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5月26日(土) 衆議院倫理選挙特別委員会での意見陳述の要旨が掲載された [選挙制度]
本日の『しんぶん赤旗』の4面に、先日行われた「政治倫理の確立及び公職選挙法改正に関する特別委員会」(衆議院倫理選挙特別委員会)での私の意見陳述の要旨が掲載されました。ご笑覧いただければ幸いです。
もう、こういう機会はないだろうと思いましたので、言いたいことを全てぶちまけたという感じです。何せ、20年間もの思いですから……。
陳述の冒頭にあるように、私は1993年に『一目でわかる小選挙区比例代表並立制』を労働旬報社から出して小選挙区制を批判し、同じく労働旬報社から、1997年に『徹底検証 政治改革神話』という本を出し、前年の1996年に初めて実施された並立制での総選挙を対象に政治改革の過ちを「徹底検証」しています。このときから、小選挙区制を廃止しなければならないと、思い続けてきました。
この思いを、政治の現場で直接議員相手にぶつけるチャンスがめぐってきたのが、今回の意見陳述でした。このチャンスを何とか生かして、選挙制度をまともなものに変えて欲しいと、私が考えたのも当然でしょう。
というわけで、かなり力の入った陳述を行いました、お陰様で、それなりの反響があったようです。
推薦していただいた共産党の佐々木憲昭議員の秘書の方からはメールを受け取り、質問していただいた穀田恵二議員からはわざわざ「他の委員からも、とてもスッキリと分かりやすいと感想がありました」との礼状をいただきました。他党の議員にも訴えるものがあったようで、嬉しく思っています。
また、周辺の友人・知人の方からも、「ニュースで見たよ」という反応が多くありました。さすがに、NHKの夜7時のニュースです。皆さん、ご覧になっているんですね。
私にとっても得難い体験でした。せめては、これが契機となって、選挙制度の抜本的な改革に繋がって欲しいものです。
政治とは「決定」であり、議会でそれを担当する代表者を選ぶのが選挙ですから、選挙とは政治の根本にかかわる重要な役割を担っています。そのあり方は、党利党略や政局への思惑などによって左右されてはなりません。
20年近く前に犯した過ちを、是非、この機会に正していただきたいものです。この制度を導入した当事者の1人である河野洋平元自民党総裁も、「率直に不明をわびる気持ちだ。状況認識が正しくなかった」と陳謝し、「政治は劣化している。現職の皆さんの責任で選挙制度を変えてもらわなければならない」と言っているのですから……。
なお、拙稿「選挙制度改革をめぐる動き」が掲載された『法と民主主義』5月号(№468)が発行され、昨日、自宅に送られてきました。こちらの方も、ご笑覧いただければ幸いです。
もう、こういう機会はないだろうと思いましたので、言いたいことを全てぶちまけたという感じです。何せ、20年間もの思いですから……。
陳述の冒頭にあるように、私は1993年に『一目でわかる小選挙区比例代表並立制』を労働旬報社から出して小選挙区制を批判し、同じく労働旬報社から、1997年に『徹底検証 政治改革神話』という本を出し、前年の1996年に初めて実施された並立制での総選挙を対象に政治改革の過ちを「徹底検証」しています。このときから、小選挙区制を廃止しなければならないと、思い続けてきました。
この思いを、政治の現場で直接議員相手にぶつけるチャンスがめぐってきたのが、今回の意見陳述でした。このチャンスを何とか生かして、選挙制度をまともなものに変えて欲しいと、私が考えたのも当然でしょう。
というわけで、かなり力の入った陳述を行いました、お陰様で、それなりの反響があったようです。
推薦していただいた共産党の佐々木憲昭議員の秘書の方からはメールを受け取り、質問していただいた穀田恵二議員からはわざわざ「他の委員からも、とてもスッキリと分かりやすいと感想がありました」との礼状をいただきました。他党の議員にも訴えるものがあったようで、嬉しく思っています。
また、周辺の友人・知人の方からも、「ニュースで見たよ」という反応が多くありました。さすがに、NHKの夜7時のニュースです。皆さん、ご覧になっているんですね。
私にとっても得難い体験でした。せめては、これが契機となって、選挙制度の抜本的な改革に繋がって欲しいものです。
政治とは「決定」であり、議会でそれを担当する代表者を選ぶのが選挙ですから、選挙とは政治の根本にかかわる重要な役割を担っています。そのあり方は、党利党略や政局への思惑などによって左右されてはなりません。
20年近く前に犯した過ちを、是非、この機会に正していただきたいものです。この制度を導入した当事者の1人である河野洋平元自民党総裁も、「率直に不明をわびる気持ちだ。状況認識が正しくなかった」と陳謝し、「政治は劣化している。現職の皆さんの責任で選挙制度を変えてもらわなければならない」と言っているのですから……。
なお、拙稿「選挙制度改革をめぐる動き」が掲載された『法と民主主義』5月号(№468)が発行され、昨日、自宅に送られてきました。こちらの方も、ご笑覧いただければ幸いです。
5月25日(金) また、忙しい週末がやってくる [日常]
また、明日から、忙しい週末になりそうです。皆さんにお会いできる機会が増えるのは、大歓迎なんですが……。
明日5月26日(土)から、駒澤大学で社会政策学会第124回(2012年春季)大会が開かれます。今回は1日目が共通論題で、2日目がテーマ別分科会・自由論題となっています。
共通論題のテーマは二つに分かれていて、午前の共通論題1は「福島原発震災と地域社会」というものです。午後の共通論題2は「震災・災害と社会政策」です。
どちらも、昨年の東日本大震災と原発事故に関わっており、社会政策学会の立場からのアプローチということになります。一般の方も傍聴可能ですので、関心のある方にお越しいただければ幸いです。
いつも、この学会初日の夜の懇親会を楽しみしていました。久しぶりに友人の皆さんと顔を合わせ、一杯やりながら談笑できる貴重な機会だからです。
しかし、今回は出席できません。午後のセッションの途中で、別の会場に向かわなければならないからです。
夕方の5時半から、日本青年館で「柴田徳衛先生の米寿を祝うつどい」があるからです。私はこの「つどい」の呼びかけ人になっており、「お祝いの言葉」を述べることになっています。
ただし、私と柴田先生とはそれほどの深いお付き合いがあるわけではありません。一昨晩、都立大学時代の恩師である金子ハルオ先生から電話がかかってきて、「君は金子ゼミだったんじゃないのか。どうして柴田先生の会の呼びかけ人になっているの?」と聞かれました。
私にもよく分かりません。金子先生には、「頼まれたので、いいですよと返答しました」と答えました。
どうして私に呼びかけ人になることを依頼してきたのかは、主催者に聞いてもらわないと分かりません。ということで、明日の夜、そちらの方に出て、一言、ご挨拶をさせていただきます。
そして、その翌日、27日(日)には新潟に行きます。残念ながら、社会政策学会の2日目には出席できません。
平和と民主・社会進歩をめざす新潟県の会(新潟県革新懇)の主催でTPPを考えるシンポジウムでの基調講演を頼まれているからです。このシンポジウムは午後1時半から「クロスパルにいがた」で開かれますが、パネラーとして新潟県保険医会副会長の井上正則氏、新潟県農協中央会常務理事の高橋一成氏が出席されます。
新潟県に行くのは、5月になって3回目になります。毎週、行っているような気分ですが、新緑のこの季節の旅行は大歓迎です。
実は来月、6月10日(日)にも、新潟県新発田市に行きます。同じような講演を新発田市地域交流センターでやることになっているからです。
こちらの方は、平和と民主、社会進歩をめざす新発田市の会(新発田市革新懇)の主催で、「TPPで食と農、地域の経済はどうなる?」というテーマでの講演会です。私ともう1人、新潟県農協中央会農業対策部長の近藤功氏が講演することになっています。
お陰様で、TPPの問題にも詳しくなりました。こちらの方にも、沢山の方が参加されることを願っています。
ということで、また、旅に出ます。今回も新たな出逢いが待っているにちがいありません。楽しみです。
