So-net無料ブログ作成
検索選択
前の10件 | -

1月30日(月) 韓国についてのいくつかの最新情報 [国際]

26日からの訪韓は大変な駆け足でしたが、それでもいくつかの最新情報を入手することができました。せっかく見聞きしてきたものですから、ここで紹介させていただきます。

 まず、皆さんの関心が高いと思われる朝鮮半島情勢についてです。金正日総書記の急死によって、その息子の金正恩が登場してきましたが、この北朝鮮の新しいリーダーについてどう思うか聞きしました。
 「良く分からない。韓国民も彼について特別の情報を持っているわけではなく、事態は安定している。これによって北朝鮮が新たな挑発的行動に出ると考えている韓国民はほとんどいないだろう」というのが、大方の答えでした。
 3日しか滞在しなかった私ですが、ほとんど緊張感のようなものは感じられませんでした。もっとも、一昨年の訪韓の際も、延坪島砲撃事件の直前(事件は、私が仁川空港から帰った翌日に起きました)だったにもかかわらず、その予兆は全く感じられませんでしたが。

 このようななかで、韓国では今年、総選挙(4月11日)と大統領選挙(12月19日)が実施される予定です。国会議員は4年任期で大統領は5年任期ですから、この2大国政選挙が重なるのは20年に一度しかありません。
 この国政選挙に向けた政治勢力の動向についても聞きました。ポイントは二つあるようです。
 その一つは、左翼勢力の統合に向けての動きです。そしてもう一つは、李明博大統領とその与党・ハンナラ党の左への移動です。

 左翼勢力内では、二つの統合の動きがありました。一つは民主統合党の結成であり、もう一つは統合進歩党の誕生です。
 民主統合党は昨年12月16日、第1野党の民主党と院外政党の市民統合党、それに韓国労総が合同して結成されました。代表最高委員は盧武鉉政権時代に首相を務めた韓明淑という女性の方です。
 この党は金大中元大統領や盧武鉉前大統領の流れを汲む政党だといって良いでしょう。ちなみに、盧武鉉大統領は、自殺以降、人気が高まっていて、もう一度なって欲しい大統領経験者の世論調査ではダントツで一位だそうです。

 もう一つの統合進歩党は民主統合党よりも左に位置する政党で、昨年12月5日に結成されました。合流したのは、民主労働党(民労党)と国民参与党(参与党)、進歩新党脱党派の新しい進歩統合連帯(統合連帯)の三つで、それぞれの勢力から共同代表が出ています。
 もともと、民主党はこれらの勢力とも一緒になろうとしたようですが、民主労働党の反対によって、結局、二つに分かれる形での新党結成になりました。民主労働党は民主労総に基盤を置いており、対抗するナショナルセンターである韓国労総と一緒になることを嫌ったのではないでしょうか。
 ただし、韓国労総の現会長は民主労総との関係改善を目指しており、昨年、民主労総から分かれた第3労総よりも民主労総に近いというのが、尹辰浩先生の解説でした。この第3労総は基本的にはカンパニーユニオンで、勢力も小さく、ほとんど影響力はないとのことです。

 ということで、大統領選挙でこの二つの左翼新党である民主統合党と統合進歩党が統一候補を出せるかどうかが最大の注目点です。そうすれば、政権交代の可能性は充分にあるというわけです。
 その統一候補に最も人気のある安哲秀ソウル大教授がなれば当選は確実だろうが、そうでなくても統一候補が実現すれば、ソウル市長選挙で野党候補を支持したように安教授は統一野党候補支持を表明するだろう。そうなれば当選の可能性は一挙に増大するというのが、尹先生の意見でした。
 総選挙でも、これらの左翼政党が勢力を増やす可能性は高いようです。地方の首長選挙で盧武鉉大統領が育てた若手のリーダーが当選し、米韓FTAへの農民層などの反発もあり、与党は苦戦するだろうというわけです。

 このような情勢に敏感に反応したからでしょうか。李明博大統領とハンナラ党の左への移動が始まっています。
 韓国の英字新聞で、李大統領が製造業での労働時間の短縮を発表したという記事を読みました。また、保守を前面に押し出してきた韓国の与党ハンナラ党ですが、大統領候補になると見られている朴槿恵元代表を先頭に、綱領から「保守」という用語を削除しようとしています。
 政治情勢が混沌としてくれば、日本では右に揺れ、韓国では左へのモメントが働くようです。そうしなければ、韓国では支持が得られないということなのでしょうか。

 そう思いながら、韓国からの帰りの飛行機で新聞を読んだら、石原、亀井、平沼の右翼ナショナリスト新党の動きが報じられていました。これに、「ハシズム」の頭目が加わるかどうかが注目されているというのです。
 同じ新党といっても、政治革新と民主主義を前に進めようという韓国と、それに逆行するような方向を強めようという日本とでは、方向が全く逆です。どちらの方が歴史の進歩に対応するものなのか、いずれその答えははっきりと出てくるにちがいありません。

nice!(0)  トラックバック(0) 

1月29日(日) 韓国への駆け足の旅と3回の講演 [旅]

 昨晩、無事、韓国の旅から帰ってきました。忙しい3日間でしたが、大きな支障もなく、順調に3回の講演をこなしてきました。

 今回の旅の目的は、韓国の仁荷大学校産業経済研究所と法政大学大原社会問題研究所との研究交流協定についての覚え書きを交換することでした。いわば公務出張ということになります。
 研究所はすでに、聖公会大学校労働運動史研究所、ソウル大学校日本研究所と同様の覚え書きを交換しています。今回は3番目ということになりますが、いずれも韓国の大学の付置研究所とのものであり、これらによって韓国の大学や研究所との研究交流が一段と促進されることを願っています。
 大原社研がこのような形で韓国の研究機関などとの交流を始めたのは、今から17年前の1995年からの日韓労使関係研究プロジェクトがきっかけでした。この時の経緯については、すでに昨年11月8日付のブログ「韓国から古い友人の尹辰浩仁荷大学校経商大学学長がやってきた」に書いています。

 この年の1月に法政大学多摩キャンパスで最初のシンポジウムが行われ、その時初めて今回の覚え書き締結の相手であった尹辰浩先生にお会いしました。それ以降も日本と韓国でお会いする機会がありましたので、尹先生とは17年来のお付き合いということになります。
 また、尹先生は私のブログの熱心な読者で、今回も私が書いて忘れていたようなことまで、ちゃんと覚えておられました。私以上に、私のことについて詳しいというわけです。
 このような韓国との交流のきっかけを作ってくださった仁荷大学校の皆さん、金大煥先生や丁栄泰先生にもお会いすることができ、17年ぶりに仁荷大学校のキャンパスを訪問することもできました。当時の私には思いもかけなかったことであり、こうして再訪することができて誠に感慨無量でした。

 今回の旅で、実は、途中で一度だけヒヤッとしたことがありました。迎えに来ているはずの方と会えなかったからです。
 26日の朝、成田空港から大韓航空機に乗り込みましたが、「機体整備のため」1時間ほども出発が遅れ、到着も予定時間から大幅にズレてしまいました。心配して出口から出ましたが、それらしい人は見あたりません。
 結局、20分ほど待ちましたが会うことができず、途方に暮れて考えあぐねた末、インフォメーション・デスクまで行って館内放送をお願いしました。仁川国際空港の到着ロビーに「ジン・イガラシ」の名前が響き渡り、しばらくして迎えの方が駆けつけてきて事なきを得たというわけです。

