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12月8日(月) アジア・太平洋戦争開戦の日に集団的自衛権について考える [集団的自衛権]

 今日、12月8日はハワイの真珠湾への奇襲攻撃によって日米戦争が始まった日です。この戦争はかつて「太平洋戦争」と呼ばれていましたが、すでに1931年には「満州事変」、37年には「盧溝橋事件」などによって中国への侵略戦争が始まっていましたから、一緒にして「アジア・太平洋戦争」とも呼ばれます。
 またそれは、2年前の1939年にドイツによるポーランド侵攻からヨーロッパで始まっていた侵略戦争と一体となり、第2次世界大戦の一部となりました。こうして、世界的規模でファシズム陣営対民主主義陣営の戦いが始まったのです。

 どうして、このような間違った戦争を起こしてしまったのか。そこからくみ取るべき教訓は多々あります。
 とりわけ、集団的自衛権の行使容認が閣議決定され、日本が攻められてもいないのに海外での戦争に参加できるようにしようという企てが進んでいる現在、再び戦争に加担しないという決意を固めることは、今まで以上に重要になっています。そのためにも、戦前における戦争の歴史をきちんと振り返っておくことには、大きな意味があるでしょう。
 ということで、拙著『18歳から考える日本の政治(第2版)』(法律文化社、2014年8月)の第2部第8章「戦前の政治と戦争―歪んだ日本の近代化」の「2 戦前における光と影―近代化と軍国化」「3 『ハンドル』と『ブレーキ』がなければ事故を起こすのは当然」「4 負の遺産を克服するために」の部分(同書32~35頁)を、以下に紹介させていただきます。その前後についても関心を持たれた方は、本書を手に取って読んでいただければ幸いです。

2 戦前における光と影-近代化と軍国化

 戦前の日本は明治維新によって世界への窓を開き、「富国強兵」を目標にして急速な近代化を進めました。政治の面では、内閣制度を確立し、憲法を制定して国会を開設しました。どれも、アジア諸国の中では最も早いものです。
 これらの近代的な政治制度の確立は、日本産業の近代化と国力の増強のために役立ちました。学校制度と教育の普及によって日本という国に対する自覚と愛着が生まれ、民族意識を持つ「国民」が形成されました。一定の知識を持ち文字が読める国民は優秀な労働力としても勇敢な兵士としても役に立ち、「富国強兵」の推進力になりました。
 戦前の日本は、天皇専制という絶対主義的な側面を持ちながらも、大日本帝国憲法という法に基づいていたという意味では立憲主義的な面もありました。このため、立憲君主制の一種というとらえ方も可能です。しかし、天皇の「大権」は強力で、その下での「民主主義」は大きく制約された「天皇制民主主義」にすぎませんでした。
 また、日本は資源と領土を求めて対外的な膨張を目指し、戦争の準備を進めて軍事的な傾向を強めていきました。日清戦争で清国(中国)に勝利して領土を手に入れ、日露戦争でもロシアに負けませんでした。第一次世界大戦にも日英同盟の縁で連合国側として参戦しますが、日本にとっては本格的な戦争ではありませんでした。
 このように、第二次世界大戦まで、日本は戦争に次ぐ戦争という歴史をたどりますが、ここに大きな問題がありました。
 その一つは、このときまでは負けることがなく、戦争によって利益を得ていたということです。そのために国民は、「戦争になれば勝てる」「戦争は儲かる」「領土が手に入る」などと思い込んでしまったのです。当時の人々にとって、基本的に、戦争は「悪いもの」ではなく、「良いもの」として受け止められていたのです。
 もう一つは、戦争の悲惨さ、特に、戦場となることの酷さや怖さを知らなかったということです。第一次世界大戦は総力戦として闘われ、戦場となったヨーロッパでは市民が戦争に巻き込まれました。戦争は、前線で軍人が闘うものから、前線も銃後もなく、全ての人々が巻き込まれるものへと性格を変えました。しかし、アジアにあって本格的に戦争をしなかった日本は、このような変化についてよく分かっていませんでした。
 太平洋戦争の始まりとなった真珠湾攻撃への国民的な熱狂の背景には、このような事情があったのです。無謀な戦争への突入は、当時の政治家や軍人などの戦争指導者、とりわけ天皇の責任によるものですが、それを支え、付き従ったのは当時の国民でした。このような指導者と国民を産み出した背景には、軍事に頼った日本の近代化と、制約が多く不十分な「天皇制民主主義」の存在があったのです。