明日5月26日(土)から、駒澤大学で社会政策学会第124回(2012年春季)大会が開かれます。今回は1日目が共通論題で、2日目がテーマ別分科会・自由論題となっています。
共通論題のテーマは二つに分かれていて、午前の共通論題1は「福島原発震災と地域社会」というものです。午後の共通論題2は「震災・災害と社会政策」です。
どちらも、昨年の東日本大震災と原発事故に関わっており、社会政策学会の立場からのアプローチということになります。一般の方も傍聴可能ですので、関心のある方にお越しいただければ幸いです。
いつも、この学会初日の夜の懇親会を楽しみしていました。久しぶりに友人の皆さんと顔を合わせ、一杯やりながら談笑できる貴重な機会だからです。
しかし、今回は出席できません。午後のセッションの途中で、別の会場に向かわなければならないからです。
夕方の5時半から、日本青年館で「柴田徳衛先生の米寿を祝うつどい」があるからです。私はこの「つどい」の呼びかけ人になっており、「お祝いの言葉」を述べることになっています。
ただし、私と柴田先生とはそれほどの深いお付き合いがあるわけではありません。一昨晩、都立大学時代の恩師である金子ハルオ先生から電話がかかってきて、「君は金子ゼミだったんじゃないのか。どうして柴田先生の会の呼びかけ人になっているの?」と聞かれました。
私にもよく分かりません。金子先生には、「頼まれたので、いいですよと返答しました」と答えました。
どうして私に呼びかけ人になることを依頼してきたのかは、主催者に聞いてもらわないと分かりません。ということで、明日の夜、そちらの方に出て、一言、ご挨拶をさせていただきます。
そして、その翌日、27日(日)には新潟に行きます。残念ながら、社会政策学会の2日目には出席できません。
平和と民主・社会進歩をめざす新潟県の会(新潟県革新懇)の主催でTPPを考えるシンポジウムでの基調講演を頼まれているからです。このシンポジウムは午後1時半から「クロスパルにいがた」で開かれますが、パネラーとして新潟県保険医会副会長の井上正則氏、新潟県農協中央会常務理事の高橋一成氏が出席されます。
新潟県に行くのは、5月になって3回目になります。毎週、行っているような気分ですが、新緑のこの季節の旅行は大歓迎です。
実は来月、6月10日(日)にも、新潟県新発田市に行きます。同じような講演を新発田市地域交流センターでやることになっているからです。
こちらの方は、平和と民主、社会進歩をめざす新発田市の会(新発田市革新懇)の主催で、「TPPで食と農、地域の経済はどうなる?」というテーマでの講演会です。私ともう1人、新潟県農協中央会農業対策部長の近藤功氏が講演することになっています。
お陰様で、TPPの問題にも詳しくなりました。こちらの方にも、沢山の方が参加されることを願っています。
ということで、また、旅に出ます。今回も新たな出逢いが待っているにちがいありません。楽しみです。
5月24日(木) 比例区定数の大幅削減ではなく小選挙区制の廃止こそ [選挙制度]
昨日の国会は大忙しだったようです。野田首相が出席して衆院社会保障・税特別委員会が開かれ、同時に与野党の幹事長・書記局長会談があり、それと並行して「政治倫理の確立及び公職選挙法改正に関する特別委員会」(衆議院倫理選挙特別委員会)が行われていたのですから。
幹事長・書記局長会談では、衆院選挙制度に関する各党協議の不調について報告され、会期末の6月21日までに結論を出すことで大筋合意されたということです。来週にも具体的な協議に入るとのことですが、是非、昨日の意見陳述を参考にしてもらいたいものです。
この意見陳述について昨日夜7時のNHKニュースで報道されたことは、すでに昨日のブログで書いたとおりです。もっと詳しくは、今日の『しんぶん赤旗』の2面に掲載されています。
「80削減に批判や疑問 選挙制度改革で参考人質疑」という見出しでの記事が出ていました。私の写真も掲載されています。
昨日のNHKニュースでは、「0増5減案が選挙制度の抜本的改革を先送りする口実であってはならない」という私の一言だけが報じられました。『しんぶん赤旗』の方には、比例定数80削減について、「身を切る改革ではなく民意を切る改悪だ」という私の言葉が出ています。
ここでも紹介されているように、他の参考人も80削減には批判的でした。しかし、現行の小選挙区比例代表並立制と小選挙区制についての評価は、肯定的な曽根泰教・加藤秀治郎両参考人と批判的な田中善一郎参考人と私という形で2分されました。
ただ、加藤先生はドイツの専門家であり、そのドイツは小選挙区併用型の比例代表制です。基本的には比例代表での獲得議席がベースとされ、それに小選挙区での当選者を当てはめるというやり方です。
したがって、ドイツの選挙制度も小選挙区制ではなく比例代表制です。ドイツでは連立政権も普通のことですから、どうして比例代表制ではなく小選挙区制の方を評価されるのか、私には理解できません。
意見陳述の冒頭、私は次のように述べました。
私は今から約20年前の1993年に『一目でわかる小選挙区比例代表並立制』という本を出し、小選挙区制を批判いたしました。この本の中では、連用制の問題点も指摘しています。その4年後の1997年に、前年に初めて実施された並立制での総選挙を分析した『徹底検証 政治改革神話』という本も出しております。小選挙区制に問題があることは約20年前から明らかでした。
そのような私からすれば「何を今さら」と言いたい気持ちですが、過ちを改めることは良いことです。今がその絶好のチャンスだと思いますので、以下、小選挙区制の問題点と望ましい選挙制度のあり方について発言させていただきます。
以下、「小選挙区制の制度的欠陥」として、①少数と多数が逆になる、②少数が多数に読み替えられる、③多くの「死票」が出て選挙結果に生かされない、④過剰勝利と過剰敗北によって激変する、⑤政党規模に対して中立的ではないという5点を指摘しました。
続いて、「実際に生じてきた問題点」として、①政権の選択肢は事実上2つしか存在していない、②選挙互助会的な政党の登場、③風向き(世論動向)による短期間での多数政党の交代、④一方での連立や翼賛化への誘惑と他方での連立・連携の困難というジレンマ、⑤地域や民意との乖離・切断、⑥議員の質の低下について述べました。
特に、民主党の議員を前にしての第2点は、大変、言いにくいものでした。また、第6の点も、現職の国会議員を前にして、その質の低下を問題にしたわけですから、議員の皆さんにとっては面白くなかったでしょう。質問の際に、民主党の議員からは「大変厳しいご指摘をいただいた」と言われました。
さらに、「制度改革に関するいくつかの論点」として、①連用制は小選挙区「反比例」代表並立制であって比例代表部分で投じられた有権者の意思が歪められ、「正当に選挙された国会における代表者」(憲法前文)とはいえないこと、②日本の国会議員は多くなく、比例区定数の削減は小選挙区の比率を高め、その害悪を増大させること、③0増5減案は当面の緊急避難で湖塗策にすぎず、抜本的改革を先延ばしするための口実ではないのか、④民意の反映か、集約かという議論については、民意の反映が選挙、民意の集約は国会であり、選挙での民意の集約論は国会の自己否定にほかならないことを明らかにしました。
最後に、「望ましい選挙制度の提案」として、①11ブロックでの比例代表制、②全国一区での比例代表制、③都道府県単位での比例代表制、④定数3を基本とした中選挙区制を掲げ、そのメリットとデメリットについて検討しました。
そして、次のような言葉で、陳述を締めくくりました。
今から約20年前に小選挙区制を批判し、連用制の問題点も指摘した私としましては、今日、このような形での意見陳述を行う機会を得たことは誠に感慨無量であります。ここで述べたような問題が生ずることは以前から分かっていたことではありますが、「政治改革神話」が崩れつつあること自体は、歓迎したいと思います。
是非、この機会に「政治改革」をやり直して小選挙区制を廃止し、より民主的な選挙制度に改めてください。先輩が犯した過ちを繰り返すことなく、より民主的で民意が反映されるような選挙制度に改革していただきたいと思います。
このことを強くお願いいたしまして、私の発言を終わらせていただきます。
なお、この意見陳述に関連する参考文献としては、以下のようなものがあります。