 その後は順調で、ホテルにチェックインした後、近くの韓国式レストランで仁荷大学校の関係者の皆さんと会食。2次会で尹先生からカラオケに誘われましたが、前日の研究所の新年会(というより、その後の2次会)で飲み過ぎましたので辞退し、ホテルのバーで軽く一杯やって引き上げました。
 翌日は朝から予定がびっしりです。ホテルに泊まった尹先生と一緒に朝食を摂り、その場で通訳の方と合流して講演について打ち合わせ、ホテルを出て仁荷大学に向かい、本部棟で仁荷大学校の学長を表敬訪問してご挨拶しました。
 講演会場は隣の図書館棟ですが、本部棟よりも大きく立派な建物です。会議室には30ほどの椅子が並び、前の机にはそれぞれマイクとディスプレイが設置され、正面には「慶祝 学術・研究交流協定締結」という横断幕まで掲げられています(この幕は、経商大学校(学部)の前の路上にも掲げられていました)。

 ここで研究交流協定の覚書にサインし、交換するというセレモニーを行いました。その後、私の記念講演というわけです。
 講演のテーマは「大原社会問題研究所の歴史と現状」というものでした。パワーポイントを使いましたが、正面のスクリーンに映し出されたものは各自の前のディスプレイにも表示されます。
 午後に行った韓国労働研究院の会議室にもほぼ同様の施設がありました。お会いした人のほとんどがスマートフォンを使っていたことと併せて、情報機器の活用と普及では韓国の方が日本より進んでいるという印象です。

 昼食は近くのショッピング・モールの一角にあるレストランに行きましたが、このショッピング・モールがまた巨大です。しかも、バイキング形式で料理は豊富、そのうえ日本円なら1000円もしないという安さでした。
 食事を終え、経商大学校(学部)の学部長を兼ねている尹先生に経商学部の学部長室に案内していただいた後、通訳の方と分かれてソウルに向かいました。尹先生の車で、およそ1時間ほどです。
 韓国労働研究院は、政府や産業の中枢機関が集まっているヨイド島のビルの中にありました。大原社会問題研究所は何回か労働研究院の方の訪問を受けたことがありますので、旧知の方にもお会いできました。

 ここでも新たな通訳の方が現れ、打ち合わの後、「日本における労働再規制の経過と現状」というテーマで約1時間半、講演しました。講演の後、思いもかけず沢山の質問が出され、さすがにプロの集団だと感心したものです。
 その後、同じビルの一階にあるレストランに席を移して会食です。美味しい韓国料理とマッコリをご馳走していただきました。
 食事中にも質問が続き、私も韓国の政治・社会情勢についてお聞きし、色々と教えてもらいました。大変、有意義な時間を過ごすことができたという次第です。

 翌朝、5時半に起床して帰国の支度をし、チェックアウトの後、タクシーで仁川国際空港に向かいました。午前の大韓航空機で帰国し、途中、時間がありましたので巣鴨の刺抜き地蔵と地蔵通り商店街に立ち寄りました。
 午後の講演が予定されている会場は文京区民会館で、巣鴨が乗り換え駅だったからです。刺抜き地蔵はまだ正月気分が残っており、お年寄りだけでなく、若い人の姿もあって混雑していました。
 商店街の入り口で、年金問題についての演説が聞こえます。年金者組合の方が宣伝・署名活動をしていたのです。

 その後、三田線で春日に向かい、東京革新懇総会に参加。その後の記念講演として「野田政権の悪政を斬る-民主党政治の暴走と政治の劣化を食い止めるために」というテーマで、1時間ほど話をしました。
 夜の「新春の集い」にも顔を出して美味しい弁当をご馳走になりました。また、震災復興支援として宮城の銘酒「浦霞」をいただきました。
 こうして、ほろ酔い機嫌で帰宅の途についたというわけです。ご馳走様でした。

 3日間という駆け足での訪韓でした。密度の濃い、忙しいスケジュールでもありました。
 その間に、異なったテーマで3回講演するというのは、私にとっても初めての経験です。その準備も含めて、大変な思いもしました。
 それだけに、やりがいのある充実した3日間であったと思います。何とか、無事に役目を果たすことができたようで、今はホッとしています。

 日本はもちろん、韓国にもこのブログの読者がおられます。仁荷大学校、韓国労働研究院、東京革新懇の関係者の皆さん、大変、お世話になりました。
 この場を借りてお礼申し上げます。ありがとうございました。
nice!(0)  トラックバック(0) 

1月24日(火) 消費増税ばかりが明確になった野田首相の施政方針演説 [首相]

 「(マニフェストに)書いてないことを平気でやる。これっておかしいと思いませんか。書いてあったことは4年間何もやらないで、書いてないことは平気でやる」
 これは、09年衆院選で野田佳彦幹事長代理(当時)が行った街頭演説だそうです。動画サイト「YouTube」で流され、話題になっているといいます。

 それから3年後の今日、野田さんは首相として通常国会に向けての施政方針演説を行い、税と社会保障の一体改革を「やり遂げなければならない大きな課題」だとして、消費増税に向けての決意を表明しました。そして、3月末までに消費増税法案を国会に提出する考えを改めて表明し、野党に事前協議に応じるよう呼びかけました。
 この時、野田さんは「(マニフェストに)書いてないことを平気でやる。これっておかしいと思いませんか」という、自らの演説を思い出すことはなかったのでしょうか。09年衆院選で掲げていた民主党のマニフェストでは、消費税について「4年間は上げない」と書かれていたのですから。
 「(マニフェストに)書いてないことを平気でやる。これっておかしいと思いませんか。書いてあったことは4年間何もやらないで、書いてないことは平気でやる」というのは、今日の民主党の姿そのものではありませんか。この点でも、自公政権と民主党政権に違いはなくなっています。

 しかも、自民党との違いがないということを、野田さん自身が施政方針演説の中で明言しました。4年前の福田首相の演説や3年前の麻生首相の演説を引用して、「私が目指すものも同じ。立場を超えて協議に応じていただきたい」と呼びかけたのですから。
 この演説を聴いて、なんのための政権交代だったのかと、空しい思いを抱いたのは私だけでしょうか。「目指すもの」が「同じ」なら、政権を交代させる必要はなかったでしょうに。
 野田さんは、マニフェストを裏切っただけではありません。自民党政治の転換を求めて政権交代に託した国民の思いを真正面から裏切ることを、国会の壇上で宣言したのです。

 そもそも、通常国会の開会に当たって「事前協議」を呼びかけることは大きな間違いです。国会は与野党が審議する場ですから、「事前協議」という名の密室審議ではなく、国会の場で堂々と審議すれば良いではありませんか。
 また、「『決められない政治』からの脱却」を掲げていますが、決めることが望まれていない課題を無理強いしようとしているから、決まらないのではありませんか。国民の6割が反対している消費増税を強行しようとしていること自体が間違いなのです。
 消費増税による増収分については、「全額を社会保障の費用に充て、国民に還元する」と約束しましたが、それでは財政の再建には1円も使わないということなのでしょうか。消費増税は社会保障のためと言ったり、財政再建のためと言ったり、年金制度の維持のためには10%では足りないと言ったり、一体、何を信じたら良いのでしょうか。

 野田首相は「決断する政治」を掲げて、消費増税を強行する姿勢を明確にしました。「決断」と「独断」の違いが、果たして分かっているのでしょうか。

nice!(1)  トラックバック(0) 

1月20日(金) 今の情勢をどう読み、どう行動するか(その4) [論攷]

〔以下の論攷は、昨年の9月に秋保温泉で開かれた全農協労連全国労働組合セミナーでの講演です。『労農のなかま』No.533、2011年11月号、に掲載されました。4回に分けてアップします。〕

Ⅳ 労働組合の任務と役割

 (1)人間らしい働き方(ディーセントワーク)を実現するための三つの課題

 以上に述べたことを前提に、今日における労働組合の任務と役割について、簡単に触れておきましょう。まず、人間らしい働き方(ディーセントワーク)を実現するために、労働組合は次のような3つの課題に取り組まなければなりません。

