So-net無料ブログ作成
検索選択
前の10件 | -

5月16日(水) 沖縄復帰40年の歴史が示す最大の教訓とは [在日米軍]

 沖縄は泣いています。そして、怒っています。
 「沖縄を返せ、沖縄に返せ」と……。

 昨日で、「祖国復帰」から40年。米軍基地はなくなると、沖縄の人々は思っていたことでしょう。せめて、「本土並み」くらいには減るだろうと……。
 しかし、40年間に減ったのは、米軍基地の2割にすぎませんでした。今も、在日米軍基地の74%が沖縄に集中しています。「裏切られた」と感ずるのは当然でしょう。
 騒音や米兵犯罪などの基地被害に今もさらされ続けている沖縄の人々にとって、「復帰」とは何を意味していたのでしょうか。この40年間はいったい何だったのだろうと、むなしい思いが募るのも当然ではないでしょうか。

 沖縄米軍基地の存在根拠は日米同盟であり、抑止力論です。同盟に基づいて存在する米軍基地が抑止力となって日本の安全を守っているというわけです。
 「日米同盟神話」というほかありません。基地存続を合理化するこのような論理が、真実であるかどうかは誰にも実証できないのですから……。
 少なくとも、過去40年間における在沖米軍基地の役割について、事実に基づいた検証が必要です。それが、どのような意味で日本と日本国民の安全に役立ったのか、逆に、沖縄県民を米軍犯罪の危険にさらし、ベトナム戦争の時と同じように、イラク戦争やアフガニスタンへの軍事介入の出撃拠点として利用されただけではないのかと……。

 沖縄県民の7割以上が日米軍事同盟を無くしたいと考えているそうです。そうすれば米軍基地も撤去されるのですから当然でしょう。
 基地の存在によって生ずる苦しみは、その根拠となっている日米同盟への敵意を増大させているわけです。基地の存在が同盟の存在を脅かしているというこの現実を、日米両政府は直視するべきでしょう。
 真の友好に基づく日米関係の発展のために、沖縄米軍基地の存在は大きな障害となっています。基地の撤去・縮小こそが、日米両国の真の友好と関係の強化に必要なことなのです。

 長年にわたる本土政府の無為・無策に怒った沖縄の人々の中には、「沖縄の独立」を唱える人もいます。しかし、必要なのは、日本からの沖縄の独立ではなく、アメリからの日本の「独立」でしょう。
 アメリカに対して、対等な立場から在日米軍基地の撤去・縮小を要求できる政府が必要です。この点では、自民党も民主党も失格です。
 沖縄にとって、政権交代は存在しなかったも同然でしょう。米軍普天間基地の移設問題で、民主党政府は自民党政府と同じ立場に立ってしまったのですから……。 

 日本政府が説得するべきは、沖縄ではなくアメリカです。日本政府がめざすべきは、現状の維持ではなく、その変更です。
 そのような政策を実行できる政府を樹立する真の政権交代が必要なのです。これこそ、沖縄復帰40年の歴史が示す最大の教訓なのではないでしょうか。
nice!(0)  トラックバック(0) 

5月15日(火) ふる里・上越市での9条の会で講演してきた [旅]

 12日からふる里の新潟県上越市に行き、昨日帰ってきました。5月の連休に続いての帰省ですが、今回は上越市9条の会7周年記念の講演という仕事です。

 天気はまずまずでしたが、初日は予想以上に寒かったです。講演当日は暖かくなりましたが。
 2週間ぶりの実家では、姉が山菜づくしのご馳走で迎えてくれました。タケノコと自生椎茸の煮物、タケノコ汁、ワラビのお浸し、ウドのみそ漬けに地魚の煮付け、白バイやタイ、マグロなどの刺身、それにベビーホタテ貝の入ったサラダ、ブロッコリーとウインナーの炒め物など、食べきれないほどのご馳走です。
 姪や姉の孫なども集まって、賑やかな夕食となりました。これが楽しみで、この仕事を引き受けたようなものです。

 講演会当日は絶好の好天になりました。でも、主催者は浮かない顔をしています。
 今、田舎は田植えの真っ盛りで、天気が良すぎると集まりが悪くなると言うのです。心配していたとおり人出は今ひとつのようですが、それでも80人くらいは集まってくださったでしょうか。
 講演では、昨年の東日本大震災や原発事故を契機に参事便乗型改憲論とでも言うべき危険な動きが強まっていること、このようななかで憲法審査会や各党の改憲論などの動きも活発化し、9条の会の活動もあって一時は低下した改憲世論が再び強まりつつあること、このような改憲の動きの芽を摘むための「不断の努力」を行うことが憲法の要請であり、そのような理念や精神を現実の政治や日常の生活に活かすことこそ「活憲」であるということをお話ししました。
 7月には同じ新潟県の阿賀野市9条の会でも講演を頼まれています。おそらく、似たような話しをさせていただくことになるでしょう。

