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9月12日(月) 「三鷹事件の会」発足のつどいで松本善明さんの講演を聴いた [社会運動]

 昨日、元日本共産党の衆院議員だった松本善明弁護士の講演を聴きました。85歳だそうですが、いくぶん高い張りのある声で、1時間20分ほど話をされました。

 先日は88歳になられた畑田重夫先生の元気な姿に圧倒されましたが、昨日は善明さんの元気なことに感心しました。年を取ってからも元気で活躍する場があるということは、高齢社会の良さでしょう。
 至るところで、かくしゃくとした高齢者にお会いします。先方の元気なことに、こちらが励まされて元気になります。
 東日本大震災で被災された方と支援する方との関係に似ているかもしれません。元気をもらうことができるという点では……。

 昨日は、三鷹市市民協働センターで開かれた「三鷹事件の真相を究明し、語り継ぐ会(三鷹事件の会)」発足のつどいhttp://yoyogi-law.gr.jp/info/2011/deta/20110829.pdfに参加してきました。私も、この会の呼びかけ人の1人になっていたからです。
 私の他には、松川資料室の伊部正之福島大学名誉教授、偶然事件の現場に居合わせた堀越作治元朝日新聞編集局次長、山田善二郎前国民救援会中央本部会長などの方が呼びかけ人で、会場でお目にかかりました。また、「三鷹事件のモニュメントを設立する会」から梁田政方さんが呼びかけ人になっておられましたが、この方は元北海道学連の委員長で、北大イールズ闘争の当事者として北大を退学させられた方だというではありませんか。
 驚きました。帰宅して、『蒼空に梢つらねて』を見ましたら、2010年5月16日に開かれた対話集会「北大の自由・自治・反戦・平和の歴史を考える」でも、「イールズ闘争と私-当事者の立場から」という報告をされ、その記録が掲載されていました。

 ちょっと話がそれましたが、昨日の集会には会場一杯の140人が参加され、椅子が足りなくなるほどでした。私にとっては、「想定外」の多さです。
 こんなに多くの人が、三鷹事件に関心を持っていたとは知りませんでした。獄中で亡くなったただ一人の死刑囚・竹内景助の無念の思いが共有されていたからにちがいありません。
 私も、大原社会問題研究所が松川事件の裁判資料を保管しているという関係もあって、呼びかけ人の片隅に加えていただいたというわけです。一昨年に福島大学で開かれた松川事件の記念集会にも参加しましたので、これで松川事件・三鷹事件の両方に関わりができたことになります。

 三鷹事件については、多くの人がご存知だと思います。1949年7月15日に三鷹駅構内で起きた無人列車暴走事件で、同時期に起きた下山事件、松川事件と並ぶ三大フレームアップ事件の一つとされるものです。
 車庫から暴走して脱線転覆した列車によって、線路脇の商店街などで男性6人が即死、負傷者も20人出る大惨事となりました。
 捜査当局は、国鉄労働組合(国労)組合員の日本共産党員10人と非共産党員であった運転士の竹内景助による犯行として彼らを逮捕しました。うち1人はアリバイが成立したため釈放されましたが、残りの共産党員9人と竹内が起訴されています。

 東京地裁で鈴木忠五裁判長は竹内の単独犯行として無期懲役の判決を下し、共同謀議の存在を「空中楼閣」と否定して他の9人を無罪としました。これに対して、検察は全員の有罪を求めて控訴・上告しましたが、竹内以外については無罪が確定します。
 控訴審で東京高裁は、竹内について検察側控訴を受け入れ、書面審理だけで一審の無期懲役をもっと重い死刑としました。当然、弁護人は上告しましたが、最高裁では口頭弁論も開かれないまま死刑判決が確定しています。
 ところが、これは8対7の1票差だったので、大きな論議を呼びました。竹内は死刑判決後も無実を訴え続けますが、脳腫瘍であったにもかかわらず放置され、1967年に獄中で死去しています。45歳の若さでした。

 以上が三鷹事件についての概略ですが、最大の問題は、きちんとした裁判手続きがなされないまま「自白」のみで有罪とされ、しかも無期懲役が死刑に格上げされてしまったことです。善明さんは、現在の裁判であれば審理手続きの面からいってもとうてい有罪になるはずがないもので、完全なえん罪であると仰っていました。
 竹内は「自白」したとされていますが、その内容は二転三転どころか5回も変転し、最後は無罪を主張していました。死の直前に奥さんに語った言葉は「くやしいよ」というものだったそうです。
 この事件については、小松良郎『三鷹事件 新訂版』(同時代社、2011年)、片島紀男『三鷹事件-1949年夏に何が起きたのか』(NHK出版、1999年)などがあります。裁判についても詳しく検証した高見沢昭治『無実の死刑囚-三鷹事件竹内景助』(日本評論社、2009年)がありますが、会場には著者の高見沢弁護士も見えられ、挨拶されました。

 善明さんは、なぜ死刑のえん罪が生まれてしまったのかということについて、弁護人が無罪を主張せず弁護が不十分だったこと、最高裁の上告棄却決定の直前に判事が入れ替えられて賛否が逆転したこと、少数意見は書面審査だけでの決定に反対していたのに田中耕太郎裁判長が強行したこと、田中裁判長はガリオア資金で訪米して反共裁判の研修を受けて初公判の1ヵ月前に帰国したばかりだったことなどの事実を指摘され、松川事件を含めて、事件自体はもちろん、その捜査や裁判も米軍によるオペレーション(作戦行動)だったのではないかと指摘されました。
 事件そのものについても、竹内の動機は見あたらず、風呂に入っていたというアリバイ証言もあり、竹内の証言通りなら列車は発車しないなど、数々の疑問点が残されています。
 高見沢弁護士の話では、遺族による死後再審に向けての準備が進められており、今年中には再審手続きを終えたいということでした。是非、再審がなされ、以上に述べたような数々の疑問が解明され、真相を究明することによって竹内さんのえん罪が晴れることを願っています。

 なお、つどいが終わって、参加者の1人から思いがけないお土産をいただきました。袋に入った立派な栗です。どこかで栗拾いでもしてきたのでしょうか。ありがとうございました。
 発足のつどいの後の懇親会から帰るとき、日本国民救援会三鷹総支部の事務局長だという若者に挨拶されました。都立大学での私の後輩に当たる方だそうですが、このような形で後輩が活躍している姿を見るのは嬉しいものです。

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