 ①普通に働けば普通の生活を送れるだけの収入が得られること
 日本の労働者の働き方で、EUなどと比べて最もおかしなことは働いているのに食えない、生活できないということです。就職のための特別の取り組みを「就活」と言うのと同じように、最近では、「生活」とは生きるための特別の取り組みのことだという意見さえ出ています。特別の努力をしなければ生きることさえ難しい世の中になってきたということでしょうか。
 外国から来る研究者に質問されて困るのは、「働いているのに、どうして生活できないのか」ということです。「生活するために、働いているのではないか」と。生活できない理由は、はっきりしています。給料が安すぎるからです。最低賃金(最賃)が生活保護費よりも低いところがあるくらいですから。今年の最賃は時給737円(全国加重平均)に引き上げられましたが、引き上げ率は鈍化しました。これはもっと引き上げられなければなりません。1000円が目標です。
 失業率で日本は外国に比べて低い数字になっていますが、働いていても生活できない劣悪な労働についている人が多いからです。非正規労働者の74%が年収200万円以下ですから。外国の場合は、働いていなくても失業手当や雇用保険などで、それなりに生活できるようになっています。働いても食えない日本と働かなくても食えるEUという違いがあります。大事なことは、失業率などのうわべの数字が改善されることではありません。その国の国民が、どれだけきちんとした人間らしい労働と生活ができるかということです。

 ②働く意思と能力があれば誰にでも働く機会が保障されること
 現代の社会では働き方が多様化していることは事実ですし、いろいろな働き方ができるということは大切なことです。朝から夕方までの決まった時間より、短い時間で働きたいという人もいるでしょう。しかし、大事なことは、たとえ働き方は様々でも働くということ自体はきちんと保障されなければならないということです。
 働く意思と意欲のある全ての人々に働く機会が提供され、自らの意思に反してその機会が奪われてはなりません。また、健康状態などの何らかの事情によって仕事に就かない期間があっても、その間も生活できるようにしなければなりません。労働力は生きた人間の中にあるのですから、次に働く機会を得たときに、きちんと働けるように普通の生活が保障されなければならないのは当たり前のことです。

 ③働く人の健康を破壊せず家庭生活を阻害しない適正な労働時間への短縮 
 労働時間の問題も重要です。人間的な暮らし、生物としての生存を脅かすような、家庭を破壊するような働き方はもってのほかです。「過労死」や「過労自殺」という苛酷な働き方がありますが、これも外国人には理解できないようです。「どうして死ぬまで働き続けるのですか。人は生きるために働いているのではありませんか」と聞かれます。当然の疑問でしょう。
 もう一つの問題は「サービス残業」です。その本質は不払い労働です。何もすすんで「サービス」しているわけではありません。働いて対価をもらうのが労働ですが、サービス残業は、働いているのに対価をもらうことができないという理不尽な働き方です。
 これらの問題を解決して、人間らしい働き方(ディーセントワーク)を実現するためには、労働組合がもっと力を持たなければなりません。職場のあり方や働き方を、人間にふさわしい適切なものとなるように規制し、基本的な労働基準を実現していくことが必要です。
 そのためには、労働基準法を改正して三六協定に労働時間の上限規制をきちんと入れることです。たとえ労使で協定を結んでも、これ以上の時間は働かせてはならないという上限を定めなければなりません。EUでは、今日の仕事のあと明日の仕事を始めるまでに11時間の休息時間を取らなければならないことになっています。このような休息時間による規制を採り入れることも有効でしょう。

 (2)脱原発に向けてのエネルギー転換を主導せよ

 次に、脱原発に向けての労働組合の役割です。連合は昨年8月に、「ベストミックス論」に立って原発推進へと転換しました。自治労は原発に反対してきましたが、やはり「ベストミックス論」を認めて強力な反対をしなかったため、連合全体としては推進論でまとまってしまいました。
 ところが、その半年後の3月に、今度の福島第1原発での事故が起きました。連合は慌てて推進論を「凍結」しました。10月に大会がありますが、どんな結論になるか注目されています。自治労はすでに完全に反対論に復帰しました。電力総連は推進論の立場です。鉄鋼や造船関係の労働組合である基幹労連も推進論です。電機連合も推進論だったのですが、原発から自然エネルギーに乗り換えつつある企業も出てきていますので微妙です。
 このように、連合系の組合は企業の方針に強く影響されています。原発推進方針を凍結するだけでなく、労働組合はむしろエネルギー転換を主導していくよう企業や社会に働きかけてほしいと思います。
 電力会社の労働組合で、原発で働く労働者を組織している電力総連が原発推進論を採ること自体、本当はおかしいのです。組合員の中にも、放射能に汚染されるような危ない作業をさせられている人が大勢いるのですから。組合員を守るという立場であれば、危険な原発労働からの撤退を要求するべきでしょう。
ところが、電力総連は危険な被ばく作業を組合員にはさせないでほしいという要求をしています。非組合員の下請け会社の労働者にやらせろというわけです。そういう人たちは被ばくしてもかまわないというのでしょうか。働くものの連帯感などとは無縁のとんでもない対応です。
 「原発ジプシー」といわれる下請け労働者は、原発で1日働くと1万円稼げます。本当は、電力会社からは7万円ほど出ているのですが、下請け構造が何層にもなっているために現場の労働者には1万円しか届きません。
 原発は、このような被ばく労働を前提にして成り立っているシステムです。このような非人間的な労働を前提にしたシステムを残してはなりません。このようなことは、電力総連こそが先頭に立って言うべきものでしょう。労働者を守るのは、労働組合の最低限の役割なのですから。

 (3)労働運動の活性化のために――労働と生活・社会を結びつけた運動の展開

 最近、社会運動的労働運動(社会運動ユニオニズム)といわれる新しい運動が注目されています。職場の中だけでなく、それぞれの地域社会での関連する諸団体と手を組んで、連携しながら社会的なレベルでの運動に取り組む。労働運動も地域づくり・地域興しと結びつけて展開することが必要ではないかという考え方です。
 労働組合は反貧困運動やさまざまなNPO団体、社会運動団体、民商や生協、中小企業家同友会などの民主団体とも一緒に運動するということです。これからは、反原発運動でも多様な運動団体と提携することになるでしょう。原発をストップさせるだけでなく、新しい産業革命に向けた再生可能なエネルギー・ビジネスを共同の力でぜひ事業化してもらいたいと思います。
 非正規労働者や青年に対する働きかけを強めることも、大変重要になっています。また、労働運動についてのステレオタイプ化された固定的イメージを打破し、新たな情報通信手段を活用することが必要です。ブログやツイッター、携帯電話、ウェブマガジン、ユーチューブなどを大いに活用して下さい。反原発・脱原発の集会やデモにも、ツイッターのよびかけなどで若者たちが集まってきています。
 地域起こしという点でも、労働組合は新たな役割を果たすべきです。第1次産業(生産)、第2次産業(加工)、第3次産業(販売)を結合して、第6次産業というものが登場しています。私は販売に観光事業も加えて考えたいと思います。
 そのカギになるのは情報通信手段による情報の発信です。ものを作り、その場所で加工し、販売するのが第6次産業化ですが、インターネットを使えば地域的制約を打破して全世界を相手にできます。これもまた、新産業革命の一つの形ではないでしょうか。
 労働組合は「なかまのいる幸せ」を感じられる場所です。一方で、いまの日本は「無縁社会」と言われています。みんながバラバラな存在になって、隣の家の人が死んでいても気づかない社会になっています。
 こういう世の中にあっても、なかまのことを気遣い、お互いに悩みを打ち明けたり相談したりできる人がいる。そのことだけでも幸せだと言うべきでしょう。今のような社会では、労働組合は存在するだけでも価値があります。そのうえ、労働条件の向上や賃金を引き上げることで成果を上げればもっといいわけです。
 今日のようにみなさんが集まって、話し合ったり相談し合ったりすることは、いまは大変少なくなっていますが、それだけに極めて大事になっています。人と人との絆、支え合うことのできるネットワークを提供できる組織としての労働組合の存在価値を、もう一度見直してみる必要があると思います。