 講演の始まりに、開会の挨拶と講師の紹介ということで、私を紹介してくださったのは上越市9条の会の呼びかけ人の1人であった大金辰三先生でした。大金先生は私の中学時代の恩師で、3年生の時の生徒会の顧問です。
 中学校卒業以来、ずっと個人的にもお付き合いがあります。大金先生は私の人生を変えた大恩ある方で、この先生と出合うことがなければ、おそらく私が政治や社会に関心を持つことも、故郷を離れて研究者の道にはいることもなく、新潟の専業農家の長男として家を継いでいたことでしょう。
 先生はすでに84歳だそうですが、矍鑠とされていて、17年間もの長きにわたって市民向けの歴史講座を主宰されています。この先生に、今回、このような形でお世話になることに大きな感慨を覚えました。

会場では、高校時代の恩師である井浦信作先生にもお目にかかりました。高校時代の弁論部の顧問だった先生です。
 この先生にも色々な形でお世話になり、また大きな影響を受けました。塩浜町の下宿や結婚されてからの糸魚川の新居、五智のお宅などに伺ったことがあります。
 数年前に脳梗塞で倒れられ、今はリハビリ中だということで車いす姿でしたが、お話はできました。私の話を聞きたいと、奥様に車いすを押してもらってわざわざに来てくださったそうです。

 講演会の後には、簡単な打ち上げ(懇親会)がありましたが、その会場は、「ラ・ソネ」でした。ここは、本来は洋菓子屋というかケーキ屋なのに、蕎麦屋というかレストランもやっていて、そこのご主人は先輩の曽根一郎さんです。
 曽根さんとは、直江津高校の美術部で出会いました。彼が3年で、私が1年生の時です。東京の四谷三栄町で1年ほど一緒に暮らしたこともあり、私の兄貴のような存在です。奥さんとも、中学生の時からの知り合いで、毎回、帰省する度に顔を出し、コーヒーをご馳走になってきました。
 そこでも昔話に花が咲きましたが、意外な方が私の過去と結びついていたことが分かりました。途中からは友人達も加わり、場所を変えて2次会でも愉しい時間を過ごすことができました。

 大金先生と出会ったのは14歳の時ですから、それから47年。その翌年に曽根さんと知り合いましたから、46年ということになりましょうか。
 半世紀近いおつきあいのお2人に、今回、このような形でお世話になりました。ありがたいことです。
 講演という形で、長い付き合いのある先生や先輩にご恩返しできました。このような日が巡ってくるとは思いもよりませんでしたが、私としては感慨深く、本当に嬉しく思ったものです。

nice!(0)  トラックバック(0) 

5月12日(土) 祝!! 350万アクセス [日常]

 昨日の午後、このブログへのアクセス数が、350万を超えました。まことに、めでたい!!
 ここに引っ越す前には150万を超えていました。その時からの累計では、500万アクセスを突破したことになります。

 驚きましたね。チリも積もれば山となる、の諺通りであります。
 毎回、小難しいことを書いているような気もしますが、飽きもせずお付き合いいただいているということで、これも毎日積み重ねられてきた皆さんのアクセスのお陰です。

 この機会に、日頃のご愛読に感謝するとともに、引き続きご愛顧をお願いいたします。


nice!(0)  トラックバック(0) 

5月11日(金) いよいよ民主党の「丸呑み」戦略が始まったのでは? [政局]

 いよいよ、始まりましたね。民主党の「丸呑み」戦略が……。

 政府・民主党は、原子力の推進と安全行政を担う行政組織をめぐって、政府案に盛った原子力規制庁よりも人事予算面で独立性の高い国家行政組織法第3条に基づく「原子力規制委員会」を設ける方向で調整に入ったそうです。今日の『日経新聞』が伝えていました。
 この記事によれば、「自民、公明両党が提出した対案を事実上丸のみする」ということのようです。そのめざすところは、一つには、関西電力大飯原子力発電所の再稼働を急ぐためでしょう。
 「原発に対する規制組織が発足もしていないのに、再稼働とは何事か」という周辺住民や国民の批判をそらすための措置です。そして、もう一つは、野田首相が「政治生命」をかけるとしている消費増税を柱とした社会保障と税の一体改革関連法案の成立に向けての条件整備のためでしょう。