3 「ハンドル」と「ブレーキ」がなければ事故を起こすのは当然

 今から振り返れば、どうしてあのような無謀な戦争を行ったのかと、皆さんは不思議に思うかもしれません。日本とアメリカの国力の差は当初から明らかで、鉄鋼生産量で約12倍もの差があったと言われています。
 太平洋戦争を闘った中心部隊である連合艦隊の山本五十六司令長官は、近衛文麿首相に日米戦争の見込みを問われ、「それは是非やれと言われれば初め半年や1年の間は随分暴れてご覧に入れる。然しながら、2年3年となれば全く確信は持てぬ。三国条約が出来たのは致方ないが、かくなりし上は日米戦争を回避する様極力御努力願ひたい」と述べています。
 一部の国民は、アメリカとの戦争に勝ち目がないことを薄々知っていました。それでも、戦争に突入してしまったのは何故でしょうか。山本長官が言っていたように、日本が優位に立っていたのは「初め半年」くらいで、1942年6月のミッドウェー会戦での敗北以来、次第に日本軍は戦略的守勢に追い込まれていきました。それでも、戦争を続けたのは「ハンドル」が上手く作動せず、「ブレーキ」が効かないまま、全速力で突っ走ったようなものだったからです。これでは、重大事故を起こすのも当然でしょう。
 戦前の日本は、天皇専制の下、富国強兵を目標に全国民が一丸となって国力増進と軍事力の拡大に邁進しました。アジアの中では最も早く近代化し、急速な国力増強によって世界の強国の仲間入りを果たしたのです。これは、開国と明治維新以来、日本という「車」が全速力で走り続けてきた成果でした。
 しかし、この「車」の「ハンドル」には問題がありました。集団的な英知を集めて日本の進路を相談する仕組みが無かったからです。議会はありましたが、天皇を補佐する役割しか与えられていませんでした。実権を握っていた軍人や宮中グループ、官僚たちは、世界の趨勢について無知でした。彼らは日本の進路を託すに足るだけの能力を持っていなかったのです。中国や朝鮮などを侵略し、日米戦争に突入するという誤った選択をしたのも当然でしょう。
 「ブレーキ」がきちんと作動していれば、このような過ちは避けられたかもしれません。しかし、天皇制に対する批判や反対は許されず、軍人は横暴を極め、勝手気ままに振る舞っていました。政友会や民政党などの既成政党は無力で、共産党などの左翼政党や労働運動は治安維持法や特高警察などによって弾圧されました。やがて戦争が始まると、国民は虚偽報道に熱狂し、政党も労働組合も戦争に協力するようになりました。これでは、「ブレーキ」が効くわけがありません。いったん走り出した日本という「車」は、道路から飛び出して転覆するまで止まることができなかったのです。

4 負の遺産を克服するために

 このような戦前の過ちを繰り返してはなりません。そのためには、どうしたらよいのでしょうか。ここで、いくつかの提案をさせていただきます。
 第1に、歴史を検証し、教訓をくみ取ることが必要です。あの戦争は何だったのかということを、今もなお問い続ける必要があります。戦争の実態、目的や意味について、国民全体での共通認識を得るための努力を、これからも続けなければなりません。
 第2に、日本軍が行った戦争の実態から目を背けないという態度が必要です。日本軍は、南京大虐殺、殺しつくす・焼きつくす・奪いつくす日本版ホロコーストとも言うべき「三光作戦」、「731部隊」による生体解剖や人体実験、毒ガス・細菌戦、「従軍慰安婦」の創設・運用など、通常の軍隊ではあり得ないような戦争犯罪を犯しました。これを「自虐的だ」として無視したり、美化したりするのではなく、きちんと反省することが必要でしょう。
 第3に、「ハンドル」の利きを良くすることが必要です。集団的な英知を集めて正しい選択を行うことができるようしなければなりません。そのためには民主主義が不可欠です。政党や政治家の能力を高めるだけでなく、教育とマスコミによる賢い有権者=市民の育成も重要でしょう。政治学を学ぶことは、その一環でもあります。
 第4に、いつでも「ブレーキ」が作動するように、日頃から整備しておくことも必要です。そのためには、異論や異質なものを大切にする、少数者や少数意見を尊重する、周りの意見に付和雷同せず、立ち止まって考え、自分の意見を持つなどの生活態度を身につけたいものです。
 第5に、世界に存在する様々な民族や人種、多様な文化を尊重し、同等の権利と尊厳を認め合うことも必要でしょう。とりわけ、中国や韓国・朝鮮の人々を蔑視したり敵視したりしないように心がけたいものです。かつて唱えられた「脱亜入欧」ではなく、「入亜入欧」という共生の精神こそ、先の戦争から学ぶべき最大の教訓ではないでしょうか。

 以上が、拙著『18歳から考える日本の政治』からの引用です。この本の初版は2010年に出ていますが、基本的な論旨は変わっていません。
 特に、「『ハンドル』と『ブレーキ』がなければ事故を起こすのは当然」という指摘や「負の遺産を克服するために」提案した5つの点は、安倍首相の「暴走政治」の下で古くなるどころかますます重要になってきていると言えるでしょう。安倍首相に300議席も与えることは、暴走中のドライバーに「危険ドラッグ」を吸わせるようなものですから……。
 今度の総選挙は、このような「ハンドル」の効きを良くし、「ブレーキ」を作動させる絶好のチャンスです。そのチャンスを生かし、戦前のような過ちを繰り返さないようにすることが、今を生きる私たちの責務でしょう。

 
 なお、本日の夕方6時から、千葉県憲法会議の主催で「12・8に戦争と平和を考える―安倍内閣とこの国の危険な進路」という演題で講演します。会場は千葉市文化センター・セミナールームですので、お近くにお住まいで関心のある方に足を運んでいただければ幸いです。

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