◇むすび

 福島第一原発事故の衝撃を受けて、ドイツ、スイス、イタリアは方向を転換しました。すでに脱原発を決めています。しかし、福島はどこの国でしょうか。この日本ではありませんか!福島があるこの日本でこそ、脱原発・反原発の国家モデルをつくらなければならないと思います。
 ヒロシマ・ナガサキ・ビキニ・フクシマという核による惨禍を4度も体験したことで、私たち日本人は反核・反原発の国家を実現する歴史的任務を帯びることになりました。われわれ日本人は、奇しくも4度にわたる核の被害を受けることになったわけですが、その結果、核の恐ろしさや核なき世界の必要性を世界に訴えるべき歴史的役割を担うことになったのです。
 東日本大震災で多大な犠牲が発生しましたが、この機会に、脱原発による持続可能な社会をめざして、災害に強い「レスキュー国家」という新しい日本に生まれ変わることができれば、多くの犠牲者に報いることができると思います。また、そういう形で報いなければ、これらの多大な犠牲者は浮かばれません。
 そのような転換を生み出すことこそ、皆さんの重要な努めなのです。みなさんがその責務を果たしていく先頭に立たれることを期待し、私の話を終わらせていただきます。


nice!(0)  トラックバック(0) 

1月19日(木) 今の情勢をどう読み、どう行動するか(その3) [論攷]

〔以下の論攷は、昨年の9月に秋保温泉で開かれた全農協労連全国労働組合セミナーでの講演です。『労農のなかま』No.533、2011年11月号、に掲載されました。4回に分けてアップします。〕

Ⅲ 脱原発による新産業革命を

 (1)原発依存を続けることはできない

 次に原発問題ですが、これについては、いつまでにどのようにして脱原発を図るかという選択肢しか残されていません。現状維持は許されず、新規増設などはとんでもありません。
 人間のやることに「絶対」はありえない。五重の防護措置などは「神話」にすぎません。スリーマイル島もチェルノブイリも、事故を起こした原子炉は1基でしたが、福島は4基です。爆発したのは3基ですが、4号機は定期点検で停止していました。燃料が取り出されていましたが、停電のために格納容器の水がなくなり臨界が始まったとみられています。原発は制御不能の怪物であり、「死の灰」の処理もできません。
 放射能には「入り口」と「出口」の問題があります。ウランを採掘したあとの放射能汚染された残土は野積みされています。雨で流れ出しますし、風が吹けば飛んでいきます。ウランを採掘しているカナダ、アメリカ、オーストラリアなどでは大きな問題になっており、国連の原子力委員会はこちらの放射能汚染の方が深刻だと言っています。
 このウランを燃料に加工して日本に持ってきます。これは二酸化炭素を出さないから地球に優しいクリーン・エネルギーだと言われていますが、これもウソです。原発で発生する熱量の3分の1しか発電には使っていません。3分の2の熱量は水で冷やされて海に放出されています。二酸化炭素は間接的に地球を暖めるかもしれませんが、原発の排水は直接的に海水を温めています。温暖化防止に役立つなどというのは、まったくの間違いです。
 そのうえ「出口」には、使用済み核燃料の処理という未解決の問題があります。原発が「トイレのないマンション」と言われるのは、そのためです。使用済みとなった核燃料からプルトニウムを取り出して再び燃料にして燃やすという核燃料サイクルはうまくいっていません。そのために、プルトニウムがたまってしまいますが、日本は国際公約で必要以上にためておくことはしないと約束しています。原爆を作る原料になり、核開発の疑惑を招くからです。
 このプルトニウムを消費するために進めてきたのがプルサーマル計画です。ウランとプルトニウムを混合してMOX燃料を作り、これをむりやり燃やしています。余剰プルトニウムを増やさないためです。プルサーマル計画でプルトニウムの蓄積を防がなければならないというわけです。
 現在、高レベル放射性廃棄物(死の灰)の最終処分場として建設中(2020年運用開始予定)の施設は、フィンランド・オルキルオト島のオンカロだけです。これは「10万年後の安全」というドキュメンタリー映画になっています。これ以外にはありません。日本も、「死の灰」をどう処分するかは明確になっていません。
使用済みの「死の灰」はそれぞれの原発にたまったままで、あと8年で満杯になると言われています。それをどうするのか、誰も答えられません。今回の事故がなくても、原発にはこのような重大な問題があります。
 今後問題になるのは、放射能被害でしょう。福島県の子どもたちの甲状腺の検査によれば、約半数から放射性ヨウ素による影響が検出されています。放射線の影響は、年齢に反比例し、若い人や子どもがいちばん危ない。40歳以上は急速に影響が低下します。
 しかもその影響は、何十年も経たないとわかりません。チェルノブイリ事故で膀胱がんが発生することがわかったのは、つい数年前のことです。また最近わかったのは、その頃に生まれた子どもに染色体異常が現れることです。25年も経ってから、このようなことがわかってきました。
 福島原発事故の場合も、被害がどういう範囲でどの程度拡大しているかは、数十年かからないとわかりません。本当に、人類はとんでもないものを作り出してしまったと思います。でも、今からでも遅くはない。原発をなくす方向に大きくカーブを切るべきでしょう。

 (2)再生可能な自然エネルギーへの転換

 原発を再稼働させなければ、短期間で「自然死」させることができます。しかし、それでは電気が足りなくなるのではないかと心配される向きもあるかも知れません。今年の夏、東京電力は電力不足になるからと言って節電を訴えましたが、使用量が90%を超えたのは1日しかありませんでした。
 今まで電気を作りすぎていたのです。だから、オール電化の家を推奨して電気を大量に使用させようとしてきました。がんがん作ってジャブジャブ使わせるというのが、これまでのエネルギー政策でした。この政策を転換させ、節電するのが当たり前の生活に切り替えて持続可能な社会にしていかなければなりません。そのためには、化石燃料に頼るのではなく、再生可能なエネルギーの普及に努めることです。
 現在は、再生可能なエネルギーによる発電が9%(水力8%)、原子力29%、火力62%(石炭25%、LNG29%、石油8%)となっています。ここから原子力発電への依存をなくしていくことが、これからの目標になります。過渡的には、石炭+チップ、シェールガス(LNG)、メタン・ハイドレートなどによる発電に切り替えることが必要でしょう。しかし、これらも化石燃料ですから限界があります。将来的には、1000kw以下の中小水力発電、地熱発電、太陽光(熱)発電、風力発電、潮力(波力)発電、バイオマス発電などによって電力需要をまかなえるようにしなければなりません。
 実際に、岩手県葛巻町では、風車15基、太陽光、牛200頭よる37kwの発電などで180%以上を自給しています。牛200頭による発電というのは、牛の屎尿からメタン・ガスを発生させて発電するものです。
 高知県檮原町では、木質バイオマスを公共施設の冷暖房に利用しています。風力発電も行い、その売電収入で太陽光発電パネルに1kw/hあたり20万円の補助金を支給し、世帯率で1割近くに普及しています。これらはまだ始まったばかりですが、今後向かうべき方向を示唆していると言えるでしょう。