 社会保障と税の一体改革関連法案は、8日の衆院本会議で審議入りしました。これについて、野田佳彦首相は「不退転の決意で今国会中に成立させなければならない。政治生命をかけると言った言葉に掛け値はない」と表明し、野党に「胸襟を開き、国民の立場に立って協議に応じるよう重ねてお願いする」と与野党協議を呼びかけています。
 これに対して、自民党は参院で問責決議を受けた2閣僚の対応を見ながら、対案の提出時期を探る構えです。あまり早く対案を出して、「丸呑み」戦略に取り込まれては困る、ということでしょう。
 5月3日付のブログ「小沢無罪判決によって幕を開けるかもしれない『政界三国志』」
で、私は次のように書きました。

 ここで「援軍」としてあてにされているのが自民党ということになります。こうして、野田さんは自民党との連携に「政治生命」をかけるかもしれません。
 そのための秘策は、「丸呑み」路線です。消費増税法案成立の一点を最優先し、その他の問題では自民党の言うことを全て聞いてしまおうというわけです。

 この「自民党の言うことを全て聞いてしまおう」という対応の最初の兆候が、今回の「自民、公明両党が提出した対案を事実上丸のみする」という形での「原子力規制委員会」の発足ということになります。
 おそらく、このような形での譲歩や「丸呑み」が、これからも続くことになるでしょう。それが、政治の後退ではなく、前進的な変化に結びつけば良いんですが……。

 さて、明日から、再び、ふる里の上越市に行きます。今回は帰省ではなく、仕事です。
 今度の日曜日(13日)の午後に、上越市の市民プラザで上越九条の会発足7周年記念講演会が開かれ、「命と安全を守るために、今こそ憲法を活かすとき」という講演をするからです。ふる里での講演は、昨年の秋に続いて2回目になります。
 上越市周辺の皆さん、沢山お出で下さい。当日、会場でお会いできるのを楽しみにしております。
nice!(0)  トラックバック(0) 

5月10日(木) 小沢民主党元代表の党員資格停止解除と東京高裁への控訴をどう見るか [政局]

 民主党の小沢一郎元代表の無罪判決をめぐって、二つの大きな動きがありました。一つは10日付けでの党員資格停止の解除であり、もう一つは検察官役の指定弁護士による東京高裁への控訴です。

 東京高裁での判決は来年2月頃に出ると見られています。その内容がどうなるのか、三つの可能性があります。
 一つは、限りなく黒に近い灰色という現在の「無罪」判決がそのまま維持される場合です。もしそうなれば、検察審査会のあり方や小沢裁判そのものが、大きな批判にさらされることになるでしょう。
 もう一つは、灰色ではなく真っ白になっての無罪判決です。政治資金収支報告書の虚偽記載について、今回の判決は小沢被告の「関与」を認めましたが「共謀」については証拠不十分だとしました。
 この「関与」自体、否定される可能性があります。もしそうなれば、小沢裁判や指定弁護士に対する批判はさらに大きなものとなるでしょう。

 第三の可能性は、一審判決が覆されて有罪とされる場合です。もしそうなれば、小沢被告は「真っ黒」だったということが認定され、政治生命を絶たれることになるでしょう。
 しかし、その可能性は、それほど多くはありません。もともと有罪の立証が難しいために検察は起訴を諦め、それを起訴すべきだと議決した検察審査会の判断材料には虚偽の証拠が含まれており、裁判でも供述証拠の多くは採用されず、今後、新しい証言など「共謀」を立証するに足る新たな証拠が得られるとは思われないからです。
 一審判決には納得できないという指定弁護士の気持ちは十分に理解できますし、小沢金脈に対する疑惑が解明されたわけではありません。しかし、だからといって控訴審の裁判官も同じように判断して事実認定を覆すでしょうか。

 今回の二つの動きは、今後の政局に大きな影響を与えることでしょう。
 第1に、小沢さんは、これで秋の民主党代表選に立候補できなくなりました。たとえ、民主党内でのイニシアチブを握ることができても表舞台には立てませんから、野田さんを追い落として首相になるという野望はほとんど潰えたことになります。
 第2に、小沢さんと民主党の対応に対する世論の批判は強まり、野党の攻勢も厳しいものになるでしょう。当面は、問責決議を挙げられた2閣僚の解任と小沢さんに対する証人喚問をめぐって、与野党の対立が強まるにちがいありません。