五十嵐仁「選挙制度改革をめぐる動き」『法と民主主義』5月号(№468)(近刊)
五十嵐仁「民意を反映しない小選挙区制はワースト制度―早急に改めるべきである」『日本の論点2011』文藝春秋社、2010年11月
五十嵐仁『18歳から考える日本の政治』法律文化社、2010年
五十嵐仁『現代日本政治-「知力革命」の時代』八朔社、2004年
五十嵐仁『徹底検証 政治改革神話』労働旬報社、1997年
五十嵐仁『一目でわかる小選挙区比例代表並立制』労働旬報社、1993年
また、来る6月2日(土)、日本民主法律家協会憲法シンポジウム「国会と選挙はどうあるべきか」でも、只野雅人氏(一橋大学大学院法学研究科教授・憲法)や高田健氏(許すな!憲法改悪・市民連絡会)と共に、選挙制度改革問題について講演する予定です。午後1時半からで、場所は伊藤塾東京校5号館(法学館ビル)(東京都渋谷区桜丘町17-5、JR渋谷駅西口より徒歩3分)ですので、興味と関心のある方はお出で下さい。
幹事長・書記局長会談では、衆院選挙制度に関する各党協議の不調について報告され、会期末の6月21日までに結論を出すことで大筋合意されたということです。来週にも具体的な協議に入るとのことですが、是非、昨日の意見陳述を参考にしてもらいたいものです。
この意見陳述について昨日夜7時のNHKニュースで報道されたことは、すでに昨日のブログで書いたとおりです。もっと詳しくは、今日の『しんぶん赤旗』の2面に掲載されています。
「80削減に批判や疑問 選挙制度改革で参考人質疑」という見出しでの記事が出ていました。私の写真も掲載されています。
昨日のNHKニュースでは、「0増5減案が選挙制度の抜本的改革を先送りする口実であってはならない」という私の一言だけが報じられました。『しんぶん赤旗』の方には、比例定数80削減について、「身を切る改革ではなく民意を切る改悪だ」という私の言葉が出ています。
ここでも紹介されているように、他の参考人も80削減には批判的でした。しかし、現行の小選挙区比例代表並立制と小選挙区制についての評価は、肯定的な曽根泰教・加藤秀治郎両参考人と批判的な田中善一郎参考人と私という形で2分されました。
ただ、加藤先生はドイツの専門家であり、そのドイツは小選挙区併用型の比例代表制です。基本的には比例代表での獲得議席がベースとされ、それに小選挙区での当選者を当てはめるというやり方です。
したがって、ドイツの選挙制度も小選挙区制ではなく比例代表制です。ドイツでは連立政権も普通のことですから、どうして比例代表制ではなく小選挙区制の方を評価されるのか、私には理解できません。
意見陳述の冒頭、私は次のように述べました。
私は今から約20年前の1993年に『一目でわかる小選挙区比例代表並立制』という本を出し、小選挙区制を批判いたしました。この本の中では、連用制の問題点も指摘しています。その4年後の1997年に、前年に初めて実施された並立制での総選挙を分析した『徹底検証 政治改革神話』という本も出しております。小選挙区制に問題があることは約20年前から明らかでした。
そのような私からすれば「何を今さら」と言いたい気持ちですが、過ちを改めることは良いことです。今がその絶好のチャンスだと思いますので、以下、小選挙区制の問題点と望ましい選挙制度のあり方について発言させていただきます。
以下、「小選挙区制の制度的欠陥」として、①少数と多数が逆になる、②少数が多数に読み替えられる、③多くの「死票」が出て選挙結果に生かされない、④過剰勝利と過剰敗北によって激変する、⑤政党規模に対して中立的ではないという5点を指摘しました。
続いて、「実際に生じてきた問題点」として、①政権の選択肢は事実上2つしか存在していない、②選挙互助会的な政党の登場、③風向き(世論動向)による短期間での多数政党の交代、④一方での連立や翼賛化への誘惑と他方での連立・連携の困難というジレンマ、⑤地域や民意との乖離・切断、⑥議員の質の低下について述べました。
特に、民主党の議員を前にしての第2点は、大変、言いにくいものでした。また、第6の点も、現職の国会議員を前にして、その質の低下を問題にしたわけですから、議員の皆さんにとっては面白くなかったでしょう。質問の際に、民主党の議員からは「大変厳しいご指摘をいただいた」と言われました。
さらに、「制度改革に関するいくつかの論点」として、①連用制は小選挙区「反比例」代表並立制であって比例代表部分で投じられた有権者の意思が歪められ、「正当に選挙された国会における代表者」(憲法前文)とはいえないこと、②日本の国会議員は多くなく、比例区定数の削減は小選挙区の比率を高め、その害悪を増大させること、③0増5減案は当面の緊急避難で湖塗策にすぎず、抜本的改革を先延ばしするための口実ではないのか、④民意の反映か、集約かという議論については、民意の反映が選挙、民意の集約は国会であり、選挙での民意の集約論は国会の自己否定にほかならないことを明らかにしました。
最後に、「望ましい選挙制度の提案」として、①11ブロックでの比例代表制、②全国一区での比例代表制、③都道府県単位での比例代表制、④定数3を基本とした中選挙区制を掲げ、そのメリットとデメリットについて検討しました。
そして、次のような言葉で、陳述を締めくくりました。
今から約20年前に小選挙区制を批判し、連用制の問題点も指摘した私としましては、今日、このような形での意見陳述を行う機会を得たことは誠に感慨無量であります。ここで述べたような問題が生ずることは以前から分かっていたことではありますが、「政治改革神話」が崩れつつあること自体は、歓迎したいと思います。
是非、この機会に「政治改革」をやり直して小選挙区制を廃止し、より民主的な選挙制度に改めてください。先輩が犯した過ちを繰り返すことなく、より民主的で民意が反映されるような選挙制度に改革していただきたいと思います。
このことを強くお願いいたしまして、私の発言を終わらせていただきます。
なお、この意見陳述に関連する参考文献としては、以下のようなものがあります。
五十嵐仁「選挙制度改革をめぐる動き」『法と民主主義』5月号(№468)(近刊)
五十嵐仁「民意を反映しない小選挙区制はワースト制度―早急に改めるべきである」『日本の論点2011』文藝春秋社、2010年11月
五十嵐仁『18歳から考える日本の政治』法律文化社、2010年
五十嵐仁『現代日本政治-「知力革命」の時代』八朔社、2004年
五十嵐仁『徹底検証 政治改革神話』労働旬報社、1997年
五十嵐仁『一目でわかる小選挙区比例代表並立制』労働旬報社、1993年
また、来る6月2日(土)、日本民主法律家協会憲法シンポジウム「国会と選挙はどうあるべきか」でも、只野雅人氏(一橋大学大学院法学研究科教授・憲法)や高田健氏(許すな!憲法改悪・市民連絡会)と共に、選挙制度改革問題について講演する予定です。午後1時半からで、場所は伊藤塾東京校5号館(法学館ビル)(東京都渋谷区桜丘町17-5、JR渋谷駅西口より徒歩3分)ですので、興味と関心のある方はお出で下さい。
5月23日(水) 国会の衆議院倫理選挙特別委員会で参考人として吠えてきた [日常]
「おまん、NHKの7時のニュースに出たそうだけど、何やったの?」
「悪いことやって、証人喚問されたんじゃないよ。参考人として陳述しただけだよ」
夕食の時、田舎の姉さんから電話がかかってきました。ニュースに私が登場したので、茨城の伯母さんが驚いて電話したのだそうです。
姉さんは畑で野良作業をいて、ニュースは見ていなかったようです。何があったのか、心配して私に電話してきました。
私も、ニュースを見ていて、突然、自分の映像が流れたので驚きました。NHKのカメラが回っていたことに気がつかず、その映像がニュースで流れるとは思っていなかったからです。
ということで、今日の午後、国会に行ってきました。衆議院の「政治倫理の確立及び公職選挙法改正に関する特別委員会」(衆議院倫理選挙特別委員会)で参考人として意見陳述をするためです。
参考人として意見陳述をしたのは、曽根泰教慶應義塾大学大学院教授、加藤秀治郎東洋大学法学部教授、田中善一郎東京工業大学名誉教授、そして私の4人でした。皆さん、NHKのニュースに登場していました。
この4人の意見陳述が各15分です。一通り終わるのに1時間かかりました。