 (3)新産業革命によって地方・地域の再生を

 このような再生可能エネルギーの普及は、産業だけでなく社会全体を変える力を持っています。それによって、いま新しい産業革命が始まりつつあります。
 第1の産業革命は農業革命で、農業技術の急速な発展と地域への定着が行なわれました。第2の革命は、一般に言われる産業革命で、石炭による蒸気機関の発明によって軽工業から重工業へと発展していきました。第3の革命は、IT(情報通信)革命です。情報通信技術の画期的な発展があり、原子力によるエネルギー供給も進みました。
 そして、第4の革命が今訪れつつある環境革命です。節電、自然エネルギーの利用、大量消費社会の転換、持続可能な社会を実現していくための社会革命でもあります。それはまた、大規模集中型の原発から小規模分散型の自然エネルギー発電への転換であり、地場産業としての中小エネルギー産業を拡大することによって地方に雇用を生みだし、地域興しの手段としても活用することができます。
 それぞれの地域や地方にふさわしい方法で、このような取り組みを始めてもらいたい。農村で減反政策などによって耕作を放棄された田んぼや畑、中山間地域などでの山林や雑木林なども活用し、雑草や間伐材などでのバイオマス発電をぜひ考えてほしいと思います。先ほど葛巻町と檮原町の例を言いましたが、その他にも、ゴミ焼却熱での発電、缶詰の廃シロップでの発電、温泉熱による発電等、さまざまな技術を活用して発電することができます。
 それは同時に新たな雇用を創出し、町や村に人が集まり、地方を活性化させることができます。荒廃した農地や山林を甦らすことができるでしょう。大規模な風力や太陽光発電だけでなく、再生可能な自然エネルギー発電によって地産地消型の中小事業を興して、地方の再生と活性化に役立ててほしいと思います。皆さんが働くJAなどが中心になって、是非そのような取り組みを進めていただきたいものです。


nice!(0)  トラックバック(0) 

1月18日(水) 今の情勢をどう読み、どう行動するか(その2) [論攷]

〔以下の論攷は、昨年の9月に秋保温泉で開かれた全農協労連全国労働組合セミナーでの講演です。『労農のなかま』No.533、2011年11月号、に掲載されました。4回に分けてアップします。〕


Ⅱ 東日本大震災から何を学ぶか

 (1)東日本大震災は「天災」だったのか

 民主党はこのような弱点を抱えた政党ですが、これから取り組まなければならない大きな問題を抱えています。それは、政治任せにしないで、われわれ自身が取り組まなければならない問題でもあります。いうまでもなく、東日本大震災に対する対応であり、震災被害からの復旧・復興という課題です。
 まず、この東日本大震災による被災は、果たして「天災」だったのかということです。震災は「天災」で、原発事故は「人災」だという意見がほとんどでしょう。原発事故はたしかに「人災」です。原発がなければ事故は起こらなかったわけですし、放射能汚染も生じなかったわけですから。
 地震はどうでしょうか。大地震そのものや大津波が発生したことは、たしかに天災です。その天災の結果として、1万5000人の人が亡くなり、今もって約4000人が行方不明になっています。しかし、この人々すべてが天災によって命を奪われたのでしょうか。
 亡くなった人のなかには、もしかしたら助かったかもしれない人々が沢山含まれています。事前に防災のための手だてが尽くされていれば助かった人たちもいたはずです。人手不足で救助が間に合わず、救うことができなかった命もあったでしょう。
 このような防災対策の不備や救援の遅れは人災です。天災の被害を人災によって拡大したのではないでしょうか。構造改革、三位一体改革、分権改革などで、すでに大震災前に東北地方が疲弊していたからです。
 「平成の大合併」によって小自治体の周縁化と切り捨てが行なわれたため、行政の手が隅々まで回らなくなりました。小さくても自治体であれば、それぞれ町役場や村役場があり、そこに行政組織があったはずです。ところが「平成の大合併」で、それらがなくなってしまいました。出張所などになって、コミュニティの中心部が消えてしまったのです。
 そして人員が削減され、行政のシステムや体制が弱体化してしまいました。公務員や教員が削減・非正規化され、外部委託が進められて行政対応や救援態勢の弱体化をもたらしました。医療・介護・福祉の切り捨ても行なわれ、それらに携わる人も削られました。『日経新聞』は「保健師応援足りない」「医師が不足している」と報じていますが、いったい誰が足りなくしたのでしょうか。それは、ぎりぎりまで行政の「スリム化」を図ってきた構造改革の結果ではありませんか。
 災害対策のために公務員が被災地に応援に行きました。しかし、自分の自治体でも人手が足りないのですから、長くはいられません。やっと、救援活動に慣れた頃に帰らなければならない。こうして、行政の対応は後手後手にまわってしまいました。構造改革や平成の大合併を行なって地方の疲弊を招いた小泉元首相の責任はきわめて大きいといわなければなりません。
 天災は防げませんが、人災は防げます。どのような天災であっても、被害を防ぎその規模を小さくすることはできるのです。地震や津波は、日本に住んでいる限り宿命のようなものですが、政治や行政が的確に対応できれば、その被害の大きさを減らすことができます。今回は、逆に増やす結果になってしまったのが残念でなりません。

 (2)構造改革型復興ではなく被災者の生活再建を最優先した新福祉国家型復興を

 震災からの復興について、先ず自らの努力が大切だという自助論によって公的責任を曖昧にする論調があります。それはきわめて罪深いものです。現在進められている特区構想、農地や漁港の集約化も非常に危険です。今がチャンスだということで、勝手に上から描いたビジョンを地域に押しつけることは極力避けなければなりません。
 被災者の要求や都合を最優先する。コミュニティの維持・再建、生産手段の取得による生業の回復を実現することが何よりも重要です。屋根があって雨露がしのげることは、最低限の保障にすぎません。その水準にとどまっていてはならないというのが、憲法25条の要請です。
 憲法25条は「健康で文化的な最低限度の生活」の保障を定めています。これをきちんと踏まえた新福祉国家型の復旧・復興が考えられなければなりません。加えて、生きていくためには生産手段が必要です。それがその人の責任でなく失われた場合には、政治や行政が補填するべきです。また、生きていくためには収入も必要ですから、働く場を作り出していかなければなりません。そのために地方自治体が全面的に下支えし、国がそれを支援することが必要です。
 そのために、国は復旧・復興の基本計画を早く提示するべきです。ぐずぐずしていると、みんな生きていかなければならないのですから、各自で勝手に再建を始めるでしょう。それでは収拾がつかなくなってしまいます。1日も早く、当面どうするかということとともに将来構想を踏まえた基本計画を立てて、そのための財政支出を保障するべきでしょう。
 財政支出で問題になっているのが復興増税ですが、消費税の引き上げはやらないと野田首相は言っています。なぜかというと、社会保障財源のために取っておきたいからです。復興増税は、企業増税と所得税でやろうとしています。
 所得増税については、累進税率を高めて高所得者、金持ちから取るべきだと思います。企業増税は5%の減税と抱き合わせですから、実質的には減税になります。これではだめです。企業には大企業を中心に257兆円の内部留保があります。これにきちんと課税しなければなりません。増税の基本は、あるところから取るということです。
 ヨーロッパ、特にドイツでは50人の資産家が「課税はわれわれからしろ」という運動をしています。彼らは頭がいい。貧しい人から税金を取ると、使える金が減って物を買わなくなります。それでは物が売れず、デフレに陥ります。今の状況がこれです。デフレで景気が悪くなれば、企業は利益を上げにくくなって株は下がりますから、株を持っている金持ちは困るわけです。
 逆に、貧乏人から税金を取らなければ物が売れて景気がよくなり、企業業績が上がって株が上がる。金持ちの資産も増えます。ところが、日本の金持ちは頭が悪い。そんなことは考えていません。社会に貢献しつつ自分の資産も増やすという論理は持ち合わせていません。
 野田さんは首相になってすぐに経団連に話を聞きにいっていますが、経団連は市場原理主義で日本の経済・産業をずたずたにしてきた張本人です。経済運営を失敗した人たちに意見を聞いて、これからうまくいくわけがありません。聞く相手を間違っています。話が聞きたかったら私のところに来なさい(笑い)、というのは冗談です。