 第3に、野田首相にとっては、プラスになるかマイナスになるかは微妙なところです。民主党内での小沢さんの力や影響力が強まるのか、それとも弱まるのかが不明確だからです。
 少なくとも、秋の代表選での対抗馬として小沢さんが登場する心配がなくなったという点ではプラスかもしれません。しかし、党員資格を回復した小沢さんとそのグループが攻勢を強めることになれば、野田さんにとってのマイナスが大きくなります。
 小沢さんへの証人喚問要求などの野党からの攻勢も、直接には野田内閣に対してなされます。このような野党攻勢は小沢さんへの牽制として利用できる面があるとしても、与野党関係は厳しいものになるでしょう。

 税と社会保障の一体改革で自民党との協調路線を模索している野田さんにしてみれば、依然として視界不良の状況が続くことになります。北関東は竜巻が吹き荒れる嵐に見舞われましたが、永田町界隈でも、しばらく荒れた天候が続きそうです。

nice!(0)  トラックバック(0) 

5月8日(火) ツァーバス事故の「真犯人」は規制緩和を推し進めた小泉純一郎元首相と竹中平蔵だ [規制緩和]

 このところ、更新が途絶えてしまいました。連休中の阪神タイガースの成績が芳しくなかったからです。

 というのは冗談で、地元の「長房端午まつり」で焼き鳥を焼いたり、『法と民主主義』に掲載する予定の論攷を書いたり、5月13日(日)に上越市で行われる講演のレジュメを作ったり、何かと忙しかったからです。我が家の小さな庭を掘り起こして、花壇というか菜園のようなものを作ったりもしました。
 連休の前半は、村上雲雄君の別荘兼貸しギャラリーレストランの「木り香」を訪問したり、新潟の実家に帰ったりしていました。長い連休でしたが、結構、忙しかったというわけです。

 この間に、関越道で7人の方が亡くなるというツァーバスの大事故が起こりました。バス旅行や高速バスを良く利用する私としても、人ごとではありません。
 今回も、「木り香」から実家へ行く際、新潟駅から「頸城」のバス停まで高速バスに乗りました。長岡のジャンクションからは、事故を起こしたバスと逆の方向に走ったことになります。
 この事故の背景についてはさまざまな見方が可能ですが、根本的な問題は規制緩和によってツアーバスが急増し、過当競争となってコストダウンを強いられたことにあります。バスの運転手や会社の社長の責任は免れませんが、ある意味では、これらの人々も規制緩和の犠牲者であると言えるのではないでしょうか。

 ということからすれば、「真犯人」は小泉純一郎元首相やそのブレーンだった竹中平蔵さんだったと言えるでしょう。このような事故が充分に予想され、批判や反対があったにもかかわらず、それを無視して、遮二無二、規制緩和を推し進めたからです。
 国鉄の分割・民営化についても、同じようなことが言えます。コスト削減と収益増を最優先して安全対策がおろそかになった結果、JR西日本の福知山線で死者107人という大事故が起きたのですから。
 いずれも、新自由主義的な規制緩和や民営化によってもたらされた結果です。それを推進した中曽根元首相や小泉元首相の責任が厳しく問われなければなりません。

 このところ、かつての「改革」がもたらした結果がどのようなものであったのかが、色々な場面で明らかになってきています。「政治改革」も「構造改革」も、日本の政治と経済を大きく破壊してしまったのではないでしょうか。
 今また「一体改革」の名で消費税が増税されようとしていますが、これも日本の社会を破壊することになるにちがいありません。何せ、「二度あることは三度ある」と言いますから。

nice!(0)  トラックバック(0) 

5月3日(木) 小沢無罪判決によって幕を開けるかもしれない「政界三国志」 [政局]

 「陸山会事件」によって強制起訴された小沢一郎民主党元代表は、東京地裁の一審判決で「無罪」とされました。判決内容は「白」というよりも「黒」に近い灰色であり、小沢金脈に対する疑惑も解明されず、説明責任も果たされず、小沢さん自身の政治的道義的責任は残ります。
 とはいえ、この判決によって小沢グループは息を吹き返し、小沢さんの復権に向けての動きも始まりました。民主党の野田執行部と小沢グループとの亀裂と対立は深まる様相を見せており、これに自民党を加えた三つの勢力の争いは「政界三国志」の幕を開くかもしれません。

 今回の判決によって、野田執行部は窮地に立たされることになりました。政治生命をかけるとしている消費増税法案を通常の国会運営によって会期内に成立させることはほとんど絶望的です。
 ここで「援軍」としてあてにされているのが自民党ということになります。こうして、野田さんは自民党との連携に「政治生命」をかけるかもしれません。
 そのための秘策は、「丸呑み」路線です。消費増税法案成立の一点を最優先し、その他の問題では自民党の言うことを全て聞いてしまおうというわけです。

