解してもらえるような丁寧な政権運営を行うというのが、本来あるべき姿ではありませんか。
 他方で、安倍首相は「味方」である「私たち」の仲間や身内を大事にしてきました。第一次安倍政権は「お友達内閣」と言われ、今年の通常国会でも親しくしてきた知人や友人を特別扱いしたり優遇したりしたのではないかとの疑惑が持ち上がりました。しかし、疑惑に答えることなく、共謀罪法案の強行採決を行ったうえで強引に幕引きを図ってしまいました。
 こうして、政局は都議選へとなだれ込むことになります。都議選では、アベ政治における政治や政治家の劣化、行政の劣化に対する批判と怒りのマグマが噴出しました。その結果が、自民党の歴史的惨敗という驚天動地の出来事だったのです。
 都議選での自民党惨敗は都民によるアベ政治への明確な審判でしたが、何に対して、どのような審判を下したのでしょうか。都議選に先立つ通常国会では、どのような問題が明らかになったのでしょうか。政治と政治家の劣化、行政の劣化という側面に焦点を当てながら、このような問いへの答えを探してみましょう。答えが見つかれば、それを是正するにはどうすべきなのかも明らかになるにちがいありません。

1 都議選の結果をどう見るか

 自民党の歴史的惨敗

 7月2日に投開票された都議選の結果は、別表の通りでした。ついに噴き出した「怒りのマグマ」によって自民党が歴史的惨敗を喫したというしかない結果です。

都民ファーストの会:6→49(+43)
自民党:57→23(-34)
公明党:22→23(+1)
共産党:17→19(+2)
民進党:7→5(-2)
東京・生活者ネットワーク:3→1(-2)
日本維新の会:1→1
社民党:0→0
無所属:4→0(-4)
無所属(都民推薦):9→6(-3)

 秋葉原での選挙戦最後の街頭演説で、安倍首相は「こんな人たちに負けるわけにはいかない」と叫びましたが、多くの都民は「こんな人たちに、私はなりたい」と考えたわけです。その結果、安倍首相はこれまで経験したことのない厳しい鉄槌を下されました。
 自民党の獲得議席は23でした。過去最低だった38議席を15も下回っています。今回の都議選ほど自民党が選挙の恐ろしさを実感したことはなかったにちがいありません。地殻変動によって地割れが生じ、奈落の底に落ち込んでいくような恐怖を味わったのではないでしょうか。
 こうなった原因は3つ考えられます。第1に自民党都連への批判であり、第2に国政への不満であり、第3に安倍首相への反感です。これらが積み重なって生じた敗北であるからこそ、これまでになかったような歴史的惨敗となりました。不明朗な築地市場移転問題の経緯など都政の闇を生み出してきた自民党都連への批判は、都議選が終わって都政改革が進められればある程度は解消するかもしれません。しかし、国政への不満や安倍首相への反感は、選挙が終わったからと言ってなくなるとはかぎりません。
 石原、猪瀬、舛添という過去三代の都知事を与党として支えてきた自民党都連への批判以上に、都民の怒りは国政とその中心にいる安倍首相に向けられました。9条改憲を打ち出し、「森友」「加計」学園疑惑に頬かむりしたまま共謀罪を強行採決して国会を閉じた強引なやり方や、その後も相次いだ不祥事、暴言、疑惑隠しなどに対しても都民の怒りは爆発したのです。
 選挙後、「THIS is 敗因」という言葉が飛び交いました。惨敗を生み出した「戦犯」はT(豊田真由子)、H(萩生田光一)、I(稲田朋美)、S(下村博文)の4人だというのです。しかし、正確には「THIS is A 敗因」と言うべきでしょう。何よりも、A(安倍晋三)という「大戦犯」がいるからです。
 これに加えて、公明党の裏切りがあります。今回、公明党は自民党とたもとを分かち「都民ファーストの会」を支援したため、公明党の支えを失った自民党は1人区や2人区だけでなく3~5人区でも苦戦することになりました。「都民ファーストの会」とともに上位当選した公明党に蹴落とされてしまったのです。

 「都民ファーストの会」の躍進

 歴史的惨敗に沈んだ自民党にとって代わったのが「都民ファーストの会」です。50人立候補して49人当選、追加公認を含めて55人になりました。自民党が減らした議席の大半は「都民ファーストの会」に流れ込みました。今回だけは支持できない、お灸を据えたいと考えた自民党支持者や無党派層にとって、「非自民」の「手ごろな受け皿」となったからです。
 このような「受け皿」を提供することができれば、今回と同様の地殻変動を国政レベルでも引き起こすことができるにちがいありません。それをどのように提起し、認めてもらうかが、安倍政権打倒に向けての課題になります。
 同時に、今回の選挙では欧米のようなポピュリズムの「追い風」が強烈に吹きました。「都民ファーストの会」は大阪維新の会や名古屋での減税日本と同様に、ポピュリズムの風に押し上げられて都議会に送り込まれたのです。「どうしてこんな人が」と思われるような人もあれよあれよという間に当選し、議員になって議会に送り込まれるというポピュリズム選挙の危うさが孕まれていることも忘れてはなりません。
 1993年にブームを起こした「日本新党」の都議はすぐに消えてしまいました。名古屋市の「減税日本」も4年後に再選されたのは6人だけでした。「都民ファーストの会」で当選した新人議員「小池チルドレン」の半分近くは議員経験がなく、スキャンダルを抱えている「ポンコツ議員」もいます。はたして小池与党としてきちんとしたチェック機能が果たせるのか、これから問われることになるでしょう。 

 共産党など立憲野党の善戦

 このようなポピュリズムの嵐の中で、共産党や民進党などの立憲野党は埋没することなく持ちこたえることができました。共産党は2議席増の19議席となり、民進党は「壊滅するのではないか」と見られていましたが、改選7議席から2議席減の5議席にかろうじて踏みとどまったからです。
 共産党は前回の都議選で8議席から17議席に倍増していますから2回連続での増加で、32年ぶりのことになります。小池対自民党都連という対立構図が喧伝され、「都民ファーストの会」が大量当選するというポピュリズム選挙の嵐が吹き荒れたにもかかわらず、埋没することも嵐に吹き飛ばされることもなく善戦健闘したのは重要な成果でした。
 これは強固な組織的基盤を持っている共産党の強みを背景としています。同時に、市民と野党の共闘の前進も大きな力になりました。無党派層の投票先で「都民ファーストの会」に次ぐ2位でしたから、組織の力だけではない幅広い支持層を得た結果でもあります。
 「森友」「加計」問題などでの調査と追及、アベ政治に対峙し続けてきたぶれない政治姿勢、9条改憲阻止などの国政上の争点も掲げた選挙戦術、豊洲移転に反対して築地再整備を掲げた唯一の政党という政策的立場などで得られた支持の広がりでした。このような、国政上の実績、選挙戦術、都政政策などの点で独自の優位性を発揮し、アベ暴走政治に最も強烈な「ノー」を突きつけたいという「反自民」のための「信頼できる受け皿」として支持されたということでしょう。
 このようなアベ暴走政治の問題点が明確に示され、国民の目に焼き付けられたのが、都議選の直前まで開かれていた通常国会でした。この国会における政府・与党の暴走・逆走とその後も続いた政治や行政の劣化に対する怒りこそが、都議選での自民党の歴史的惨敗という驚天動地の出来事をもたらした最大の要因だったのではないでしょうか。

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