 (3)災害多発地域にある日本は「防災国家」をめざすべき

 日本はプレートの境界が4つもぶつかっているところで、多くの活断層が存在しています。『毎日新聞』によれば、大地震の発生が懸念されるのは日本だけではないそうです。「頻発する大地震 地球全体が警戒期―東海・東南海・南海3連動 足音高まる首都直下」という記事が出ています。
 原発の立地指針というものがありますが、過去において過酷事故(シビア・アクシデント)がないこと、将来も考えられないことが、原発を立地する条件とされています。日本には、そのような場所はありません。立地指針を厳密に守るなら、日本には原発をつくることができません。
 地震だけでなく、日本は災害の絶えない国です。冬は雪害、梅雨時は集中豪雨や洪水、土砂崩れ、夏・秋は台風、秋雨。これらの災害が毎年のように繰り返されます。これにどう対処するかということこそ、政治が考えなければならない最大の問題です。
 憲法9条がそもそも含意していたのは、こういう国においては軍事的安全保障よりも災害対策を重視すべきだということです。非軍事・非武装による「レスキュー国家」をつくることこそが、憲法が指し示していた道だったのです。
 ところが歴代の自民党政権は、その道を歩まずに自衛隊をつくってしまいました。しかし、自衛するべきは侵略よりも災害なのです。防衛省を防災省に変え、自衛隊(定員27万人、充足数24万人)を改組し、本務を災害対策のための救助活動にするべきです。そして副次的任務を軍事にすればいいのです。
 今回の災害では自衛隊員が10万人出動しました。しかし、その時にも反対意見があったのです。防衛の空白を生む、北朝鮮が攻めてきたら大変だというわけです。攻めるならたしかに絶好のチャンスだったでしょう。しかし、攻めてなど来ませんでした。逆に、北朝鮮政府は日本に救援資金として10万ドル、金正日総書記は50万ドルを送ってきました。これについてはほとんど報道されていません。これも大きな問題です。


nice!(0)  トラックバック(0) 

1月17日(火) 今の情勢をどう読み、どう行動するか(その1) [論攷]

〔以下の論攷は、昨年の9月に秋保温泉で開かれた全農協労連全国労働組合セミナーでの講演です。『労農のなかま』No.533、2011年11月号、に掲載されました。4回に分けてアップします。〕

◇はじめに

 3・11東日本大震災と福島第1原発の苛酷事故という未曾有の国難に日本は直面しました。そこからできるだけ早く、立ち直っていくことが必要です。同時に、原発災害を二度と繰り返さない形で、新しい政治、新しい社会をつくっていかなければなりません。それがどのような方向でなされるのかが、21世紀のこれからの日本、大きく言えば世界の行方を決することになるでしょう。
 そういう状況の中で、地方・地域に深い関わりを持つみなさんの職場のあり方やそこでの労働運動・労働組合が持つ任務・役割が非常に大きくなってきているということを、これからお話しさせていただこうと思います。
 とりわけ、福島の人々は五重苦の災害に見舞われたと言ってよいでしょう。
 一つは、言うまでもなく大地震です。しかも、これが海で発生したために大津波が発生しました。これが引き金になって福島第1原発を襲い、放射能被害が発生します。この三つに加えて風評被害があります。福島県の場合は農業・漁業などの第1次産業が大きな比重を占めていますが、風評被害はこれらについてだけではありません。『朝日新聞』8月25日付には「風評被害工業製品も」という記事が載っています。国内ではあまり問題になっていませんが、外国に日本の製品を輸出しようとすると、放射能の検査を要求されます。日本の製品はすべて放射能に汚染されているのではないかとの誤解を受けているからです。
 さらにもう一つあると、福島の人たちは言っているそうです。政治の被害です。政治が効果的に動いていないからです。復旧・復興や放射能の除染と言っても、どういう方向でどのようにやるのかという先がなかなか見えてきません。
 このような五重苦という問題があります。その五つの被害の一つに数えられている政治がこれからどう機能を回復していくのか。それが大きく問われるなかで、新しい内閣が出発しました。

Ⅰ 野田新内閣をどう見るか

 (1)党内融和・対野党協調最優先の「政局内閣」――政策よりも政局を優先

 野田新内閣は、これから何をやるかということよりも、できるだけ対立を起こさず政権基盤を安定させたいという考え方が優先された内閣です。「所信表明演説」でも、新内閣として何をやるかという点での具体論がありません。
 民主党の役員人事でも、幹事長に小沢グループの輿石東氏、政調会長には前原誠司氏を起用しました。前原氏は、自民党やアメリカとのパイプの太さが評価されたと言われています。閣僚人事でも、一川保夫防衛相の起用など小沢グループにも目配りし、野党対策のためか国対委員長経験者を6人も入閣させました。
 そのうえ、組閣前なのに米倉弘昌経団連会長など財界首脳や自民・公明両党との党首会談をやるというように、各方面に気配りをし、どこからも波風が立たないようにしています。しかし、このような安定した政治基盤を固めた上で、首相として何をめざし、何をやるのか、ということが未だに見えてきません。国家ビジョンや政治目標が不明確であるという点に、野田首相の大きな弱点があると言えるでしょう。

 (2)予想よりも高い支持率――鳩山政権よりは低く菅政権とほぼ同じ

 このように波風が立たないようにしたこともあって、野田新内閣の支持率は、鳩山政権よりは低いものの菅政権とほぼ同じで約60%となっています。「この顔ですから、直ぐに支持率が上がるとも思えません」と言っていた野田首相にとっては「痛し、痒し」でしょう。最初が高いと、後は下がるばかりだからです。
 野田首相は、なかなか演説がうまいようです。街頭演説で鍛えてきたそうですが、たしかに代表選挙での演説も、決選投票前に行なった演説は海江田さんに比べて訴えるものがありました。
目立たない人柄ではありますが、その分、安定感・安心感が評価されたのかもしれません。この間、1年(平均361日)でやめる首相が5人も続きましたから、もう少し長くやってほしいという国民の期待があったのではないでしょうか。対立や不和にウンザリし、一丸となって震災・原発対策に取り組んでほしいという願いが反映されたという面もあると思います。
 マスコミの報道も好意的でした。野田さんの「どじょう」演説に幻惑されたのではないでしょうか。「どじょう汁、レシピを書くのは財務省」と言われていますが、財務省のレシピ通りに「どじょう汁」を野田さんが作るかどうか、今後、注目されるところです。あるいは、「官僚の振り付けで踊るどじょうすくい」というところでしょうか。字余りですが、いずれにしましても、「どじょう」演説が評判になって、国民やマスコミ受けしたのではないかと思います。