 もちろん、この「丸呑み」の最たるものは、消費増税法案そのものということになるでしょう。もともと消費税を10%引き上げるとの方針を掲げていた自民党に独自の対案を出させ、それをそのまま「丸呑み」してしまうかもしれません。
 もし、自民党が対案を出し、野田さんがそれを評価する動きを示せば、このような事実上の連携路線が動き出したと見て良いでしょう。その背後には、解散・総選挙の実施と消費増税法案の成立というバーター取引についての密約があるはずです。
 そうなれば、自民党は内閣不信任案を提出せず、通常国会の延長にも同意するでしょう。延長国会で消費増税法が成立し、密約に基づいて野田首相が解散・総選挙の動きを示せば、谷垣さんは秋の自民党総裁選で再選される可能性が出てきます。

 しかし、そう簡単にはいかないかもしれません。一つには、問責決議された2閣僚の扱いがあります。
 自民党は、これらの閣僚の交代を求めており、いまのところ、野田さんはそれを拒んでいます。自民党との間の「棘」となっているのが、この問題です。
 この「棘」が、いつ、どのような形で抜かれるのか、それとも曖昧にされるのか。この問題がどのように処理されるかが、一つの注目点でしょう。

 もう一つの問題は、小沢さんの証人喚問です。今回の判決では、疑惑とされた問題のほとんどが認定され、最後の「共謀」についてだけ、証拠が不十分だとして有罪とされませんでした。
 しかも、本人は無罪でも、秘書は有罪とされています。小沢金脈についての解明も弁明もほとんどなされていません。
 政治的道義的責任は免れず、野党は一致して国会で説明せよと要求しています。この問題がどう処理されるのか、自民党はどうするのかが、もう一つの注目点でしょう。

 しかも、野田執行部の中心にいて野党との折衝などを担当するのは、小沢さんに近い輿石幹事長です。この人が、野田さんの思い通りに動くでしょうか。
 輿石さんは、小沢さんの証人喚問を拒み続けるでしょう。消費増税法案の扱いについても、審議や採決を急がず、通常国会が延長されても継続審議に持ち込もうとするでしょう。
 小沢さんの復権を密かに後押しし、野田さんを牽制して自民党との連携にくさびを打ち込もうとするかもしれません。野田さんは、輿石さんを御しつつ、自民党との密かな連携を模索するという難しい政局運営を強いられることになります。

 他方、小沢グループの目標は、小沢さんの党員資格停止を解除し、何らかの役職を求め、党内での復権を果たすことです。そのために、鳩山グループなど反・非野田勢力の糾合に努めることでしょう。
 「小沢・鳩山連合軍」が形成されれば、小沢さんを処分した岡田副総理に対する責任追及など野田執行部への揺さぶりを強めるにちがいありません。消費増税法案やTPP参加方針などへの批判を強め、反対運動を高めようとするでしょう。
 今国会中の消費増税法案の採決を阻止し、9月の民主党代表選での野田追い落としを図ることになります。代表選で小沢さんか代わりの人が当選すれば、秋の臨時国会で消費増税法案を廃案とし、民主党をマニフェスト路線に復帰させるような政策転換を試みるかもしれません。

 小沢さんの狙いは、政権交代を実現した当時の路線に民主党を復帰させることであるように見えます。こうして、来年の任期満了まで選挙を先延ばしして民主党を立て直し、反消費税、反TPP、脱原発の政策で総選挙を戦おうとするでしょう。
 こうすることでしか、民主党の支持率を回復して「小沢チルドレン」を救うことができません。もし、そうしなかったなら、小沢という政治家もその程度の人物だったということになります。
 代表選で勝利し、民主党を「国民の生活が第一」路線に復帰させ、総選挙で自民党を叩きのめすことでしか、小沢さんは生き残ることができません。これこそが、小沢さんの言う「最後のご奉公」なのではないでしょうか。

 という見方は、あまりにも小沢寄りだという気が、私自身にもします。でも、野田執行部と自民党の連携という事実上の「大連立」による消費増税とTPP参加という最悪のシナリオを避けるためには、「小沢・鳩山連合軍」に望みを託すしかないのが、日本政治の悲しい現実なのです。
 もし、野田・自民「大連立」が成れば、小沢グループは民主党を飛び出して新党を結成せざるを得なくなり、他党や橋下大阪市長などを巻き込んだ政界再編が生じるでしょう。その場合には、今年の夏から秋にかけて総選挙ということになります。
 そのような選挙になっても、小沢新党は反消費税、反TPP、脱原発の政策を掲げる可能性が高いのではないでしょうか。小沢新党が生き残りを図ろうとすれば、そうする以外に道はないからです。

