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12月19日(金) 総選挙での投票率の低さを生み出した原因は他にもある [解散・総選挙]

 総選挙での得票率の低さについて、「低投票率で無意味な選挙に抗議」したのだというプラスの評価をした論評を目にしました。ネットで流れている東洋経済特約記者(在ニューヨーク)のピーター・エニスさん へのインタビュー記事「総選挙で日本人は愚かでない選択をした」http://toyokeizai.net/articles/-/55943?page=2です。
 なるほど、そのような見方もあるのか、と思いました。「彼らは、今回の選挙が『ジェリー・サインフェルド的選挙』(アメリカのコメディアンによる長寿テレビ番組にまつわる表現で、何の意味も持たない選挙の意) だということが分かっていたのです。そのため、家から出ないことを選んだのです」というのですから……。

 確かに、そのような面があったと思います。棄権という「沈黙の艦隊」は、動かないことによって無言の異議申し立てを行ったということ、有権者の半分近くがこのような意思表示を行ったことの意味を安倍首相は十分に理解するべきでしょう。
 そのような側面を考慮に入れれば、今回の選挙によって信任が得られたなどということは言えません。まして、「白紙委任」を受けたなどと強弁することは絶対に許されません。
 52.66%という投票率は選挙そのものの正当性を疑わせ、代表制民主主義の機能不全を憂慮させるに十分な数字です。このような選挙で選ばれた議員たちは、日本国憲法の前文でうたわれているような「正当に選挙された国会における代表者」だと言えるのでしょうか。

 このような低投票率を生み出した背景と要因について、昨日のブログでも維新の党と橋下代表の責任について書きました。しかし、総選挙で投票率の低さを生み出した原因はそれだけではありません。
 悪天候や投票時間の繰り上げの増加、市町村合併などの影響で投票所が減って遠くなったなど、他にもあります。加えて、以下のような背景や原因が考えられます。
 そのいずれも、改善しようとすればできることであり、それを改めれば選挙への関心を高めて投票率を上げることが可能です。今後、投票率を高めるためには、以下のような問題点を意識的に改善することが必要でしょう。

 その第1は、与党の責任です。とりわけ安倍首相の責任は大きいと思います。
 今回の選挙では、「一見」すれば争点がないように見えました。それは、安倍首相が消費増税の延期やアベノミクスの継続による景気回復など、国民の反対しにくい課題を争点に据え、集団的自衛権の行使容認、改憲、TPPへの参加、沖縄での新基地建設、農業・医療・労働分野での規制緩和など、他の重要な争点を隠す「争点隠し戦術」に出たからです。
 そのために、わざわざ投票所に足を運ぶ必要性を感じなかった有権者が増えたということではないでしょうか。しかも、事前に「自民300議席をうかがう」などと報じられれば、「それならわざわざ行く必要もないだろう」と思った人が増えても不思議ではありません。

 第2は、野党の責任です。とりわけ民主党と「第三極」の責任には大きなものがあります。
 「第三極」への失望と凋落が投票率の低下に結びついたのではないかということは、昨日のブログで指摘しました。それ以上に、もっと大きな責任は民主党にあったと言えるでしょう。安倍首相の暴走に対する選択肢を提起できず、政治が変わるという期待も可能性も有権者に示すことができなかったわけですから……。
 小選挙区で候補者の擁立が少なかったという点が決定的です。加えて、政策的に大きな違いがある維新の党などと選挙協力を行ったことも、有権者にとっては当選目当ての「野合」と映ったことでしょう。
 裏切りのイメージ、政策的な曖昧さ、候補者擁立の失敗、小手先の選挙協力、加えて、海江田党首の影の薄さと魅力のなさ。これでは有権者を引き付けることができず、選挙への関心を高めることもできなかったはずです。

 第3に、制度の責任です。とりわけ小選挙区制という選挙制度が、この点でも大きな問題を抱えています。
 戦後、衆院選の投票率は60%台後半から70%台で推移してきましたが、小選挙区比例代表並立制が導入された1996年に初めて60%を割ります。50%台になったのは、03年、12年に続いて今回が4度目になるなど、この制度の下で投票率の低下が際立っていますが、このことは制度導入前から予想されていたことです。
 現に、私は拙著『一目でわかる小選挙区比例代表並立制』(労働旬報社、1993年)で、「はじめから当選を競い合うような政党が二つくらいしかなく、出てくる候補者が毎度おなじみで、しかもその当落がほぼ予想できるということになれば、人々の選挙への興味と関心は大幅に減退するでしょう。中小政党が排除され、自分の願いを託せる候補者がいず、二大政党が競い合っていてもそのどちらも支持できないという人の場合、はじめから『投票するな』といわれているようなものだからです。当然、投票率は下がります」(78頁)と指摘しました。残念ながら、この指摘が当たってしまったというわけです。

 第4に、意外に思われるかもしれませんが、行政の責任にも大きなものがあります。とりわけ日ごろから政治的な争点を避けてきたことが、有権者の政治への態度に微妙な悪影響を与えているのではないかと思われます。
 集団的自衛権や憲法9条をめぐって、9条の会主催の講演会への後援とりやめ、「梅雨空に『九条守れ』の女性デモ」の俳句の公民館便りへの掲載拒否などが相次いだことを覚えておられる方も多いでしょう。その際の理由は、政治的なテーマで意見の違いがあるということでした。
 しかし、政治にかかわるどのような問題であっても賛否両論があることは避けられず、それを理由に後援や掲載をとりやめれば、市民や住民を政治から遠ざけることになってしまいます。このような形で普段は有権者を政治から「隔離」しておきながら、選挙になった途端に「政治に関心を持ちましょう。選挙に行きましょう」と言い出すことの滑稽さが、自治体などの行政担当者に分かっているのでしょうか。

 このように、投票率を低下させる背景や原因にはこと欠きません。投票所に足を運ばず棄権する有権者の責任を問う前に、まず政治や行政にかかわる側がその責任をきちんと自覚し、その改善に向けて早急に着手することこそ、いま求められていることではないでしょうか。

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