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7月8日(土) いま闘うことは、いちばん良い時代を生きてきた人間の責任(その1) [論攷]

〔以下のインタビュー記事は『ねっとわーく京都』No.343、2017年8月号に掲載されたものです。聞き手は細川孝龍谷大学教授で、インタビューは6月17日に行われました。2回に分けてアップします。〕

■自己都合による強行採決、テロとオリンピックを口実に運動抑圧の武器が欲しかった安倍自公政権

細川 私は専門が経営学ですから、きょうのテーマに少しそぐわないかと思うところもありますが、大学の在り方や教職員、学生の未来に大きな影響をもたらす現在の政治の大きな動きを中心に少しお聞きしたいと考えています。まず共謀罪についてですが、法律そのものの問題もさることながら、政治の劣化という問題もあります。そのあたりをどのように見ておられますか。

五十嵐 今回の通常国会全体を通して、政治・行政の劣化がここまで進行しているのかという危機感を持ちました。ひどい状況が露わになったと思います。同時に、そのことへの国民の危機感や不信も広がってきました。安倍首相は外国に行くと、自由と民主主義、法の支配という共通の価値観を口にしますが、それがこの日本では失われつつあります。与党による強権と独裁、行政権の肥大化と歪曲を生み出す仕組みができてしまいました。そうなった根本的な原因は大政党が有利になる小選挙区制にあります。このような選挙制度の導入から始まって、いまや内閣人事局による官僚支配、国家戦略特区による政治介入、内閣府と官邸の肥大化、三権分立の歪み、総理と総裁、公人と私人の使い分けなど、政治はどんどん劣化し続けています。その背後には日本会議という極右集団の支配が存在することも指摘しておかなければなりません。

細川 今回、民主主義や人権の問題もあると思いますが、一方で国会末期のところでは強引な運営が目立ちました。このあたりはどうですか。

五十嵐 多数の横暴と言われますが、究極の強行採決です。本会議での中間報告というかたちで委員会採決を省略し、強引に共謀罪を成立させてしまいました。これは会期を延長したくないからです。安倍首相は加計学園疑惑を追及されるのが嫌だった。しかも、都議選が控えていますから、これにマイナスになるようなことは避けたい。自己都合による強行採決です。運動抑圧の武器がよほど欲しかったのでしょう。テロとオリンピックを口実にすればそれができると。特に、公明党は都議選に影響することを恐れたと言われていますが、そのために議会制民主主義の基本である熟議が損なわれた。特に加計学園疑惑では、国民の前で説明する、真相を明らかにするなど、納得を得るための努力がまったくなされませんでした。国会の歴史に大きな汚点を残したと言えます。本来監視されるべきは国民ではなく、多数を背景に驕りと強引さで突き進む安倍政権と公明党です。

細川 維新の会の役割は、どのようにみたらよいのでしょうか。

五十嵐 維新の会は与党以上にひどい役割を果たしています。今回のような強引な議会運営を行えば批判は与党にいきますが、野党の一部がそれに手を貸せば批判を和らげることができます。一種の「風よけ」です。与党専制に対する言い訳の手段として政権に利用されました。共謀罪の審議では、衆議院の法務委員会で維新の会の議員が討議打ち切りを提案して採決を強行したことも大きな問題を残しました。参議院で維新は質問の途中で問責決議案が出されたと文句を言っていますが、そうしなかったら審議打ち切り動議を出すつもりだったんじゃないでしょうか。野党のなかに送り込まれた与党の「スパイ」のようになっている。野党の在り方としては大いに問題があります。

■マスコミに対しても、読者・視聴者は「主権者」としての力を発揮することが重要

細川 いまの日本の在り方は、国際社会からはどのように映っていると見ておられますか。例えば国連人権理事会の特別報告者が共謀罪について懸念を表明していますが…

五十嵐 これは今までなかったことです。国際社会と協調してテロを取り締まるために共謀罪を制定しようとしているのに、当の国際社会から、これは危ない、こんな法律をつくったらプライバシー保護や報道の自由などの点で大きな問題が生ずると言われたわけです。国際社会から後ろ指を指されるような国に、安倍首相は日本を変えてしまいましたね。「美しい国」と言いながら「醜い国」にしてしまったんじゃないかと思います。

細川 国際社会との関係でみると、日本はマスコミの自由度が減ってきていると指摘されていますが、首相の動向などからみてもしょっちゅうマスコミトップと会食しています。

五十嵐 「寿司友」と言われていますからね。マスコミは安倍応援団と安倍さんを批判する側の二つに分かれています。しかも、安倍応援団のほうが大きな力を持っている。とりわけ『読売新聞』とNHKです。NHKの報道は国民に伝えるべき公共放送としての取捨選択がなされていない気がします。どうでもよいようなニュースが優先される。国会審議が放映されない。経営委員会に安倍さんの友達を入れたりして、籾井前会長以来のさまざまな介入の「成果」が生まれています。『読売新聞』の方は完全にジャーナリズムとしての矜恃、誇りを失ったのではないでしょうか。ここまで安倍さんに利用され、都合良く使われていることに対して、読売の良心的な記者は歯ぎしりして悔しがっていると思います。他方では、菅官房長官に嫌がるような質問を繰り出した『東京新聞』社会部の記者もいます。ところが、その記者に対して記者クラブの側が抗議しようとしたそうです。いったいどちらの側に立っているのでしょうか。そもそもマスコミは「第4の権力」と言われますが、それは権力を監視し牽制する力を持っているからです。『読売新聞』はその力を放棄してしまいました。それでなくても、日本は報道の自由度ランキングでは72位で、G7構成国では最下位ですからね。

細川 そうは言いながらも、マスコミが果たす役割は大きいと思います。私たちはどうマスコミを変えていくのか、どう向き合っていくのかといったあたりは?

五十嵐 やはり読者あってのマスコミです。大きな力を持っているのは、新聞・雑誌などでは読者ですし、テレビでは視聴者です。例えば『週刊文春』などは読者の質が変わってきています。安倍批判を書けば売れる、そうなればさらに批判報道に力を入れるという循環が生まれます。マスコミには読者・視聴者の反応に敏感に反応するという特性があります。良いものを評価し、良くないものに対しては批判する。読者や視聴者からの意見を伝えていくことが大切です。良くないものは見ない、悪いものは読まない、買わない。こういうスタンスで「第4の権力」に対しても、読者・視聴者は「主権者」としての力を発揮することが重要です。

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