 かくして、日本の政治は「政界三国志」から天下大乱の「戦国時代」を迎えることになりそうです。いずれにしても、それが必ずしも明るい展望に結びつかないところに、小選挙区制によってタガをはめられた日本政治の閉塞状況が端的に示されていると言わざるを得ません。

nice!(0)  トラックバック(0) 

5月1日(火) 「左翼」は並立制を受け入れるべきか(その3) [論攷]

〔これは、今から19年前、1993年11月27日付の『ふぉーらむ21』第27号に掲載された私の論攷です。3回に分けて、アップすることにします。〕

(承前)
 第五に、こうして並立制の下では、確かに相対的に大きな力を持つ政党の議席が膨らんでしばしば過半数を越え、「必要な権力が中央政府に集中され」る可能性が高いと言えます。しかし、「その権力をめぐっての競争が活性化するような民主主義」が生まれるかといえば、恐らくそうならないでしょう。
 すでに述べたように、政党は小選挙区で勝負できる限られた大政党と比例代表区でかろうじて生き延びることのできる中小の政党という二つのグループに分かれます。この大政党になり得るのは、自民党や新生党、日本新党などと、これに合流する公明、民社などの中道政党でしょう。基本的には保守政党か保守・リベラル政党だということになります。政策的にそれほど違わないこれらの大政党によって。果たして「権力をめぐっての競争が活性化する」でしょうか。それどころか、利権やサービスの提供をめぐる競争が活性化する可能性の方が高いのではないでしょうか。
 そして第六に、「並立制が憲法の基本原則を危うくする段階は終わった」という判断が正しいのかという問題もあります。ここでもイタリアの例が出されていますが、問題は日本です。この点で、後氏は改憲勢力が衰退しており、選挙での対決の機会もあるから、「小沢の改憲構想の実現可能性」は低いとされています。
 焦点となっている憲法九条についていえば、「改憲勢力」は衰退どころか、増大しているのではないでしょうか。この点での情勢判断について、後氏はあまりにも楽観的であるように思われます。また、「選挙による対決の機会」があるにしても、この総選挙は並立制であり、多数派に有利に、少数派に不利に仕組まれたものです。現行中選挙区制以上に改憲勢力にとって有利な選挙制度になります。このような民意を歪める選挙制度の下での選挙が続けば、少数派は次第に駆逐され「民意」の分布それ自体も歪んでくる可能性があります。世論は大きく変わるでしょう。こうして、国会の中でも、外でも、改憲勢力が多数派を占める可能性が増大してきます。この点では、「平和勢力の政治的責任」以前に、「並立制という制度の責任」を問わなければならないと思います。

むすび

 これ以外にも論ずべき問題は多くありますが、すでにかなり長くなってしまいました。詳しくは後に掲げた私の本や論稿をご覧いただきたいと思います。
 後氏と同様に、私も「左翼の自己刷新」と「より広い左翼の社会的基盤」の「構築」を望んでおります。そしてそうすることが「日本の民主主義のバージョン・アップ」にとって必要であると思っていますが、しかし、どのような形であれ、小選挙区制の導入がこのような方向を強めるようには思われません。かえって、大きな障害を作りだすことになるのではないでしょうか。
 イギリス労働党、ドイツ社会民主党、アメリカの民主党などが、後氏の言われる「民主主義的左翼」ないしは「リベラル」であるとすれば、小選挙区制のもとでも「左翼」はそれなりに生き残れるということになるでしょう。しかし、アメリカの民主党のような保守・リベラルに吸収されてしまえば、それはもはや「左翼」という概念ではとらえきれないものになってしまいます。そして、現状ではそうなる可能性が最も高いように思われます。
 いずれにせよ、このような小選挙区制の下における政党制形成の過程は、同時に、イギリス共産党、ドイツ共産党、アメリカ共産党などの「共産主義的」左翼の衰退や消滅を付随していたことを忘れてはなりません。並立制導入後の日本の将来がそうなるかどうかは、可能性の問題になりますが、少なくとも、「左翼」はそのようなリスクを冒すべきではないと思います。そのような危険性を冒してまで並立制を受け入れるべきではない、それは「左翼」の衰退ないし自滅をもたす可能性が大である、というのが私の結論です。