その後、民主党の柿沼正明議員、自民党の西野あきら議員、公明党の富田茂之議員、共産党の穀田恵二議員、きづなの内山晃議員、社民党の中島隆利議員、みんなの党の山内康一議員が、それぞれ質問しました。持ち時間は1人15分ですから、終わるまでに1時間45分かかりました。
さすがに疲れましたね。1時から4時近くまで、密度の濃い議論が続きましたから。
近くにおられた議員に、「いつも、こんな形で委員会に出ておられるんですか。大変ですね」と言いましたら、「いやー。そうですよ」と苦笑されていました。
予算委員会になれば、これが連日続き、厳しい追及にさらされます。「野田首相はじめ、大臣になると大変だなー」と、いささか同情したものです。
国会議事堂の中に入ったのは、43年ぶりになりましょうか。1969年7月29日以来のことです。
日にちがはっきりしているのは、この日、大学立法が衆院本会議で採択されたからです。当時、都立大学A類目黒学生自治会の副委員長だった私は、反対闘争の一環として衆議院本会議を傍聴していました。
その私の目の前で、大学立法は衆議院を通過していきました。この法案は8月3日に参議院本会議で成立しますが、この時の悔しい気持ちは今でも忘れられません。
それから、長い年月が過ぎ去っていきました。もう再び、国会議事堂に足を踏み入れることはなかろうと思っていたのですが、今回、図らずもこのような形で意見陳述をすることになったわけです。
感慨無量、と申しましょうか。人生には、思いがけないことが起こるものです。
だからこそ生きるのは面白い、ということでしょう。これからも私の人生に何が起きるのか、楽しみにしています。
「悪いことやって、証人喚問されたんじゃないよ。参考人として陳述しただけだよ」
夕食の時、田舎の姉さんから電話がかかってきました。ニュースに私が登場したので、茨城の伯母さんが驚いて電話したのだそうです。
姉さんは畑で野良作業をいて、ニュースは見ていなかったようです。何があったのか、心配して私に電話してきました。
私も、ニュースを見ていて、突然、自分の映像が流れたので驚きました。NHKのカメラが回っていたことに気がつかず、その映像がニュースで流れるとは思っていなかったからです。
ということで、今日の午後、国会に行ってきました。衆議院の「政治倫理の確立及び公職選挙法改正に関する特別委員会」(衆議院倫理選挙特別委員会)で参考人として意見陳述をするためです。
参考人として意見陳述をしたのは、曽根泰教慶應義塾大学大学院教授、加藤秀治郎東洋大学法学部教授、田中善一郎東京工業大学名誉教授、そして私の4人でした。皆さん、NHKのニュースに登場していました。
この4人の意見陳述が各15分です。一通り終わるのに1時間かかりました。
その後、民主党の柿沼正明議員、自民党の西野あきら議員、公明党の富田茂之議員、共産党の穀田恵二議員、きづなの内山晃議員、社民党の中島隆利議員、みんなの党の山内康一議員が、それぞれ質問しました。持ち時間は1人15分ですから、終わるまでに1時間45分かかりました。
さすがに疲れましたね。1時から4時近くまで、密度の濃い議論が続きましたから。
近くにおられた議員に、「いつも、こんな形で委員会に出ておられるんですか。大変ですね」と言いましたら、「いやー。そうですよ」と苦笑されていました。
予算委員会になれば、これが連日続き、厳しい追及にさらされます。「野田首相はじめ、大臣になると大変だなー」と、いささか同情したものです。
国会議事堂の中に入ったのは、43年ぶりになりましょうか。1969年7月29日以来のことです。
日にちがはっきりしているのは、この日、大学立法が衆院本会議で採択されたからです。当時、都立大学A類目黒学生自治会の副委員長だった私は、反対闘争の一環として衆議院本会議を傍聴していました。
その私の目の前で、大学立法は衆議院を通過していきました。この法案は8月3日に参議院本会議で成立しますが、この時の悔しい気持ちは今でも忘れられません。
それから、長い年月が過ぎ去っていきました。もう再び、国会議事堂に足を踏み入れることはなかろうと思っていたのですが、今回、図らずもこのような形で意見陳述をすることになったわけです。
感慨無量、と申しましょうか。人生には、思いがけないことが起こるものです。
だからこそ生きるのは面白い、ということでしょう。これからも私の人生に何が起きるのか、楽しみにしています。
5月21日(月) 加藤宣幸さんによって語られた驚きの証言 [政党]
日曜日の法政大学市ヶ谷キャンパスは人影も少なく、閑散としていました。昨日、研究所のプロジェクトである社会党・総評史研究会があり、日曜日のキャンパスに足を踏み入れたというわけです。
この日の研究会は、加藤宣幸さんからの聞き取りです。加藤さんは、元社会党の国会議員で片山内閣の労働大臣をやったこともある加藤勘十氏の息子さんで、1946年から69年までの23年間、日本社会党の書記局で活動された方です。
今年、88歳になられたそうですが、お元気で矍鑠たるものです。この年代の方は、しっかりしている方が多いという印象ですが、加藤さんもそのようなお一人でした。
実は、加藤さんにお会いしてお話をうかがうのは、今回で2回目になります。以前、研占領期の青年運動についての原稿を執筆するときにお話しをうかがい、この原稿は研究所叢書『「戦後革新勢力」の奔流』に収録されました。今回は、1960年前後の「構造改革」問題についてお聞きしました。
加藤さんのお話には、興味深い事実がたくさんありました。なかでも驚いたのは、58年頃、東京の四谷で開いていた研究会のメンバーとして、中林賢二郎先生や北川隆吉先生のお名前が出てきたことです。
中林先生は私の大学院時代の指導教授で、北川先生も法政大学大学院におられて、そのゼミに出たことがあります。しかし、「構造改革」についてのお話をうかがったことはなく、私としては意外でした。
この研究会は事務局を初岡昌一郎さんが担当され、佐藤昇・松下圭一両氏の指導を受けながら、月1回で約1年くらい続いたそうです。研究会には、他にも田口富久治、増島宏、上田耕一郎氏などが顔を出していたということですが、私はどなたも見知っており、これらの方がメンバーであったことは不思議ではありません。
これ以外にも、「エッ?」と思わされるようなお話しがありました。その一つは、構造改革論という用語についてです。この言葉はイタリア共産党第8回大会のテーゼにあった「構造的改良の道」に由来しますが、これを改良主義と攻撃されるのを恐れて「構造改革」と「造語」したのは加藤さんだったというのです。
もう一つ、成田知巳元社会党委員長のいわゆる「成田三原則」のゴーストライターも加藤さんだったと仰っていました。これは、社会党の欠陥として、日常活動の不足、議員党的体質、労組依存の三点を指摘したもので、1964年1月1日付の『社会新報』に掲載されましたが、その原案を書いたのは書記時代の加藤さんだそうです。
さらに、驚くべき証言もありました。いわゆる「江田ビジョン」を提言したのは竹中一雄氏で、当時の江田書記長がこれを発表する記者会見の前夜、神田・駿河台の丘の上ホテルの会合の席での発言に江田さんが即座に賛成し、翌日、これを発表したのだそうです。
というように、興味深い重要な事実が、加藤宣幸さんの口から次々に飛び出してきました。お話をうかがっていた私たちは、大いに驚き、また啓発されたものです。
今回の聞き取りの内容は、いずれ『大原社会問題研究所雑誌』に掲載されることになると思います。楽しみにお待ち下さい。
この日の研究会は、加藤宣幸さんからの聞き取りです。加藤さんは、元社会党の国会議員で片山内閣の労働大臣をやったこともある加藤勘十氏の息子さんで、1946年から69年までの23年間、日本社会党の書記局で活動された方です。
今年、88歳になられたそうですが、お元気で矍鑠たるものです。この年代の方は、しっかりしている方が多いという印象ですが、加藤さんもそのようなお一人でした。
実は、加藤さんにお会いしてお話をうかがうのは、今回で2回目になります。以前、研占領期の青年運動についての原稿を執筆するときにお話しをうかがい、この原稿は研究所叢書『「戦後革新勢力」の奔流』に収録されました。今回は、1960年前後の「構造改革」問題についてお聞きしました。