 (3)「先祖返り」する民主党

 野田新政権は、「小沢グループ」を政権内に取り込むことに成功しました。輿石幹事長も小沢さんに近い人です。しかし、これらの人事が、かえって新しい問題を生む可能性があります。
 菅政権は反小沢でまとまっていましたが、今度は小沢グループが内閣に入ったため、「小沢対反小沢」の対立軸が政権の内部で生ずる可能性があります。閣内不統一という問題が生まれる可能性があるということです。
 行政手腕が未知数な不適材不適所の人事も行なわれています。一川防衛相は「安全保障に関しては素人だが、これが本当のシビリアンコントロールだ」などと言っています。また、はじめて入閣した人が10人もいます。外務・財務・経産・官房長官は内閣の主要閣僚ですが、さっそく経産大臣の鉢路さんは福島を視察したあとの発言を問題視され、福島の人たちに不快な思いをさせた、被災者の感情を考慮しない発言であるということで、辞任し枝野さんに交代しました。
 さらに、民主党らしさが失われ、どんどん「先祖返り」しているというのも、新内閣の特徴です。政調会を復活させ、政策決定の仕方も自民党とよく似てきました。こうなると、政権交代はいったい何だったのか、その正当性が問われることになります。
 新政権になったからといっても、政治が取り組まなければならない課題や政治を取り巻く環境は前政権の時と変わっていません。震災からの復旧・復興と原発事故対応、衆参両院の「ねじれ」状況、民主・自民・公明の「3党合意」による縛りとマニフェストからの転換、「小沢処分問題」の処理、消費税の増税、TPPへの参加、「大連立」への傾斜や原発の再稼働問題、脱原発依存方針――これらの難しい問題をたくさん抱えています。
 なかでも、みなさんはTPPへの参加問題に関心が高いと思いますが、これに入らないと日本はアジアの経済成長に乗り遅れてしまうという人がいます。しかし、アジアで参加しているのはベトナム、マレーシア、シンガポール、ブルネイにすぎず、中国や韓国などは参加していません。中国や韓国が世界から取り残されるというのでしょうか。
 この協定は関税の撤廃を原則としていますが、自由貿易の対象になっているのは農業だけではありません。21の項目があり、金融医療、保険など国民の生活に関わる大きな問題がたくさんあります。労働も入っていますから、安い労働力が海外から入ってくる可能性があります。
 これらの項目の内容は以前からアメリカが日本に要求してきたもので、年次改革要望書の中に入っていたものばかりです。要するに、多国間協定をテコとして、これまでアメリカが日本に要求してきた門戸開放の要求を押しつけようというのがTPPなのです。
 しかし、これまでアメリカが要求して日本に押し付けてきたことで、うまくいったことがあったでしょうか。ベトナム戦争、イラク戦争、アフガン戦争への加担はすべて失敗しています。新自由主義による市場原理主義を押し付けられ、規制緩和しろといわれてアメリカ流の構造改革を日本に持ち込んだ結果、どうなったでしょうか。非正規労働が拡大し、格差が増大し、貧困化が進みました。日本経済はめちゃくちゃになっています。
このTPPも、日本社会をぶっ壊すことになるでしょう。日本の将来にとって大きな分岐点になる可能性があり、野田首相の対応が注目されます。

(4)政治劣化の背景――政治改革の失敗と小選挙区制

 あいつぐ首相交代に示されるように、日本の政治は著しく劣化しています。それはどうしてでしょうか。その背景には、政治改革の失敗と小選挙区制があります。金権政治をなくし、政党・政策本位の選挙にするということで政治改革が取り組まれました。政党助成金が導入され、選挙制度も中選挙区制から小選挙区比例代表並立制に変わりました。これが大きな間違いだったのです。
 小選挙区制は、選挙区から1人しか当選できません。たとえば2人立候補して1人が51%取れば当選します。49%得票した人は落選です。全国でこのようなことが起きたとすれば、得票率51%の政党の議席率が100%になります。49%の国民の意思は完全に無視されてしまうのです。
私は、1993年に小選挙区制の導入が政治課題として表面化してから、一貫してこれに反対し続けています。しかし、結局、1994年に比例代表制と組み合わせて導入されてしまいました。小選挙区制比例代表並立制ではなく、比例代表制だけにするべきだったと思います。
結局、このような選挙制度になったために小選挙区制による2大政党制化が進みました。その結果、小政党の排除、理念・政策に基づかない政党の登場、2大政党の政策的な接近、短期間による多数派政党の入れ替わりと「ねじれ」現象などの問題が生まれました。また、一方での大連立や翼賛化への誘惑と他方での連立・連携の困難さなどのジレンマにも直面することになりました。
 小選挙区で自民党の現職議員がいれば、そこで立候補しようと思ったら自民党では無理です。別の政党から出るしかないということで、民主党に入るわけです。そのようにして、野党時代の民主党に入った人はたくさんいます。
政策や理念はあまり関係ありません。とにかく、選挙で当選したい、大臣になりたい、政権交代して与党になりたい、あわよくば総理大臣に、という人ばかりです。このような野心家がたくさん入っている「選挙互助会」――これが民主党なのです。
しかし、選挙で当選して何をやるのか、大臣や首相になって何をめざすのか、どんな日本をつくっていくのか、などということは、あまり考えていません。ですから、民主党には綱領がありません。綱領を作ろうとすると意見が一致せず、党が分裂してしまうからです。野田首相の国家ビジョンが不明確で政治目標があいまいなのも、同じような背景からきています。
 本来、政党というのは理念や政策にもとづいて結成され、政治権力を獲得して、それを実現することをめざす政治組織です。この本来の政党のあり方からすれば、「選挙互助会」でしかない民主党は、政党としての根本的な弱点を抱えていると言ってよいでしょう。


nice!(0)  トラックバック(0) 

1月15日(日) 横ばいか下がってしまった野田改造内閣の支持率 [内閣]

 「野田佳彦首相の内閣改造は支持率上昇に結びつかなかった。新体制への評価は低く、首相が意欲を示す消費増税方針への理解も広がっていない。」
 これは野田改造内閣に対する世論調査への『日経新聞』の論評です。13日の金曜日のブログで、私は「今回の内閣改造が国民にどう受け止められ、このような内閣支持率の動向にどう影響するのかという点も大いに注目されます」と書きましたが、野田さんに比較的好意的な『日経新聞』ですら、こう指摘せざるを得ないような惨憺たる結果になりました。

 各社の世論調査による内閣支持率の変化は、以下のようになっています。左の数字が今回で右の数字が前回の調査ですが、大まかな傾向はほとんど同じです。

日経 37←36%
共同 35.8←35.7%
朝日 29←31%
読売 37←42%

 世論は、岡田前幹事長の副総理起用については評価しているようですが、今回の改造自体についてはほとんど評価していません。日経と共同の調査ではほぼ横ばい、朝日と読売では上がらなかっただけでなく、下がっています。
 政党支持率でも民主党への支持は増えていません。日経は「民主党が昨年9月の野田内閣発足後初めて自民党を下回った。自民党は前回より3ポイント上昇し29%、民主は前回と同じ28%だった」と書いています。
 これまでの内閣改造では、目先が変わり、多少とも支持率は上がるというのが普通でした。それが逆に下がっているわけですから、いかに世論の目が厳しいかが如実に示されています。

 なお、消費増税の政府案についても、「賛成は34%で、反対の57%を大きく下回」(朝日)り、賛否の差は拡大しつつあります。ここでも民意は明確です。国民は消費増税に賛成していません。
 日経の調査でも、消費税率引き上げ方針を打ち出した野田首相の判断について、「評価する」が42%、「評価しない」は46%となっています。「評価しない」方が多くなっているのに、日経の論評は「首相が自ら乗り出して民主党の素案をまとめた姿勢に一定の評価が集まった形だ」というものでした。
 何という牽強付会。それとも、消費増税に執念を燃やす日経らしい曲解だと言うべきでしょうか。

 なお、今回の結果について、「消費増税方針への理解も広がっていない」としているのは不正確でしょう。逆に、「消費増税方針への理解」が広がり、負担増に対する国民の不安や懸念が増大しているからこそ反対世論が増え、「消費増税シフト」のための内閣改造が評価されなかったのではないでしょうか。
 また、消費増税の前提とされている国会議員の定数削減や公務員の人件費削減についても、朝日の調査では、首相が削減を「できると思う」と答えた人は19%しかなく、「できないと思う」が67%を占めています。これについては、そもそも「国会議員」や「公務員の人件費」は「無駄」なのかという根本的な問題がありますが、その実現可能性についても信用されていないというわけです。
 さらに、同じ調査で、消費増税の際の景気については「大いに」「ある程度」を合わせて80%が「考慮する必要がある」と答えています。消費税を3%から5%に引き上げた97年以降の日本の経験やギリシアなどのように、増税が税収増に結びつかず、景気を悪化させ、かえって税収減をもたらして財政赤字を増大させる危険性についても国民は気づき始めているということでしょうか。

 昨日のテレビ東京の番組で、野田首相は一体改革について「私の政治生命をかけてやり抜く」と述べ、固い決意を示しました。そのような決意があるのなら、世論の支持が得られるようなまともな政策の実現にこそ、「政治生命」をかけてもらいたいものです。

nice!(0)  トラックバック(0) 

1月13日(金) 野田改造内閣をどう見るか [内閣]