〔参考〕
拙著『一目でわかる小選挙区比例代表並立制』労働旬報社、一九九三年一〇月。
拙稿「選挙制度改革よりも政治腐敗防止を」『賃金と社会保障』一九九三年一一月上旬号。
石川真澄『小選挙区制と政治改革』岩波ブックレット、一九九三年一〇月。


nice!(0)  トラックバック(0) 

4月29日(日) 「左翼」は並立制を受け入れるべきか(その2) [論攷]

〔これは、今から19年前、1993年11月27日付の『ふぉーらむ21』第27号に掲載された私の論攷です。3回に分けて、アップすることにします。〕

六つの論点

 まず第一に指摘しなければならないことは、「イタリアも導入したから」という議論の仕方です。イタリアと日本は共通性もありますが、全部が同じというわけではありません。それぞれ独自の事情があり、状況や政治文化の違いもあります。外国の例は参考になりますが、それは参考にすぎず、それぞれの国における政治制度のあり方はそれぞれの国の政治のあり方と密接に関わっていることを忘れてはならないでしょう。
 後氏は、イタリアの例から直ちに日本の問題を類推するというやり方をとっているように思われます。というのは、他でもないイタリアの専門家である後氏がなぜ日本の選挙制度改革を論じたのか、もしイタリアが比例代表制のままで、左翼民主党が小選挙区制の導入を支持していなかったら、果たして後氏がこのような議論を展開しただろうかという疑問を感じたからです。たとえイタリアでそれなりの根拠があることであっても、それから直ちに制度それ自体の正しさや、日本での導入根拠が証明されたことにはなりません。
 第二に、選挙制度をある特定の勢力にとって「有利か不利か」という形で論ずる方法についても疑問があります。「多くの小選挙区制反対論者が、憲法違反だの民主主義を踏みにじるだのというような抽象的、原理的な反対論に終始している」と述べているように、後氏においては、憲法原理や民主主義の原則の軽視が著しく、極めてプラグマチックな態度で選挙制度の問題が論じられています。確かに抽象的・原理的な議論のみに終始するというのでは反対論としても不十分ですが、しかし、このような原理的な問題をどうでもよいとするような態度にも賛成できません。まして、政治制度がどうあるべきかは憲法原理や民主主義の原則抜きに語ることはできないのではないでしょうか。
 後氏の所論では小選挙区制の特性、並立制や連用制の制度上の違いなどはほとんど問題にされていませんが、選挙とは代表を選ぶ行為である以上、「民意の反映」という問題をもっと重視するべきでしょう。たとえ、「民主主義的左翼」にとって有利になるものであっても、憲法原理に反する非民主主義的な選挙制度は受け入れるべきではありません。
 第三に、並立制は「政権交代」を可能にするかという問題があります。確かに、小選挙区制は相対多数をかさ上げして絶対多数にまで膨らませる場合がありますから、政権交代が起きるときはドラスチックに起きます。が、起きないときは、過半数の支持を得ていない政党にゲタを履かせて政権交代を抑えるという役割を果たします。石川真澄氏もいうように、「変化が劇的であることと変化の可能性の大きさとは別物」であり、小選挙区制だと政権交代の可能性が高いというのは「錯覚」にすぎません(石川真澄『小選挙区制と政治改革』岩波ブックレット)。政権交代は選挙民の支持の変化によって生ずるのであって、選挙制度と直接の関係はありません。もし、政権交代を早めたり遅らせたりというように、選挙制度によって選挙民の支持の変化が歪められるとすれば、そちらの方が問題でしょう。
 実際、自民党単独政権の崩壊は、定数が二倍以内に是正されていれば、一九七二年総選挙から生じていたというシミュレーションもありますし、今回の政権交代も中選挙区制の下で生じました。しかも、もし並立制が導入されており、今回の選挙がこの制度の下で実施されていたなら、自民党は三〇七議席、非自民各党は合計一七二議席で、自民党の圧倒的な勝利となって政権は交代しなかったのです(拙著、一四四頁以下参照)。比例代表制になれば単独で過半数議席を獲得するのは極めて困難ですから、政権の交代や新たな政権の構成は、選挙の度ごとに問題になるでしょう。このように、「政権交代」という点では、小選挙区制は促進要因としてではなく、阻止要因として働く可能性の方が高いのです。
 したがって第四に、並立制の下では「政権交代のある民主主義」が生み出される可能性は少なく、もしあったとしても、そのもとで「民主主義的左翼」が形成され、政権を争うほどに成長する展望がどれほどあるでしょう。
 もし並立制が導入されれば、いかに不利な選挙制度であってもこれに参加しなければなりません。「左翼」が小選挙区で当選することは、ほとんど絶望的です。比例代表区で生き残りを図ることができますが、小選挙区に基盤を持たない政党は衰弱していく可能性があります。比例代表区の定数にしても、与野党折衝の中で削られる可能性が高く、将来的にも減少していくものと思われます。後氏は「民主主義的左翼」の名で、将来的な左翼勢力の統合を展望されているようですが、社会党の解体状態、日本共産党の排除、社共間の断絶状態という状況の中で、それは可能なのでしょうか。単純小選挙区制であれば、中小の左翼政党は個々ばらばらでは当選できませんから、共闘したり統合したりしようとするかもしれませんが、並立制では比例代表区で存続することができますから、このような強制的な統合力が働く可能性もそれほど大きくはないでしょう。
 既成左翼とは違った形での新たな左翼勢力が登場してくる可能性もいちがいには否定できません。しかし、並立制では様々な形で少数政党が排除されており、これらのハードルをかいくぐって国会に議席を得るのは、明らかに現状以上に困難になります。つまり、並立制の下では、小選挙区で議席を争うことのできる大政党と、比例代表区で三%以上得票できる群小政党が存在することになり、「左翼」は後者の一員として存在を許されはしても政局に大きな影響力を行使することができなくなるのではないでしょうか。(続く)