加藤さんのお話には、興味深い事実がたくさんありました。なかでも驚いたのは、58年頃、東京の四谷で開いていた研究会のメンバーとして、中林賢二郎先生や北川隆吉先生のお名前が出てきたことです。
中林先生は私の大学院時代の指導教授で、北川先生も法政大学大学院におられて、そのゼミに出たことがあります。しかし、「構造改革」についてのお話をうかがったことはなく、私としては意外でした。
この研究会は事務局を初岡昌一郎さんが担当され、佐藤昇・松下圭一両氏の指導を受けながら、月1回で約1年くらい続いたそうです。研究会には、他にも田口富久治、増島宏、上田耕一郎氏などが顔を出していたということですが、私はどなたも見知っており、これらの方がメンバーであったことは不思議ではありません。
これ以外にも、「エッ?」と思わされるようなお話しがありました。その一つは、構造改革論という用語についてです。この言葉はイタリア共産党第8回大会のテーゼにあった「構造的改良の道」に由来しますが、これを改良主義と攻撃されるのを恐れて「構造改革」と「造語」したのは加藤さんだったというのです。
もう一つ、成田知巳元社会党委員長のいわゆる「成田三原則」のゴーストライターも加藤さんだったと仰っていました。これは、社会党の欠陥として、日常活動の不足、議員党的体質、労組依存の三点を指摘したもので、1964年1月1日付の『社会新報』に掲載されましたが、その原案を書いたのは書記時代の加藤さんだそうです。
さらに、驚くべき証言もありました。いわゆる「江田ビジョン」を提言したのは竹中一雄氏で、当時の江田書記長がこれを発表する記者会見の前夜、神田・駿河台の丘の上ホテルの会合の席での発言に江田さんが即座に賛成し、翌日、これを発表したのだそうです。
というように、興味深い重要な事実が、加藤宣幸さんの口から次々に飛び出してきました。お話をうかがっていた私たちは、大いに驚き、また啓発されたものです。
今回の聞き取りの内容は、いずれ『大原社会問題研究所雑誌』に掲載されることになると思います。楽しみにお待ち下さい。
5月19日(土) 国会の衆議院倫理選挙特別委員会から参考人として声がかかった [選挙制度]
来週の水曜日(23日)、国会に行くことになりました。衆議院の「政治倫理の確立及び公職選挙法改正に関する特別委員会(倫理選挙特別委員会)」で参考人として意見陳述するためです。
私に声がかかったのは、月刊『法と民主主義』5月号(№468)の特集企画に「選挙制度改革をめぐる動き」という論攷を書いたからだと思います。これはまだ刊行されていませんが、日本民主法律家協会に相談が行き、私がこのようなものを書いていると教えられたのではないでしょうか。
『法と民主主義』から私に声がかかったのは、恐らく、2010年11月に文藝春秋社から刊行された『日本の論点2011』に「民意を反映しない小選挙区制はワースト制度―早急に改めるべきである」という論攷を書いたからでしょう。この記事を見た誰かが、私の名前を挙げたのだと思います。
さらに、その元を辿れば、『徹底検証 政治改革神話』(労働旬報社、1997年)と『一目でわかる小選挙区比例代表並立制』(労働旬報社、1993年)という、2冊の本に行き着きます。いずれも、政治改革と並立制の問題を取り上げた拙著です。
1993年の夏、お盆の頃でした。突然、自宅に労働旬報社の加藤さんから電話がかかってきました。「今、議論されている選挙制度改革についての本を出したいので、原稿を書いてくれないか」というのです。
加藤さんは都立大学の大先輩で、私が入学したときにはもう卒業しておられました。知り合ったのは私が大学院に入ってからですが、その方からの依頼です。むげに断るわけにはいきません。
それから集中して政治改革や選挙制度について勉強し、急いで書き上げたのが前掲の『一目でわかる小選挙区比例代表並立制』という本です。奥付の刊行日が10月18日となっていますので、どれだけ急いで書いたかがお分かりになると思います。
この本が出てから19年の月日が経ちました。政治改革によって小選挙区制が導入され、新しい制度の下で5回の総選挙が実施され、二大政党化が進み、待望の政権交代も実現しました。
ところが、政治の現実はどうでしょうか。期待されたような形で、「改革」されたでしょうか。
実際には、この制度を導入した河野洋平元自民党総裁でさえ、「まず選挙制度の改革を」となって、「流れはどんどんそちらに行き、小選挙区制に踏み切りました。でも今日の状況を見ると、それが正しかったか忸怩たるものがある。政治劣化の一因もそこにあるのではないか。政党の堕落、政治家の質の劣化が制度によって起きたのでは」と反省の弁を述べているほどです(『朝日新聞』2011年10月8日付)。そして、「率直に不明をわびる気持ちだ。状況認識が正しくなかった」と陳謝し、「政治は劣化している。現職の皆さんの責任で選挙制度を変えてもらわなければならない」と訴えています。
私に声がかかったのは、このような現状があるからです。もはや、定数不均衡の手直し程度の湖塗策ではどうしようもないほど、政治の劣化と閉塞感が強まってしまいました。
期待された二大政党制は政治の閉塞感を強めるばかりで、政権交代も国民の期待を裏切りました。その根底には選挙制度の問題があるということが、否定しがたいほどに誰の眼にもはっきりと分かるようになってきたのです。
私に言わせていただければ、このようになることは約20年前から分かっていました。「だから、言ったじゃないの。何を、今さら」と言いたい気持ちで一杯ですが、遅きに失したとはいえ、過去の過ちを振り返り、是正しようというのは、大変、結構なことです。
ということで、国会に出かけていって、思いの丈をぶつけてこようと思っています。せっかくの機会(とは言っても発言時間は15分にすぎませんが)ですので、小選挙区制の根本的な欠陥や害悪、選挙制度改革の間違いをきっぱりと指摘してくるつもりです。
なお、前掲拙著『一目でわかる小選挙区比例代表並立制』の「あとがき」の一部を、ここに紹介しておきましょう。この時に書いた「思い」は、19年後の今日においても全く変わっていませんので。
……民意が正確に反映されるかどうかは、代議制度、ひいては議会制民主主義の根幹にかかわる問題です。議会への民意の正確な反映は、憲法で保障された国民主権を具体化する上での基本的な条件です。それは、他のあれこれの問題と同列に論じられるようなものではないはずです。中選挙区制の「制度疲労」を言い、それに代えて小選挙区制を含む選挙制度を導入しようとする人びとは、この一番肝心なところに口をつぐんでいます。マスコミも、なぜか、ふれようとしません。
民意に基づく政治が民主政治ということであれば、民意をゆがめ、無視するような制度は、民主政治における制度として、基本的な必要条件を欠いているということになります。たとえば、政権交代があったとして、それが民意をゆがめたり逆転させたりした結果であれば、このような政権交代もまた、民主的なものではないということになります。
この点からいえば、政権交代をしやすくしたり、二大政党制にするために制度改革をやるというのも問題です。政権を交代させるか、二大政党制にするかどうかは、国民が判断することです。国民の意思を増幅させたり、ゆがめたりして、むりやり政権交代や二大政党制を作り出すような制度は、国民主権に反します。
選択をするのは国民です。結果を決めるのも国民です。このような国民の意思や選択をゆがめるような制度の導入は、主権者としての国民の権利をゆがめ、日本の民主主義を危うくします。
主権者は誰なのか。政治家ではありません。それは国民です。それが主権在民ということの意味です。このようなことは全く常識的なことで、わざわざ文にして書くこともあるまい、とおっしゃる方も少なくないと思われます。しかし、その常識があやしくなっているのが日本の現状ではないでしょうか。本書が、常識が通る国会、国民が主人公となる政治、わかりやすい政治の実現にむかっての頂門の一針となることを願ってむすびといたします。
1993年9月17日
政府・連立与党が政治改革関連四法案を提出した日に
私に声がかかったのは、月刊『法と民主主義』5月号(№468)の特集企画に「選挙制度改革をめぐる動き」という論攷を書いたからだと思います。これはまだ刊行されていませんが、日本民主法律家協会に相談が行き、私がこのようなものを書いていると教えられたのではないでしょうか。