 今日は13日の金曜日です。欧米では「不吉な日」とされていることはご存知でしょう。
 そのような日に野田首相は閣僚の一部を交代させ、新しい改造内閣を発足させました。消費増税に向けての背水の陣を張るためというわけですから、国民生活にとっても「不吉な日」にちがいありません。

 野田首相は去年の臨時国会で問責決議が可決された一川保夫防衛相、山岡賢次国家公安委員長の2人と、平岡法務大臣、中川文部科学大臣、蓮舫行政刷新担当大臣の3人を退任させました。
 民主党の岡田前幹事長を新たに副総理に起用して社会保障と税の一体改革と行政改革の担当大臣を兼務させ、防衛相には田中直紀参議院議員、国家公安委員長には松原仁国土交通副大臣、小川敏夫参議院幹事長が法相、平野博文国対委員長が文部科学相として新たに入閣しました。
 また、平野国対委員長の入閣に伴い、後任の国対委員長には、野党とのパイプが太いとされている城島光力幹事長代理を充てることになりました。これも消費増税法案の成立を睨んだ布陣ということになるでしょう

 この内閣改造は「消費増税シフトを構築する」ためだとされています。その目玉とされているのが、岡田前幹事長の起用です。
 もちろん、そのような意味はあるでしょう。しかし、それは表向きの大義名分でもあります。
 これ以外に、裏に隠された理由が二つあるのではないでしょうか。その一つは、参院で問責決議を上げられた一川さんと山岡さんを交代させることであり、もう一つは、野田さんの対抗馬と見られている岡田さんを閣内に取り込むことです。

 一川・山岡の両閣僚の問責決議案が採択されたときから、この2人の交代は既定路線でした。それを内閣改造という形で実行したのは、問責決議が可決されたら閣僚を辞めなければならないという形にしたくないという菅内閣の前例を踏襲したにすぎません。
 「問責」された一川さんや山岡さんの責任を曖昧にするという意味もあるでしょう。また、その背後にいる小沢グループをあまり刺激したくないという配慮があったのかもしれません。
 いずれにしても、この2閣僚の交代は、問責によるものではなく通常の改造であるという形でカモフラージュされました。とはいえ、この交代によって、小沢グループに配慮した党内融和路線は転換を迫られることになるでしょう。

 この転換をさらに大きなものとしているのが、岡田さんの副総理への起用です。岡田さんは消費増税やその前提とされている行政改革に積極的で、野田さんの信任も厚く、自民党や公明党などともパイプがあるとされています。しかし同時に、幹事長時代に小沢元代表の党員資格停止処分を主導したため、小沢グループには快く思われていません。
 そのような岡田さんに対しては、内閣発足時から官房長官への就任を要請するなど、野田さんは働きかけを強めていました。今回も、渋る岡田さんをようやく説得しての起用だったそうです。
 このように、野田首相が岡田さんの閣内への取り込みにこだわったのは、野田首相に代わる候補として岡田さんが最有力の位置にいたからであり、岡田さんがそれを固持したのも同じ理由からです。内閣に入って責任を共有することを避け、野田さんがコケた後に備えて準備したかったのでしょう。

 結局、野田さんと親しい岡田さんは入閣要請を断り切れず、消費増税に向けて「火中の栗」を拾うことになりました。大きなリスクを覚悟しての入閣受諾です。
 野田さんにとっても、これは大きなリスクを覚悟したうえでの選択ということになるでしょう。小沢グループとの関係が悪化する可能性が高いからです。
 小沢グループにはTPP参加や消費増税に反対の議員が多く、強硬路線を貫くためには党内融和を諦めざるを得ないと判断したのかもしれません。それに、小沢さんは裁判中で、暮れに一部議員が離党して新党を結成したために小沢グループの力が弱体化したという事情もあります。

 ということで、消費増税に向けての野党間協議の障害を取り除くことができました。しかし、それによって事態が打開できる可能性は低く、かえって党内事情は悪化し、政権基盤が弱体化する可能性の方が強くなっています。
 野田内閣の支持率は、発足以来ほぼ一直線に低下し、NHKの調査では60%から30%へと半減して支持と不支持が逆転しました。今回の内閣改造が国民にどう受け止められ、このような内閣支持率の動向にどう影響するのかという点も大いに注目されます。

nice!(0)  トラックバック(0) 

1月12日(木) 消費増税の「一体改革」でもマスコミは犯罪的な歴史を繰り返そうというのか [マスコミ]

 「この休み癖がすぐに直りますかどうか……」と、前回のブログで書きました。どうも、直らなかったようで、またしばらく更新を休んでしまいました。
 そのお陰もありまして、自治体政策セミナー韓国での二つの講演のレジュメとパワーポイントの作成を終わりました。東京革新懇総会での講演のレジュメはまだですが、まあ、これは何とかなるでしょう。

 しかし、この講演の準備をしていて痛感しましたが、新年を迎えたにもかかわらず日本の政治と労働の現状は酷いものです。とても、新しい年に向けての希望を語れるような状況ではありません。
 昨年の3月11日に東日本大震災に見舞われ、それに福島第1原発の過酷事故が続きました。その翌年である今年は、「復興元年」ということになります。
 しかし、その「復興」は遅々として進んでいません。未曾有の大災害を好機とし、「人々が茫然自失としている間に急進的な社会的・経済的変革を進めるという手口」(ナオミ・クライン『ショック・ドクトリン』)が、ここでも試みられているかのようです。

 とりわけ、急を告げているのが消費増税をめぐる動きでしょう。野田首相は、「不退転の決意」で増税を実現すると言い、「ネバー、ネバー、ネバー・ギブアップ」と叫び、テレビ新聞も、消費増税の大合唱に加わりました。
 『読売』『朝日』『毎日』『産経』『日経』の全国紙5紙は政府の増税方針を応援し、与野党協議に応ずるべきだと野党を批判する異様な光景が展開されています。権力を監視し、過った政策を批判するジャーナリズムとしての本分はどうなったのでしょうか。
 しかも、世論調査では消費増税への反対論が増え続け、現在では賛否が逆転しました。マスコミは世論の動向に反する形で政府を応援していることになります。

 かつて、新聞など日本のマスコミは国民に戦争をたきつけ、侵略戦争に協力するという過ちを犯しました。原子力政策でも、原発の「安全神話」を振りまいて国民を騙す片棒を担いできました。
 今また、消費増税に反対する国民をしかりつけ、政府の増税政策を応援するという間違いを犯しつつあります。消費税を増税しても、長期的には税収増にならないのではないか、社会保障との一体改革という触れ込みでも、社会保障の充実には結びつかないのではないか、デフレと大震災で疲弊した経済や産業に大打撃を与え、かえって財政再建を遅らせてしまうのではないか、消費増税、復興増税、TPP参加などによって中小企業や農業・漁業は壊滅し、地方は崩壊してしまうのではないか、税収増を図るためには、消費税より大企業や富裕層への増税の方が効果的ではないか、などという不安や疑問にマスコミはきちんと答えてきたのでしょうか。
 全国紙5紙などのマスコミは、日本の財政危機を救い社会保障を安定させるためには税収増が必要だ、そのためには消費増税しかないと思い込み、他の選択肢は目に入らないという視野狭窄に陥ってしまいました。国民をたきつけて戦争協力という過ちを犯した戦前と同じような症状を呈しつつあると言うべきでしょう。

 「改革」と言えば、それだけで善であり正しいかのように思われがちです。しかし、すでに何度も指摘したように、政治改革や構造改革は「改革」の名の下に国民をミス・リードし、日本の政治と経済・社会をぶっ壊してしまいました。
 この時も、全国紙などのマスコミは「改革」の応援団としての役割を演じ、大きな間違いを犯したのです。今度の社会保障と税の「一体改革」においても、その犯罪的な歴史を繰り返そうというのでしょうか。

nice!(1)  トラックバック(1) 
前の10件 | -