nice!(0)  トラックバック(0) 

4月28日(土) 「左翼」は並立制を受け入れるべきか(その1) [論攷]

〔表題を見て、奇異に感じた方がおられるかもしれません。これは、今から19年前、1993年11月27日付の『ふぉーらむ21』第27号に掲載された私の論攷です。「ふぉーらむ21」というのは当時存在した左派の小さなサークルで、時たま研究会や学習会を開いていました。
 先日、所長室から引っ越したので久しぶりに研究室を整理していたら、この論攷がひょっこり姿を現しました。「俺を忘れちゃ困る」と訴えているような登場の仕方です。
 ということで、かつて書いたこの古い論攷を紹介することにしましょう。読めば分かるように、先日のブログに登場した「U先生」というのは、後房雄名大教授のことです。
 後さんが社会運動内で果たしてきた役割をそれなりに評価している私としては、「旧悪」を暴くようなことはしたくなかったのですが、すでに20年近くも前に書いて公にされていますのでやむを得ません。過去の言動についても責任を問われるのが、研究者の宿命のようなものですから。
 この論攷は、先日紹介した拙著『一目でわかる小選挙区比例代表並立制』の刊行や後さんとの「論争」の直後に書かれたものです。私と後さんとの間で何が争点とされていたのか、そしてそれは現実によってどう決着がつけられたのか、良く理解していただけることでしょう。〕

「左翼」は並立制を受け入れるべきか-後房雄氏の所論「選挙制度改革・政界再編と民主主義的左翼」への疑問

はじめに

 最近、私は『一目でわかる小選挙区比例代表制』という本を出版しました。その中で、「国民の多くがよくわからないまま、『並立制にすれば、政界再編がもっと進む』といった次元の話で新制度が導入されてしまったら、あまりにも愚かな仕儀と言わなければなりません。政治家や政党さえも制度の性格やしくみ、問題点について十分に理解していないように見えます」と書きました。雑誌『情況』に掲載された後房雄氏の議論を拝見して、「制度の性格やしくみ、問題点について十分に理解していない」のは、何も「政治家や政党」に限らないという感を強くしました。以下、並立制という選挙制度をめぐる後氏の議論について、いくつかの疑問を提起しておきたいと思います。
 後氏の主張のポイントは、次の点にあります。
 「ここで筆者が強調したいのは、このような選挙制度、このような民主主義が、小沢らの新保守主義にのみ一方的に有利なものでは決してなく、それに対抗するリベラルないし左翼の側にもまた、明確な政策転換を主張して選挙で勝利することによってそれを実行に移すチャンスを与えるものであるということである。それゆえ、民主主義的左翼は、並立制を受け入れたうえでの具体的提案をもって選挙制度に主体的に関与することによってその内容を改善し、同時に新しい制度のもとでの民主主義ゲーム(とりあえずは政界再編)の有効な参加者としての態勢を整えるべきなのである。」
 このような主張の背後には、並立制が、①「政権交代のある民主主義」への移行を可能にし、②「必要な権力が中央政府に集中され、その権力をめぐっての競争が活性化するような民主主義」をもたらすという判断があります。はたして、そうでしょうか。(続く)



nice!(0)  トラックバック(0) 
前の10件 | -