『法と民主主義』から私に声がかかったのは、恐らく、2010年11月に文藝春秋社から刊行された『日本の論点2011』に「民意を反映しない小選挙区制はワースト制度―早急に改めるべきである」という論攷を書いたからでしょう。この記事を見た誰かが、私の名前を挙げたのだと思います。
さらに、その元を辿れば、『徹底検証 政治改革神話』(労働旬報社、1997年)と『一目でわかる小選挙区比例代表並立制』(労働旬報社、1993年)という、2冊の本に行き着きます。いずれも、政治改革と並立制の問題を取り上げた拙著です。
1993年の夏、お盆の頃でした。突然、自宅に労働旬報社の加藤さんから電話がかかってきました。「今、議論されている選挙制度改革についての本を出したいので、原稿を書いてくれないか」というのです。
加藤さんは都立大学の大先輩で、私が入学したときにはもう卒業しておられました。知り合ったのは私が大学院に入ってからですが、その方からの依頼です。むげに断るわけにはいきません。
それから集中して政治改革や選挙制度について勉強し、急いで書き上げたのが前掲の『一目でわかる小選挙区比例代表並立制』という本です。奥付の刊行日が10月18日となっていますので、どれだけ急いで書いたかがお分かりになると思います。
この本が出てから19年の月日が経ちました。政治改革によって小選挙区制が導入され、新しい制度の下で5回の総選挙が実施され、二大政党化が進み、待望の政権交代も実現しました。
ところが、政治の現実はどうでしょうか。期待されたような形で、「改革」されたでしょうか。
実際には、この制度を導入した河野洋平元自民党総裁でさえ、「まず選挙制度の改革を」となって、「流れはどんどんそちらに行き、小選挙区制に踏み切りました。でも今日の状況を見ると、それが正しかったか忸怩たるものがある。政治劣化の一因もそこにあるのではないか。政党の堕落、政治家の質の劣化が制度によって起きたのでは」と反省の弁を述べているほどです(『朝日新聞』2011年10月8日付)。そして、「率直に不明をわびる気持ちだ。状況認識が正しくなかった」と陳謝し、「政治は劣化している。現職の皆さんの責任で選挙制度を変えてもらわなければならない」と訴えています。
私に声がかかったのは、このような現状があるからです。もはや、定数不均衡の手直し程度の湖塗策ではどうしようもないほど、政治の劣化と閉塞感が強まってしまいました。
期待された二大政党制は政治の閉塞感を強めるばかりで、政権交代も国民の期待を裏切りました。その根底には選挙制度の問題があるということが、否定しがたいほどに誰の眼にもはっきりと分かるようになってきたのです。
私に言わせていただければ、このようになることは約20年前から分かっていました。「だから、言ったじゃないの。何を、今さら」と言いたい気持ちで一杯ですが、遅きに失したとはいえ、過去の過ちを振り返り、是正しようというのは、大変、結構なことです。
ということで、国会に出かけていって、思いの丈をぶつけてこようと思っています。せっかくの機会(とは言っても発言時間は15分にすぎませんが)ですので、小選挙区制の根本的な欠陥や害悪、選挙制度改革の間違いをきっぱりと指摘してくるつもりです。
なお、前掲拙著『一目でわかる小選挙区比例代表並立制』の「あとがき」の一部を、ここに紹介しておきましょう。この時に書いた「思い」は、19年後の今日においても全く変わっていませんので。
……民意が正確に反映されるかどうかは、代議制度、ひいては議会制民主主義の根幹にかかわる問題です。議会への民意の正確な反映は、憲法で保障された国民主権を具体化する上での基本的な条件です。それは、他のあれこれの問題と同列に論じられるようなものではないはずです。中選挙区制の「制度疲労」を言い、それに代えて小選挙区制を含む選挙制度を導入しようとする人びとは、この一番肝心なところに口をつぐんでいます。マスコミも、なぜか、ふれようとしません。
民意に基づく政治が民主政治ということであれば、民意をゆがめ、無視するような制度は、民主政治における制度として、基本的な必要条件を欠いているということになります。たとえば、政権交代があったとして、それが民意をゆがめたり逆転させたりした結果であれば、このような政権交代もまた、民主的なものではないということになります。
この点からいえば、政権交代をしやすくしたり、二大政党制にするために制度改革をやるというのも問題です。政権を交代させるか、二大政党制にするかどうかは、国民が判断することです。国民の意思を増幅させたり、ゆがめたりして、むりやり政権交代や二大政党制を作り出すような制度は、国民主権に反します。
選択をするのは国民です。結果を決めるのも国民です。このような国民の意思や選択をゆがめるような制度の導入は、主権者としての国民の権利をゆがめ、日本の民主主義を危うくします。
主権者は誰なのか。政治家ではありません。それは国民です。それが主権在民ということの意味です。このようなことは全く常識的なことで、わざわざ文にして書くこともあるまい、とおっしゃる方も少なくないと思われます。しかし、その常識があやしくなっているのが日本の現状ではないでしょうか。本書が、常識が通る国会、国民が主人公となる政治、わかりやすい政治の実現にむかっての頂門の一針となることを願ってむすびといたします。
1993年9月17日
政府・連立与党が政治改革関連四法案を提出した日に
5月16日(水) 沖縄復帰40年の歴史が示す最大の教訓とは [在日米軍]
沖縄は泣いています。そして、怒っています。
「沖縄を返せ、沖縄に返せ」と……。
昨日で、「祖国復帰」から40年。米軍基地はなくなると、沖縄の人々は思っていたことでしょう。せめて、「本土並み」くらいには減るだろうと……。
しかし、40年間に減ったのは、米軍基地の2割にすぎませんでした。今も、在日米軍基地の74%が沖縄に集中しています。「裏切られた」と感ずるのは当然でしょう。
騒音や米兵犯罪などの基地被害に今もさらされ続けている沖縄の人々にとって、「復帰」とは何を意味していたのでしょうか。この40年間はいったい何だったのだろうと、むなしい思いが募るのも当然ではないでしょうか。
沖縄米軍基地の存在根拠は日米同盟であり、抑止力論です。同盟に基づいて存在する米軍基地が抑止力となって日本の安全を守っているというわけです。
「日米同盟神話」というほかありません。基地存続を合理化するこのような論理が、真実であるかどうかは誰にも実証できないのですから……。
少なくとも、過去40年間における在沖米軍基地の役割について、事実に基づいた検証が必要です。それが、どのような意味で日本と日本国民の安全に役立ったのか、逆に、沖縄県民を米軍犯罪の危険にさらし、ベトナム戦争の時と同じように、イラク戦争やアフガニスタンへの軍事介入の出撃拠点として利用されただけではないのかと……。
沖縄県民の7割以上が日米軍事同盟を無くしたいと考えているそうです。そうすれば米軍基地も撤去されるのですから当然でしょう。
基地の存在によって生ずる苦しみは、その根拠となっている日米同盟への敵意を増大させているわけです。基地の存在が同盟の存在を脅かしているというこの現実を、日米両政府は直視するべきでしょう。
真の友好に基づく日米関係の発展のために、沖縄米軍基地の存在は大きな障害となっています。基地の撤去・縮小こそが、日米両国の真の友好と関係の強化に必要なことなのです。
長年にわたる本土政府の無為・無策に怒った沖縄の人々の中には、「沖縄の独立」を唱える人もいます。しかし、必要なのは、日本からの沖縄の独立ではなく、アメリからの日本の「独立」でしょう。
アメリカに対して、対等な立場から在日米軍基地の撤去・縮小を要求できる政府が必要です。この点では、自民党も民主党も失格です。
沖縄にとって、政権交代は存在しなかったも同然でしょう。米軍普天間基地の移設問題で、民主党政府は自民党政府と同じ立場に立ってしまったのですから……。
日本政府が説得するべきは、沖縄ではなくアメリカです。日本政府がめざすべきは、現状の維持ではなく、その変更です。
そのような政策を実行できる政府を樹立する真の政権交代が必要なのです。これこそ、沖縄復帰40年の歴史が示す最大の教訓なのではないでしょうか。
「沖縄を返せ、沖縄に返せ」と……。
昨日で、「祖国復帰」から40年。米軍基地はなくなると、沖縄の人々は思っていたことでしょう。せめて、「本土並み」くらいには減るだろうと……。
しかし、40年間に減ったのは、米軍基地の2割にすぎませんでした。今も、在日米軍基地の74%が沖縄に集中しています。「裏切られた」と感ずるのは当然でしょう。
騒音や米兵犯罪などの基地被害に今もさらされ続けている沖縄の人々にとって、「復帰」とは何を意味していたのでしょうか。この40年間はいったい何だったのだろうと、むなしい思いが募るのも当然ではないでしょうか。
沖縄米軍基地の存在根拠は日米同盟であり、抑止力論です。同盟に基づいて存在する米軍基地が抑止力となって日本の安全を守っているというわけです。
「日米同盟神話」というほかありません。基地存続を合理化するこのような論理が、真実であるかどうかは誰にも実証できないのですから……。
少なくとも、過去40年間における在沖米軍基地の役割について、事実に基づいた検証が必要です。それが、どのような意味で日本と日本国民の安全に役立ったのか、逆に、沖縄県民を米軍犯罪の危険にさらし、ベトナム戦争の時と同じように、イラク戦争やアフガニスタンへの軍事介入の出撃拠点として利用されただけではないのかと……。
沖縄県民の7割以上が日米軍事同盟を無くしたいと考えているそうです。そうすれば米軍基地も撤去されるのですから当然でしょう。
基地の存在によって生ずる苦しみは、その根拠となっている日米同盟への敵意を増大させているわけです。基地の存在が同盟の存在を脅かしているというこの現実を、日米両政府は直視するべきでしょう。
真の友好に基づく日米関係の発展のために、沖縄米軍基地の存在は大きな障害となっています。基地の撤去・縮小こそが、日米両国の真の友好と関係の強化に必要なことなのです。
長年にわたる本土政府の無為・無策に怒った沖縄の人々の中には、「沖縄の独立」を唱える人もいます。しかし、必要なのは、日本からの沖縄の独立ではなく、アメリからの日本の「独立」でしょう。
アメリカに対して、対等な立場から在日米軍基地の撤去・縮小を要求できる政府が必要です。この点では、自民党も民主党も失格です。
沖縄にとって、政権交代は存在しなかったも同然でしょう。米軍普天間基地の移設問題で、民主党政府は自民党政府と同じ立場に立ってしまったのですから……。
日本政府が説得するべきは、沖縄ではなくアメリカです。日本政府がめざすべきは、現状の維持ではなく、その変更です。
そのような政策を実行できる政府を樹立する真の政権交代が必要なのです。これこそ、沖縄復帰40年の歴史が示す最大の教訓なのではないでしょうか。
5月15日(火) ふる里・上越市での9条の会で講演してきた [旅]
12日からふる里の新潟県上越市に行き、昨日帰ってきました。5月の連休に続いての帰省ですが、今回は上越市9条の会7周年記念の講演という仕事です。
天気はまずまずでしたが、初日は予想以上に寒かったです。講演当日は暖かくなりましたが。
2週間ぶりの実家では、姉が山菜づくしのご馳走で迎えてくれました。タケノコと自生椎茸の煮物、タケノコ汁、ワラビのお浸し、ウドのみそ漬けに地魚の煮付け、白バイやタイ、マグロなどの刺身、それにベビーホタテ貝の入ったサラダ、ブロッコリーとウインナーの炒め物など、食べきれないほどのご馳走です。
姪や姉の孫なども集まって、賑やかな夕食となりました。これが楽しみで、この仕事を引き受けたようなものです。
講演会当日は絶好の好天になりました。でも、主催者は浮かない顔をしています。
今、田舎は田植えの真っ盛りで、天気が良すぎると集まりが悪くなると言うのです。心配していたとおり人出は今ひとつのようですが、それでも80人くらいは集まってくださったでしょうか。
講演では、昨年の東日本大震災や原発事故を契機に参事便乗型改憲論とでも言うべき危険な動きが強まっていること、このようななかで憲法審査会や各党の改憲論などの動きも活発化し、9条の会の活動もあって一時は低下した改憲世論が再び強まりつつあること、このような改憲の動きの芽を摘むための「不断の努力」を行うことが憲法の要請であり、そのような理念や精神を現実の政治や日常の生活に活かすことこそ「活憲」であるということをお話ししました。
7月には同じ新潟県の阿賀野市9条の会でも講演を頼まれています。おそらく、似たような話しをさせていただくことになるでしょう。
講演の始まりに、開会の挨拶と講師の紹介ということで、私を紹介してくださったのは上越市9条の会の呼びかけ人の1人であった大金辰三先生でした。大金先生は私の中学時代の恩師で、3年生の時の生徒会の顧問です。
中学校卒業以来、ずっと個人的にもお付き合いがあります。大金先生は私の人生を変えた大恩ある方で、この先生と出合うことがなければ、おそらく私が政治や社会に関心を持つことも、故郷を離れて研究者の道にはいることもなく、新潟の専業農家の長男として家を継いでいたことでしょう。
先生はすでに84歳だそうですが、矍鑠とされていて、17年間もの長きにわたって市民向けの歴史講座を主宰されています。この先生に、今回、このような形でお世話になることに大きな感慨を覚えました。
会場では、高校時代の恩師である井浦信作先生にもお目にかかりました。高校時代の弁論部の顧問だった先生です。
この先生にも色々な形でお世話になり、また大きな影響を受けました。塩浜町の下宿や結婚されてからの糸魚川の新居、五智のお宅などに伺ったことがあります。
数年前に脳梗塞で倒れられ、今はリハビリ中だということで車いす姿でしたが、お話はできました。私の話を聞きたいと、奥様に車いすを押してもらってわざわざに来てくださったそうです。
講演会の後には、簡単な打ち上げ(懇親会)がありましたが、その会場は、「ラ・ソネ」でした。ここは、本来は洋菓子屋というかケーキ屋なのに、蕎麦屋というかレストランもやっていて、そこのご主人は先輩の曽根一郎さんです。
曽根さんとは、直江津高校の美術部で出会いました。彼が3年で、私が1年生の時です。東京の四谷三栄町で1年ほど一緒に暮らしたこともあり、私の兄貴のような存在です。奥さんとも、中学生の時からの知り合いで、毎回、帰省する度に顔を出し、コーヒーをご馳走になってきました。
そこでも昔話に花が咲きましたが、意外な方が私の過去と結びついていたことが分かりました。途中からは友人達も加わり、場所を変えて2次会でも愉しい時間を過ごすことができました。
大金先生と出会ったのは14歳の時ですから、それから47年。その翌年に曽根さんと知り合いましたから、46年ということになりましょうか。
半世紀近いおつきあいのお2人に、今回、このような形でお世話になりました。ありがたいことです。
講演という形で、長い付き合いのある先生や先輩にご恩返しできました。このような日が巡ってくるとは思いもよりませんでしたが、私としては感慨深く、本当に嬉しく思ったものです。
天気はまずまずでしたが、初日は予想以上に寒かったです。講演当日は暖かくなりましたが。
2週間ぶりの実家では、姉が山菜づくしのご馳走で迎えてくれました。タケノコと自生椎茸の煮物、タケノコ汁、ワラビのお浸し、ウドのみそ漬けに地魚の煮付け、白バイやタイ、マグロなどの刺身、それにベビーホタテ貝の入ったサラダ、ブロッコリーとウインナーの炒め物など、食べきれないほどのご馳走です。
姪や姉の孫なども集まって、賑やかな夕食となりました。これが楽しみで、この仕事を引き受けたようなものです。
講演会当日は絶好の好天になりました。でも、主催者は浮かない顔をしています。
今、田舎は田植えの真っ盛りで、天気が良すぎると集まりが悪くなると言うのです。心配していたとおり人出は今ひとつのようですが、それでも80人くらいは集まってくださったでしょうか。
講演では、昨年の東日本大震災や原発事故を契機に参事便乗型改憲論とでも言うべき危険な動きが強まっていること、このようななかで憲法審査会や各党の改憲論などの動きも活発化し、9条の会の活動もあって一時は低下した改憲世論が再び強まりつつあること、このような改憲の動きの芽を摘むための「不断の努力」を行うことが憲法の要請であり、そのような理念や精神を現実の政治や日常の生活に活かすことこそ「活憲」であるということをお話ししました。
7月には同じ新潟県の阿賀野市9条の会でも講演を頼まれています。おそらく、似たような話しをさせていただくことになるでしょう。
講演の始まりに、開会の挨拶と講師の紹介ということで、私を紹介してくださったのは上越市9条の会の呼びかけ人の1人であった大金辰三先生でした。大金先生は私の中学時代の恩師で、3年生の時の生徒会の顧問です。
中学校卒業以来、ずっと個人的にもお付き合いがあります。大金先生は私の人生を変えた大恩ある方で、この先生と出合うことがなければ、おそらく私が政治や社会に関心を持つことも、故郷を離れて研究者の道にはいることもなく、新潟の専業農家の長男として家を継いでいたことでしょう。
先生はすでに84歳だそうですが、矍鑠とされていて、17年間もの長きにわたって市民向けの歴史講座を主宰されています。この先生に、今回、このような形でお世話になることに大きな感慨を覚えました。
会場では、高校時代の恩師である井浦信作先生にもお目にかかりました。高校時代の弁論部の顧問だった先生です。
この先生にも色々な形でお世話になり、また大きな影響を受けました。塩浜町の下宿や結婚されてからの糸魚川の新居、五智のお宅などに伺ったことがあります。
数年前に脳梗塞で倒れられ、今はリハビリ中だということで車いす姿でしたが、お話はできました。私の話を聞きたいと、奥様に車いすを押してもらってわざわざに来てくださったそうです。
講演会の後には、簡単な打ち上げ(懇親会)がありましたが、その会場は、「ラ・ソネ」でした。ここは、本来は洋菓子屋というかケーキ屋なのに、蕎麦屋というかレストランもやっていて、そこのご主人は先輩の曽根一郎さんです。
曽根さんとは、直江津高校の美術部で出会いました。彼が3年で、私が1年生の時です。東京の四谷三栄町で1年ほど一緒に暮らしたこともあり、私の兄貴のような存在です。奥さんとも、中学生の時からの知り合いで、毎回、帰省する度に顔を出し、コーヒーをご馳走になってきました。
そこでも昔話に花が咲きましたが、意外な方が私の過去と結びついていたことが分かりました。途中からは友人達も加わり、場所を変えて2次会でも愉しい時間を過ごすことができました。
大金先生と出会ったのは14歳の時ですから、それから47年。その翌年に曽根さんと知り合いましたから、46年ということになりましょうか。
半世紀近いおつきあいのお2人に、今回、このような形でお世話になりました。ありがたいことです。
講演という形で、長い付き合いのある先生や先輩にご恩返しできました。このような日が巡ってくるとは思いもよりませんでしたが、私としては感慨深く、本当に嬉しく思ったものです。
5月12日(土) 祝!! 350万アクセス [日常]
5月11日(金) いよいよ民主党の「丸呑み」戦略が始まったのでは? [政局]
いよいよ、始まりましたね。民主党の「丸呑み」戦略が……。
政府・民主党は、原子力の推進と安全行政を担う行政組織をめぐって、政府案に盛った原子力規制庁よりも人事や予算面で独立性の高い国家行政組織法第3条に基づく「原子力規制委員会」を設ける方向で調整に入ったそうです。今日の『日経新聞』が伝えていました。
この記事によれば、「自民、公明両党が提出した対案を事実上丸のみする」ということのようです。そのめざすところは、一つには、関西電力大飯原子力発電所の再稼働を急ぐためでしょう。
「原発に対する規制組織が発足もしていないのに、再稼働とは何事か」という周辺住民や国民の批判をそらすための措置です。そして、もう一つは、野田首相が「政治生命」をかけるとしている消費増税を柱とした社会保障と税の一体改革関連法案の成立に向けての条件整備のためでしょう。
社会保障と税の一体改革関連法案は、8日の衆院本会議で審議入りしました。これについて、野田佳彦首相は「不退転の決意で今国会中に成立させなければならない。政治生命をかけると言った言葉に掛け値はない」と表明し、野党に「胸襟を開き、国民の立場に立って協議に応じるよう重ねてお願いする」と与野党協議を呼びかけています。
これに対して、自民党は参院で問責決議を受けた2閣僚の対応を見ながら、対案の提出時期を探る構えです。あまり早く対案を出して、「丸呑み」戦略に取り込まれては困る、ということでしょう。
5月3日付のブログ「小沢無罪判決によって幕を開けるかもしれない『政界三国志』」
で、私は次のように書きました。
ここで「援軍」としてあてにされているのが自民党ということになります。こうして、野田さんは自民党との連携に「政治生命」をかけるかもしれません。
そのための秘策は、「丸呑み」路線です。消費増税法案成立の一点を最優先し、その他の問題では自民党の言うことを全て聞いてしまおうというわけです。
この「自民党の言うことを全て聞いてしまおう」という対応の最初の兆候が、今回の「自民、公明両党が提出した対案を事実上丸のみする」という形での「原子力規制委員会」の発足ということになります。
おそらく、このような形での譲歩や「丸呑み」が、これからも続くことになるでしょう。それが、政治の後退ではなく、前進的な変化に結びつけば良いんですが……。
さて、明日から、再び、ふる里の上越市に行きます。今回は帰省ではなく、仕事です。
今度の日曜日(13日)の午後に、上越市の市民プラザで上越九条の会発足7周年記念講演会が開かれ、「命と安全を守るために、今こそ憲法を活かすとき」という講演をするからです。ふる里での講演は、昨年の秋に続いて2回目になります。
上越市周辺の皆さん、沢山お出で下さい。当日、会場でお会いできるのを楽しみにしております。
政府・民主党は、原子力の推進と安全行政を担う行政組織をめぐって、政府案に盛った原子力規制庁よりも人事や予算面で独立性の高い国家行政組織法第3条に基づく「原子力規制委員会」を設ける方向で調整に入ったそうです。今日の『日経新聞』が伝えていました。
この記事によれば、「自民、公明両党が提出した対案を事実上丸のみする」ということのようです。そのめざすところは、一つには、関西電力大飯原子力発電所の再稼働を急ぐためでしょう。
「原発に対する規制組織が発足もしていないのに、再稼働とは何事か」という周辺住民や国民の批判をそらすための措置です。そして、もう一つは、野田首相が「政治生命」をかけるとしている消費増税を柱とした社会保障と税の一体改革関連法案の成立に向けての条件整備のためでしょう。
社会保障と税の一体改革関連法案は、8日の衆院本会議で審議入りしました。これについて、野田佳彦首相は「不退転の決意で今国会中に成立させなければならない。政治生命をかけると言った言葉に掛け値はない」と表明し、野党に「胸襟を開き、国民の立場に立って協議に応じるよう重ねてお願いする」と与野党協議を呼びかけています。
これに対して、自民党は参院で問責決議を受けた2閣僚の対応を見ながら、対案の提出時期を探る構えです。あまり早く対案を出して、「丸呑み」戦略に取り込まれては困る、ということでしょう。
5月3日付のブログ「小沢無罪判決によって幕を開けるかもしれない『政界三国志』」
で、私は次のように書きました。
ここで「援軍」としてあてにされているのが自民党ということになります。こうして、野田さんは自民党との連携に「政治生命」をかけるかもしれません。
そのための秘策は、「丸呑み」路線です。消費増税法案成立の一点を最優先し、その他の問題では自民党の言うことを全て聞いてしまおうというわけです。
この「自民党の言うことを全て聞いてしまおう」という対応の最初の兆候が、今回の「自民、公明両党が提出した対案を事実上丸のみする」という形での「原子力規制委員会」の発足ということになります。
おそらく、このような形での譲歩や「丸呑み」が、これからも続くことになるでしょう。それが、政治の後退ではなく、前進的な変化に結びつけば良いんですが……。
さて、明日から、再び、ふる里の上越市に行きます。今回は帰省ではなく、仕事です。
今度の日曜日(13日)の午後に、上越市の市民プラザで上越九条の会発足7周年記念講演会が開かれ、「命と安全を守るために、今こそ憲法を活かすとき」という講演をするからです。ふる里での講演は、昨年の秋に続いて2回目になります。
上越市周辺の皆さん、沢山お出で下さい。当日、会場でお会いできるのを楽しみにしております。
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